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2010年12月23日 (木)

「神様と名字の雑学」

先日(これ)に続いて“しょうもない”話。雑誌「大法輪」の今月号(2011年1月号)に、日本人の名字(苗字)についての記事があった。曰く・・・

神様と名字の雑学  戸矢 学
日本人の名字は、ほぼすべてがいずれかの神社に所縁(ゆかり)がある。その神社、あるいは祀られている祭神を「氏神」という。文字通り「氏」の神、という訳である。
また多くの場合、氏神は所縁の名字を名乗る一族、つまり「氏族」の祖先神である。そして、氏神にはそれぞれ独自の伝承があって、それが同じ名字を持つ人の「由来」や「伝承」になっている。
日本人の名字を代表する「源平藤橘(げんぺいとうきつ)」は、いわば氏姓の源流だ。多くの名字が、これら四姓のいずれかの流れを汲むとされている。
源氏の氏神は鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)。祭神は応神天皇・・・・。平氏の氏神は厳島神社(広島県宮島町)。祭神は・・・。藤原氏の氏神は春日大社。祭神は・・・。橘氏(たちばなし)の氏神は梅宮(うめみや)大社(京都市)。祭神は・・・。
なかでも藤原氏は、とくに多くの新しい名字を派生した。最も人口の多い佐藤氏も同族だ。佐野の藤原で佐藤となる。伊藤氏は伊勢の藤原、斎藤氏は斎宮(さいぐう)長官の藤原、加藤氏は加賀の藤原、近藤氏は近江の藤原等々。こうして新たに派生した名字は、古来の名字が「訓読み」であるのに対して「音読み」である。
しかしいずれの○藤氏も、藤原の流れである以上、大元の氏神は春日大社である。そしてその宮司は代々藤原氏一族が務める。
人口の多い名字と氏神をもう少し紹介しよう。高橋氏は、高家(たかべ)神社(千葉県南房総市)。祭神は・・・。渡辺氏は、坐摩(いかすり)神社・・・、山本氏は、新田神社(新田八幡宮)・・・。小林氏は、諏訪大社・・・・、斎藤氏は、菅生石部(すごういそべ)神社・・・、佐々木氏は、沙沙貴(ささき)神社(滋賀県近江八幡市)・・・、阿部氏は、阿部王子神社(大阪市阿倍野区)・・・、藤田氏は、宗像(むなかた)神社(埼玉県寄居町藤田)・・・・。
当然ながら、氏神社の所在地は、先祖代々の故地でもある。
「氏神」という言葉は、近年ではすっかり馴染みが薄くなってしまったが、その同じ名字を持つ人たちに共通の祖先神、あるいは守護神ということになる。・・・・
ところで日本は、世界でも珍しい「苗字の種類が多い国」で、約30万通りもある。
隣の韓国は、ほとんどが金、李、朴のいずれかで、少数苗字全部合わせても250ほどしかない。中国でも約3500、ヨーロッパ全体で約5万(うち3万はフィンランド)だから、日本の特殊性がわかるだろう。総数12万社を超える全国の神社は、30万に及ぶいずれかの氏族によって氏神として祀られることから始まっている。
なお、初詣などでお参りするのは、とかく近隣の最も大きな神社に集中するが、氏神にお参りするのが初詣のありかただ。昔から日本人は氏神に1年の報告・御礼をして、また新たな1年の守護をお願いする、というのが暮らしの基本である。今年からは、ぜひあなたの氏神にお参りしていただきたい。」(雑誌「大法輪」2011年1月号p109より)

これもまさに雑学。でもなかなか面白い。それに、日本が“世界に冠たる苗字王国”とは・・・。確かに苗字は多い。でも苗字の種類が多いということは、人の区別がしやすいということ。これは便利・・・
それと、同じ苗字の祖先は同じ?・・とするとこれも面白い。“同じ苗字の**さんとは、祖先のどこかでつながっている・・!?”と思うと楽しい。
この記事に影響されて、「自分の苗字の氏神は?」とNetで検索してみた。結果、どうもウチは“清和源氏が祖”らしい。ホホホ・・。
でも本当に調べると奥が深い・・・・。亡くなった親父からは、ウチは「愛知県の岡崎の武士の出」ということは聞いていたが・・・。
それに岡崎城は徳川家康が生まれたところであり、“ご先祖さまは家康の家臣だったかな?”ナンテ想像すると、これも楽しい・・・・。

これからどんどん核家族化が進む。親父が存命中「オレが死んだら家系の(祖先)ことは誰からも聞けなくなるぞ。聞くなら今だ」と言われ、親父の記憶を頼りに家系図を作った事があった。確かにそれらは親父の頭の中にしかなく、その時に書いた家系図は、今となっては当家の貴重な資料となっている・・?
話は飛ぶが、先日の新聞に「家系図を書いた人が、行政書士法違反で逮捕され、有罪判決の後、最高裁で12月20日に逆転無罪の判決があった」との記事(ここ)があり、ビックリ・・・。
ここまで行政書士の利権がはびこるのかと・・・。おちおち自分の家の家系図も書けない??

おっとっと、話がずれた・・・
子供の名前は、親がいくらでも付けられるが、苗字は(結婚しない限り)選べない。せっかく縁があった苗字。それを少し大事にして、自分の名の由来を調べることも、シルバー世代の時間潰しには格好のテーマかもね・・・。


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コメント

エムズ様へ
私の母方のご先祖様は、井伊家の家来だったようで、奇しくもエムズ様のご先祖と同じく徳川方でしたが、三方ヶ原の戦いの後、落人となり山村の庄屋になったそうです。もうすこし頑張れば出世できたのに!残念!

【エムズの片割れより】
そこまで分かっているとは、たいしたもの・・・・。
しかし、「無縁社会」ではありませんが、都会の生活とは遠い世界の話題ですね。

投稿: wolfy | 2010年12月24日 (金) 14:27

15年も昔。奇病にかかったことがあった。
「山沢」姓の患者が来院した。「苗字から、ご先祖様の生活環境が偲ばれて、よい名前ですね・・・」と会話したことから始まった。
以来「沢」の付く苗字が気になりだした。散歩に出ては表札が気になりだし、玄関を覗きだした。「沢」の付く苗字に巡り合うと、なぜかほっとするのである。
いろいろな沢があり、手元にある分厚い同窓会名簿を五冊もめくり「沢」を探し出していた。私の苗字は「沢」には無縁であるにも拘らず、他家の苗字が気になりだしたのである。
これは奇病だと気が付いたときには、三ヶ月ほどで既に500種程の「沢」の付く苗字が収集されていた。
この奇病から脱却するために、「人名 沢 巡り」なるタイトルで整理してホームページにUPしたことがあった。HPは恐ろしいもので、全国からこんな奇妙な「沢」もありますとの連絡が後を絶たないのである。
奇病からの脱出、終止符を打つつもりが、連絡を受けるとほって置く訳にも行かず、暫くは付き合った経験がある。
その時、日本の苗字の多さに驚嘆した。それに比して漢字圏の国の苗字の少なさに文化の違いを実感した。
苗字の多さが個人識別に大変有利であること。日本人の名簿作成では字数が揃いやすく整然とした表が出来ることが大変有利であること。
それに比べ、欧米の同窓会名簿は大変だな・・・と同情した次第である。
奇病からは半年ほどで脱却したが、「沢」を持つ人に逢うとこの話から忘れない人になる。

【エムズの片割れより】
なるほど・・・。それは奇病だ・・・!?
当方は、先日まで散歩で家の屋根に付くアンテナが気になる奇病に見舞われ、最近は、電柱の碍子が気になる奇病に見舞われています。
まあそれだけヒマな証拠? 何かに拘ると、直ぐ奇病に捕まりますよね。

投稿: 田中久雄(柳風) | 2010年12月26日 (日) 19:20

田中久雄(柳風)さまの奇病の話、興味深く読ませていただきました。
エムズさまの文章同様、文章力も凄いですね。楽しませてもらいました。

話の意味合いは違いますが、私は、つい2.3ヶ月前の名字(苗字)にまつわる失敗談を!
当地で一番多い苗字は、「鈴木」さんと言うものです。小中高の学生の頃は、どのクラスにも「鈴木」さんが5~7人位いました。
ところで2.3ヶ月前のこと、電話が鳴ったので出たら「スズキ○○の家内です。・・・ご主人いらっしゃいますか?・・・」と、夫の同級生の奥様からのようでした。夫は仕事先なので、お急ぎなら直接に電話してくださいと番号を伝えました。
(夫は同窓会の世話をよくやっていたので、私もだいたい皆さんの名前は把握していたつもりでしたが、その時咄嗟のことで、私の頭の中には「鈴木○○」さん?としか浮かばず、そんな方いらしたかな?とも思いました。そのせいか、「すごく素気無い応対だったよ」と、たまたま横にいた娘から言われてしまいました。ガクッ!!)
しかしながら、その後その方から夫への電話はなかったようでした。(電話はなくても夫にはその方の用件は察しがついたようだったので、ホッとしたのですが・・・。)
その後分かったことは、「鈴木○○」さんでなく、魚偏の「鱸○○」さんだったということでした。
「鱸」さんと「鈴木」さんは、同じ「スズキ」という読みでも、当地方では分かり易いようにイントネーションを変えて呼び分けているのが通例のようですが、あの電話の時私には「鈴木」さんの方のイントネーションにしか聞こえなかったという印象でした。
「この地方以外の所では、『鱸』『鈴木』どちらの『スズキ』も同じイントネーションを使うだろう。『鱸』という苗字は、とても少ないから無理もない。」と夫は言ってくれました。

同じ音で異字の苗字は世の中に沢山ありますが、今回は私の勝手な思い込みで、希な「鱸」さんを「鈴木」さんと思い込んでしまった同音異字の苗字での失敗談でした。失礼しました。

投稿: ジャン | 2010年12月27日 (月) 23:22

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