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2010年10月 4日 (月)

「一息ついて、とぼとぼと」

先日、雑誌「大法輪」の「心があったまる仏教」で「柔軟な心に知恵は宿る」(ここ)という記事を書いた。今日はその続き。同じ記事の中に、こんな“お話”が・・・

一息ついて、とぼとぼと
・・・心が柔軟な母親の一言で、一家の命が助かったということもあるのです。
知人から寄せられたエッセイを、ご本人の了解を得た上で紹介させていただきます。

「お団子は減ったが  中尾寿満子(島根・74歳)
旧満州大連で暮らしていた私たち日本人の生活が、根こそぎ覆った昭和20年8月15日。
敗戦を知って数日もたたない間に、美しい大連の街並みに轟音を響かせ戦車で進入してきたロシア兵。「イー・アル・サン・スゥー」と声を出し、保安隊と呼ばれる中国の人達が街中を行進するという異様な光景は、当時10歳だった私の脳裏にやきついている。
父は失職。三度の食事に事欠くようになってくるなかで、母が高粱(こうりゃん)の粉を練って小さく握り、油で揚げてくれる“おだんご”が、唯一のおやつだった。
砂糖の入らない“おだんご”は、うすい塩味。油で揚げてあるので香ばしさが増し、私たち4人弟妹の最高のおやつだった。
十月に出産をひかえていた母が、大きなお腹でその日も“おだんご”を揚げていたお昼過ぎ、ロシア兵が二人、銃を突きつけ入ってきた。治安は乱れ、夜の外出は禁止。若い女性は気を付けて避難するようにと注意事項が回っていたが、子供4人の我が家に昼間乱入してくるとは思いもしなかった。
とっさに母は揚げたての“おだんご”を「どうぞ、どうぞ!」とロシア兵にすすめた。家の中を見回していた二人の兵士は、子どもしかいないことを確かめ笑いながら“おだんご”を口に入れ、「スパシーボ」(ありがとう)と帰って行った。
「ふるえていた私たちに、“おだんご、ありがとう”の言葉が返ってくるとはねェー」と驚いていた母。
母の機転で、おやつの“おだんご”の数は減ったが、おいしそうに食べてくれたロシア兵の顔と「スパシーボ」の声は忘れられない。
敗戦の日から六十余年が過ぎ、日本へ引き揚げるまでの苦しさは薄れてきたが、高粱の粉を練って油で揚げてくれた一口サイズの香ばしい塩味の“おだんご”は、母が作ってくれたおやつとして、心にしっかりと刻まれている。」

子を守る母の知恵とはこのようなものかと感動しました。
「心が柔軟な母の一言」、これはこちこちになっていない「やわらかな心」「やさしい心」「しなやかな心」のことを言います。
・・・・・
私は色紙によく「一息ついて、とぼとぼと」と書きます。行き詰まったと思わないで、一息ついて辺りを見回していると、新しい道も見えてくるものです。見えてきたら、その道を、あせらず、とぼとぼと、歩いていけばよいのだと思っています。(群馬 曹洞宗長徳寺住職 酒井大岳)」(雑誌「大法輪」2010年10月号P30より)

何かにこだわって力が入っている時、こんな話を聞くとホッとする。異次元・・・。そう、同じ次元では、その延長線上で事態は進む。でも、ここでのロシア人のように、フト次元が違う出来事に出くわすと、ハッと“元の人間”に戻る。そんな話だ。

誰でも人生にピンチはある。自分も現役時代、本社に転勤になってから“卒業”直前の半年間、精神的にピンチになった。カミさんの薦めで初めて漢方薬局に行き、症状を言って心が安定する漢方薬を処方してもらった。その薬と、カミさんの「今の状態は永遠ではない。長くて1~2年でしょう?」という言葉で、ハッとした覚えがある。これには助かった・・・。
縁あって、半年後に子会社に移る事になり、それまでの超ストレス環境から変わったことで、ピンチは脱した。
自分の場合、近くに異次元の意見を言ってくれる人がいたので助かった。しかし独り者はそううまくは行かない。異次元の話は誰もしてくれない。自分ひとりで、同じ思考パターンの中をぐるぐる回るだけ。そして鬱になる???
自分の事を本当に心配してくれるのは親と配偶者だけ。でも親は別に住んでいれば目は届かない。だから配偶者が必要だ。だから当サイトでも、皆、結婚しろと言っている。
カミさんは、子どもの小学校時代の同級生だった親と話す機会があるらしい。その娘さんは、ウチの息子と同じトシだが、みな結婚していないという。前にも書いたが(ここ)、“フルタイム女性の賃金水準の上昇により、女性が独身に留まった場合の厚生水準が飛躍的に上昇し、独身に留まることが必ずしも不利ではなく、非婚化を引き起こしている。”という事情が近所でも当てはまるのかも・・・

おっとっと。また自分の結婚推進論になってしまった。
でも、何でもそうだが、別の切り口で考えることにより道が開ける、ということは良くある。人間の原点は家族・・・。そう思うのだが、子供たちの世代は、そうは考えないらしい。現実は甘くはないな・・・、と感じる秋のこの頃、まあ「一息ついて、とぼとぼと」あまり深刻にならないようにしようか・・・。


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コメント

60際を過ぎてからこんなに困る事態に
直面することになりましたが、
「一息ついて、とぼとぼと」この言葉に
とても安らぐ思いです。
是非打破したいです。

【エムズの片割れより】
コメントありがとうございます。要は「視点」なのでしょうね。同じ“事実”も、見る角度を変えると、色々な“真実”が見えてくる・・・!?一息ついて、見方を変えたら?と言っているのかもね・・

投稿: 迷い人 | 2010年10月 5日 (火) 18:29

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