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2010年11月15日 (月)

「もったいない」の仏教思想(3/6)

雑誌「大法輪」を読んでいたら「日常語に含まれている大切な仏教思想」という記事があり、心に留まった。その全文を6回に亘って読んで行く。今日はその3回目。

「日常語に含まれている大切な仏教思想
     大本山護国寺貫首 岡本永司

私たちが日常使っている言葉の中に深い仏教思想が含まれていることが多くあります。その一端をご紹介させていただきます。
・・・
もったいない
三番目は「もったいない」という言葉であります。この頃は我が国ではほとんど死語になってしまったように言われますが、この言葉も深い仏教思想を含んだ大切な言葉であります。
数年前ケニアの環境副大臣ワンガリ・マータイさんが在日されて、日本には「もったいない」という素晴らしい言葉や考え方があるが、環境保全や自然保護が世界中で大問題になっている今、この考え方こそ世界中に発信し実践して行くべきであると演説され、マスコミでも取り上げられました。遠い国の人から指摘されてはじめてその素晴らしさに気づくなど全く情けないことであります。
「もったいない」は「勿体」ということで、これはそもそもの体ということで、そもそも体というものは無いというご承知の仏教の無我思想を表現した考え方であります。無我とは私が無いということではなく、私を私として存在せしめているものは全て様々な物の集まりによって形成されているのであるということで、これを仏教では色・受・想・行・識との五つの要素による集まりとして「五蘊仮和合(ごうんけわごう)」によるものであるとしております。
・・・・・・
昔から一粒のお米にも農家の方々の八十八の苦労がこもっているのだからご飯を残すのではないと言われました。一粒のお米にも実に多くの人々や自然の力が結集していることが分かります。農林水産省の調べでは我が国では諸外国より輸入する食料の内二千万トンの食糧が一般家庭や外食産業、ホテル、旅館などで無駄に捨てられていると発表されました。折角遠い外国から人手をかけ貴重な油を使い運んできた膨大な食糧品を二万トン級の輸送船で一千艘分も無駄に捨てているのかと考えると暗澹たる思いであります。それだけでも当然地球環境、自然環境破壊につながっておることになります。
作られたものを大事にしていこう、大切にしていこうという仏教の示している「もったいない」という素晴らしい考え方、生き方を、マータイさんに言われるまでもなく、私たちはしっかりとその本来持っている意味を認識して実生活に生かしていかなければならないと思っております。」(雑誌「大法輪」2010年11月号p24より)

「もったない」という概念が日本独特であり、世界にない美徳であるということは良く言われること。でも現実の生活では、なかなかそれを活かしていない。
「ご飯を残すな」という話は、耳が痛い・・。大きな声では言えないが、実は自分の食事は残すのが当たり前になっている。だから弁当作りが趣味のカミさんにも自分の弁当は作らせない。自由に残せないから・・・
昼食では、到底ご飯をドンブリ一杯は食べられず、必ず残す。だからいつも「ご飯は半分にして下さい」と言うのだが、それでもツイ残してしまう。自宅の夕食も同じ。これも大きな声では言えないが、実はわが家では夕食で着々と“殺人未遂”が行われている。つまり、毎夕、到底食べられない程の料理が出る。いつも言うことが「多すぎる!」。でも自分の美徳からつい“もったいない”と思って食べようとしてしまう。それが自分の過食(メタボ)による殺人事件に発展するのである。
それで、ソウッと食卓の横にはべるメイ子(愛犬)に下請させようと思うのだが、カミさんから色々とクレームが付く。先日も茹でた栗が自分には多すぎたので、メイ子に食べさせようとしたら、カミさんが「栗は、犬が食べてよいことになっているのか?」と言う。それで「別に法律に食べさせてはいけない、とは書いてないので良いのでは?」と反論した。
せめて犬が食べても、捨てるわけではないので“栗クン”には申し訳が立つとは思うのだが・・・

視点を変えると、家の中を見回すと使っていない家具や機材が溢れている。それをヤフオク(Yahoo!オークション=ここ)で売買する事は実に有益。自分がヤフオクを日常的に使い出してから半年ほどになる(ここ)が、これはなかなか良いシステムだと思う。つまり、必要のない人にとっては無価値の中古品も、欲しい人に取っては無限の価値がある。それらを必要のない人から必要のある人に回すシステム。これこそ“もったいない”の真骨頂。つまりヤフオクは世の中のエコに多大に貢献している??
おっと今日はヤフオクの応援演説ではなかった・・・。これからはメタボを覚悟して、残さず食事を食べることにしようか・・(たぶん変わらないと思うけど)

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コメント

いつもブログを見るのを楽しみにしています☆これからも楽しく読ませて頂きますね(*^_^*)

【エムズの片割れより】
それはそれは・・・・

投稿: 池袋@美容室 | 2010年11月15日 (月) 21:55

教えていただきたいのですが、「勿体ない」の勿体とは神仏の象徴のことであって、ものを無駄にしたりすると、勿体(神仏)に対して申し訳ないと言う思いが、その後、言葉が短く表現されて「勿体ない」となったと解説された事がありました。この解釈でもあってるのでしょうか?

投稿: 安村吉弘 | 2017年7月 6日 (木) 18:06

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