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2010年11月の26件の記事

2010年11月29日 (月)

「団塊世代は“食い逃げ”するな~寄付で助けよ」

今朝の日経新聞の「インタビュー領空侵犯」のテーマは「団塊世代は“食い逃げ”するな」。何とも刺激的な見出しで、気になった。曰く・・

団塊世代は“食い逃げ”するな~若者の社会変革、寄付で助けよ
     北海道大学教授 山口二郎氏
――団塊世代に対し、若い人の社会運動にお金を寄付すべきだと提言していますね。
「若いころは学園紛争の主役となり、社会変革に燃えていたのが団塊世代です。しかも終身雇用に守られながら退職年齢に達しました。日本の高度成長の恩恵を十分に享受できた最後の世代でしょう。その人たちが今、退職して私生活に埋没してしまっては、若い世代から突き上げられます。妙におとなしくなったなどと批判されるのも面白くないでしょう。だから、よけいなお節介かもしれませんが、お金の寄付を訴えたんです」
「若い世代には立派な人が多い。病児保育を推進する特定非営利活動法人(NPO法人)とか、2年前の年越し派遣村など、イデオロギーにとらわれない若いリーダーが起業家感覚で新タイプの社会運動を広げています。関心のある分野に団塊世代が退職金から1%でも寄付すれば、自分が参加できなくても、大きな社会変革の力になります」
――団塊世代の食い逃げは許さないということですか。
「世の中が危機的な状況にあるからです。若い世代は人生の予測ができないでいる。学校を出て就職し、結婚して子育てをするなど、かつての普通のライフスタイルが共有できない社会になっています。非正規雇用の比率が高まり低賃金労働です。その結果、未婚者は増え、少子化も止まらない状態です。これらは若い世代による社会への一種の復讐ですね。ただし、いずれは自分に跳ね返ってくる自己破壊的な反逆です」
「このままでは、さらに大きな規模の貧困が広がり、社会保障システムでは救えないという話になりかねない。だから団塊世代には座視しないでほしと思うんです。『余生』なんていう言葉は使ってほしくないですね」
・・・・・
・・・・・
(聞き手から)
以前にフランスの退職者を取材したとき、よく耳にした言葉は「連帯」だった。自分たちは恵まれた世代。その恩返しに、失業で悩む若い世代に就職ノウハウを指南しているNPOもあった。必要とされるのは世代対立よりも連帯。団塊世代も含めた大人の温かみを、若者が実感できる社会づくりを改めて考えた。(編集委員 須貝道雄)」(2010/11/29付「日経新聞」p4より)

なかなか耳に痛い論である。「食い逃げ」という言葉もキツイ・・・。
Image05591 同じ今日の日経新聞の別のページに「苦難の就活 遠のく婚活」(2010/11/29付「日経新聞」p5)という記事があった。結婚件数が23年ぶりに70万組割れするという。この記事にあった2枚のグラフが先の記事を裏打ちしている。若者の就業率と年収の推移、及び結婚数の推移である。(写真はクリックで拡大)

確かに団塊の世代は日本の高度成長期に恵まれ、まず「失業」という言Image05592葉をほとんど知らないで過ごせた。でもそれは団塊世代以前の方がもっと良かった。退職金もふんだんに貰えた。我々の世代は、それらが急速に減って行く中で、ラストチャンスに引っ掛かったということ。まあ、その意味では“食い逃げ”と言われてもうなずくしかない・・・

確かに、若い世代に我々ベテランの遺産を贈る方法を、我々は知らない。家族の中でさえ、世代間の支援も難しい。(だいたい息子どもはオヤジの言葉を聞く耳を持たない)だから「寄付で支援を」という論は正しい指摘なのかも知れない。
でも現在の社会に、世代間の支援をする仕組みは(逆方向の年金制度を除いて)無い。この論で言っている“退職金の寄付”にしても、その仕組みはもちろんこれから・・。
でも電子政府を標榜する日本・・・。前に“事業仕分け”でこんな事を言っていた。若い人が、自分がどんな職業に向いているかを調べるサイトを叩くと、ある条件では常に「ペットショップの店員」という答えが出てきたとか・・・。
まあこのような寄付制度が本当に出来たら、“自分がどのNPOに寄付したいかを調べるサイト”は、恣意的なNPOが出ないように作らないといけないな・・・。
おっと話がそれた。そんな事は後々の話・・・

ともあれ、世代間の支援制度は面白い。自分が支援したい事業に寄付をする。そしてそれを見守る・・・。しかも「お金」だと後腐れが無くて良い。団塊世代は教えたい。しかし若い人はそれを聞きたくない・・・。それをうまく埋められるかも・・・。なるほど・・・
(大きな声では言えないが、自分はとっくに退職金を使ってしまったので、この話は番外だぞ~。もうお金は無いので、“これから退職金をもらう人”から適用する、ということにしようよね・・・)

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2010年11月28日 (日)

高校の忘年会(同窓会)に行った

非常に厳しい(女性)幹事殿のフォローで、昨夜、つい高校の忘年会(同窓会)に参加してしまった。夕方4時から銀座の居酒屋・・。実に良い時間・・・。遠い人も余裕を持って帰れる・・。

自分の卒業した高校は、共学と言っても圧倒的に男子が多かった。でも今回の忘年会は、全て女子が仕切っている。実に時代にマッチングしている!?
自分にとっては初参加の“同窓会”。でも自分以外の人にとっては毎年恒例の少し早い忘年会・・。聞くと10年以上続いているという。会の名は「東京一八会」。高校の18回卒業生の東京版という事らしい。出席は先生2名、女性4名、男性12名の計18名。どの顔も年季が入ったオジさんばかり。女性はそれなりにまだまだ(!?)美しく・・・。相変わらず先生はトシを取らない。昔のまま・・・。改めて聞くと、先生は70歳と73歳という。To先生は、まさに我々が高校入学の年に大学を卒業して赴任されてきてので、年は7歳しか違わない。Tu先生も若かった・・・。

女性陣とは1~2年の時にクラスが一緒だったせいか、話題はやはり1年生のときの思いImage05571 出が多い。当時団塊の世代で急遽入学定員を1クラス増やしたため、教室が足りない。それで旧図書館を教室として使った。我々1Aのクラスは、他の教室からは離れた、遠い離れ小島・・・。よって、何か静かだった・・・。あの昭和38年の入学からは半世紀に近く、昭和41年の卒業からも、もう44年も経ってしまった。それでもこのように忘年会に集まってくる・・・

このような同窓会は、現役の会社の忘年会などとは違って、幹事の存在が圧倒的な意味を持つ。つまり全ては世話役の幹事次第なのである。この会のように、大物女性二人が仕切っている場合は安泰だが、自分の大学の同窓会などは、とうとう1度もやった事がない。つまりまとめ役が不在だったのだ。今更始めようとしても、もうムリだ・・・。
しかし、この幹事役はなかなか大変。人集めから、今回のように、休日の店を貸し切りで予約する等・・・。

昨夜は、たまたま席が、3年生の時に担任だったTo先生の前だったので、“高校教員の世界”について色々と聞いてしまった。自分の住んでいたメーカーの世界とはだいぶん違う。教頭、校長への昇進の仕組み。転勤の仕組み。母校のその後の飛躍的な進学実績について、等々。
当時の先生方は学年で18名だったそうで、当時の学年主任の先生の名を冠した“(TM)会”を作り毎年集まっていたとか。しかし数年前にそのTM先生も他界され、現在は10名。それでも名はTM会のままで、現在も続けておられるという。

少し遠くからこの情景(忘年会の風景)を眺めてみると、そこには貴重が情報があふれている。つまりここに居る人の数だけ、色々な人生がある。しかも、現役をそろそろ引退する、という“完成の域”の人生が・・・。
高校生は平等社会。そして大学進学を機に、それぞれの人生に向かって散って行った。そして60歳を越えて、今集う時、また皆は肩書の取れた平等な立場に戻っている。

前に「ある大学の同窓生で作る文集「むつごろう⑥」を読む(ここ)」という記事を書いた。ある大学の工学部出身者が定年を迎えて、それぞれ現役から離れて、今思う事を綴っていた。電気工学科というかなり限定された出身者たちでも色々な人生があった。そしてリタイア後の目指す人生の方向は、これまた千差万別・・。
そんな視点で見てみると、高校の同窓生などはそれこそ全く別の人生を歩んでいたはず。でも同窓会のような限られた時間では、なかなかそれらの話を聞く機会は無い。ふと、高校時代のかつての仲間が(昔の顔が浮かぶ仲間が)、それぞれ、その後どんな人生を送ってきたのか、知る機会があったら面白いな・・・と思った。
まさに還暦を過ぎ、もう我々は人生を振り返るトシになってしまった。自分たちと同じような人生を歩んできた我々の回り(会社関係)の人たちの話はもう良い。それらは大体分かっている。しかし、かつての高校の仲間たちから、それぞれが生きてきた“別世界の人生”を聞いて、ハッとやり残した事に気が付き、もし再スタートをかけるとしたら、残された時間は、もうギリギリなのかも知れない。
自分がNHKラジオ深夜便を良く聞くのも、自分以外の人生に興味があるからかも・・・。でも、ラジオから聞こえてくる色々な人生も、今のところ自分の人生にそれほどの影響は与えていない。よって色々な人生を聞いても、たぶん“ヘエー”で終ってしまうのだろうとは、思うけどね・・・。(元々自分は“サボり屋”なので・・・)

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2010年11月26日 (金)

伊藤久男の「海の歌」

先日「伊藤久男~熱き心の歌~」というBOX-CDを買ったが(ここ)、この中に入っていた「海の歌」をまさに半世紀ぶりに聞いた。
“英語の勉強のため”と親をだまして買わせたナショナルのテープレコーダに、ラジオのスピーカーにマイクを付けて歌を録音した。それは高校1年のとき。当時録音した歌はその後、LPやCDを入手したが、唯一伊藤久男の「海の歌」だけは聞いたことがなかった。放送でも巡り会わなかった。そしてやっと今、半世紀ぶりに聞いた・・・

<伊藤久男の「海の歌」>~昭和30年8月10日発売

「海の歌」
  作詞:西條八十
  作曲:古関裕而

大いなる 船くつがえす
かくれたる 力はあれど
あどけなし 磯のさざなみ
白砂に 小蟹とあそぶ

みち潮の 満ちて誇らず
ひき潮の わかれ歎かず
塵あくたのせて 濁らず
青き水脈(みお) つねに新し

おおらかに すべてを呑みて
おおらかに すべてを濯い
とこしえに かがやける海
ああ われら生きん 海のこころに
大海(わだつみ)の広き こころに

このCD集の解説によると「日本橋三越本店は「家庭で親しめる健全な歌曲」を民放から「三越ホームソング」として放送する企画を立て、その作家として西條八十、古関裕而の二人に白羽の矢を立てました。その中の1曲として作られたこの作品は西條八十が自然のみを詠った珍しい詩です。」とある。

その時のテープレコーダをNetで探してみた。すると「パナソニックミュージアム 松下幸之101126mysonic2 助歴史館(ここ)」というサイトにそれはあった。(写真はクリックで拡大)
「テープレコーダ「マイソニック」(RQ-303)1963年(昭和38年)1万円テレコといわれたヒット商品。[10,000円]」とある。当時の1万円は大変な高額商品。今考えても「よくぞ買ってくれたもの・・」と両親に感謝!(今頃??・・・)
しかし、親が自分に買ってくれた物はこれしか覚えていない。それほど大変な時代だった・・・。

自分は子どもの時からテープレコーダは大好き。昭和30年台の小学校の頃、放送委員をやった。下校時刻になると「皆さん、家に帰りましょう」と庭に面したスピーカーから放送した。その放送室にSONYのテープレコーダがあった。マイクがずっしりと重く、触るとドキドキした。その感触が我が人生を変えた?
101126a6010 ともあれ、この歌を聞くと、当時のこの1万円テープレコーダを思い出す。それをスタートに、その後SONYのオープンデッキTC-255やTEACのA-6010などのデッキを手に入れたもの。このテレコは自分の原点・・。
しかし、今やICレコーダーの時代。メディアもオープンリールからMP3のICメモリーに変わった。
今凝っているFM放送ではないが、何か昔のアナログの世界に想いが回帰する最近の自分である。

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2010年11月25日 (木)

FM放送の電波の性質~NHKに聞く

この半年ほど凝っているNHKのFM放送。じっくりと聞いてみると、そのFM電波について色々と疑問が出てきた。それをNHKの電話受信相談窓口(0570-00-3434)に聞いた。下記はその時の回答である。(今日は自分用の備忘録である)

:「昼の時間帯に。チリチリというノイズが出ることがある。20~30分で自然と消える事もある。イグニッションノイズ(エンジンのスパークノイズ)だと思って、家の周囲を見回すが、バイクも車も居ない。これは何だろうか?遠い場所のイグニッションノイズ?」
:「外部ノイズだろうが原因は分からない。何がノイズ源か調べるしかない。イグニッションノイズはエネルギーが小さいので、100mも離れると影響は無くなる」

⇒今日も昼の録音(13~14時)を聞いたら、13時10分頃から最後までチリチリノイズ。昨日は13時18分~55分まで。2日連続。さすがに行動開始。まず、(ここ)に載っている事を信じて、パッチンコアを電源線に1個、アンテナ入力に4個入れてみた。サーテどうなるか・・・

(2010/11/29追)~SOS
上の対策はNGでした。このノイズ、下にアップしますので、原因が何か、どなたか分かったら教えて!!

(2010/12/14追)~原因が電柱と判明。対策に移る。(ここ

:「長期間データを取っているが、昼間の方が夜よりもノイズ量が少ない。この理由は?電波は夜の方が遠距離まで届くような気がするが?」
:「電波は季節によっても、時間帯によっても変わる。空気の澄んだ時、寒い時は悪い。(アナログ)テレビでも明け方は写りが悪く、昼になると良くなることがある。空気が湿った時は良い。経験的に、雨の降る前の曇の天気の時が良いようだ。よって季節的には冬が悪く、夏が良い。電波の変動幅は6dB位はあるので、アンテナ業者はそれを計算に入れてアンテナを設置する。特にデジタルテレビはレベルが不足すると画面が全く出なくなるので注意」

:「携帯ラジオを持って散歩すると、1~2mおきに音量が大きくなったり小さくなったりを繰り返す。これは普通の状態か?それが起きる場所で、専用アンテナへの影響度は?」
:「電波が弱いと、直接波と反射波の位相が合って大きくなったり、逆に打ち消し合って小さくなったりする。固定アンテナは電波を強くキャッチしているのでそんなにレベルは変わらない。ただしアンテナの設置方法で、アンテナを上下に動かすと2~3dB位は変わる可能性はある」

:「家の目の前に小山があるが、それで山岳回折は期待できる?」
:「山岳回折は目の前の小山では期待できない。近くの山は、単なる障害物。そこに繁っている木々も障害物。電波は光のようなものなので、季節による落葉樹などの状態によっては、レベル変動の原因になる」

:「チューナーに付いているシグナルメーターの振れと、ノイズ量が比例関係ではないのだが?」
:「一般的には電波が強くなればノイズ量は減るが、比例するとは限らない。電波の強さ(電界強度)は、直接波とマルチパス(反射波)の合成。大事なのは電波の中味。ノイズ分が5dB増えて電界強度が5dB良くなっても、S/Nは改善されない」

NHKの電話受信相談窓口はどのような回答体制になっているのかは分からない。でも質問内容から、「技術に替わります」と出てくる方は、かなり技術に長けた方。電話口に技術担当者が詰めているとも考えられない。都度技術部門に転送しているのか・・・。でも今日も的確な回答を貰えて、今までの疑問が氷解した。

前に「期待と落胆~FMアンテナのその後(ここ)」という記事を書いた。
101125ant 10素子のアンテナに交換して3dB位のレベルアップを期待していたのだが、なかなか・・・。でも結果オーライ。特に昼間は満足の行く受信が出来ている。結果として、10素子のFMアンテナは、正解だったのかも知れないな・・。(今日の昼もS/Nが57dB。しかしその直後にチリチリノイズ・・・。残念!これを退治するぞ!)

このところ、散歩する度にカミさんに言われるのが、「いつも家のアンテナばかり見ている」・・・。家々のアンテナも急速に地デジのアンテナに替わっている。ところで、今のNHK FMの放送がデジタル放送に変わるのは何時なのだろう? もっともそんな計画があるという話は、聞いたことがないけど・・・

(関連記事)
期待と落胆~FMアンテナのその後
電柱からのFMノイズ対策奮闘記(その1)

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2010年11月24日 (水)

「曲を楽しむなら このオペラ」ベスト10

先日の日経新聞「プラス1」の“何でもランキング”に「曲を楽しむなら このオペラ」が載っていた。それによると・・・

<曲を楽しむなら このオペラ ベスト10>
①ビゼー「カルメン」          912
②ヴェルディ「椿姫」          809
③プッチーニ「トゥーランドット」    734
④プッチーニ「蝶々夫人」       693
⑤モーツァルト「フィガロの結婚」   511
⑥モーツァルト「魔笛」         470
⑦ロッシーニ「セビリアの理髪師」 425
⑧モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」 402
⑨プッチーニ「ラ・ボエーム」     396
⑩プッチーニ「トスカ」         334
(2010/11/20付「日経新聞」pS1より)

この記事の解説を読むと、「初心者がまずオペラの音楽に親しむなら何がお勧めか?」。20101124nikkei つまりオペラで演奏される音楽の魅力度のベスト10のようだ。しかし作曲家が偏っている。プッチーニが4つ、モーツァルトが3つ、そしてビゼー、ヴェルディ、ロッシーニが1つずつ。
意外なのはワーグナーが無い・・。ワーグナーは初心者向きでは無いということか・・・。(この記事のPDFはここ

自分が初めて歌劇のレコードを買ったのは大学4年の時。ショルティ指揮ウィーン・フィルの、かの有名なデッカ録音によるワーグナーの楽劇「ワルキューレ」だった。次に買ったのが「カルメン」。会社の売店での割引。全曲はそれ位で、ハイライツ物では、「アイーダ」「トスカ」「タンホイザー」などのLPを買った。それ以降は、もっぱらテレビ番組の録画。

そもそもレコードやCDは、原理的に純粋な音楽を聞くメディア。「ワルキューレ」も「カルメン」も、レコードをかけながら、付録の対訳の冊子を目で追うのだが、到底間に合わない。結局、どこを歌っているかが分からなくなる。その点、テレビは素晴らしい。舞台と共に、歌っている日本語の訳詞がスーパーされる。これでキマリ・・・
よって、テレビの録画は沢山した。昔のアナログ衛星放送からデジタルハイビジョンまで。色々なオペラを何十時間も・・・
でも、ついぞそれらを見たことがない。何せ、長いのである。3時間もテレビをじっくり見る機会がない。ひっきょう「後で見るために、とりあえず録っておこう」という事になる。つまり、そのうち見る機会もあるだろうから、録画だけしておこう・・・
でも案の定、その機会はない・・・。

一番たくさん録画したのは、ワーグナーの「ニーベリングの指輪」かも知れない。同じ楽譜でも、演出の違いで舞台は様々・・・。でもワーグナーの音楽は特に重たい。よって聞いていて疲れる。だから気楽には聞けない。よってつい「サンデー毎日になったら・・」という事になって、テープが棚で眠ったまま・・・。
そんなテープだが、結局見ないまま終わるような気がする。理由は、メディアがどんどん良くなっているから。ベータがS-VHSに変わり、D-VHSに変わって、そして今はハイビジョン番組をそのままHDDに録画している。昔のアナログのテープを今更見るかというと、何とも自信がない。これは全ての番組に言える。そのうちに見ようと思って録画したテープがVHSテープ専用の棚に溢れている。でもたぶん見ないだろう。当時と現在では、もう話題の内容が違っている・・・

しかしこの新聞記事を見るにけ、幾多の“名著”と同じように、これらのオペラは、ほとんどが“名前は知っているがストーリーは知らない”。
でもまあ、もうすぐ“サンデー毎日”・・。「時間が出来たら貯めてあったオペラをゆっくりと見るのさ・・」とうそぶいてはいるのだが、果たしてそれはいつか・・・
でも、少なくても「ひとつ」は、ヒマになった時にやることがあるぞ!!エッヘン・・・

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2010年11月23日 (火)

東京・日野/高幡不動尊の「萬燈会」に行った

毎年初詣に行く近くのお寺「高幡不動尊」で開催されている「萬燈会(まんどうえ)」に行ってきた。実は昨年も行ったのだ。しかし行ってみてやけに空いている。何と“明日から”だったのだ。よってホンモノを見たのは初めて。
最近、よく駐車場を使わせてもらっている、多摩モノレールの満願寺の駅前のカミさんの友達の家に、またまた車を置かせて貰ってイザ出陣。モノレールの高幡不動駅までは1駅で100円。高幡不動駅のモノレールの駅から京王線の駅までの商店街は賑やか。駅が新築されてから高幡不動駅も随分と変わった。

Image05561 5時になるともう暗い。駅から不動の方に歩き出すと、チラシをくれた。「第5回たかはた もみじ灯路」とある。灯ろうの点灯時間は18時から、とある。まだ1時間もある。先に不動を回って、帰りに灯路を見る事にした。不動の方に歩いて行くと、灯路の準備に大忙し。まだ灯路を道路に置き終わっていない。(写真はクリックで拡大)

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境内に入ると、何か人だかり。たくさんの僧侶が五重塔の方に歩いて行く。カメラマンが沢山。大きな立派な一眼レフを構えているのは、ほとんどが初老のオジさん。自分と同じシルバー族。

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五重塔の方に歩いて行くと、浮燈明を売っている。聞くと、マジックで名前と願い事を書くのだそうだ。それを五重塔の周りの池に浮かべる。「***」と書こうかと思ったが、中のロウソクが消えて、返って不吉だとカミさんが言い、「家内安全」と書いた。それを池に浮かべる・・・。始まって間もないため,浮かんでいる灯ろうの数は少ない。でもユラユラと流れて行く。

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五重塔の裏手に回ると、お坊さんが回りに設置してあるロウソクに火を点している最中。数が沢山なので、点灯作業も大変。そしてライトアップされたもみじもキレイ・・・。本堂に降りていくと、行灯が並んでいる。そこには俳句??何とも風情がある・・・。

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お寺を出て、高幡不動駅の方に向かう。でも灯路の点灯はまだ。6時点灯なのでまだ20分もある。並び方が重要らしく、少しでも曲がっているところを探して直していた。しばらくして挨拶が始まった。市長だとか商工会議所だとか、議員だとか・・・。そして6時前になって、ようやく点灯。はっぴを着た人が、ライターで順にロウソクに火を付けて行く。しかし、フワーと風が吹いてくると、その辺の灯路が一斉に消えてしまう。あわてて、スピーカーから「フタを付けろ」と指示が飛ぶ。そして6時前に街灯が一斉に消され、道路に灯路の列が出現した。

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この灯路。今年で5回目だという。地図を見ると、この近辺にだいぶん大がかりに設置してP10806751 いるらしい。駅から不動までの道だけではなかった。その数2200個。これを消さずに置くのはなかなか大変。風や雨で簡単に消えてしまう。そしてもし足に掛けて倒したりすると、中に入っている水でロウソクが濡れてしまい点かなくなってしまうと言っていた。

ともあれ、ウワサの萬燈会に行ってきた。昨年の一日前に行った失敗から、“今年こそ”とカミさんが意気込んでいたもの。初詣の賑わいには届かないものの、地域も色々と活性策を練っている。
平和な世の中ではある。

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2010年11月22日 (月)

NHK「夢を打ち上げる人びと~密着・ロケット発射100日間~」を観て

NHKのハイビジョン特集「夢を打ち上げる人びと~密着・ロケット発射100日間~」(2010/11/18放送)を観た。
時間があればじっくりと見たい「ハイビジョン特集」。でもいつも早送りで見ている。1時間半が長いので・・・。
しかしこの番組は目を離せなかった。番組の解説にはこうある。
「2010年9月、鹿児島・種子島宇宙センターから、人工衛星を載せた50機目のロケットが打ち上げられた。NHKは報道機関として、初めて発射作業の舞台裏に完全密着。高さ81mの巨大な建物の中で繰り広げられるダイナミックなロケット組み立て作業。地下12mに造られた発射管制室では、打ち上げギリギリまでトラブル回避の作業がつづく。驚きと不思議に満ちたロケットの知られざる世界を、100日間にわたって取材した。」

この作品は、三菱重工の社内や種子島宇宙センターに入って、ロケットの製作の模様、及び種子島における発射の瞬間までを追ったドキュメンタリーである。人々の息づかい、緊張、そして衛星分離での歓声・・・。ある共通の目標に向かって、人々が結集する姿や、それを束ねる執行責任者の姿を追っていた。

この番組に出てくる2010年9月11日に打ち上げられたH2Aロケットは、WIKIによると「地上設備・打ち上げ費用等が約335億円」だという。(その他「衛星開発費が約400億円」)それがたったの30分で結論が出てしまう。もし失敗だと、700億円がパー・・。こんな怖ろしい仕事が世の中にあったのだ。ロケットのミッションからすると、打上後30分間で衛星を放出できたら、それで終わり。ロケットが100億円とすると、1分が3.3億円、1秒が550万円に相当する。1秒550万円の仕事か・・・

しかし、発射に向けたプロジェクトの動きは男冥利に尽きる。リーダー(執行責任者)の温和そうだが厳しい目。まさにリーダーは徳がなければ務まらない。責任の重圧、しかし衛星放出の瞬間は、ただ祈るだけ・・・。そして「衛星分離」のアナウンスとともに安堵の顔に戻る・・・

幾多ある仕事の中で、これほど集中的に達成感を味わえる仕事はない。こんな国家的大プロジェクトをやってのける三菱重工という会社は、まさに日本の顔・・。
学生時代、同じ下宿にいた先輩が三菱重工に行った。その後の消息は分からない。自分とは縁の薄い会社だが、この番組を見て、特に三菱重工の巨大さ、底の深さを認識した。

そもそも自分は理系(のつもり)なので、このような番組は好きだ。機械モノや、特に製品がどんどん作られて行く自動機械の流れなど、見ていて楽しい。
小学校低学年の頃、ロケットとロボットが好きだった。当時夢中になっていたブリキ製のオモチャの人間型ロボット。そして宇宙に羽ばたくロケット。どれもマンガから来ている。子どもの時に母親に聞いたことがある。「ロケットとロボットはどっちが難しい?」。母親が何と答えたかは忘れたが、「大人になったら、ロケットかロボットを作るんだ・・・」という夢は消えたけど、でもロケットは未だに憧れ・・・

色々と別世界に連れて行ってくれるドキュメンタリー番組は面白い。特にハイビジョンになってからは、画像もリアル。同じように、何か巨大プロジェクトが出来上がってゆく過程を色々と見たいね。ダムとか、船とか、飛行機とか・・・。次の番組に期待!

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2010年11月21日 (日)

「三角コーナーの寿命」

先日読んだ朝日新聞の「ひととき」の記事がどうも気になる。ええい!書いてしまおう・・・。

三角コーナーの寿命
台所の流し台の隅で、小さな野菜くずや茶殻などをしっかりキャッチしてくれる「三角コーナー」。二十数年前に買い求めた銅製のものを大切に使い、一日の家事の終わりに毎晩磨いてきたのですが、1年ほど前から底が傷み始めました。細い銅線で繕いながらも、もうどうにもならず、先日新しいものと買い替えました。
夫と2人暮らしになったので少し小ぶりの、やはり同じ純銅製にしました。売り場で包みを受け取りながら、これからまた二十数年大切に使おうと思った途端、ハッとして、もうそんなに生きられないことに気づきました。
手のひらの上の小さなお勝手用品ひとつの、最後も見届けられないと思うと、一瞬、体の中を風が吹き抜け、デパートの明るい売り場の中で、立ちすくんでしまいました。
ひごろから、あまり長生きはしたくないと強く思い、夫ともども、延命治療は望まない旨をきちんと書き記してあります。日々淡々と過ごしているはずなのに、あの突然の慌てようは一体何なのだ、と笑ってしまいました。
新しい三角コーナーは、シンクによくなじみ、よく働いてくれているのですが、あの日から、ひとり荒野をさまようような感覚が、私の胸にすみついて、出ていかないのです。(東京都練馬区 田中裕子 主婦 74歳)」(2010/11/17付「朝日新聞」p35より)

誰でも一度や二度はドキッとする、この感覚・・・。

先日、NHKラジオ深夜便で「母を語る~エッセイスト 半藤末利子」(2010/11/16放送)を聞いた。半藤末利子さんは「昭和史」の半藤一利氏の奥さんであり、夏目漱石の孫だという。つまり父親は漱石の弟子だった松岡譲、母親は漱石の長女の筆子。この番組では、その母・筆子について語っていた。母は父にぞっこんで、父が亡くなってからの母の気落ちのありさまは凄まじく、こんなに人は変わるのか・・と思ったという。
誰も順番に去る。分かってはいるが、それが家族の話となると困ってしまう。よって、出来るだけそれらを意識の外に置こうとする。でもたまにそれらは現実の姿として、意識の中に現れる。そのキッカケが「三角コーナー」であったり・・、色々である。

そう。何に対してもシミュレーションは必要なこと。予想外の事が起きると人間は慌てる。そのときに慌てないためには、あらかじめそれを予期して、その対処方法を考えておかないといけない。遺書もそのひとつ。でも認めたくない・・。その起きるであろう現実を・・・。

何かこんな話を聞いて、いつになったら「その時」の準備を始めたらよいのか、段々と“(準備の)その時”が近づいてきているようで、何か襟元が寒くなった。
そうだ。我が家の家訓は「くさい物には蓋」だった・・・。まだ先でいいや・・・・

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2010年11月20日 (土)

“もぐりん”クンとの戦い~第2ラウンド

1週間前に、「“もぐりん”クンとの壮絶な?戦いの始まり」(ここ)という記事を書いた。それ一回限りで当blogの話題にはしたくなかったのだが、そうそう甘くない。“もぐりん”クンなんていうニックネームを付けたものだから、あるいは義理に感じて居座っているのかも知れない。

この一週間、我が庭に出没したモグラは大活躍。先週、忌避剤を埋めて様子を見たのだが、次の日から“我存じぬ”とばかりに通常活動。連日モグラ塚を足で踏んで、毎日どこの土が盛り上がったかの写真をカミさんが撮っていたのだが、週半ばを過ぎると、飽きてしまった。活躍範囲が広くもなったので、訳が分からなくなって撮るのを止めてしまった。
P10805271 やっと休日になった今朝、庭を調べてみた。もう悲惨な状況。つまりモグラ塚の土の盛り上がりと、下にトンネルを作ったらしく、土の表面がひび割れている所等々。庭全体が、まるで霜柱が立ったような状態で、靴で踏むとグニャグニャ。忌避剤の取説に書いてあったように、トンネルに直接忌避剤を埋めた所もあるため、暴れたのかも・・・(写真はクリックで拡大)

今度こそ甘い事は言っていられない。近所の人にカミさんが聞いたところでは、鍬(くわ)でモグラを刺し殺したとか。ウチも、もうそういう次元かも・・・
朝から、多分色々なものがそろっているだろう行き付けの「ジョイフル本田・瑞穂店(ここ)」に行く。さすがバカでかいホームセンターだけあって、モグラに関する色々な製品が並んでいた。Net通販で見かけたものはほとんどある。しかし店に人に聞いても、歯切れが悪い。つまりモグラ退治の「お勧め品」が無いのである。仕方なく、自分たちで品定め。
まず金属製の退治機が2つ。バネ仕掛けで、土の盛り上がりを検知して突き刺す方法の物と、ハサミのようにえぐる物の2つ。そして忌避剤が何十種類も並んでいる。そしてトンネルの中に埋め込む捕獲機。そして煙を発生させる花火・・・。モグラの嫌いな音波を出す物もある。

まず我々の“実力”を考える。先週やってみて、土を掘る事の大変さを認識しているので、穴を掘ってトンネルに捕獲機を埋める方法はNG。音波発生器も、モグラが慣れる、とNetの書き込みにあったので、さもあらんとNG。もちろん忌避剤は、少なくてもウチのモグラには通じなかった。結論は“煙”。200円で煙幕用の花火がある。導火線に火を付けてモグラのトンネルに放り込むとトンネル内に煙が充満して、モグラが逃げるという。なるほど・・。これなら体力を使わないな・・・。シメシメ・・・。そして備中鍬と退治機も買ってきた。殺すために!

Img_26421 Image05551 P10805291

家に帰って、早速作業開始。新しそうなモグラ塚で、まず上の土を取って少し掘ると、下にトP10805341 ンネルが見える。そのトンネルが奥深いことを確認して、花火に火を付けて放り込む。そして土で穴を埋める。
取説に書いてあるように、どこかから煙が漏れてこないかと、じっと辺りを観察。そしてカミさんと二人で、買ってきた備中鍬を手に、様子をうかがう・・・。モグラが煙に驚いて、土が少しでも動けば「いた!」とそこに備中鍬でグサリ・・・とする手はず・・・。

しかし辺りはシーン・・・。おかしいな・・・。花火が消えたかな?少し離れたモグラ塚を掘ってみる。出てくるはずの煙が出て来ない。仕方がないので、そのトンネルにも同じように花火を放り込む。今度はしっかりと煙が発生するのを見届けてから土を被せる。
じっと様子をうかがう・・・。でもやはりシーン・・・

もう疲れた・・・。今日はここまで。とりあえず様子を見よう・・・。
後で本当に燃えたかどうかを確認するつもりで、花火を埋めたところを掘り返したみたら、ちゃんと燃えていた。でも煙はどこに行った??

結局、買ってきた備中鍬は活躍の場がなかった。退治機もまだ使っていない。何せトンネP10805411 ルの場所が分からないと使えないのだ・・・
我が家の“もぐりん”クンとの勝負は、我々が不利な状況で進んでいる。まさに知恵比べ。食べるミミズがいなくなったら、自然とどこかに行く??いや、その前に、我が家の庭の草花が掘り返されて全滅の危機・・。

一方モグラは、殺してはいけない動物らしい。でもこのままではやってはいけない“殺モグラ”をしてしまいそう・・・。でもその実行は大変な事。どこにいるか分からないモグラは殺しようがない・・・。どうぞ黙って去って頂けますように・・・。我が“もぐりん”さま!!!

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“もぐりん”クンとの壮絶な?戦いの始まり

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2010年11月19日 (金)

特許に勝る「秘伝のタレ」

昨日の日経新聞に気になる記事があった。「特許に勝る「秘伝のタレ」~標準握り技術優位性を生かす」というコラム。曰く・・

「企業 強さの条件
特許に勝る「秘伝のタレ」~標準握り技術優位 生かす

「特許を取らなかったから皆が使ってくれた」。今年のノーベル化学賞の対象になった「クロスカップリング反応」。・・・・
この技術をいち早く使ったチッソは液晶材料の市場を独企業と二分する。だが液晶パネル、テレビと下流に近づくほど韓国、台湾などアジア勢に押される。日本の誇る先進技術が世界市場を急拡大させているのに、産業力に十分に生かせていない現実。特許を押さえていたら、状況は変わっていたのだろうか。
後発組が急追
日本が特許の9割以上を握り、「日本企業にしか作れない」とされた記録型DVD。今では台湾企業などの安値攻勢でリストラに追われる。生産技術はすぐに世界に広まり、特許で囲い込むだけでは後発組の追い上げをかわせない。その中、三菱化学が気を吐く。世界首位を走り、黒字を維持。技術と市場の主導権を手にしたのは事実上の「標準」を奪ったからだ。
「秘伝のタレ」。三菱化学社長の小林喜光(64)がこう呼ぶ材料がある。記録層に使う「AZO色素」。光や熱など環境変化に強く、映像やデータを安定的に記録・再生できる。三菱化学はこの材料の特許取得にとどまらず、タレの価値を高めるために事業モデルをがらりと変えた。
製造装置会社と組み、同材料を使って記録型DVDを安く大量生産する工程を開発。新規参入を狙う新興国企業などに採用を働き掛けた。材料そのものはブラックボックスのため三菱化学から買うしかない。執行役員の奥川隆生(58)は「ピーク時には世界で生産される記録型DVDの9割にタレが使われた」という。競合企業が販売を伸ばすほど三菱化学が潤う。
記録型DVDの需要が縮小すると見るや、次の「秘伝のタレ」を探し始めた。
狙うのは照明などに使う発光ダイオード(LED)向け材料の世界標準。青色LEDの開発で知られる米カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授の中村修二(56)と研究に取り組む。
・・・・・・
高級自転車部品で8~9割ともされる世界シェアを握るシマノ。海外売上高比率が9割近くに達しながら、2010年12月の連結純利益は前期比94%増を見込む。パソコンのMPU(超小型演算処理装置)で標準を握る米インテルになぞらえ、「自転車業界のインテル」と呼ばれる。
部品を構成する歯車の素材や構造にこだわり、組み立てたときに最高の性能が出るよう擦り合わせる。商品企画を指揮する神保正彦(58)によると「微妙なさじ加減はまるで薬の調合」。工場を変えただけで品質が落ちることもあるほどで、他社が微細に分析してもまねできない。完成車の海外生産が増えてもシマノへの指名買いは減らず、円高耐性が際立つ。
・ ・・・・」(2010/11/18付「日経新聞」p1より)

自分は、もう現役をリタイアしたつもりなのだが、どうもこのような記事を読むと反応してしまう。まさにビジネス戦略・・。同じような事業モデルとして昔から有名なのがファナック。もう20年以上前だが日経ビジネスで、“ファナックのサービス体制を考えると、値段は高いがファナック製を採用せざるを得ない”といった記事があった。それ以来、自分たちもこのビジネスモデルを模範としてきたが、到底実現は出来なかった。
しかし世の中ではそれらを着々と実施している会社がある。しかも、ローテクと思い込んでいた自転車産業に、それが生きているとはビックリ。世界は広い・・・。

ひるがえって、自分自身の近くを見回してみる。会社で、家庭で、我々はそんな「タレ」を持っているだろうか。ほとんどの人は持っていない。だから“サンデー毎日”になった時に、家人から有り難がられない。それは身から出たさびか?それとも家人の“贅沢”か?

結婚もその時の勢い、または一時の迷いだという。恋愛だとか何だとか言っても、そうそう長続きするものではない。結局は数十年経って、夫婦は静かなフェイズに入る。そして家庭毎にいい味を出す・・・。その“いい味”がここで言う「タレ」のような気がする。
つまり、平々凡々の我が家にだって「秘伝のタレ」はあるんだぞ!?(←ホントかな??)

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2010年11月17日 (水)

ラジオ番組ネット配信の新会社設立へ

先日の新聞に、ラジオ放送のNet配信会社が設立されると報道されていた。曰く・・・

ラジオ番組ネット配信の新会社、電通などが設立へ
電通とラジオ局13社はラジオ番組のインターネット配信を事業化する。ネット配信の事業会社を12月1日に設立し、電波での放送と同時にパソコンと高機能携帯電話(スマートフォン)に無料配信する。配信エリアは首都圏と関西に限定するが、将来的には他地域のラジオ局の参加も検討する。ネット配信に伴う広告の拡大で収益の幅を広げるのが狙い。
新会社の社長や出資比率は現在調整中。ニッポン放送や文化放送など首都圏7局と関西6局は今年3月から「radiko(ラジコ)」(ここ)と呼ぶ共同サイトを通じて同サービスの試験配信を始め、年内の実用化を目指していた。
試験期間中はサイト画面に企業の広告枠を設けていなかったが、12月からの本格配信に合わせて広告も付く。
来年以降には首都圏、関西以外のラジオ局の参加やNHK番組の配信も視野に入れる。また通常の携帯電話への番組配信やミニブログ「ツイッター」と連動したサービスなども検討する。
ネット配信によるラジオ番組は、都市部のビル陰など電波が届きにくい場所でも音質がきれいに聞こえる利点がある。
また受信機自体を持っていない若年層らにネット番組で番組を聴く機会を提供し、新たな視聴者を掘り起こす狙いがある。」(2010/11/14付「日経新聞」より)

これに関連して、「東京・大阪で民放ラジオのNet配信がスタ-ト」という記事を書いたのが2010年3月12日だった。(ここ

それが首都圏と関西に限定されるとはいえ、本格スタートは朗報。しかし自分に取ってみると、NHKが参入するかどうかだけが興味。それしか聴かないので・・・
でも自分的にはNHKが参入するとは思えない・・・。AMステレオの時もそうだった。NHKだけは最初からやる気がなかった。まあやはり廃れてしまったが・・・。
Wikiによると、AMステレオへのNHK未参入の理由として、「放送法においてNHKは「日本全国に均一な放送をする」義務が定められており、全国47都道府県全てにAMステレオ放送を導入すると莫大な経費がかかる」等の背景が書かれている。
これを念頭にNHKのNet配信を考えてみると、全国均一放送はNetが得意とするところ。しかしNetの世界では放送が“世界均一”になってしまう。
NHKにしてみると、Net配信はあくまで無料。それを受信料で成り立っているNHKが積極的に参入するのかどうか・・・。相手は世界だ・・・。でも「NHKワールド」という海外向けのサービスもやっている・・・。だからやる可能性も・・・・
それらがNet配信されるようになると、世界中の人からNHKは拍手喝采を受けると思うのだが・・・。でも何かそうならないような気がする・・・

前にCSデジタルラジオのSTAR digio (スターデジオ)が始まった時、音楽の新譜をオリジナルの音源に近い音で流されては、CDの売れ行きに影響する、とレコード会社と裁判沙汰になった事があると聞く。ラジオのNet配信もいくら圧縮音源とは言え、この点でも問題になる可能性もあるか・・・?
ともあれ、圧縮音源とは言え、デジタル音源はノイズがない。これは素晴らしい。しかし、もし転送スピードの関係で放送が途切れたりすると、全く用をなさない事になる。つまり音楽などが途中ストップではとても聴いていられない。
よって、まあ例えNHK FMがNet配信になったとしても、電波によるFM放送は、Netのようにぐちゃぐちゃ色々なテクニックで情報量を減らしていない分だけ音が良いと思われるので、当分、自分の“FM放送惚れ”は変わらないような気がする。

(関連記事)
東京・大阪で民放ラジオのNet配信がスタ-ト

(2010/12/03追)
「「ネット配信、まずラジオ NHK会長」(2010/12/2 20:03)
 NHKの福地茂雄会長は2日の定例記者会見で、放送番組のインターネット同時配信を検討している点について、「ビルの中でもラジオを聴けるようにすることが大切」と述べ、まずラジオ番組を想定していることを明らかにした。ラジオの電波は大型ビル内などで受信しにくく、首都圏と関西の民放ラジオ局も3月にネット配信に乗り出している。
 テレビ番組の同時配信については「かなり先にはあるだろう」と語った。NHKの番組の同時配信に対しては、民放側から「どういうサービスをするのか説明してほしい」(早河洋テレビ朝日社長)と警戒する声が上がっていた。」

(2011/02/17追)
NHK、ラジオ番組のネット配信「11年度中に」 (2011/2/16 19:32)
NHKの日向英実放送総局長は16日の定例記者会見で、ラジオ番組を放送と同時にインターネットで配信するサービスについて「来年度中に実現したい」と述べた。関東地方の放送内容を全国で聞けるようにする。都市部のビルの陰など通常のラジオ放送が聞きにくい地域への対策として総務省に認可を申請する。
NHKは電波での放送を終えたテレビ番組を配信するサービスを手掛けているが、放送と同時の配信は放送法に抵触する可能性があり、総務省と協議していた。日向総局長は「難聴地域対策という考えなら法改正なしでも可能だと思う」と語った。民放ラジオ局は既に首都圏と関西圏で同時配信を始めている。」(
日経新聞より)

(2011/02/25追)
NHK松本会長に聞く TV・ネットの同時配信検討 受信料下げ、慎重に判断
NHKの松本正之会長は24日、日本経済新聞の取材に対し、テレビ番組を放送と同時にインターネットに配信することについて「避けて通れない課題だ」と述べ、実現に向けた検討に入る考えを示した。「通信の技術革新で(コンテンツの)視聴機器が多様になった」と指摘したうえで「どのような状況でも公共放送の役割を果たす必要がある」と強調した。
放送法はNHKがネットで配信できるコンテンツについて「放送した番組」などと規定。松本会長は放送と同時の配信について「現在の法律ではできない」と語り、実現には法改正が必要になるとの認識を示した。
NHKは過去に放送した番組のネット配信サービスを2008年に始めたほか、ラジオ放送の同時配信の来年度開始に向けた認可を総務省に申請した。これらに続くテレビの同時配信に関し、松本会長は「視聴者の利便性を高める必要がある」と強調するが、NHKの業務肥大化を警戒する民放テレビ局が反発する可能性がある。
昨年10月から有識者の専門調査会が議論している受信料制度見直しについては「視聴方法の多様化や海外の例を踏まえて検討したい」と述べた。テレビ番組の同時配信は放送と同様に通常の受信料に含まれたサービスとするもようだ。
NHKは現在、テレビの設置を根拠に受信料を徴収しているが、ネットでの番組配信の広がりを踏まえ、ドイツはテレビの設置にかかわりなく全世帯から徴収する方向。こうした動きについて、松本会長は「参考にしたい」と語った。
NHK経営委員会は08年に12年度から「視聴者に受信料を10%還元する」と決め、古森重隆委員長(当時)は「還元」の意味を「値下げ」と説明した。松本会長は還元について「当時の経営委員会の議論は尊重する」としながらも、「受信料が免除される生活保護世帯の増加などその後の変化も踏まえて判断したい」とした。7月に地上放送を完全デジタル化したあとの受信料の収納状況も見極め、慎重に判断する考えを示した。」
(2011/02/25付「日経新聞」p9より)

(2011/03/10追)
インターネットでNHKラジオ番組のリアルタイム聴取が可能に、NHKが10月ごろをメドに開始
総務省は2011年3月9日、日本放送協会(NHK)から申請があったラジオ番組を放送と同時にインターネットを通じて一般に提供する業務の認可について電波監理審議会に諮問し、適当とする答申を受けたと発表した。この答申を受けて総務省は、NHKに対する認可を同日付けで行った。
NHKが提供を開始するのは、AMのラジオ第1放送(関東広域放送)とラジオ第2放送、(全国放送)およびFM放送(東京都域放送)である。ユニキャストによるストリーミング方式でNHKのWebサイトから提供する。配信期間は2011年10月ごろから2014年3月末までを予定する。送信時の伝送速度は1チャンネル当たり48kb/s程度で、提供エリアは国内に限定する。
AMの音声はモノラル、FMはステレオで提供する。NHKは、ラジオ番組のインターネット配信 のために必要とする費用を2011年度から2013年度までで合計3億円と見込んでいる。2011年度に必要な資金は、2011年度予算に計上済みという。
NHKは、ラジオ番組のインターネット配信がラジオを聴取しにくい状況を改善する措置の有効性について、アンケートなどにより検証・確認を行う。この検証を行ったうえで、必要があるときは実施内容の変更や延長などのための認可申請を行う。なおNHKは今回のラジオ番組のインターネット配信業務を、放送法第9条第2項第8号でNHKが可能な業務として規定されている「放送およびその受信の進歩発達に特に必要な業務」と位置付けて、認可申請を行った。」
ここより)詳細資料は(ここ

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2010年11月16日 (火)

作詞家・星野哲郎が亡くなった~都はるみの「夫婦坂」

昨夜のNHKニュースで、作詞家・星野哲郎氏が15日に亡くなったと報じていた。85歳。テレビでは船村徹が絶句していた・・・。
だんだんと演歌の大御所が亡くなっていく・・・。ふと、星野哲郎作詞の歌はどんなものがあるだろうと、Netでみてみた。すると、渥美清「男はつらいよ」(1970年)、北島三郎「なみだ船」(1962年)「風雪ながれ旅」(1980年)、小林旭「昔の名前で出ています」(1975年)、水前寺清子「三百六十五歩のマーチ」(1968年)、スリー・キャッツ「黄色いサクランボ」(1959年)、鳥羽一郎「兄弟船」(1982年)、美川憲一「お金をちょうだい」(1971年)(2010年)、美空ひばり「みだれ髪」(1987年)「塩屋崎」(1987年)、都はるみ「アンコ椿は恋の花」(1964年)「夫婦坂」(1984年)などなど・・・。(←これは皆、自分の聞いている歌から・・・)
今日はそのうち、都はるみの「夫婦坂」を聞いてみよう。

<都はるみの「夫婦坂」>

「夫婦坂」
  作詞:星野哲郎
  作曲:市川昭介

この坂を 越えたなら
しあわせが 待っている
そんなことばを 信じて
越えた七坂 四十路坂
いいの いいのよ あなたとふたり
冬の木枯し 笑顔で耐えりゃ
春の陽も射す 夫婦坂

女なら 花ならば
咲くときも 散るときも
見てて欲しいの あなたに
宿命(さだめ)あずけて 暮らしたい
いいの いいのよ 一間の部屋で
あなた待ってる 雪割草も
いつか芽をふく 夫婦坂

流れゆく 人の世の
哀しみに 泣いたなら
杖になってね 抱いてね
肩を貸してね 背負ってね
いいの いいのよ ふり向かないわ
曲がりくねった 坂道だけど
ついてゆきます 夫婦坂

今日、会社の帰りにNHKラジオ深夜便「明日へのことば~妻・南田洋子とわたし 俳優 長門裕之」(2010/11/11~12放送)を聞いた。前にテレビでもこのドキュメントを放送していが、認知症を患った妻・南田洋子さんの自宅での介護について、長門さんが色々と話をされていた。その話の中で、南田洋子さんが舅の介護をされたそうで、それを見ていた長門さんは、その介護のやり方をまねて洋子さんの介護をしたとか・・・。もちろん洋子さんを病院に入れる事も出来たが、それをせずに自宅で介護して本当に良かった、と・・・。そして昨年(2009年)10月に洋子さんが亡くなり、ちょうど1年になるが、まだまだその悲しみから抜け出せていない・・・。

この「夫婦坂」ではないが、真の夫婦とは何か?と考えさせられてしまった。マスコミに「おしどり夫婦」とイメージされた長門さん夫婦と違って、我々はある意味何ものにも束縛されない一般の夫婦。その夫婦の関係が、真に表れるのは、まさにどちらかに介護が必要になった時かも知れない。
良く、認知症になった妻を介護するために早期退職をした、とかいう話も聞く。ガンなどと違って、認知症は長期戦。そして老老介護は体力的にも大変だ。
これら二つの話題から、“夫婦の行く末”というものをツイ考えてしまった。

何?ウチ?・・・当然何の心配もないさ!(・・よね?)

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2010年11月15日 (月)

「もったいない」の仏教思想(3/6)

雑誌「大法輪」を読んでいたら「日常語に含まれている大切な仏教思想」という記事があり、心に留まった。その全文を6回に亘って読んで行く。今日はその3回目。

「日常語に含まれている大切な仏教思想
     大本山護国寺貫首 岡本永司

私たちが日常使っている言葉の中に深い仏教思想が含まれていることが多くあります。その一端をご紹介させていただきます。
・・・
もったいない
三番目は「もったいない」という言葉であります。この頃は我が国ではほとんど死語になってしまったように言われますが、この言葉も深い仏教思想を含んだ大切な言葉であります。
数年前ケニアの環境副大臣ワンガリ・マータイさんが在日されて、日本には「もったいない」という素晴らしい言葉や考え方があるが、環境保全や自然保護が世界中で大問題になっている今、この考え方こそ世界中に発信し実践して行くべきであると演説され、マスコミでも取り上げられました。遠い国の人から指摘されてはじめてその素晴らしさに気づくなど全く情けないことであります。
「もったいない」は「勿体」ということで、これはそもそもの体ということで、そもそも体というものは無いというご承知の仏教の無我思想を表現した考え方であります。無我とは私が無いということではなく、私を私として存在せしめているものは全て様々な物の集まりによって形成されているのであるということで、これを仏教では色・受・想・行・識との五つの要素による集まりとして「五蘊仮和合(ごうんけわごう)」によるものであるとしております。
・・・・・・
昔から一粒のお米にも農家の方々の八十八の苦労がこもっているのだからご飯を残すのではないと言われました。一粒のお米にも実に多くの人々や自然の力が結集していることが分かります。農林水産省の調べでは我が国では諸外国より輸入する食料の内二千万トンの食糧が一般家庭や外食産業、ホテル、旅館などで無駄に捨てられていると発表されました。折角遠い外国から人手をかけ貴重な油を使い運んできた膨大な食糧品を二万トン級の輸送船で一千艘分も無駄に捨てているのかと考えると暗澹たる思いであります。それだけでも当然地球環境、自然環境破壊につながっておることになります。
作られたものを大事にしていこう、大切にしていこうという仏教の示している「もったいない」という素晴らしい考え方、生き方を、マータイさんに言われるまでもなく、私たちはしっかりとその本来持っている意味を認識して実生活に生かしていかなければならないと思っております。」(雑誌「大法輪」2010年11月号p24より)

「もったない」という概念が日本独特であり、世界にない美徳であるということは良く言われること。でも現実の生活では、なかなかそれを活かしていない。
「ご飯を残すな」という話は、耳が痛い・・。大きな声では言えないが、実は自分の食事は残すのが当たり前になっている。だから弁当作りが趣味のカミさんにも自分の弁当は作らせない。自由に残せないから・・・
昼食では、到底ご飯をドンブリ一杯は食べられず、必ず残す。だからいつも「ご飯は半分にして下さい」と言うのだが、それでもツイ残してしまう。自宅の夕食も同じ。これも大きな声では言えないが、実はわが家では夕食で着々と“殺人未遂”が行われている。つまり、毎夕、到底食べられない程の料理が出る。いつも言うことが「多すぎる!」。でも自分の美徳からつい“もったいない”と思って食べようとしてしまう。それが自分の過食(メタボ)による殺人事件に発展するのである。
それで、ソウッと食卓の横にはべるメイ子(愛犬)に下請させようと思うのだが、カミさんから色々とクレームが付く。先日も茹でた栗が自分には多すぎたので、メイ子に食べさせようとしたら、カミさんが「栗は、犬が食べてよいことになっているのか?」と言う。それで「別に法律に食べさせてはいけない、とは書いてないので良いのでは?」と反論した。
せめて犬が食べても、捨てるわけではないので“栗クン”には申し訳が立つとは思うのだが・・・

視点を変えると、家の中を見回すと使っていない家具や機材が溢れている。それをヤフオク(Yahoo!オークション=ここ)で売買する事は実に有益。自分がヤフオクを日常的に使い出してから半年ほどになる(ここ)が、これはなかなか良いシステムだと思う。つまり、必要のない人にとっては無価値の中古品も、欲しい人に取っては無限の価値がある。それらを必要のない人から必要のある人に回すシステム。これこそ“もったいない”の真骨頂。つまりヤフオクは世の中のエコに多大に貢献している??
おっと今日はヤフオクの応援演説ではなかった・・・。これからはメタボを覚悟して、残さず食事を食べることにしようか・・(たぶん変わらないと思うけど)

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2010年11月14日 (日)

“もぐりん”クンとの壮絶な?戦いの始まり

“もぐりん”クンとは、ウチのカミさんが名付けた2日前からウチの庭に出没しているモグラの名前である。何も憎っくきテキに名前など付けなくても良いのに・・・

モグラが出たと聞いたのが11/12の金曜日。そして土曜日の朝に見たら庭がボコボコ。土の盛P10804801 り上がったモグラ塚が20カ所あまり。せっかく植えてあった花が無残。根本から掘り返されている花も・・・。
Netで見ると、モグラ退治用の薬があるらしい。「モグラ忌諱剤」というのだそうだ。これは退治というより、イヤな匂いで敷地外へモグラを追い出すのもの。(写真はクリックで拡大)
早速昨日、JAの草花を売っている大きな店にまず行ってみた。忌諱剤とP10804941 捕獲用のグッズが売られていた。捕獲グッズは、地中のトンネルに仕掛けてモグラを捕まえるもの。先ずは忌諱剤を使ってみる事にした。家に帰ったとき、もう暗くなっていたので、埋めるのは日曜日に・・・
そして今朝、早速忌諱剤を使ってみる事にした。箱の裏を読むと、敷地の3方に薬を埋めて、空いている方に追い出すのだという。まず穴を30~60cm間隔に、30cm位掘って薬剤を埋めるのだそうだ。しかし穴を掘ってみてビックリ。そう簡単に掘れない。土が固い。それに埋める数が多い。20カ所以上掘らなければいけない。最初は10cmくらいで掘って、もういいや・・。次に、モグラに掘り返されている所を掘ってみたら、直ぐ下にモグラの穴が堂々と空いている。そうだ、この穴に薬を入れておけば、その匂いでモグラは逃げるだろう、と思って幾つかモグラの穴に薬を放り込んだ。これだとモグラがあらかじめ掘ってくれているので作業が楽だ・・・。
Image05461 ふと、もう一度箱の説明を読んでビックリ。「本剤をモグラ道、モグラ穴に直接埋めたり、モグラを追い出さずに使用したりしないで下さい。モグラが暴れてかえって被害が広がる事があります。」と書いてあるではないか・・・。
でも後の祭り・・・。もう半分位は埋めてしまった。仕方がないので残った薬を庭を囲むように埋めた。でも深さは皆10cmが良いところ。それ以上掘るパワーがない。これが我々シルバー族の実力なのさ・・・・。

とりあえず、一箱の薬を埋めてみたがどうだろう。これで様子を見る。
しかしモグラのパワーはスゴイ。あの固い土にトンネルを掘る・・・。改めてNetでモグラについて勉強すると、モグラはミミズなどを食べるので、モグラが出たという事は庭の土壌が肥えている証拠とか。それはそうだ。カミさんが茨城の田舎に行く度に、ミミズを貰って、わざわざ自宅の庭に埋めていたのだから・・・。
しかし薬を使うとそのミミズも全滅するという。それが困るなら物理的に殺すしかない。モグラを串刺しにする道具なども売っているようだ。農地やゴルフ場などでも困っているらしい。
しかしウチの憎らしいモグラに“もぐりん”とニックネームを付ける輩(やから)も信じられない。まるで喜んで庭で飼っているみたい・・・
前に書いたが、庭に出来たヒヨドリの巣の話(ここ)などは微笑ましい。しかし庭をボコボコにするモグラは明らかに敵!!
まあとにかく、当blogで2度とモグラの話題が出ない事を祈りたい。

(関連記事)
“もぐりん”クンとの戦い~第2ラウンド

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2010年11月13日 (土)

「観光立国はトイレから」

今日の日経新聞夕刊1面下のコラム「明日への話題」。テーマは「観光立国はトイレから」。曰く・・・

観光立国はトイレから
   エッセイスト 寺澤芳男
新幹線に乗ってみて、まだ和式のトイレがあるのに驚いた。在来線ではどうか。こんなにゆれてやりづらいのに芸当のように和式でできるのか。外国からの方々も多いのに。いったい1億2000万人のうちどうしても和式でなければダメという人はどのくらいいるのだろうか。他人のお尻ののったところに自分のをのせたくないという違和感があるのだろうか。
京都の祇園に小粋な料理屋がある。その京風の味は天下一品である。気になってならないのはトイレがひとつ、それも小さい和式だ。大きな身体の外国人はしゃがむことさえムリだ。
今住んでいるオーストラリアはトイレに関する限り世界一だと思う。公園などにある公衆トイレも二重ドアで清潔だし数も多く標識も方々にわかりやすくしてある。東京の地下鉄の駅のトイレの場所について、前立腺肥大症で苦しむ男たちは綿密な連絡をとり合う。標識がわかりづらく、いったん改札口を出なければならないときもあって、死活問題なのだ。
日本のふつうの家によばれると、玄関で靴をぬいでスリッパで洋式の居間に案内される。トイレはドアのそばにトイレ用のスリッパがおいてあって、はきかえなければならない。もちろんトイレの中もなめるようにきれいで、スリッパをはきかえる必要は理屈ではわからない。
昼の劇場や美術館などの文化的な場所にはなぜか女性が圧倒的に多い。いったいこの国に男性はいるのかと思うほど。この数多い女性のトイレに長い列ができている。女性用は男性の二倍ぐらいにした方がよい。トイレはとても大切なのだ。観光立国を目ざすならまずトイレだと本気で思う。」(2010/11/13付「日経新聞」夕刊p1より)

この論は実にもっともな話であると思う。トイレは人間が生きていくために最も重要な施設。それに対する考え方が、世界を見回しても如何に様々か・・・。しかし海外もやはりお寒い状況は同じ。
前にウィーンに行った時、楽友協会大ホール(ムジークフェラインザール)に行ったことがあるが、そのトイレの貧弱なこと・・・。(ここ
このコラムに載っていたオーストラリアにも行ったが、格別トイレが素晴らしかった印象はない。日本人はとかくトイレが近いらしく、海外旅行に行くと、バスが観光地に止まるとまず案内するアイテムはトイレの場所。でも印象はどの国も悪かった。

まあこのコラムにあった京都・祇園の料理屋は、和風を売り物にしている関係で、洋式トイレにはしにくいのかも知れない。でも広さは別だ。
しかし最近の日本は便利になったと思う。何よりもコンビニにトイレがある。これはイザというときに実に便利。昔はドライブに行くと、頼りはガソリンスタンドしか無かった。しかし今は、トイレが至る所にある。
でもカミさんが言うには、女性トイレの列に参るらしい。男は原理的に用が済めばサッサと退散するが、女性は中で色々と用事があるとか。でもその用事(化粧直し等)は、次の順番の人のことを考えて出てからすればよいのに、なかなかそういう人は少ないという。
よって、今後の施設の設計は、単に法律通りにトイレの数を決めるのではなく、女性特有の滞在時間や、施設に繰り出す女性の最近の性向をも考慮して数を決めるべきだろう。
その点、イオンモールのトイレの素晴らしさ・・・(ここ)。施設のどこにでもあるキレイなトイレ。全体の印象がそれで決まる??
まあそれにしても、自分は男で良かった!!

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2010年11月12日 (金)

伊藤久男の「あゝ逢い見ての」の音源が見つかった

伊藤久男の「あゝ逢い見ての」という歌の存在を(ここ)で知ったのは、もう3年も前のこと(ここ)。

それからMIDIの歌は聴けたものの、オリジナルの音源は見つからなかった。その後、ジャンさんがNHKのライブラリーにも聞いてくれたが、NHKにも音源は無いとのこと。NHKにも無いとは、お手上げ・・・。
それが先日、kemさんから、「コロムビアミュージックショップから、この11月12日発売で伊藤久男の生誕100周年記念として「伊藤久男~熱き心の歌~」というBOX-CD(これ)が発売され、その中にこの「あゝ逢い見ての」も収録されている」ということを教えて頂いた(ここ)。
さっき、そのCDが届いた。そして今、初めて聞いた・・・。伊藤久男の「あゝ逢い見ての」がこれ・・・

<伊藤久男の「あゝ逢い見ての」>

「あゝ逢い見ての」
  作詞:西沢 爽
  作曲:八洲秀章

夜明の星が 露草に
しずかに宿る 愛の朝
あゝ逢い見ての のちの日の
涙と知らず 花咲ける
あの日の君の なつかしさ

ただひとたびの くちづけに
瞼にあかき 入日雲
あゝ逢い見ての のちの日の
思い出ゆえの 遠い春
はかなきものの 美しさ

旅ゆく鳥に 言づける
忘れじの歌 ちりじりに
あゝ逢い見ての のちの日の
こころの虹も うすれゆく
君住む空の はるけさよ

なるほど・・・。
このサイトで聞く人は、たぶん初めて耳にする歌であろう。まさに八洲秀章の曲である。そして、やはり自分好みの曲であった。何かに似ている・・・。そうだ同じコンビによる「あざみの歌」(ここ)だ・・。
解説書によると、この歌は昭和30年10月15日発売だという。伊藤久男にとっては後期の歌。よって録音も良い。

伊藤久男は、昭和8年から昭和46年まで、700曲を越える歌を録音したという。そのうち、このCD集に収録されているのが140曲。子どもの頃に聞いて録音して覚え、その後全く聞けなかった「海の歌」もある。当サイトでも自分の好きな伊藤久男の歌はたくさん紹介しているが、これからじっくりと伊藤久男の全貌?を改めて聴き、その世界を堪能することにしよう・・。まさに自分が人生最初にファンになった?歌手なので・・・(色気はないが・・)

人生、何かを目標に生きて行くことは必要なこと。自分の場合、“「あゝ逢い見ての」の発見!”と言ってはオーバーだが・・・。でも逆に見ると、またひとつ目標が無くなってしまった!
そんな意味でも、また埋もれている良い歌を発見しなければ・・・

(関連記事)
八洲秀章の「毬藻の歌」

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2010年11月11日 (木)

「老いても『常精進(じょうしょうじん)』で!」

雑誌「大法輪」の今月号(2010年12月号)にこんな文章があった。曰く・・

老いても「常精進」で!
お釈迦さまが死を目前にされ、激しい腹痛の中で説かれた最後の教えは、
「諸(もろもろ)の事象は滅びゆくものである」
「弟子らよ、つとめ励めよ」
というものでした。前者はいわゆる「諸行無常」で、後者は「常精進(じょうしょうじん)」と呼ばれます。このうち常精進とは、最後の日まで輝く「いのち」であるように・・・と示されたことに他なりません。
鎌倉のある名刹の老師は、自身の死期が近いことを悟り、床に伏しながら、弟子に向かって、NHKの英語のテキストとそのテープを買ってくるように頼みました。弟子は怪訝そうな顔をして、「老師、今から英語を学ぶのですか?」と聞きました。
老師はにっこり笑い、
「お前の言いたいことはよく分かる。どうだ、今日は日曜日だから鎌倉の駅界隈は大勢の人でにぎわっておるであろう。その中には外人さんもたくさんいるはずじゃ。鎌倉でさえそのような状況じゃから、あの世にはもっと外人さんがいるに違いない。あの世で布教するためには英語が必要じゃ。だから今から英語を学ぶのじゃ」
と言ったといいます。
ユダヤ系ドイツ人であったため、迫害を避けドイツからアメリカへ渡ったサミュエル・ウルマン(1840~1924)。彼は実業家であり、教育者であり、詩人でありましたが、次のように老いと青春について語っています。

  時には、二十歳の青年よりも
  六十歳の人に青春がある。
  人は歳を重ねただけで老いない。
  理想を失った時初めて老いる。

サミュエル・ウルマンのこの詩は、「常精進」に通じる言葉であると私は思うのです。理想をもって常に前に進む、青春、それは老いには関係がない。老いても青春時代の心をたもて・・・と言うのです。」(雑誌「大法輪」2010年12月号p77より)

この鎌倉の老師の言葉・・・。「ウィットがある!」なんて捉えてはバチが当たる? 死を前にしても、この平常心・・・。これこそ修行の賜?
ふと「茫然自失」という言葉を思い出した。広辞苑には「あっけにとられて、我を忘れてしまうさま。」とある。ちょっと違う・・・。むしろ「放心状態」の方が近いか?気の弱い自分が、死を前にした時の状態は・・・!?
鎌倉の老師の話はどうもうますぎる。ホントウかどうかは知らない。でも“なるほど”・・・。

前に「ある大学の同窓生で作る文集「むつごろう⑥」を読む(ここ)」という記事を書いた。
これはある大学の同窓生が、卒業後40年を経て、現役リタイアを機に毎年文集を作り、配っているもの。これを借りて過去6年分を読んだのだが、そこにはリタイア後のサラリーマンのサンデー毎日の姿が色々と書かれている。再度大学に行って異分野の勉強を始める者、四国のお遍路にチャレンジする者・・・。
先のサミュエル・ウルマンの言葉は良く聞く。詰まるところ、“精神的な老若は、単なる年齢だけでは決まらない。心の若さで決まる・・”。なるほど・・・。

リタイアサラリーマンが行く場所を失った時にどうするか・・・。自分にも“その時”が確実に近づいているのに、なかなかターゲットが定まらない。
最近では、当blogを続けることで「無為に過ごしてない」という言い訳にしようかな・・・ナンテ思ったり・・・。
これまでの人生の自由時間“以上”に与えられるであろう、これからの自由時間の過ごし方・・。こんなblogを4年半も書きながら、堂々巡りしながらさまよっている自分・・。まあ今後も見つからんな!

●メモ:カウント~135万

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2010年11月 9日 (火)

FM電波によってかき乱される心・・

本当にバカバカしいと思う。“恋人”の機嫌で、自分の心がかき乱されているから・・・・(注:恋人=FMチューナー:L-02T)

先日、自分が愛用している携帯デジタルプレヤー(SONY NW-A847)にFMラジオが付いている事に気が付き、土日の散歩のときに、目指す電波(NHK FM水戸 83.2MHz)の強度を調べてみた。何の事はない。83.2Mに周波数を合わせて、歩きながら受信状態を確認するだけ。その結果、どうも自宅の周辺の電波状況が良いらしいことに気が付いた。
それで、今日の会社の帰り、バス停から同じ事をしてみた。自宅はバス停から5軒目位。バス停を降りてもFM放送は聞こえない。自宅に向かって歩き出す。ふと、急に放送が入った。ん?そして隣の家の前辺りから、急に良く聞こえる。自宅前でも同じ。そのまま行き過ぎて、2軒先まで行ったが状況は良い。何でここだけ電波が強い??
家の前にある小山の高さから言って、もう数軒先の位置の方が小山に妨害されずに水戸方向が見通せるから状況が良くなると思っていた。しかし現実は自宅周辺の方が良い。なぜだ??(電波の山岳回折か?)
でも結果オーライ。家に帰るや、、カミさんに“奇跡だ~”と言って自分は上機嫌!!

今日は風が強かった。20メートル以上吹いたらしい。先日も台風が関東沖を通過して心配した。なぜこんなに風を気にする??⇒FMアンテナの方向が変わるから!
今日も心配・・・。自宅周辺の電波が強い事に気をよくして、部屋でFMチューナーのスイッチを入れてみてビックリ・・・。ノイズが多い・・・。昼の録音状態を調べてみた。
今日の朝9時ではノイズレベルが32.2dB(S/N=56.8dB)と非常に良い、。ところが、13時の録音はノイズが何と39.9dB(S/N=48.9dB)!! 最近になく悪い値・・・。
愕然!やはりアンテナの方向が変わったかな・・・と外に飛び出すが、暗くてアンテナが見えない・・・
でも、さっき調べたら、21時現在で36.5dB(S/N=52.5dB)。少し持ち直した!ホッ!

そう、全て“神の思し召し・・”。でもそれに我が心は右往左往・・。実にバカバカしい。これもギリギリの電波状況で受信しているために、電波状況でノイス量がモロに変わる。よって、良い時はノイズが30.8dBまで下がる時もある。FM波の伝搬状況は良く分からない。NHKやアンテナメーカーに聞いても、FMの電波は天気や時刻などには左右されないという。でも現実には大きく変化する・・・。

さっきも言ったが、原因は“神の思し召し・・”だと思う。でもこんなに一喜一憂するのも困ったもの。逆に言うと、ここ数ヶ月、自分はFM放送にべったり。はっきり言ってFM放送に夢中!!このL-02Tというチューナーは、じっくりと聞き込まないと良さは分からない。しかしその音は、自分の心を捉えて離さない。それが魅力・・・。

この所、シルバーになってよく夜中に目覚める。その時についイヤホンを耳に当ててしまう。昨夜もそうだ。午前2時半頃に目が覚めたので、「FM放送は?」と、またイヤホンを耳に当ててしまった。アナの声をきくにつけ、音が素晴らしい・・・と、結局3時半頃までFM放送を聞いてしまった。
まったく次の日は会社だというのに・・・。
世の中、誰でも“恋人(または片想いの人)の機嫌”には心が乱されるもの。若い時に奥手だった自分はそんな経験が皆無だったが(?)、どうもその反動で60過ぎた今頃、恋人に右往左往している若きシルバーではある。

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2010年11月 8日 (月)

「人を大切にする国 デンマーク」

前に「スウェーデン~高福祉国家の仕組み」という記事を書いた(ここ)。その続きで、今日はデンマークである。

当サイトのコンセプトは「へえ~~」。
先日NHKラジオ深夜便で放送した「人を大切にする国 デンマーク 社会評論家 小島ブンゴード孝子」(2010/11/01~02放送)を聞いた。
北欧の国・デンマークは、幸福度世界一だという。その幸福度とは、医療制度と健康、教育、環境、経済的な豊かさなど100件以上のデータをもとに表されるもので、デンマークは178カ国中1番。
デンマークに37年間住んでいる小島さんから、デンマークの福祉の仕組みを聞いた。小島さんの話を少しだけ文字にすると・・・・

「幸福度世界一の国 デンマーク」
・デンマークは、誰でもが安心して生活が出来る国。
・税金は高い。初任給位の方でも40数%の所得税がかかる。中年になって生活が安定すれば60%を越える。
・消費税は25%で、世界でも一番高い。全てのサービス、全ての商品に内税で25%入っている。教育活動だけはかからないが、それ以外は例外無し。
・税は高いが国民の満足度も高い。つまり払ったものが消えずに必要な所に回っている。必要な時には自分も社会から見捨てられなくてちゃんと支援してくれる。それがあるから払える。
・出産するとき学生だったので心配したが、当時の社会省のマザーヘルプというところが、収入の少ない所にはちゃんと支援してくれた。出産もタダ、1年分のオムツから赤ちゃんの洋服から乳母車、ベッドまで全て出してくれた。
・デンマークも10年位ごとに政権も代わったし変化もしてきたが、社会の理念は変わらなかった。つまり、人を大切にする、人の資源をフルに活用する、ひとり一人に自立した生活を送ってもらう、という社会制度は変わらない。
・日本国籍だと国会議員の総選挙には投票出来ないが、地方の選挙には国籍に関係無く投票出来る。国籍によっては差別されない。
・高負担は想像を絶する。安心は出来るが生活は厳しい。
・2006年の幸福度世界マップでは、日本は90位だったがデンマークは1位だった。
・日本と一番違うのは、女性がみんな働いていること。女性がオフィシャルに働くことは当たり前。それに、子どももお年寄りも皆が自立している。つまり自分で出来る事は自分でする。親から仕送りを受けるのが当たり前だと思っている学生はほとんどいない。奨学金
で足りない部分は自分でアルバイトをして生活費を稼ぐ。女性も経済的に自立している。お年寄りも自分たちの生活は自分たちで。経済的に、親子の間で頼る・頼られるというものはない。
・年を取るほどに幸福度が増す国がデンマーク。
・病気になっても金はかからない。薬代の一部は個人負担があるが、治療・診察・検査・入院費は全て税金。だから“心配だから貯蓄を”というお年寄りはいない。ほとんどの医療機関は公的施設。
・デンマークの人口は551万人。昔は酪農国だったが、今では農業は全人口の4%。今のデンマークはスキマ産業で持っている。世界の大きな国の大きな会社と同じような製品を出しても絶対に勝てない。特殊分野で世界一を狙う。例えば糖尿病の治療薬のインシュリンの世界一の会社はデンマーク。昔は豚の膵臓から結晶を取っていた。それに風力発電のパイオニア。
・人間は一番大切な資源である。その資源は活用しなければいけない。
・1864年にデンマークはドイツ(プロシア)との戦争で、3日間で降参した。そこで一番大切だった豊かな農地を失った。お金や農地は無くなっても、人という資源がまだ残っていることに気付いた。人という資源を活用して国を復興する。そのためには教育が必要で、その時に皆が今後の国をどうするかを考えた。

「ひとりぼっちにさせない国 デンマーク」
・デンマークでは子どもは二十歳位で独立、親から離れる。それ以降は夫婦二人での生活になる。伴侶が亡くなれば一人で生活する、これは当たり前。
・子どもも親も一人での生活に慣れている。子どもは大学生で家を出る。夫婦は45~50歳台位で二人きりになる。子どもたちも近くに住んでいるのでひとりぼっちではない。一人でいることはひとりぼっちとは違う。自分が選択して一人でいるので・・。自分の時間を自分で自由に使えるし、経済的にも独立している。
・定年という言葉はない。元気であれば70歳で働いても良い。そろそろ潮時と思えば、別の仕事に替わっても良い。国民年金は65歳から支給。
・第二の人生(現役時代)でも結構自分の時間をつかって趣味を楽しんでいるので、第三の人生(老後)になったからと言って全く違う人生になるのではない。第三の人生ではボランティアも多い。
・体が不自由になっても、市が高齢者住宅を提供して自立を支援。在宅ケアも完備。市が必要なサービスを提供。ターミナルケアも提供。
・医療との関わりはドライ。医療は治療。それ以上はしない。つまり療養型の病棟などは無い。そこは福祉がカバー。病院は予約を取って行くところ。日常の健康面で頼りにするのは、家庭医。
・介護については、デンマークでは三つの原則がある。「自己決定」=自分らしい人生を最後まで生きるには自分の人生は自分で決める。「継続性」=自分の家でなるべく長く生活出来るように。ライフスタイルの継続性。「残存機能の活用」=残っている体の機能は全部使う。
・デンマークの平均寿命は、日本の場合は女性で85.9歳だが、80.5歳くらい。これはどういうことか・・・。女性は、満足度は高いが家庭や仕事の両立でストレスが多い?決してスローライフではない。
・最近やっと国民が健康に注意するようになってきた。前は、人生一回だから楽しまなければ、と好きなものを食べて、好きなものを飲んで、人生エンジョイして、という人が多かった。だから死因もガンよりも循環器系が多かった。最近は健康に気をつける人が多くなってきたので、これからは寿命が延びるのでは?日本とは健康への意識が違う。
・デンマークでは、長生きしたいという人はまずいない。大切なのは、自分らしい人生を最後まで送ること。
(NHK「ラジオ深夜便」2010/11/01~02放送より)

このインタビューは、司会のアナウンサーまでが、「それでどうなっている?」と身を乗り出して?聞いているのが面白い。小島さんは、日本の事情もデンマークの事情も熟知されて話されているので、話が分かり易い。
デンマークでの生活が、決して羨ましとは思わないが、こんな国もあるということ。しかし「人間が資源」という捉え方は面白い。それにスキマ産業狙い、という国のスタンスも面白い。まさに551万人の“デンマーク株式会社”が、世界の大会社を相手にどう闘うか・・、とも聞こえる。

キーワードは「人が資源」をベースに、「女性が働くのは当然」「自立」・・・
画一的とも見えるが共催主義とも違う。その150年の国の歴史には、色々な議論があったのだろう。1860年代という時期は、日本でいうとまさに明治維新の頃。日本は人口も多かったので明治以来“世界の一等国”を目指した。それでこんなになった・・・!?
まあ目から鱗とは言わないが、北欧諸国の仕組みが段々と分かってきた。勉強になった放送ではあった。

★参考に、放送のMP3をZIPで下に置きます。自分が今凝っている自慢のL-02Tという高級チューナーの音。特に前半の最後のギター演奏に割り込んでくる竜巻情報のニュースのみずみずしさ・・。(ここ)をクリックして10分待つ・・・

前半:「人を大切にする国 デンマーク」(2010/11/01放送:46分)のZIPは(ここ
後半:「ひとりぼっちにさせない国 デンマーク」(2010/11/02放送:46分)のZIPは(ここ

(関連記事)
スウェーデン~高福祉国家の仕組み

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2010年11月 7日 (日)

「市販薬 飲み続けるのは要注意」

当サイトで良く取り上げる日経新聞の「ほどほど健康術」。今朝の記事は「市販薬 飲み続けるのは要注意」。曰く・・・

市販薬 飲み続けるのは要注意
日本人は薬好き、とよくいわれる。しかし、経済協力開発機構によれば、国民1人当たり薬にかけるお金が最も多いのは米国で、ギリシャ、カナダ、アイルランドと続き、日本は8位。総医療費でみても、米国の半分に満たない。薬にかける人々の期待は万国共通だ。
規制緩和で薬局・薬店で自由に買える薬が増えてきた。医師の処方せんを必要とした薬の一部も、市販薬(正しくは一般用医薬品)として買えるようになっている。その分、自己責任によるところが大きく、効果や副作用の正しい知識が求められている。
薬は服用したあと血液中に入り全身を巡る。たとえば、痛み止め(鎮痛薬)は、痛みの神経に働いて効果を発揮するが、それ以外の部位にも何らかの作用をする。このような作用のうち、体にとって不都合なものを副作用と呼ぶ。胃腸障害や肝臓障害、アレルギー反応などが代表的な副作用だ。
副作用の多くは、薬の服用をやめるだけで自然に回復する。しかし、ときに命にかかわる事態にいたることもある。外国製のやせ薬で重い肝臓障害を起こし、死亡したという人のニュースが相次いだこともあった。アレルギー反応も予測が難しく、かつ少量でも起こるため要注意だ。
市販の鎮痛・解熱剤を長く飲み続けると、思わぬ副作用が生じることもわかってきた。
スウェーデン、米国などで鎮痛・解熱剤に関する興味深い大規模調査が実施された。生涯にわたって服用した総量と腎臓病との関係を調べたもので、分析の結果、鎮痛・解熱剤を500グラム以上服用した人は、慢性の腎臓病になる割合が3.3倍になることが分かった。標準の服用量をもとに計算すると、400~500日分に相当する。
ただし、服用量と腎臓病との間に因果関係は認められなかったとする報告もあり、結論は下せない。評価が分かれてしまうのは、市販薬が自覚症状のあるときだけ使うもので、連用するとどうなるかの調査が難しいためだ。
一方、鎮痛・解熱薬を10日以上飲み続けると、薬によっては、過半数の人に胃炎や胃かいようが生じるとの確かなデータもある。
市販薬は、正しい知識で上手に使えば役に立つこともあるが、安易に連用すべきではない。(新潟大学教授 岡田正彦)」(2010/11/07付「日経新聞」p10より)

先日、田舎のお袋が1週間弱滞在した。その時、お袋がいやに腕を掻いている。見ると両腕と手の背の皮膚がただれて硬くなっている。像の肌みたいに??そして掻いている部分には小さな出血が・・。聞くと、土いじりでアカが溜まったという。メンタムを塗っているので大丈夫、という。カミさんと一致した見解は、直ぐに皮膚科に行くべし。しかし昔の人は、皮膚科などにいくという概念がない。メンタムを塗っていればその内に治る・・。
何度言っても「行かない」の一点張り。これには手を焼いた。頑として「行かない」「行く必要は無い」
でも、何度かその話を繰り返すうちにテキもスキが出てきて「じゃあ行ってみるか」とひと言。これで勝負あり。
次に日に皮膚科行く事にしたが、案の定、次の日の朝には「行く必要は無い・・」。しかし一度“行く”と言ったからには許さん!
ウチの行きつけの皮膚科に連れて行ってビックリ。「これはメンソレータムのかぶれ。良くあるんですよね。薬を出すので薄く塗って下さい」。
昔から、家の常備薬として使ってきたメンソレータム(メンターム)。それが原因だったとは・・・。
これにはお袋もギャフン。直ぐにお袋が持っていたメンソレータムの現物を没収。田舎の家からもテーブルの上に置いてあったメンタームを没収。まさかそれを忘れて、また買う事もないとは思うが・・・
それにしても、何十年も付き合いのある常備薬に裏切られる事もあるということ。“キズにはメンタム”。我が家の神話が崩れた瞬間だった。

自分も現役時代に、過労で肺炎にかかり、入院した事があった。その時に使った抗生剤で肝臓の値が悪くなり、急遽薬を変えた事があった。
また当サイトでも、前にスティーブンス ジョンソン症候群という重症のアレルギーで目が見えなくなった人の話を書いた。(ここ
「薬には副作用が必ずあり、そのために別の薬を飲み、その副作用のためにまた別の薬・・という悪の連鎖がある」と言ったのは、高校時代に同級生だった医師。
それ以来、薬は最小限にとどめているつもりではあるが、まずは症状が出ない事(発病しないこと)が先決。きち兵衛さんが「最近は“死んでも健康でいたい”という時代・・」と笑っていた。だれもシルバー時代になると薬にはご厄介になるもの。でも、何とかそれは最小にしたいものである。

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2010年11月 6日 (土)

ナルシソ・イエペスの「禁じられた遊び」

今日は、あまりにも有名なナルシソ・イエペスの「禁じられた遊び」のテーマについて。このレコードを買ったのは、中学生の頃だったか、高校の時だったか・・・。
そのとき買ったEPレコード(45回転盤)の音源が未だに見つかっていない。
まあそんな古い音源に、今更こだわることはないのだが、ずっと気になっている。
いつも聞く「禁じられた遊び」は、「A・A・A’・A’」という構成だが、自分が探している音源は「A・B・A’」という構成。

先日、ふとヤフオクでイエペスを検索してみると、何となく昔買ったEPレコードに似ているもImage05371 のが出ていた。1963年発売のレコードなので、自分が中学1年の時。時期も合う。しかもEP盤の裏表が「禁じられた遊び 第一部」と「第二部」。何となく昔持っていたのはこのレコードではないかと思い、買ってみる事にした。(写真はクリックで拡大)
そしてレコードに針を降ろした結果は、“かすった”。つまり似てはいるがそのものではなかった。A面は下記のような音楽だった。1曲目はいつもの曲。そして2曲目は、最初の部分は自分が探している旋律と同じだが、編曲が違う・・・

<ナルシソ・イエペスの「禁じられた遊び」1曲/2曲>

自分の探している音源の構成は「A・B・A’」。上の音源を継ぎ接ぎして“それらしいもの”にしてみると、こんな具合・・・。Bの後ろにもう少し音楽が付くが・・。

<ナルシソ・イエペスの「禁じられた遊び」改>

こんな音源がどこにあるかどなたかご存じ??

ところで、このレコードの解説に、こんな記述があった。
Image05381 「古いスペインの民謡に基いたものといわれていましたが、名ギタリスト、アンドレス・セゴヴィアの研究により、R・デ・ヴィゼー(R・de・Visee、1686~1721)というギタリストの作であることがわかりました。セゴヴィアの編曲したヴィゼーの組曲のなかに含まれるサラバンドとクラーントが、イエペスの編曲でこのレコードの第一部に収められており、これがあまりにも有名な「ロマンス」です。」
自分も今までこの曲の原曲は「スペイン民謡」だとばかり思っていた。でも作曲者が分かっていた・・・。

昔聞いた音源は、どうも忘れられない。何かそのまま忘れ去られてしまうのが、どうも気になる・・。だから「ああこれか」と確認しておきたい。でもどのCDに収録されているのかが、なかなか分からない。もちろん放送でも聞いた事がない。しかしその旋律は頭の中にしっかりと残っている。
そのうち、映画「禁じられた遊び」をじっくりと見てみよう。その中に自分が探していた音楽が流れるかも・・・ね。もしかするとその音源はイエペスではなくてセゴビア??

(関連記事)↑見つかりました。~2011/10/31
半世紀ぶりに巡り会えた「禁じられた遊び」のテーマ 

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2010年11月 5日 (金)

朝日新聞の世論調査「死生観」

先日の朝日新聞に「死生観 本社世論調査」という記事があり、興味深く読んだ。
まず調査方法が「全国の有権者から3千人を選び、郵送方式で実施した。・・・全国の縮図になるように339の投票区を選び、各投票区の選挙人名簿から平均9人を選んだ。・・・有効回答は2322で、回収率は77%。・・・」という本格的なもの。
この記事を要約すると・・・

「重い病気で治る見込みのない場合の延命治療」
  希望しない 81%/希望する 12%
「家族に対する    〃        」
  希望しない 51%/希望する 33%
「家族が延命治療を拒んでも良い」
  そう思う 72%/そうは思わない 22%
「苦しい思いをするくらいなら、病気と闘うのはやめたい 53%
 苦しい思いをしてでも、病気と闘い続けたい 35%」
「ホスピスへの関心がある 70%(男性6割、女性8割)」
「ホスピスに入りたいか」
  入りたい 44%/そうは思わない 46%(自宅ですごしたい)

「自分が治る見込みのない末期がんだとわかったら」
  知らせてほしい 78%/知らせてほしくない 18% 
「自分の家族が末期がんだとわかった場合は」
  知らせたい 40%/知らせたくない 48%
「治る見込みのない病気で余命が限られていることがわかった場合」
  自分の余命を知らせてほしい 76%/知らせてほしくない 20%
「家族に余命を知らせるかどうか」
  知らせたくない 52%/知らせたい 37%

「余命を知り、心の準備をしてから死ぬのが望ましい 49%
 ある日突然に、何の準備もせずに死ぬのが望ましい 44%」
「死は・・・」
  怖い 55%/怖くない 35%
「何歳ぐらいまで生きたいか」
  80歳 45%/90歳 20%/70歳 17%/100歳以上 6%

「自分の葬儀を」
  してほしい 58%/しなくてもよい 36%
「葬儀の規模は」
  身内や親類だけの参列だけでよい 74%/多くの人に参列してほしい 18%
「葬儀の費用 全国平均は約230万円だが・・・」
 こんなにはかけたくない 85%/これくらいの費用をかけたい 10%
「通夜や葬儀をせず、火葬だけで葬る“直葬”への抵抗感は・・」
  抵抗感はない 46%/抵抗感がある 51%
「自分の墓について・・」
先祖や両親のお墓に入る 56%/お墓そのものがいらない 17%/今後自分のお墓を用意したい 14%/自分のお墓を持っている 8%
「自然葬と墓地埋葬では・・・」
  自然葬 21%/墓地埋葬 69%

それ以外で興味の引いた項目は・・・
「運命というものがあるとすれば、そのまま受け入れていくものだと思いますか。自分で変えていくものだと思いますか」
  そのまま受け入れていくもの 44%
  自分で変えていくもの    50%
「自分自身が孤独死することをどの程度心配していますか」
  大いに心配している  8%
  ある程度心配している 29%
  あまり心配していない 43%
「投薬などで“安楽死”が選べるとしたら、選びたいと思いますか」
  選びたい 70%/選びたくない 22%
「“安楽死”を法律で認めることに賛成ですか。反対ですか」
  賛成 74%/反対 18%
「あなたは“あの世”があると思いますか」
  あると思う 49%/ないと思う 43%
「両親や祖父母のお墓を守るのは、子どもの義務だと思いますか」
  子どもの義務だと思う 75%/そうは思わない 20%
        (2010/11/04付「朝日新聞」朝刊p9より)

なるほど・・・・
101105asahi なかなか興味深い記事である。特に延命治療については、8割が希望しないのに、病院で延々と続けられる現実・・・。それに「死」は怖いものだとばかり思っていたが、35%の人は怖くないという・・・。また、自分の葬儀をしなくて良いと思う人が36%もいるということは、現在の葬儀に対する不信感? また葬儀をしても親族だけで、と考える人が74%ということは、現在の葬儀のあり方が問われる。それに直葬への抵抗感が、46%の人が無いと答えている。これは意外・・。(写真はクリックで拡大)
安楽死についても面白い。助からないと分かったら、7割の人が安楽死を選ぶという。法律改正も含めて安楽死は日本のこれからのテーマ?
また「あの世」があると思う人と無いと思う人が半々とは面白い。こんなことを真面目に聞くことはあまり無いので・・

まあ、このようなデータに対しては、あまりコメントするものではないな・・。ただ、ナルホド・・と頷くだけ・・
しかし日本人の死生観についてのデータは初めて見た。色々と考えさせられるデータではある。

★非常に興味深い記事なので、オリジナルの記事をPDF二つに分けて(ここ)と(ここ)に置きます。ご参考まで・・・・

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2010年11月 4日 (木)

「君に見せたい風景」

先日、朝日新聞の「男のひといき」という欄に、何とも甘酸っぱい投書が載っていた。曰く・・・

君に見せたい風景
手紙の返事を書くために便箋を探そうと、手書きの便りを基本にしていた妻の文箱を4年ぶりに開けた。
中から「お父さんが定年になり、これから2人で心行くまで海外旅行を楽しもうと思っていたのに、突然病気になり・・・」と途中まで書かれた、友人あての便箋が出てきた。体調が悪くて最後まで書くことができなかったのであろう。
結婚して35年強、しっかり者の妻に家事や育児をすべて任せ、思い切り仕事に専念させてもらった。おかげで悔いのないサラリーマン生活を送ることができた。妻は、二つのことを器用にこなすことができない私の性格を見抜き、私が定年になるまでは、海外旅行に出かけるのは無理だろうと自分自身を納得させていたのかもしれない。
定年後、縁あって第2の職場に勤めることになり、妻の希望に沿うことが難しくなったが、新しい職場の上司に無理を言って時間をもらい、妻とイタリア旅行に出かけた。妻は「これからは仕事と遊びを同時進行でよろしくね。ギリシャ、トルコなどにも行ってみたいね」と話していた。
それから1年後に妻が亡くなり、その思いをかなえてやることはできなくなったが、いつか妻の写真をポケットに忍ばせて出かけ、心行くまで素晴らしい風景を見せてやりたいと、妻の書き残しの便箋を見ながら思った。(横浜市 小窪正宏 無職65歳)」(2010/10/30付「朝日新聞」p33より)

何ともロマンチックな夫婦愛ではある。・・・が、現実はそう甘くはない。
田舎のお袋がいつも言っていることがある。「親孝行してくれるのなら、生きているうちにしてちょうだい。死んでから親孝行されたって、ちっとも嬉しくない・・」
そう。これが現実・・・。夫婦の間でも同じ。定年までなんか待っていられない・・・。さあ定年で羽を伸ばすぞ!と思った瞬間に“慢性ギックリ腰”になったらどうする?

昨日ちょっと書いたNHKの「今を生きて老い思わず-俳人・金子兜太 91歳の人生訓-」という番組。ここで金子さんが、妻がガンになった時、奥さんが「あなたは私に苦労を掛けた。腎臓を悪くするのは心労によるものが多い。私がガンになったのはあなたのお陰だ。率直にそう思う。いいか?」と言ったという。それに対して金子さんは「俺もそう思う。苦労を掛けた。と半分笑い顔で話したのを覚えている。要するに、俺の責任だという事にして貰えれば一番さっぱりするでしょう。それで闘病して下さい。なにくそとと思ってやって下さい。という事だった。」・・・。そして夫婦の9年に亘る生きるための戦いが始まったという。

ふと、夫婦とは何か、と考えてしまう・・・。どのような状態が夫婦の良い状態なのか? もちろん解はない。
そういえば、我が家ではリタイア後に毎年カミさんと行っていた海外旅行も、だんだん面倒になってきて今年は行かなかった。もちろん海外旅行だけがカミさん孝行ではないが・・・
しかし「思い切り仕事に専念させてもらった」というこのご夫婦は羨ましい。我が家では、さしずめ「会社の仕事に逃げて、家の事を何もやらなかった勝手な人」という表現に変わるな・・・。たぶん・・・。

誰でも、人それぞれの“分”というものがある。決して隣の家が、または友人の家が“平均”ではない。それぞれ違って良い。
よって、まあ自分の場合も、“それなりに”常にカミさん孝行しているので、まあ後悔することはないと思う・・・。(←この記述は、たぶんカミさんにバレた途端に削除を強要されるな・・。ウソを書くな!と・・・)

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2010年11月 3日 (水)

「定年後も人の役に立つ日々送る」

昨日、定年後に酒浸りになって亡くなった元の会社の人について書いた。(ここ)今朝の新聞に、同じような事が書いてありビックリ・・・。曰く・・

定年後も人の役に立つ日々送る
    無職(神戸市 67)
定年退職後に飲酒におぼれるケースがあるようだ。そういえば、元同僚にも酒で苦しんでいる人や、生きがいを見出せず、日々を無為に過ごしている人の話を聞く。
私も退職時、燃えつき症候群といわれるような状態に陥った。しかし、その頃、宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」を読み、甚だしく心を動かされた。これからどうあるべきかを考えた時、まだまだ自分のできることを人のために役立てたいと思うようになった。
現在は、施設の子どもを引き受けて支援する里親の活動や、障がいを抱えてがんばる子どもたちの学習を手助けするボランティアを続けている。
これから定年を迎える皆さんに私は言いたい。無縁社会の到来で人と人との関係が希薄になってきているというが、まだまだあなたを必要としている人はたくさんいるということを。
あなたの持っている知識や力を社会のために発揮してはいかがだろうか。」(2010/11/03付「朝日新聞」P14「声」より)

本投稿は、まさに当サイトのコンセプトに正面から解を与えている・・・。

夕食時に見ていたNHKニュースの後、何気なく見ていたら「今を生きて老い思わず-俳人・金子兜太 91歳の人生訓-」(ここ)という番組を放送していた。
放送の解説にはこうある。
「俳壇最長老のひとりで、今なお、現役で活躍する金子兜太さん。たくさんの命から力を得て、土に根ざした人間の本性を俳句に詠み続ける91歳。2006年に最愛にして、最大の理解者である妻・皆子さんを病気で失い、自らの老いと向き合いつつも、生にかける思いは熱い。すべてを飲み込んで、悠々と生きる金子さんの“いま”をたっぷりと生きる、気迫と心の日常に迫る。」

自分は俳句には疎く、金子兜太さんという方も知らない。番組によると、金子さんは定年まで銀行マン(日銀)だったという。そのかたわら、高校時代からの俳句の世界。まだまだ現役で、新聞(朝日)の俳句の選者として6000通もの投稿俳句のハガキを見るという。それが誠意だと・・・。
碁や将棋もそうだが、和歌・俳句も老後の人生にはうってつけの世界。でも才能が・・・。実はそれらは、自分の身近にあったのだ。自分たちの結婚式の少し前に亡くなった祖母は、若い頃から和歌の同人誌の常連だったし、全くの会社人間だった叔父は、退職後に俳句に目覚め、すでに選者の域らしい・・。でも自分は・・・ね。

ともあれ、定年を無為に迎えると怖い・・・。それは分かっている。
ふと、数年前に高校の同窓会に行った時の事を思い出した。各地の校長を歴任され退職された恩師が、「自分は何も考えずに定年を迎えてしまったが、君たちは退職後にどうするかを、今のうちから考えて置いた方がよい」といった話をされていた。
そう、分かってはいるのだが・・・ネ。
なぜか寂しくリタイア後を考えてしまう秋の夜長である。


2010年11月 2日 (火)

「企業の年間休日数~平均は106.4日」

“未だ現役組”のシルバー世代になると、休日が何とも待ち遠しい。特に週の真ん中に休日があるのは大歓迎である。(明日は休みだ~(^o^)~)
先日の日経新聞に、企業の年間休日数についてのデータが載っていた。曰く・・(写真はクリックで拡大)

企業の年間休日数~平均は106.4日
1企業当たりの年間休日総数は平均106.4日。厚生労働省がまとめた「2010年就労条件総Image05361 合調査」の結果から、こんな数字が明らかになっている。前年の調査に比べると0.8日増加した。従業員規模別に見ると、大きな企業ほど休日数も多くなる。1000人以上の企業は116.4日なのに対して、30~99人の企業では、104.5日だった。
業種別に見ると、情報通信業が最も多く123.5日。このほか120日以上だったのは金融業・保険業(121.9日)だけだった。逆に最も少ないのは宿泊業・飲食サービス業で91日。生活関連サービス業・娯楽業(95.2日)、運輸業・郵便業(98.9日)も100日を切っている。」(2010/10/31「日経新聞」p11より)

2010年のカレンダーを数えてみた。それによると・・
  (日)=52日
  祝日=15日(累計 67日)
  (土)=52日(累計119日)
  年末年始(12/30~1/3)=実質+2日として(累計121日)

なるほど・・・。土・日と祝日の単純合計だけで119日。年末年始は休むだろうから、その分を正味2日として加えると121日・・。よって、平均が106.4日ということは、(土)は全部休めなくて14.6日は働く、つまり月に1日強は出勤日ということになる。
そして、さっきの121日に夏期休暇3日を加えると、125日・・・。
  夏期休日=+3日(累計125日)

こんなのが一般的だと思っていたが、1000人以上の大企業でも平均116.4日とは、少ない・・・。
日本の会社は、こうも働きものなのか・・・

話は変わるが、会社で同僚からこんな話を聞いた。昔居た会社の同僚で、60歳定年で辞めたKさん。定年後の就職口を探したが無く、家でする事もないので昼から酒ばかり飲んでいた。1年後、医者に行ったが、診た医者が絶句。直ぐに大病院に転送されたが、定年で辞めてから1年後、61歳で急性肝不全で他界したとか・・。自分もその人を知っていただけに、残念。結局、独身だったので、毎日の酒を止める人もいなかったため、行くところまで行ってしまった・・・。

特にサラリーマンは、定年という節目は怖い存在。もし働く気があるのなら半年以内に働き出さないと、体が“毎日が日曜日”に慣れてしまって働く気力が失せてしまう、と誰かが言っていた。
自分のモットーは、給料はどうあれ、毎日通う場所をゲットすること。それが規則正しい生活につながり、健康維持にも貢献する。そして、それが「休日が待ち遠しい・・」につながるのだ。
でも自分もとうとう63歳に達してしまった。“毎日が日曜日”になる日も近い・・・。

ひょんな事で、現在の自分の置かれている状況(特に休日数)が、実に有り難いものだと改めて認識した。(上記モデルは今の環境・・・)

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2010年11月 1日 (月)

杉田二郎の「ANAK(息子)」

先日の朝日新聞「ひととき」欄に、こんな記事があった。(少し古い記事だが・・・)

定番レシピ 息子継ぐ
日曜日の朝、春に結婚した長男から珍しく電話があった。しかも朝に。何事かと驚いたら、「スペアリブの作り方、教えて!」。
スペアリブはわが家のありふれた定番メニュー。結婚前に彼女が来たときにも食卓に出したことがあったかもしれない。
彼女は日曜日が休日とは限らない仕事をしているが、その日はめったにない2人そろっての休みとなり、彼女が骨付き肉を前日に買ってきたらしい。
作り方といっても、マーマレードとおしょうゆと日本酒でコトコト煮るだけ。時間はかかるが簡単だ。ただ、焦げつきやすいので、コツなども書き、レシピをメールで送った。
そんな朝のできごとも忘れかけ、夕食も済んだころ、息子からメールがきた。無口な息子らしく「出来た!」の一言。そして、写真も添付されていた。
私にとって料理は、いわば義務としてこなしてきた家事。だが、新婚の2人が、こうやって私の乏しいレシピを受け継いでくれようとするのは、こそばゆいというか、ちょっとうれしかった。
いつか息子がアサリの砂出しの方法を聞いてきたこともあった。その日は息子だけが休みで調理当番のようだった。結婚して「男子厨房に入る」の息子に変身したのも、母親としては◎の気分だ。(横浜市青葉区 M.S 英語教師53歳)」(2010/10/20付「朝日新聞」p35より)

この話題、わが家には全く関係のない話で、参考にも何にもなりはしない・・。

最近、フジテレビのドラマ「フリーター、家を買う。」(これ)(毎(火)21時~)を見ている。これはカミさんが見て、「(テレビのオトーさん(=竹中直人)がウチの)オトーさんとそっくり!」と言って、自分に見ろと勧める・・・。
ドラマは、主人公が3ヶ月で会社を辞めるところから始まる。どこにでも転職出来るとの甘い考えは、現実のハローワークに行って吹っ飛ぶ。会社人間の父親は、そんな続かない息子を容赦なく叩く。その間に入った母親はうつ病に・・・。その状況下、現実から逃げる父親に代わって、バイト先の土木現場で仕事に、そして家族に目覚めていく主人公・・・・

何?息子にギャーギャー言う竹中直人が自分に似ている??そんなバカな・・・
確かに娘と違って、息子と両親との付き合いは意外と難しい。さっきの投書のように、過去に何があっても、それなりに親との関係がつながっていればホッとするもの・・。このドラマも今後どのように展開していくか分からないが、父親と息子との関係が見もの・・?

息子との葛藤が歌われている、こんな歌もある。

<杉田二郎の「ANAK(息子)」>

  「ANAK(息子) 」
    作詞・作曲:FREDDIE AGUILAR
    訳詞:なかにし礼

  お前が生まれた時 父さん母さんたちは
  どんなによろこんだ事だろう
  私たちだけを 頼りにしている
  寝顔のいじらしさ

  ひと晩中 母さんはミルクをあたためたものさ
  昼間は父さんが あきもせずあやしてた

  お前は大きくなり 自由がほしいと言う
  私達はとまどうばかり
  日に日に気むずかしく 変わってゆく
  お前は話を聞いてもくれない

  親の心配見むきもせず お前は出てゆく
  あの時のお前を止めることは 誰にも出来なかった

  息子よ お前は今 悪の道へ走り
  荒(すさ)んだ暮しをしてると聞いた
  息子よ お前に何が あったのだろうか
  母さんはただ泣いている

  きっとお前の目にも 涙があふれているだろう
  きっと今ではお前も 後悔をしてるだろう
  きっとお前の目にも 涙があふれているだろう
  きっとお前の目にも 涙があふれているだろう

この歌は、フィリピンの国民的歌手フレディ・アギラの曲のカバーだという。どの国でも息子との関係は難しいらしい。なお、Netで「Anak」を調べると、「インドネシア語で、ANAKというと子供のことであり・・」とあった。(ここ

何?わが家の息子との関係?? 当然!平和そのものさ・・・!!(←音沙汰がないので平和そのもの・・・。トホホ・・)

最後にオリジナルに敬意を表して、原曲を聴いてみよう。

<Anak/Freddie Aguilar>

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