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2011年5月 2日 (月)

「恨みを捨てれば敵は消滅する」~ブッダの教える発想の転換(1/5)

今日の夕刊やテレビは、「2001年9月11日の米同時テロ事件を首謀した国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者を1日、パキスタン国内で殺害した・・」というニュースで大騒ぎ・・・

それはそれとして、雑誌「大法輪」2011年5月号に「ブッダの教える発想の転換」という記事があった。なかなか耳の痛い話ではあるが、5回に亘って読んでみよう。

ブッダの教える発想の転換
   菅沼 晃(東洋大学名誉教授)
・・・・・・
恨みを捨てれば敵は消滅する
 「諸々の恨みは、恨みによってはいつまでも鎮(しず)まらず、恨みを離れることによって鎮まる。これは永遠の真理である」(『真理の言葉』五)
 私たちは不当な仕打ちを受けたり、辱めを受けたりしたとき、怒り、憎み、そして恨むのがふつうです。なかでも、恨みの心は人間の情念のなかでもっとも深いところにあって消しにくく、鎮めがたいものです。私たちは不当な仕打ちなどを受けることによって、自我が傷つけられ否定されたと思い、その否定された自我を回復しようとする過程で、相手に対する怒り、憎しみ、恨みの心が生まれるのです。その憎悪や怨念が恨みを晴らす行為に進み、復讐にまで達すると、互いの憎悪・怨念は倍増され、戦争や殺人などの悲劇がおこります。
 今、世界の多くの地域で様々な抗争が行われ、私たちはテレビでその悲惨な有様を毎日のように見ています。たとえば、イスラエル軍の戦車がパレスチナ人の住む地域に侵入すると、パレスチナ住民たちは子供たちと一緒になって戦車に向かって石を投げる。すると、戦車砲が火を噴いて住民たちはなぎ倒される。石を投げてもしょうがないのに、と私たちは思うのですが、彼らは肉親を殺されたなどの恨みを何とかして晴らしたいのでしょう。
 もう十年以上前の事ですが、『ザ・カップ 夢のアンテナ』1999年製作)というブータン映画(監督はキェンツェ・ノルブという活仏です)が上演され、そのラストシーンで、僧院長が少年僧につぎのように語りかけるところがありました。
 「この大地が無限であるように、この世にある敵もまた限りがない。すべての敵を打ち倒すことは誰にもできない。しかし、もし憎しみを克服できたならば、人の心は安らぎを得ることができよう。それは敵を打ち倒したに等しい。敵そのものが消滅する」
 恨みと復讐の連鎖を止めるには、このように発想を転換するほかはない、とブッダは言っているのです。」(
雑誌「大法輪」2011年5月号p49より)

先のニュースではないが、戦争は怨みを呼ぶ。特に宗教がらみの戦争はそうだ。
反面、1951年のサンフランシスコ講和会議において、セイロン代表のジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ蔵相(後、スリランカ第2代大統領)は、上記のブッダの言葉を引用して、対日賠償請求を放棄する演説を行ったことは、あまりにも有名。その時の言葉を噛みしめてみよう。

「・・・・
 セイロンに於ける我々は、幸い侵略を受けませんでしたが、空襲により引き起された損害、東南アジア司令部に属する大軍の駐屯による損害、並びに我国が連合国に供出する自然ゴムの唯一の生産国であった時に於ける、我国の主要産物のひとつであるゴムの枯渇的樹液採取によって生じた損害は、損害賠償を要求する資格を我国に与えるものであります。
 我国はそうしようとは思いません。何故なら我々は大師の言葉を信じていますから。
大師のメッセージ、「憎しみは憎しみによっては止まず、ただ愛によってのみ止む」はアジアの数え切れないほどの人々の生涯(生活)を高尚にしました。仏陀、大師、仏教の元祖のメッセージこそが、人道の波を南アジア、ビルマ、ラオス、カンボジア、シャム、インドネシアそれからセイロンに伝え、そして又北方へはヒマラヤを通ってチベットへ、支那へそして最後には日本へ伝えました。これが我々を数百年もの間、共通の文化と伝統でお互いに結びつけたのであります。この共通文化は未だに在続しています。それを私は先週、この会議に出席する途中日本を訪問した際に見付けました。又日本の指導者達から、大臣の方々からも、市井の人々からも、寺院の僧侶からも、日本の普通の人々は今も尚、平和の大師の影の影響のもとにあり、それに従って行こうと願っているのを見いだしました。我々は日本人に機会を与えて上げねばなりません。・・・・」(
ここより)

このブッダの「真理のことば」は、中村元氏の訳ではこうなる。
「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息(や)むことがない。怨みをすててこそ息(や)む。これは永遠の真理である。」 (「ダンマパダ」-5 中村元訳)

テレビで、アメリカでは深夜だというのに大喝采をしている人たちの姿を見て、これでまた何かの復讐劇が起こるのかな・・・と思った。事実、各国の警備が強化されているという。
もちろん、自分や家族に同様なことが起きたとき、つまり当事者になったときは、ブッダの言う通りなど、とても出来るとは思えない。
頭で考えていることと、体の反応・・・。理想と現実との乖離・・・・。まあぶっちゃけた話、たぶん当事者になったら、お釈迦さまの言葉などどこかに飛んで行ってしまって、自分も復讐に燃えるだろうな・・・。トホホ・・・

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