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2010年10月 5日 (火)

「行政の無駄排除は番号で」

当サイトお気に入りの日経新聞のコラム「大機小機」。またカバンから古い切り抜きが出てきた。内容が一般論なので、まだ時機を逸してはいないかな・・?
曰く・・・

行政の無駄排除は番号で
ドイツ、オランダ、スウェーデン、オーストリアの電子政府の実施状況や、納税者番号制度を調査する機会に恵まれた。IT(情報技術)時代に不可欠なツールである番号を活用し、税制や社会保障制度を中心とした行政を効率的に推進する姿が印象に残った。
スウェーデンは住民登録情報をデータベースに、あらゆる行政サービスを電子政府として提供しており、納税者番号もその一部に取り込まれている。オランダはまず納税者番号から始めて、社会保障・税番号、市民サービス番号へと徐々に国民の了解を得ながらその範囲を拡大してきた。
オーストリアはセキュリティーの優れたセントラルモデルと呼ばれる方法であらゆる行政サービスを電子的に提供しているが、こと納税に関しては社会保障番号を活用している。電子政府の番号はICカードに格納され本人が認識していないが、納税に関しては本人の記載・告知・民間利用が基本となるため番号が見える必要があるからである。
一方、ドイツでは番号アレルギーが強く、統一的な国民番号は導入されていないが、納税者番号制度が導入され、社会保障とも連携している。
程度は異なるが、社会保障給付の無駄を排除し行政効率を高めたいという思いが番号の活用につながっている。
翻ってわが国では、参院選前に選択肢が公表され、ドイツ型、スウェーデン型、米国型の3つの選択肢についてパブリックコメントが募集されたが、国民戦略室の改組や民主党代表選の中で放置されたままである。
社会保障の不正受給防止の目的で所得情報を交換していないわが国の現状は、欧州諸国にはるかに遅れている。今後年金の一元化や給付付き税額控除の導入には番号制度は不可欠だ。国民にとっても、番号で税金の使い道を監視するならば異論はないはずだ。大風呂敷を広げた電子政府から始めるのではなく、まずは国民合意の得られやすい税・社会保障共通番号から議論を始め、行政効率の劣化を防ぐ必要がある。
「番号を付けることは、家の鍵を国家に渡すことではない。番号はあくまで住所だ。国はそれを活用してどこまでサービスを効率よく行うかを考える」。納税番号から始めて社会保障分野に範囲を広げ、国民合意に20年かけて市民サービス番号にたどり着いたオランダ政府幹部の発言が印象に残った。(ミスト)」(2010/9/25付け日経新聞「大機小機」より)

昔、たしか「イレーザー」とかいう映画で、コンピューターの画面を叩くと、その人のデータがすべて表示される場面があった。その目的が何であれ、ひとり一人に番号を付けるということは、自分に関するデータがすべてコンピューターに登録され、誰かに自分のすべてが覗かれる可能性がある、という懸念は拭えない。
しかし、現代のコンピューター時代に、国民のデータベースが無いというのも違和感がある。要は“使い方次第”だということ。
そこで外国ではどうしているかを調べるのも現実的な解を与えてくれる。それを調べた結果、各国は悩みつつも前に進んでいるという。そして議論が進んでいないのは日本だけ・・??

このような場合、普通は得られるメリットと、失われるデメリットを比較する。メリットは、医療情報などが一元管理されれば、自分の病歴も分かり、アレルギーなどを含めてより良い医療を効率的に受ける事につながるだろう。社会保障も間違いが無くなる。
一方、デメリットは自分も個人情報が覗かれる?脱税がしにくくなる?いや、お見合いの時、自分のデータを相手に見られて、会う前に断られてしまうかも・・・!?

でも考えてみると、我々には既に色々な番号が付いている。もちろん会社では従業員番号で全ては管理されているし、パスポート番号や健康保険証の番号、年金の番号、住民基本台帳の番号に運転免許証の番号等、幾らでもある。考えようによっては、それらが単に一元化しただけ??
とにかく、議論が進まないというのが最も困る。
どの国も悩んでいる。やるにせよ、止めるにせよ、一度国民全体で考えてみる価値はあると思うが・・・

自分が思うには、さっきの医療情報の一元管理など、何か不都合があるかな?確かに病歴も立派な個人情報。だからこれから治療を任せる医師にも知られたくない??自分は過去の病歴を開示しても、良い医療を受けたいと思うが・・

(付録)今朝のNHKラジオ深夜便で、新井満さんが、良寛の句「散る桜 残る桜も 散る桜」を紹介していた。なぜか心に残った・・・


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コメント

良寛には辞世の句はなく、貞心尼に見守られて亡くなるときに示したのは誰の作とも知れぬ「うらをみせ おもてをみせて 散るもみじ」だったとの話もありますね(水上勉、良寛)
形見とて何か残さん春の花なつほととぎす秋はもみぢ葉 も辞世にしたい句です。
新井満氏の千の風の訳詩について、志村建世さまの9月13日のブログに記事がありました。

【エムズの片割れより】
そうなんですね。wikiにあったので・・。
新井満さんも辞世の句とは言っていなかったので、その部分は削りました。

投稿: 植松樹美 | 2010年10月 6日 (水) 07:38

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