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2011年2月27日 (日)

NHKクローズアップ現代「遺族の声が司法を変えた~犯罪被害者・岡村勲さんの闘い~」

先日、NHKクローズアップ現代「遺族の声が司法を変えた~犯罪被害者・岡村勲さんの闘い~」(2011年 2月24日放送~ここ)を見た。

この番組について、NHKの番組解説にはこうある。
クローズアップ現代「遺族の声が司法を変えた~犯罪被害者・岡村勲さんの闘い~」
突然の事件で妻の命を奪われ、被害者が「カヤの外」に置かれた司法の現実を知った弁護士の岡村勲さん。被害者の権利獲得のために闘い続けた14年と、残された課題を描く。
先月、「全国犯罪被害者の会(あすの会)」の設立以来11年にわたり代表を務めてきた元日弁連副会長の岡村勲さん(81歳)が退任した。14年前、事件で妻の命を突然奪われた岡村さん。遺族として初めて法廷の柵の外側から見た裁判で、被害者や遺族が無視されていると痛感した。そして、「明日の犯罪被害者のために司法を変えなければならない」と、被害者の権利獲得に奔走してきた。その訴えは社会を、そして司法関係者の意識を大きく変え、被害者が裁判で被告に直接質問できる制度の実現など、欧米より20年遅れと言われた日本の司法を変貌させた。しかし、今なお、経済的補償や精神的被害の回復など、残された課題も多い。犯罪被害者を社会はどう支えていくべきか。国による5年ぶりの見直しと、岡村さんの闘いの軌跡を通して考える。」

この番組を見ていて、黒澤明監督の「生きる」を思い出した。言うまでもなく、この映画は、胃癌を宣告され、今での生き方を悔やんで、残りの人生を自分が生きた証として公園をつくることに没頭して死んでいった男のドラマ。その情念を思い出した。
この岡村氏も、70歳という弁護士を引退するような年齢で遭遇した事件。自分の身代わりになって死んだ妻の弔い合戦とも言うべき、日本の法制度と闘った後半生。これは「光市母子殺害事件」(ここ)の本村洋氏の戦いとも似ている。
この番組は、NHKのサイト(ここ~「動画を見る」をクリック)でも少し見られるが、印象に残った言葉をメモしてみる。

・それまでの裁判では、「被害者は裁判の日程を知らされない」「事件の情報を知らされない」「法廷で発言できない」
・岡村さん「弁護士でありながら今まで知らないで被害者を・・・。私も加害者でしょう。こういう司法制度に荷担して来たのですから・・・」
・「こんな制度を変えるということ。それが家内に対して唯一してあげられること」
・「今の制度の中で許されるギリギリのところで私たちは参加していきたい。裁判を円満に勧めながら被害者としての思いを達成したい」
・委員「被害にあったことのない人には言えないような説得力があった。法律家として実現できるような形で提示した」
・当時の検事総長「私たちは本当は被害者のために(裁判を)やっているんだと思い込んでいた。岡村さんが運動を始められて、私たちは思い込んでいただけではないか。抽象的な被害者は分かっていたが、ナマの被害者については、岡村さんが言うように置き去りにしてきたのではないか。“情念”という言葉があるが、どうしても人間が何かをしなければいけないという魂・・。まさに、そういう姿だった・・・」
・岡村さん「被害者が体にむち打って先頭切って変えていかなければいけない。こんな社会は日本が最初で最後にしてもらいたい」

岡村氏は、第一東京弁護士会会長や日本弁護士連合会副会長を歴任した、ある意味“功成り名を遂げた”大弁護士。しかし、日弁連幹部として、そして人権派弁護士として死刑廃止運動に携わっていたにも拘わらず、妻を殺した被告人へ死刑を希望することを法廷で証言するに至る心情は、人間の心は決してロジカルではない事を示している。
そして1997年10月の事件発生から10年の活動が実り、2004年12月に犯罪被害者等基本法が成立、2007年6月には刑事訴訟法が改正されて、被害者参加制度が盛り込まれたという。
そして岡村さんは、今も被害者の経済的な支援を求めて「国が保証するというはっきりした制度を作ってもらわないといけない・・・」と活動を続けている。

どんな人も、自分が遭遇して初めて“その世界”を知る。これはどの世界も同じ。
この司法制度改革は、被害者がまさに刑事事件のプロだったからこそ、そして身代わりで死んだ妻への申し訳なさが、最初の「死んでお詫び」の思いから司法制度改革へ移った情念があればこそ10年もの長い間戦えた・・・
岡村氏は番組で、妻の墓前で「司法制度の改革をやっとよ」と報告し、「よく頑張ったね」と言っていると思う、と言っていた。

人間、せっかく受けたこの生。我々引退間近組も、「この世に生を受けて、“世の中のため”に何をした?」と問われたとき、明確に説明できるようなことが何かあるだろうか?せめて一つ位は言えるものが欲しいものではある。(←もう間に合わないと思うけど・・・。でも岡村さんは70歳スタートだったぞ!)

(関連記事)
「光市母子殺害事件」~門田隆将著「なぜ君は絶望と闘えたのか」を読んで


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