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2010年12月の25件の記事

2010年12月31日 (金)

手仕事屋きち兵衛の「雪よふれ」

2010年もあと1時間あまり・・。大晦日である。
今晩は初詣で神社仏閣は賑わうのだろうが、天気は明日の元旦にかけて大荒れとか・・。テレビのニュースによると、特に九州では大雪が降っているらしい。長崎、鹿児島でも・・・
幸いに関東は平穏なので助かる・・。
まあそんなわけで、2010年はこんな歌で締めくくろうか・・・・

“雪が降る”歌は幾多あるが、今日は手仕事屋きち兵衛の「雪よふれ」。
手仕事屋きち兵衛のCDはほとんどが廃盤でなかなか手に入らない。でもアルバム「風暦」と「詩紬(うたつむぎ)」だけは、今でも簡単に入手できるメジャーなアルバムである。
今日は、そのアルバム「詩袖(うたつむぎ)」から「雪よふれ」。

<手仕事屋きち兵衛の「雪よふれ」>

  「雪よふれ」
    作詞・作曲:手仕事屋きち兵衛

  雪が降って来たねもうそんな季節かな
  ほてる身体寄せて銭湯の帰り路
  君は手のひらを空にかざして
  雪の子供達呼び寄せてみせる
  空を見上げて別の世界へ舞い上がってしまう

  冷い夜の雪 まるい光の中
  ほほに当り溶ける涙の身代わりさ
  君のやわらかな指でぬぐわれ
  哀しみが消えて微笑みに変わる
  君の手をとり 雪の子供達が やさしく舞い踊る

  君の髪に積る 雪の綿帽子
  子供みたいな君 出逢えた時みたい
  君は首傾げ おどけてみせる
  大好きな絵本のプリマドンナみたい
  今も忘れて過去も忘れて ステップ軽やかに

  幸せですか 今 小さな声で聞く
  うなづいてるね君 肩を抱いて歩く
  二人の過去(むかし)を雪の子達が
  消してくれている 隠してくれている
  雪よふれふれ もっとふれふれ 足跡消してふれ
  雪よふれふれ もっとふれふれ 二人の為にふれ
  雪よふれふれ もっとふれふれ やまずにふりつづけ

歌詞に無頓着な自分でも、たまには歌詞から別の歌を連想する事もある。「銭湯」と聞くと南こうせつとかぐや姫が歌った「神田川」という歌を思い出し、「かざす」という言葉を聞くと、さだまさしの「檸檬」(ここ)を思い出す。実に単純この上ない・・・。

でも、この「雪よふれ」は何という純な歌詞か・・・。こんな純な二人の歌を、自分のようなオジサンが聞くのはうら恥ずかしい・・・?

きち兵衛さんがこの歌を作ったのが何歳の時かは知らないが、なかなか経験がないとこのような詩は書けないのではないか・・・。
先日、ホテル玉之湯で聞いたホンモノのきち兵衛さんから察するに、この詩の“体験”はありえるな・・・と思った。(たぶん・・・)
自分は、詩はまったく書かない。いや、書けない。詩のセンスなどまったく持ち合わせていない。でも世の中、キレイな詩を作る人はたくさんいる。前に採り上げた「金子みすゞ」の世界(ここ)など、まさに純な人の心が、少ない詩の言葉に写し出されている。
そう言えば、今朝NHKで放送された「ヒューマンドキュメンタリー「99歳の詩人 心を救う言葉」という番組を見た。(2010/12/31 AM8:30~、再:2011/01/01 13:05~)
99歳の柴田トヨさんの詩集「くじけないで」の純な言葉が、90万部という大きな反響を呼んでいるとか・・・

ひと言の言葉にも大きな力が宿る。当サイトの言葉などは取るに足りないが、何かの縁で当サイトを覗いて頂いた方には、年末に際して、本当に“お疲れさまでした”とお礼を言いたい。また来年もよろしくお願いします。
では、良いお年をお迎え下さい。この歌のように、どうぞ明るい年でありますように・・・

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2010年12月29日 (水)

「あした、あした」心の薬

先日「気分一新 自分を元気づける言葉」という記事を書いたが(ここ)、前に同じようなテーマで、スポーツ欄にコラムがあったことを思い出した。探してみたらバックの底から新聞の切り抜きが出てきた・・・。
(実は、通勤電車の中で新聞を読みながら、blogネタとなりそうな記事があると、ビリビリとその部分を破って、カバンにしまうのである。でもほとんどの場合、忘れてそのままになってしまうが・・・・)
曰く・・・

チェンジアップ  豊田泰光
“あした、あした”心の薬
外野フェンスに上り“本塁打”をもぎとった美技が、プロ野球の今季を代表する好プレーと評価され、表彰を受けた広島の天谷宗一郎が、面白いことを言った。
「捕れたからよかったが、もし(目測を誤って)打球が前に落ちていたら、大ひんしゅくだった」。怖いのはケガより、勇んでフェンスに上がって、見当違いに終わったときの恥ずかしさ、とはいかにも日本人らしい。
これがアメリカなら「下手だねえ」とは言われても、必死のプレーということで、責めたり恥じ入ったり、とはならないのではないか。
日本人は恥という感情を成長のバネにしている面があるが、一方で強すぎる恥の感覚により、回復不可能な心の傷を負うこともある。
西武時代から、1度のミスで一生浮かばれなくなった選手を何人もみてきた。あのときの関口清治さん(のちの近鉄監督)も危なかった。西鉄リードの九回2死満塁で、左飛を落球した。走者一掃となり、逆転負け。宿舎で泣いてわびる関口さんに、軍隊帰りの先輩などは「もしいくさであれば、部隊全滅を招くミスだ」という言い方で責めた。
責任感の強い関口さんは本当に死んじゃうんじゃないかと思うくらいふさぎこんでいた。その後関口さんは勝負強い打撃で信頼を取り戻していったが、立ち直れたことの方が不思議なくらいだった。
恥を忘れたら進歩はない。天谷ら若い人が羞恥の感覚を持つのもいいことだ。しかし、それは決して体にいいものではないから、必ず中和剤を用意しておきたい。
我々の時代、恥に対する中和剤となっていたのが「あした、あした・・・」という言葉だった。あしたがある、また取り返せばいいじゃないか、というものだ。言い訳を許さないのが西鉄の強さの根底にあったが、傷の手当ては必要だった。
一匹オオカミだった私をなぐさめてくれる同僚はいなかったから、失策を犯したときは一人つぶやいた。あした、あした、と。自分で言うだけでも結構効き目があるので、それぞれ薬箱に常備しておくといい。(野球評論家)」(2010/12/09付「日経新聞」p41より)

誰でも人生におけるピンチというのを、何度かは体験するもの。しかしその対処法を間違えると、うつ病にもなりかねない。その時のため、自分に言い聞かせる言葉を見付け、それを“心の薬箱に常備しておく”、という発想は面白い。まあ、そんなことができる人は、まずうつ病には罹らないかも知れないが・・・。

自分の人生のピンチは何度位あっただろう。小学校3年生の時に一度あったな・・・。(ここ
それに大学1年の時、30歳の頃、50~54歳の頃にそれぞれあった。詳細は書かないが、まあ結果としてそれらを乗り越えて来たわけだ。還暦を過ぎたこのトシになると、もうそうそうピンチは無かろう。あるとすれば、自分や家族の健康問題だな・・・。

自分の場合、それらのピンチの時に、何かの言葉を思い浮かべただろうか?あまり記憶にない。自分の座右の銘は?「臭いものには蓋」・・・? おっとっと、これは家訓?であって座右の銘ではない。・・・まあこんなものさ・・。

しかしこのコラムを読んで、確かにその時に備えて自分を奮い立たせる言葉をあらかじめ見付けておくことは大事なことだと思う。自分も、これからのピンチに備え、(遅きに失してはいるものの)開き直りの言葉を見付けることにしようか・・・。

(付録)
良く言われる。「引用の文言を良く書くね・・・。時間がかかって大変でしょう」
実は「音声認識 音声入力 ソフト“ドラゴンスピーチ2005”」(これ)というソフトを使っている。
これが結構優れ物で、マイクに向かってしゃべると、WORDに文字がどんどん書かれて行く。一通りしゃべった後、WORDに書かれた文字を修正していく。まあそれが裏舞台なので、どうぞご心配なく・・・

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2010年12月28日 (火)

アレクサンダー・グラツキーの「ソング」

当サイトが紹介する曲は、かなりかたよっていると思う。まあ個人の好みなので当然だが、決してここに挙げた曲しか聞かないというワケではない。
証拠に?今日は少し変わった曲の紹介・・。といっても有名だが・・・

もう10年以上前だろうか、毎年海外旅行している兄貴が、海外から帰るや「良いCDを見付けた。日本では聞けない曲だ」と言って、CDを貸してくれた。それがこの曲・・・

<アレクサンダー・グラツキーの「ソング(亡き友を思うソング)」>

「ハハー!日本では聞けない歌ね!」・・・と、有り難く拝聴したものだが、先日調べてみた101228gradsky ら、何のことはない、日本でも1991年に同じCDが発売されていた。しかもこの人は1990年の第41回NHK紅白歌合戦にも、ロシア人初として出場していたというので、その当時はかなり日本でも有名な存在だったらしい。
このアレクサンダー・グラツキーという人は、1949年生まれのロシアの実力派シンガーだという。ロック・ポピュラー歌手だがバレエやオペラにも通じているらしい。
歌を聞くと、実に広い声域だ。演奏もなかなか迫力がある。当時は、「驚異の3オクターブ半、衝撃のffによる1分間ノンブレス唱法」と、話題だったらしい。
歌詞は知らない。まあ「亡き友を思うソング」という副題が付いているので、そんな歌なのだろう。
だいたい外国の曲は、自分はほとんど歌詞の内容が分からない。CDの解説に載っていても、ほとんど読まない。我が愛するピンク・フロイドの曲だって、何を歌っているか分からない。いや、実は分かろうとしていないだけなのだが・・・。まあ曲がフィットすれば良いのさ・・・。

NHK紅白歌合戦も3日後に近付いた。子どもの頃は、大晦日というと、TBSのレコード大賞と紅白歌合戦が楽しみだった。そんな時代も遠い昔・・・・。紅白も見なくなってから久しい。だいたいにして、大晦日という感激が無くなってしまったこともある。

また話がFM放送に飛んで恐縮だが、良いFM放送の音を手に入れてから、FM放送を良く聞くようになった。NHK FMオンリーだが、そこからはあらゆるジャンルの音楽が流れ出てくる。今まで全く聞かなかったジャンルの音楽が・・・。それらを聴いていると、こんな音楽の世界もあるのか・・と感心する。
それがキッカケで、新しいジャンルの音楽に目覚めると嬉しいのだが、まだそこまでは行っていない。
何?さっきの“日本で聞けない曲”が「紅白に出ていた」って兄貴にバラすかって??
慈悲深い?エムズ君・・。そんな残酷なことはしないのさ・・・
でも“日本人”に好まれる曲というのは、確かにあるのだ。海外でこの曲を見つけてきた兄貴も日本人・・・。紅白も日本の番組・・・。

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2010年12月27日 (月)

年賀状に思う・・・

先日、やっと年賀状を出し終わった。年に一度の我が家の一大イベントである。
それにしてもウチのカミさんは早い。11月にはもうNetから図案を探してきて、さっさと自分の分は書き終える。そして、今度は自分の年賀状の図案をどれにするか、早く決めろと言う。それからは、こっちが煽られる番・・・。そしてやっと自分も出し終えたわけ・・・。

いつも思うのだが、印刷された文面はほとんど読まない(=読んで貰えない)ので、出来るだけ自筆の文字を入れるように心掛けている。よって、ボールペンで“ひと言”を書き加えるわけだが、これが実は大変・・・。なぜかというと、自分にとっては年に一度だけの「肉筆」なので・・・。
世の中がメールとワードの世の中になり、肉筆で手紙を書くチャンスは非常に少なくなった。何かの申請書は別にすると、肉筆の手紙を書くチャンスはほとんど無い。必要があっても全てワードやエクセルを利用してしまう。もっとも、その前にほとんどがメールで事足りてしまう。そして唯一、肉筆が意味を持ってくるのが年賀状・・・、と言うわけ・・。

しかし“ひと言”に拘っても、結局は相手が誰であれ同じような言葉を書くことになる。でも日頃書き慣れない文字を書くのは結構大変だ。そもそも自分はヘタな文字で有名。
昔現役だった頃、メールの前の時代は、メモ紙で部下に指示を出した。これを手にした部下の悲劇については、涙無くては語れない・・・。これについては前に書いた(ここ)。

それに、肉筆で書くチャンスが無くなったと言うことは、漢字が書けなくなったことと同義である。漢字が書けない。読めるが書けない・・・。仕方が無く、パソコンで漢字を出して、それをまねて肉筆で書くことになる。でもパソコンの文字は、フィーリングは分かるものの画面の画素数の関係で、細かくは分からない。それで弱る・・・。

年賀状と言えば、前にいた会社の社長が、「虚礼廃止。社内の年賀状も廃止」と宣言したことがある。「そんな個人的な事柄まで、指示するのか・・」といぶかったものだが、結局それが定着した。それに、いつも一緒にいる仲間の間で、わざわざ年賀状を出す必要もないな。まあそれも良いのかな・・・と思ったもの。しかしその会社から皆が離れてみると、少しさびしい。復活すれば良いのだが、何となく出しそびれて・・・

年に一回の年賀状。色々と議論がある習慣ではあるが、これからは「まだ生きていますよ」の連絡にその意味合いが変わって行く。まあ、そんなのも良いのかな・・・
でも考えてみると、これからもたぶん会わないだろう人が多いのに気付く。良く「今年こそは会いたいね」と書いたり、書かれたり・・・。でも実現した試しはない。
でも待てよ・・・。“サンデー毎日”になったら、意外とそれが実現するかも・・・
正月の唯一の楽しみ? 年賀状はもうすぐ・・・・

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2010年12月26日 (日)

「気分一新 自分を元気づける言葉」ベスト10

昨日の日経新聞「プラス1」に「気分一新 自分を元気づける言葉」ベスト20が載っていた。なるほど・・・・。

<「自分を元気づける言葉」ベスト20>
①なるようになる、なるようにしかならない(788ポイント)
②まあいいか、気にしない(662)
③人は人、自分は自分(624)
④明日は明日の風が吹く(明日があるさ)(444)
⑤時間が解決してくれる(393)
⑥こういうときもあるさ(376)
⑦人生に無駄はない(326)
⑧明けない夜はない(夜明け前が一番暗い)(322)
⑨死ぬ訳じゃない。生きているだけで丸もうけ(308)
⑩なんくるないさー(なんでもない)、大丈夫(272)
⑪苦あれば楽あり(266)
⑫これが底なら、これからは上昇するのみ(254)
⑫笑う門には福来たる(254)
⑭人事を尽くして天命を待つ(231)
⑮山より大きなイノシシは出ない(219)
⑯あるがままを受け入れよ(214)
⑰つらいのは自分だけじゃない(210)
⑱過去と他人は変えられない。自分と未来は変えられる(206)
⑲努力は裏切らない(204)
⑳頑張っているね、偉いね(194)

<自信を取り戻すための3ヶ条>
自分を肯定する
⇒「頑張っているね、偉いね」「なんくるないさー、大丈夫」「過去と他人は変えられない。自分と未来は変えられる」
明るく開き直る
⇒「人は人、自分は自分」「自分は運がいい」「やめるのはいつでもできる。とりあえず進め」
自分を追い詰めない
⇒「なるようになる、なるようにしかならない」「山より大きなイノシシは出ない」

<行動で気分変えるなら>
①とりあえず、寝る ②「よし!」と大きな声を出す ③外を歩く、体を動かす ④好きな音楽を聴く ⑤グチ・不満を思いっきり吐き出し、聞いてもらう ⑥甘いものなどを食べる ⑦深呼吸し、胸を張る ⑧酒を飲みに行く ⑨好きなだけ泣く

<仕事で気分がのらないときはどんなとき?>
①正当に評価されない ②仕事にやりがいが見いだせない ③同僚や後輩との人間関係がうまくいかない ④上司に振り回される ⑤努力を認めてもらえない

(調査の方法~まず11月中旬、事前調査として日経生活モニターを対象に、気持ちを高めるのに自分に言い聞かせている言葉を尋ねた。・・・30の言葉を選択肢として用意。12月中旬、インターネット調査会社マクロミルを通じ、20~60代の成人男女に・・・・選んでもらった。有効回答は1030) (2010/12/25付「日経新聞」s1ページより)

今テレビを点けたら、「全日本フィギュアスケート選手権2010 女子フリー」で浅田真央が完全復活!
実はウチのカミさんは昔から浅田真央の大ファン。だからテレビを点けない。怖くて見られないのだという。よって、これも録画しておいて後から見る・・・。

しかし、あれだけジャンプが得意で、物怖じしないように見えた浅田真央もスランプだったとは・・
でも復活・・・。何の言葉をバネに復活したのか・・・

何?自分?・・・
もうこのトシになると、サラリーマンとしては怖いモノなし。失うモノが無いというのは、実に自由。期待もしなければ、力みもしない。それはそれは優雅・・・。
でも現役の人に、それは出来ない。でも「ダメで元々」と思うと気も楽だよ・・・。
おっとこのベスト20に「ダメで元々」がないな・・・・
(浅田真央の優勝まで後二人・・・)

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2010年12月24日 (金)

「ワクワク」と「ドキドキ」に想う・・・

人間、「ワクワク」と「ドキドキ」が無くなったらもうオシマイ・・・、という話がある。その点、最近の自分はそれを追い求めているような気がする。
広辞苑によると「ワクワク」とは“期待・喜びなどで心がはずみ、興奮ぎみで落ち着かないさま。「―しながら発表を待つ」「―と胸をおどらせる」”。
そして「ドキドキ」は“運動・興奮・恐怖・不安などではげしく動悸のするさま。「胸が―する」「心臓が―と打つ」”。(ついでに「ハラハラ」は“危険や不安を感じてしきりに気をもむさま”
つまり良い方向がワクワク、悪い方向がドキドキか・・・。
昔良くあった話が、恋文を送ってドキドキ・ハラハラ・・・?? でも我々シルバー世代にもなると、そんな言葉は死語!? そんな月並みの話は相手にしない。それでは、自分の場合は・・・??

ここ半年ほど、心が完全に“囚われて”いる(←オーバー!!)FM放送の音。30年前のケンウッドのFMチューナーL-02Tを手に入れてから、もう完全に「ワクワク」と「ドキドキ」の世界・・・(←つまり、楽しんでいる!)
前に手に入れたシンセサイザーチューナーKT-1100Dとの音の違いにワクワク・・・。そして「さすが・・・。なるほど・・・」と感心。
メーカーにオーバーホールに出して、どの位感度が上がったかと「ワクワク・・・」。FMアンテナを交換して、どの位電界強度が上がったかと、これまた「ワクワク・・・」。
L-02Tの予備機を手に入れて、現用機との感度の差を比べて「ドキドキ・・・」。それをまたオーバーホールに出して、どう変わったかで「ワクワク・・・」。
(ついでに)BOSEのイヤホンを買っては、その音に「ワクワク・・・」。
最近では、東電の電柱からのノイズ退治作戦で、東電に碍子を交換して貰ったあと、ノイズ量を測っては「ドキドキ・・・」。その後、別の電柱からノイズが発生してまた「ハラハラ・・」。ついでに、FMのブースターを考えては、やはりS/Nは良くならないよね・・・と「ドキドキ・・・?」。そう言えば、前に同軸にコアを取り付けてノイズが取れないかな・・・と「ドキドキ」の勘違いも・・・・。
つまり、勘違いも含めて色々と試してみる・・・。なかなか思い通りには行かないものの、その過程で、結果を知る時に「ワクワク」、「ドキドキ」と楽しんでいる。
(カミさんに言わせると「バッカみたい・・・」。でも本人はそんなことにはお構いなく、ワクワク・ドキドキ・ハラハラ・・・)

話は飛ぶが、今朝の日経新聞のコラム「春秋」。読んでみて「然り!」と思った。曰く・・・
「春秋    2010/12/24付
 日本を代表する大企業の事業戦略会議。部門ごとに発表が進む。ところが多くの人が、戦略と似て非なるものの発表に終始した。そんな体験を、会議に招かれた一橋大学の楠木建教授が著書「ストーリーとしての競争戦略」で披露する。
例えば売上高や利益率などの数字。目標設定それ自体を戦略と取り違えている。部を分けたりリーダーの直属チームをつくったりの組織改編。これも手段と戦略の混同だという。戦争でいえば敵陣を指し、隊列を整え、しかし道は示さず「後は勝手に戦え」と言うのと同じだと嘆く。これでは兵隊は浮かばれない。
市場環境やライバル社の分析、流行のビジネス用語を駆使した文章もそのまま戦略ではない。最後は「不退転の決意で」といった気合と根性で締める。これなら誰でもリーダーが務まりますね。楠木さんが苦言を呈すると、内容ではなく、「一言で部下を動かす迫力が腕の見せどころなんだ」と反論されたそうだ。
よい戦略とは、わくわくする物語であるべきだと楠木さん。自分たちの仕事が、どう世のため人のために役立つか。リーダーの語る物語を社員も共有できるなら、仮に仕事が大変でも「明るい疲れ」になるはず、と。間もなく仕事納め。年明けにトップが語る「今年の戦略」は、聞く人をわくわくさせるだろうか。」
(2010/12/24付「日経新聞」「春秋」(ここ)より)

ビジネスの世界で考えると、実にもっともな話。実に良い指摘だ。
“ワクワクは「明るい疲れ」を生む”・・・か。なるほど・・・。良い言葉だ。

まあ自分は還暦をとっくに超えて、こんなハラハラ・ドキドキの世界からは遠くなったが、それはそれとして、趣味の世界は全てワクワクの世界。
自分もそろそろ“FM放送”の次の人畜無害の「ワクワクの世界」を探そうかな・・・・

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2010年12月23日 (木)

「神様と名字の雑学」

先日(これ)に続いて“しょうもない”話。雑誌「大法輪」の今月号(2011年1月号)に、日本人の名字(苗字)についての記事があった。曰く・・・

神様と名字の雑学  戸矢 学
日本人の名字は、ほぼすべてがいずれかの神社に所縁(ゆかり)がある。その神社、あるいは祀られている祭神を「氏神」という。文字通り「氏」の神、という訳である。
また多くの場合、氏神は所縁の名字を名乗る一族、つまり「氏族」の祖先神である。そして、氏神にはそれぞれ独自の伝承があって、それが同じ名字を持つ人の「由来」や「伝承」になっている。
日本人の名字を代表する「源平藤橘(げんぺいとうきつ)」は、いわば氏姓の源流だ。多くの名字が、これら四姓のいずれかの流れを汲むとされている。
源氏の氏神は鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)。祭神は応神天皇・・・・。平氏の氏神は厳島神社(広島県宮島町)。祭神は・・・。藤原氏の氏神は春日大社。祭神は・・・。橘氏(たちばなし)の氏神は梅宮(うめみや)大社(京都市)。祭神は・・・。
なかでも藤原氏は、とくに多くの新しい名字を派生した。最も人口の多い佐藤氏も同族だ。佐野の藤原で佐藤となる。伊藤氏は伊勢の藤原、斎藤氏は斎宮(さいぐう)長官の藤原、加藤氏は加賀の藤原、近藤氏は近江の藤原等々。こうして新たに派生した名字は、古来の名字が「訓読み」であるのに対して「音読み」である。
しかしいずれの○藤氏も、藤原の流れである以上、大元の氏神は春日大社である。そしてその宮司は代々藤原氏一族が務める。
人口の多い名字と氏神をもう少し紹介しよう。高橋氏は、高家(たかべ)神社(千葉県南房総市)。祭神は・・・。渡辺氏は、坐摩(いかすり)神社・・・、山本氏は、新田神社(新田八幡宮)・・・。小林氏は、諏訪大社・・・・、斎藤氏は、菅生石部(すごういそべ)神社・・・、佐々木氏は、沙沙貴(ささき)神社(滋賀県近江八幡市)・・・、阿部氏は、阿部王子神社(大阪市阿倍野区)・・・、藤田氏は、宗像(むなかた)神社(埼玉県寄居町藤田)・・・・。
当然ながら、氏神社の所在地は、先祖代々の故地でもある。
「氏神」という言葉は、近年ではすっかり馴染みが薄くなってしまったが、その同じ名字を持つ人たちに共通の祖先神、あるいは守護神ということになる。・・・・
ところで日本は、世界でも珍しい「苗字の種類が多い国」で、約30万通りもある。
隣の韓国は、ほとんどが金、李、朴のいずれかで、少数苗字全部合わせても250ほどしかない。中国でも約3500、ヨーロッパ全体で約5万(うち3万はフィンランド)だから、日本の特殊性がわかるだろう。総数12万社を超える全国の神社は、30万に及ぶいずれかの氏族によって氏神として祀られることから始まっている。
なお、初詣などでお参りするのは、とかく近隣の最も大きな神社に集中するが、氏神にお参りするのが初詣のありかただ。昔から日本人は氏神に1年の報告・御礼をして、また新たな1年の守護をお願いする、というのが暮らしの基本である。今年からは、ぜひあなたの氏神にお参りしていただきたい。」(雑誌「大法輪」2011年1月号p109より)

これもまさに雑学。でもなかなか面白い。それに、日本が“世界に冠たる苗字王国”とは・・・。確かに苗字は多い。でも苗字の種類が多いということは、人の区別がしやすいということ。これは便利・・・
それと、同じ苗字の祖先は同じ?・・とするとこれも面白い。“同じ苗字の**さんとは、祖先のどこかでつながっている・・!?”と思うと楽しい。
この記事に影響されて、「自分の苗字の氏神は?」とNetで検索してみた。結果、どうもウチは“清和源氏が祖”らしい。ホホホ・・。
でも本当に調べると奥が深い・・・・。亡くなった親父からは、ウチは「愛知県の岡崎の武士の出」ということは聞いていたが・・・。
それに岡崎城は徳川家康が生まれたところであり、“ご先祖さまは家康の家臣だったかな?”ナンテ想像すると、これも楽しい・・・・。

これからどんどん核家族化が進む。親父が存命中「オレが死んだら家系の(祖先)ことは誰からも聞けなくなるぞ。聞くなら今だ」と言われ、親父の記憶を頼りに家系図を作った事があった。確かにそれらは親父の頭の中にしかなく、その時に書いた家系図は、今となっては当家の貴重な資料となっている・・?
話は飛ぶが、先日の新聞に「家系図を書いた人が、行政書士法違反で逮捕され、有罪判決の後、最高裁で12月20日に逆転無罪の判決があった」との記事(ここ)があり、ビックリ・・・。
ここまで行政書士の利権がはびこるのかと・・・。おちおち自分の家の家系図も書けない??

おっとっと、話がずれた・・・
子供の名前は、親がいくらでも付けられるが、苗字は(結婚しない限り)選べない。せっかく縁があった苗字。それを少し大事にして、自分の名の由来を調べることも、シルバー世代の時間潰しには格好のテーマかもね・・・。

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2010年12月22日 (水)

「いただきます」の仏教思想(4/6)

雑誌「大法輪」を読んでいたら「日常語に含まれている大切な仏教思想」という記事があり、心に留まった。その全文を6回に亘って読んで行く。今日はその4回目。

「日常語に含まれている大切な仏教思想
    大本山護国寺貫首 岡本永司

私たちが日常使っている言葉の中に深い仏教思想が含まれていることが多くあります。その一端をご紹介させていただきます。
・・・
「いただきます」
第四番目は「いただきます」という言葉であります。同じように「頂戴します」などとも使われており、いずれも仏教の深い意味を持った言葉であります。「いただく」とは「頂(いただき)」のこと、頭のことで、頂戴は頭の上にのせることになります。インドでは尊敬する人や深い感謝の意をこめた時相手の足を自分の頭上に捧げる行為をします。私たち僧侶は仏様を礼拝する時五体投地の礼拝と申して自身の体を大地に伏して仏様の御足を頭の上にいただく畏敬の念を持って拝みます。また法衣を着る時や経典を読誦する時もそれを頭上にいただいてから行法に入ります。師僧から教えを受けるときは「頂戴受持(ちょうだいじゅじ)」と申してありがたく教えをいただくことになります。
こうした行為のほかにこのいただきますという言葉は、前述したように素晴らしい仏教思想を含んでおります。一般的には食事をする時など合掌して「いただきます」と言って箸を取るのが食事の作法と言われておりますが、これも最近では大分薄れてしまっており残念でなりません。子供の頃からの躾が大切であることが痛感されます。ある学校で給食の折には食前に皆で合掌していただきますと言って食べる習慣になっていたところ、都会から転校してきた子供の母親は合掌するのは宗教行為で、「給食費を払っているのだから一々いただきますと言う必要はない」と学校に文句をつけ、結局その学校では今まで行なわれていた素晴らしい食事作法が取りやめになったそうです。誠に情けないことでその母親の心の汚れ浅知恵、またそれに屈した学校の不甲斐なさに驚くばかりであります。
私たちは自分の生命を保持して会社活動をしていく上でどうしても食事を摂らねばなりません。そしてその食材は全て命あるものから摂取する以外にないことはご承知の通りであります。お腹が空いたからと言って石や土を食べるわけにはまいりません。米麦にしても大根人参等の野菜や果物、肉や魚介類全ていのちあるものであります。仏教では戒律の一番目に不殺生戒を説いております。しかし、この戒を完全に守り実践して行くことは自らのいのちを絶つことになってしまいます。私たちは誠に申し訳ないけれども、他の生物のいのちを自らの体に取り入れなければ生きていけない存在であることを深く懺悔し、強いて言うならば「お詫び」をしながら食事をいただくほかありません。つまり私は今あなたの尊いいのちをいただくという強い内省の念が込められているので、それが合掌という形をとることになるのであります。そして戒で説く不殺生戒はかかる上は出来るだけ他のいのちを尊び無駄な殺生や殺戮を慎めとの戒であると思います。実に私たちは天地自然の恵みや神仏の計り知れない大きな力によって生きることが出来ることに敬意と感動の念を持ち、自らを支えて下さる全ての不可思議な、考え及ばない全てに、その力をいただいている、頂戴しているという現実に心から「いただきます」「頂戴しております」と言える豊かな心で日々を過ごして参りたいものであります。」(雑誌「大法輪」2010年11月号p25より)

実はこの記事を読んで「ドキッ」とした。正直、食事の前に合掌して「頂きます」と言う人は、自分の前にはただ一人を除いていなかった。でも一人だけ居た。
入社した当時、2年先輩が、会社の食堂で、昼食の時に合掌して「頂きます」と言っていた。22歳の自分は、“何かの宗教か・・?”とそれを見ていぶかしがった。奇異に感じていた。その意味が、ここに書いてあることだと知ったのは、だいぶん後のこと。

全ては子どもの時の躾(しつけ)である。子どもの時に、食事の時どのような作法とするかは、家庭での親の躾。自分の場合は、合掌こそしなかったが必ず「頂きます」と言わされた。自分はそれを、親に対する「頂きます」だと思っていた。まさか「いのち」を頂くとは、思ってもみなかった。
子どもの時に、自分の親が「“頂きます”の意味は・・・」と教えてくれていれば、そのひと言もまた別の言い方になっていたのでは?つまり「言わされている」から「自らが言う」に変わった??

では自分たちの子どもに対してはどうしていたか・・・。ウーン。同じだったな・・
「頂きます」を、どこまで躾けたかは忘れた。少なくても現在は「頂きます」と言っていないのでは?もちろんその意味を子ども達に教えた記憶もない。
まあいつもの“子どもを持つと、イヤミが自分に返ってくる”一例に過ぎない。

でもこれを機に、少なくても家庭では食事の前後に「頂きます」「ご馳走さま」と言うことにしよう。
どうも現在の息子どもを見ると、「躾」に自信がない。まあ「隗より始めよ」という諺もあるので・・・・

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2010年12月21日 (火)

手仕事屋きち兵衛の「ふる里に帰りたい」

久しぶりに手仕事屋きち兵衛さんの歌の紹介。今日は「ふる里に帰りたい」である。
「ふるさと」はきち兵衛さんのキーワード。コンサートは必ず唱歌「故郷」から始まるという。
きち兵衛さんのオリジナルで「ふるさと」が題に付く歌は、「ふる里景色」(ここ)とこの「ふる里に帰りたい」の2つある。
「ふる里景色」は夏から秋、そして冬の景色を歌う。そしてこの「ふる里に帰りたい」は何となく秋を連想するな・・・・。(単純である。夕日⇒赤⇒紅葉⇒秋・・・)

<手仕事屋きち兵衛の「ふる里に帰りたい」>~アルバム「風景色」より

「ふる里に帰りたい」
  作詞・作曲:手仕事屋きち兵衛

ふる里に帰りたい
幼い日遊んだ山や川
あかい夕日に染められた
まるいそのほほ目にうかぶ

ふる里に帰りたい
叱られてこみあげた涙顔を
ぬぐってくれた風の中で
今もう一度泣いてみたい

ふる里に帰りたい
遠い日のあの頃に戻れたら
どこかにいつか置き忘れた
純な心を抱きしめたい
純な心を抱きしめたい

ついでにアルバム「風暦」に収録されている録音も聞いてみよう。

<手仕事屋きち兵衛の「ふる里に帰りたい」>~アルバム「風暦」より

しかし何と優しい歌だろう・・。
ふと「自分のふる里は?」と思った。それは小学校低学年を過ごした場所・・(ここ)。
考えてみると、誰でも“何となく懐かしさを覚える場所”というのは、純粋無垢の思い出がある場所なのではないか?それは普通小学校低学年のとき・・・
自分のふる里は埼玉。広い田んぼがどこまでも続く。その向こうに水道タンクが見える。バッタを捕り、「ヘビだ!」という叫び声を聞いて「キャー」っと、慌てて家に逃げ帰る・・・。そんな家ももちろん今は無い。でも思い出すふる里は、イヤな思い出のあまり無い、小さい頃に住んだところ・・・。
そう言えば、下の息子が前に住んでいた団地が懐かしいと言っていた、とカミさんが前に話していた。前の団地は、まさに息子が小学校低学年の時に住んでいて場所だ。

山崎ハコの歌に「望郷」というのがある(ここ)。
この歌は、都会に出てきたがそこは冷たいところ・・・。それに気付いて故郷に帰ろうか・・・。という歌だった。
帰ることが出来る「ふるさと」を持っている人は幸せだ。ウチのカミさんなど、子どもの時に、あまりに引っ越しが多かったので、ふるさとは無いと言う。これも少しさびしい。
誰でも、リタイアすると「ふるさと」という言葉が懐かしくなる。そしてその場所に行ってみたくなる。死んだ親父も晩年、ふるさとの足利に行ってみた、と昔聞いたことがある。

実際に行ってみて懐かしいと思うのも「ふるさと」。逆に“一度行ってみたい”と思いつつ、大事に取っておいて、あえて行かずに昔の思い出に浸るのも「ふるさと」。
人それぞれの「ふるさと」。きち兵衛さんの「ふるさと」はやはり安曇野?
カミさんが言う。今年行った長野・安曇野への小旅行(ここ)は、全てが良かった満足の旅行だったと・・・。
信州のあの風景を思い浮かべながら、改めてしみじみと聞く「ふる里に帰りたい」ではある。

<付録>~「きち兵衛さん2011年カレンダー」のPDFは(ここ
101221kichibeicalendar_20111 ホテル玉之湯での「手仕事屋きち兵衛さんの車座コンサート(ここ)」の写真をもとに、カミさんがカレンダーを頼んで作りました。A3サイズでの印刷をどうぞ・・。PDFは(ここ

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2010年12月20日 (月)

本の購入はAmazonの中古で充分・・・

我が家で最近購入する単行本は、ほとんどがAmazonの中古本。それが全て“当たり”なのである。つまりどの本も新品同様・・・。よって本屋で買う必要が無い。

本を買う場合、一般的に書店で手に取って買うかどうかを見定める他に、買いたい本の名前が分かっている場合とがある。そのうち、本の中身を見ながら買うかどうかを決める場合は、当然本屋で見ることになる。しかし、買いたい本の名前が決まっている場合は、買うための色々な手段がある。昔は本屋に「取り寄せ」を頼んだものだが、最近はNetで買う。その際、Amazonや楽天ブックスなどの利用が便利。
我が家ももっぱらこれらに頼っていた。何よりも時間と手間が掛からない。Amazonなど、在庫があれば、注文して数時間以内に出荷され、翌日には家に届けられる場合が多い。もちろん送料は無料(ここ)。昔は1500円以上が無料だったので、2冊位まとめて発注することが多かったが、今では金額に拘わらず1冊から無料である。

だが、実はAmazonの新刊本のページに「中古品」というアイコンがあり、そこを叩くと全国の中古本屋から出品されている中古本がズラリと表示される。ここで「コンディション」欄が「非常に良い」または「良い」を選ぶと、まず新品同様の本が送られてくるのだ。
値段は表示されている本代+送料250円(2010年8月31日から半年間、340円から値下げ試行)。送料が掛かるが、それでも安い。特に昔出版された本は安い・・・。
1円という本も多い。つまり送料込みで、251円で買えると言うこと。原理は簡単。送料の中に手数料や書店の利益が入っている。よって、店にとっては相当な薄利多売でないと儲からない・・・?
タマにキズは、その本屋がどこにあるか分からない。だから注文して届くメールで、「長崎から送ってくるんだ~」なんて後で分かることがある。でも着くのに1~2日多く掛かるだけで特に問題はない。

先日、からきしNet通販に疎(うと)い兄貴から「絶版の本を買いたいのだが、中古をNetで売っていると聞いたが」という電話。「今更・・・」と思いながらAmazonの仕組みを教えた。しかし、頭が固い昔の人間は困る。「クレジット番号を教えたら危ない」とか「どんな所か分からないので、詐欺に引っ掛かるのでは」とか・・・。電話で話しているうちに、なにやら自分がAmazonの安全性をPRしていることに気付いた。
それで言い放った。「そんなに信用出来ないのなら、神田の古本屋で、売っているかどうか分からない本を探して半日潰して探したら?」・・・と。

ツールを便利に使うには相手を信用するしかない。逆に信用出来なければ、旧来の方法しかない。それは人それぞれの価値観。
でも一旦信用すると、Net通販で世の中は格段に便利になった。昔は絶版本を探して神田の古本屋街をさまよったものが、今はNetの検索サイトで、目的の本が全国の古本屋を対象にどの店に在庫しているかが一発で分かる・・。
自分はかつて、ヤフオクでの1回(これ)を除いて、通販やオークションで後悔したことはない。
相手が信用出来るかどうかを見極める事は大事だが、今後も自分にとって、パソコンでの通販は必要不可欠なツールであり続けるだろう。

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2010年12月19日 (日)

神社の色々な値段

サラリーマンもリタイア間近になると時間も取れ、他の世界を覗いては“ヘエー”と思う。今日も、そんな“しょうもない”話である。
雑誌「大法輪」の今月号(2011年1月号)の特集は「神社・神道の常識と雑学」。何気なく初詣に行っている神社について、実は自分が何と無知なことかが分かる・・・。でもこの特集は、雑学として読み流すには便利・・・。その記事の中に、神社にまつわる“色々な値段”について書いてある所があった。曰く・・・

いろいろな物の値段  豊島泰国(作家)
<鳥居>
・・・鳥居の値段であるが、大きさや形態、素材によっても相当異なる。規模的に最高クラスの場合、たとえば、耐候性鋼板と呼ばれる特殊鋼を使用した大神(おおみわ)神社の日本最大級の大鳥居(高さ32m・柱間23m・総重量185トン)は、約3~4億円である。・・・鳥居といえば、伏見稲荷大社におびただしく立っている鳥居が有名である。願い事が「通る」とか「通った」御礼の意味で鳥居を奉納する習わしが江戸時代に始まり、今や総数にして1万本を越えるといわれる。
伏見稲荷大社の鳥居は柱の太さや設置場所により「初穂料」(金額)が大きく異なる。柱が最も細いサイズ(直径15cm)が約40万円。最も太いもの(75cm)は数千万円以上する。・・・
<狛犬(こまいぬ)>
・・・流通品の場合、大体の目安として一対で50万円前後から200万円ほどかかる。手彫りのオーダーメードになると、大きさなどにもよるが、数百万から1千万円以上する
<灯籠(とうろう)>
・・・台灯籠の値段は大きさや原材料などによって違いがある。10万円前後からあるが、入手困難な高価な石材を用いたり、台座などに装飾的な彫刻を施した大型のものになると、数百万~2千万円近くするものもある。
<注連縄(しめなわ)・賽銭箱・御輿(みこし)など>
・・・大型注連縄(しめなわ)は、その材料や直径・長さにより値段が変わる。たとえば、麻製の注連縄(直径25cm・長さ3.3m)は約45万円前後。同サイズの合繊製の注連縄は20数万円といったところである。出雲大社神楽澱の日本最大級の注連縄(長さ13m、重量5トン)ならば、低く見積もっても数千万円以上するという。
一般的な神社の拝殿前に置かれている賽銭箱は十万円弱から60万円程度。お参りの時に鳴らす鈴を本坪鈴(ほんつぼすず)というが、大型の直径30cmのもので10万~20万円、鈴につける鈴緒(すずお)(直径9cm・長さ3m)が高級な麻巻きの場合、約45万円である。長胴太鼓(ながどうたいこ)は直径45cmで、50万円以上する。
お祭りの際の神幸式で神霊乗物とされる神輿(みこし)は、いくらぐらいするのか。・・・1千万~2千万円台のものが普通にある世界だ。日本一高価な神輿は富岡八幡宮の一の宮神輿で、貴金属や宝石類も嵌(は)めこまれており、7億円といわれる。」(雑誌「大法輪」2011年1月号p103より)

まあこんな話は、とても頭に残らない。別に必要でもなければ、今後“自分が発注する可能性”も無いので・・・。
でも「ヘエー」と思う。でもそんなに意外性はない。

御輿や山車(だし)については、生まれ故郷の埼玉(ここ)での祭りを思い出す。昭和30年代初期の頃だ。夏休みが終わったあと、たぶん秋祭りなのだろうが、それは賑やかだった。御輿は大きいのと小さいのと2つあり、子供たちは小さい御輿を担いだ。でもさすがに自分は小学校4年生、担いだ記憶はない。でも山車を引いて、広場に戻ってくるとお菓子が配られた。だから祭りが楽しみだった。でも学校は普通通り。終わると直ぐに広場に行ったものだ。
生まれ故郷からは小学校5年になる時に離れた。そこを再び訪れたのは、大学に入ってから・・・・。その広場に行ってみてビックリ。あれだけ広いと思っていた広場の何と狭いことか・・・。昔住んでいた家の前の道も、同様に狭い・・。これは誰でも経験する事だが、自分の体が小さかったためで、子どもの頃の印象は大人になってからは随分と変わる。

しかしこれらの雑誌を読み流しするにつけ、日常の何気ない習慣・風習や、道ばたの小さな神社に置かれている物について、何の疑問の持たずに過ごしている事に気付く。そしてそれらの意味・背景を聞くと、今更ながら「ヘエー」と思う。もちろんいちいち気にしていられない、ということもある。でもまあ人生、時間が出来たら、それら当たり前の事についても、少しだけ注意を向けると、「ヘエー」と思うことが多い。
時間から来る余裕だろうか、今まで生きてきた道“以外のこと”に、少しだけ注意が向くこの頃ではある。

●メモ:カウント~145万

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2010年12月17日 (金)

NHK文化講演会「蒼穹の昴の世界~浅田次郎」を聞く

NHKラジオ深夜便で、たまに「文化講演会」の再放送がある。かなり昔の番組の再放送なのだが、なかなかタメになる話が多い。それで、「今は?」と調べてみたら、NHKラジオ第2放送で日曜日の夜9時から現在も放送されていることが分かった。
そんなワケで10月末からNHKの第2放送を聞いているのだが(ここ)、先日放送された「文化講演会「蒼穹の昴の世界」作家…浅田次郎」(2010/12/12NHK「ラジオ第2」放送)が面白かった。

この番組について、NHKのホームページにはこうある。
「蒼穹の昴の世界」講演:浅田次郎(アサダ・ジロウ)(作家)
第115回(1996年)直木賞候補となった「蒼穹の昴」(そうきゅうのすばる)。「この作品を書くために作家になった」というほど、こだわりを持つ当作品は、昨年、日中共同でドラマ化され、BSハイビジョンで放送された(9/26からはNHK総合にて吹替え版を放送)。清朝で50年近くも権力を誇った西太后を中心に描かれる人間模様、その魅力は何か?中国の歴史と文化を踏まえつつ、浅田氏が作品への思いを語る。」(
NHKの(ここ)より)

NHKドラマ「蒼穹の昴」(これ)は今年(2010年)の1月から7月にかけてNHK BShiで放送されたが、まずウチのカミさんが夢中になった。その影響で、つい自分も見てしまった。
このドラマは、実に絢爛豪華なスケールの大きなドラマで、後世に残る名ドラマだと思った。
その作者新田次郎が、力作「蒼穹の昴」について語っていた。テレビドラマを見た自分としては、話の隅々まで目に浮かび、実に楽しい話だった。
基本は“悪人ではない”西太后・・・。なぜ西太后が悪人として世間で位置付けられてしまったのか・・・・。1911年にロンドンで発行され300万部を売った大ベストセラー「西太后治下の中国」。ここでバックハウスが書いたグロテスクな西太后像が、全ての発信源だという。だから新田次郎は“小説の中で責任を取らせた”と言っていた。

しかし、作家はすごい。歴史の隅々まで調べ上げ、史実を中心に置いて物語を展開していく・・・。紀元前からあるという宦官の歴史や、1300年に亘る科挙の歴史など、資料が少ない中で調べ上げていく・・・。
それに満州族の習慣だという弁髪。これも資料がないという。
現共産党体制は、過去の体制を否定するために過去の資料をも消し去る。よってかなりの資料は、日本の方が多く残っているとか・・・
その中で、歴史的に幾多の中国文化を受入れながら発展してきた日本も、「宦官制度を取り入れなかったのは日本人の見識だ」という指摘は面白かった。

最近自分が凝っている「文化講演会」。興味がある方は、MP3ファイルを下に置くので、聞いてみて下さい。

(下の(ここ)をクリックして、ダウンロードするまで10分程度待つ・・・。ZIPが開いてファイルが見えるはず・・)
<NHK文化講演会「蒼穹の昴の世界~浅田次郎」~前半(30分)>はここ
<NHK文化講演会「蒼穹の昴の世界~浅田次郎」~後半(30分)>はここ

(関連記事)
「NHKラジオ第2」を聞き始める・・

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2010年12月16日 (木)

電柱からのFMノイズ対策奮闘記(その2)

先日、「電柱からのFMノイズ対策奮闘記(その1)」を書いた(ここ)。それからこんなにも早く(その2)を書こうとは思わなかった。1~2週後かなと思っていたので・・・。
つまり東電の対応の早さにビックリ・・。まさに、東電のカスタマーセンターに電話してからちょうど1週間目で工事完。東電にこんなに早く対応して貰えるとは・・・

先週の(木)に東電カスタマーセンターに電話した。「家の前の電柱からノイズが出ていて、FM放送が聞くに堪えない・・」と。それから2時間後には、(土)に現場を見に来ることに。
そして(土)に担当者が見に来て、ノイズの発生を認め、“碍子の交換”で対策することになった。
(火)には、「年内に碍子を交換することで動いている」との電話。そして(水)夕に、「明日の朝一番で工事を行いたい」との電話が来て、今日の(木)に工事完。何とも早い・・・。

今日は自分は会社で家に居ないので、カミさんに工事の状況を撮ってくれるように頼んだ。その写真がこれ・・・(写真はクリックで拡大)

P10808401 P10808421

朝9時に工事屋さんが到着。その後工事の責任者が来て工事開始。工事は正味1時間位だったとか。でも車が3台も来て、大工事?だったらしい。

そして帰ってから、連続で録音したおいたMP3ファイルをチェックした。工事の時間帯には、不規則な「ジャッ」というノイズが録音されていた。工事で碍子を動かしていた時の音だろう。そしてそれからは夕方までノイズ無し。まさに碍子の交換によって、ノイズはピタッと止まった。(・・・と思う)
カミさんの話では、帰る時に東電は「振動防止のカバーも付けた」と言っていたという。
ともあれ、写真で見ても碍子は交換されていたので、これで一安心。しかも碍子のタイプが違うので、ジョイント部分が無く、原理的に再発しない。(はず・・・)

  (交換前)    (交換後)
P10807871 P10808501

これで今回のノイズ騒動も終わりだが、それにしても東電八王子支社の対応は速かった。
ともあれ、高音質を追求するFM放送のリスナーにとって致命的なノイズが、こんなにも早く対策できた。“原因は電柱では?”とヒントをくれたSさん、体験談をアップしてくれていたJA1BYPさん、そして一市民のクレームに即応してくれた東電ホームサービスと東電の工事の方々に感謝!!
もしアマチュア無線やFMリスナーの方で、ノイズに悩まされている方が居られたら、一度電柱を疑ってみるのも解決への近道かも・・・
明日、早速東電にお礼の電話をしなければ・・・・。お疲れさま・・・。

(追)
東電にお礼の電話をした時に聞いた話・・・
・今まで付いていたのは「耐張碍子(たいちょうがいし)」が2個で、今回は「中実耐張碍子(ちゅうじつ)」(これ)に交換した。
・ノイズ防止には、「ギャップコネクタ」というクリップを取り付ける方法が実証済み。
・しかし「ギャップコネクタ」は、製造に1~2ヶ月かかる。
・今回は、なるべく早く処置するため、それと同等の効果がある「中実耐張碍子」に交換した。「中実耐張碍子」はもう作っていないが、たまたま在庫があったため使用した。
・現地で「振動防止のカバー」を付けたというのは、たぶんケーブル端の汚れ防止の為に取り付けたのだと思う。

・なお先日、アンテナの方向の周囲の電柱をウルトラホンで測ってみたが、何カ所かノイズ発生が測定された。よって念のため、それらについてもギャップコネクタを取り付ける方向で進んでいる。取り付ける時は連絡する。ただし、場所が離れているので、直接的には現れないと思う。(ANT指向性方向、2011/1/19電柱11本完)

(追メモ)
西南方向100~300m、電柱8本にギャップコネクタ取り付け~2011/05/12完。

(関連記事)
電柱からのFMノイズ対策奮闘記(その1)
FM放送の電波の性質~NHKに聞く

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2010年12月15日 (水)

伊藤久男の「宵待草の唄」

自分は叙情歌が好き。昔の叙情歌では、八洲秀章と寺尾智沙/田村しげるのおしどりコンビの歌が好き。寺尾智沙/田村しげるの歌は、当サイトでも前に「白い花の咲く頃(ここ)」「リラの花咲く頃(ここ)」「夕月の歌(ここ)」「さざん花の歌(ここ)」の4曲を紹介した。今日はその5曲目、「宵待草の唄」の紹介である。
先日買った(これ)に「宵待草の唄」という歌が入っていた。このCDアルバムに入っている歌での“新発見”は非常に少なかったが、これはその貴重な1曲。
伊藤久男の「宵待草の唄」は昭和32年7月15日の発売。この年の暮れの第8回「NHK紅白歌合戦」(1957年/昭和32年)で伊藤久男が歌った、と記録にある。ついでに伊藤久男が紅白で歌った歌を調べてみた。
それによると、「イヨマンテの夜(ここ)」(昭和27・33・39年)、「オロチョンの火祭り(ここ)」(昭和28年1月)、「君いとしき人よ(ここ)」(昭和28年12月)、「数寄屋橋エレジー(ここ)」(昭和29年)、「キャラバンの太鼓」(昭和31年)、「宵待草の唄」(昭和32年)、「サロマ湖の歌(ここ)」(昭和34年)、「山のけむり(ここ)」(昭和35年)、「メコンの船歌」(昭和36年)の計11回出場している。(この中で「キャラバンの太鼓」と「メコンの船歌」は当blogでまだ紹介していない)

<伊藤久男の「宵待草の唄」>

「宵待草の唄」
  作詞:寺尾智沙
  作曲:田村しげる

来ぬ人の まつげは悲し
渚に待てば 心なく
指よりもれる 銀の砂

潮騒は 頬につめたく
うすむらさきの 夕闇に
ひとりたたずみ 泪ぐむ

星かげは いつかまたたき
瞼ふせれば 仄かなる
宵待草の 花の色

聞いてみると、伴奏の編曲を含めて、実に“いつもの”伊藤久男の叙情歌である。
このCDの解説にはこうある。
「これも田村、寺尾夫妻による抒情歌です。宵待草は通称“月見草”、本来は“大待宵草”と呼ぶべき花ですが、竹久夢二が詩を書き、多忠亮が作曲した「宵待草」があまりに有名になったため、こちらの方が普通名詞になってしまいました。寺尾智沙の詩は、夢二の詩を土台にして書かれています。」

作詞家・寺尾智沙をJASRACのデータベースで調べてみた。するとJASRACに登録されている歌は26曲。それに比べて田村しげるの作曲は146曲。そして夫婦の合作は23曲だった。その中に今まであげた5曲が含まれる。
WIKIによると寺尾智沙は50歳で亡くなったというが、それ以上の情報はない。(しかしこのご夫婦は、後で別れたそうだ。~「伊藤久男~熱き心の歌~」BOX-CD解説書P51より)
ご夫婦での作詞作曲は、阿木燿子/宇崎竜童コンビがあまりにも有名。それ以外のコンビは・・・、自分は知らない。

そう言えば、当サイトの「エムズ」の語源である「クラフト☆ギャラリー M's(エムズ)(ここ)」も、夫婦合作???
いやいやそれは違う。とても合作とは言えない・・・。(大きな声では言えないが、そこには「主役」と「製造下請け」という立場があったので・・・。(ここ))
このサイトも、もう久しく更新していない。それは「エムズの“片割れ”」にしてみるとラッキーなことではある・・・・

確かに、夫婦で何か一つの作品を生み出すということは素晴らしいこと。しかし、一緒にどこかに行って同じ時間を過ごす、ということは良くあっても、夫婦で何かを“生み出す”ことは、興味の世界の違いや、センスの違いがあって、なかなか難しい。

近所で、リタイア後に夫婦一緒に大きな家庭菜園をされている方がいるという。そこで採れた野菜も夫婦合作と言うのだろうか?
「合作」はあくまで対等の関係。でも我が家を始め、普通は、男がリタイアした途端に、女性は絶対に“主”になり、男は必ず“従”になり下がる。よって対等の関係での真の合作は、対象が何であれ極めて難しいと思うのだが・・・。

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2010年12月14日 (火)

電柱からのFMノイズ対策奮闘記(その1)

今日は、最近凝っているFM放送の、電柱からのノイズ対策の記録(その1)である。
FM放送にノイズが乗り出したのは半年ほど前からだったか・・・・。月に一回位はあったように記憶している。その頻度が最近増えてきた。11月以降、定期的に録音しているMP3の音源から発生の記録を取っているが(下記カレンダー参照)、11月で6日。12月の第2週以降はほぼ連日発生している。ノイズの音は先に書いた通り(ここ)、細い波形のチリチリ(パリパリ?)ノイズ。
そして今までの細いパルス状ノイズ①だけでなく、12月7日には、太い波形の“ジジッ”というノイズ②も出現。
下記にノイズの波形・音声、及び発生の日にちを示す。(波形は、MP3の音源をフリーソフトの「mp3DirectCut」で表示。写真はクリックで拡大)

1012141 1012142

<ノイズ①の音>(イヤホンで聴かないと分からないかも)

<ノイズ②の音>~ノイズ部分だけ抜粋

最初はてっきり車のエンジンの点火プラグから出るイグニッションノイズだとばかり思っていた。でも周囲に車は停まっていない。NHKの受信相談に“何か心当たりでも・・”と聞いてが分からない。それで音源を当サイトにアップした(ここ)。どなたか心当たりは??・・それから色々なアドバイスを頂き、順に確認したが、なかなか原因が分からない・・・
Netで「コモンモードノイズ」という言葉を知り、何だかこの対策が効くような気がした。それで、アマチュア無線の皆さんが使っているという「TDKの大型コア ZCAT3035-1330」を10個買ってみた。手持ちのコアも含めて15個の全てを1ターン(3回巻き)でアンテナからの同軸に取り付け、変化を見た。でも空振り・・。全く何も変わらなかった。

実はノイズ自体が、昼の時間対しか発生しないため、自分がナマでノイズに出くわすことがなかなか出来ず、発生場所の切り分けが出来なかった背景もあった。
そんな折、先日飲んだ(ここ)昔の仕事仲間からメールを貰った。知らなかったがその時に一緒に飲んだSさんはアマチュア無線をやっているそうで、前に同じような体験があったとのこと。同じように冬の乾燥期に良く発生していたとか。原因は電柱の碍子か柱上トランスではないか、との指摘。どうもそれらの絶縁不良からノイズが発生していたらしいが、東電に言っても対策して貰えなかったとのこと。後年電柱が移動してからはそのノイズが無くなったという。
早速、「電柱」というキーワードを手がかりにNetで調べてみると、色々な情報が得られた。結果、勝手に自分で「電柱の2連ピン碍子からのノイズ」と断定!!

改めて整理をすると、ウチのノイズは、・・・
1)前は本当に“たまに・・”だった。それが11月から12月になって、急に発生頻度が増えてきた。冬期の乾燥と関係か?
2)発生時刻は昼間だけ。発生時間帯は9時~16時頃だが、12時~14時の頻度が多い。
3)発生時間は、30分程度から1~2時間位に、そして段々を長くなりつつある。
4)発生する時は3日連続、という事もあるが、3~5日連続して出ないこともある。
5)バイクのイグニッションノイズは実際に体験したが、これは一過性であり、それではなかった。
6)以上の状況証拠のなか、12月12日にやっと在宅中に発生した。結果、FMバンド全域で出ており、電波が強い局を受信した時はノイズが抑圧されているらしく、ノイズレベルは低い。その後、雨の日もレベルは小さいが発生。時間的にも、連続して発生するようになった。

この事象に対して、特に参考になったのがJA1BYPさん(ここ)の「ノイズ対策に挑戦」という記事(順に読んで行くと分かり易い)。まさに自分と同じような症状で、一連の対策経緯が書いてあった。この事例では「二個連碍子」(2連ピン碍子)での絶縁不良から不安定な放電ギャップが形成され、ノイズが発生するらしい(ここ)。
(なお、このレポートはCQ誌の2000年10月号(ここ)に「147 電力会社にも協力を求めた電力用空中架線のノイズ対策」として掲載されたとのこと)~(2011/01/28追:このCQ誌の記事のPDFはここ

Img_26552 この記事を読んで、これだと思った。そして家の前の電柱を見上げると、まさに「二個連碍子」が付いているように見える。

それで、電柱番号を調べて、12月9日に東電のカスタマーセンターに電話してみた。すると対応は速い・・・。勝手に決めつけた当方の言い分(「家の前の電柱からノイズが出ており、FM放送が聞くに堪えない・・」)を、受付の女性が聞きながらキーで打っていく。そして、追って担当から電話が行く、とのこと。
1時間半後、地元の東電から電話が来て、「サービスを担当している外部の会社から電話させるので、伺う日のアレンジを」。その10分後に東電ホームサービスのTVI担当の方から電話が来て、立会が必要、とのことで、12月11日(土)の昼過ぎに来てもらう事にした。
電話では、当方の決めつけの「犯人(二個連碍子)」に対し、可能性があると言っていた。そして何か対策のアタッチメントがあるとも・・・。それに、ウルトラホン(放電箇所を調べる機器)で調べてくれ、という話も通じたので心強い・・・。

そして12月11日(土)に東電ホームサービスが来た。ノイズが乗っている時の波形グラフを見せると一発で理解してくれた。「これだけはっきり出ているので、ウルトラホンも持ってきたが、調べるまでもない」との事で対策の話に移った。
まず、専用の取り付け金具があるとのことで、写真を見せてくれた。その金具を碍子に取り付けると、100%ではないが、ノイズが取れるとのこと。しかしこの部品はこれから手配するので、対策は月単位で先になる、と言う。「そんなに待てないので、碍子そのものを交換してくれたら良いのに・・・」と言うと、「それは東電の担当なので、月曜日になったら東電に交渉してみる。それに碍子を交換してもまた発生する可能性があるので、まず碍子を交換して、その上で金具を取り付けたらどうか」、と言うのでそのようにお願いした。
資料として、ノイズ発生の波形写真と、JA1BYPさんの記事のコピーを渡した。

次の日=12月13日(日)に初めて在宅中にノイズが発生した。上に書いたように、広帯域でノイズが出ている。方向の違うアンテナに変えてみても同じ。しかし受信局によってノイズレベルは違う。これは電波が強い局はノイズが抑制される結果だと思った。
P10807971携帯ラジオを持って電柱の近くを歩いたが、もともとFM電波が弱いので明らかな状況変化は掴めなかった。そもそもアンテナの目の前に電柱の碍子があり、位置関係が最悪。もしかすると、電柱とアンテナの位置関係が少し離れていたら、現象は出ないのかも知れない。

そして今日(12月14日)東電ホームサービスから電話あり。「東電と話が付いた。今月中にまず電柱の碍子の交換をする。もらった写真(これ)のように、今までの2個連タイプから一体型の碍子に替える。今日、図面(交換のための設計図)を書いて東電の工事部隊に送り、それをもとに工事の日程を決める」とのこと。
かくして、これから東電の工事業者から連絡が来て、具体的な碍子交換作業に移る事になった。

「電柱では?」とのアドバイスを貰ってからNetで記事を見付け、ここまでたどり着くまで1週間。JA1BYPさんの記事と妨害波形グラフ(上記)が、東電に対して非常に説得力があり、役に立った。
たぶん碍子を交換すればノイズは無くなると思うが、碍子を交換した結果は、後日報告します。

(関連記事)
電柱からのFMノイズ対策奮闘記(その2)
FM放送の電波の性質~NHKに聞く

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2010年12月12日 (日)

昆虫食~セミを食べていたアリストテレス

たまにカミさんが駅前で買ってくる「ビッグイシュー」(ここ)。その115号に少しショッキングな記事が・・。曰く・・

昆虫食~セミを食べていた哲学者アリストテレス
バッタのソテーにコガネムシのフライ、幼虫の生食にイナゴの佃煮――。虫を食べない文化圏に暮らす人はギョッとしてしまうかもしれないが、昆虫食は世界各地で見られる伝統ある食文化。そもそも私たちヒトの祖先ははるか昔、身近にいた昆虫を草や木の実などと同様に日常的に食べていたのだ。
・・・・・
紀元前7世紀、アッシリアの王が催した祝宴にはバッタの料理が出され、紀元前4世紀には古代ギリシャの哲学者アリストテレスがセミを食したという記録も残る。農耕・牧畜文化が進んだあとも、昆虫は重要な食料であり続けたのだ。
メキシコは、1992年の調査で約300種類の食用昆虫が確認された昆虫食大国。・・・
・・・
ヨーロッパでは現在に残る事例は少ないが、イタリアやフランスではチーズに発生するチーズバエの幼虫を食べる地域がある。また、昆虫ではないものの、フランス人がカタツムリを好むのはおなじみだ。・・・
・・・・
アジアで昆虫食が盛んな国といえば、タイと中国。中国では、・・現在も、揚げたカミキリムジの幼虫に塩をふったものや、タガメの油揚げ、オオオサゾウリムシ成虫の油炒めなどさまざまな昆虫料理が食卓をにぎわせる。
タイでは内陸部、特に北部を中心に昆虫食が盛ん。バッタやコオロギ、タイワンタガメやカメムシなどその種類も実に多彩。20年近く前、大発生したバッタがトウモロコシなどの農作物を荒らしたが、農薬の空中散布をしようとした当局に農民は猛反発。なぜならトウモロコシよりもバッタの方が高く売れるからだという。
日本でも古くから広い範囲で昆虫が食されてきた。長寿で知られる長野県は、国内でも昆虫がよく食べられている地域。長寿との関連性は不明だが、興味深い。1918(大正7)年に昆虫学者・三宅恒方が行った調査では、当時食されていた昆虫はハチ類14種、ガ類11種、バッタ類10種など、計55種。つい100年前までこれだけの虫が食べられていたのだ。蜂の子の大和煮は、岐阜県や長野県で古くから伝わる郷土料理。クロスズメバチが土中に作った巣を採り、そこから虫の幼虫やサナギを取り出して煮付けたもので、缶詰として商品化もされている。
虫たちは、薬用としても重宝されてきた。・・・日本でも大正時代の調査では123種類の薬用昆虫が確認されている。
一般的に昆虫は、タンパク質、ビタミン、ミネラルを豊富に含むなど栄養価が高く、カイコのサナギ3匹分の栄養価は、鶏卵1個分と同じともいわれる。そのため、これからの食糧を考える際の重要なキーワードだという声もあるほどだ。(松岡理絵)」(「ビッグイシュー」155号より
~原文PDFはここ

自分ははっきり言って虫類は大嫌い。特に蛾とゲジゲジとムカデは“人生の天敵”・・・。だからこんな話題も大嫌い・・・。
とは言っても、別にゲジゲジといつも争っている訳ではない。日常生活で出くわすことが無いのは、幸せな事である。もっとも出くわしたら、自分は全てを放り出してさっさと逃げる・・・(そう言えば前に浴室でゲジゲジに出くわし、ハダカで逃げたっけ・・・(ここ))

子どもは一般的に虫が好き。自分だって子どもの頃は一人前にセミ取りやバッタ取りはしたもの。それに、息子どもが小さかった時は、家でカブトムシを飼っていたこともある。でも原則としてキライだな・・・。なぜ??
だいたい、近寄って昆虫の細部を見てみると良い。まさに虫眼鏡で見る昆虫は“怪獣”の姿。言い換えるとバケ物だ。実に怖ろしい姿をしている・・・。それを食べるというのだから、考えただけでも虫酸が走る。

昔、「世界残酷物語」という映画があった。アリをむしゃむしゃ食べているシーンが映り、何とも残酷な場面だった。しかし・・・、である。これは文化なのだ。虫を食する文化。
同じように良く言われるのが日本の刺身文化。世界の目から見ると、魚をナマで食べる野蛮な日本人・・・。
夏になると、終戦記念番組でよく南方の戦地の玉砕の話が出る。運良く帰還した人が言うのは「動いている物は何でも食べた。蛇でも虫でも・・・。それを食べることが出来なかった人は皆死んだ・・」
かくいう自分だって小学校低学年の頃、バッタを捕まえて、母親が佃煮にしたものを食べたことがある。バッタを湯がいて、煮て・・・。今考えると怖ろしい・・
でも意外と我々の身近にも虫の食文化はあったのだ。

このような面白い?話題を提供する「ビッグイシュー」(ここ)。今度駅前で見かけたら、ホームレスさんから1冊買ってあげたらいかが??
オトナの雑誌なので、300円の価値はあると思うのだが・・・

(関連記事)
ホームレス支援の雑誌「ビッグイシュー」

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2010年12月11日 (土)

「サザンスカイタワー八王子」を見物

“多摩の長老?”八王子にもタワーマンションが出来た。八王子駅南口で開発中だった「サザンスカイタワー八王子」が12月1日にオープン。今日はその見学記である。

立川に比べて地盤沈下が言われて久しい八王子。確かに商店街の魅力は薄い。でも先日、八王子駅直結のタワーマンションが完成し、近所のカミさんの友達が、こっちの家を売ってそのマンションに引っ越したこともあってカミさんだけは興味津々・・。
八王子駅からの連絡通路を南口に歩くと、ビックカメラの赤い看板と大きな建物が見えてくる。見上げると、41階建ての高いマンション・・・。そして12月1日グランドオープンの看板。(写真はクリックで拡大)

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中庭が広い。そして北口の方を振り返ると、SOGOのマーク。駅に向かって、右手がビックカメラの建物、左手がマンション。1~3階はスーパー、レストラン、商店街。4階がオリンパスホールと市役所の出張所。

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一回りしてみた。地元のスーパーや、100円ショップ、それにジェラートアイスクリームの店があったので、久しぶりにパクつく。コーヒーショップなど、一通り名の知られた店があった。本屋も・・。でも小さい。
ビックカメラの隣にパン屋があり、そこでコーヒーを飲んだ。オープンの10日後。もっともっと混んでいるかと思ったが、そうでもない。混んでいたのはスイーツの食べ放題の店だけ。
まあ大規模ショッピングモールが開店した訳ではないので、こんなものだろう。
一方、八王子駅から徒歩15分の不便な場所にあった古い市民会館がここに引っ越して来るという。そして名前が「オリンパスホール」。2000席というからまあまあ。何かの催し物があるときは確かに便利。

このマンションは駅直結なので便利は便利・・。下の階にはスーパーや店が何でもあるし・・。ウワサでは八王子在住の数少ない有名人の北島三郎が1フロア買い占めたとか・・・。まあウソにしてもホントウっぽい話。

でも街の活性化は地元商店の利権が絡み、非常に難しいらしい。だから八王子のような古い町ほど凋落が著しい。それに比べて立川の元気さには目を見張る。八王子に比べ、基地の街であまり旧来の商店街の力が無く、それがかえって良かったのかも・・・

それにしても、“都会のマンションに引っ越したい”ウチのカミさんの反応に、自分は内心ヒヤヒヤ・・。自分など、ヘエーこんなのが出来たのか・・とまるで他人事で見物するのだが、カミさんの場合は“自分が住んだら・・・”という視点で見物するので始末が悪い。まあ見物から帰ってきても、あまりカミさんからこのマンションの話が出ないので、内心ホッとしているところではあるが・・・。
今日は、上天気で散歩日和だった・・・・。(それ以上の話にならなくて良かった!)

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2010年12月10日 (金)

天声人語と「創作四字熟語」

自分はウィットが大好きだが、今日の「天声人語」にはうなった。住友生命の「創作四字熟語」の話題。本家の住友生命のサイト(ここ)には、単に背景だけが淡々と紹介されているが、天声人語は「創作四字熟語」を巧みな言葉遊びでつないでいる。それが実に鮮やか・・・・。曰く・・・

「ウィキリークスにやられた米政府が「公電泥棒」と叫んだかどうかはさておき、たいていのことは漢字四つで表せる。海老蔵さんの一件は「殴顔無値(おうがんむち)」か「親系酔弱(しんけいすいじゃく)」か。以下、住友生命が募った年末恒例の「創作四字熟語」で今年を顧みる。
まずは森羅万象のはやり物。「辛辣万食(しんらーばんしょく)」とばかりに食卓を席巻したのは食べるラー油。見渡すかぎり萌(も)え萌えの秋葉原で輝いた「四萌八萌(しほうはっぽう)」はAKB48。呟(つぶや)きを飛ばすツイッターは「流呟飛語(りゅうげんひご)」とまとめられた。
龍馬ブームは紀貫之にあやかって「土佐人気」。500メートルを超えた東京スカイツリーは、早くも「全人見塔(みとう)」の観光地になった。映像の奥行き、飛び出し、臨場感の三位一体で売る「三見(さんみ)立体」の3Dテレビも評判に。
グアム行きの構想は奇想天外だったのか。普天間放置の「棄想県外」に沖縄県民の怒りは募る。中国漁船が体当たりしてくる「船嚇(せんかく)諸島」の事件は検察も巻き込んだ。特捜には期待したいが、事件を作る「独創検事」は困る。
畜産宮崎を襲った口蹄疫(こうていえき)で29万頭の牛豚が処分された、ああ「諸牛(しょぎゅう)無情」。古色蒼然(そうぜん)のお役所仕事で「戸籍騒然」、所在不明の超高齢者が後を絶たない。花鳥風月も泣く「夏長秋欠(かちょうしゅうけつ)」の猛暑に、八百屋の店頭は「市場菜高(さいこう)」。腹ぺこの野生動物が街をうろつく「群熊闊歩(ぐんゆうかっぽ)」も。
バンクーバーは「遠金(とおきん)五輪」だったが、南アフリカのW杯は盛り上がった。「芝地(ピッチ)団結」の日本代表に、われら「不眠蹴球」。過労か寿命か、勝敗を当てまくって昇天した「百発蛸中(たこちゅう)」のパウル君も忘れがたし。」(2010/12/10付「朝日新聞」天声人語より)

この筆に、我々は手も足も出ない。やられっぱなし。
話は変わるが、外国の政治家のジョークは日常的。それに比べ、日本の政治家の冗談・しゃれは禁句・・・。
政治家の記者会見で、何かのアクシデントが起きても、外人はジョークを飛ばしてかえって場を盛り上げる。しかし日本人は、担当官僚の首が飛ぶ??まあ文化の差だろうが、何とも日本人は余裕がないように見える。
その点、こんな「創作四字熟語」や「サラリーマン川柳」などのシャレは、自分は大好き。マジメな日本人も、少しは余裕があるように見えて心強い。

当blogでも「サラ川」などは毎年つい話題にしてしまう(ここ)。そこにはこれと同じく、“噛みしめるウィット”がある。それが好き・・・。
しかしそれでいて、絶対に自分では作ることが出来ない。これはセンスの分野。だから努力とは無関係。頑張れば出来るというものではない。持って生まれた才能が必要。だから自分で作ることはムリ・・・。
でもせめてトシを取るごとに、物事に対する“ゆとり”だけは持ちたいもの・・・。

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2010年12月 9日 (木)

「健康法 あちら立てれば」

当サイトで良く採り上げる日経新聞のコラム「ほどほど健康術」。先日のテーマは「あちら立てれば」・・・・。曰く・・

健康法 あちら立てれば
世間には「あちら立てればこちらが立たぬ」という話が多い。人間の体にも同じことがいえる。
骨粗しょう症はカルシウムの不足で骨がもろくなる病気だが、その予防に牛乳をたくさん飲むよう指導された人が高脂血症になることがある。
新型インフルエンザが流行した際、国が発表した統計によれば、ワクチンを接種したあと死亡した人が10万人当たり0.58人いた(因果関係は不明)。新型インフルエンザと診断された人のうち、肺炎などで死亡した人の割合は同0.96人で、その差はごくわずか。受診しなかった人も含めれば実際の死亡率はもっと小さく、差はほとんどなかっただろ。
このような現象は、医薬品にも認められる。糖尿病の薬には、検査値を改善し、様々な余病を抑える効果がある。しかし薬のせいで血糖値が下がり過ぎ、死亡する人が予想外に多いことが分かってきた。
血圧を下げる薬には脳卒中を予防する効果が期待できるが、中には副作用でコレステロール値が悪化する薬もある。
更年期障害を治療するためのホルモン治療が一時期、世界的に普及した。米国の統計によれば、この間、副作用による乳がんの発生率が明らかに増えていた。
健康は、複雑で微妙な体のバランスの上に保たれている。何かを人為的に変えようとすると、「あちら立てればこちらが立たぬ」となってしまう。
「○○病予防キャンペーン」「××病を防ぐ健康法」などの言葉がちまたにはんらんしているのが気になる。一見、納得してしまいそうだが、よく考えてみてほしい。自分がどんな病気になるかは、誰にも予測できない。なぜ特定の病気だけ対象にするのか。一つの病気を予防する努力が別の病気を誘発してしまうかもしれない。人間の体は部品寄せ集めではない。病気の予防をばらばらに行っても仕方ない。
何を目標にすればいいのだろか。「長生きしたいですか?」と聞くと、ほとんどの人は「寝たきりではね・・・」とか、「長生きするよりポックリいった方が・・・」と答える。
健康管理の目標は、やはり元気で長生きすることではないか。どんな健康法、医療にも必ずマイナス面がある。それを忘れると、この目標もかなわない。(新潟大学教授 岡田正彦)」(2010/12/05付「日経新聞」p10より)

この話は良く聞く。あくまで、「薬は毒薬である」が前提なので・・・。

話は変わるが、先日の新聞に、中国で「催乳師(乳もみ師)」という仕事が脚光を浴びている、という記事があった。赤ちゃんに母乳を飲ませるために、母乳を出させる商売とか・・・。それはそれで、自然で結構な話なのだが、背景が何とも寂しい。
「・・・中国では08年、河北省の大手乳製品メーカーが製造した粉ミルクに、有害物質メラミンが含まれていたことが発覚。これが発端となり、20社以上の粉ミルクからメラミンが検出され、全国で29万6千人が腎臓結石などの副作用にあい、6人が死亡していたことがわかった。
メラミンにはたんぱく質の量を測る基準になる窒素が多く含まれる。このため、酪農家が、利益をあげようと、水で薄めた牛乳にメラミンを混ぜて検査をごまかしていた。催乳師の需要が急速に高まったのも、この時期からだ。・・・」(2010/12/08付「朝日新聞」p8より)

こんな記事を読むにつけても、何でも“自然”が良いと思う。つまり、あまり人工的な成分を体に与えない。言いかえると、なるべく薬は控えたい・・・。

先日書いた記事で、「少々のことでは、病院に行かない。中年以降の不調は、大方は老化現象で、つける薬はない。そうだとすれば、医者に診てもらう必要もない。」(ここ)という言葉があったが、不調をトシと考えると薬に頼ることも少なくなるかも知れないな・・・。

薬の副作用といえば、前に近くの行き付けの医院で、自分に唯一、副作用のない抗アレルギーの薬(アレグラ)を頼んだら、医師が「副作用のない薬は効かない・・」という。それは違う、と思った。それ以来、この医師への信頼は揺らいだ。
話があっちこっち飛んだが、「薬は毒」を前提に、昔、医師の友人が言っていた“医食同源”に心がけたいもの。

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2010年12月 8日 (水)

NHKクローズアップ現代「ある少女の選択~“延命”生と死のはざまで~」

さっき、NHKの「クローズアップ現代~ある少女の選択~“延命”生と死のはざまで~」(2010/12/08放送)再放送/BS2:今夜24:25~24:51(9日(木)午前0:25~)を見た。
テレビカメラが、18歳の少女が延命治療を拒み、亡くなっていく姿を捉えていた。
NHKの番組説明にこうある。
「腎臓の「人工透析」30万人。口ではなくチューブで胃から栄養をとる「胃ろう(経管栄養)」40万人。そして、人工呼吸器の使用者3万人。「延命治療」の発達で、重い病気や障害があっても、生きられる命が増えている。しかしその一方、「延命治療」は必ずしも患者の「生」を豊かなものにしていないのではないかという疑問や葛藤が、患者や家族・医師たちの間に広がりつつある。田嶋華子さん(享年18)は、8歳で心臓移植。さらに15歳で人工呼吸器を装着し、声も失った。『これ以上の「延命治療」は受けたくない』と家族と葛藤を繰り返した華子さん。自宅療養を選び、「人工透析」を拒否して、9月、肺炎をこじらせて亡くなった。華子さんの闘病を1年にわたって記録。「延命」とは何か。「生きる」こととは何か。問いを繰り返しながら亡くなった華子さんと、その葛藤を見つめた家族・医師たちを通じて、医療の進歩が投げかける問いと向き合いたい。」(NHKのここ)より

「18歳で延命治療を拒否」というショッキングなタイトルだったが、番組を見て何故か納得・・・。心臓の病気を抱えて生まれ、心臓移植、人工呼吸器を取り付けた毎日。でも入院を拒否し、家族との普通の生活を選んだ華子さん。そして今度何かあったら自然に任せると言い、父親の動揺にも揺れずにそのまま亡くなった。
華子さんは「命は長さじゃないよ どう生きるかだよ」と言い、その後腎臓が悪くなって人工透析をしなければいけなくなっても拒否。
「病院にいたら薬の方もつらいし、病院にいるのもつらいから、普通に家族3人で暮らす決意をしました」
しかし腎臓病の影響で体がパンパンに腫れていく姿を見て、お父さんが動揺し、主治医に相談する。
「まあ娘の意見だからってことで私は一度も言わないで、今までこういう状態で来たんですけど、よく考えてみたら助かる命だったら、どんなことをしても助けてあげたいって気持ちがあるんです」
それに対して主治医は「私は“お前の気持ちは何だ?”って聞かれたら、迷うことなく生きて欲しいって答えます。ただこれは私の気持ちを入れちゃいけないと思うんで、3人で決めて頂きたい」
そのお父さんの動揺に華子さんは、
「私の透析をしないって気持ちは変わっていません。私らしく過ごしたいです。もう十分に頑張ってきたし自分の命は自分で決めたことだし、もうパパ追いつめないで」
そして最後に、「医療は全部受けてきたつもりだし、穏やかに過ごしたいです」というメール・・・

華子さんの言う「医療」に、人工透析はない。延命治療は・・・無い。
当サイトでは、何度か延命治療について考えてきた。(当サイトの左上の「サイト内検索」で“延命治療”を検索すると何件か出てくる)
しかし、18歳でこれほど明確に医療を、そして自分の命を見詰めているとは・・・

加えて、最初のシーンで出てくるこの会話・・・
Q「“死”は怖くないの?」
A「天国はおつかれ様のばしょでもあるから。おわりだけどおわりじゃない。こころがあるからこわくないんです。」
18歳のこの死生観・・・・。何とも、死を怖がる自分が恥ずかしい??

もし興味がある方は、再放送までまだ3時間ほどあるので、もし間に合ったら、今日の夜の再放送(2010/12/08 BS2:24:25~24:51(9日(木)午前0:25~)を見て欲しい。

<見逃した方に>
先のNHKのサイト(ここ)で、後半のインタビューを除いた本編だけ見られます。

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2010年12月 7日 (火)

ロシア民謡「カリンカ」と三好鉄生の「すごい男の唄」

いよいよ本格的な冬である。冬の風景は、つい北欧やロシアの雪の景色を連想してしまう。そんな訳で今日はアレクサンドロフ・アンサンブルの「カリンカ」。
101207kalinka WIKIによると「題名の「カリンカ」とは、樹木のガマズミやその近縁種を意味するロシア語「カリーナ」(калина)の指小形であり、いわば「ガマズミさん」「ガマズミちゃん」といった含意である。」とのこと。
それに、この歌はロシア民謡だとばかり思っていたが、WIKIには「この歌曲は、永いことロシアの民謡であると考えられてきたが、実際には、歌詞と旋律のいずれも、作曲家・作家・民謡研究者のイワン・ペトローヴィチ・ラリオーノフによって1860年に書かれた作品であった。この歌の初演は、ラリオーノフが音楽を書いたサラトフのアマチュア劇団の芝居で、舞台上で歌われたものである。」とある。
この曲は、色々な音源があるが、自分はやはりアレクサンドロフ・アンサンブルの「カリンカ」が好きだ。

<アレクサンドロフ・アンサンブルの「カリンカ」>

  「カリンカ」
    作曲:ロシア民謡
    訳詞:楽団カチューシャ 

  1(*合唱)
  カリンカ カリンカ カリンカ マヤ
  庭にはいちご 私のマリンカ エイ
  カリンカ カリンカ カリンカ マヤ
  庭にはいちご 私のマリンカ
   朝早く 飛び起きて 顔をきれいに 洗う アー
   ララララララ ララララララ 顔をきれいに洗う

  2(*合唱)
   素足も軽く タプチカ履いて 朝露踏んで 牛を追う アー
   ララララララ ララララララ 朝露踏んで 牛を追う

  3(*合唱)
   朝露踏んで 牛を追っていたら 森の中から 熊が出た アー
   ララララララ ララララララ 森の中から 熊が出た

  4(*合唱)
   大きな熊に びっくり驚いて 草むらめがけて 飛びこんだ アー
   ララララララ ララララララ 草むらめがけて 飛びこんだ

  5(*合唱)
   熊さん熊さん お願いだから 私の牛には 触れないで アー
   ララララララ ララララララ 私の牛には 触れないで

  6(*合唱)
   お乳をしぼり 飲ませるから 私の牛には 触れないで アー
   ララララララ ララララララ 私の牛には 触れないで

  カリンカ カリンカ カリンカ マヤ
  庭にはいちご 私のマリンカ

この訳詞が原詩に対してどのくらい正確なのかは知らないが、何とも他愛のない歌詞だ。
この歌詞を見ながら、ふと三好鉄生の「すごい男の唄」を思い出した。熊と出っくわすという歌詞が似ている・・・。

<三好鉄生の「すごい男の唄」>

  「すごい男の唄」
    作詞:仲畑貴志
    作曲:服部克久
  ビールをまわせ 底まで飲もう
  あんたが1番 わたしは2番 ドン! ドン!

  凄い男がいたもんだ
  海でばったり 出会ったら
  サメがごめんと 涙ぐむ
  ビールをまわせ 底まで飲もう
  あんたが1番 わたしは2番 ドン! ドン!

  凄い男がいたもんだ
  山でばったり 出会ったら
  熊が裸足で 逃げていく
  ビールをまわせ 底まで飲もう
  あんたが1番 わたしは2番 ドン! ドン!

  凄い男がいたもんだ
  川でばったり 出会ったら
  ワニが子分に なりたがる
  ビールをまわせ 底まで飲もう
  あんたが1番 わたしは2番 ドン! ドン!

  凄い男がいたもんだ
  森でばったり 出会ったら
  虎がスリスリ にじりよる
  ビールをまわせ 底まで飲もう
  あんたが1番 わたしは2番

  ビールをまわせ 底まで飲もう
  あんたが1番 わたしは2番 ドン! ドン!

この歌は、1987年のサントリー生ビールのCMソング。
久しぶりにこんな歌を聞くと、昔の忘年会を思い出す。最近は忘年会で歌を歌うことは無くなったが、昔は皆で大声を出してこんな歌を歌ったもの。
そろそろ忘年会のシーズン・・。とは言っても、こんな歌はもう歌わないのだろうな・・・。

でも、何か一人寂しくなった時、こんな他愛のない歌を大声で歌うと、元気が出るような気がするがどうだろう・・・
今日はなんとも珍妙な歌の組み合わせになってしまった。

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2010年12月 6日 (月)

今年はなぜか多い「喪中はがき」

このところ、連日のように喪中はがきが届いている。今年はいったいどうしたんだろう・・・。
もう8枚も届いた・・・。しかし、書いてある年齢が高齢なのが救い・・・。母親の場合、98歳、97歳、82歳、父親の場合、96歳、90歳・・・。

でも先日届いた1枚の喪中はがきにはビックリ。長女さんが41才で亡くなった、とある。そしてペン書きの「心身ともに参っています」という短い文字が胸に迫る・・・。
それは昔の会社の10歳上の先輩(同僚)・・・。亡くなったのが6月だったというが、自分は知らなかったので直ぐに他の同僚(先輩)にメールで問い合わせた。すると「奥さんと同じ病気でした」という回答。奥さんと同じということは、乳がん。先に50歳台で奥さんも失っている・・・。
しかし最近、周囲に乳がんの話が非常に多い。WIKIを読むと、西欧では女性の10%、日本では3~4%が乳がんに罹り、20%の人がこの病気で亡くなるという。早期発見されれば100%完治するとも聞いていたが・・・
でもこの41歳の他界はあまりに早い。その先輩にしてみると、若くして奥さんを亡くし、そして同じ病気で今度は娘さんを40歳台で亡くすとは・・・。何とも言葉がない。

年賀状の位置付けは、時代と共に変わってきており、昨年も「今年からメールに変更」という人がいた。でも、まあ手段はどうあれ、年に一度位は消息を知らせ合うのも日本の良い習慣なのかも知れない。
そう言えば、カミさんが、喪中はがきをもらった人に「寒中お見舞い」のハガキを出すと言っていた。寒中見舞いは、寒の入り(1月5日)頃から立春の前の日(2月4日)頃までに出すそうで、喪中はがきを貰った人に、賀状の代わりに近況を知らせるのだという。
なるほど・・・。喪中はがきをもらうと、こちらからのアクションは無くなる。寒中お見舞いは、それを補填する良い動きなのかも知れないな・・・。

さっきの長女さんを亡くした先輩の話に戻るが、せめてメールででもお悔やみを言いたいと思うのだが、実は未だ書けていない。あまりに事実が重たく、何と書いて良いか、言葉が浮かんで来ない・・・。
90歳台がズラリと並ぶ目の前の喪中はがきの中で、「心身ともに参っています」という言葉が、それ以来ずっと自分の頭から離れない。
人生での一番の悲劇は、やはり家族での他界の順番が狂うこと。
せめて「般若心経(ここ)」でも唱えて、長女さんのご冥福を祈ることとしよう。合掌・・・

<般若心経>~高野山金剛峯寺の専修学院生による

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2010年12月 5日 (日)

八王子飛行場?で~今日の散歩・・・

今日は秋晴れ。散歩日和・・・。いつものように愛犬・メイ子を連れて、カミさんと多摩川に散歩・・・。P10807141 遠く見える景色も絶景。散歩道の途中にある大蔵院のイチョウも紅葉している。(写真はクリックで拡大)
いつもの八王子水再生センター北の「八王子飛行場?」には沢山のオジさん・・・
P10807171 皆大きな模型飛行機を手に、順番に飛ばしている。しかしここのメンバーのテクニックはスゴイ。どの飛行機も宙返りやキリモミのような芸当をする。それがどの飛行機も行うので、もうビックリしなくなった。
数えたら、オジさんはズラリと16人。昼時だったので弁当をパクついている人も・・・

P10807271 P10807351 P10807411

カミさんはいつも自分もあの仲間に入れて貰え、と言う。でもとてもとても・・・
確かに飛行機は好きだが、 皆さんホンモノの趣味の方ばかり・・・

最近は、音がしない飛行機が増えた。電気で動くらしい。ちょうど帰りがけの人がいて、その人は10分位は飛ぶと言っていた。そういえば、前に来た時に“ギャラクシー(世界最大の輸送機)”の模型飛行機が来ていて、皆が注目していた。(まさにこの“飛行場”は横田基地への進入路に当たっているため、上空をよくホンモノのギャラクシーが飛ぶ・・)模型といえども、もちろん4発のジェット推進。そのギャラクシーがゆっくりと飛び立った時、皆から拍手が・・・。拍手など初めて聞いた・・・。他の人の飛行機を圧倒する大きさ。それが本当に飛んだ・・・。しかし・・・・、しばらく飛んだ後で、アッという声。エンジンがストップ・・・。そして墜落・・・。その後の状況は知らない。でも沢山の人が墜落現場に駆けつけたっけ・・・。

この飛行場は、多摩川の河川敷にあり、確か以前、その前に柵が作られ、入れなくなったので違法な飛行場かな?と思っていたら、「ラジコンを使用している人へ」という看板には「危険な場所での使用はやめましょう」とある。公的に認められているらしい。

P10807671 P10807691

話は変わるが、テレビではこの4日に新青森駅まで開通した東北新幹線のニュースで賑わっている。始発列車の乗車券は45秒で売り切れたとか。また始発列車には沢山のカメラを持った鉄道ファン・・・。
鉄道ファンには少数だが女性も居るらしい。でも先の模型飛行機の世界にはたぶん女性はいない。今日も飛行場の土手の上にカミさんと座って、飛行機の飛ぶのを見ながら毎回同じ事を話す。女性にはこんな趣味の人はいないね・・・。
自分が凝っていたオーディオの世界にも女性はいない。考えてみると、このように凝った趣味の世界は、圧倒的に男性の世界かも知れない。まあいつまで経っても男性は心が子どもなのかもね・・・。

これからは、やっと“たくさんの時間と少しのカネ”を手にした団塊の世代が、このような趣味の世界に、大挙して羽ばたくのだろう。
サーテ、では何をする?まあほとんどが昔の若い頃の趣味の復活・・。
まあ自分の場合も、FM電波の強弱に一喜一憂するのではなく、何かアカデミックなものを趣味としたいが、もう遅いかもね・・・・・。

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2010年12月 4日 (土)

昔の仕事仲間と飲んだ

先週、高校の同窓会に行った(ここ)と思ったら、昨夜は昔の仕事仲間から声が掛かって、立川で飲んでしまった。
会社は人の集まり。同じ会社以外でも、ビジネスは人と人との関係で進行する。ビジネスはほとんどの場合、それぞれの「立場」で仕事をする。それは「**会社の**課長」さんであって、決して個人名の「**さん」ではない。よって同じ仕事でも、異動で個人名が変わっても、会社(部門)対会社の付き合いは、粛々と変化がない。それが普通・・・。
よって立場が変わると、相手との関係は切れて行く。それが普通・・・

同じ会社仲間だとリタイア後は昔の同僚同士、幾つかの「同窓会(会合)」のようなものが生まれ、定期的に集まって飲む、という機会は出来てくる。それぞれが「その後」の情報交換をするための相手を探す?ので、利害は一致している。
しかし「同僚」以外は全く別である。仕事上の“一過性”の付き合いなので、リタイア後に会う必要がない。ビジネス上の情報交換をする必要がない。
よって同じ会社の同僚以外で、リタイア後に付き合いが継続するということは、それぞれが一人の人間に立ち戻っての付き合い再開、という事になる。つまり、ビジネス上のドライな付き合いが、人間としてのウェットな付き合いに変わる瞬間でもある。

“3人会”が発足してだいぶん経つ。元請け会社としての自分と、協力会社M社のボスだったHさん、同じく協力会社のボスだったT社のTさん。それぞれがリタイアし、肩書が取れても相変わらず2~3ヶ月ごとに集まっては飲んでいる。もちろん仕事の話は一切無い。それが最近はメンバーが増えて6人会になった。外から見ると、この6人は何とも不思議な組み合わせのメンバー。それぞれの立場が色々で、一括りで説明出来ない・・。でも幹事役Hさんのお陰で続いている。ありがたいことだ。

前置きが長くなった。それと同じような関係で、昔の会社で事業部・工場が全く違ったSさんから声が掛かり、昨夜久しぶりで会った。Sさんの元部下のYさんも一緒。この3人の関係も面白い。同じ会社なのだが、昔の立場は発注者側と受注者側だった。でも新製品を作るために一緒に議論した仲。でも先の3人会とは違って、二人はピッカピカの現役。Sさんは1600人の子会社の幹部。定年まであと2年とか。もう一人はまだ51歳。親会社の幹部。
前回会ったのは、親戚の関西の営業マンを連れて会社を訪ねた時。連れて行った営業マンは東京地区の開拓をするためにたまに上京するのだが、なかなか相手企業に恵まれず、彼の顔を立てるために、大会社の二人を訪ねたわけ。その時も、二人は貴重な時間を快く取ってくれて、自分もその親戚の男に顔が立ったもの・・。有りがたかった・・・
たぶんそれ以来だが、数年ぶりに会っても、お互い変わっていない。

やはり話題は会社の「その後」。あまりきな臭い話題は最近耳にしなかったが、現場の状況は「厳しい」のひと言。幾ら大会社とはいえ、携わっていた事業の趨勢によっては悲惨な運命がのしかかる・・・。業績不振により切り棄てられる事業。その事業に携わっていた人は皆余剰者に・・。つまり会社にとっては不要な人。営業の第一線で“肩で風を切っていた”営業幹部が、単身赴任で工場の寮に入れられ、作業服を着て機械の組み立て作業をしている現実・・・。イヤだったら辞めたら??の世界・・・・。
また現在活況の事業も、製造がどんどん海外に移転しているため、国内で必要とされる人間は減少の一途。しかも韓国メーカーは強く、将来的にも到底かなわないという。すべては時のトップのジャッジの結果。トップのジャッジは、良くも悪くも尾を引く・・・

サラリーマンは、例え子会社に移ったとしても、ビジネスの最前線で活躍している時は、他の世界は見えない。否、見る必要がない。自分もそうだった。
でも段々と「その時(定年)」は迫ってくる。会社の仕事以外に、自分にどんな世界があるのか・・・
昨夜会ったSさんは、世界をまたに掛けた人。英語が堪能で、昔自分が(とうとう逃げられずに)アメリカに初めて出張した時に、一緒に行った、いや自分が連れて行って貰った人。当時海外出張40回とか言っていた。(後で聞いたらその後50回で止まっているとか) その英会話の実力と海外経験の豊かさには舌を巻いたもの。
その時に、「もうほとんどの国には行ったが、何とか南アフリカに行ってみたいのだ・・」と言っていたが、それはまだ実現していないという。
その時に教わったのが、「英会話が出来ると住む世界がグローバルに広がる」ということ。これは大きい。それ以来、せめて息子どもにそれを期待したのだが、案の定“空振り”に終わった。
世界を相手にビジネスをしていたこんなSさん。近い将来、現役をリタイアしたあと、どんな人生を送るのだろう。海外経験や技術力において、ちょうど自分の対岸に位置しているだけに、少し興味がある??
そんなSさんだが、数年前に(昔、自分も罹った)突発性難聴(これ)になったと聞いて、“Sさんも(ストレスに負けた)普通の人間だった”と、少し安心したもの・・・。(世の中、サイボーグは居なかった・・・・?)
それと同時に、我々団塊の世代は、現役の悲惨な状況を聞くにつけ、やはり“食い逃げ世代(ここ)”と言われても仕方がないな・・、と思った。

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2010年12月 1日 (水)

声で知らせる電波目覚まし時計

我々シルバー族ともなると、夜中に目が覚めることが多くなってくる。その時、つい「いま何時だ?」と時刻を確認する。自分はそんな時、枕の隣にあるピラミッド型の目覚まし時計の“てっぺん”を叩く・・。すると「ポーン午前12時35分です」という女性の声・・・。「・・ったく4時頃かと思ったら、まだ1時にもならないのか・・・・」と思う・・・。

長い間、目覚まし時計は、叩くとボーっと文字盤が明るくなるデジタル時計を使っていた。会社で、無事故無災害時間の達成とかで全員に配られたもの。それも毎日スイッチを入れたり切ったりするので、とうとう接触不良・・・。買い換えねば・・・
ふと思う。普通の目覚まし時計は、時刻を確認するのにいちいち目を開けなければいけない。すると“せっかくの寝ぼけ”状態から、はっきりと目が覚めてしまう。これは惜しい・・
そう言えば、前にカミさん用に声で時刻を知らせる目覚まし時計を買ったが、これが実に案配が良いとカミさんが言っていた。目を開けないで時刻が分かるので便利と・・・
それで、自分も声を出す目覚まし時計に替えることにしてNetで製品を探してみた。でも意外と製品の種類が少ない。家電量販店にも行ってみた。でもなかなか自分にフィットする製品が無い・・・。
結局買ったのがSEIKOの「音声電波目覚まし時計(置時計)『ピラミッドトーク』 DA205G」という製品(これ)。

定価1万円、通販では6千円強で買える。この製品は「声」に特化しているため、デジタルImg_26471 の時計表示は底の部分に小さくあるだけ。時刻を目で見るにはあまりに小さい。(写真はクリックで拡大)
でも「声」に注目すると、これが結構頭が良いのだ。日本語または英語でしゃべる。普通は、一度頭を叩くと、現在の時刻。2度叩くとアラームのセット時刻。別のモードにすると、温度・湿度を声で言う。そしてアラーム設定時刻になると、これまた声で「12月1日水曜日、午前5時32分で~す」と大きな声で“しゃべる”。
買った時、あまりに声が大きいので音量を「小」に設定したが、それでも大きい。でもこんな製品を買うのは老人が多い?・・・とすると、耳が遠くなる事を考慮して・・・、まあ仕方がないか・・・。
確かに朝の目覚ましとしては、ある程度の音量は必要・・。

でもこの時計、なかなかとしぶとい。朝、目覚ましで起きて、単に頭を叩いて声を止めただけにすると、しつこくアラームを繰り返す。裏のタイマースイッチをOFFにしないと「起きろ!」「起きろ!」と繰り返す。最後には「ピピピピピ・・・」と大きな音。これには参って起きてしまう。
また電波時計なので、時刻を合わせる必要がない。常に正確・・・。これも便利。
まあ、そんなこんなで、まだ遅刻した事は無い・・・。

話は変わるが、先日会社で履く室内靴を買いに行った。5年ほど前に買った室内靴が壊れない。でも靴底が固いためか、最近足の裏が少し痛み、これはクッション性が無い為ではないか?と疑って、買い換えることにしたもの。
靴屋の帰りにカミさんが言う。「良い物を買って、何年使うの?」・・・
そうだ。5年も使えない・・・・。その前にたぶん会社は“クビ”だろう・・・
先日「三角コーナーの寿命」(ここ)という記事を書いたが、それと同じ話だ・・・。何年持たせるつもり??

この目覚まし時計は、まあ近い内に会社をリタイアして、「目覚ましアラーム」の設定は必要無くなるかも知れないが、夜中の“お知らせ”は、自分が生きている限り役に立つだろう。
でもこれに限らず、何かを買う度に、「あと何年使えるの・・?」と考えながら買うのは、何かうら寂しいもの・・・。
段々と生活が縮小モードになるのは致し方ない。でもあまり考えたくないね、先の事は・・・。
(そんなことを言いながら、自分もスーツの購入だけは最近完全に止まっている。意外と、スーツを新調するかどうかが“サラリーマン現役”のバロメータかもね・・・)

●メモ:カウント~140万

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