« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »

2011年2月の25件の記事

2011年2月28日 (月)

高橋是清に何を学ぶか~メディアの読み方

今日は寒かった。東京の昼は2.6℃だったとニュースで言っていた。昨日は小春日和で20℃を超えていたのに・・・。(お陰で、花粉症で一日大変だったが・・・)
75年前も寒かった・・・。2.26事件の日は雪だったという。

昨夜、NHKスペシャルで放送された「日本人はなぜ戦争へと向かったのか(3)熱狂はこうして作られた」(2011/02/27放送~これ)を見た。
メディアが軍と結託して民衆の熱狂を煽り、戦争に突き進んで行った事実・・。よく言われている事だが、それを正面から捉えていた。

先日のラジオ深夜便を聞いていたら、「メディアとはミディアム(中間)の意味であり、何もしない。単に起きた事実をあっちからこっちに伝えるだけ」と言っていた。原理的にはそうだろう。しかし現実は、メディアはとてつもない“権力”を持っている。法人として“意志”を持っている。そしてそれを主張する。
一方、それを読んだ人は、それが事実だと信じる。負け戦も、勝っているとラジオ・新聞が伝えると、それを信じてしまう。民衆にとって、他に情報源が無いこともあるが・・・。メディアにしてみると、軍の機嫌を損なうと、不買運動でつぶされてしまうので、信濃毎日新聞のように、筆を折って軍に荷担した新聞もあったという。

この番組のなかで、国際連盟を脱退せよ、と煽るメディアに対し、閣議でマスコミを利用している陸軍を叱った蔵相・高橋是清が出てきた。その高橋が暗殺されたのが、75年前の寒い雪の日・・・。

昨日の朝日新聞の社説(これ)に高橋是清のことが書いてあった。
少し抜粋すると・・・
二・二六事件と財政―高橋是清に何を学ぶか
75年前の2月26日、東京は30年ぶりの大雪だった。街の中心部は、1400人の軍人に襲撃、占拠された。いわゆる二・二六事件である。
総理官邸や天皇の重臣の屋敷、警視庁、朝日新聞東京本社などが銃剣で武装した将兵らに踏み込まれた。高橋是清蔵相、斎藤実内大臣らが暗殺され、内閣は総辞職に追い込まれた。
事件後、軍部にたてついてまで正論を主張しようとする気風が失われた。やがて人命、資源を費やした戦争に突き進んでいく。
・・・・
今、この事件を見つめたい理由は、そうした軍の暴虐についてではない。理不尽な要求をはねつけようと、自らの体を張った為政者がいた。そこからくみ取るべき教訓があるということだ。
・・・・
事件の直前、1936(昭和11)年度の政府予算案が編成された。難産の末に産声を上げた。
陸海軍は当初、前年度比14%増に当たる11億7600万円の予算要求を提出していた。民生費などを合わせた歳出総額の約5割を既に軍事費が占める中、更なる増額を求めたのだ。
この時、立ちはだかったのが高橋蔵相である。こんな国会答弁がある。
「いくら軍艦ができても兵備が整っても、国民の経済力で維持し、万一の場合これを動かす力がなければ役に立たぬ。国防の程度は国民の財力に耐える程度のものでなければならない」
・・・・・
予算編成の閣議は、軍部と高橋のにらみ合いになった。結局、高橋は国債漸減方針を変えず、軍事費は増えたがその伸び率を前年の半分以下の4.4%に抑えて予算編成は終わった。
「82歳翁の頑張り・耐久王高橋さん」「奇跡のダルマ」……。21時間も続いた閣議で、信念を貫いた老為政者を当時の朝日新聞は称賛した。
しかし、軍事大国への道に立ちふさがる高橋は、軍部にとって邪魔者以外の何者でもなかった。
高橋亡き後の予算編成は軍部の思い通りとなる。後継の財政当局者らは「公債は生産的である。特に軍事公債は生産的だ」と述べ、37年度予算は「未曽有の膨大予算」と朝日新聞が批判するほどの積極型。結局、総軍事費は36年度の3倍になった。
増勢はとどまらず、39年度は36年度の6倍、日米開戦時の41年度は同12倍、44年度は同68倍……
・・・・
さらに深刻なのは、財政の惨状を全身全霊で改めていこうという為政者の長い長い不在である。権力をめぐる争いこそが政治家たちの主戦場との観すら呈している。
与野党の隔てを超えて「国民の暮らしを守る」と言う。では問いたい。これだけ借金を積み上げて守れるのか。とりわけ子や孫の未来を、と。
・・・
高橋の葬儀の時、「幼児を背に、子どもの手を引く裏店(うらだな)のおかみさん風の人びとが多数を占めていた」という。庶民たちは、だれが自分たちの味方か、よく分かっていた。」(
2011/02/27付「朝日新聞」社説より~ここ

なるほど・・・、と感心して読んだこの社説も、ある意味、法人としての主張だ。それをどう読むかは読者次第・・・。(でも素直な自分はつい信じてしまう・・・・)
(それはともあれ、このような気骨のある人が踏みつぶされ、歴史は動いていった。
もし、このような人が殺されなければ、開戦にも少しはブレーキがかかったのかも知れないが・・・)

信じやすい自分!?(脳天気な自分??)
マスコミの書いていることや、その主張をどのように読めばよいか、少しぐらついている自分ではある。

(付録)
カミさんのお気に入りの公園に、小金井市の「江戸東京たてもの園」(ここ)がある。
ここに赤坂から移築された高橋是清邸がある。行く度に「この2階が2.26事件の現場・・・」と聞いた。よって、こんな社説を読むと、直ぐにあの部屋の光景を思い出す。
しばらく行っていないので、桜が咲いたらまた行ってみよう。「千と千尋の神隠し」に出てくる風呂屋もあるので・・

| コメント (0)

2011年2月27日 (日)

NHKクローズアップ現代「遺族の声が司法を変えた~犯罪被害者・岡村勲さんの闘い~」

先日、NHKクローズアップ現代「遺族の声が司法を変えた~犯罪被害者・岡村勲さんの闘い~」(2011年 2月24日放送~ここ)を見た。

この番組について、NHKの番組解説にはこうある。
クローズアップ現代「遺族の声が司法を変えた~犯罪被害者・岡村勲さんの闘い~」
突然の事件で妻の命を奪われ、被害者が「カヤの外」に置かれた司法の現実を知った弁護士の岡村勲さん。被害者の権利獲得のために闘い続けた14年と、残された課題を描く。
先月、「全国犯罪被害者の会(あすの会)」の設立以来11年にわたり代表を務めてきた元日弁連副会長の岡村勲さん(81歳)が退任した。14年前、事件で妻の命を突然奪われた岡村さん。遺族として初めて法廷の柵の外側から見た裁判で、被害者や遺族が無視されていると痛感した。そして、「明日の犯罪被害者のために司法を変えなければならない」と、被害者の権利獲得に奔走してきた。その訴えは社会を、そして司法関係者の意識を大きく変え、被害者が裁判で被告に直接質問できる制度の実現など、欧米より20年遅れと言われた日本の司法を変貌させた。しかし、今なお、経済的補償や精神的被害の回復など、残された課題も多い。犯罪被害者を社会はどう支えていくべきか。国による5年ぶりの見直しと、岡村さんの闘いの軌跡を通して考える。」

この番組を見ていて、黒澤明監督の「生きる」を思い出した。言うまでもなく、この映画は、胃癌を宣告され、今での生き方を悔やんで、残りの人生を自分が生きた証として公園をつくることに没頭して死んでいった男のドラマ。その情念を思い出した。
この岡村氏も、70歳という弁護士を引退するような年齢で遭遇した事件。自分の身代わりになって死んだ妻の弔い合戦とも言うべき、日本の法制度と闘った後半生。これは「光市母子殺害事件」(ここ)の本村洋氏の戦いとも似ている。
この番組は、NHKのサイト(ここ~「動画を見る」をクリック)でも少し見られるが、印象に残った言葉をメモしてみる。

・それまでの裁判では、「被害者は裁判の日程を知らされない」「事件の情報を知らされない」「法廷で発言できない」
・岡村さん「弁護士でありながら今まで知らないで被害者を・・・。私も加害者でしょう。こういう司法制度に荷担して来たのですから・・・」
・「こんな制度を変えるということ。それが家内に対して唯一してあげられること」
・「今の制度の中で許されるギリギリのところで私たちは参加していきたい。裁判を円満に勧めながら被害者としての思いを達成したい」
・委員「被害にあったことのない人には言えないような説得力があった。法律家として実現できるような形で提示した」
・当時の検事総長「私たちは本当は被害者のために(裁判を)やっているんだと思い込んでいた。岡村さんが運動を始められて、私たちは思い込んでいただけではないか。抽象的な被害者は分かっていたが、ナマの被害者については、岡村さんが言うように置き去りにしてきたのではないか。“情念”という言葉があるが、どうしても人間が何かをしなければいけないという魂・・。まさに、そういう姿だった・・・」
・岡村さん「被害者が体にむち打って先頭切って変えていかなければいけない。こんな社会は日本が最初で最後にしてもらいたい」

岡村氏は、第一東京弁護士会会長や日本弁護士連合会副会長を歴任した、ある意味“功成り名を遂げた”大弁護士。しかし、日弁連幹部として、そして人権派弁護士として死刑廃止運動に携わっていたにも拘わらず、妻を殺した被告人へ死刑を希望することを法廷で証言するに至る心情は、人間の心は決してロジカルではない事を示している。
そして1997年10月の事件発生から10年の活動が実り、2004年12月に犯罪被害者等基本法が成立、2007年6月には刑事訴訟法が改正されて、被害者参加制度が盛り込まれたという。
そして岡村さんは、今も被害者の経済的な支援を求めて「国が保証するというはっきりした制度を作ってもらわないといけない・・・」と活動を続けている。

どんな人も、自分が遭遇して初めて“その世界”を知る。これはどの世界も同じ。
この司法制度改革は、被害者がまさに刑事事件のプロだったからこそ、そして身代わりで死んだ妻への申し訳なさが、最初の「死んでお詫び」の思いから司法制度改革へ移った情念があればこそ10年もの長い間戦えた・・・
岡村氏は番組で、妻の墓前で「司法制度の改革をやっとよ」と報告し、「よく頑張ったね」と言っていると思う、と言っていた。

人間、せっかく受けたこの生。我々引退間近組も、「この世に生を受けて、“世の中のため”に何をした?」と問われたとき、明確に説明できるようなことが何かあるだろうか?せめて一つ位は言えるものが欲しいものではある。(←もう間に合わないと思うけど・・・。でも岡村さんは70歳スタートだったぞ!)

(関連記事)
「光市母子殺害事件」~門田隆将著「なぜ君は絶望と闘えたのか」を読んで

| コメント (0)

2011年2月26日 (土)

女声合唱団「コーロ・フィオレッティ」第5回コンサートに行く

今日はカミさんの友達からの誘いで、女声合唱団「コーロ・フィオレッティ」第5回コンサートに行ってきた。場所は八王子いちょうホール。2011年2月26日(土)14時開演。
Image06061 いちょうホールに行くのは2度目。3年前に行った時も(ここ)、カミさんの友達が出るというので付き合った。アマチュアのコンサートはなかなかお誘いが無いと行く機会は無い。(写真はクリックで拡大)

今回は、30人弱の女声合唱団。自分にとっては、合唱祭やコンクールを除くと初めて聞く・・。
行ってみてまずビックリしたのは、観客が多いこと・・・。この手のコンサート(発表会)は殆どが出演者の関係者。でも30人の団体にしP10901871 ては、あまりに観客が多い。空いた席は、最前部だけ・・・。かなり有名な団体なのかも知れない・・・
コンサートが始まった・・・。曲名は知らないが、なかなか訓練された合唱団のようだ。そして豪華な衣装・・・

今日の合唱団の良否を論ずるつもりは毛頭無い。(そんな資格もないので・・)でも合唱を聴きながら、合唱について色々と考えてしまった。
自分も学生時代少しだけ混声と男声に属したことがある。そして新入社員のころ、外山雄三の指揮で、第九を歌ったことがある(ここ)。
練習に来た外山雄三が、特に絞っていたのがソプラノ。自分のバスなどは無視。だいたい聞こえないのだ。しかしソプラノは聞こえる。特にベートーベンの指定した高い音階の声が出ない。「まだまだ!もっと高い!」とソプラノ陣に叱咤激励していた。
今日のコンサートを聴いても、ソプラノパートは非常に重要だと、改めて認識。とにかく高い音域だけに目立つ。指揮者も、ソプラノのパートをどうまとめるのかが非常に難しいし、また重要なのではないかと、勝手に思った。歌い手の個性を活かすために自由に歌わせるのか、それともピュアな音色を求めて、全員の音質を合わせるのか・・・。それは合唱団の個性につながる。この団体は、非常に個性的な音色だと感じた。

曲目は、最後に歌われた唱歌メドレーの曲を除くと、全て初めて聞く曲ばかり。みな女声合唱組曲なのだが、まず聞く機会は無い。曲はどれもいわゆる現代曲。合唱曲にも流行もあるだろうし、新作もあるのだろう。でも初めて聴く旋律は、聞いていてなかなか耳に入って来ない。まあこれは仕方がないこと・・・。
でも思った。そのうちに自分も合唱でもやろうか・・と思ったこともあったが、歌うのがこのような現代曲だと、自分の場合、なかなか御神輿が上がらないだろうな・・と感じた。

途中に15分の休憩が3回。それは衣装交換の時間らしい。合唱団が引っ込んで新たに出てくるたびに、衣装が替わる。それがまた素晴らしい。青いドレスで出てきた時には、観客からどよめきが・・・。それにカミさんが絶賛していたのが最後に出てきた赤のドレープ。「バラの花のようでキレイ」と言っていた。
その衣装の違いはこんな具合・・・・。

P10901961 P10901991 P10902021

その最後の赤いバラの衣装で歌ったのが、唱歌メドレー「ふるさとの四季」。会場には同じように合唱をやっている人たちがいたらしく、会場内で一緒に口ずさんでいる人が多かった。せっかくなので、アンコールの時にでも、唱歌の一曲を全員で歌う・・・、なんていう場面があったら、一体感が出て良かったかもね・・・。(もっとも、今回はコンサートであって、「一緒に歌いましょう・・」会ではないので無理だが・・・)

今日は天気も上々。午後のひとときを初めての女声合唱で過ごした。実に上品な合唱団で好感を持てた。こんなことも、たまには良いもの・・・
合唱そのものの内容(評価)は別にして、見事な“着せ替え人形おばさん”(←失礼!)のコンサートではあった。

| コメント (0)

2011年2月25日 (金)

「ときどき一人の至福」

先日の朝日新聞に載っていた「ひととき」の投書が、何とも“納得”・・・・。曰く・・・

ときどき一人の至福
退職して夫は8年、私は9年。日々の2人の動きはほぼ定着してきた。
朝の雑用が一段落した8時少し前から30分間ほどかけて、2人で社交ダンスの練習をする。それが終わると、夫は「散歩に行ってきま~す」と2、3時間ほど家からいなくなる。
私は庭仕事に加えて、太極拳などの習い事や買い物へと夫に気をつかわずに出かけまわっているが、至福のときは、たまに夫が観劇などで遠出する日だ。
ルンルン気分で、好物のおかずと缶ビールをお盆にのせて庭へ。遠くの山並みを眺めたり、野鳥のさえずりに耳をすませたりしながらのランチをとる。少しアルコールが入るせいか、身も心も解き放たれる。
その一方で、夫は私と一緒のときが、きっと一番幸せだろうと自負していた。ところが、ある筋から情報を得た。夫の散歩の行き先は、自宅から2キロほど離れた喫茶店。一人コーヒーをすすりながら、至福のときを過ごしているらしい。
人は一人になりたくなる生き物で、そういうひとときが必要なのだ。でも、それは、「ときどき」だからいいのかもしれない。
奥さんを亡くした知人が「一緒にお茶を飲んでいたときが、どんなに幸せだったことか」と回想されていた。互いの自由を認めつつ、ともに過ごすひとときを大切にしていきたい。(神奈川県相模原市 主婦64歳)」(
2011/02/23付「朝日新聞」p33より)

この話は実に良く分かる・・・・。

話が飛ぶが、ウチのメイ子(愛犬)。夕食の時は必ず自分の脇に侍(はべ)る。目的は、もらえるキュウリ。つまり、自分がペットと少しでも交流をあたためるために、カミさんが用意する心遣いのキュウリなのだ。メイ子は、自分のそばに座ると必ずキュウリが貰える・・・。だから前足でチョンチョンと「忘れてはしませんか?」とキュウリを要求する。それは慣れたもの・・・
大体は“食い逃げ”をするのだが、たまに逃げないで“ペットの義務”を果たす事がある。つまり、仕方なくコタツに座った自分のあぐらをかいた股の中に、すっぽりと入って撫でられる・・・。
それが終わると、自分は決まって「ヨシ!」と声を掛ける。すると、メイ子はガバッとジャンプして身をひるがえし、自分の懐からサッと逃げ出す。そして身が自由になるとブルブルと身を震わせて「あー“イヤ”だった~!」とわざとらしく・・・(←先日帰ってきた次男が、それを見て、大笑いして喜んでいた・・・。あの笑いは“あざ笑い”か??)

実はウチの夫婦も同じである。夕食後、新聞を読み終わって、いっとき雑談が済むと、カミさんが「解散!」と声を掛ける。すると自分は体をブルブルっと揺すって、2階の自室に退散する。それからが至福のとき・・・

でも本当に至福の時と感じるのはどんな時だろう・・・。カミさんは、録っておいたテレビドラマを見ながら、昼食を食べる時だそうだ・・・。
自分は、前に浜松町に通っていたとき、出社前にチェーンのコーヒー店に寄っていた。そこで、イヤホンで音楽の世界に浸っていたとき・・・。その時が至福の時だった。そして今は・・・?
そう。またいつもと同じ話だが、今は電気を消したベッドの中で、FM放送の“良い音”をイヤホンからの大音響で聞いているときが至福の時・・・。
こんな安いものはない。次から次に出てくる、NHK FMから流れてくる知らないジャンルの音楽群・・・。決して自分では買わないCDだが、音楽の世界は広い・・・、とウツラウツラしながら聞く“高級”FMチューナーからの音。そして、音楽が途切れた瞬間の“無音”の世界・・・。「幸せだな~」と感じるひとときではある。

| コメント (1)

2011年2月24日 (木)

「がん難民」ならないためには

新聞記事には、今は必要ないが後々のために取っておきたい記事がたまにある。先日の「相続」(ここ)に続いて、今日は「がん」の情報・・・。

先日の朝日新聞に「「がん難民」ならないためには~確かな情報源 味方に」(2011/02/23110224gannanmin 付「朝日新聞」p31)という記事があった。(写真はクリックで拡大)
日本では2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで亡くなる時代。我々もシルバー世代になり、周りで自分や家族ががんに罹ったという話をよく聞く。もうそんな世代なのだ・・。

がんに限らず、自身や家族が重い病気に罹ったときにどう動くか? まずはNetで情報を集める。そして学術的な情報を得るために本屋に・・・。そして体験談を読む・・・。
体験談の本は世の中に幾らでもある。しかし自分に合ったそれらの本を探すのは至難の業。前にNHKラジオ深夜便で、病気の体験談ばかりを集めた本屋さんのインタビュー番組があった。その本屋さんは、本の題名だけでは何の病気の記録か分からないという。そして一冊ずつ中身を調べて、リスト化した。そのリストは図書館でも使われていると言っていた。
それに比べ、Netで情報を得る事は容易。でも内容は千差万別。これも選択が難しい。
セカンドオピニオンについても、皆初心者なので、どのように動くかが難しい。
そう考えると、このような新聞の情報はそれなりに信用出来るので有り難い。

いつもの通り、こんな記事を読むチャンスが遠い事を祈りながら、このページをblogに“ストック”しておく事にする。(オリジナル記事のPDFはここ

(関連記事)
がん難民コーディネーター 藤野邦夫氏の話

| コメント (0)

2011年2月23日 (水)

超一流?映画「ヒアアフター」を観る

映画には、やはり一流作品から三流作品まで色々あると思う。今日観てきた「ヒアアフター(来世)」(これ)は、超一流の作品ではないだろうか・・・。
110223hereafter1 ストーリーが良く分からないままにカミさんと行った。だから観ていて少し筋が混乱した。「ヒア アフター」のオフィシャルサイトを覗いてから観に行けば良かった・・・。(写真はクリックで拡大)

物語は、<ロンドン>の「双子の兄を失った少年」、<パリ>の「死を垣間見た女」、そして<サンフランシスコ>の「死者と繋がる――特別な能力に110223hereafter2_2 苦悩する男」の3つが同時並行的に進行する。そしてその3人がロンドンで相まみえる・・・。(ストーリーについては、あえて書かない)

映画が終わった後、珍しく席を立てなかった。自分の心の中を整理するために??
「この映画は一体何だ?」「この映画をどう捉えたら良いのか・・」「この感動は何だ??」・・・
これはイーストウッド監督の言う「この作品はいろいろな問題提起はするが、答えはないね。答えの探求は観客に委ねられるんだ。観る側は自分自身の人生や、過去の経験や、それらから来る信念に照らし合わせて考えなければならない。・・・」(パンフレットのイーストウッドのインタビューより)の結果かも・・・

ロビーに出て、「パンフレットを買おうかな」と言ったら、カミさんが「珍しいね。買って来たら?」と言うので、珍しく買ってしまった。
110223hereafter3 そのパンフレットの冒頭の「イントロダクション」を読んで、やっと自分の心の整理が出来た。曰く・・・
「スティーブン・スピルバーグの心を動かした、1本の脚本。それは死に直面することによって、生きることの素晴らしさを見出す3人の男女の物語だ。・・・
死を深く見つめて初めてわかる、今この瞬間を精一杯生きることの素晴らしさ。大切な人を亡くした喪失感と、人とつながることのできない孤独を抱えてきた3人が、手を差し出せば、握り返す人がいる幸せにも気付いていく。・・・」

「死後の世界があるかどうか、真実は誰にも分からない。ただ、人は与えられた人生を精一杯生きるべきだと、僕は常に信じている。」監督クリント・イーストウッド

この映画のテーマは、あくまでも如何に生きるべきか・・・。死を見つめることで、今の生を考える。このスタンスはまさに仏教の考え方そのもの・・・。
カミさんに言わせると「奇をてらっていない映画」。確かに、面白いストーリーでもないし、なぞ解きがある訳でもない。実に淡々とした展開。でも終わってみると不思議な感動・・・

でも、物語が霊能者という特殊な世界の話なので、スピリチュアルなものを頭から信じない人が、この映画をどう感じるかは分からない。まあ自分はそれを信じている方なので・・・
死者とコンタクトできる日本で言う「いたこ」。しかし、世の中には如何にまがい物が多いか。そして真の霊能者は「爪を隠す」・・・。

先日、「また会える「死」の世界」(ここ)という記事を書いた。死後の世界は、正直言って怖い・・
でもこの映画は、死後の世界は決して暗黒ではないと言っている。それは救い・・・。

この映画で描かれる死者とのコンタクト。それは決して後ろ向きではなく、前に進むための会話・・・・。
亡くなった人と何らかのコンタクトを取り、その結果としてそれが前向きに生きるキッカケとなるなら、それも良いのでは・・と思う。<ロンドン>の少年の物語で、そう思った。
それに加え、ラストシーンがあたたかい。今まで住んでいた“過去(死者)の世界との関係”ではなく、主人公達の未来の世界を予見させるあたたかさ・・・。

津波のリアルな映像も特筆に値する素晴らしさだが、真に不思議な感動を呼ぶ映画・・・。(ついでに、来世のシーンは「未知との遭遇」で宇宙人が現れるシーンに似ていた)
自分が超一流の作品だと感じた今日の「ヒアアフター」ではあった。
先日観た3D映画ならではの映像・・・、と言われた「トロン」もつまらなかった。そもそも3Dも飽きた・・。結局自分は、このような奇をてらった映画よりも、今日の作品のようにじっくりと見せる内容の濃い映画をこれからは選ぶような気がする・・・。

(関連記事)
また会える「死」の世界

| コメント (0)

2011年2月22日 (火)

作曲家「いずみたく」の25年前の講演会

NHKラジオ深夜便で「〔深夜便アーカイブス〕文化講演会「体験的音楽論」作曲家 いずみたく(1986年(昭和61年)10月5日放送)」(2011/02/13・20放送)を聞いた。
我々シルバー世代の人間は、かつて“いずみたく作品”をどれほど多く聞いたことだろう・・・。あれも・・・、これも・・・。
そのいずみたくが、昭和60年に行ったNHK文化講演会の放送である。坂本九のことを「先日亡くなった・・」(ジャンボ機墜落事故はこの年(1985年)の8月12日)というような発言からしても、相当に昔の講演だが(25年前)、そこには名曲の背景の話が盛りだくさん・・・。少し聞いてみよう・・・

<いずみたくの講演会より(部分)>

・永六輔と一緒に作ったミュージカルが「見上げてごらん夜の星を」と「夜明けの歌」。坂本九と岸洋子の同名の歌はここから出た。
・「希望」も元々倍賞千恵子のために作った短いミュージカル。その歌を岸洋子が歌った。
・佐良直美を売り出す時は、この子が“自分が恋に酔いしれて・・・”と歌うのは気持ちが悪い。だから幸せなカップルの後ろから「幸せになりなさい」というエンジェルのように歌ったらどうか・・、という事で作ったのが「二人は世界のために」。
・13歳の時から弟子に入っていた背が高く体重が76Kもあった子がいた。顔も可愛く歌もうまいが、体が大きい。体型はビア樽型。体型を隠すために服を選び、背を隠すために後ろに背の高い男のバンドを並べる。そして彼らが汚いヒゲをはやせば、彼女の顔がもっと可愛く見えるだろう・・。それで出来たのがピンキーとキラーズ。デビュー曲「恋の季節」はレコード売り上げ歴代第3位。350~400万枚売れた。
・コマーシャルの仕事で使っていた無名の歌のうまい歌手がいた。CMなどで、楽器で新しい音色を作るのが難しいので、女性の声で、ラララ・・とかアーとかを楽器とうまく混ぜて使っていた。あるラジオ局のテーマソングを作ってくれと言われたので作ったら、直ぐにレコードが出ていないのかと問い合わせが局に殺到した。それで、もう結婚して引退するんだと言っていた彼女を説き伏せてレコードを作った。それが「夜明けのキャット」という曲で、由紀さおりが誕生した。発売日が結婚式の日だった。

これだけの大作曲家でも、最初の本人の希望は演劇・・。それから車の運転手などを経て、作曲家専業に・・・。何とも、才能はどこに隠れていて、どのように見付けられるか・・・。そしてそれがどのようにして花開くかは、何とも不思議な世界・・・。(まあ自分のように、黒い石炭の才能では、うかがい知れない世界だが・・・)

でもいずみたくのモットー「誰にでも歌われる歌を」「世に歌い継がれて、民謡になるような歌を」というコンセプトは素晴らしい。確かにいずみたくの音楽は、湿っぽさが無く、明るい希望の歌が多い。
何もと懐かしい歌の、数々の誕生秘話・・・。聞いていて楽しかった。

この講演会は、歌の好きな人にとっては、時代を超えて楽しい講演会だ。講演会の全部(約56分)を聞いてみたい方は、(ここ)にzipファイルを置くので、クリックしてダウンロードして聞いてみて下さい。

●メモ:カテゴリに「番組zipファイル(mp3)リスト」を追加

| コメント (0)

2011年2月21日 (月)

布施明の「愛は不死鳥」

先日、NHK BShiで「昭和歌謡黄金時代 作曲家・平尾昌晃の世界」(2011/02/18放送)という番組見た。作曲家平尾昌晃が、ロカビリー歌手から結核療養を経て、作曲家、そして何人ものスター歌手を育てた半生を描いていた。
布施明の名曲「霧の摩周湖」に始まる平尾昌晃の初期の作品は、自分はどれも大好きだった。この番組では、特に前半の病との戦いが印象深かった。そして自分が良く聞いていた布施明のラブソングの数々が、平尾昌晃の病床で生まれていた事を初めて知った。
その頃の平尾昌晃のキーワードは、「ミヨちゃん」の歌詞にある「今に見ていろ ぼくだって・・・」。

ロカビリー歌手平尾昌晃は、「ミヨちゃん」のヒット後、昭和40年に拳銃不法所持事件を起こして仕事を失う。そのとき、廃盤になっていた「おもいで」が北海道でヒット。レコード会社の呼び出しで行ってみると、“新人の布施明にこの「おもいで」を歌わせたい・・・”。そして今後は作曲家としてやるように勧められ、作曲家・平尾昌晃が誕生する。そして「霧の摩周湖」が生まれる。
昭和43年、結核で都内の病院に入院。しかし病院にギターを持ち込んで作曲を続ける。新人のじゅんとネネのレッスンを病院の屋上で行うなど無理を続け、病室で作曲を続ける。じゅんとネネの「愛するってこわい」や布施明の「愛の園(ここ)」(1968年4月20日発売)などは、病気と戦いながら作曲された。
都内ではレコード会社に近すぎるので、岡谷塩嶺病院に転院。この病院で肋骨を6本も取る大手術をする。この土地で、人の温かさや人情など、その後の作曲生活に大きく影響を与える大事なものを手に入れた。そして5年と言われていた入院が1年で終わり、2年間の闘病生活が終わる。この病院で初めて作った歌が、同じ入院患者の息子さんが詩を書いてくれた「星のみずうみ」(1969年4月1日発売)だった。
ここでの闘病生活が平尾昌晃の心を大きく成長させた。そしてここが第二のふるさとになった。「もっと人の心を打つ歌を作りたい。そしてふるさとをテーマに歌を作りたい」。そして出会ったのが小柳ルミ子で、信州をテーマに「わたしの城下町」が生まれた。

今日は、昭和45年(1970年)4月20日発売の「愛は不死鳥」を聞いてみよう。この歌も、もしかすると諏訪の病床から生まれた歌かも知れない。

<布施明の「愛は不死鳥」>

「愛は不死鳥」
  作詞:川内康範
  作曲:平尾昌晃

限りある 命の悲しさ
愛しても 愛しても
つくしても つくしても
つくしたりない 真実の
心と心を 羽根にして
蒼空高く 舞い上る

ごらん不死鳥 愛は不死鳥
愛は愛は 永遠に死なない

限りある この世の運命(さだめ)を
おしかえし おしかえし
裂かれても 裂かれても
愛の心を 寄せながら
いくどもいくども よみがえり
あなたを連れて 舞い上る

ごらん不死鳥 愛は不死鳥
愛は愛は 永遠に死なない

Image06011 この歌の編曲は小谷充だという。静かなバラードから入り、徐々に盛り上がって行く音楽・・。実にダイナミックな堂々とした編曲であり、聞いていてつい力が入ってしまう。歌も、到底並みの歌唱力では歯が立たない。少しオーバーな気もするが、布施明だからこそ歌える歌だ。
歌手を代表する“1曲”はどの歌手にもある。布施明は「シクラメンのかほり」かも知れないが、自分に取ってみるとこの「愛は不死鳥」も彼の代表曲の一つ。同じような位置付けで見ると、北島三郎は「風雪流れ旅」? 伊藤久男では「イヨマンテの夜」?・・・。

編曲については、前に“編曲者「森岡賢一郎」(ここ)”という記事を書いた。歌は編曲で化ける・・・。
作詞、作曲、歌手、そして編曲。これらがそろった名曲、名盤は永遠に残る。それはフルトヴェングラーの名盤だけでは無いのであ~る。

| コメント (1)

2011年2月19日 (土)

「原子力もガラパゴス 安全規制を世界標準に」

先日の日経新聞「中外時評」に「原子力もガラパゴス 安全規制を世界標準に」という記事があった。曰く・・・

原子力もガラパゴス 安全規制を世界標準に
           論説委員 滝順一
「ガラパゴス化している印象がある」。1月に開いた政府の原子力委員会の会合でこんな意見が出た。
ガラパゴス島の生き物のように、世界の潮流から孤立して特殊な進化を遂げているのは、日本の原子力発電所の安全規制だ。古くからの規制の仕組みを技術進歩などに合わせて抜本的に見直すことを怠り、トラブルのたびに新たな検査を付け加え、世界でもまれな非効率な規制を生んだ。
それで安全性が高まったのかと尋ねると、専門家は首をかしげる。むしろ国民へのリスクが増した恐れすらある。政府や産業界は国をあげて原発輸出に入れあげるが、世界標準からかけ離れた島のおきてしか知らないでグローバル市場で勝てるのか。この責任は電力会社と、政府の規制当局の両方にある。
国内約50基の原発の平均稼働率は64%。約90%の米国や韓国から水をあけられている。米韓だけではない。世界全体の原発の稼働率は1990年代以降、毎年ほぼ1%ずつ向上した。維持管理の工夫で、この間ほとんど原発の新規立地がないにもかかわらず、総発電量に占める原子力の割合を増した。
日本は90年代半ばに稼働率が80%台半ばまで上がったが、その後は低落した。定期検査にかかる日数が、米国は約38日なのに対し日本は約140日と長い。燃料交換や検査を終えて、次の停止までの運転継続期間の平均が米国19カ月に対し、日本13カ月。停止の頻度が高く、いったん止めたらなかなか動かない。それが日本の原発だ。
・・・・
電力会社は低い稼働率に甘んじても経営は揺るがず、規制当局は場当たり的に検査を増やせば「原発は安全」と国民が納得すると思い込む。ともに現状維持コストの大きさを気にかけない。原発停止で温暖化ガス排出削減目標が達成できず電力業界は排出枠を海外から買った。この「国富の流出」を京都議定書が悪いと責任転嫁する。
・・・・・
昨秋、室蘭にある日本製鋼所の工場を見学する機会があった。中国や米国などに出荷される原子炉圧力容器の部品が所狭しと並び、巨大な鋼塊の鍛造工程を原子力検査官らしきフランス人が熱心に見入っていたのが印象的だった。
マラッカ海峡がアジアへの石油輸送のチョークポイントだとされるのと同じ意味で、室蘭は世界の原発建設のペースを左右する場所だといえる。ハードウエアとしての日本の原発技術は世界に誇っていいものに違いない。しかし制度は違う。
・・・
原発を輸出したいから国内規制を改めろと言いたいのではない。十重二十重の検査で、原発をうまく動かす技術の進歩を押さえつけることは、経済的でもなければ安全を生むことにもつながらない。改善を望む当事者の意欲を生かし、その結果を科学的に厳密にチェックする仕組みがいい。日本が島国を脱して、国際的な安全規制の標準づくりに協力するなら、世界の原子力安全への貢献にもなる。」(
2011/02/13付「日経新聞」p8より)

日本の原子力行政。ここに垣間見える姿勢は「保身」??
監督庁は、事件や事故がある度に検査項目を増やし、それで自己の保身を図る。電力会社は、原価+適正利潤を電気料として回収する・・。どうも当事者が傷つかない仕組みになっているように見える・・・。

ちょっと計算してみた。原発の一覧(ここ)によると、現在稼働中50基の合計出力は4373.7万kw、平均出力は87.5万kw。よって、稼働率が64%とすると4373.7万kw×64%=2799万kwしか発電していない。それが90%の稼働率になると、4373.7万kw×90%=3936万kw。つまりその差は、1137万kw。それを最新鋭の1基135万kwで割ると、この稼働率の差は最新鋭原発約8.4基に相当する。
つまり日本の原発は、米国や韓国に比べて8.4基分が寝ている状態。しれが目を覚ませば、無料で原発8.4基が手に入る、という事になる・・・?

ところで原発1基は、幾らぐらいするのだろう?(ここ)によると1基4000億円とある。
ここ)を見ても、どうも1基3000~4000億円らしい。すると8.4基で単純計算すると2.9兆円!(ムバラク大統領の蓄財5兆円には及ばないけど・・・)

ある大メーカーの規定の話。その会社では、ある部門がISOの審査を受ける度に規定が増え続け、守るべき規定が分厚いキングファイル数冊・・・。ISOの審査官が、開口一番「そんなに規定があって、本当に守れるんですか?」。それに対する「もちろん守っています」という返事の、何と空虚な事か・・・
これも保身。だれもが現場が守れていない事を知りながら、何かの事件が発生すると、“誰か”が「現場が守るべき規定を守っていなかったから」と言い訳をするための仕組み・・・
それを同じ構図・・・。
何か大事な事が忘れ去られている・・。色々な事態(エネルギー問題等)に対し、当事者(行政及び電力会社)が自分のこととして捉えず、棚の上から他人事で見ている。自ら改善すれば、地球規模での温暖化対策にも、国民の電力料金削減にもつながるのに、何の努力もしていない。
日本のエネルギー行政・温暖化対策で、いま一番やらなければいけない事は、「官民挙げた原発の米韓並みへの稼働率向上施策」のような気がするが、どうだろう・・・。

| コメント (0)

2011年2月18日 (金)

2011年の「サラリーマン川柳」入選作・・・

昨日、家に帰ったらカミさんが「ニュースでサラリーマン川柳をやっていた」という。そして「どうこれは?」とメモした川柳を読む・・・。今年もサラ川の季節である。
例によって、第一生命のサイト(ここ)に載っている今年の入選作100句から自分が勝手に選んだ10句。(なお、この番号は順位ではない。これから投票開始・・)

18)何になる? 子供の答えは 正社員(氷河期)
今の時代、会社を選んでいる余裕はない。何とか安定を求めて、社名よりも正社員を望むのは、仕方がない・・・?

19)おれだって 束ねてみたい 髪と部下(老婆の休日)
サラリーマン管理職の悲哀・・・。部下を束ねたいと思っているうちに髪も薄くなって・・・・。ああ涙・・・(まるで自分のこと・・?)

25)おこらすな ママのいかりは パパにくる(ベスパパ)
そうなんです・・。ママの“サンドバッグ”はパパなのだ。昔は、パパのサンドバッグがママだったのに・・・・。亭主のご機嫌に右往左往する奥さんなんか、もうどこにも居ない・・。

26)ときめきは 四十路(よそじ)過ぎると 不整脈(ミセス ハツコ)
ドキドキは良いもの・・・。精神的にも若く居られる。でもそのドキドキが不整脈だと分かった途端に、ドッチラケ・・・!?

31)天職を 求めて転職 今無職(虹色詩人)
そうですよ・・・。今の時代、簡単に退職しても、自分を高く評価してくれる所なんぞ、そうそう見つからないぞ・・。

33)ランチ代 牛丼価格に 値下げされ(みそ汁付かない)
牛丼が安くなり過ぎて、怖くて食べられなくなりました。でもカミさんはそんな事にお構いなく・・・? 結局亭主は給料運び人・・・。

35)物忘れ 増えて良くなる 夫婦仲(シルバーパス)
そう。心は大らかに・・・・。言葉尻をあげつらうのではなく・・・。まだまだ我が家のことではないが・・・・

36)久しぶり~ 名が出ないまま じゃあまたね~(シーゲ)
自分は体験が無いが、これからは“あるだろうな~・・”と思ってゾッとする?

79)ちょっといい? 軽い言葉に 重い罠(リーダー)
これは左遷人事の内示で有り得る場面・・・。自分はもう関係無いけど、現役世代は今の時期(=4月人事の内示の季節)、大変だ・・・

86)怒るなよ 「怒ってない」と 怒る妻(花いちもんめ)
ウチでは無いけど(←これ、見栄)、女性の機嫌が悪いのには、手が付けられない・・・。いつから女性はこんなに強くなったのか・・・。ウチのカミさんに言わせると「世の中に、弱いお淑やかな女性なんか居るはずがない。それは男の妄想・・・」と言い切る・・・。いやはや怖い時代になったものだ・・。

=====
ついでにウチのカミさんが選んだ句。何と自分と重なったのは、下の19番と31番の2つだけ。まあ価値観とセンスが違うわけだ・・・。

(選が重なった句)
19)おれだって 束ねてみたい 髪と部下(老婆の休日)
「まるでオトーさんのことみたい!」と言う。確かに束ねるほどの髪は無いが・・・。

31)天職を 求めて転職 今無職(虹色詩人)
就職の大変さは、息子の就職問題を見ているので認識は同じ・・・

それ以外にカミさんが選んだ句は・・・。

12)上がらない 給料・職名 右の肩(五十肩)
「これオトーさんの事だ!」とヌカす。確かに長いこと、五十肩で右手が上がらなかったが・・・(ここ)。まあ給料も、か・・・

24)日本海 どこからどこまで 日本かい(万歳老人)
このようなダジャレ的なものは、自分は選ばない。カミさんは、単純明快が良いという。

32)マイホーム 持ったがないぞ マイルーム(夢追い人)
「アナタは自室を持っているので選ばないのでしょう」と言う・・・。

50)「好きにして」 昔肯定 今否定(千年愛)
これは自分も選ぼうと思ったが・・・。女性は怖い・・・・

68)人員が 「ととのいました」と 解雇され(エビ坊)
「ととのいました」というのは、テレビで何だかやっているセリフだとか・・。付いて行けない・・・

96)デトックス 言う妻体型 デラックス(ネクタイよれよれ)
このデトックスというもの、テレビで有名な言葉だそうだ・・・。ギブアップ!勝手にしてくれ~

98)あればいい パワースポット 職場にも(たかりん山)
・・・・・(コメント無し)

99)クラス会 あのマドンナが デラックス(さごじょう)
これは分かるが・・・。これもテレビの影響らしいが・・・・。

結局、昼のテレビを見ているカミさんと、まじめに働いている自分との情報量の差?
とても「三食昼寝付き」にはかなわない・・・。

しかしこのセンス・・・。「いつか自分も一句・・」と思うのだが、いつになったら出来るのかは全く未定である。たぶん無理だろうな・・・

(関連記事)
2010年の「サラリーマン川柳」入選作・・・
2009年の「サラリーマン川柳」入選作・・・
我が家の「サラリーマン川柳」ベスト10

| コメント (1)

2011年2月17日 (木)

「障害者基本法」刑事事件で供述誤誘導防ぐ改正案

昼食に入った食堂で見た今朝の毎日新聞トップに、知的障害者の刑事事件で、誤誘導を避ける前向きの法改定の動きがあるという記事が載っていた。
先に朝日新聞が、社説で「知的障害者―捜査の全面可視化を急げ」と主張したのが2011年1月25日(ここ)。それに呼応したのかどうかは分からないが、これはある意味“朗報”なので、全文を読んでおこう。曰く・・・

障害者基本法:「捜査、障害者配慮を」改正案に規定 供述誤誘導防ぐ
政府は今国会に提出予定の障害者基本法改正案に、障害者が関わった刑事事件の際、障害の特性に配慮するよう捜査当局に施策を求める規定を盛り込む方針を決めた。知的障害者が関わる事件では、逮捕状の内容や黙秘権の告知について正しく理解できず、当局に迎合的な供述をする恐れがあることから、事実認定に重大な誤りを生む危険性を指摘する声が多い。規定には刑事司法手続きの適正化を図る狙いがある。
内閣府によると、現行の同法には障害者の刑事手続きに関する規定はない。
日本が今後批准をめざす障害者権利条約には、司法手続きの平等を図るための障害者への配慮が定められており、批准に向けた国内法整備が課題となっている。
今回、改正案に盛り込まれる見通しなのは▽司法手続きで障害者との適切な意思疎通の手段を確保するなどの配慮を講じる▽関係職員に障害を理解する研修を実施する--の2点を捜査当局に求める内容だ。
刑事事件を起こした知的障害者らに関わる福祉関係者の間には、「取り調べや裁判で問われることの意味が分からず、刑務所に行くことすら理解できない人もいる。取調官が誘導すると、事実関係や動機などを安易に認めてしまう危険性がある」との懸念が少なくない。
政府の「障がい者制度改革推進会議」が昨年末にまとめた意見書も、障害者は適切に自己防衛できないことが多い、と指摘。障害者の特性に配慮し、理解しやすい手続きが求められるとして、「予算付けを含めた措置が必要」とも結論づけた。
知的障害者に対する取り調べを巡っては、最高検察庁が昨年4月、心身の状況や立場、迎合的性格の有無などを把握して取り調べを実施するよう求める事務連絡を全国の地検に出すなど、「すでに一定程度、特性に配慮している」(法務省幹部)との声もあった。
法務省によると、受刑者が刑務所服役時に受ける診断で、知的障害の疑いがあるとされる「知能指数相当値70未満」は6520人(09年)で全体の23%を占める。【石川淳一】
◇障害者基本法
国や自治体が行う障害者施策の基本理念を定めることを目的として93年に制定。04年改正で「障害を理由とする差別の禁止」を条文に追加した。政府は今国会に再改正案を提出する予定で、差別禁止規定を具体化するなど内容を大幅に拡充する方向で検討している。」(
2011/02/17付「毎日新聞」p1(ここ)より)

追跡・累犯:刑事事件「障害配慮、大きな進展」 福祉関係者の評価相次ぐ
障害者政策全般の基本理念を定める障害者基本法改正案に、刑事事件に関与した障害者への配慮が初めて特記される見通しとなった。生活苦などを背景に刑務所と社会を行き来する知的障害者らの問題が指摘される中、福祉関係者らからは「大きな進展だ」などの評価が相次いだ。同時に、改正案の成立後、警察や検察などが取り調べの適正化をはじめとする具体策に取り組むよう求める声も聞かれた。
知的障害者の刑事弁護に詳しい辻川圭乃弁護士(大阪弁護士会)は「刑事手続きにおける障害者への配慮が法案に盛り込まれること自体は評価できる」と話した。そのうえで改正実現後に言及し「知的障害者は取り調べに迎合しやすく、警察官や検察官の考える通りの調書になる恐れがある。取り調べの可視化や支援者の立ち会いができるよう刑事訴訟法の改正も考えるべきだ」と訴えた。
触法障害者の社会復帰のあり方を探る国の研究会の代表者を務める長崎県雲仙市の社会福祉法人「南高愛隣(なんこうあいりん)会」の田島良昭理事長も「聞かれている内容が分からないまま、おうむ返しに答える障害者もおり、そうした特徴を理解しない司法関係者が冤罪(えんざい)を生んできた可能性がある」と指摘。「当局職員の研修の充実はもちろん、取り調べや公判で、実務経験がある福祉関係者を『通訳役』として付ける必要性がある」と話す。【長野宏美、銭場裕司、石川淳一】」(
2011/02/17付「毎日新聞」社会面(ここ)より)

最近良い話を聞かない行政で、これは良い動きだ。
この記事でドキッとするのが「取り調べや裁判で問われることの意味が分からず、刑務所に行くことすら理解できない人もいる。・・」「受刑者が刑務所服役時に受ける診断で、知的障害の疑いがあるとされる「知能指数相当値70未満」は6520人(09年)で全体の23%を占める」という事実。
これは、供述調書優先の日本の裁判で、かなりの数の“冤罪が作られている”ことを如実に物語る。

一方、昨日のニュースで、笠間検事総長が“「供述調書ありき」改めよ”と訓示した、と言っていた。これも良い動きだ。曰く・・・
「供述調書ありき」改めよ~笠間検事総長
全国の検事正と検事長を集めた会議で、検察トップの笠間検事総長は16日、「供述調書を取れば一丁あがりだというような、いわば供述調書至上主義とでもいうんでしょうか、そういう考え方がもしあるとすれば、絶対に改めていかなくてはならない」と述べ、大阪地検特捜部の事件を受けて、取り調べの重要性を忘れず、「供述調書ありき」の考え方を改めるよう求めた。」<
2011年2月16日 >(ここ)より)

これらの動きを見ると、“どうしようもない検察も、少しずつだが、改善に動くのかな・・・?”と、つい期待してしまう。
国民の期待通りに、検察・警察が改善に向かって動いてくれることを、じっくりと見守ろうではないか。

(関連記事)
「知的障害者―捜査の全面可視化を急げ」

| コメント (0)

2011年2月16日 (水)

入社41年目の同期会

今日は、入社41年目の同期会があった。我々は1970年入社組である。それから41年・・。
元組合の委員長が幹事だった事もあり、入社した工場の食堂での開催。これは実に懐かしく、非常に好評な企画だった。・・・と言うのは、諸事情により、我々が入社したこの工場は、来月の2011年3月末で閉鎖されることになっており、まさに工場に入れるラストチャンス。
P1090131 夕方4時からのスタートだったが、少し早く入り、工場内を一回り。当然現役時代は、社内撮影は禁止されていたので、工場内の写真は1枚もない。でも、今日は、一緒に回ったY君が「もう秘密情報はないので撮影してよろしい」と許可してくれたので(!?)、勝手にシャッターを切ってしまった。
どの建物も懐かしい。自分が入社してから2000年までの30年間通った工場である。道路のコンクリートのひび割れのひとつ一つが昔のままのような気がして・・・・

水曜日という平日にも拘わらず、19名の参加。もちろんほぼ全員が現役を退いている。どDsc03824 こかに引っ掛かっている人も、そろそろ引退とか・・・
例によって、各人から近況報告。例年だと孫の話と病気の話が多いのだが、今日は病気の話で盛り上がる。
昨年は元気だったのが、この1年で色々な変化・・・。奥さんが病気だという話も多い。
10年前に心筋梗塞で手術したというB君がその道での先頭を切っていたが、今回出た話では、膀胱癌、脳の出血、坐骨神経痛、糖尿病、前立腺肥大・・・・等々。
奥さんも、パーキンソン病、乳癌、等々色々ある。

まさにトシと共に肉体は衰えて行く。そして現象として病気になる・・という事を実感する。
自分は近況報告で「今日は病気の話が多いが、自分は怖いので検診には行かない」と言ったものの、ここまで病気の話が出ると、正直たじろぐ・・・

ともあれ、特に病院に行く必要のない我が家の現状は、この上もなく幸せなことだと、改めて認識した。“何も無いこと”の幸せである。
肩書の取れた一般平民の同期・・・。これが一番の仲間。
いつまで続くか分からないが、当分は続くであろう我ら同期会ではある。

| コメント (0)

2011年2月15日 (火)

「相続~効率手続きのコツ探る」

新聞記事には、今は必要ないが後々のために取っておきたい記事がたまにある。そんな話題が「相続」・・・。
先日の日経新聞に「相続~効率手続きのコツ探る 遺族年金、早めに請求」(2011/02/13)という記事があり、これも取っておきたい記事だった。(オリジナルの新聞のPDFはここ
110215souzokunikkei それによると、早めに手続きが必要なものと、遺産分割が前提の手続きとがあるらしい。早めが良いのが、遺族年金の請求、労災保険の請求、健康保険への埋葬料の請求、亡くなった人の確定申告などがあり、遺産分割が前提の手続きとしては、不動産の移転登記、預貯金の名義変更、株式や債券の名義変更、相続税の申告などがあるという。(写真はクリックで拡大)

隔月くらいで、昔の仕事の仲間(上司)と会食をしている。先日の会食で、70歳位になった先輩が、介護や相続の大変さの話をしてくれた。親が寝たきりになったが、介護費を親の銀行口座から下ろせない。本人が下ろしに来いという。でも本人は寝たきりで外出などできない・・・。幾ら銀行と交渉してもラチがあかなかったという。その点、地元の信用金庫は融通が利くらしい。大手の銀行と違って、その家の事情を良く把握しているので、何とか対応してくれるという。
そして親が亡くなってしまうと、相続の話になるので、金は動かせるらしい・・・。

そういえば、親父が亡くなった時も、色々な手続きが大変だったらしい。兄貴が一人で手続きをしたのだが、人間が人生を終わることは手続き的にも大変な事のようだ・・・。
前に「遺書は必要か?」(ここ)とか「先に逝く者は“終活”考えよう」(ここ)という記事を書いた。

やはり、人間勝手に死んではダメだ。もし突然亡くなると、これらの手続きのため、調べたり探したりの手間が大変だ。残される人への負担が最小になるように、やはり元気なうちに努力しておく(情報を書き残しておく)べきだろう。そんな時が、なるべく遠いことを祈って、この記事を倉庫にしまっておく(blogに書き留めておく)事にする。

(関連記事)
「遺書は必要か?」
「先に逝く者は“終活”考えよう」

| コメント (0)

2011年2月14日 (月)

ダーク・ダックスとザ・ピ-ナッツの「銀色の道」

雪だ、雪だ・・・。外は今年初めての銀世界。まだまだ積もる・・・。
夕方から降り始めた雪は、ボタボタと落ちてくる(積もるのに)効率的な雪。たまたま駅に着いたら、ちょうどバスが行ってしまったところで、雪の降るのを見ながら20分バスを待った。その時の、駅前広場の街灯に輝いて降る雪は、なかなかきれいだった。
2月になってから、寒さが身に沁みる。先週末の3連休にもちょこっと雪が降った。今年は全国的にも雪が多く、屋根の雪下ろしでの転落事故が絶えないらしい・・。日本海側の豪雪に対して、いつも晴天の関東は申し訳なくさえ感じていた。でも今降っている雪で帳消しか?
「銀色の道」が雪道を指しているという話はどこにもない。でもなぜか今日は「銀色の道」なのだ。

この歌は、昭和41年(1966年)に、ダーク・ダックスとザ・ピ-ナッツが競作でレコードを発売している。

<ダーク・ダックスの「銀色の道」>

「銀色の道」
  作詞:塚田茂
  作曲:宮川泰
遠い遠い はるかな道は
冬の嵐が 吹いてるが
谷間の春は 花が咲いてる
ひとり ひとり 今日もひとり
銀色の はるかな道

ひとりひとり はるかな道は
つらいだろうが がんばろう
苦しい坂も 止まればさがる
続く続く 明日も続く
銀色の はるかな道

続く続く はるかな道を
暗い夜空を 迷わずに
ふたりの星よ 照らしておくれ
近い近い 夜明けは近い
銀色の はるかな道
はるかな道 はるかな道

ダーク・ダックスにしては珍しいギターの伴奏。何とも心地よい・・・
meldecのCD解説によると「昭和41年、ダーク・ダックスがNHKの「夢をあなたに」という番組にレギュラー出演していた時に作られた作品・・・」とある。
自分は3つの音源を持っているが、このキングの録音が一番好きだ。

ザ・ピ-ナッツの「銀色の道」も聞いてみよう。

<ザ・ピ-ナッツの「銀色の道」>

Ginniropeanut でもこの詩を読むと、雪道でも不思議には感じない。日の光で光った銀色の道かな、とも思ったが、“暗い夜空”でも見える銀色の道は、やはり雪道かな・・とか思って・・。
しかし、“頑張ろう!”といったこの手の歌は多い。それぞれ意味深な詩に、自分の思いを重ねて歌う。「銀色の道」は、まさに人生の道だ・・。

話は飛ぶが、自分の通勤路は、しばらくの間、ある私大の附属高校の通学路と重なっている。先週、その高校の入学試験があったらしく、道の角々に在校生が道の案内板を持って立っていた。その在校生が、受験生が通る度に頭をチョット下げて挨拶をしている。すると受験生も同じようにチョコッと頭を下げて挨拶を返す。それが何とも清々しかった。「頑張れよ!入学したらオレが待っている!」「入学したらよろしく!」と言っていたかどうかは知らないが、まさに青春の始まりである。
話はまたまた“ぶっ飛ぶ”が、女子高校生の制服は何とも可哀想・・・。寒空なのに、素足がにょっきり・・。カミさんに「あれは寒くないのか?」とつい聞いてしまった。そうしたら、ファッションのために我慢するのだそうだ・・・。(ああ自分は男で良かった・・・)

毎日歩く通勤路。まさに下町の商店街の細い道だが、前途洋々としている中高生にとっては、それも未来に続く彼らの「銀色の道」なのかも知れない・・・。

| コメント (2)

2011年2月13日 (日)

「あなたが選ぶ昭和の名女優ベスト10」

先日の朝日新聞の「beランキング」に「あなたが選ぶ昭和の名女優」という記事があった。それによると・・・

<あなたが選ぶ昭和の名女優ベスト30>
①吉永小百合(1184)
②夏目雅子(887)
③大原麗子(655)
④八千草薫(397)
⑤池内淳子(378)
⑥岩下志麻(368)
⑦大竹しのぶ(342)
⑧高峰秀子(341)
⑨浅丘ルリ子(320)
⑩松坂慶子(310)
⑪田中裕子
⑫市原悦子
⑬栗原小巻
⑭岸恵子
⑭杉村春子
⑯竹下景子
⑰原節子
⑱太地喜和子
⑱倍賞千恵子
⑳桃井かおり
⑳森光子
22)秋吉久美子、23)岸田今日子、24)高橋恵子、25)香川京子、26)酒井和歌子、27)田中絹代、28)加賀まりこ、29)樫山文枝、30)若尾文子、31)京マチ子

(2011/02/12付「朝日新聞」b2より)

調査方法は、朝日新聞のある会の会員のアンケートだという。男性1911人、女性1033人Image05941 の計2944人に、58人の女優の中から「心に残る昭和の名女優」5人を選んで貰った結果だという。(写真はクリックで拡大)
年齢層は分からないが、まあこんなものか・・・。さすがに自分の頭に、これら全員の顔が浮かんだので、とりあえずホッとした。これも常識問題・・・

まあ人それぞれの“好み”なので、良い悪いの話では無いが、女優=演技力として見ると、色々と異論はある。
演技の“すごさ”で自分の心に残る人は・・・。夏目雅子、岩下志麻、大竹しのぶ、田中裕子、といったところか・・・。どの女優も、映画の一シーンが目に浮かぶ。
それに引き替え、八千草薫や池内淳子、高峰秀子などは良い奥さま役などが多いせいか、すごさの印象は薄い。でも八千草薫の品の良さは抜群。
断トツトップの吉永小百合は、我が家では「生活感が無いよね・・」とあまり高得点ではない。我が家で高得点なのは、菅野美穂。残念ながらこのランキングには出て来なかった。

女優に比べて男優の名前は、自分はほとんど知らない。男優ベスト30の名を挙げられても、半分も分からないのは??顔だけは知っているが、なぜか名前を覚える気がしない・・。自分が男のせい??
しかしテレビなどを見ていて、「これは誰だ?」とカミさんに聞くと、だいたい答えが返ってくる。こればかりは、カミさんの知識の方が、自分よりよっぽど上・・・。ニュースソースは、昼間のテレビか?

この順位を見ていると、女優も世代交代である。往年の名女優が段々と姿を消し、テレビ主体の若手の女優が顔を並べている。

自分も、現役をリタイアして少し時間が出来たら、往年の名画を一通り見よう・・・、という目標は作ったものの、なかなか実現はしていない。まあいつもの“時間が無い・・”という言い訳だが、時間は自分で作らないとなかなか出来ないもの・・・。言葉では分かっているものの、ホントウは分かっていない。その証拠に、この3連休も何となく過ぎてしまった。
なぜか時間の過ごし方に焦りを覚えるこの頃である。

●メモ:カウント~160万

| コメント (6)

2011年2月12日 (土)

最近凝っているNHK FMのラジオドラマ

テレビのない昔の時代は、ラジオにこびりついていたもの。特に昭和30年代の小学校時代は、まさにラジオの時代だった。前にも書いたが、「一丁目一番地」とか「3つの歌」など(ここ)は、いまだに頭から離れない。
テレビが家に入ってからは、ラジオは段々と遠い存在になった。特にラジオドラマなどは、長い間聞かなかった。それが、この所NHK FMをよく聴くようになってから、ラジオドラマを聴くようになった。特に毎週(月)~(金)夜10時45分からの「青春アドベンチャー」を聴いている。
NHKのラジオドラマのサイト(ここ)を見ると、ラジオドラマは「オーディオドラマ」と呼ぶらしい。それによると、このFMの「青春アドベンチャー」と毎週(土)夜10時からの「FMシアター」、及び第1放送の「新日曜名作座」の3つが放送されているとのこと。
日曜名作座については、前に書いた。(ここ)&(ここ

森繁久彌と加藤道子の「日曜名作座」が終わって、「新日曜名作座」になってからは聞かなくなった。しかしFM放送のドラマは、さすがに音が素晴らしい・・・。
毎晩10時45分までに何とかベッドに入り、暗い中でイヤホンで聴くラジオドラマ・・・。ドラマの場面が頭の中に広がり、なかなか面白い。今やっているのは「蒲生邸事件」というタイムスリップのドラマ。少し聞いてみよう・・・。

<NHKラジオドラマ「蒲生邸事件⑤」>~2011/02/10放送

スピーカで聞くとよく分からないが、イヤホンで聴くと、実に生々しい音だ。
別にテレビドラマを否定するつもりもないが、良い音で聞くラジオドラマもまた、別世界を味わうことが出来る。これもまた小さな楽しみになっているこの頃である。
(最近、当サイトのチェック係(?)のカミさんからいつも「長過ぎる!!」と叱られる。とうとう記事を読んで貰えない・・・。よって少しでも短く・・・・)(←でもまた直ぐに元に戻ると思うけど・・・)

(関連記事)
NHKラジオの「日曜名作座」を聴く
森繁久彌「日曜名作座」再び・・・再放送を聴く
NHKの「三つの歌」と「一丁目一番地」

| コメント (1)

2011年2月11日 (金)

三洋のICR-XRS120MFを買う~ラジオを録音して好きな時に聴く

人間、何か新しいことをする時は、ワクワクする。それはカミさんが新しい料理に挑戦する時も同じだという・・・。自分の新しいこと?それはやはり趣味世界か??
今日は、昨夜着いた三洋のICレコーダー「ICR-XRS120MF」(これ)の使用レポートである。

先日の朝日新聞の「ラジオアングル」というコラム(2011/02/02付)に、「録音で好きな時に聴く」という題で、ラジオをタイマー予約の録音できるレコーダーについての記事があった。この記事では、三洋電機の「ICR-XRS120MF」、オリンパスの「VJ-20」、ティアックの「R-6」、ソニーの「ICZ-R50」が紹介されていた。この記事を読んで、またいつもの「欲しい物見つけ」が始まった。最近、いつも何か夢中になれる何か・・・を探している。備忘録をかねて当サイトにも色々書いてきた。次のターゲットが見つかった!?

当サイトにも何度か書いているように、自分はNHKラジオ深夜便やNHK第2放送を録音しては、通勤の途中で聴いている。使っている機材は、NHKの音楽録音用にケンウッドのFMチューナーL-02T(これ)、NHK第1及び第2放送の録音用に、パイオニアのチューナーF-C3(ここ)を2台。そしてレコーダーとしてオリンパスのラジオサーバーVJ-10(ここ)、通勤で聴くためにソニーのNW-A847(ここ)というラインアップ。
これらの機器で、代替品がある機材は心配していないが、最近ラジオサーバーが壊れた時の代替品が心配になってきた。専用チューナーからライン入力でタイマーを使ってMP3録音するのは、オリンパスのVJ-10は必要かつ充分な仕様。しかしこのVJ-10は、さすがに2007年発売のためか、最近どうも影が薄くなってきた様子・・・。それで壊れた時の予防保全をかねて、先の新聞記事に紹介されていた機種を中心に、自分の要求スペックの製品があるかどうか、調べてみた。
自分の要求仕様は・・・
1)ライン入力で録音が可。
2)録音方式は、MP3。128Kbpsだけでなく、160bpsや192bpsも欲しい。
3)タイマー録音は20設定くらい欲しい。
4)録音されたMP3ファイルは、パソコンとUSB接続をして、エクスプローラ等で自由にどこにでもコピーが出来ること。
何とこれらを満足する製品は、今使っているVJ-10を除くと三洋電機の「ICR-XRS120MF」1機種だということがわかり、つい買ってしまった。それで今日はそれの(1日だけだが)使用レポート・・・。

前から、特に高級FMチューナーのL-02Tの音がそのまま録音出来ないか・・・と思っていたが、今はやりのICレコーダーのリニアPCM録音だとそれが実現出来そう。よってPCMも試してみたい。でもやはりちゃんと録音するためには、ソニーあたりの専用デジタル録音機が必要では・・・。とも思った。
ソニーで探した。2007年に「NAC-HD1」というハードディスク オーディオレコーダーを発売していた。しかしこれはパソコンとはつなげない。Panaにも製品は無かった。三洋も前のモデル(RS110MF)はラインからのタイマー録音が出来ない・・・。それで由一自分の要求仕様に合った「XRS120MF」を買ったわけ・・・

まだ一日しか使っていないが、「XRS120MF」を使ってみて気が付いた点・・・。
Icrxrs120mf 外部録音(入力)設定が、「ヘッドホン出力」「ポータブル」「コンポ」と3つの選択が出来るが、その音量調整が出来ない。AVアンプなどの機器のライン出力は固定出力。よって入力側(このICレコーダー側)で調整が出来ないと困るのだが・・・。チューナーの固定出力から録音すると、自分の基準としている89dBより6dBほどレベルが低い。これは仕様なので、諦めるしかない・・・。
それと、ボリュームを最大にしてもイヤホンの音量が小さい。特に効率の悪いイヤホンをつないだ時、音量を上げられない欠点がある。耳の保護のためだろうか・・? でもウォークマンなどは、うるさい位まで音量が上がるが・・・

それ以外は思い通りの動作でOK。さて、肝心の音質だが・・。
結論は、VJ-10の128Kbpsよりもこの120MFの192Kbpsの方が音が華やか。つまり音が良いと感じた。リニアPCMも、その差は僅差。もちろんパソコンの波形上はビットレートなどの差異(高域が伸びている)が出ているのだが、1/10のファイル容量を考えると、記録はやはりMP3になる。それに、ソースであるL-02Tオリジナルの音の“感動”は、幾らPCM録音でも、一旦録音してしまうと失われてしまうようだ。もちろんこれは自分の思い込み。でもL-02Tの良さは、どんな優秀な特性の機器でも、信号を機械に通すだけで失われてしまう・・。というのが自分の勝手な評価。
(追:10日ほど聞いた感想)
“感動”の観点でも、120MFの192Kbpsの音は、家に帰ってつい聞きたくなる音・・・。つまりVJ-10よりも120MFの音は“感動”があるようだ。10日ほど聞いた限りでは、なかなか良いぞ。192Kbpsは128Kbpsに比べ、単なる周波数特性の伸びだけではなく、入っている中味が違うのかな??

そしてS/N(ノイズレベル)だが、FM放送の無音部分で比較した(自分流の)評価では、1dB位ではあるがVJ-10よりも120MFの方が良いようだ。
ついでに受信の性能だが、これだけの金額で専用のAMループアンテナが付属している。これを付けると、TBSがバッチリ、NHKの第1、第2ともOK。しかし文化放送とニッポン放送は、専用のチューナーと同じくダメ。FM放送は、ロッドアンテナを立てても厳しい。またイヤホンをつなぐと、それがアンテナになって、ロッドアンテナは切られるようだ。(これは当八王子での一例)
そしてイヤホンだけはプアー。せっかくの良い音が、付属のイヤホンではまるで痩せた音。別なイヤホンでは素晴らしい音が出るのに、残念。まあこの金額からは仕方がないが・・・

そんな訳で、最初から内蔵チューナーは使う予定がなかったので、ライン入力の音量調整が出来ない点を除いては、この製品は大満足だ。
さてこれからの使い方だが、予定していたFM放送のPCM録音は、あまり有意差が無いので止めた。後は感覚の問題。どうもVJ-10の“128Kbps専用”に引っかかりを持っていたので、これからは音楽だけは120MFで、192Kbpsで録音しようと思っている。自分の標準にしている160Kbpsが無いのが残念だが・・。もちろんFM放送の15KHzを192Kbpsで録音しても意味がないことは重々承知だが、まあ自分の気休め・・・
(昔のアナログテレビのNTSC方式で、TV放送は水平解像度が350本位しか無いのに、放送局のカメラは550本の性能を持っていた。つまり規格上350本で帯域を切られても、その所での変調度(振幅)が違う・・。同じように、FM放送の15KHzの音を、同じ15KHzの性能の128Kbpsで録音するよりも、20KHzの性能の192Kbpsで録音しておいた方が、気分的に安心・・・、というだけの話。繰りかえすが、160Kbpsがあったらそれにしたのに・・。

結局、これも1日位しか楽しめなかった。でもこれでVJ-10がいつ壊れても大丈夫・・。
しかし、これだけの性能を持っている製品が、色々な付属品付きで、たった2万円強くらいの値段(これ)で買える。いやはや大変な時代になったものだ。

| コメント (6)

2011年2月10日 (木)

「最近泣いたことある?」

少し古い話だが、朝日新聞に「最近泣いたことある?」という記事があった。泣く・・・。あまり縁がない(?)言葉ではあるが・・・。曰く・・(写真はクリックで拡大)

「人はどうして泣くのか。
『ストレスすっきり!!脳活習慣』などの著書がある有田秀穂・東邦大学教授(統合生理学)は「ストレスに対する一種の防御機能」だと言う。
110210naitakoto 「脳の副交感神経が、泣くときは非常に強く興奮し、泣き終わるとすっきりする。人との別れなどは本来、すごいストレス。それが泣くことで緩和されるんです」
感動して涙を流す行為は、人間の大人だけに与えられた能力だといい、「赤ん坊の泣きはコミュニケーションのため。自尊心が芽生えた子供は悔し涙を流す。大人になると相手の気持ちをくむようになる。テレビや映画などを見た時、自分が体験したわけじゃなくても、似た経験と照らし合わせて共感し、副交感神経が刺激されます」と話す。
「涙は我慢するとストレスになる。他人の迷惑にならないなら大いに泣きましょう」」(
2011/01/22「朝日新聞」b10より)

女性は良く泣く。これは天から授かった特性か?それとも個人差か?
昔、親父が亡くなった時、お袋がそれは見事に泣いていた。ワーワーと、大きな声を出して・・・。ウチのカミさんも良く泣く。あらゆる所で泣く。テレビを見て、映画を見て、本を読んで、はたまた絵本やマンガを見て・・・。でも声は出さない・・・。目を赤くして・・。
一緒にテレビドラマを見ながら、「エエッ?泣いたの?」と良く聞く・・・・。映画館を出た時もそうだ。「エエッ?泣いたの?」・・・・。まあ日常的なことだ。
それに引き替え、自分は泣かない。否、泣けない? 心のどこかでブレーキが掛かっているのかも知れない。そう言えば、オトナになって1度だけ声を出して泣いたことがあった。何で泣いたかは書かない・・・
そういえば、親父が亡くなった時は、さすがに涙だけは出た。霊柩車で遺体を病院から家に搬送した時、霊柩車の後を車で追った。そのとき、さすがに涙が出た。一生、相性が悪かった親父ではあったが・・・・。

嬉しくて泣く場合ももちろんある。自分に記憶は無いが(←残念!)、フト思い出すのは、下の息子が就職で内定を貰った時のこと。祝杯を挙げようと、ある駅で家族で待ち合わせたことがあった。駅で息子に会うや、公衆の面前で息子が泣き出した。歩く人の怪訝な顔。そんなことにお構いなしに、息子は泣いた・・・。
就職内定率のグラフを見ても、息子の就職した2004年卒は超氷河期。それまでの就活の苦労が胸に迫ったのであろう。尊い珠玉の涙である。

でも人生、うれし泣きは、そうそうチャンスがあるものではない。悲しくて泣くことの方が多いだろう。これは誰もあまり歓迎しない。でも感動の涙は、生きている証。ドラマを見ても、感動の涙は良いもの。でも、自分はこれにもあまり縁がない・・。(←残念!)
でも、何も感じない心よりも、涙を流す(感度の良い)心の方が生きている気がする。

これから自分が真に泣く場面を想像すると、良くも悪くも、これから起きるであろう“家族のことだけ”のような気がする。
他人の悲喜こもごもで泣くことは無くても、家族でのそれは涙腺がゆるむ。
うれし泣きするような場面は大歓迎。それを、いつも心待ちにしているが、いつも家は静寂・・・・。そんなニュースは・・・無い。
まあ何も無い幸せは貴重なのではあるが、カミさんと二人、少し物足りなくなっている最近ではある。

| コメント (0)

2011年2月 8日 (火)

また会える「死」の世界

雑誌「大法輪」の今月号(2011年3月号~ここ)に、死の世界の捉え方についての記事があった。曰く・・・

また会える「死」の世界
    浄心寺住職・日本死の臨床研究会 佐藤雅彦

・・・・
日本人の「あの世」
やがて誰にも訪れる死の向こう側とは、どんな世界なのでしょう。仏さまの世界とは、いかなる世界なのでしょうか。それは、ただ別離のみに悲しく彩られた世界ではなく、大切な父母や、兄弟、愛する人らとの再会をかなえてくれる場所「あの世」があることを、日本人は、親から子へ、子から孫へと語り継ぎながら生きてきたのではないでしょうか。
誰もが耳にされたことがあるでしょう。多くの高齢者たちが死を語るときに「もうじき、お迎えをいただくのだから」と迎えに来る存在が、どんな仏なのか神なのか明確な知識をもたなくても、人間の及ばぬ大きな力を持つ存在が、寿命が尽きるときには迎えに来て、連れられてあの世に旅立っていくと考えてきたのです。それが死の世界だったのです。人々は、あの世とは、仏さまのおられる安心の世界、大切な親や家族や人々と会える世界だと信じて、その世界に行けるように、生まれられるようにと「後の世に生まれること」(後生(ごしょう))を大事に願って、仏道修行を生活と離れることなく、生きてきたのです。
それに比べて私たち、現代に生活をする人々は、なぜ死を「仏さまのおられる世界」「また会える世界」などと.容易には感じることができないのでしょうか。科学的な考え方に偏重した時代に生きる私たちは、科学的でないものを受け容れにくい生き方をしているからといえましょう。もっと簡単に言えば、目に見えないものは信じられないのです。確かに仏さまの世界から帰ってきて、報告してくれた人はおられません。目に見ることのできない世界など、あるわけがないと決めつけるのです。現代の私たち日本人は、残念なことながら、死の世界は何もない世界で、あの世など信じられないものと考え、生きている人が大多数になってしまっているのではないでしょうか。

素朴な祈りとしての「願う世界」
しかし私たち現代に生きる人々も、ご縁のある身近な誰かとの死別を経験してみると、暗黒な何もない世界としての死の中に、大切な人が葬り去られたことを想像するより、素朴にどこかあの世で生きていてほしい、私たちを見守ってほしいと、願いたくなるものではないでしょうか。その願いたくなる心こそ、大切にすべき心のはたらきなのです。
お釈迦さまの残してくださった大きな智慧の言葉に、死の後の仏さまの世界での再会を意味する言葉があります。「倶会一処(くえいっしょ)」(ひとつ処でともに会う)や「一蓮托生(いちれんたくしょう)」(同じ蓮の台(うてな)にいのちを託す)といった言葉です。ともに仏さまのもとでまた会えることを教えてくれています。そのような世界があるのならば、そこで会うことのできることを願い、その心をたもって生きてゆけたなら、死の迎え方は、おそらく違うものになることでしょう。死が失うばかりのものではなく、死によって大切な方々と再び「会う」という、得ることのできる世界が、きっと見えてくるはずです。願う心は、自ずと心を育んでくれるものです。
いつの日か、この私や愛する家族は、どのような様子の中で死を迎える日と出会うことになるのでしょう。こうして文章を読むことのできるうちや、自ら求めて仏の教えにふれることのできる時にこそ、自らの死を思い、仏さまの世界に生まれることのできるような生き方をしているか、大切なことを後回しにした生き方をしていないか、しっかりと見つめてみることは大事な仏道修行といえましょう。
そして宗派を超えて、仏さまの世界を願う生き方をしてゆくとき、死もまた、きっと「また会える」と生死を超えた信心が育まれていくものです。合掌
」(雑誌「大法輪」2011年3月号p25より)

別に自分は仏教徒でも無ければ新興宗教徒でもない。ごく普通の日本人だと思っているが、こんな文章を読むと、素直に「そうだろうな・・・」と思う。
人間が現役を離れ、いわゆるご隠居さんになってくると、死の問題が身近な話題になってくる。でも(我が家の家訓ではないが)「臭いものに蓋」・・・・。そんな縁起でもない話題は避けたい・・。
でも、ここで言われているように、元気な今だからこそ、その話題に触れられる・・・。

誰でも人生観は自由。死の後の世界についての考え方も自由だ。でも自分は、死後の世界を、何も無い暗い穴の底のような世界を想像するよりも、先に行った人が待っていてくれる明るい平和な世界、と捉える方が楽しい。そう願いたい。

こんな考え方はあらゆる所に出てくる。小説でも映画でも・・・
前に見た映画「おくりびと」(ここ)で、笹野高史扮する焼き場の担当者のセリフ「死ぬのは門をくぐること。いってらっしゃい。また会おうな・・・」を思い出した。
また映画「阿弥陀堂だより」(ここ)でも、先生の臨終の場面で、先生:「先に行くよ」、奥さん:「そんなに待たせませんから」・・・という場面があった。
こんなセリフが自分の記憶に残り、その言葉をblogに記録しているだけでも、自分はこのようなことを信じている証拠かも・・・??

ともあれ、「あの世に行ったら、先に逝った人にまた会える」と思った方が、少なくても自分の場合は心が救われる。そう思うのだが・・・。

| コメント (0)

2011年2月 7日 (月)

「デジタルラジオ、130社が名乗り 13年実用化へ」

先日の朝日新聞に、地上デジタルラジオについての記事があった(ここ)。NHKも参入するということで、先々楽しみである。曰く・・・

「デジタルラジオ 130社が名乗り 13年実用化へ NHK、投資負担も
総務省が2013年秋の実用化をめざすラジオのデジタル放送に、NHKやFM東京、TBSラジオ&コミュニケーションズなど130社が参入の意向を示していることが1日わかった。NHKが参入の意向を示したのは初めてで、設備投資費用の一部を負担する考えも示しているという。
デジタルラジオ放送は、7月24日のテレビの地上デジタル放送への完全移行後に空く周波数帯の跡地の利用策だ。ビルなどで電波が届かず都心部を中心にAM放送が聞きづらくなっていることなどから、検討が始まった。総務省は、都道府県単位や関東や関西など地域単位での放送を見込んでいる。
現在のラジオ端末ではなく、専用の受信端末が想定されている。CD並みに音質が良くなるほか、音声だけでなく映像や文字データなども流せるのが特徴。電子新聞や電子教科書、地図情報の配信などに利用が広がる可能性がある。デジタルラジオの開始後も、現在のアナログ放送は残す方針。
総務省が先月7日から参入の意向を調べたところ、1日までに、中継局などのインフラ整備を担う新会社に、NHKやFM東京、TBSラジオなど15社が出資の意向を示したという。一方、放送事業者には、NHKのほか、在京・在阪の民放や地方局のほとんどが名乗りを上げている。防災情報や道路の渋滞情報を配信するアイデアを寄せた財団法人もあるという。
総務省は各社の意向を踏まえ、3月をめどにデジタルラジオ放送の事業者選びに向けた基本指針を示す。その後、7月のテレビの地デジ完全移行後に事業者選定に入り、大都市部を皮切りにデジタル放送を始めたい考えだ。
ただ、全国でサービスを展開するための設備投資費用は700億円以上と試算されており、人口の少ない地方でもサービスにこぎ着けられるかは不透明だ。広告収入が落ち込むラジオ局にとって、打開策になると期待を集める一方、端末の普及も課題で、採算が取れる事業に育つかどうか不安視する向きもある。(岡林佐和)」(
2011年2月2日付「朝日新聞」p7より)

地上デジタルラジオは実に楽しみなメディア。何せ、AM放送はあまりに音質が悪い。東京と大阪では、NHK以外の局はNetでサイマル放送として流されてはいる。それはそれで良いのだが、自分の感心はNHKである。これしか聴かないので・・・
単純な話、NHKの第1放送と第2放送がそのまま放送されることを期待している。つまり単純に今のラジオ第1放送と第2放送の音質改善が期待値。

Netで調べてみると、日本のラジオのデジタル化は紆余曲折、良く分からない。WIKIにも「地上デジタル音声放送」の項目は「終焉、そしてマルチメディア放送への転換」という言葉で終わっている。
そして「デジタルラジオ推進協会」のホームページ(ここ)には、「2011年7月24日、地上アナログテレビの停波(終了)以降、環境が整備され次第、新たなマルチメディア放送がスタートする予定です。このうち「地方ブロック向けマルチメディア放送」と呼ばれる、この新たな放送は、予定では全国を7つ程度にブロック分けし、地域ごとに行われることが想定されています。また、そのほかにこの帯域で新型コミュニティ放送も行われる予定です。」とある。

先の新聞記事が、このマルチメディア放送を差しているのかどうかは分からない。(調べているウチに、いやになって放り出してしまった・・・)

自分が期待しているデジタルラジオは、単に「音質」の向上。世の中のマルチメディアの流れとは多分違う・・・。

そもそも「音」はアナログ信号。CDでさえ、そのアナログ信号をサンプリング周波数44.1kHzの16bitに“ぶった切って”記録している。だから元々のアナログ信号とは違う。要は聴く人の認識の問題。良い音と思って聴くと良い音に聞こえるし、悪いと思って聴くと悪く聞こえる。
現在は、標準の音がCDになっているので、44.1kHz/16bitを標準と考えると、圧縮方式の標準のMP3は、情報量がその1/10。それでも何とか(誤魔化しているので)聴けるが、当然音質の低下はある。デジタルテレビの方式も圧縮が掛かっているので原理的には当然悪くなる。(アナログBSのBモードは、48kHz/16bitリニアPCM×2chなので唯一CDを凌駕している)
でも“普通の人”は気にはならない。でも自分のような“ある人種”は、いったん気になり出すと気になるもの・・・。そもそも気にする次元が違うが・・・

そこで考えてしまう・・・。音(ラジオ)のデジタル化は、圧縮が前提であり、アナログBSのような(圧縮をしない)PCM放送が期待できないとすると、音質的には今後スタートするデジタルラジオよりも、強い電波でのFM放送の方が、むしろピュアで良い音なのでは??

そもそもFM放送の放送局の内部は、どんな信号でやりとりをしているのだろう? 局の内部もデジタル化? 送信所に送っている信号もデジタル化? とすると、どんな信号で送っているのだろう?

WIKIによると「現在NHKのFM放送の収録済番組は一部の例外を除き、全てDATのメディアを使って送出が行われている」とあるので、CDよりは同等または上。
全国の回線は「12ビット3折線量子化、サンプリング周波数32kHzというものだった。その後、光ファイバー等のデジタル伝送技術が進み、量子化ビット数は16ビット直線になった。」とある。これはCSデジタルラジオのミュージックバードと同じ。15KHz帯域のFM放送としてはナイキスト周波数的にも必要かつ充分。
とにかく加工していないのが良い。
何度も書いているが、自分の価値観では、良い音なんていうものは、単純に聞き比べた位では分からない。家に帰って、また聴きたいな・・・とスイッチを入れるかどうか?スイッチを入れるのが楽しみになるかどうか・・・だ。(これは自分の思い込みだが・・・)
無限大のジャンルの音を最高の音質で流し続けるNHKのFM放送。その放送をL-02Tから直接イヤホンアンプだけを通して聴く“無加工の音”の素晴らしさ・・・。いつも部屋に入るなりついスイッチを入れてしまうこの音は、デジタルだ何だと、ガチャガチャ加工した音よりも、自分はよっぽど好き・・。デジタルラジオがスタートしても、今の無加工のFM放送の方がやはり良いような気がするな・・・。(何のことはない。またL-02Tの宣伝か・・・)

(関連記事)
FM放送の音質はかなり良い

| コメント (1)

2011年2月 6日 (日)

「引きこもり留学」で英語の先生になった菊池健彦さん

今朝の朝日新聞に、何ともショッキング(?)な囲み記事があった。曰く・・・

ひと~「引きこもり留学」で英語の先生になった 菊池健彦さん(51)
営業のノルマを果たせず、34歳で会社を辞めた。6畳1間のアパートにひきこもる。そのうち何もしないことに疲れ果てた。英会話の入門書を買い、英語の勉強を始める。名づけて「ひきこもり留学」。
Image05822 なにしろ時間はたっぷりある。英語の雑誌を1日1ページ読み、わからない単語を覚える。それを毎日繰り返す。聞き取りは海外ドラマを録画して何度も再生する。電子辞書のカバーは手作り。お金をかけずに工夫するのが楽しい。単語を覚えている間は将来の不安から解放された。
誰とも話さずに一日は終わる。外出先はスーパーと本屋。食費は1日500円と決め、夕方の安売りをねらう。レジの女性から笑顔で「またお越し下さい」と言われても、「ありがとう」とこたえる勇気がない。ただうなずくだけ。これが社会との唯一のつながりだった。
7年後、貯金が底をついて、重い腰をあげた。英語講師に必要だという試験を受けに行ったら「あまりにも簡単だった」。
教える立場になり、企業に派遣されたり、幼児を相手にしたり。「何歳だって生きている限り勉強できる。忘れたら、また覚えればいい」
難しい母音の発音も「般若の顔でア」と言えばネ-ティブに近づく。独特の勉強法は「最強英語術」という本になった。英語のコミュニケーション能力を評価するTOEICで満点はこれまで24回。海外にはまだ行ったことがない。」(
2011/02/06付「朝日新聞」p2より)

社会から逃避したにも拘わらず、最高の能力を磨いてカムバック。何とも見事と言うしかない。
この新聞からの情報だけでは物足りないので、Netで調べてみた。すると、どうもこのような経緯らしい。

菊池健彦氏は“イングリッシュ・モンスター”とか“TOEICスペシャリスト”とかいわれ、その世界ではかなり有名な方らしい。1959年生まれで、北海道大学文学部を卒業後、洋書専門店の営業マンになるが、厳しいノルマが達成できず、精神的に追い詰められて34歳で退社。そこから引きこもり生活が始まったという。その1年後から、上記のように1日12時間の英語の勉強を始め、貯金を使い果たす41歳まで、7年間の引きこもり生活。上記で言う英語の雑誌は、TIME/Newsweek/Economist等だという。そして、試しに受けたTOEICで、いきなり990点満点の970点を取る。その後、英語教師になって現在に至る。

この事実は、今までの常識を翻す、なかなか面白い話・・。生きた英語(=TOEIC?)は、日本人の世界に閉じこもっていてはダメで、海外に行って、実際に使わないとうまくならない。少なくても自分はそう思ってきた。しかし、一人で部屋に閉じこもって勉強しても、生きた英語(TOEIC)が身に付くという事実。これは新鮮である。

海外旅行に行くと、現地のガイドさんがたくみな日本語で案内してくれる。しかし、日本に来たことのある人は皆無に等しい。何よりも日本に来るお金がない。ひたすら地元の大学で日本語を勉強した後は、自国に来る日本人観光客を相手に、日本語の会話の経験を積み上げるだけ・・・。だから自分は、少なくてもその言葉が母国語の人との会話の経験は最低限必要だろう・・・、と思っていたが、その常識をも打ち破った。

人間の能力は、なかなか評価が難しい。だから各種資格取得へのチャレンジが盛んだ。色々ある国家資格に、就職のために皆がチャレンジするのも、自分の能力を公的に評価してくれる手段が資格くらいしか無いから・・・。
その点、氏はたまたまTOEICという有名な資格試験でその能力を認めさせることが出来た。これはラッキーなこと。もしかしたら、自分の勉強方法がTOEICに向いていなかった可能性もあったはず・・・。
しかし24回の満点とは・・。少なくても誰もが目指す“TOEICの世界”では完璧なのだろう。

さて、我々のような現役リタイアが近いサラリ-マンにとって、この“人の評価”は避けたいアイテムだ。今更人間の評価もされたくないし、例え良い評価が得られても、今更利用価値がない・・?
アナログが一番。“あの人は何点なので**”とか、“あの人は**の資格を持っているので優秀だ”ナンテいう評価はもうたくさん。“あの人は何となく**”というのが一番。

日本の会社でも、試験で昇進を決める会社は多い。その点、自分の居た会社は“何となく”で人事が動いた。でもかなりの部分、それらは正解であった。(もちろん“人事は好き嫌い”だが、長い目で見ると“正解に収束”する・・・)
人間、そうそう点数で評価出来るものではないが、この話は、少なくても色々な人に勇気を与えてくれる話だ。(←実に、何の資格も点数も持っていない自分が、今回は言い訳のために書いた記事のような気がして、落ち込むな~・・・)

| コメント (2)

2011年2月 5日 (土)

「座右の銘にしたい四字熟語」ベスト10

今日は日本語の勉強(?)である・・・。
今朝の朝日新聞に「座右の銘にしたい四字熟語」というアンケート結果が載っていた。曰く・・・
「たった漢字4文字で森羅万象を表す四字熟語。表意文字である漢字の面目躍如といったところです。座右の銘にしたい四字熟語を聞いてみると、大事なのは人との絆、平穏な家庭、そして努力に真心。4文字を通じて、「いい人」日本人の姿が浮かび上がります。・・」

この記事にはベスト40が載っていたが、大きな声では言えないが、実は日本人を63年もやっている自分が、使ったことがない熟語が3つもあった。まあこれを機会に覚えておこうかと、下の表に、広辞苑で調べた意味を書いた・・・。
おっと、そこで気が付いた。それでは自分の無知を天下にさらすことになってしまう。それで全部の意味も書いて、自分の無知をカモフラージュすることにした。(広辞苑に載っていない本来の熟語の意味は、下の写真を参考に・・)(写真はクリックで拡大)

<「座右の銘にしたい四字熟語」ベスト30>
一期一会(1166)
【いちご‐いちえ】(茶会の心得から。利休の弟子宗二(1544~1590)の「山上宗二記」に「一期に一度の会」と見える)生涯にただ1度まみえること。一生に一度限りであること。
七転八起(609)
【しちてん‐はっき】いくたび失敗しても屈せず、起ち上がって奮闘すること。ななころびやおき。
温故知新(600)
【おんこ‐ちしん】[論語為政「温故而知新、可以為師矣」](古い事柄も新しい物事もよく知っていて初めて人の師となるにふさわしい意) 昔の物事を研究し吟味して、そこから新しい知識や見解を得ること。古きをたずねて新しきを知る。
一所懸命(539)
【いっしょ‐けんめい】 賜った1ヵ所の領地を生命にかけて生活の頼みとすること。また、その領地。太平記33「―の地を没収せらる」 物事を命がけですること。必死。一生懸命。「試験を控えて―に勉強する」
質実剛健(509)
【しつ‐じつ】飾りけなくまじめなこと。「―な気風」「―剛健」【ごう‐けん】たくましくすこやかなこと。強くしっかりしていること。「―な気風」「質実―」
誠心誠意(472)
【せい‐しん】いつわりのない心。まごころ。「―誠意」【せい‐い】私欲を離れ、曲ったところのない心で物事に対する気持。まごころ。「―を尽くす」「―に欠ける」「誠心―」
晴耕雨読(450)
【せいこう‐うどく】晴れた日は外に出て耕し、雨の日は家にいて書を読むこと。田園に閑居する自適の生活にいう。
家内安全(429)
【か‐ない】 一家の内。また、家族。「―安全」
不言実行(429)
【ふげん‐じっこう行】あれこれ言わず、黙って(善いと信ずるところを)実行すること。
有言実行(415)
泰然自若(413)
【たいぜん‐じじゃく】ゆったりと落ち着いて平常と変らないさま。
家庭円満(403)
【か‐てい】[高允、徴士頌]夫婦・親子など家族が一緒に生活する集まり。また、家族が生活する所。
大器晩成(390)
【たいき‐ばんせい】[老子第四十一章「大方無隅、大器晩成」]鐘や鼎かなえのような大きな器は簡単にはできあがらない。人も、大人物は才能の表れるのはおそいが、徐々に大成するものである。
初志貫徹(356)
【しょ‐し】初めに思いたった志望。もとからのこころざし。初心。素志。初一念。「―貫徹」【かん‐てつ】貫きとおすこと。貫きとおること。「要求を―する」「初志―」
切磋琢磨(337)
【せっさ‐たくま】[詩経衛風、淇澳「如切如磋如琢如磨」]玉・石などを切りみがくように、道徳・学問に勉め励んでやまないこと。また、仲間どうし互いに励まし合って学徳をみがくこと。
公明正大(331)
【こうめい‐せいだい】心が公明で少しも私心のないこと。
質素倹約(326)
【しっ‐そ】 かざらないこと。質朴なこと。 おごらず、つつましいこと。倹約なこと。「―な生活」」
悠々自適(305)
【ゆうゆう‐じてき】俗世を離れ、自分の欲するままに心静かに生活すること。「―の生活」
日進月歩(281)
【にっしん‐げっぽ】日に月に間断なく急速に進歩すること。
品行方正(280)
【ひんこう‐ほうせい】品行が正しくきちんとしているさま。
21)平穏無事(278)
【へい‐おん】変ったことも起らず、おだやかなこと。「―な世の中」「―無事」
22)諸行無常(275)
【しょぎょう‐むじょう】仏教の根本思想で、三法印の一。万物は常に変化して少しの間もとどまらないということ。また、雪山偈せつせんげの初句。
23)天真爛漫(261)
【てんしん‐らんまん】偽り飾らず、心に思うままが言動にあらわれること。無邪気なさま。
24)一家団欒(254)
【いっか‐だんらん】一家族が集まってなごみ楽しむこと。
25)真実一路(252)
【しん‐じつ】(シンジチとも) うそいつわりでない、本当のこと。まこと。「―を語る」 (副詞的に)ほんとうに。全く。「―驚いた」 〔仏〕仮かりでないこと。究極のもの。絶対の真理。真如。
26)威風堂々
【い‐ふう】威光・威厳のある様子。「―あたりを払う」「―堂々」
27)正々堂々
【せいせい‐どうどう】 軍陣などの勢いの盛んなさま。「―たる行進」 卑怯な手段を用いず、態度が立派なさま。「―と表から入る」
28)和気藹々
【わき‐あいあい】なごやかな気分がみちみちているさま。「―と話し合う」
29)自主独立
【じ‐しゅ】他人の保護や干渉を受けず、独立して行うこと。「―性」「―独立」
30)全力投球
【ぜん‐りょく】あらんかぎりの力。「―を尽す」「―投球」
31)文武両道
【ぶん‐ぶ】(古くはブンプとも)文と武。文学と武道。平家物語7「あつぱれ―二道の達者かな」。日葡辞書「ブンプニタウ(二道)ノヒト」。「―両道」
32)柔和温順
【にゅう‐わ】性質・態度がやさしくおとなしいこと。「―な目」【おん‐じゅん】おだやかですなおなこと。おとなしくて人にさからわないこと。温柔。「―な性格」
33)臥薪嘗胆
【がしん‐しょうたん】(春秋時代、呉王夫差ふさが越王勾践こうせんを討って父の仇を報じようと志し、常に薪の中に臥して身を苦しめ、また、勾践が呉を討って会稽かいけいの恥をすすごうと期し、にがい胆を時々なめて報復を忘れまいとした故事から) 仇をはらそうと長い間苦心・苦労を重ねること。転じて、将来の成功を期して長い間辛苦艱難すること。
34)栄枯盛衰
【えい‐こ】(草木の繁ることと枯れることの意から)栄えることと衰えること。「―盛衰」
35)公平無私
【こうへい‐むし】公平で私的な感情をまじえないこと。「―の態度で臨む」
36)独立自尊
【どくりつ‐じそん】独立して世に処し、自己の人格と威厳を保つこと。【じ‐そん】 自ら尊大にかまえること。うぬぼれること。 自重して自ら自分の品位を保つこと。「独立―」
37)温厚篤実
【おん‐こう】おだやかで情に厚いこと。「―篤実」「―な人柄」【とく‐じつ】 人情にあつく誠実なこと。「―な人柄」
38)清廉潔白
【せい‐れん】心が清くて私欲のないこと。廉潔。「―の士」「―潔白」
39)虚心坦懐
【きょしん‐たんかい】心に何のわだかまりもなく、さっぱりして平らな心。また、そうした心で物事に臨むさま。虚心平気。
40)一心不乱
【いっしん‐ふらん】一つの事に心を注いで他の事のために乱れないこと。曾我物語12「―に念仏す」。「―に仕事をする」

(2011/02/05付「朝日新聞」b2より)

Image05811 これらの言葉を見て、四字熟語とは思っていなかった文字が多いこと・・・。また、広辞苑で四字熟語として出て来ないものも多い(上記で、四字熟語としての読み仮名が無いもの)。これはどうしてだろう?広辞苑は四字熟語と認めていない??いや、「質実剛健」など良く使う・・・・。まあ広辞苑は熟語辞典では無いので仕方がないな・・・。
しかしまったく引っかからない「有言実行」は、どうも歴史が浅いように思える。元々の熟語ではなく、不言実行に対する創作語では??

そう言えば、自分の好きなコンテストに「創作四字熟語」がある(ここ)。これらが面白いのも本来の意味を知っているから・・・

この40の中で、自分の好きな熟語?? まあ「悠々自適」かな・・・
嫌いな熟語?? 当然「質素倹約」でしょう・・・!?

(関連記事)
天声人語と「創作四字熟語」
住友生命の20周年記念「創作四字熟語」
「創作四字熟語」=「天声人語」の筆力?に感心・・・

| コメント (1)

2011年2月 3日 (木)

「国際的リーダー層の供給装置」

先日の日経新聞のコラム「大機小機」に、留学生についての記事があった。曰く・・

国際的リーダー層の供給装置
日本人留学生の減少を懸念する声が多い。若者の覇気不足のせいにされているが、彼らにとってはリスクとリターンを計算した合理的な行動なのだ。むしろ海外雄飛にインセンティブを与えられない社会の仕組みに問題がある。
明治時代のリーダーは意外なほど海外で研さんを積んでいる。資金と時間を投資するだけのリターンが期待できたからだろう。財界の重鎮・池田成彬、岩崎小弥太はハーバードやケンブリッジを卒業している。党人政治家・星亨はロンドンで国際弁護士の資格まで取った。野口英世、新渡戸稲造の夫人は外国人だから、さらに本格的だ。
敗戦後には、米国へ行けば大きなチャンスをつかめそうだったから、多くの俊秀がフルブライト留学生に応募した。1970~80年代にビジネススクールへの留学生が増えたのは、補助金や雇用保証が付いている企業派遣の留学生が多かったからだ。
一方、日本では早くから「人材の国産化」が始まっている。明治時代にはすべての分野で先進的学問を欧米から輸入していたが、大隈重信は「何としても『学問の独立』が肝要だが、それにはわが国語をもっていかなる幽玄深奥の学理をも究め行くようにせねばならぬ」と考えた。早稲田大学の校歌にある「学の独立」の第一の意義は、母国語で高等教育を行いたいとの願望だったようだ。
必死のキャッチアップの努力の結果、日本はモノづくりでは世界一の水準を達成した。ヒトづくりでも、日本で教育を受けた日本人が日本語で日本人を教える自給自足体制ができあがった。高等教育の教材も一応日本語でそろっているから、外国語上達の必要に迫られない。医者も弁護士も政治家も官僚も経営者も、こうして養成されてきた。それはそれで大成功だった。
ところが、そのうちリーダー志願者は外国語での知的訓練で楽をする分、周りに仲間を集めることに精魂を傾け、おみこしに乗る形で日本社会のボスとなった。しかし、何でも自給自足で済ませられるようになった結果、日本社会は世界の中で最も閉鎖的になっている。
特にリーダー層の生い立ちが国産・自前で完結するのは、これからのグローバルな競争では致命的な弱点になる。世界に向けて自国・自社の立場を自ら主張できる政治家や企業経営者を供給する仕組みが喫緊の課題だ。(パピ)」(
2011年1月29日付「日経新聞」「大機小機」より)

日本で、平均以上の良い生活をしたいと思う人は、官僚や一流企業のサラリーマンなどを目指す場合が多い。しかしその道への入り口は、結果として国内の一流大学にしか門戸は開かれていない。つまり、乞われている人材(試験科目)が、国内の一流大学出身者(用)なのだ。

およそ人材ほど、優劣の評価が難しいものはない。同じ人間でも、ある分野の人が評価すると優秀でも、別の分野の人が評価すると劣等生になる。だから人間は、自分を高く評価してくれる所を目指す。就活がまさにそれに対する活動だ。

しかし、ちょっと空想してみよう。例えば高校生の自分の息子の出来が良かったとする。本音は、これからのグローバル時代、できれば米国へ留学させたいと思う。しかし最終的に日本の一流企業に入れようとすると、日本の一流大学に入る必要がある。よって貴重な高校生時代の時間を、留学などでつぶすわけにはいかない。そんなヒマがあったらとにかく受験勉強させるだろう。その勉強が世の中で、今後活きるかどうかなどお構いなく・・
それが日本の現実・・・。日本では、留学してグローバルな人間に育っても、それが組織・日本の先端にはなり得ない・・・。まさに「人材の(閉鎖的)国産化」はその通り。

先日の新聞に富士通の「一芸採用」についての記事があった(ここ)。適性検査なし、志望動機も問わず、おとなしい学生は採りません、という一芸採用。

こんなことが未だに新聞記事になる。それが日本の現状を露呈している。全ては推して知るべし・・。
110203nikkei 今朝の日経新聞にも「ユニクロ、新卒8割外国人 来年1050人、海外展開に対応 本社の管理職登用に道」(2011/02/03付「日経新聞」p9より)という記事があった。
日本企業のグローバル化は、まだこんな段階・・・。日本はオタクの国なのだろう・・・。
おっと、先日の記事ではないが、物事は明るく前向きに捉えるんだっけ・・!?(ここ

| コメント (0)

2011年2月 2日 (水)

「没後80周年 金子みすゞ展」に行く

日本橋三越で開催中(2011年2月2日~14日)の「没後80周年 金子みすゞ展」(ここ)に行ってきた。
Image05781 自分が金子みすゞを知ったのは、NHKラジオ深夜便「こころの時代」で「魚と小鳥と神様と〜金子みすゞのまなざし 児童文学者 矢崎節夫」(2008/9/3~4放送)を聞いたとき。その時、当サイトにも書いた(ここ)。自分が知ったのは最近だが、金子みすゞは非常に有名で、周りの誰もが知っていた。何せ、小学校の教科書にも載っている有名人だそうだ・・・。(写真はクリックで拡大)

その展覧会が東京であるというので、今日、カミさんと行ってみた。
久しぶりの三越。入場券を買いに行ったカミさんが、買わないまま入れるImage05791 という。三越・伊勢丹カードを持っていると、2人まで無料という。ラッキー!二人で1600円助かった。
入り口で、音声ガイド500円があったが、金子みすゞの事はだいたい分かっているので借りなかった。展示は、ほとんどがパネルによる生い立ちの説明。現物は非常に少ない。それはそうだ・・・。残したものは3冊のノートだけであり、そこに書かれている「詩」なので・・・。でも貴重な写真の現物、形見の着物、そして3冊のノートが展示されていた。もちろんノートの中身は見えない。今まで公開された写真で中の詩を想像するのみ。

P10900651 P10900671 P10900732

後半の展示は、63人の著名人によるメッセージ。圧巻だったのが、金子みすゞの「大漁」の詩と共に展示されていた画家・中島潔のいわしの絵。その繊細なこと・・・・。
110202tairyo 中島潔も、自分はNHKのヒューマンドキュメンタリー「風の画家“いのち”を描く」 (2010年12月23日放送ここ)で知った。5月にも同じような番組が「クローズアップ現代」で放送されたらしい(ここ~番組の一部が見られる)。もちろん、彼の絵は良く見かける。しかし清水寺に奉納されたいわしのふすま絵と同じような絵が。こんな所で見られるとは・・・。素晴らしい・・。

主催者の毎日新聞の昨日(2月1日)の記事が展示(上の写真)してあった。ここに展示内容が詳しい。(PDFはここ
平日だった事もあり、観客は初老のご婦人方が多い。中にはちゃんちゃんこのおじいさんも・・。

26歳での他界はいかにも早い。そして歴史の波に呑まれ、消え去ろうとしていた片田舎の無名の詩人。その純な詩をこうして今、我々が目にすることが出来るのも、発掘された矢崎さんという方の努力、執念があったから・・・。
無機質な現代社会で、金子みすゞのあたたかい詩が見直されているのも、皆がそれを渇望しているから・・・。こんな詩に接して、心の洗濯をするのもまた楽しいよね。

(関連記事)
純白なこころ・・・「金子みすゞ」の世界

| コメント (0)

2011年2月 1日 (火)

「今こそ日本の良さに目を」

今日は2月1日。何でも始まりは良いもの。
しかしどうも世の中、明るくない。エジプトのデモとか、北陸道で雪のために車が立ち往生したとか、九州の新燃岳が噴火したとか・・・。まあ良い話はサッカーアジア杯で優勝したこと位かな・・・
先日の日経新聞に、発想の転換の話が載っていて、ヘエーと思った。曰く・・・

VIEW POINT~今こそ日本の良さに目を
    ピムコ・ジャパン社長 高野真
日本はどうしてしまったのだろうか。内政、外交、財政、経済どれも行き詰まり、高齢者は残り少ない人生に希望を持てず、働き盛りの中年層は老後を案じ、青年は労働意欲を、学生は就職機会を失い、そして子供たちはもはや夢さえ持てなくなっているように感じる。
確かに中国の台頭は目覚ましいが、なお日本は中国と並んで米国に次ぐ経済大国である。官民を合わせた研究開発費では世界第1位を維持し、特許取得件数では断トツの首位という技術大国でもある。一方で財政問題が取りざたされているが、日本は19年連続で世界一の270兆円弱という膨大な対外純資産を持つ債権大国でさえある。
さらに言えば、日本の領土は確かに小さく世界第61位にすぎないが、地下資源を豊富に持つ排他的経済水域ではカナダに次いで世界第6位と海洋立国の側面も持つ。
このほか、世界一の識字率や治安など挙げればきりがない。こういった素晴らしい側面を中国の10分の1、米国の4割程度しか人口を持たないわが国が保持していることにもっと目を向けるべきである。
昨年の英国放送協会(BBC)と読売新聞社の共同調査で、日本は「世界に良い影響を与えている国」の世界第2位という。こういう日本に、また日本人であることに誇りを持つべきではないか。日本は決して沈没船ではない。今こそ日本の良さを伸ばす取り組みが必要である。」(
2011/01/31付「日経新聞」p17より)

“事実”は一つでも、“真実”はたくさんある。つまり切り口(視点)によって、同じ現象でも、それから出てくる結論は違う。物事にはプラスの面と一緒にマイナスの面もある。いわゆる「光と影」である。(まあこれらは、真実というより認識と言った方が良いのかも知れないが・・・)
だから日本の現状も、否定的に見ると幾らでも心配事が出てくる。逆に、楽観的な視点から見ると、日本はまだまだ捨てたものではない、という話にも・・・

我々“シルバー族”ともなると、トシと共に体のあちこちにガタが出て来て、健康上、色々な心配事が出てくる。腰が痛い、足が痛い、に始まって、胃の調子が悪い、肩こりが・・・・。(実は一昨日(1/30)夜から2日間、またミニぎっくり腰に!)
それらの“どうしようもない事象”を、自身でどう捉えるか・・・。

プラシーボ(擬似薬)効果という言葉は有名だが、効くと思って飲む薬は、免疫に作用して良く効く。反対に、効果を疑って飲む薬は、(神さまの反感を買って?)効かない。
要は“心の持ちよう”の話だが、個人の考え方は、なかなか“意志”では乗り越えられない。生来(せいらい)の「ネアカ」や「ネクラ」は変えようが無く、どうしようもない。
自分は、本来はネクラ。だいたい人間が出来ていなくて、心も弱いので、もし病気になったら益々ネクラになること疑いなし・・。(自分だけでなく、家族のがんの告知にでも遭遇したら、その場で多分“ショック死”・・!)

でもそう言ってしまったら話はオシマイ・・・。よって、先の記事ではないが、これからトシと共に起きるであろうネクラの話を、何とかウソでも“ネアカの視点”で捉えられるように、訓練でもしようか・・・
差し当たっては、何に対しても悪いことは言わないで、良い点だけを言おう。(←ナーンテ、たぶん明日には忘れると思うけど・・・・)

| コメント (0)

« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »