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2011年6月22日 (水)

「政治の質を決めるものは何か」

毎日愛読している日経新聞のコラム「大機小機」。今日のテーマは、日本の政治の質を決めるものは・・? 曰く・・・

政治の質を決めるものは何か
 日本の政治はどこまで落ちていくのか。いっこうに底打ちする気配の見えないこの国の政治の低迷は、全世界周知の事実である。今や政治の現状を嘆くのが、あいさつ代わりとなった。
 この惨状は一体何に起因するのか。少し考えてみれば明らかだが、民主主義の下で政治の質を決めるのは、われわれ国民の質である。国民の質が低下すれば、必然的に政治の質は低下する。
 政府・与党がまとめた社会保障と税の一体改革案では、2015年までに消費税率を10%まで引き上げるとしている。しかし与党内の議論は反対一色である。菅直人首相の消費税発言で民主党は参院選で惨敗した。増税を掲げて選挙は戦えない、というわけだ。これが正しいとすれば、要するに消費税は嫌だ、と逃げているのは投票する国民ということになる。
 地球上、事情はどこでも同じ、というわけではない。ドイツでは05年、メルケル氏率いる野党が、医療保険制度の将来を確かなものにすべく付加価値税率を上げることを公約として掲げ、総選挙に勝利し、公約どおり07年1月に税率は16%から19%に引き上げられた。
 日本の政治の行方を決める国民の方はどうだろうか。過去20年を振り返ると、反省しなければならない事例はいくらでも見つかる。風邪をひいただけで救急車を呼び、救急病棟に乗りつける若者が登場した、というニュースを前にすると、社会を支える制度が機能するために守らなければならない約束事を理解していない、と言わざるをえないだろう。「モンスター・ペイシェント」が「医療崩壊」の重要な一因であることは、医療界の常識である。
 こうした「緩み」の積み重なりが国を傾ける根本なのだ。それはやがて社会の制度、そして政治をも揺るがす。「ゆとり」を標榜して円周率を3にしてしまう国がどこにあろう。不出来なマニフェストを喝采し、「チェンジ」に熱狂した果てに「こんなはずではなかった」と嘆くが、本人が勉強不足だっただけではないか。
 30年間英国で教えた森嶋通夫教授は、著書「なぜ日本は没落するか」(1999年刊)において社会の土台は人間であるとした上で、2050年の日本につき表題のごとく論じた。過激なペシミズムに思えたその論調は、年を追うごとに現実味を帯びてきた。(与次郎)」(2011/06/22付「日経新聞」p17「大機小機」より)

よく人の話を聞いたとき、“ストンと落ちた”感じがする時があるが、自分にとってこの話は、何となく“ストン”と落ちた。つまり、いつもの“ナールほど・・”病の発症である。
毎回同じ事を書いて恐縮だが、ミーハーの自分は、誰かのこんな論を読むと、つい“ナールほど・・・”と思ってしまう。まあ節操が無いだけだが・・・
でも「民主主義の下で政治の質を決めるのは、われわれ国民の質である。国民の質が低下すれば、必然的に政治の質は低下する。」という指摘は、その通りだと思う。
政治家は、選挙で落ちるのが怖いので、世論に迎合する。国民は、ただただ今の生活に対しての損得で物事を考える。結局は、国民の質の低下が政治の低下、そして世界でバカにされる日本の現状を生んでいるのだろう。

でもせめて国民は“聞く耳だけは持っている”と思いたい。そして「これからの日本はこうあるべき!」という政治家の“将来の日本像”を語る強い言葉を聞きたい。そしてその声に、国民を納得させる力があることを期待したいもの。
消費税問題も原発問題も、政治家は税金で食っているおだから、国民を教育する(?)義務もあるのでは・・・?

ふと、2005年の「小泉劇場」、つまり「郵政解散」を思い出した。郵政民営化関連法案が参議院で否決されるや小泉首相は衆議院を解散したが、そのときの小泉首相の熱っぽいテレビでの演説がいまだに思い出される。持論をとうとうと延べ、衆議院議員選挙を通じて、持論の可否を世論に問うた。
その時の内容の如何は別にして、そんな熱っぽい政治が今欲しい。そんな事を思いつつ読んだ今日の「大機小機」ではある。


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