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2010年10月16日 (土)

「CT検査でがんになる」

「文藝春秋」の今月号(2010年11月号)の広告が目に留まり、買ってきた。「医療の常識を疑え」という特集。最初の記事が「衝撃レポート CT検査でがんになる」。慶大講師の近藤誠氏が書いている。なかなかショッキングな論である。要旨を少し紹介すると・・・(写真はクリックで拡大)

「CTはX線撮影よりも200~300倍の被ばく量がある」
Image05291 「発がん死亡リスクは、被ばくした時の年齢が低いほど高くなり、高齢になるほど低くなる。子どものCTは危険。」(グラフは、被ばくによる発がん死亡の上乗せ分)
「推定では、45歳の1万人が全身CTを一度受けると、8人が発がん死亡し、同じ人たちが75歳まで毎年全身CT検査を受けると(合計30回)、190人が被ばくにより発がん死亡する」
「日本はCT大国であり、さらに装置が新鋭化して検査時間が少なくなったため、検査回数の増加と共に国民全体の被ばく量が増加。“とりあえずCTを”“念のためCTを”・・」
「35歳未満の若者に実施されたCTを、あとで調査した研究によると、腰椎のCTは70%が、頭部CTと腹部CTは、それぞれ36%と37%が正当化出来ないとされました。それらCT検査の大部分は、放射線被ばくの心配がないMRIで代替できる。」
「なぜ不必要なCT検査が行われているかというと、まず放射線診断医に知識がない。各科の医者のほとんどは、一回のCT撮影に発がん性がないと思い込んでいる。」
「放射線検査による被ばくを減らそうと思ったら、不要な検査を避けるしかない。第一に、少々のことでは、病院に行かない。中年以降の不調は、大方は老化現象で、つける薬はない。そうだとすれば、医者に診てもらう必要もない。受診なければ被ばくなし、で済む。」
「子どもの場合は、転んで頭を打ったくらいでは、医者に連れて行かない。ましてやCTは撮らない。ただし、意識を失っていたり、ぐったりしていたら、医師に診て貰う必要がある。」
「次に、患者が医療機関に歩いて行くだけの体力があり、症状も軽いのに、初診時に「まずCT」と言われたら、CT室に行かず、そのまま帰宅しましょう。」
「がん検診は、検査に利益があるかどうか判然としません。その一方で放射線検査には、発がんリスクという不利益が厳然として存在する。したがって、がん検診の存立が正当化されるには、がん検診が寿命を延ばすことが証明されなくてはならない。ところが、どの臓器のがん検診も、この証明が不存在で、中には寿命短縮が証明された検診すらある。肺がんを例にすると、・・・寿命延長効果は認められず、被験者の寿命短縮が証明されてしまった試験もある。」
「マンモグラフィによる乳がん検診、X線透視による胃がん検診は、被ばく量が相当多い一方、がん死予防効果はない。」
「そもそも、がん発見目的の検査で発がんしたら本末転倒です。これら放射線を用いる検診には、近付かないのが一番です。」(「文藝春秋」2010年11月号P144より)

前に「胃がん・肺がん検診~有効性示すデータ、日本だけ」(ここ)という記事を書いた。これは朝日新聞の記事だが、同じような論が段々と広まってきた。

30年も昔、自分の住んでいた近くの診療所で、医師が直ぐに胃カメラを勧める、という今までと違った動きがあった。聞くと、それは胃カメラを購入した為と分かった。もちろん胃カメラが必要があるケースもあるだろう。しかし、早く償却を・・・、と考えるのも自然の流れ。CTも同じだ。高価なCTを導入したら、たくさん使って回転を良くしないと、借金で病院がつぶれてしまう・・・・。

とにかく、これらのリスクを避けるには、この論が指摘しているように、自分自身が放射線防護主任となって避けるしかない。でも病院で、CT検査を指示されてスタスタ帰ってくるのもなかなか勇気が要ること。すると、病院には近寄らない、という事になる。
特に検診では、放射線検査は要注意。
自分の場合、胃の透視はここ数年やっていないが、それに加えて、肺のレントゲンもこれからはパスしようっと・・・・。
相変わらず、ミーハーな自分ではある。

(関連記事)
胃がん・肺がん検診~有効性示すデータ、日本だけ


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コメント

十数年前、慶應病院放射線科近藤医師に受診し、同じような話を聞いたことがあります。うんと要約してしまえば、医者のいうことはあまり聞かず、放っておけばいいんじゃない、という論調で、当時検診の害キャンペーンの本を次々に出されていたことに合点した次第です。ぼくの場合、膵臓に嚢ほうができ、手術するかどうかで転々と病院を変え、本を読んで最後の切り札的に受診しました。結局東京女子医大で患部摘出手術を受け、現在に至っています。結果的には幸い手術でオーケーだったのですが、同じ検査結果の資料の読み取りと判断が医師によってこんなに違うんだ、という衝撃実例になりました。MRIは何度か受けましたが、CTはあまり記憶がないので、被爆を回避できたのかもしれません。

【エムズの片割れより】
まさにその近藤先生ですね。自分も昔、氏の「患者よ、がんと戦うな」を読んだ事があります。でもこのような論を展開すると、敵も多くなるでしょうね。

投稿: 三山sanzan | 2010年10月17日 (日) 02:30

「うんと要約」し過ぎたので誤解のないように、もう少し聞いてください。最初の二三の医師の判断は、膵臓ごと、さらにその周辺の臓器もごっそり摘出しなければならない大手術だ、という共通見解でした。リスクも大きいと。それで、セカンド、サードオピニオン、と転々となったのです。セカンドオピニオンの重要性が叫ばれ出した頃です。しつこく食い下がりました。近藤医師は、そんな手術をするくらいなら、様子を見ながらしばらくは放って置いても、という見立てでした。それこそ、今すぐに、と放っておいても、では百八十度の差ですよね!その後知人の医師から、部分剥離の縮小手術を開発していた東京女子医大を紹介され、8時間の大手術ではありましたが、最小摘出で無事今に至っています。ぼくの経験をいろいろな人に話し、諦めないで探し続けていると、最善の道が開けることもあるよ、と言っています。ぼくの場合は多分にラッキーが重なっていたと思いますが。

投稿: 三山sanzan | 2010年10月18日 (月) 00:12

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