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2011年4月19日 (火)

「国立「結婚学校」があればなぁ。」

先日の朝日新聞に「結婚未満~国立「結婚学校」があればなぁ。」という記事があった。曰く・・・

国立「結婚学校」があればなぁ。
     山本貴代
 藍子(仮名)、36歳。「アラフォー」という言葉を目にすると、胸がざわめくようになった。親の「結婚しなさい」コールが煩わしくなり、家を出て6年。仕事は、広告代理店の下請けの制作会社で事務職をしている。現場と人事・経理の間で、担当部署の受発注から、中途採用・派遣社員の教育と監督までやる何でも屋さんだ。
 帰宅は、毎晩早くて22時。終電に駆け込むと0時半。最近では日付が変わるのも珍しくない。正社員で裁量労働制だから残業手当はなし。時間短縮制度を使い、毎日4時半に帰宅する同僚ママのやりかけの仕事を、夜中までかかって片付けるむなしさと悔しさ。
 「同僚の面倒をみているうちに結婚や出産しそびれちゃう」。焦りもある。夕方に帰る派遣の女子に憧れてしまう。いいなあ。時間あって、責任なくて。
 結婚って、少しずるくないと、たくさんの長所を持った将来性もある人を勝ち取れないのかな、なんて卑屈になる。
 彼氏いない歴10ヵ月。休日は洗濯、掃除、アイロンがけして図書館へ。会社では約100人の担当をして気を張って働いているから、休日は一人の空間が気持ちいい。
 でも動物として、適齢期に子供を産むという機能を使わずに終わったら悲しい。親にも何かに対しても申し訳ない気がする。役立たずというか。「適齢期」という制限がゆるまって、かえって気づく機会を失っちゃったのかも。
 国に「結婚学校」をつくって欲しい、なんて願ってしまう。家事、子育て、親戚づきあいなど結婚後の暮らしのイロハはもちろん、男性には異性の口説き方や社交術、女性には無邪気に甘える方法など教えてくれる。生徒たちでマッチメイキングもできたら、不器用な私でも結婚できるかな。
 雇用均等法施行から25年。女性の社会進出が逆に結婚に繋がる出会いを減らし、悩める乙女を増やしたなら、なんとも皮肉な話だ。35歳~44歳の独身女性は、2005年の国勢調査によると全国に126万人以上いる。30歳以上となれば280万人近くなる。アラフォー独身女性1千人で「結婚したい」人は8割以上だが、「男性との出会いの場に積極的」な人は1割以下だった(拙著『女子と出産』より)。もし国立・結婚学校ができたら、果たして全国の藍子は救えるだろうか。」(
2011/04/09付「朝日新聞」b4頁より)
(「アラフォー」:35歳から45歳までの女性層を指す。アラウンドフォーティー(Around Forty = 40歳前後)の略語)

国立「結婚学校」とは、何と斬新なアイデアであろう・・・(拍手!!)。
しかし皮肉な世の中だ・・・。世の未婚男性は「結婚したい。でも・・・」。同じく女性も「結婚したい。でも・・・」。つまりそれぞれの需要はあるものの成就しない。マッチングミスなのであろう。それを国が救済する・・・。なるほど・・・。グッドアイデア!(何か寂しいけれど・・・)

結婚は自分という人間を作るのに絶対に必要、というのが自分の持論。だから「生涯未婚率の上昇」は心配・・・。結婚は何よりも自分の“結婚する気”が必要。それが無ければ、周りが幾ら心配しても始まらない。全てはそれがスタート。

大昔は、親が決める(?)見合い結婚が当たり前。つまり本人がどう思おうと、流れで結婚したものだ。結婚式で初めてまともに夫の顔を見た・・・、という話も聞く。現代では人権問題だが、ここで言いたいのは、(乱暴だが)「結婚生活は本人の努力次第でどうにでもなる・・・」のでは・・・?ということ。
要は結婚のキッカケだ。そのキッカケを今は“恋愛”と称するらしい。別にキッカケなどどうでも良いではないか・・。“恋愛”などという“他人に誇れる(?)”キッカケなんて、吹けば飛ぶようなモノ・・・。そんなの、続いても数ヶ月間だけさ・・・。後は、本人達の努力あるのみ・・・。

今回の東関東大震災で、婚約指輪が売れているという。もし家族が居ない一人者だったら、津波で流されても、誰も自分を探してはくれない。誰も自分の死を悼んではくれない。それは問題だ・・・。がキッカケらしい・・

人生を一人で生きて行くのは大変。だから、誰かと一緒に生きたい・・・、と思う。もちろん友人と生きるのも良い。でもそれは所詮“友だち”。肉親ではない。付き合いの濃さが違う・・・。津波で流された時、友人が自分の死体を探してくれるか?答えは「否」・・・
結局、「連れ合い」「伴侶」が一番のパートナー、ということになる。
次回の選挙では「国立“結婚学校”をつくる!」という候補がいたら、絶対に投票するぞ・・!?

(付録)
ある雑誌に、こんな言葉が・・・

自分以外の人との
「つながり」が切れてしまうのは、とてもつらいものです。
そんなときには、
誰かが手をさしのべてくれるのを待つのではなく、自分のほうから動いてみてはどうでしょう。
するとそこに
新しい「つながり」がうまれます。
人は人を必要としています。
あなたが誰かとの「つながり」を求めているのとおなじように、
あなたとの出会いを待っている人が
きっとどこかにいるはずです。

(雑誌「大法輪」2011年5月号p59より)


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コメント

 こんにちは。
いつも拝見しています。

 今回の結婚話、私も同様のことを、以前、書いた覚えがあります。
私の周囲でも、40~50の独身女性が数人います。驚くことに、みな、今でも結婚願望があるのです。願望はあるのに、なかなかしない・・・。

 私は、結婚は決意だと思っているし、結婚は職業意識がないと続かない、とも思っているのですが、独身者はどうも夢が大きすぎるような気がします。いや、射程範囲にある夢ならいいのですが・・・。

【エムズの片割れより】
昔の部下で、自分はモテル・・と、高をくくっていた人ほど、そのまま独身です。
“頃合い”というのがありますよね。(大きな声では言えませんが、自分など今考えるとヒヤヒヤもの・・・。詳しくは書けませんが・・)

投稿: elinor-marianne | 2011年4月21日 (木) 11:10

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