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2011年7月30日 (土)

「“老いる”素晴らしさはある?」

朝日新聞の土曜日の付録版に「悩みのるつぼ」という人生相談がある。だいぶん前の記事だが、これが面白かった。曰く・・

「“老いる”素晴らしさはある?
    女子高校生 16歳
 私は16歳です。
 いきなりですが、私は「老い」が怖いです。誕生日が来るのが怖いです。16歳の小娘が何をふざけたことを、とお思いになるかもしれません。でも、私は本当に悩んでいるのです。
 高校生になって、はたと考えました。高校を卒業したら大学に行って、大学を卒業したら社会入として働き、クラス替えも卒業式も入学式もない、変わらない環境で一生のうちの半分以上をすごすのだろうか、と。
 よく見ると、久しぶりに会った祖父や祖母、両親や近所の人たちも老いているではないですか。自分もそうなると考えると、長生きするより早く死にたいとまで考えてしまいます。
 年を取ると兄妹は結婚し、家庭を持ち、私のことなど忘れてしまいます。そして、そのままこの世からいなくなってしまい、私はひとりぼっちになってしまうのではないでしょうか。
 結婚すると言ってもしょせんは他人です。うまく行くわけがないような気がするのです。かといって孤独死は嫌です。
 ある時、ご年配の方が「暇つぶし」といっていましたが、いつまでの暇つぶしなのだろう、と真剣に考えてしまいました。老いて、体がいうことをきかなくなり、お金も使う楽しみがなくなり……。こんなことばかり考えていると、悲しくなってくるので、どうか「老いる」ことの素晴らしさを教えて下さい。

「思い出すこと」が楽しくなります
    作家 車谷長吉
 上田正昭氏(京都大学名誉教授・古代史)が好んで使った言葉に、中国の「先憂後楽」という語があります。若い間に苦労をすれば、老後になると楽な日々がある、と意訳して使われました。
 あなたさまはまだ若いのですから、日々、より苦しい道を選んで生きていくのがいい、と私は思います。少なくとも私はそうしてきました。
 ところが今は、楽になりすぎてかえって困っている老人たちも多いのです。つまり「暇つぶし」に困っているのです。私の場合は新聞を丁寧に読んだり、気に入った本を暗記するまで読んだりしています。別にそれが楽しいわけではありませんが。
 辞書を丁寧に読んだりもします。大部分は忘れてしまいますが、自分のよく知っている言葉に、意外な意味が含まれているのに驚くことがあります。仏教語では「愛」には「欠乏」という意味が含まれています。また写経をしたりすることもあります。そうすると、心が静まります。
 お金を使う楽しみがなくなれば、残ったお金は自分より困っている人のために使えばいいのです。私は結婚をしていますが、子はありません。嫁はんとおしゃべりを楽しむのが、ただ一つの楽しみです。私の弟は結婚せず、一人で自分より困っている人たちのために働いています。それが楽しみであるようです。下の妹は結婚していて、子育てを楽しんでおります。
 冷酷なことを申せば、人の一生は生まれてきた瞬間から、死へ向かっての行進です。私は若いころからそう思ってきました。別に早く死にたいなどと考える必要はありません。
 時の流れを止める方法はありません。とにかく自分から買ってでも苦労をすることが、何より大事です。それが後になって自分への肥やしになるからです。若いうちはいろいろ経験をされるのがいいでしょう。
 若いころに出会った人のことを思い出したりするのも年を取ってからの楽しみになります。特に初恋の女性のことなど。「老いる」ことの最大の楽しみは、それです。
 田舎の中学生だったころに簿記のつけ方を教えていただいた女性の先生から1年に1、2度、お電話をいただくことがありますが、それが待ち遠しいような気持ちになったり、長野市まで会いに行ったりもします。すると、先生も喜んでくださるのです。去年の秋も、そういう経験をしました。」(2011/07/16付「朝日新聞」b10ページより)

この“やりとり”をどう読みますか?・・・
この“少女の悩み”は、何とも初々しく、実に言い当てている。そうなんです。「クラス替えも卒業式も入学式もない、変わらない環境で一生のうちの半分以上をすごす」のです。
クラス替えもないため、いくらトシを取っても(昔の会社仲間での同窓会をやっても)、級長(時の上司)はいつまでも級長です。逆に、元の部下から見ると、自分はいつまで経っても班長(?)なのです。
確かに自分も、そんな「変わらない環境で一生のうちの半分以上をすごして」きたのです。

でも激変する環境に比べると、居心地が良かったのも事実。リストラされて会社を転々・・というのもツライので・・・

でも、こう真っ正面から指摘されてみると、なぜか“言い訳”の言葉が頭に浮んでしまう。でもこれからのいわゆる“余生”。この女子高校生から「暇つぶし」と指摘されないような、そんな生活をしないといけないな・・・。クワバラクワバラ・・・・

●メモ:カウント~205万


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コメント

私も、年齢を重ねる事に恐怖感を持った事が人生に2回ほどありました。1度目は小学校の5年生の時でした。最上学年の6年生になる事が怖かった事を覚えています。小学2年の時に地方から東京に転校してきた際、6年生に面倒を見てもらいました。その人が非常に立派だったもので、自分はとてもそんな風にはなれないと思ったからです。2度目は
24歳~25歳かけて、引きこもりになった時です。このときは、大学院での研究生活に破綻がきて、研究者としての道を断念した時です。自分が今までやってきた事が、いい加減でその付けが回ってきて、今の自分があるということを、取り返しが着かないとこのように思い込んでしまったことがその原因であったように記憶しています。16歳の少女がこれから生きていく事をそのように見切っていくのは、素晴らしいことです。が果たしてそうなるでしょうか。人生そんなに思うようにはいきません。でも、もし思うように生きる方法を身につけたいと思うならば、それを見つけるために、少し頑張っても面白いのではないでしょうか。有難い事に、私には3度はありませんでした。何故かそんな事を考える暇がいつの間にか無くなってしまったからです。

【エムズの片割れより】
自分の人生をどう見るのかは、年齢ではありませんね。幾らトシを取っていても自分の人生、将来を見通さない人もいますし、この高校生のように、16歳でも見通している人もいます。この視点は、これから生きて行く上で、非常に大切な事だと思います。

投稿: 金子 次郎 | 2011年7月31日 (日) 15:54

高校時代のことを、思い出してみました。受験高校だったため、受験勉強できゅうきゅうとしていましたから、老いることの恐怖など考える暇も無かったようです。ただ記憶に残っている事があります。高校2年のとき、同級生2人が死んでしまった事です。その時、瞬間ですが生死の問題を友人と議論したことがありました。『人生曰く不可解』と遺書を残して、日光の華厳の滝に飛び込み自殺をした人がいたということも議論の「ねた」になりました。その時の結論らしき事は、『人生は不可解だから面白いのだろう』でした。
それから50年は経ちました。今もそう思っています。これからもそう思ってみようと考えています。

【エムズの片割れより】
自分も高校時代に、中学の同級生が自殺したことがありました。思春期はそのような事があります。
リタイア間近な今、思うことは、現役時代、あまりに自分の時間が無かったこと。だから、仕事以外のことはほとんど考えませんでした。もっとも、それも言い訳なのかも知れません。
これからの「余生」でそれらをどれだけ取り返せるのか・・・。これからが、やっと自分の人生なのかも知れませんね。

投稿: 中野 勝 | 2011年7月31日 (日) 18:22

このテーマは非常に心を揺さぶるものがありますね。さらに中学・高校生時代のことが本当に走馬灯のように思い出されて、再度投稿させていただきました。高3の時、日本史の先生が『人生で満足な仕事をした人は、君達の年齢のときに、決めた仕事に就いた人達だ。何故ならそこには打算がない』と言っていた事が思い出されます。そしてその時、何が尊い仕事かを自分なりに考え、『社会教育』という仕事が最も尊いと結論を出してしまいました。そんなわけでこの決定事項が後々、私の人生の強制力になりました。職業は最初の中高の数学の教師を振り出しに、職種としては、5種類の仕事を変え、最後の仕事場には17年努めました。定年後、漸く本格的に高校時代に決めた事に着手できるようになりました。今考えると、職業は家族を養う為でしたね。16歳の少女に参考になるような事は何なのだろうと思うと、さてと考え込んでしまいますね。でもその場その場で精一杯生きてきたかなあ。お陰で友達はたくさんいるし、暇が無いなあ。否、私の生き方はどうも暇がない様に自分で仕組んできたみたいですね。

【エムズの片割れより】
日本史の先生の言った事は正解ですね。しかし、高校生の時に、自分の分際を見極め、人生を決めることが出来るのか・・・・
自分の場合は、如何に自分の趣味を仕事につなげるか、それを考えていました。つまりラジオ+音楽。それが仕事としてのオーディオの世界だったのですが、途中で切り替えて、ホントウに趣味を仕事にしなくて良かった・・・・。
「人間を作る」ということで、数学の教師を目指したこともありましたが、それも挫折して、結果的には良かった・・・!
人生、何が正解か???

投稿: 中野 勝 | 2011年8月 1日 (月) 02:33

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