« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年5月の27件の記事

2011年5月31日 (火)

「離婚お試し 1000元から」

昨日の朝日新聞に「離婚お試し 1000元から」という面白い記事が載っていた。曰く・・・

離婚お試し 1000元から 上海(中国)
年々離婚率が高まる中国で、「試離婚(シーリーフン)」という新サービスが注目されている。料金は千~1万5千元(約1万3千~18万8千円)で、利用者の8割は離婚を回避したと業者は宣伝する。
 夫婦は「試離婚合意書」に署名する。最長1年程度別居するが、転勤や長期出張を装い親類には秘密。夫婦が定期的に会って子どもにも悟られないようにする。別居で喪失感を味わい、相手の長所を再発見できる。専門家が助言し、すてきな結婚記念日を演出するなど愛情を取り戻す工夫も凝らす。サービスを始めた上海の維情国際チェーンの明麗・副社長は「試離婚は車検と同じ。夫婦関係も時々手入れしないと」。(西村大輔)」(2011/05/30付「朝日新聞」p10より)

夫婦が離婚の危機に至ると、日本ではまずは別居という形を取るのが普通。でもそれでは周囲に分かってしまい、引くに引けなくなる。
それに引き替え、夫婦だけのヒミツで予行演習が出来るなら、これほど良い事はない。離婚のお試しをやってみて、お互いが“行ける”と納得したら、正式に離婚すればよいし、離婚してもあまり良いことは無いと判断したら、素知らぬ顔で元に戻ればよい。なるほどウマイ仕組みではないか・・・。

普通の夫婦は、普段の生活の中で、相手が居なくなるという事を想定してない。それが離婚や別居、そして病死にせよ、突然居なくなって、初めて相手の重要性に気が付く。でも時すでに遅く・・・・。
ふと、城山三郎の「そうか、もう君はいないのか」を思い出した(ここ)。そして、先日亡くなった長門裕之さんと南田洋子さん夫妻のことも思い出す(ここ)。

でも聞く話はおしどり夫婦の話ばかりで、逆に離婚をしてラッキー・・という話は、あまり聞かない。
でも現在どんどん増えているであろう、リタイアに伴う団塊の世代の在宅率。これは色々な問題を起こしているはず・・。そして、新たな環境変化で、家庭内別居なども増えているのでは??
何とも背筋が凍る話だが、こんな場合でも、ムニャムニャ、グズグズしているより、「離婚お試し」をして、白黒をはっきりさせた方が良いのかも・・・?
いやいや、はっきりさせない方がむしろ日本的では・・・?

ところで、上海で受けているという「離婚お試し」業。日本ではどうだろう??
考えてみると、何も業者に頼まなくても、当人通しで約束して実行すれば済む話では??
でもそんな約束が出来る夫婦なら、離婚なんかしないよね・・・・

「なにウチ??」
「追い出されても行く所が無いので・・・・」
実に“単純な理由”で“濡れ落ち葉”を続けているエムズくんではある。トホホ・・

| コメント (1)

2011年5月30日 (月)

「手仕事屋きち兵衛コンサート」 7/22に東京・多摩で開催~「雨」

手仕事屋きち兵衛さんの、東京・多摩での2回目のコンサートが、7/22に開催されることになった、との連絡を“みらい人”さんから頂いた。
思えば、みらい人さんのご尽力で、手仕事屋きち兵衛さんのコンサートが、東京・多摩で初めて実現したのがちょうど2年前だった(ここ)。
110530kichibeiconcert その時に、みらい人さんが「1~2年後に、出来たらまた企画したい」とおっしゃっていたが、それが今回実現し、(2011年)7月22日に「第20回記念 みらい人コンサート」として開催されることになった、という。(写真はクリックで拡大)
時は2011年7月22日18:30~、所は、東京都あきる野市野辺583-4「ベーカリーカフェ みらい人(ここ)~近隣に駐車場あり」(電話・FAX042-550-6171)。このコンサートの案内チラシのPFDは(ここ)。(←みらい人さんの許可により転載)

思い出すと、自分がきち兵衛さんを知ったのは、昔、兄貴がどこかのレコード屋で「わすれ雪」が流れていたのを聞き、CDを買ったのがキッカケ。そのCDを借りて聞いた。そして2008年1月に当blogで紹介したが(ここ)、それをきっかけに、ジャンさんからきち兵衛さんの多くの曲を教えて頂いた。
今回のコンサートを主催されるみらい人さんも、当blogで耳にしたのがきっかけとか・・。そして、みらい人さんがきち兵衛さんを招聘して、多摩での1回目のコンサートが開かれたのが、2009年6月26日だった(ここ)。今回はそれに続く2回目だ。

何かの縁で、きち兵衛さんを知り、ホンモノを聞いてみたい方は、どうぞ先の案内のチラシ(PFDはここ)で、申し込んで下さい。前回は1週間も経たないうちに満席(60余席?)になったとか・・。早い者勝ち!

昨年、自分が一生懸命に音源を集めた歌手に森田童子がいる。しかしこの女性歌手は、30年前に8年間で活動を終え、その後の活動は・・・無い。それに比べて、きち兵衛さんは松本のホテルに行けばミニコンサートが聴ける(ここ)のは有り難いし、今回のように、身近でコンサートを開いてくれるのは願ってもないこと。
とにかく、7月22日が今から楽しみである。

最後に、きち兵衛さんの歌を聴いてみよう。もう今年も梅雨に入った。毎日、雨である・・・。もう台風まで来てしまった。そんなことで、今日は、アルバム「詩紬(うたつむぎ)」に収録されている「雨」を聞いてみよう。

<手仕事屋きち兵衛の「雨」>

  「雨」
   作詞・作曲:手仕事屋きち兵衛

  雨が降ります 音も無く磨き直した窓硝子が曇る
  こんなにこまかく灯りかすむ雨 肌には優しいけれど
  あの日の私を想い出させるから 心にはとても痛い

  あなたの誘い嬉しくて 鏡のぞいて微笑みかけた
  唇直して衣装を選んで きれいに演じた私
  あなたの許へ駆けこんで行けば 何故か何時も雨が降る

  雨が上がれば別れ時刻 そんな二人の夜を重ねた
  あなたが名付けた私雨おんな 二人に雨が以合うと
  でも別れた女が一人 濡れてるのは悲しみ滲ませるだけ
  でも別れた女が一人 濡れてるのは悲しみ滲ませるだけ

←BACK                       NEXT→

| コメント (1)

2011年5月29日 (日)

「法の支配か 法を支配か」

今朝新聞を読んでいたら「法の支配か 法を支配か」という刺激的な見出しが目に入った。言うまでもなく、「の」と「を」では大違い・・・。
いつも「長過ぎる」と反省している当blogだが・・・・・

法の支配か 法を支配か
今回の主要8力国(G8)首脳会議の宣言にも「法の支配」の文字がある。民主主義の基本理念であり、ロシアを除く、G7諸国にとって共通の価値観だが、正確な意味は必ずしも知られていない。
 浜田邦夫元最高裁判事ら世界の法律家による「世界司法プロジェクト」(WJP)による2010年版「法の支配」指標に関する報告がわかりやすい。法の支配の定義から始まり、世界35力国の達成度を示す。
報告(浜田氏訳)によると、法の支配とは、次の4つの普遍的原則が守られている、規範を基礎とする社会制度を意味する。
 ①政府とその職員および代理人は、法律に従って責任を問われる。
 ②法律が明確で、公表され、安定的で、かつ公平であり、人身と財産の安全の保障を含む基本的権利を擁護している。
 ③法律が制定され、施行され、現実に適用される過程が、国民に開かれ、公正で、かつ効率的である。
 ④司法制度の利用が、十分な人数で、必要な資質・資源を持ち、かつ当該社会の構成を反映する、有能で、独立した、倫理的な裁判官、弁護士または代理人および司法関係職員によって担保されている。
 ここでは③に注目する。法の支配は「rule of law」であって「法律の支配」(rule of the law)」ではない。非民主国では③の要件を満たさぬ、恣意的にできた法律かある。その施行は、法の支配に反する。
 逆に、日本のように4原則をほぼ満たす国では、法の支配と法律の支配とは、同義に近い。WJPは「政府の制限された権限」など10項目について各国の状況を調べた。日本は政府権限の制限で5位であり、総じて米国やフランスより法の支配の達成度が高い。
 菅直人首相による中部電力に対する浜岡原発の運転停止要請、枝野幸男宣房長官による金融機関に対する東京電力向け債権放棄の要請は、法の支配の観点からはどう映るか。
 ともに明確な法的根拠はない。浜岡問題で米倉弘昌日本経団連会長、債権放棄では永易克典三菱UFJフィナンシャル・グループ社長が「唐突」と同じ言葉で反発した。米倉氏は「根拠を出した上で説明する必要がある」とも述べた。
 問題は、過程・手続きの正当性なのだろう。政治家が法的根拠が明確でないまま、民間企業に事実上の命令に近い意思表示する。批判されてきた官僚による行政指導とどう違うのか。
 選挙された政治家ならいいのか。法の支配に従うべき政治が法を支配する結果にならないか。政府権限の制限を重視する法の支配の理念とぶつからないか。
 例えば刑事裁判では、証拠収集の目的が正当でも、手段が違法ならば、その証拠は採用されない。法律の世界での手続きの重要性を弁護士でもある枝野氏は知っているはずである。
 透明な議論の過程を経た立法なしに債権放棄を強制すれば、場当たりで恣意的な権力行使となる。現代ロシアと重なる。
 場当たりといえば、首相は11日、第1次補正予算での政府開発援助(ODA)削減に触れ「多くの人にまずいと言われた」と反省した。そして「わが国が元気に再建されたときには、削った金額を何倍にも増やして多くの国の応援に充てていきたい」と述べた。
 大震災で支援してくれた諸国への感謝の集いでの発言だ。それを前提に読み返す。反省と曖昧な仮定に基づく決意……。場当たり政治の正直な告白である。聞いた大使たちは、ODA増額を信じただろうか。(特別編集委員 伊奈久喜)」(2011/05/29付「日経新聞」P2より)

世界の独裁体制の国では、独裁者が自分の権力を永続させるために、有限の任期を撤廃するために法律を変えたりしている。まあ、よくある話。でも日本は違う。・・・はず。
でも現実には、この記事にもあるように「行政指導」とか「中電浜岡原発の停止要請」のような、法律に基づかない実質的な命令がよくある。そして国は「民間企業が“自発的に”やったこと」と逃げる・・・。もちろん企業側は「実質の首相命令」と受け止める。

サラリーマンの世界も全く同じ。上司が部下に命令すること。そこに明文化された根拠はあまりない。昔良くあった、女子社員に対する「お茶を入れて!」というもの同類。しかし日本の社会はそれらをずっと受け入れてきた。原発の事故隠しではないが、あえて“荒波を立てたくない”という理由で・・・。

今朝の民放TVを何気なく見ていたら、寺田前首相補佐官が、菅首相の人物評をしていた。官僚など、人や組織を使うことは苦手・・・とか。
そんな話を聞いていると、つくずく政府も一般企業と同じだな・・と思う。上司の顔色をうかがいながら、法とは関係なく、何となく雰囲気で動いたり(原発での排水中入停止問題)・・・。そしてまた、各々の長(上司)の特性(性格や好き嫌い)で、その組織の動きが大きな影響を受けるのも企業と同じ。およそ「法の支配」とは別世界だ。
しかし政府や企業の、国内では通るそんな動きも、世界から見ると異常に映る。特に原発事故では、国際社会が納得するキチンとした説明が求められる。
まあこれを機に、国も企業も、「法の支配」に近付きたいものだ。
(・・とは言っても、まあ企業は無理だな・・。ISOとは良く言うが、法(=規定)通りには、企業はとても動かない。企業では法(=規定)はあるが、その通りに動かそうとすると、各部署の実力差から活動はマヒしてしまう。従って建前は建前として、実力的に出来る部署が出来ない部署の肩代わりをして、組織を動かすことが当たり前になっているので・・・)

| コメント (0)

2011年5月28日 (土)

「いま、心をひかれる“明治人”」ベスト10

今朝の朝日新聞に「いま、心をひかれる“明治人”」という記事が載っていた。半藤さんの解説も面白い。曰く・・(写真はクリックで拡大)

<いま、心をひかれる「明治人」ベスト20>
①勝海舟(564)
②夏目漱石(542)
③野口英世(468)
④伊藤博文(338)
⑤福沢諭吉(334)
⑥岩崎弥太郎(293)
⑦津田梅子(292)
⑦与謝野晶子(292)
⑨渋沢栄一(246)
⑨田中正造(246)
⑪板垣退助(216)
⑫森鴎外(187)
⑬秋山真之(178)
⑭正岡子規(159)
⑮樋口一葉(153)
⑯大隈重信(150)
⑰東郷平八郎(140)
⑱小村寿太郎(135)
⑲秋山好古(133)
⑳幸徳秋水(131)

Image06681 「・・・最近、「明治」に焦点を当てた話題作が続く。近代史に詳しい作家の半藤一利さんは言う。
 「明治の人々が優れていたというより、国家も文化もひっくり返った『維新』という断絶を乗り越えるべく必死で取り組み、よい仕事を残したということでしょう」
 ランキングでは、お札でおなじみの顔ぶれがずらりと並ぶ中、維新の英雄・勝海舟が1位だった。
 半藤さんは「先を見通す力を持ち、現場での判断をほとんど誤らなかった政治家。今いてくれたら、と思う人も多いはずです」。
 明治政府の中枢にいながら、日清戦争には「万が一日本が勝っても外国の干渉が入り、必ず損をする。貧乏国に戻る気か」と反対。その予言は当たった。「あれほど先を見通せる政治家はいません」
 江戸開城もそうだが、危機になるほど、現場に乗り込んで状況を判断。てきぱき指揮して、さっさと処理する。「おそらく、現在の東日本大震災後の危機も、彼ならあっさり片づけていたのでは」
 4位の伊藤博文も政治家。アンケートでは「現在は絶滅したリーダーシップのある政治家」(栃木、43歳男性)などと、トップとして評価する声が多かった。
 「自分が反対していたことも、多数決で決まれば着々と進める。融通無碍(むげ)の人」と半藤さん。出世第一主義ではなく、「明るくて女好き。いつの間にか政治の中心にいて出世した不思議な人。(尊皇攘夷運動に参加した)元テロリストですから度胸もあるはずだが、徹底して戦争を回避しようとした」と評価する。・・・・・」
(2011/05/28付「朝日新聞」b2頁より)

最近のニュースでビックリするのは、野党が内閣不信任案を国会に提出するとか・・。それに輪をかけて、民主党の大物も同調??
良く言われているように、永田町は震災の被災者とは別の世界でお暮らしの様子・・・。
「そんな政争ゴッコをしているヒマは無いはず・・」と、よく言われるものの、何とか自分たちの存在を誇示したいのだろう・・・。
それに引き替え、明治の人たちの何という“重み”だろう。名前を聞いただけで、「ああ、あの・・」と、直ぐにその業績が思い浮かぶ。
それに比べ、今の政治家さんたちは、平成の次の時代になった時、「ああ、あの人は・・」と人々に思い出される人が何人居るか・・・。何とも情けない・・

一方、福島第1原発の吉田所長のリーダーシップに、なぜかホッとする。
今回の原発事故発生の当初、独断で海水注入を続けたことについて、聞いた当初は、「東電は組織の体を為していない」と感じたが、現地の吉田所長の判断と聞いて、なるほど・・、と納得してしまった。菅首相も、検討されている吉田所長の処分は必要無い、との認識だと報道されている。
このことについては、日本のマスコミ報道より、ウォール・ストリート・ジャーナルの解説の方が面白い(ここ)。

ともあれ、今の日本が、強力なリーダーシップを持ったカリスマ政治家を求めていることは間違いない。どこかに居ませんかね・・・

| コメント (0)

2011年5月27日 (金)

「今」をどう生きるか~般若心経に学ぶ発想の転換(3/4)

雑誌「大法輪」に「般若心経に学ぶ発想の転換」という記事があった。この記事の一部を、4回に亘って読んで行こう。今日はその第3回。

「般若心経に学ぶ発想の転換
  篠原鋭一(成田市・曹洞宗 長寿院住職)
・・・・・・

===
第三段
菩提薩捶 依般若波羅蜜多故心無罫礙無罫礙故 無有恐怖遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多 故得阿耨多羅三貌三菩提
===
三世諸仏の絶対の真理―「今」をどう生きるか―
 少し理屈っぽくなりますが・・・。「三世諸仏依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三貌三菩提」とは「過去・現在・未来の三世の諸仏は、仏陀の無上の悟りである般若の智慧によって、普遍にして妥当かつ必然なる、金剛不壊の永遠にして絶対の真理を得られた」ということになりましょう。
 重要なのは「普遍にして妥当かつ必然なる」ということ。つまりこれこそが真理の原則です。
 平たく言えば「なるほど、そうなんだ!」と納得のいく教えに他なりません。
 私たちは、過去、現在、未来を生きるわけですが、その根本は「今」です。道元禅師は「而今(にこん)」と言われました。
 現在は過去の「今」を積み重ねた結果であり、未来は現在の今の積み重ねで生まれるのです。ならば、最も重要なのは「今日」であり「今」ということになりましょう。
 説法の達人と言われた亡き藤本幸邦老師の詩を思い出します。味わってみて下さい。
  今朝眼がさめてありがたし
  昨日は すでに 過ぎさりぬ
  明日は 知らじな 今日の日を
  尊く 生きて 励まなん

 もし「定年」についてあれこれお悩みの方がおいでになれば次のような詩をご紹介しておきましょう。
  人生に定年はありません
  老後も余生もないのです
  死を迎えるその一瞬まで
  人生の現役です
  人生の現役とは
  自らの人生を悔いなく
  生ききる人のことです

 大切なのは今なのです。「而今」です。

 こんな質問を頂きました。
 「私はお金儲けや出世に失敗した敗者です。もう幸せにはなれず、生きる意味もありません。」
  人はしばしば、そのように考えます。
  しかし自分にとっての「幸せ」というものは、
  不思議なことに自分ではわかりにくいのです。
  そもそも、幸せと勝敗は関係がありません。
  お金を持っている人は一見、幸せそうに思えますが、
  実は「幸せ」そのものをお金で買うことは、誰にもできません。
  成功することと、幸せになることは、
  まったく別のことなのです。
  むしろ、人生を急がず、勝ち負けにとらわれないで
  「各駅停車」で生きるほうが、幸せをたくさん発見できます。
  成功への「特急列車」に乗ったら見逃してしまう風景が、
  しっかりと見えてきます。
  いそがず、ゆっくりと生きていきませんか。

とにもかくにも「今」なんです。
 「なるほど、そうなんだ!」と納得して頂けたでしょうか・・
  (雑誌「大法輪」2011年5月号p55~59より)

今、また見ているTBSのドラマJIN-仁-(ここ)。第5回にこんなセリフがあった・・・。
「兄さんにとっちゃ、手足を切って生き永らえることは、大して値打ちがないのさ。先生、命の値打ちってのは、長さだけなのかい」

人生の目的は何だろう? “ただ長く生きること・・”ではなかろう。充実して生きること? 人生の充実は個々人で違う。でも言えることは、人間、やること、生き甲斐、目的が無くなったら、あまり生きていても仕方がない・・?
もちろん人間は、死にたいと思っても意志通りにはいかないので、そう簡単な話ではない。

先の般若心経でも仏教でも、“今いかに生きるべきか”を問うている。現役のサラリーマンは目的が明確。“給料稼ぎ”でも良いではないか・・・。しかし、リタイア後が問題。会社を去ったと同時に、目的を見失ったらオシマイ・・・
先日、入社以来の同僚が今月60歳定年で会社を辞めるため、送別会を行った。自分はまだ会社という組織にぶら下がっているが、その同僚はもう働かないという。独身なので、富士山麓にある自分の別荘の改修をしたりして、今後は都会のマンションとその別荘の間を行き来するのだという。
まあそれも人生・・・・

「今」をどう生きるか・・・。これはまさに根源的なテーマ。
とにかく、今を一生懸命に生きる。その繰り返ししかあるまい。
一方、身近なところでの激震で、心がポキリと折れることもある。人生、この先に何があるか分からない・・・。でもとにかく、自分や家族に“何か”があるまで、淡々と前に進むしかあるまい・・・。(ここには書けないプライベートな“人生無常”のテーマを抱えて・・・・)

←BACK                       NEXT→

| コメント (0)

2011年5月25日 (水)

坐禅は不眠の特効薬??

雑誌「大法輪」20011年5月号に不眠についての記事があった。曰く・・・

医は仏道~不眠(11)
・・・・・
睡眠薬の最大の問題点は、依存性と、気持ちがぼんやりしてしまうことです。多くのうつ病の患者さん、不眠に悩む患者さんは薬を止めたいと訴えます。しかし、医師の方は効かないとなると別の薬を処方し、患者の方は今までの薬に加えて、新しい薬を服用するので、8種類も9種類もの薬を服用しているのもまれではありません。
 睡眠薬を服用していると、頭の中の“自分でない”部分が無理に眠らせているような気がします。つまり、本当に睡眠中枢が自発的に眠りを引き起こしているのではないと感じます。これが不快を生む理由なのです。
 うつは不眠の人の訴えを聞くと、これは心の病であると痛感します。禅では昔から坐禅をすれば、かならず眠れるようになると言っています。円覚寺の管長をしておられた朝比奈宗源老師は、ご自分も若い時に不眠に苦しまれたということです。老師は「眠れないというような時に無理に寝ようとしても駄目だ。30分くらい思い切って坐禅をすればかならず眠れるようになる。坐禅は不眠の特効薬だ」と言っておられます。
 そこで私は眠る前、あるいは眠れない時に、椅子に坐りながら、自分の息を数える“数息観(すそくかん)”を、疲れるまでやってごらんなさいと勧めています。大抵の人は、その後“不覚にも”眠ってしまったと話します。実際、このようなことがきっかけで禅に入るような人も多くいます。
 息を数えるほかに、“言霊(ことだま)”を使う、つまり「すべてはよくなる」とか、「困ったことは起こらない」などという言葉をできるだけ長く自分に言い聞かせることも効果
があります。」(雑誌「大法輪」2011年5月号P212より)

前に坐禅について少し書いた。(ここ)(ここ
1ヶ月ほど前、京都の座布団の専門店から“曹洞宗での座禅で使用される坐布(ザフ)”をP10905881 買ったが、それ以来、見よう見まねで、カミさんと一緒に毎晩坐禅のまねごとをしている。カミさんは座るベテランだが、自分は初心者・・。でも何の事はない、坐禅用の座布団を尻に敷き、あぐらをかいてただ座っているだけ・・・
ほんの15~20分ほどだが、このところ習慣になってきた。座って体の動作を「止める」という坐禅が、何とも心地よい・・・・
その効果かどうかは知らないが、それ以来、寝付きが良くなったように思う。もちろん気のせいだろうが・・・・
そんな時だったので、上の記事を読み、ナルホド・・・と思ったわけ・・・

何かを始める時、形から入る、という方法がある。今回の坐禅布団も、まさにこれ・・・。
一つ3~4千円という価格も手ごろだった(これ)。これよりも安いのも、高いのも気にくわない。2千円では、本当にやる気があるのか?? 5千円では、たかが座布団が・・と思う。何と人間は難しい・・・。

しかし毎晩、カミさんと二人、自宅の唯一ある和室で、最初に般若心経を唱えて、ただただ座る20分。時計のコチコチという音だけが聞こえる。シ-ンとした雰囲気・・。寝る前の行事としてはなかなか良い??

先日帰って来た息子が「お袋が新興宗教に凝り出した~~」と(余計な)心配をしていたが、そんな話も面白い・・・(道元さんに失礼な!)

段々と浮き世から距離を置きたくなるシルバー世代ではある。

(関連記事)
初めて「坐禅会」に行く

| コメント (0)

2011年5月24日 (火)

トランペットによる「チゴイネルワイゼン」

自分はサラサーテの「チゴイネルワイゼン」が好きなので、当blogにも何度か取り上げている。サラサーテの100年前の自演の録音(これ)から、ハーモニカ(これ)やマリンバの演奏(ここ)など・・・。それで今日は、先日初めて聞いたチモフェイ・ドクシツェルによるトランペットの演奏による「チゴイネルワイゼン」だ。

<チモフェイ・ドクシツェル(Trp)の「チゴイネルワイゼン」>

この演奏ももの凄い・・・。まさに名人芸だ・・・。
彼のパガニーニやサラサーテなど、テクニックに自信がある人は、自分でも難しい曲を作曲する。このサラサーテの「チゴイネルワイゼン」は、ヴァイオリンのテクニックでは超有名な曲だけに、別の楽器で演奏される機会も多い。
ヴァイオリンの難曲を別の楽器で演奏することは、オリジナルの楽器と比べてどうなのだろう・・。何よりも帯域が違うことに気が付く。このトランペットの演奏もそうだが、帯域外の音符は、1オクターブ上げたり下げたりして演奏している。仕方がないが、聞く方からすると、少し違和感が・・・

チェロとかコントラバスは、同じ弦楽器なので馴染みが良いか? フルートなどは指の本数が多いので楽かな・・? 打楽器のマリンバも、両手をフルに使えるので、何とかなる??
それに引き替え、ハーモニカは息を吸ったり吐いたりするので大変かも。そしてこのトランペットも、3本の指であらゆる音を出すので大変そう・・・
また別の楽器の音源が手に入ったら紹介するね・・・。

最後に、これも難解な曲の代表の「熊蜂は飛ぶ」も聞いてみよう。

<リムスキー・コフサコフの「熊蜂は飛ぶ」/チモフェイ・ドクシツェル(Trp)>

(関連記事)
サラサーテ自演の「チゴイネルワイゼン」
ハーモニカ(森本恵夫)による「チゴイネルワイゼン」
マリンバによる「チゴイネルワイゼン」

| コメント (2)

2011年5月23日 (月)

「女性がリタイア後に楽しむ習い事」ベスト10

「定年後何をする?」・・・。先日の新聞に、まさに当blogのコンセプトと同じ内容のアンケートが載っていた。そういえば、昨年、これの男性版について書いたっけ・・・(ここ)。今回はその女性版だ。
まあ何をするのも個人の自由だが、チョットだけ覗いてみよう。(写真はクリックで拡大)

<「女性がリタイア後に楽しむ習い事」ベスト10>
  ①外国語(339)
  ②ヨガ・ピラティス(277)
  ③書道(229)
  ④菜園作り(211)
  ⑤生け花・フラワーアレンジメント(204)
  ⑥楽器演奏(ピアノ以外)(197)
  ⑦絵画・イラスト(196)
  ⑧ピアノ(191)
  ⑨料理(169)
  ⑩陶芸(144)
  ⑪登山・トレッキング ⑫盆栽・園芸 ⑬パソコン・プログラミング
  ⑬茶道 ⑮ダンス ⑯カラオケ・歌唱 ⑰着付け ⑱写真
  ⑲短歌・俳句 ⑳太極拳

<「男性が退職後に楽しみたい習い事」ベスト10>~参考2010年9月調べ(ここ
  ①菜園作り(213)
  ②料理(183)
  ③楽器演奏(ピアノ以外)(175)
  ④外国語(174)
  ⑤登山・トレッキング(152)
  ⑥写真(136)
  ⑦そば打ち(123)
  ⑧絵画・イラスト(102)
  ⑨囲碁(97)
  ⑩盆栽・園芸(83)
  (2011/05/21付「朝日新聞」b2頁より)

Image06621 このランキングは女性版なので、自分にはあまり参考にならない。でも女性の人気アイテムをみてみると、ナーンダ、ウチのカミさんがやっていることと同じではないか・・・!
ウチのカミさんは、4~5年前から、中国語の勉強をしていた。毎晩それこそ勉強、勉強・・。単語帳を作ったり、家のあちこちに単語を覚えるための中国語の札が貼ってあったり・・・。それに、週一回の授業は厳しく、生徒一人ひとりと先生との受け答えは、ストレスそのもの!? 未だに外国語の授業の“悪夢”を見る自分からすると、なぜ自らそんなストレスを買って出るのか分からなかった。まあこれは“外国語大嫌い人間”の自分だけの感想だけど・・
結局、これ以上伸びない・・と悟ったのだろう、カミさんが中国語教室を止めてからそろそろ1年になる。でも毎年のように行っていた中国で、ガイドさんに「中国人よりも値下げ交渉がうまい」と褒められたものの、教室を止めたとたん、我が家で中国に行く雰囲気が無くなってしまった。
自分には良く分からないが、カミさんは②のピラティスもやっている。体操の一種??
それに、今度は③の書道もやりたいと言い出した。まさかこのランキングを見て言い出したワケでも無かろうが・・・。
それに④の菜園作りについても、家の庭に花を植えている。自分は虫嫌いなので、土いじりはキライ。庭での自分の出番は、まあモグラ退治の時ぐらいか・・?あのモグリンくん(ここ)、まだたまに出没する。
⑤のフラワーアレンジメント。我が家の玄関ホールの干してある枯れた花は、それとは違うのかな・・?? やはり枯れていてはダメかな・・
⑦のイラスト。昔からマンガを書くのは大好き・・・。つまり楽器以外は、ほとんど似ている。よって、我が家は実に標準的・・・という事が分かった。

そういえば、数年前に亡くなった叔母が書道をやっていた。家の近くの書道教室に、まだ小さかった娘を連れて行った事がキッカケで、自分まで書道に熱中するようになったと聞く。こんな事でも自分の天性は開く・・・。
しかし、前に銀座のギャラリーでその教室の展示会があり、行ってみたが、何を書いているか分からなかった。「書」は味わうのが難しい・・・。見る方の実力も問われる。よって自分は、「書」などという高級な趣味からは逃げるしかない・・・

ともあれ、“サンデー毎日”の日々が段々と近付いてくる。サーテどうしよう・・・
女性の特技であるペチャペチャが、男性も出来ると時間が潰れるのだが・・・。前に西欧の老人ホームのドキュメンタリーを見たことがあるが、西欧でも男性はそれぞれがバラバラ。一人ずつ孤独である。よってこの特性は、民族の差ではなく性差のようだ。
一番手っ取り早いのは、カミさんとペチャペチャして時間を潰すことだが、“濡れ落ち葉”から逃げられることは必然。
よって自分で解決するしかない・・。まあしばらくは、こんなblogを書きながら、エンドレスの模索を続けるしかないな・・・

(関連記事)
「男性が退職後に楽しみたい習い事」ベスト10

| コメント (0)

2011年5月21日 (土)

映画「ブラック・スワン」を観る

今日は、急に予定が無くなって時間が取れたので、カミさんと一緒に評判の映画「ブラック・スワン」を観てきた。何度も書いているが、自分はハッキリ言ってミーハーである。よって、世間の評判が良いと、つい観たくなる・・・。(写真はクリックで拡大)

Image06631 「それでどんな映画だった?」⇒「ものすごい映画・・・」
「どんなジャンルの映画?」⇒「今までに無いジャンルで、これと似たような映画は無かった・・・」
「それで観た感想は?」⇒「とにかく圧倒された。スペクタクル映画とは違う意味で(音楽と映像のマッチ、オーケストラの音量・・等で)、TVではなく、劇場で観たい映画だ」

この映画は、たぶん今まで似たような映画は無かったのでは? だから多分新しいジャンルを作った映画のかも・・。つまり、ストーリー展開の面白さ、というより、人間の心理、内面を映像化した映画だ。
この映画は、人間の心理が映画というツールを使って表現出来る、ということを世に知らしめた??

Image06641 Image06651 Image06661

ストーリーは単純。バレエ一筋に人生を賭けてきた若手バレリーナが、プリマドンナの世代交代を世に問う新演出の「白鳥の湖」の主役に抜擢され、その精神的重圧に押しつぶされながら踊る・・、というもの。
しかし彼女は、可憐な白鳥は踊れても、邪悪な黒鳥は踊れない、という自分への評価や、主役を取ったとはいえ、ライバルの出現の恐怖で、精神的な重圧に追い詰められていく。そして幻覚・妄想と現実との間で・・・・

観ていると、映画のその場面が現実なのか幻覚なのか、段々分からなくなってくる。そして後の場面で、あれは幻覚だったのか・・・と気付く。しかしその心理描写はスゴイ・・・
観た後、カミさんは、しばらくボーッとしていた、という。映画から、かなり影響を受けたみたい・・。
よってこの映画の重みたるや、普通のストーリーだけを重視する、またはCGを駆使して画面の華々しさで受けを狙う作品とは一線を画する。カミさんは、前に観た韓国映画の「母なる証明」(ここ)と同じく、長く心に留まる映画だと言っていた。

言うまでもなく、この映画はバレリーナが主役。よって女優さんはバレエを踊れなければいけない。ここまで本格的なバレエの映画となると、バレリーナが女優をやるのかな・・・、と思ったら、やはり女優さんが1年をかけてバレエの特訓を受けたのだという。
主役のナタリー・ポートマンのインタビュー記事に、こんな発言がある。
「Q:役作りのために、見事な肉体改革をしてみせましたね。
A:そのチャレンジは大きかったわ。でも、私には、優秀な先生、コレオグラフアー(振付家)、監督がついていてくれた。バレエの練習は撮影の1年前から始めたの。最初の6ヶ月は1日2時間。ベーシックな基礎作りをしたわ。その後は1日5時間になり、水泳も加わった。毎日1マイル泳いで、その後に3時間バレエをやるのよ。撮影の2ヶ月前になると、コレオグラフィーの練習も始まって、1日8時間になったわね。そういった厳しい特訓は、キャラクターの感情面にアプローチする上でも役に立ったわ。自分も同じようにしないとわからないのよ。バレリーナはお酒を飲まないし、あまり食べないし、夜遊びもしない。そして肉体的な苦痛をいつも感じている。そんなバレリーナの人生を、私も身をもって知ることができたの。」
(映画のパンフレットより)

12歳くらいまでダンスを習っていたというナタリー・ポートマンだから出来た役かも・・・
それにしても、女優とは大変な仕事だ・・・

この映画は、色々な賞を取る気がする。とにかく斬新。しかし観ていて楽しいとか、面白いとかを感じる映画ではない。ただただスゴイ・・・
自分が感じたこの映画のテーマは、“仏教の教え”。全ての事象は、自らの心の鏡・・・。自らが作り出している・・・。
自分が怖れ、疑うほど、幻覚や妄想が強くのし掛かってくる。まさに我々が、日常的に感じること。普通のサラリーマン生活でも、昇格などで重い責務を担った時に、そのストレスに耐えきれず、鬱病など精神の病気になる事があるが、このバレリーナの場合と同じ。よってこの映画はバレエの世界を描いているものの、その世界は我々の日常的な世界と同じに感じた。
とにかく色々と考えさせられる映画であり、これからこの映画の内面の勉強が必要な(?)映画だと思った。

しかし天国のチャイコフスキーくんがこの映画を観たら、さぞかしビックリするだろうな・・・。

| コメント (1)

2011年5月20日 (金)

「天声人語」を書く人の文才・・・

今朝の朝日新聞の「天声人語」。読んでいてつい引き込まれた。何とも感心する文章である。曰く・・・

「人恋しいのは山で迷った時だけではない。節電に沈む街を漂いながら、ヒトは寂しがり屋の動物だと思った。多くが掌中の機械を頼り、通じ合える誰かとピンポイントでつながっている。
 震災後、ちょっとした結婚ブームだという。広告を控えたにもかかわらず、結婚仲介業者への資料請求や入会が増加中と報じられた。「寿退会」も多い。一緒にいてくれる誰かを求め、女性の動きが目立つそうだ。
 余震や停電、放射能を案じての独り暮らしは、都市の孤独に慣れた人でも心細いのか。あの夜、何時間も歩いて帰宅し、明かりをつけても一人。きずな、だんらん、安らぎといった言葉たちが背中を押すのだろう。
 名高い調律師の著にあった。「ピアノは振動には結構強いが、温度や湿度の変化に弱い。たちまち調律が狂う」と。人はピアノにも似て、大地の揺れに耐えつつ、一変した世の空気に心は乱れる。そして、自分だけの調律師を探す。
 真偽はさておき、米国では大停電や大災害、テロのたびに小さなベビーブームが伝えられる。何げない温(ぬく)もりが愛(いと)おしく、独り身は婚活に燃え、交際中は結ばれ、若い夫婦は……。ささくれた世相に疲れた人は、家庭なるシェルターにこもるらしい。
 2011年春、万の人口が瞬時に失われた。喪に服す列島がにわかに放つ結婚熱は、欠けた命を補う営みにも見える。種族の本能といえば大仰だが、少子化に一矢報いるべく、慶弔が攻守ところを変えるなら喜ばしい。この国はまだ生きている。」
(2011年5月20日付「朝日新聞」「天声人語」より)

先日、ある所での会話の話である。先日突然死で遠くに住んでいた息子さんを亡くした還暦近い女性に、やはり還暦近い“独身男”がこんな事を言った。
「**さん、どうせ一緒に住んでいなかったのだから、(息子さんが亡くなっても)別に変わらないでしょう?」
そしてその女性がつぶやく・・・。「独身者はこんな事を言う・・・」

家に帰ってカミさんにそのことを話したら、「ウチの息子には、ぜひ結婚して欲しいね・・・」

キッカケは何でも良い。先の会話ではないが、人間、やはり普通の(普通に結婚して家庭を持った)人間であって欲しいもの・・・

さて、当blogがよく取り上げる日経新聞の「大機小機」もそうだが、この「天声人語」も、内容的には色々と言いたいことを言っているので、世の中では異論も多いことだろう。しかし自分は結構好んで読んでいる。
今日の「天声人語」もなかなかのもの・・・。文章というより、むしろ散文・・? 詩の雰囲気を感じる名文だと思った。
どの文も、話があっちこっちに飛ぶ。全部別のことを言っている。でもそれぞれキチンとラストの焦点に集まってくる。

ところで「天声人語」は誰が書いているのだろう。朝日新聞のQ&Aにはこうある。
「質問:「天声人語はいつから掲載されていますか。また筆者は誰ですか」
回答:「天声人語の初登場は創刊25周年を迎える1904(明治37)年の大阪朝日。「天に声あり人をして語らしむ」という中国古典をもとに命名したといわれています。
筆者は論説委員が担当しています。2007年4月からは、福島伸二、冨永格の2人が担当しています。」
ここから)

では、福島伸二氏と冨永格氏とはどんな方??
Netでこんな記事を見付けた。
「・・・、四月一日からは二人の50才の新進気鋭の福島伸二(社会部出身、ニューヨーク支局長で、イラク開戦時最前線の日本代表)と冨永格(ただし)(経済部、外報部出身、ブリュッセルに二回も駐在し、ユーロの全てを伝えてくれた)両氏に対する期待感も別の意味でも多大であります。・・・」ここより)

2007年で50歳とすると、今は54歳か・・・。自分の想像は簡単に破られた。功成り名を遂げた60~70代の大物の元記者が書いているとばかり思っていた。しかし結構若い人が書いているのだ。そして、今の「天声人語」は初めての二人体制らしい。確かに毎日のことなので、一人の執筆だと大変だ。今の二人は一日交替?日によって雰囲気が変わることは無いのかな・・・・

この名コラム「天声人語」に比べて、ダラダラと無駄な言葉をただ書き連ねている当blog・・・。何とも恥ずかしい・・・・。

文才は才能である。努力ではどうにもならぬ。当blogが目標としている「天声人語」や「春秋」などの各紙のコラム。もちろん同じような文章は望むべくも無いが、まあ横目でチラッと眺めながら、当blogの手本としていくことにしよう。

| コメント (0)

2011年5月19日 (木)

2011年「私が選ぶサラ川ベスト10」

今朝の新聞に、恒例の第一生命の第24回「私が選ぶサラ川ベスト10」の全国投票結果が発表になった、という記事があった。
前に2011年の入選作の記事を書いたのが、2月だった(ここ)。それから全国投票を行い、今日はその結果の発表だ。
あんまり関係ないけど、2月に自分とカミさん選んだ“ベスト10”と比較してみよう。

<第24回「私が選ぶサラ川ベスト10」>ここ)より
順位(得票数)  作品  (雅号)
①(2219)* 久しぶり~ 名が出ないまま じゃあまたね~(シーゲ)
②(2217)  クレームも 社員じゃわからん パート出せ(サラ川小町)
③(1971)* 何になる? 子供の答えは 正社員(氷河期)
④(1870)* ときめきは 四十路(よそじ)過ぎると 不整脈(ミセス ハツコ)
⑤(1696)  指舐めて ページをめくる アイパッド(化石パパ)
⑥(1644)  ボーナスは メガネかけても 飛び出さず(3D頼り夫)
⑦(1625)* おこらすな ママのいかりは パパにくる(ベスパパ)
⑧(1596)  最近は ケータイ無いと 字が書けず(生徒会長)
⑨(1558)  そびえ立つ 妻は我が家の スカイツリー(やなぎびと)
⑩(1453)  小遣いを 下・下・下(ゲ・ゲ・ゲ)と下げる我が女房(目玉おやじ)

  (*は自分の選んだのと一致)

先の入選作の発表のときに自分が選んだ10作品と一致したのは4つだった。
あとは17位~90位に・・・
17) 怒るなよ 「怒ってない」と 怒る妻(花いちもんめ)
20) 物忘れ 増えて良くなる 夫婦仲(シルバーパス)
24) 天職を 求めて転職 今無職(虹色詩人)
53) おれだって 束ねてみたい 髪と部下(老婆の休日)
64) ちょっといい? 軽い言葉に 重い罠(リーダー)
90) ランチ代 牛丼価格に 値下げされ(みそ汁付かない)

・・・・17位なんか良いのにね・・・。53位は当事者でないと分からない?

次にカミさんが選んだ10作品の順位は・・・?
12) クラス会 あのマドンナが デラックス(さごじょう)
24) 天職を 求めて転職 今無職(虹色詩人)
26) 人員が 「ととのいました」と 解雇され(エビ坊)
49) デトックス 言う妻体型 デラックス(ネクタイよれよれ)
50) 日本海 どこからどこまで 日本かい(万歳老人)
52) あればいい パワースポット 職場にも(たかりん山)
59) 上がらない 給料・職名 右の肩(五十肩)
53) おれだって 束ねてみたい 髪と部下(老婆の休日)
60) 「好きにして」 昔肯定 今否定(千年愛)
63) マイホーム 持ったがないぞ マイルーム(夢追い人)

へへへ・・・。ベスト10には一つも入っていない。12位~63位だ。

ちなみに、順位の数を単純に足してみた。つまり、1位~10位がぴったり合っていれば、55になるが、自分の選んだ作品の順位の合計は283。カミさんの合計は448。
これで分かることは、カミさんに比べて、いかに自分のセンスが良いか・・。
まあこれはあくまで発表された投票結果を「正」とした時の評価だけど・・・

何度も書くが、この川柳を書く人のセンスが羨ましい。こんな川柳を書く人は、尊敬してしまうな・・・
それに引き替え、いつまで経ってもセンスが生まれないエムズくん・・・。とりあえず、また来年の「サラリーマン川柳」の発表を待つことにしよう。

(関連記事)
2011年の「サラリーマン川柳」入選作・・・
2010年の「サラリーマン川柳」入選作・・・
2009年の「サラリーマン川柳」入選作・・・
我が家の「サラリーマン川柳」ベスト10

| コメント (0)

2011年5月18日 (水)

感情的反発!?~「電力料金引き上げの勧め」の論

当blogが好きな、日経新聞のコラム「大機小機」。今朝のその論が、“アッと驚く為五郎・・・”、つまり、何と「電力料金引き上げの勧め」なのである。まあ一応“冷静に!”読んでみよう・・・。

電力料金引き上げの勧め
 電力を巡る諸問題が次々に押し寄せている。電力供給が不足している地域では、停電を防ぐために需要を抑制する必要がある。また、原発関連で生じつつある巨額の賠償資金も捻出する必要かおる。いずれも難問だが、極めて有効な手段がある。それは電力料金を引き上げることだ。電力料金の引上げを勧める理由は次の通りである。
 第1に、それは極めて当然である。原発の損害賠償コストが極めて大きく、電力会社が賄いきれないということは、これまでの電力料金が、原発によって電力を生み出すためのコストを十分織り込んでいなかったということだ。原発の電力を安く使い過ぎてきたということである。よって原発分の電力はより高いものと再評価し、そのぶん料金を引き上げるのが正しい。
 第2に、それは極めて効率的かつ公平な節電の手段である。価格を引き上げれば、それをあまり必要としない需要から順番に節減されていく。電力は価格弾力性が低いから、値上げしても需要は減らないとの意見もあるが、ある程度時間がたてば必需的な財でも需要は減る。これは石油危機の際に実証済みである。
 第3に、それは経済社会構造を望ましい方向に変えるだろう。需要が大きい地域に限定して価格を引き上げれば、関東地域への一極集中が是正されるだろう。また、電力料金が上がれば、風力などの自然エネルギーの採算が好転するから、エネルギー構造の転換が促進されるはずだ。
 料金引き上げで得た収入は損害賠償に使ってもよいし、被災地の復興のために使ってもよい。価格の引き上げには逆進性があるので、低所得者に配慮することも可能だ。
 もちろん電気料金の引き上げに反対する声は強い。誰でもコストはできれば払いたくないし、ましてやこれだけ迷惑をかけながら値上げするのかという感情的反発も強い。
 しかし、損害賠償を保証するためのコストは、何らかの形で国民全体が担うことになる。どうせ担うなら、電力料金の引き上げという形で負担するのが最も効率的かつ公平なのである。
 民意に殉じて値上げを避けようとする政治的意図は分かるが、民意に従っているだけでよいのであれば政治家はいらない。本当に国民のためになるのであれば、国民を説得して民意を変えることこそが本当の政治主導というものである。(隅田川)」
(2011/05/18付「日経新聞」p17「大機小機」より)

今は“タブー“とも言うべき東電の賠償金原資確保のための電気料金の引き上げ。それをこの記事は、ものの見事に喝破している。ここまではっきりと言われると、怒るよりも何か笑ってしまう・・・。

一般ピープルはこう思う。原発事故は東電の人災。そのツケを、自分たちの責任を棚に上げて安易に国民に強いるなど、まさに責任転嫁であり、無責任極まりない・・・と。
電力料金は、かかるコストに一定額の利益を乗せて決まっている事を我々は知っている。よって東電は、赤字決算は原理的にあり得ず、いつ倒産するか分からない一般の事業会社と違って、何という恵まれた(国民をバカにした?)会社なのであろう・・・、と捉えてきた。
でもこのように、正面から喝破されてしまうと、確かに自分たちの反感は、多分に感情的な反発が大きいことに気付く。だからと言って、この論に素直に頷くことも出来ない。
やはり、政治家が言っているように、東電自身は国民が納得するそれなりの努力をして、「これ以上東電に要求するのは無理だ・・」という世論形成をすべきなのだろう。

この論を正しいとか、間違っているとか、そんな評価をする気は毛頭ない。しかし読んでいて、久しぶりに「目から鱗」という言葉を思い出した記事ではあった。
なかなか“冷静なものの見方”は難しいものだ・・・

| コメント (1)

2011年5月16日 (月)

「1+235本のトランペット大集合」によるアイーダの「凱旋行進曲」

先日、もの凄い演奏を聞いた。236本のトランペットによるヴェルディ作曲、アイーダの「凱旋行進曲」である。先ずは聞いてみよう・・・

<「1+235本のトランペット大集合」によるアイーダの「凱旋行進曲」>

この演奏については、「難民を助ける会」のサイトに解説がある(ここ)。
この演奏会は、2010年9月1日に、サントリーホールでチャリティコンサートとして行われたそうで、「トランペット奏者のエリック・オービエ氏の指揮のもと、オルガン奏者にティエリー・エスケッシュ氏、特別ゲストとしてティンパニ奏者の菅原淳氏をお迎えし、一般から募集したトランペット愛好家など計236本のトランペットが鳴り響く盛大なコンサートとなりました。・・・・
110516235trp オービエ氏がフランスの教会で成功させた「1+100本のトランペット」という催しをヒントに、日本でも開催を企画。新聞などで参加者を募集したところ、300人を超える方々からのお申し込み、お問い合わせをいただき、会場となるサントリーホールのステージを限界まで使い、235名にご参加いただくことになりました。・・・
トランペットを始めて間もない初心者からプロの演奏家、北は北海道、南は沖縄から8歳から75歳まで、職業も年齢も出身地も異なる235名による大迫力の演奏に、会場も興奮と熱気に包まれました。当日は、秋篠宮同妃両殿下のご来臨を賜り、会場は大いに盛り上がりました。・・・」
((ここ)より)とのこと。

確かに素人のトランペッターにとっては、サントリーホールに立つというのは憧れ。それで参加料を取って募集したが、予想以上に参加者が集まり、ホールギリギリに立てる数が235人という事で、応募者を235人に絞り、「1人+235人」になったとか・・・。
演奏を聴いていても分かるが、235人をまとめるのは大変。でもここまで良くそろった・・・。しかし写真を見ると、どうも指揮者が自分でトランペットを吹いているようには見えない。何よりも、指揮だけで精一杯だろう・・・。
すると1人+235人の“1人”は、指揮のエリック・オービエ氏のトランペットではなく、ティンパニ奏者を言っているのかな・・・? これ不明・・

それと、コンサート会場の音量たるや“もの凄かった”のではないか・・・と思う。普通のオーケストラでも、ブラスの音量は他の楽器を圧倒する。もちろん練習なども、トランペットの音量は近所迷惑なので大変・・。それが236本も鳴り響くと、どの位の音量になるのだろう・・・。想像を絶する。
でもさすがにこの録音は、歪みもなく録音されているから立派・・・・

ともあれ、舞台に立っていた人の充実感は想像できる。自分も若い時に第九を歌ったことがあるが(ここ)、歌い終わった時の充実感、達成感は格別なもので、一生の想い出になる。参加された方は、チャリティーへの参加とともに、良い記念になったことだろう。

最後に、この曲のオリジナルを聞いてみよう。
この演奏は、自分の大好きな英デッカのジョン・カルショー(ここ)の録音である。

<ヴェルディ:アイーダの「凱旋行進曲」/カラヤン:ウィーン・フィル>

| コメント (0)

2011年5月15日 (日)

俵萌子氏の乳がん患者による「1・2の3で温泉に入る会」

先日のNHKラジオ深夜便で、俵萌子氏の「こころの時代」アーカイブスの放送があった。この番組は2007年4月15日放送の「ラジオ深夜便・こころの時代「病んで目覚めた命の輝き」評論家 俵 萌子」(2011年5月8/15日再放送)。
110515tawara 番組の内容はおもに、乳がんを患った女性が一緒になってドボンと温泉に入ろう、という「1・2の3で温泉に入る会」の話。

乳がんで乳房を全摘した女性は、好奇の目にさらされるため、好きな温泉に入れない。だから、乳房のない女性が7~8人一緒になって“1・2の3”で温泉に入る会を作ったという。その経緯を語っていた。(なおこの放送はAMなので、音は悪い)

<俵萌子氏の「病んで目覚めた命の輝き」の一部>

*この番組を全部お聞きになる方は下記をクリックして下さい。
  第1回分(41分)は(ここ)をクリックして数分待つ・・・
  第2回分(37分)は(ここ)をクリックして数分待つ・・・

一貫して流れるのは、ガンへのつらい思い。俵さんは1996年3月に乳がんで右乳房切除。そして2001年11 月にこの「1・2の3で温泉に入る会」を発足させたという。(俵さんは2008年11月27日、肺炎のため77歳で逝去)
統計的には、乳がんは45~50歳の頃がピークらしい。しかしこの番組では30歳代初めに乳がんに罹り、39歳で亡くなった女性について、その葬式での話があった。
「替われるものなら替わってあげたい、と思うほど悲しかった。私はもう一仕事終わっているが、残された女の子にとっては、あと20年お母さんは要るのに・・。可哀想と思って・・」という俵さんの言葉が胸を打つ・・・
しかし乳がんの話題は多い。自分の周囲を見回しても、色々な人の奥さんが乳がんに罹っている。

もちろん生き物の死亡率は100%。しかしその順番は理不尽。一番の親不孝は、親より先に死ぬこと、とは良く言われること。
先日、会社の還暦近い女性の同僚の息子さんが、突然死で亡くなった。33歳だったという。その女性は一人住まいだが、今まで遠くに住んでいた息子が、今になって自分のところに帰ってきた感じがするという。それで毎晩、息子に「おい食べたか・・」と声を掛け、一緒にご飯を食べている・・、と言っていた。順番が狂うことほど悲しいことはない・・・

それに、先の番組のように、特に小さな子どもを残して逝く母親の心情も計り知れない。若い母親にとって、小さな子どもを残して死ぬことなど、絶対にできない・・・
しかし、自分たちの意志の力ではどうにもならないのが死。“大いなるもの”の為せるワザ・・・・

我々もほどなくジ・エンドが見えてくる年代に差しかかる。でも、せめて順番だけは守って欲しいと、“大いなるもの”にお願いしたいと思う。

| コメント (1)

2011年5月14日 (土)

初めての調理実習~焼餃子を作る

今日は、我が輩にとって“歴史的な日”なのであ~る。何と、自分が料理をしたのである。
自分も最近心を入れ替えて、料理にチャレンジしてみようかな・・・と思い、「連休中に一度やってみる」とカミさんに言った。しかし連休中は何となくせわしく、今日まで延びてしまった。

でも料理にチャレンジしようにも、何を作って良いか分からない。カミさんが「得意な餃子を作ったら?」という。何を隠そう、我が家の焼餃子の“焼く”のは自分の分担。つまり自分も料理を全くしていない訳ではない。焼くのだけはやっていたのだ。よって今回は、最後の“焼く”作業だけではなく、最初から作ってみようというワケ・・・

まずキャベツ、ニラをきざむ。包丁が良く切れるのは有り難いが、これが結構疲れる。指を刻まないように注意しながら・・・。キャベツは縦に切ったものを、まな板を90度回転させて今度は横に切る。包丁を持つ手が疲れてきたので、両手で包丁の両端を持って・・
ところが、ニラがうまくいかない。最初に刻むのは同じように出来るのだが、細かくしようと、包丁の両端を両手で持って様々な方向から刻もうとするのだが、ニラが切れない。ニラをどうやって細かく刻むのか、今日は悟れなかった。
次にキャベツに塩を振って、しばらく寝かせ、それから料理用の紙に包んで絞る。水分を取るのだそうだ。これでたくさんの水が出たのにはビックリ・・。野菜に含まれている水分は結構多いのだ・・・。

カミさんが、ボールに挽肉を入れ、塩・こしょうとコンスターチとか言うのを入れてかき混ぜる。理由は不明・・・。そしてボールにさっきのキャベツ、ニラ、挽肉、それにニンニクとにんじんのすったもの、砂糖、ごま油と・・あと何だっけ?とにかくそれらを入れ、かき混ぜろと言う。
今日はこの作業が一番の難関だった。指の間にグニュグニュ・・と・・・。おお気持ち悪い・・・。助けてクレ~~~。何か器具を使ってこねたら良いのに・・というと、手が一番良いのだそうだ・・・(写真はクリックで拡大)

P10905111 P10905152 P10905171

それが終わると、ラップをかけて冷蔵庫に寝かせる・・・。そしてメイ子を連れて夕方の散歩。今日は夕日がキレイで、歩いていても気持ちが良かった。これから暑くなると、夕方や夜の散歩が良いな・・・。

それから餃子の皮で包む。これが結構難しい。まず具の量。最初は少な過ぎて小さくなったので、徐々に量を増やす。そして、餃子の皮の片側をシワシワにするのだが、これが意外と難しい。原理的には・・と口では言うのだが、何でうまく行かないのか・・・。この作業はNG。

P10905191 P10905201 P10905241

焼くのは得意。まずごま油をひいて、餃子を並べる。少し熱を加えて焦がしてから、お湯を入れてフタをする。そして水分が無くなるまで強火。水分が無くなったら、気分によってごま油を少し加えて出来上がり。
味?言うまでもないだろう・・・。美味かったに決まっている・・・。

P10905281 P10905321 P10905371

餃子の焼き方は、昔、ラーメン屋に行った時に、目の前で焼いているのを見て、なるほど・・・と覚えた。それ以来、失敗はない。
でも単純だと思っていた餃子の具を作るのも、やってみると結構大変。餃子の皮のシワシワも、原理的にはどうってこと無いのだが、なかなか指が動かない・・・

自分の料理の経験としては、昔一度だけカレーを作った事がある(ここ)。前にも書いたが、レシピ通りに作っても美味くなかった。今日の餃子は、カミさんを見ていると、一切秤(はかり)は使っていない。全部カン・・・・。これには参った。次に作れと言われても、自分には、何を“何mg”入れるのか、到底分からない・・・。

今日の餃子は、我が家の秘伝を伝えたのだという。秘伝と言ってもカンの世界・・・・
まあ調味料などの分量を別にすれば、何とか再現出来るかな・・・・
かくして、当blogで初めて、料理の記事が書けた。次に書くのは、1年後になるだろう・・・。もしカミさんが許してくれれば・・・、の話だが・・・・。
段々と“逃げ道”が少なくなってきたエムズくんではある。サラリーマンのリタイア。そこには“鬼”が待っている!

<事後談>寝る前に二人とも喉が渇く・・。どうも原因は、キャベツを刻んだ後、水分を取るため塩を振ったが、その量が多かったらしい。自分はたっぷりと振ってあげた。カミさんが言うには、キャベツを絞った時の水の量が多かったので、おかしいと思っていたとか・・・。
料理の、パラパラッと加える塩などの分量は、相当に経験を積まないと分からないらしい。料理の奥は深いね・・・。

| コメント (0)

2011年5月13日 (金)

「そごう八王子店」の存続求めるシンポジウム

これは当・八王子にとっては大問題なのであ~る。
八王子駅ビルに入っている「そごう八王子店」の閉鎖が報道されたのはこの(2011年)2月だった(ここ)。街中にショックが走ったのは言うまでもない。聞くところによると、そごう側が、高価な家賃を、世間並みの水準に引き下げるように家主のJRに頼んでいたが、JRがそれに応じず、結局そごうは業績悪化に伴い撤退に追い込まれたという。

そんなショックから数ヶ月。昨日の新聞にこんな記事があった・・・。

そごう八王子店 存続求めシンポ あす商店主ら
来年1月末に閉店が予定されている八王子駅の「そごう八王子店」。同店に出店している商店主や八王子商工会議所の会員らが13日、「そごう八王子店の存続を求め商業振興を考えるシンポジウム」を開く。
 商店主らは、そごうが撤退を表明後、「存続を考える会」を結成して署名活動を実施。先月末までに8万を集め、6月にセブン&アイーホールディングスと子会社「そごう・西武」に提出するという。
 同会の谷津富高さん(67)は「とにかく存続してもらうため、そごうへの市民の支持を伝えたい」と話す。同会では、家主のJRグループにもテナント料の引き下げを求めるという。
 シンポは、八王子駅北口の八王子東急スクエアビル12階で、13日午前10時~同11時50分。問い合わせは同会(042-622-1756)へ。」(
2011/05/12付「朝日新聞」多摩版)

Image06593 それを見付けたカミさん。話は聞いていたので、「自分もぜひ署名をしたいが、どこで署名の受け付けをしているのか分からなかったので、署名のためにこのシンポに行ってみようかな・・・」と言い出した。
それで今日シンポに行ってきたという。署名だけをして帰ろうと思ったら、席に連れて行かれて結局シンポを聞いてきたという。各界の著名人による「そごう蘇生作戦会議」??・・・P10905051 (写真はクリックで拡大)

そごうは八王子唯一のデパート。それが撤退すると、八王子はデパートの無い街になってしまう。デパートがある街と無い街では、“格”が違う・・、という議論。
結局、市民がそごうに行って買い物をしなかったのが直接的な原因。よって、“これからは市民がそごうに買いに行きましょう・・”という運動もあるが、所詮そごうに魅力がなければこれは長続きしないので、市も商店会も協力して、そごうの魅力を増す努力をしましょう、と言う議論。
家賃を市が援助する方法もあるのでは・・という議論。
何とか、そごうを含めた総合的な街作りをしたい・・・という議論。
色々と話が出たらしい。でも結局、そごうの撤退は八王子という街(人も含め)そのものが、そごうを大事にしなかった結果・・・

そう言えば、日産村山工場の跡地に出来た(我が家も良く行く)「イオンモールむさし村山ミュー」(ここ)。
2006年11月18日開店以来、核テナントとして三越が入っていたが、2009年3月1日に撤退した。三越はわずか2年半の出店だった。でも確かに撤退は仕方が無いな・・という感じはした。三越はあったが、店に入ったことはほとんど無かった。駅前でもないこんなところに、デパート・・というのが、かえって異質に感じた。しかしその後のモールの混み具合は大変・・・。最近では、休日に駐車場に車を止めるのは至難の業。これも決して三越の撤退が拙速だったわけではなかろう。段々モールが街に浸透してきた??

そんな三越に比べて、八王子そごうはまさに駅ビル。デパートの立地としては最高であり、八王子の顔だった。でも確かに我が家もそごうに行かなくなっていた・・。行くのはデパ地下くらい・・・。(ここだけは活況) 昔は、正月に199*円セールに行くのがカミさんの楽しみだったのに・・・

これは、そごうに限らず、“デパートで買う”という日本のライフスタイル=文化が変わってきたせいではないか・・・。昔は赤い模様の三越の包み紙が高級品のステータスシンボルだった。それに引き替え、最近はデパートの有り難みが希薄になってきた・・・。スーツを買うのも、昔はデパートが普通だったが、今は多様・・・

ともあれ、(例えは悪いが)当たり前にそこに居たカミさんに逃げられ、やっとその有り難みが分かったように、撤退という刺激的な言葉を聞いて、やっと今そごうの存在の有り難みに気が付いた八王子。署名運動も、10万の予定が、もう8万集まったという。これは大きい・・・(この署名活動は、八王子の商工会議所、自治会連合会、商店会、まちづくり八王子の4者合同の活動で5月20日を目途に集めているという(ここ)。しかし、もしNetでの署名が可能だったり、駅前での署名が毎日でも出来たら(商工会議所にわざわざ行かなくても・・・)、もっともっと集まるような気がするが・・・)

それらの署名をそごうの親会社のセブン&アイがどう評価するのかは分からない。でも何とか1~2年間だけでもチャンスをくれると有り難い。(*年以内に黒字になれば撤退中止・・・とか)
確かに気が付いたのは遅い。でもこれからは街を挙げてそごうを盛り立てていく気風が生まれるだろう・・・。八王子の商会も、今までのコンペチター(競合相手)ではなく、立川に負け、お互い傷付いた戦友として(?)そごうをバックアップするだろう。だから早々の“撤退決定!”ではなく、しばらく八王子市民の“活動”の結果を見届けて欲しいな・・・・

とにかく市民としては、理屈ではなく、そごうは八王子に居て欲しい・・。ただただ、そう思う・・・。
これからは他人任せではなく、そごうに買いに行くからサ~・・・。近所の友人を誘って一緒にそごうに行くからサ~~~

(2011/09/09追)
「そごう八王子店跡地 大丸松坂屋系 市が誘致図る
 八王子市の田中正美副市長は8日、来年(2012年)1月末での閉店が予定されている「そごう八王子店」の跡地について、「個人的な人脈や日本商工会議所を通じて、大丸松坂屋の系列の百貨店を誘致できないか行動している」と述べた。開会中の市議会一般質問の中で明らかにした。
 閉店対策本部の本部長でもある田中副市長は「八王子の表玄関である駅ビルが長期間、空くことはあってはならない。後継テナントの誘致に全力を尽くす」と語った。
 同店を運営する「そごう・西武」の親会社セブン&アイーホールディングスが今年2月に閉店を発表。そごう撤退で八王子駅周辺から百貨店がなくなることから、同市や八王子商工会議所は存続を求めていたが、覆すことはできなかった。」(2011/09/09付「朝日新聞」多摩版より)

Image07920 (2011/9/29追)
「八王子駅ビル そごう跡~「百貨店誘致は困難」 (2011/9/29付け朝日新聞/多摩版)(詳細記事はここ)だってさ・・・

(2011/11/26追)
そごう八王子店跡地
    JR系大型SCに  駅南口「セレオ」と統一へ

 来年1月末で閉店するJR八王子駅ビル「そごう八王子店」が、大型ショッピングセンター(SC)に生まれ変わることになった。JR東日本のグループ会社で駅ビルを運営する「JR東京西駅ビル開発」(本社・八王子市)の直営店となり、同社は来秋の開業を目指してテImage08391 ナント誘致などを進める方針だ。
 同社が25日に取締役会を開き、正式に決まった。名称は、昨年11月に同社が駅南口にオープンさせた商業施設「セレオ八王子」と統一する見込み。
 同社は1980年に「八王子ターミナルビル株式会社」として設立され、現在は八王子駅の「ナウ」、国分寺駅の「エル」など、駅ビル型のSCを展関している。そごう八王子店の売り場面積は約3万2千平方㍍と広いため、同社の直営SCでは最大規模になる。
 そごう八王子店に併設されている専門店街「八王子ナウ」は来年2月以降も営業を続ける。新たなSCの開業に合わせて名称を「セレオ八王子」に統一する可能性もある。
 そごう八王子店は83年に開業。八王子駅周辺に唯一残る大手百貨店だったが、今年2月、親会社のセブン&アイ・ホールディングスが業績不振を理由に閉店を発表した。存続を求める約9万6千の署名が集まったほか、八王子商工会議所が大丸松坂屋や高島屋といった他の百貨店の誘致を目指したが、実現しなかった。」(2011/11/26付「朝日新聞」p29多摩版より)

●メモ:カウント~185万

| コメント (2)

2011年5月12日 (木)

原発の交付金と避難命令・・・

今朝の日経新聞のコラム「春秋」に、電源3法による交付金についての記事があった。曰く・・・

「炭鉱の閉山で経済が立ちゆかなくなった「ヤマの町」を支えようと、かつて国は、巨額のカネを旧産炭地の自治体に投じた。公共事業や失業対策、鉱害復旧。様々なかたちでの国費投入は、石炭6法と呼ばれる6つの法律が根拠だった。
石炭が「6法」なら原子力は「3法」である。発電所を受け入れた自治体を潤す3つの法律、電源3法だ。交付金の額がハンパではない。資源エネルギー庁によれば、たとえば出力135万キロワットの原発を造る場合は、まず運転開始までの10年間に449億円が地元へ。その後も年々20億円ほどが投下されるという。
全国の地元自治体に渡る交付金総額は年間約1200億円。ほかにも立地市町村や周辺への「原発マネー」はいろいろあるから、過疎に苦しむ地域にとっては本当にありがたかろう。ハコモノの建設を競い合い、○○プラザとか△△センターといった豪華な施設が鎮座することにもなる。もちろん、福島も浜岡も。
地域の自立を導くならば、こうした交付金も無駄ではない。が、どうだろう。かえって原発マネーから抜け出せぬ悩みをもたらしたのが30年余に及ぶ国の立地対策だ。むかし6法いま3法。エネルギー政策のきしみを紛らわす仕掛けでもあろうか。未曽有の事故とその衝撃波は、見過ごしてきたものを見せている。」(
2011/5/12付「日経新聞」「春秋」より)

この交付金・・・。フクシマでは1F、2Fで計10基とすると、4000億円??
額が大きすぎてピンと来ないな・・・
しかしその代償(?)となってしまった原発事故の影響は、あまりにも大きい・・・・

そして、今のフクシマでは「普通の日常生活」が許されず、代わりに賠償金というカネが与えられる。
裁判でも何でも、全てはお金に換算される。確かに、交通事故などで肉親を殺されても、命が戻らない現実の前には、お金以外にあがなう手段は無い。

しかし避難した人たちは、賠償金も何も要らないので、とにかく普通の生活を返せ、という思いだろう。特に老人にとっては、日常の普通の生活は“明日の命”の問題。

先日亡くなったウチの伯母も、90歳を超えたとき、玄関で転んで1週間入院しただけで、誰とも話さなかった影響か、痴呆が始まり、それから一気に症状が進んでしまった。老人にとっては環境の変化が死活問題になってしまう。

最近、思う・・。人間にとって、多額のお金はホントウに必要か・・・?と。
もちろん、最低限の衣食住費は必要だ。しかしそれ以上のお金は、人間それほど必要ではないのでは・・・? つまり、幾ら多額の賠償金を貰っても、普通の人にとっては、生活はそう変わらない・・。
それよりも、以前の・・・、となる。

先の記事にあった、交付金で作られた幾多の“○○プラザとか△△センター”も、たぶん現地にはたくさんあるのだろう。しかしそれらの豪華な設備は、今は人気(ひとけ)のない無用の長物に変わってしまって・・・

賠償金というカネと、何事にも代え難い“普通の生活”。いつもの日常生活がいかに大切か、改めて思うこの頃である。

| コメント (0)

2011年5月11日 (水)

森山良子の「30年を2時間半で」

今日、面白い歌を見付けた。森山良子の「30年を2時間半で」という歌。定年間近の男女が30年ぶりに会って、2時間半を過ごすという、ファンタジー!!?
9分もかかるこの歌は、森山良子の歌というよりも、一人芝居・・・。何とも楽しく、長さを感じさせない・・・。

<森山良子の「30年を2時間半で」>

「30年を2時間半で」
  作詞:麻田浩・森山良子
  作曲:麻田浩・島健

こんな事ってあるのね。新宿のデパ地下。
レジに並ぶ私の目が、懐かしい横顔に釘付けになった。
他人のそら似? イエ、髪には白いものが・・・・でも彼だわ。
ドキッ! 早まる呼吸、声をかけようか、かけまいか?
カゴに入ったお豆腐や泥つきゴボウの先っぽが揺れている。
こんな事ってあるのね。若い日々の恋がよみがえる。
気付かないで私に・・・・・あ、やっぱり気付いて・・・・・。
マスカラが目の下に落ちてないかしら。ヤダ、小鼻がテカッてないかしら。
彼がふと振り向いて瞳と瞳が重なって照れくさそうに微笑んだ。
いまだに恥ずかしがり屋なのね、あなた。

「元気?」
「うん、この通り。まあ何とか元気にしています。今夜のおかずを買っているんだ。そこのオカラがおいしいんだ」
「あ、私も時々あそこの買う。おいしいよね」 
あ、なれなれしくないかしら・・・・・。
人波が消えてゆく。レジが済めばそこでお別れ。
「ねぇ、もし時間があればお茶でも飲もうか・・」・・・・無口で引っ込み思案だった少女は、長い年月をエンヤコラと乗り越える間に、たくましく、ズーズーしく変貌しているものなの。
「うん、いいよ」相変わらずもったいぶっているのね。

近頃流行のカフェ。あなたはコーヒー。私はキャラメルマキアート。
そう、中年の女は新し物好きなの。
それから、2時間半。
私は3年前多々の事情で一人になった。
あなたは2年前に伴侶を亡くした。そろそろ定年後の暮らしを考え始めている。
「そうか、定年か・・・・お互い50も半ば・・・・もうすぐ四捨五入で60かぁ。」
たわいのない想い出話に話は尽きない。尽きたくない・・・・・!!

  30年を2時間半で飛び越して 2人の気持ちは20(ハタチ)
  初めてのデート 「真夜中のカウボーイ」
  30年を2時間半で飛び越して 2人の気持ちは21
  ぎこちのない First Kiss あなたの誕生日

「ご飯どうしてるの?」
「自分で作るんだ。これが結構たいへんでさ、時々こうやってお惣菜買うんだ。今、美味しい物なんでも揃ってるからね。」
「そうか、大変ね」
「ま、でも自由に色々出来るから、考えようによっちゃ楽しいよ」 
2杯目のキャラメルマキアートのストローが切なく空気を吸っている。

「ねぇ、一杯やろうか?」
「そうだな。家でだれも待っている訳でもないし、ここだったら、あそこのホテルがいいかな?」
「ホ、ホテル・・・・?」
「うん、眺めもいいし、メシも結構美味いから」
「じゃあ、オカラ、入れといてあげようか?」 
泥つきゴボウも2つにへし折って、バッグの底に押し込めた。

人混みの中、あの頃みたいに並んで歩く。
夕暮れがそろそろ星のカーテンを降ろし始める。
愛想のいいウエイターが「奥様、ジャケットの方、お掛けして宜しかったでしょうか?」
近頃、この何々の方、何々して宜しかったでしょうか?という訳の分からない日本語がスゴい気になるんだ私。
奥様か・・・・うふ、奥様か・・・。そうなってたかも知れなかった・・・・・。

  30年を2時間半で飛び越して 2人の気持ちは20(ハタチ)
  いつも歌ってくれた しゃがれた「Blowin' In the Wind」
  30年を2時間半で飛び越して 2人の気持ちは21
  別れた理由が いまだに見つからない

キャンドルライトが揺れている。私の心も揺れている。
ライティングはOKよ。目尻のシワが少しはごまかせるわ。
「とりあえず、ビール」と彼。私はドライな赤ワイン。
「最近食えなくなってさ」「あたしも・・・」
「最近飲めなくなってさ」「あたしも・・・」って言いながら、
イヤダー、私ったら、グビグビ、グビグビ4杯目!!

「女房がね・・・」「うん」「女房がさぁ・・・」
愛しているのね。女房を今も。
イヤダ、私ったら女房に嫉妬してる。
本当の愛がどんなものなのか、傷つけ合う事も愛し合う事も知らなかった少女の恋がよみがえる。
あれから、30年。いろんな事があったわ、私にも。お互いに乗り越えてきたのね、様々な時代を。

「あ、そろそろ行かなくちゃ。久しぶりに楽しかった!」「こちらこそ。」
「元気でね」「君も元気で」
「きっとまた会えるね」心の中でつぶやく。

  30年を2時間半で飛び越して 2人の気持ちは20(ハタチ)
  初めてのデート「真夜中のカウボーイ」
  30年を2時間半で飛び越して 2人の気持ちは21
  ぎこちのない First Kiss  あなたの誕生日
  いつも歌ってくれた しゃがれた「Blowin' In the Wind」
  別れた理由が いまだに見つからない

自分はこの歌を今日初めて聞いたが、この歌は2004年の歌らしい。そしてこれとは別に、シングルで06年ヴァージョンも発売されているという。
でも、この歌は、ロマンチックな歌・・・というよりはファンタジーだな。あり得ないよね・・・、こんなこと。(これ自分の嫉妬!)

同じような歌で、古くは金子由香利の「再会」(ここ)がある。そして竹内まりやの「駅」(ここ)も同じような設定。竹内まりやの「駅」では、昔の彼を見かけたが、声も掛けずにそのまま・・・。金子由香利の「再会」では、一歩進んで、声を掛けて少し話すが、それでお別れ。
それに対して、森山良子はまさに今風・・。声を掛けただけでなく、飲みに行ってしまう・・・。自分と同じ年の森山くんだが、何ともたくましい。

仕事も一段落して、そろそろ老後を・・・と考え始めるシルバー世代にとっては、何とも“憧れ”の風景ではある。
自分も心を入れ替えて、これからデパ地下に行った時は、キョロキョロと誰かから声が掛かるのを待つことにしよう・・・・(だいたい、いままで自分に声が掛からなかったのは、いつもカミさんと一緒なのが原因だ。よって、これからはデパ地下には一人で行こうかな・・・。ムダな抵抗??)

| コメント (3)

2011年5月10日 (火)

「震災にみる日本の技術観」

昨日の日経新聞の「経営の視点」というコラムに、なるほど・・と思った記事があった。曰く・・・

震災にみる日本の技術観~「最悪の想定」は背徳的か
ルイ・ヴィトンやカルティエなど首都圏にある外国高級ブランド店は、震災の直後に一斉に休業した。百貨店内の売り場も閉めた。
 他の小売店や飲食業が頑張って営業を続ける中で、照明を落とし、真っ暗になったブランド店の光景は、多くの日本人の目に無情と映ったのではないか。
 「フランス企業は真っ先に日本から逃げた」。そんな批判も出たが、危機への対応で多くの欧米企業の意思決定が、日本企業より素早かったのは事実だ。
 早さには理由がある。フォール駐日仏大使は、こう解説する。「慌てて会議を開いて決めたわけではない。手順は前から定められていた。それを忠実に実行しただけだ」
 制御不能になった原子炉への対応で、東京電力の右往左往が続く。「最悪の事態」を想定せず、ことが起きてから考えるから時間がかかり、失敗もする。ベント(排気)や廃炉の決断の遅れが、悔やまれる。
 たとえば、福島第1原子力発電所では、津波の高さを最大5.7メートルと想定していたという。現実には14メートル以上に襲われ、冷却装置が動かなくなった。
 では、なぜ東電は設計の際に5.7メートルで線を引いたのか。原子力部門の技術陣が「たとえ5メートルの大波が来ても大丈夫です」と説明したときに、「ならば10メートルならどうする?」と、専門家ではない客観的な立場から問い返すのが、経営トップの役目であるはずだ。
 監督官庁である経済産業省の幹部の弁明はこうだ。 「当事者が最悪の事態を想定すること自体が、背徳的とみなされる。そんな可能性まで頭に描いているのかと逆に糾弾されてしまう」
 トヨタ自動車のリコール問題にも共通の根があった。技術に自負がある技術部門が、社内で対米交渉部門への情報開示を渋り、米国との関係が決定的にこじれてしまった。情報漏洩を起こしたソニーも、保安技術への過信がなかったか。
 フォール仏大使によると仏原子力庁と政府傘下のアレバ社は、全仏各地の原発について、炉心溶融やテロ攻撃、核攻撃、放射性物質の大量放出など考えられる限りの「最悪の事態」を想定し、2005年から模擬実験を繰り返してきた。
 農業への影響の予測も徹底している。牛乳、小麦、ホウレンソウなどの品目ごとの安全基準。1日、1週問、1ヵ月、1年など時間経過に沿った対応策。出荷停止や廃棄、農家への補償など、原発からの距離に応じた行動計画が、あらかじめ練られているという。
 放射能汚染の可能性がある日本の農産物や製品の輸入について、検査方法や基準をいち早く打ち出したのは米国だった。9.11事件以来、テロに備えた対応策を作ってあったからだ。
マニュアルがあれば、あとは実行するだけ。対日支援で米仏の行動が早かったのは、意思決定の速度だけでなく、視野に入れている危機の範囲の広さにある。
 仏政府は原発危機の対応マニュアルを一般に公開していない。米国も輸入品の検査基準を、事前には明らかにしていない。だが起きてはならない「最悪の事態」を、悪魔の心で計算していた。日本が西欧から学びそこねた技術文明の一つの側面がここにある。(編集委員 太田泰彦)」(
2011/05/09付「日経新聞」p9より)

日本の「想定外・・」という文化と、欧米の“「最悪の事態」を悪魔の心で計算”する文化の違い・・・。
我々は、よく“日本的”という言葉を使う。「日本的」という世界は、まさに感覚の世界。いわゆる女性の“カン”の世界である。芸術の世界ではそれも良い。しかし、想定違いの津波のために、原発事故を含めてこれだけ甚大な被害が出るとすると、今までの文化を否定せざるを得ない。
前に東電の副社長が、個人的な意見と言いながらも、「想定外だった事も想定しておかなければいけなかった」と述懐していたが、それが正しい。

先に袋叩きにされた「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」の話も笑ってしまう。“スピーディ”という名も、文部科学省のHPも、全てが空しい・・・・。HPに曰く・・・
SPEEDIとは
緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI:スピーディ※)は、原子力発電所などから大量の放射性物質が放出されたり、そのおそれがあるという緊急事態に、周辺環境における放射性物質の大気中濃度および被ばく線量など環境への影響を、放出源情報、気象条件および地形データを基に迅速に予測するシステムです。
 このSPEEDIは、・・・緊急時に備えています。
 万一、原子力発電所などで事故が発生した場合、収集したデータおよび通報された放出源情報を基に、風速場、放射性物質の大気中濃度および被ばく線量などの予測計算を行います。これらの結果は、ネットワークを介して文部科学省、経済産業省、原子力安全委員会、関係道府県およびオフサイトセンターに迅速に提供され、防災対策を講じるための重要な情報として活用されます。」
ここ)より

日本は、“欧米のマニュアル通りに動く”という、言葉を換えれば、“最悪を想定してあらかじめ手を打っておく”というビジネスの根幹のマネジメントが出来ていなかったばかりか、このように100億円以上の国民の税金を使ったシステムも、まさに利用すべき“その時”に、「国民がパニックを起こす」という誰かの勝手な思い込みで、せっかくあったこれらの(多分、“早急に国民に知らせる”と書いてあるであろう)マニュアルをも踏みにじる・・・。
これらの動きは、まさに日本がその場しのぎの後進国だという立派な証。

自分は決して日本的なことを否定するつもりは無いが、それらは“場合によって”使い分けるべきだろう。そんな事も出来ない現在の日本の指導者・・・。
せめてこれら税金の無駄遣いを、国民に対して懺悔する意味でも、“いざ鎌倉”の時に誰がSPEEDIの公表を止めたのか・・・。上記のコラムの指摘を噛みしめつつ、それらの真実を明らかにすべきでは・・・?

| コメント (1)

2011年5月 9日 (月)

「“かわいい”と思う犬」ベスト10~ウチの愛犬

先日の朝日新聞に「“かわいい”と思う犬」のベスト10が載っていた。2555人のアンケートで、一人3票を投票して貰った結果だという。それによると・・・(写真はクリックで拡大)

<<「かわいい」と思う犬ベスト20>>
①柴       1351票
②秋田      492票
③雑種      403票
④チワワ     384票
⑤ゴールデンレトリバー 353票
⑥ラブラドルレトリバー 231票
⑦ダックスフント     213票
⑧プードル        196票
⑨ポメラニアン      177票
⑩ウェルシュ・コーギー・ペンブローク 165票
⑪ビーグル       143票
⑪その他        143票
⑬ヨークシャーテリア 137票
⑭パピヨン       131票
⑭マルチーズ     131票
⑯バグ         128票
⑰シーズー       118票
⑱フレンチブルドッグ 100票
⑲日本スピッツ     98票
⑳セントバーナード   75票

Image06471 「・・・ アンケートの結果を受け、雑誌などで活躍するペットライターの藤村かおりさんは「いわゆる人気犬種のランキングとは、かなり異なる結果です」と話す。犬のしつけを専門にするドックトレーナーの後藤三枝子さんも、「こんなに日本犬に人気があることに驚きました。『かわいい』と『飼いたい』は違いますね」。
 社団法人ジャパンケネルクラブのウェブページを見ると、2010年の犬種別登録数の上位は①プードル②チワワ③ダックスフント④ポメラニアン⑤ヨークシャーテリア……。実際に飼っている犬の頭数では、柴がようやく6位に入り、秋田は51位だ。
・・・・・
これから犬を飼いたいという人のために、後藤さんにアドバイスをもらった。「トレーニングしなくても問題が起きにくい」のは、マルチトズやシーズー、ポメラニアン、ダックスフント。「豊富な運動が必要」なのはジャックラッセルテリア、ボーダーコリー、ウェルシュ・コーギー・ペンブローク。「すぐに理解したり、善悪の区別がつく」のは、プードル、ラブラドルレトリバー、ボーダーコリーなどだそうだ。・・・」(
2011/05/07付「朝日新聞」b2頁より)

ところで、我が家の愛犬はヨークシャーテリア。年齢は8歳半。本名は「メイリー(中国語で“美麗=キレイ”)」という。別名「メイ子」「メイタン」「メコリン」「メモ」挙げ句の果ては「ぽんチャン」・・
つまり「メ・・・」なら何でも良いのだが、さすがに「ぽんチャン」と呼んでも応えないのは当然??まあ言いたくもなるよね。「いい加減にしろ!一体オレの名前は何なんだヨ~!」・・・おっと“お嬢”なので「いったいアタチの名前は何なんでしゅか・・・?」

そのメイ子が、昨日ドキッとさせた。自分がだっこして床に下ろしたら、右後ろ足を上に上げたまま、びっこを引く(ケンケンする)。足をくじいたか?・・・
それからが大騒ぎ・・・。「メイ子がケガをした!?」いつものシャカシャカという足音ではない・・・。散歩?飛んでもない!足の調子が悪いのに、散歩して益々悪くなったらどう責任を取る!?・・・
でもすぐに、普通に歩き出す・・・。いつもの居場所である、出窓にポンポンと駆け上がる。大丈夫かな・・・と、結局散歩に行った。今のところ、大丈夫な様子・・・・。

今のメイ子は、我が家では“息子よりも大事”な家族・・・。散歩に行くと「かわいい・・」といつも言われる。単に小さい意味でのカワイイも含んだ「かわいい・・・」なのである。
それにしても我が家の息子どもは、小さい頃から「かわいい」と言われたことが無かった、というのはカミさんのいつものくちぐせ。まあ人生、どこかで帳尻が合うものだ・・。

メイ子は、2002年12月23日生まれ。近所のカミさんの友だちが「(エムズ)さんなら可愛がってくれるだろう」と“勝手に判断!”して、嫁入り?の話が来た。しかし自分は子どもの頃に、大型のシェパードに何度も咬まれた事があり、極端な犬恐怖症・・・。
でも結局、カミさんの熱意に負けて飼う事になったが、その後は言うまでもなくメロメロ・・・・
メイ子の成長過程を写真で紹介しよう・・・・

お母さんと一緒  我が家を初めて訪問~初対面
20030127 20030201 200302011
(2003-01-27 生後1ヶ月)(2003-02-01 同)(2003-02-01 同)
====
<我が家でスタート>
先輩のインコのフクちゃんに
 ↓「ヨロシク!」       ↓脱出!
20030316 20030407  20040306
(2003-03-16 3ヶ月)(2003-04-07 4ヶ月)(2004-03-06 1歳半)
===

20060603_2 20070310 20080731
(2006-06-03 3歳半)(2007-03-10 4歳半)(2008-07-31 5歳半)
===

20091223 20110429
(2009-12-23 7歳)(2011-04-29 8歳半)

母親のベベちゃんは、4年ほど前に亡くなった。お父さんのビアンくんは元気。妹のシュクちゃんは、ウチと同じく近くの家に貰われたが、1か月ほど前に事故で亡くなってしまった。
ウチのメイ子は、何度となく体調を崩した事はあるが、何とか元気・・・

先日の大地震の時、カミさんが唯一手に持ったのがメイ子だったという。これは正解。何はともあれ、今は我が家で一番大切なのがメイ子。あとはどうにかなる。でも、命あるメイ子だけはどうにもならない・・・。
このメイ子をくれたAさんの判断は正しかった。ここまで我が家で可愛がられるとは・・・。しかし犬の平均寿命は10数年だという。今の恐怖は、メイ子が居なくなるとき・・・・。そのとき、自分が精神的な打撃から立ち直れるのか・・。まったく自信がない。弱ったな・・・少しメイ子から距離を置かなくては・・・・・?
毎月、自分の散髪代の6倍もの散髪代が掛かるメイ子くん。自分が会社から帰ってきた時に「ワンワン」と吠え、自分の姿を見た途端に「ヤバイ・・・」と、自分の小屋に逃げ込むメイ子くん。全てを許すので、いつまでも元気で居て・・・!

(関連記事)
我が家のエマニエル夫人~「メイ子」
メイ子の顔・・・人間と犬との信頼関係
ヨーキーの恋わずらい

| コメント (2)

2011年5月 8日 (日)

東京リーダーターフェル1925の「流浪の旅」

自分が、男声合唱団 東京リーダーターフェル1925を知ったのは「さすらいの唄」を聞いたとき。その紹介の時にも書いたが(ここ)、その朗々とした歌声に魅了され、CDを手に入れたいと調べてみたら、この合唱団のHPにかつて発売されたCDの紹介があった。(ここ

そしてこの「さすらいの唄」が、1987年発売の「想い出の青春讃歌 嗚呼玉杯に花うけて」Image06551 というCDに入っていることが分かった。もちろんこのCDは廃盤で手に入らない。それで、ダメもとで、ヤフオク(Yahooオークション)のキーワードアラートに登録しておいた。つまり「想い出の青春讃歌」という文言が入った出品があると、メールで知らせてくれるというもの。(写真はクリックで拡大)
それから約2年。メールが飛んできたのである。このCDがヤフオクに出品された、との連絡。シメシメ・・・
こんなマイナーなCDは誰も気にしないだろう・・・と思い、目立たないように(!?)終了時間ギリギリに応札することにした。案の定、出品期間の1週間、誰も応札者はいない・・・。
そして20分前に、そろそろ良いかな・・と応札。あと10分で終了。あと5分・・・。
・・と誰かが高値応札をした。ビックリ!負けるものか・・と、より高値を提示。結局、最初の値段の8割アップで落札出来た。
いやはや、やはりオークションは最後の5分間が勝負。でも、まず手に入らないCDを入手できたのはラッキー。
そして先日着いたCDを聞いてみた。なるほど・・・・。
そんなCDから、今日は「流浪の旅」を聞いてみよう。

<東京リーダーターフェル1925の「流浪の旅」>

「流浪の旅」
  作詞・作曲:後藤紫雲、宮島郁芳

流れ流れて 落ち行く先は
北はシベリア 南はジャバよ
いずこの土地を 墓所と定め
いずこの土地の 土と終わらん

きのうは東 今日は西と
流浪の旅は 何時までつづく
果てなき海の 沖の中なる
島にてもよし 永住の地欲し

思えばあわれ 二八の春に
親のみ胸を 離れ来てより
過ぎ来し方を 思いてわれは
遠き故郷の み空ぞ恋し

この歌は、大正10年(1921年)の歌。珍しいことに、作詞も作曲もそれぞれこの二人の名前になっている。
とにかく古い歌だ。そう言えば、この合唱団が出来たのが1925年だというので、まさにこの歌が発売された頃・・。なるほど、確かにこの合唱団の歴史も古い・・・・

先の「さすらいの唄」も大正(6年/1917年)時代の歌。これら大正時代の哀歌(エレジー)は、男声合唱が似合う。この合唱団、定演もあるという。今度こっそり聞きに行ってみようかな・・・

(関連記事)
東京リーダーターフェル1925の「さすらいの唄」

| コメント (5)

2011年5月 7日 (土)

FMチューナーL-02TのANTリレーバイパス手術

ケンウッドの最高級FMチューナーL-02Tを手に入れて、ケンウッドサービスのオーバーホールから戻ってきたのが2010年9月。それ以来、連日3番組、延べ毎日6時間稼働している。
でも30年も前の製品。部品の劣化は否定のしようがない。今日は、このセットの故障対応・修理の備忘録である。

L-02Tは、アンテナ入力が2系統あり、自分はBchを使っていた。最初に異変に気が付いたのが、2010年10月頃。たまに「ジャ!」という音。瞬間的な現象だが、その時はシグナルメーターがガクンと落ちる。まるでアンテナ線が外れたみたい・・・。それで、F型コネクタをワンタッチ式からネジ式に替えたのが2010年12月。しかしその現象は止まらない。
2011年3月5日になって、とうとう、チューナーの電源を入れたら「ジャー」という音。まさに電波が切れた音。ダイアルを回すと他の局は弱く入った。そして、アンテナ入力をBchからAchにつなぎ替えたら正常に戻った。それでしばらくAchにつないで様子を見ることにした。
しかし3月9日、電源を入れると、シグナルメーターが10dBほど低い。RFスイッチでは変化無し。Bchに替えてみたが、また無音発生。RF切換スイッチを入り切りしてみると復旧。仕方なく、Achにして、これで何かが起きればRF切換のリレーか・・・?

その後しばらく良かったが、2011年5月5日、今度はシグナルメーターが10dBほど下がり、“ピュー”という音がする。まるで昔の真空管ラジオの同調の音のよう・・・
とうとう壊れたか?とドキッとする。FRスイッチ(NORMAL/DIRECT)では変化無し。アンテナ入力切換スイッチをAchからBchに変えてみた。するとレベルが変わらない。そんなバカな・・・。Bchにはアンテナ線をつないでいないのに・・・。これはまさにアンテナ切換またはRF切換のリレーの不良だ。昔の真空管ラジオよろしく、筐体をバタンと叩いてみた。すると案の定、正常に復帰。つまりAchのレベルは元に戻り、Bchの入力はゼロ。これでよい・・・

つまり原因は、アンテナ入力の切換リレーとRF切換リレーの不良と断定。接触不良もあるが、接点が溶着の可能性も・・・?
Image06512ここ)のサイトに載っていた写真を頼りに回路図を書く(電源を入れてのチェックはしていないので、12Vと0Vは極性が逆の可能性もある)。リレーは、松下製のNR-HD-12V(AE5343)というリレーが使われている。ケンウッドサービスも言っていたが、とっくに廃止されているので手に入らない。Netでさんざん探してみたが無い。互換性があるNR-SD-DC12V(AE5643)というリレーも無い。ということは完璧に直すことは不可能。つまり、アンテナの数μAの電流を入り切り出来るリレーはそうそう無い。(写真はクリックで拡大)
でもチューナーとして「使えれば良い」と考えると、自分の使い方は、アンテナはAchのみでOKだし、RF切換スイッチも「NORMAL」固定だけしか使わない。つまり「DIRECT」モードは電波が弱いので使うことはない。つまり、アンテナ入力を1つに固定し(二つのアンテナを切り替えない)、RF切換スイッチを高感度モード(NORMAL)固定だとすると、5つのリレーを使ったこの基板は不要、と言う事になる。つまりアンテナからの入力をRFアンプへのケーブルに直結してやれば良い。

かくして、今日、アンテナ切換スイッチの基板にジャンパー線を飛ばして、直結させた。結果はしごく順調。原理的に当たり前だが・・・

手順をメモすると・・・
P10904821 1)まずL-02Tの後側の上部にある皿ネジ3つを取る。そして上蓋を後にスライドさせると、上蓋が外れる。

2)次に、背面盤を外す。上部2カ所のネジを外し、下部(セットの底面)のネジ3つを緩める。(底部は緩めるだけでよい)そして背面のメジ8個を全部外す。

P10904831 3)すると背面が動くようになる。しかし下部にケーブルがつながっているので、大きくは動かせない。

4)アンテナコネクタの後にあるのがユニット。それを覆っているカバーをネジ2本を外して外す。

5)基板の2カ所を、ジャンパー線で直結する。(細いケーブルでハンダ付け)(下の3枚目の写真は(ここ)より借用)
P10904951_2 P10904921_2 L02tant

6)チェックは、アンテナをAchにつなぎ、電源を入れる。シグナルメーター が正常値を示し、アンテナ切り替えスイッチをAch、Bchに切り替えても何も変わらないことを確認。Achから直接RFアンプにつないだので、Ach、Bchのスイッチは意味がない。
次にRFスイッチを「DIRECT」にすると、レベルが20dBほど下がり、アンテナ入力をBchにすると「ジャー」。つまりアンテナ断。になるはず。

本当は、基板のパタンを切って、真にアンテナコネクタのAchとRFアンプへのケーブルを直結したかったが、基板が外れないのと、基板下部につながっているケーブルが短く、基板をあまり動かせないので、こうした・・・

ひとつ引っ掛かるのが、「ピュー」という音。いくらアンテナ入力が少なくなってもこれはおかしい。もしかするとRFアンプの入力につながるケーブルと、RFアンプをバイパスした「DIRECT」用のケーブルが、リレー内でショートしたのかも知れない。

このチューナーは性能は優秀だが、リレーの不良には必ず見舞われる。メカ部品の寿命は有限。でも今回のように、使い方を限定(アンテナはAchのみ、RFアンプは常に使う・・・と)すれば、リレーの切換など不要。だから不良のリレーをバイパスさせて信号を直結してしまえば、回路的にはより確実になる・・・というわけ。

このL-02Tは、もうしばらく頑張って貰いたい・・・・・。

(2011/08/23追)~備忘録
何と、オリジナルのNR-HD-12V(AE5343)が手に入った。ヤフオクに出ていた。(色々調べていたが、米国の部品屋からも送って貰えるが、一番安いところで@10$だった)
今日リレーが着いたので、夜ANTENA基板5個とRF基板の1個を交換した。もちろんセットは復活。よって上のジャンパーは外して、L-02T本来の動きに戻った。まさに念ずれば通ず!

(関連記事)
FMチューナL-02Tと、デジカメFX30の修理

| コメント (2)

2011年5月 6日 (金)

「無明」~般若心経に学ぶ発想の転換(2/4)

「雑誌「大法輪」に「般若心経に学ぶ発想の転換」という記事があった。この記事の一部を、4回に亘って読んで行こう。今日はその第2回。

「般若心経に学ぶ発想の転換
  篠原鋭一(成田市・曹洞宗 長寿院住職)
・・・・・・
生きている内の「般若心経」
私は名刺の裏に次のように書いています。
「お寺には生きている間においで下さい。死んでからでは遅いのです。“仏教”はより良く生きるための“生き方”を説いています。生きている間に学び実行して下さい。死んでからでは遅いのです。」
 般若心経の教えも生きている内に人生に活かさねば全く意味がありません。
 そこで、紙面の都合もあり、論理的にお伝えすることのできない私の力不足もありますから、各段の文言を、感性で語らせて頂きます。
 各段と言いましたが、このお経は大体次の四段落に分かれていると受けとめて下さい。
 第一段は「観自在菩薩」から「亦復如是」まで・・。
 第二段は「舎利子是諸法空相」から「以無所得故」まで・・。
 第三段は「菩提薩捶」から「得阿耨多羅三貌三菩提」まで・・。
 第四段は「故知般若波羅蜜多」から終りの「般若心経」まで・・。

====
第二段
舎利子是諸法空相 不生不滅不垢不浄不増不減 是故空中無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界乃至無意識界 無無明亦無無明尽 乃至無老死亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得以無所得故
====

「無明」は尽きることはないけれど・・・。
 「無明」とは光がなくて足元が暗く、暗やみをさまよい、不安と恐怖においこまれることです。真の生き方を知らない「無知」からくる絶望と言ってもいいでしょう。これが次から次へとやってくるのです。
 この断ち難く尽きることのない「無明」の鎖を断ち切るためにはどうすればいいのでしょうか。
 実は「無明」は尽きることのない欲望から出ているということに気づくことです。
 そしてこの欲望にブレーキをかけることにより「無明」の鎖から解きはなたれることを自覚することです。そして誓うのです。誓ったならば実行して下さい。

 「仏教の戒め」
 生きものを殺さないとみずから誓います
 与えられないものをむさぼり取らないとみずから誓います
 欲するままにみだらなおこないをしないとみずから誓います
 嘘をつかないとみずから誓います
 無明なる酒を飲まないとみずから誓います

 こんな質問を頂きました。
 「生きていると苦しいことが多過ぎて、ときどき『死にたい』『消えたい』という気持ちが湧いてきます。」
  生きていくことは、
  思うようにならないことの連続です。
  誰もが苦しみを抱えて生きています。
  けれども人生は、
  苦しみばかりではありません。
  畑にまいた種に辛抱強く水をやっていれば、
  いつか必ず芽が出て花が咲き、
  実をつけるときがやってきます。
  けれど「どうせ芽なんか出ない」と決めつけて
  畑に水をまかなければ、
  いつまで経っても芽は出ません。
  人生も同じこと。
  未来を信じて、
  今日をせいいっぱい生きてください。
  するときっと未来が変わっていきます。
  苦しみの数以上に、
  幸せを得ることができます。
   (雑誌「大法輪」2011年5月号p55~59より)

「無明」とは無知のこと・・・。狭い意味での無知について思う・・。
図書館や書店に行くと、良く分かる。世の中の知識の膨大さを・・。
そして、そんな世の中の知識のうち、自分が体験し、自分のものになっている知識が、どれだけちっぽけなものか・・・。
それが分かっていながら、なかなか知識は増えない。これらは勉強という言葉とは違う。最近、それは「興味」という事ではないかと思うようになってきた。

カミさんが最近心配して言う。「アナタみたいに家に閉じこもっていることが好きな人は、会社という“行く場所”が無くなったとたんに、精神的におかしくなるのでは・・? 何よりも、あらゆる事に興味を示さねばダメ!」
ナルホド・・・・

でも興味は、意志の力でどうにかなるものではない。自分の心から湧き上がってくるもの。
でもそう言っていては“開き直り”であり、前進しないけど・・・

上の記事では、“「無明」は尽きることのない欲望から出ている”と説く。
(まあ、興味も“知識の欲望”だけど・・・)
“真の生き方を知らない「無知」からくる絶望”か・・・・・
真の生き方とは??? さてさてこれからの人生、どう生きようか・・??
(毎回、このテーマは難しいので明日に回している。今回も明日に・・・・。ヘヘヘ・・・)

←BACK                       NEXT→

| コメント (0)

2011年5月 5日 (木)

音羽ゆりかご会の「カラスの赤ちゃん」

今日は、五月五日のこどもの日。それで童謡を聴いてみよう。音羽ゆりかご会の「カラスの赤ちゃん」である。

自分が童謡をレコードで聴くようになったのは、自分が小学校の5~6年の頃(昭和33年頃)だったと思う。前にも書いたことがあるが、親父の弟(叔父)が電気会社に入り、その会社のラジオを社員売りで買って貰った。昔の真空管式のラジオである。そのラジオにプラスチック製のプレヤーをつないでレコードを聴く・・・。
親父が最初に買って来たレコードが、童謡のSP盤だった。「お猿のかごや」「十五夜お月さん」・・・・。
まあそれ以来の歴史があるわけだが、ここ10数年、mp3でもせっせと童謡の音源を集めている。さっき数えたら1400余曲。
思い込みの強い自分なので、取っておく音源には強い傾向がある。つまり、歌い手で好き嫌いがはっきりしている。
唱歌は女声歌手がほとんど。童謡は、女声とともに児童合唱団が好き。しかし子どもの独唱は嫌い。だから唱歌・童謡に男声の音源は少ない。でもオトナの合唱は、男声合唱が好き・・・

それがだ・・・。嫌いなはずの“子どもの独唱”なのだが、この音源には参った。音羽ゆりかご会のメンバーなのだろうが、この独唱の歌声が心に滲みる・・・・。
(この音源は1988年発売らしい(ここ)。それからもう23年も経っている・・・。この子はその後、どうしている??)

<音羽ゆりかご会の「カラスの赤ちゃん」>

「からすの赤ちゃん」
  作詞・作曲:海沼 實

からすの赤ちゃん なぜなくの
こけこっこの おばさんに
あかいお帽子 ほしいよ
あかいお靴も ほしいよと
かあかあ なくのね

めえめえ山羊さん なぜなくの
お里の 母さんに
おねむに なったのよ
あまいおっぱい 頂戴ねと
めえめえ なくのね

迷子の鳩さん なぜなくの
みみずく おじさんに
夜路は こわいよ
ほおずき提灯 かしとくれと
ほろほろ なくのね

狐の赤ちゃん なぜなくの
三日月 おばさんに
木の葉でかんざし 買っとくれ
小石で花ぐし 買っとくれと
こんこん なくのね

この歌の作詞・作曲は、彼(か)の海沼實。まさに、これを歌っている音羽ゆりかご会の創設者である。

童謡は決して“子どもたちだけ”の音楽ではない。我々シルバー族の心をギュッと締め付ける力も持っている。
子どもの日か・・・・。もう久しく“関係ない”な~・・・・・・。
でも我々シルバー族も、段々と体力が落ちてきて、そして頭の中も段々と子どもに戻る・・・!? そしてこれらの童謡も、益々自分たちの身近に・・・・?

| コメント (0)

2011年5月 3日 (火)

GWにじっくり見たい連続ドラマDVDベスト10

今回の連休も、もう後半だが、先日の日経新聞に「GWにじっくり見たい連続ドラマDVD」ベスト10があった。曰く・・・

<GWにじっくり見たい連続ドラマDVD>
<<国内ベスト10>>
①JIN -仁- 206
②相棒    143
③のだめカンタビレ 93
④SP エスピー 警視庁警備部警護課第四係83
⑤ROOKIES(ルーキーズ) 76
⑥医龍~Team Medical Dragon~ 66
⑦ライアゲーム 63
⑧3年B組 金八先生 62
⑨NHK大河ドラマ 竜馬伝 58
⑩ガリレオ 57

<<米国ベスト5>>
①24 -TWENTY FOUR- 111
②Sex and the City 58
③刑事コロンボ 55
④BONES-骨は語る- 53
⑤プリズン・ブレイク 51

<<韓国ベスト5>>
①宮廷女官チャングムの誓い 62
②私の名前はキム・サムスン 30
③冬のソナタ 26
④美男<イケメン>ですね 23
⑤IRIS(アイリス)
(2011/04/30付「日経新聞」s1頁より)

Image06464 このランクは、あらかじめ90作品をリストアップし、調査会社マクロミルを通じて、年間3作品以上のテレビドラマを見る20歳以上の会社員の男性50人と女性50人に、今年の連休にじっくり見たい、または人に薦めたい作品を3つまで挙げてもらったそうだ。

テレビのHDDやDVDレコーダに録画してある番組をまとめて見るのは、やはり時間的な余裕が出来る連休になる。
でもいつも、何となく終わってしまう連休・・・。でも何とか観ているが、自分の場合は、ドラマというより、ドキュメンタリーや映画などの貯めてあった番組を観ている。

何となくこのリストを眺めていると、国内では、確かに「JIN」(ここ)はなかなか見応えがあった。昨日も今放送中の続編を見ていたが、荒唐無稽な設定の割に、全てがリアルで、本格的。この第1シリーズは世界80カ国で放送が決まっているという。なるほど・・・
他の作品は殆ど観ていないのでコメント無し。

米国では「24」は昔少し観たことがあるが、とにかく毎回主人公が忙しくて、バタバタしているため観るのを止めてしまった。コロンボも最近再放送されているが、やはり古い・・・
韓国ドラマは、「チャングム」(ここ)と、「冬のソナタ」は観たが、「IRIS」は途中で止めてしまった。でも、NHK総合でまた再放送が始まった「イ・サン」は再チャレンジしようかと、また録画を始めた。前に、イジワルがあまり好きでなくて観るのを止めてしまったドラマ・・・。
ともあれ、自分の感覚とはちょっと違うベスト10のリスト・・。まあ、数え切れないほどあるドラマから選ぶ試みだが、100人というサンプルがどうか・・・。
映画評論家などは、たぶん無数の映画を見てから評論するのだろう。観もしないで評論は出来ない・・・。しかしテレビドラマとなると、幾ら時間があっても間に合わない・・
全てを観て評論するなど、たぶん出来ない。よって今回投票した人は、それぞれの好みで見たドラマの中からの選出・・・。
だから客観的にはあまり参考にはならない。でも、これから何か観ようかな・・と思っている人にとっては、何も無いところから選ぶよりは参考になるだろう。
まあ自分のようなミーハーにとると、いずれヒマを持て余した時に思い出すためのリスト。このリストが参考になる日はいつだろう・・・

| コメント (0)

2011年5月 2日 (月)

「恨みを捨てれば敵は消滅する」~ブッダの教える発想の転換(1/5)

今日の夕刊やテレビは、「2001年9月11日の米同時テロ事件を首謀した国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者を1日、パキスタン国内で殺害した・・」というニュースで大騒ぎ・・・

それはそれとして、雑誌「大法輪」2011年5月号に「ブッダの教える発想の転換」という記事があった。なかなか耳の痛い話ではあるが、5回に亘って読んでみよう。

ブッダの教える発想の転換
   菅沼 晃(東洋大学名誉教授)
・・・・・・
恨みを捨てれば敵は消滅する
 「諸々の恨みは、恨みによってはいつまでも鎮(しず)まらず、恨みを離れることによって鎮まる。これは永遠の真理である」(『真理の言葉』五)
 私たちは不当な仕打ちを受けたり、辱めを受けたりしたとき、怒り、憎み、そして恨むのがふつうです。なかでも、恨みの心は人間の情念のなかでもっとも深いところにあって消しにくく、鎮めがたいものです。私たちは不当な仕打ちなどを受けることによって、自我が傷つけられ否定されたと思い、その否定された自我を回復しようとする過程で、相手に対する怒り、憎しみ、恨みの心が生まれるのです。その憎悪や怨念が恨みを晴らす行為に進み、復讐にまで達すると、互いの憎悪・怨念は倍増され、戦争や殺人などの悲劇がおこります。
 今、世界の多くの地域で様々な抗争が行われ、私たちはテレビでその悲惨な有様を毎日のように見ています。たとえば、イスラエル軍の戦車がパレスチナ人の住む地域に侵入すると、パレスチナ住民たちは子供たちと一緒になって戦車に向かって石を投げる。すると、戦車砲が火を噴いて住民たちはなぎ倒される。石を投げてもしょうがないのに、と私たちは思うのですが、彼らは肉親を殺されたなどの恨みを何とかして晴らしたいのでしょう。
 もう十年以上前の事ですが、『ザ・カップ 夢のアンテナ』1999年製作)というブータン映画(監督はキェンツェ・ノルブという活仏です)が上演され、そのラストシーンで、僧院長が少年僧につぎのように語りかけるところがありました。
 「この大地が無限であるように、この世にある敵もまた限りがない。すべての敵を打ち倒すことは誰にもできない。しかし、もし憎しみを克服できたならば、人の心は安らぎを得ることができよう。それは敵を打ち倒したに等しい。敵そのものが消滅する」
 恨みと復讐の連鎖を止めるには、このように発想を転換するほかはない、とブッダは言っているのです。」(
雑誌「大法輪」2011年5月号p49より)

先のニュースではないが、戦争は怨みを呼ぶ。特に宗教がらみの戦争はそうだ。
反面、1951年のサンフランシスコ講和会議において、セイロン代表のジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ蔵相(後、スリランカ第2代大統領)は、上記のブッダの言葉を引用して、対日賠償請求を放棄する演説を行ったことは、あまりにも有名。その時の言葉を噛みしめてみよう。

「・・・・
 セイロンに於ける我々は、幸い侵略を受けませんでしたが、空襲により引き起された損害、東南アジア司令部に属する大軍の駐屯による損害、並びに我国が連合国に供出する自然ゴムの唯一の生産国であった時に於ける、我国の主要産物のひとつであるゴムの枯渇的樹液採取によって生じた損害は、損害賠償を要求する資格を我国に与えるものであります。
 我国はそうしようとは思いません。何故なら我々は大師の言葉を信じていますから。
大師のメッセージ、「憎しみは憎しみによっては止まず、ただ愛によってのみ止む」はアジアの数え切れないほどの人々の生涯(生活)を高尚にしました。仏陀、大師、仏教の元祖のメッセージこそが、人道の波を南アジア、ビルマ、ラオス、カンボジア、シャム、インドネシアそれからセイロンに伝え、そして又北方へはヒマラヤを通ってチベットへ、支那へそして最後には日本へ伝えました。これが我々を数百年もの間、共通の文化と伝統でお互いに結びつけたのであります。この共通文化は未だに在続しています。それを私は先週、この会議に出席する途中日本を訪問した際に見付けました。又日本の指導者達から、大臣の方々からも、市井の人々からも、寺院の僧侶からも、日本の普通の人々は今も尚、平和の大師の影の影響のもとにあり、それに従って行こうと願っているのを見いだしました。我々は日本人に機会を与えて上げねばなりません。・・・・」(
ここより)

このブッダの「真理のことば」は、中村元氏の訳ではこうなる。
「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息(や)むことがない。怨みをすててこそ息(や)む。これは永遠の真理である。」 (「ダンマパダ」-5 中村元訳)

テレビで、アメリカでは深夜だというのに大喝采をしている人たちの姿を見て、これでまた何かの復讐劇が起こるのかな・・・と思った。事実、各国の警備が強化されているという。
もちろん、自分や家族に同様なことが起きたとき、つまり当事者になったときは、ブッダの言う通りなど、とても出来るとは思えない。
頭で考えていることと、体の反応・・・。理想と現実との乖離・・・・。まあぶっちゃけた話、たぶん当事者になったら、お釈迦さまの言葉などどこかに飛んで行ってしまって、自分も復讐に燃えるだろうな・・・。トホホ・・・

←BACK                       NEXT→

| コメント (0)

2011年5月 1日 (日)

「南無そのまんま、そのまんま」~「他力の救い」ひろさちや氏の講演

先日のNHKラジオ深夜便(2011/04/23)で、宗教評論家ひろさちや氏の講演「他力の救い」を放送していた。
今年は法然上人の800回忌であり、同時に親鸞聖人の750回忌にあたる年であり、色々な行事が営まれている。番組は、その法然上人と親鸞聖人の「他力」について、実に分かり易く解説している。少し聞いてみよう・・・

<「他力の救い」~ひろさちや氏の講演の一部分>

(この講演の全部(41分)をお聞きになる方は(ここ)をクリックしてしばらく待つ・・・・)

この講演会で、ひろさちや氏は、浄土宗の法然上人と浄土真宗の親鸞聖人の「他力」を、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」や、サルの親子、猫の親子などを例に、実に分かり易く説いている。詳細は、上の全体の番組を聴いて頂くとして、この講演のキーワードは「南無そのまんま、そのまんま」。
「南無」は言うまでもなく、「南無阿弥陀仏」の「南無(=帰依する)」。よって「南無そのまんま」とは、現状肯定=“今のままで良い”という考え方・・・。

広辞苑を引くと、【他力】=「〔仏〕他人の助力。仏・菩薩の加護の力を指す。浄土門において阿弥陀仏の本願の力により往生することをいう。」とある。
ついでに【他力本願】を引くと「①阿弥陀仏の本願。また、衆生がそれに頼って成仏を願うこと。②転じて、もっぱら他人の力をあてにすること。」とある。
現代では、仏教用語の意味とは違う使い方がされている代表的な用語として、よく引き合いに出される言葉である。

書店の仏教のコーナーに行くと、ひろさちや氏の本があふれている。仏教を易しく説いているひろさちや氏は大変有名な方で、その著書は500冊にものぼるという。
この名前は、自分が仏教を勉強し始めた7年ほど前、書店に行って知った名前。でも覚えにくく、未だに「さちひろや」か「ひろさちや」か混乱・・・(失礼!)
Wikiには氏について、こうある。「ペンネームの由来は、ギリシア語で愛するを意味するPhilo(フィロ)と、サンスクリット語で真理を意味するsatya(サティヤ)の造語である。」

自分の専門の難しい知識を、専門用語で難しく表現することは誰にでも出来るが、素人に分かり易く伝えることは非常に難しいと言われる。その世界によほど精通していないと出来ない・・。
特に仏教はいわゆる哲学の世界。そして葬式仏教という言葉に例えられる、“如何に死ぬべきか・・”ではなく、“如何に生きるべきか”の世界。それだけに、仏教に縁のない人にその世界を伝えるのは非常に難しい。その橋渡しをしている代表が、ひろさちや氏だ・・。
NHKラジオ深夜便の「明日へのことば」という番組は、各界の著名人が色々な生き方、色々な“その世界”の知識を伝えてくれる非常に有益な番組で、自分は欠かさずに聞いているが、その中でもこの講演は、実に分かり易く仏教を解説してくれており、別格・・。
皆で拍手をして、アンコールをお願いしたいね・・・

現役リタイア間近、そしてシルバー世代を迎え、何か心地のよい仏教の世界ではある。

| コメント (2)

« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »