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2011年4月16日 (土)

映画「英国王のスピーチ」を観る

今日はカミさんと映画「英国王のスピーチ」(これ)を観てきた。この映画、前から観ようと言っていたのだが、震災の影響で、何となく映画どころではなく、1ヶ月経ってやっと観に行った、ということ。

50歳を超えて、夫婦で行くと各1000円、または還暦を過ぎれば一人でも1000円。映画が身近になって、たくさん観るぞ・・と思ってはみたものの、どの映画を観るかが、はなはだ難しい。
一番手っ取り早いのが口コミなのだが、それほどの情報は入ってこない。結局、マスコミに踊らされることになる。
Image06261 この「英国王のスピーチ」も、何のことはない。アカデミー賞の作品賞を受けたから見る気になった・・、に過ぎない。何とも主体性がないが仕方が無い・・・・

映画を見終わって、直ぐに「何点?」と聞くのが習慣。カミさんは「前半は飽きて、まあ60点」という。何の、自分は85点の合格点だな・・・。

映画でもテレビドラマでも、実話に基づく物語は内容が濃い。この物語も実話に基づくという。今の英国女王・エリザベス2世の父君の物語だ。幼少の頃、厳しいしつけなどによって、吃音というコンプレックスを抱えていた次男。長男のエドワード8世Image06271 が、王位を捨ててシンプソン夫人との恋を取ったことで、自分に王位が回ってくる。王ともなると、ラジオでの生スピーチをするしかない。それへの恐怖と緊張・・・・

しかも、時は第二次世界大戦前。ヒトラーのドイツに宣戦布告のとき・・・・。
その吃音を直すための、スピーチ矯正の専門家ライオネルとの物語である。それを支えるバックには、夫を信じる妻エリザベスの姿・・・

吃音の背景にあるのは、幼少の頃からの厳しい環境による、心の病。自信の無さ・・・・。それらを少しずつ克服していく。ラストシーンは、当時世界の1/4を支配していたという大英帝国全土に向けた戦争スピーチ。
ベートーヴェンの7番の交響曲に乗って、国民を鼓舞する演説が始まる・・・。何とも格好良い演出だ・・・。
でもスピーチについては、良く言われている事が出てくる。「私に向かって話せ」というのはその代表。

世界に冠たる大英帝国の王も、裏側は普通の“生身の人間”だという場面が何度も出てくる。そんな場面を見ていると、テレビなどで堂々と話している“人前で話すことが商売”の人でも、一人になった時は、緊張で震えているのだろう・・・と、つい可笑しくなる。つまり誰でも同じなのだ。
人間は人生で緊張する場面は幾らでもある。面接試験のとき、何かの代表になって皆の前で話をする時など・・・。その時、「こんなにドキドキしているのは自分だけ」とツイ思ってしまう。でもそれは誰も同じなのだ・・・
でも原稿を見て良い時は、余り緊張しないもの。原稿を見ないで話をするのは大変・・。結婚式で言うと、仲人は堂々と原稿を読んでも可。しかし主賓は紙を見ない。よって主賓の挨拶の方が大変・・・

まあ、王さまが、個人の家を訪問する場面などでは、“警備が大変だろうに、そんな事がホントウに可能なのかな・・?” な~んて、「ローマの休日」を思い出したりしたものの、自分は結構楽しめた映画ではあった。


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コメント

この映画を取り上げてくださりありがとうございます。私は子供の時からの難発性の吃りで、長く悩んできました。昔からよく知られているのに、吃りの実態は、吃音者があまり話したくないこともあって、どれだけ苦しんでいるか、普通の人には、あまりわかってもらえません。かくいう私もネットのおかげでやっと仲間に出会えた次第です。この映画で吃音者に関心をもって、さらに理解して頂ければ嬉しく思います。

【エムズの片割れより】
そうでしたか・・。前は結構近所に、どもる人がいましたよね。でも、誰にでもコンプレックスというのはあるのでは?
女の子にもてない、から始まって、電車に乗るとトイレに行きたくなる、とか・・・。自分の“ハゲ”だって、捉えようではコンプレックス・・。
自分で意識しなくなればコンプレックスから脱出できる・・と、頭では分かっていても、その呪縛から逃れられない・・・。
教科書には、慢性の病気と同じで「弱点ではなく、自分の特性として受け入れよ」ナンテ言いますが、当人にとってはそんな簡単なものでもない・・・。自分でどうその弱点を受け止めるか・・・。坐禅でもして考えましょうか・・・

投稿: み~こ | 2011年4月20日 (水) 01:07

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