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2010年9月の24件の記事

2010年9月30日 (木)

平成の市町村合併~様変わりの茨城県

先日、カミさんが100円ショップで九州のある県の地図を買ってきた。いやはや立派な地図。今まで本屋で売っていた地図と何も変わらない。ここまで詳細に載っていて100円とはとにかく安い。それで、ついでの時に我が故郷(?)の茨城県の地図を買ってきてくれるように頼んだ。
Image05241 買ってきた茨城の地図を見てビックリ。聞いたことのない市がたくさんある。自分の昔の“土地カン”は完全にマヒ・・・・(写真はクリックで拡大)

常陸大宮市、那珂市、桜川市、筑西市、小美玉市、行方市、かすみがうら市、板東市、常総市、つくばみらい市、守谷市、稲敷市等々、何だこれは・・・
WIKIを読んでみると、1999年に85あった茨城の市町村は、2010年3月には44まで減ったという。市が+12、町が-38、村が-15。
これは「平成の大合併」といって、2003年から2005年がピークだったという。色々な事情があったのだろう。でも自分が今住んでいる市も、茨城の実家のある市も無風状態だったので、興味がなかった。でもその間に、世の中はどんどん変わっていた・・・。

それにしても何か寂しい。“茨城県人”を卒業してからもう40年も経つので、今更言える資格は無いのだが、でも心はなぜか茨城・・・。
高校野球の記事を見ても、東京よりは茨城の高校の方が馴染み。しかし、昔住んでいた頃は県内のほとんどの高校名は知っていたが、今は分からない。高校の新設とともに、地名そのものが変わり、到底付いて行けない。
潮来や神栖のように、昔の町名がそのまま残っている所は分かり易い。しかし“つくばみらい市”などは、ピンと来ない。それに水海道市が無くなっている。水海道一高の名はそのままか?
まあ40年も前に“去った”自分など、茨城にとっては“過去の人”。それはそれで良いのだが、心情的に何か物寂しい秋・・・・
そうか。この寂しさは、このところ急に秋らしくなったので、季節の影響かもね・・・・
今度は地元の東京の地図を買ってこよう。それにしても、ちょっと油断している間に、世の中は様変わりだ。クワバラクワバラ・・・・

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2010年9月29日 (水)

性善説と性悪説~ヤフオクでの反省

九州から当地まで、宅配便は2日で着く。しかしこれが何日経っても届かないのである・・・。今日は自分の人間性を試されている??、という話・・・。

最近ヤフオク(ヤフーオークション)を便利に使っているが、今日は反省の弁である。
先日、大型のFMアンテナを設置するために(ここ)、アナログのVHFのアンテナをいち早く撤去した。そのため、カミさんがキッチンで見ている5インチの小さなテレビが映らなくなり、代替え品が必要になった。
小型の地デジが映るテレビ・・・。探すと、シャープなどの大メーカーでは小型のモデルが無い。シャープが2年前に発売した15インチが辛うじて残っている位・・・
15型では少し大きすぎる。同じシリーズで13型があるが、正式な販売ルートでは在庫切れでもはや手に入らない。するとオークションしかない・・。キッチン用で直ぐに汚れるため、中古で充分なのでヤフオクで探した。
応札した13型。中古なのだが、競合相手があまり出なくて、思ったよりも安く落札できた。1万円ちょっと。
「発送は(土)か(日)」と製品説明にあったので、毎日残業で忙しい人かな・・・と想像。
それでじっくりと待つことにした。すると落札の次の日に口座の連絡が来た。住所はもちろんのこと、自宅の電話番号も書いてある。これは普通のこと。それで連絡が来た当日にお金を振り込んだ。それから(5日後)になってようやく「連絡遅くなりました。昨日入金を確認しました。明日発送いたします・・・」というコメントが返ってきた。まあこんなもの・・・

そしてこれからが“ドラマ”!?
“明日”(6日後)発送とすると、(8日後)には到着するはず。それが着かない。仕方が無く、「宅急便の伝票番号を連絡して欲しい」とメールを打つ。しかしなしのつぶて・・。
ヤフオクには、前に取引した人が、どのような取引だったかを評価する仕組みがある。実は、(9日後)にそれを読んでビックリ。ほんの1ヶ月前の評価に「最低最悪な出品者・・。お金を騙し取られました。再三電話かけても取りません・・・・皆さんも絶対入札しないでください。多少高くても、別の出品者の商品を薦めます・・・」とある。
2年前の評価でも、「発送予定日が体調不良を理由に何回も変わったり・・・」と悪い評価・・・。
ドキッ・・・・。なるほど。それで応札者が少なかったのか・・・・。ヤフオクの場合、良い評価が当然で、悪い評価は一つでも問題なのだ。この出品者の場合、悪い評価が多い。事前に気付いていれば応札を控えたが、今まで全てが順調だったので、甘く考えていてこれを読まなかった・・・。
これはヤバイ。最初の連絡がキチンとしていたので不信感を持たなかった。しかしこのような行状では、メールではかったるい。それでヤフオクでは初めて直接電話した。すると、小さな子供が電話に出て「アンタ誰?」「お父さんは?」「いません」「ではテレビの件で電話があったと伝えて」「・・・(テレビの件だって~・・)」。
すると本人が出てきて「スミマセンまだ送っていません。明日(10日後)送ります」とのこと。
言った通りに送られると、(12日後)に着くはず。でもやはり来なかった。仕方なく(13日後)に、再度伝票番号を連絡くれるようにメール。すると「連絡遅くなりましてすいません。本日午前中に発送いたしました。・・」という返事。
今度は“過去形”なので、確かだろう・・・。と思ったのが“また”甘かった。発送の2日後である昨日(15日後)には着くはずが、今日の(16日後)になっても着かない・・・。
さてこの事態をどう捉えるか?

カミさんに、「いちいち写真まで撮って、オークションに出し、自分の住所電話番号まで連絡してくるのだから、そう悪意があるとも思えない。それにちゃんと家庭まで持っているのに・・・」と言うと、“人は色々ある”という。小学校の給食費を払わない人も居る。子どもの目の前で、外食から帰っていたときでも、“払わなくても済むものは払わない”という人はいる・・・。
結果として、“人間の行動はそう簡単には変わらない”ことが分かった。つまり、今回の出来事は、まさに前の悪い評価のケースと同じであり、決して偶然ではない。それには必ず素地があり、繰り返される・・・。別の人の貴重な体験を見落とした自分がバカ・・・

まあ最初からお金をだますつもりなら、少なくても自宅の電話番号は書かない。よって計画的ではない・・、と思う。でもこの人の動きは理解出来ない。“送る”と言って送らず、“送った”と言って送っていない・・・。自分の理解の範囲外・・。

前にデール・カーネギーの「人を動かす」という本について書いた事がある。(ここ)今回は開き直って、“自分が試されているのではないか”と思う事にした。
つまり、このような人に対して、どのようなアクションを起こすとテレビを送らせる事が出来るか・・・・。
よって今日は、堪忍袋が切れて、また電話しようかと思ったが止めた。相手を追い込めばケンカになる。すると益々送って来なくなる。今重要なのは、ちゃんと落札したテレビを送って貰うこと。お金を振り込んでいるこちらの方が弱い立場。よって「相手の人は悪意があるわけでなく、単なる手違いがあった」と捉え、また「業者名をお知らせ下さい」というメールを打った。(無念だが・・・)
ここまで来たら我慢比べ。あくまでもオトナの対応で、じっくりと・・・
でも1ヶ月を過ぎたら、アタマに来て九州まで飛行機で殴り込みに行く事にでもするか・・・。でもここまで我慢して、エライでしょう!? ホントウに勉強にな・り・ま・し・た!!(トホホ・・・)

(事後談)
結局それほど待てなかった。上の記事を書いた次の日、夜電話を入れても出なかったので、Yahooのヘルプを読むと「内容証明で公的な督促をして、警察に被害届を出すと8割補償される」とあったので、仕方がないので“警察に届ける”とメールで宣言した。すると1日置いて2日後、テレビが届いた。慌ててその日のうちに送ったらしい。しかし付属のリモコンは、別機種の古い壊れた物。まあ本体が動いたので、これで打ち止めとした。結局素人なので警察と聞いてびびったらしい。これからは相手の評価を良く研究することにした。

メモ:カウント~125万

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2010年9月27日 (月)

五木寛之著「親鸞」を読む

何とか五木寛之の「親鸞」を読み終わった。今回は、なぜか読むのに時間が掛かった。この手の小説は難しい・・・。
浄土真宗の開祖としての親鸞については、そのうちに勉強しようと思っていたが、ミーハーの自分は、“小説を読めば少しは分かるかな?”と思って読んだのがこの小説。実に単純な動機・・・。

ウーン。この小説を読み終わっても、何か達成感?がない。大きな謎解きがあるわけでもなく、ドラマがダイナミックに動くわけでもない。テーマがテーマだけに、まあ当然なのではあるが・・・
その中でも、一番表に出ていたのが、法然の専修念仏の教え。念仏を称えさえすれば、悪人でも往生できる。つまり何の悪行をしようとも、念仏という免罪符を持っているので怖くない・・・。今までは悪行をすると、地獄に落ちるというので、それが悪行のブレーキになっていたが、それから解き放たれた・・・? そんな逆説的な人々の危険な考え方に対して、法然、親鸞がそれをどう受けとめていったか・・・。そんな悩みが聞こえて来たような物語・・・。
この小説で描かれている親鸞は、まさに生身の人間。子供のことまでは出てこなかったが、妻帯までの物語はやはりこの小説の中心。親鸞は別に宗派を起こそうとは思っていなかったらしく、越後に流される所で小説は終わるが、親鸞は他の地での布教に心を燃やしていた。

前に、道元や空海の映画をみたことがある。その時も、宗教の開祖という偉人の人物像をどう描くのか、難しさを感じた。この「親鸞」も同じだ。
世に知られたエピソードをちりばめながらも、あまり唐突な行動を描くわけにもいかない。それぞれの宗派が監修をしている事もあり、品位を落とすわけにもいかない。
そんなプレッシャー?の中で書かれた小説や映画は、やはり一般の小説とは一線を画しているように見える。おとなしい・・・・。
西洋の宗教と違って、ダイナミックな史実(?)が乏しい事もあるだろう。色々な史実が分かっていれば、それに基づいて小説として誇張することは出来るだろう。しかし史料もないのに、大きな事件を起こしてあまり盛り上がっても、どうかと思う・・・。

それでは、キリスト教はどうなのだろう。昔の映画で思い出すのはチャールトン・ヘストンの「十戒」。モーゼの生涯を旧約聖書の「エジプト記」に基づいた物語として映画化したもの。そう、キリスト教は聖書という公式な物語伝説があり、エピソードは幾らでも載っている。聖書の言葉そのものが教え。仏教とはだいぶん違う。

小説の対象が宗教の場合、その人の生涯を著者がどう捉えるか。世の中で言われている人物像とは別に、自分なりの人物像を描き、それを表現するために、本人に色々なセリフを言わせる。その言葉の塊が人物になる。架空の人物なら、それが何であれ、読者は納得する。しかし宗祖となると、そう簡単ではない。しかし、それらの目線を意識し過ぎると、Image05221 まったくつまらない作品になってしまう。そのバランス・・・

休筆までして、大学に仏教の勉強に行った五木寛之氏。その筆による親鸞の人物像だが、「圧倒的感動!胸躍る多彩なキャラクター!! 各紙誌絶賛!」という本の帯とは別に、なにか距離を置いて読んだ小説ではあった。

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2010年9月26日 (日)

山崎ハコの「織江の唄」

トシをとると、眠りが浅くなって困る。このところ、夜中に目が覚めるようになってきてどうも案配が悪い。でもこの現象は誰にでもあるようで、仕方なく付き合うしかない。
ここにもメモしている通り、この所FMチューナーに凝っているので、夜中に目覚めると、つい録音中のNHKラジオ深夜便の“音”を確かめてしまう。歪みは?ノイズは??・・
だいたいオーディオ屋というのは、あら探し。ノイズが気になると、音楽を聴かないでノイズだけを聞く。バカな話だ。
今朝も3時頃に目が覚めたので、ついアンプのスイッチを入れた。すると流れていた番組は、山崎ハコの特集。そして4時からの「明日へのことば」も、「“個性的”に歌い続けて35年 シンガーソングライター 山崎ハコ」(2010/9/26放送)だった。それでつい2時間聞いてしまった。どうせ次の日は日曜日だという事もあり・・・・。
聞いていると、2時からの山崎ハコ特集は、主に最近録音・発売されたアルバムから放送されたため、1曲を除いてはどれも自分が持っていない音源だった。そうなのだ。これがFM放送を聞く醍醐味なのだ。この時にも放送されていた彼女の代表曲、「織江の唄」を聞いてみよう。

<山崎ハコの「織江の唄」>

「織江の唄」
  作詞:五木寛之
  作曲:山崎ハコ

遠賀川 土手の向こうにボタ山の
三つ並んで 見えとらす
信ちゃん 信介しゃん
うちはあんたに逢いとうて
カラス峠ば 越えて来た
そやけん
逢うてくれんね 信介しゃん
すぐに田川に 帰るけん
織江も大人に なりました

月見草 いいえそげんな花じゃなか
あれはセイタカアワダチ草
信ちゃん 信介しゃん
うちは一人になりました
明日は 小倉の夜の蝶
そやけん
抱いてくれんね 信介しゃん
どうせ汚れて しまうけん
織江も大人に なりました

香春岳 バスの窓から中学の
屋根も涙でぼやけとる
信ちゃん 信介しゃん
うちはあんたが好きやった
ばってんお金にゃ 勝てんもん
そやけん
手紙くれんね 信介しゃん
いつかどこかで 逢えるけん
織江も大人に なりました

いつ聞いても、シンプルなギターの伴奏が、何とも素晴らしい。みな、夫君である安田裕美のギターである。
しかしこの番組を聴くと、wikiに山崎ハコは体が弱いと書いてあったがどうしてどうして元気。それに最近では舞台等での活躍もめざましいらしい。
色々と面白い話があったが、子どもの頃、104歳まで生きたお祖母ちゃんに可愛がられた事や、実に仲の良い家族だった事など、良く分かった。
それを前提での“宿題”だが、このような幸福な家庭に育って、何で歌が暗い??
特に「望郷」(これ)など、10代でこんな歌詞を書く人と、この放送の中で言っていた幸せそうな子ども時代がどうも自分の中でマッチしない。よってここは少し研究してみる価値がある。まあ“宿題”だな・・・
ついでに、この対談はなかなか面白かったので、もし興味がある人は聞いてみて下さい。(ここ)をクリックして黙って10分待つ。Zip(40MB)がダウンロードされて解凍されたらダブルクリック・・・。この録音は、自分が今凝っているケンウッドの、昔30万円もしたチューナー(L-02T)で、水戸放送局の電波を捉えたもの。電波が弱いので雑音が多いのが難点。

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2010年9月25日 (土)

映画「キャタピラー」を観る

カミさんに誘われて、今日、映画「キャタピラー」(これ)を観てきた。何とも感想が難しい映画だった。「キャタピラー」=「芋虫」・・・・。そう、戦争で四肢を無くした夫と妻の物語。

Image05211 太平洋戦争末期、勇んで戦争に行った久蔵は、四肢を無くし、顔は焼けただれ、聞こえず話せず、という状態で帰ってきた。父親は「こんな姿で返されても・・・」。そして妹は「義姉を実家に返さなくて良かった・・」と世話を妻に押しつけ、去る家族。軍神とたたえられ、勲章と自分のことをたたえた新聞記事だけを誇りに生きる久蔵。しかし毎日は、食べて寝て、食べて寝て・・・・

しかし「軍神の妻」として生きるシゲ子(寺島しのぶ)はけなげに振る舞うが、段々と目覚めてくる。「軍神って何だ・・・」。出征する前、子を産めない事で暴力を振るわれていた事を思い出し、“もう怖くは無い・・・”と。そして久蔵は、自分が戦地で犯し、殺した女性の事を思い出し、精神がおかしくなってくる。そして敗戦・・。心の支えを失った久蔵は、芋虫のように這いずりながら、池に身を投げて死ぬ。

カミさんに、なぜこの映画を誘ったのかを聞くと、(前から言っているように自分はミーハーなので)寺島しのぶが第60回ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を受賞したというので、自分が“乗る”と思ったのだという。でも、だからと言って面白いかというとそれは別。この映画は、決して面白い映画ではない。画面は暗く、全体が重苦しい。停電で電灯の消えた戦争中の田舎の家が舞台なので、それは仕方がない。
物語としても、別にダイナミックな謎解きがある訳でもなく、孤独な夫婦の生活が単調に続くだけ。

映画を見終わって、ふと、こんな体で日本に帰れた人がどの位居るのだろう?と思った。沖縄戦もそうだが、撤退する時は、足手まといの傷病兵は容赦なく殺した、と聞いていたので・・。まさに四肢がない兵隊が本当に帰れたのだろうかと・・・。
それと、四肢がない人間をどうやって撮影したのだろう。特撮としてもなかなか難しい。

とにかく、何とも感想が難しい映画だった。前に「殯(もがり)の森」という映画を見た時と同じような感じ・・・。

ところで、このような状況は、実は日常的に我々にも有り得る。夫が、そして妻が、脳溢血で四肢が不自由になる事は幾らでも有り得る。それに、糖尿病で足を切る事も有り得る。
そんなとき、夫婦はそれをどう乗り越えるのか。そんな観点でこの映画を見ると、また別の味わいが出てくる。そんな意味では、この映画は反戦映画であると共に、夫婦のあり方を描いた作品なのかも知れない。

映画の後、自分が将来芋虫になっても、何とか面倒を見てくれるとカミさんが言うので、とりあえずは安心した。ホントウだと信じているが・・・

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2010年9月23日 (木)

FM放送のマルチパス対策奮闘記~その後

今日はやっと涼しくなった。それも急に・・・。17度を切っている。それにしても今日の雷雨は何だ?朝から午後までカミナリ・・・。おかげでメイ子(愛犬)は怖がるし、自分はFMチューナーが雷サージで壊れるのを心配して、電源やアンテナ線をあわてて外したし・・。

カミさんが「FMの事なんか書いても誰も読みはしない。読むのは1000人に一人では?」という。それどころか、たぶん読むのは1万人に一人も居ないだろう。でも、そんな事は知ったこっちゃない。これは自分用のメモなのだから・・

どうも「FM放送をキレイに聞くプロジェクト」が終わりそうにない。
趣味とは“他人が無関心な事でも、ひとり夢中になる事”なのだろう。まさにこれは自分の趣味だな・・・
一昨日の夜、例の“マルチパスノイズにまみれた”NHK FMのピアノコンサートの番組を聞きながら、FMチューナー(L-02T)のダイアルを回していたら、突然マルチパスノイズ(ジュルジュル)の無いキレイなピアノの音が聞こえてきた。なぬ?と聞き耳を立てる。マルチパスメータもほとんど振れていない。とにかく、一番分かり易いピアノの音の後ろにあるマルチパスのジュルジュルノイズが皆無なのだ!
周波数表を見ると、NHK水戸放送局の83.2MHzだった。アンテナ入力は50dBやっと。でも何とか聞ける。あんなに遠い局が何で受かる??
地図を調べて分かった。NHK水戸のFM放送は、加波山の隣の燕山に送信所があるという。山の上なので高さは700m、出力は1KWと少ないが、偶然も偶然、方向が当八王子から見て、水戸局は浦和局と全く同じなのだ。出力は浦和の5KWよりもずっと少ないが、方向と高さで受かったのだ・・・。しかし距離は遠い。燕山は当地から浦和局までの距離の3.2倍、直線距離で99Kmもある。でも高さでカバーして電波が届く・・。これはまさに奇跡。こんな解決策があろうとは・・・・。居間に飛んで行って「ばんらーい」と叫んでしまった。「マルチパスノイズが消えた~!」

それ以来、色々な番組でノイズ量を計っている。当然電波が弱ければノイズが増す。結果、水戸局のアンテナ入力は50~52dBで、無音の時のノイズ量は平均で-50.8dB、最高で-55.7dB。それに対して東京タワーや浦和局は、アンテナ入力は58~60dBで、無音の時のノイズ量は平均で-54.6dB、最高-58.7dB程度。電波が弱い分、ノイズ量は多いが、それでも水戸局は何とか我慢の範囲・・。これは行ける。もちろん刻一刻と電波の強さは変わるが、音は何とか大丈夫。やっと“永遠の恋人”に巡り会った感じ・・・。

なるほど・・・・。分かった。
・都内でのマルチパスと違い、遠距離でのマルチパスは少し位アンテナを回してみても、変わらない。局によってマルチパスの量が既に決まっている。
・よって、例えばNHK FMを聞く場合は、予め周囲の県の局の周波数を調べておいて、アンテナの方向をそちらに回しながら、どの程度受かるか、マルチパスの有無を一つずつチェックする。
・我が家の場合は、山梨方向は山があり弱い。神奈川方向も山があるので弱い。千葉は、東京タワーのちょうど向こう側で、方向は同じでマルチパスは少ないのだが、如何せん電波が弱い。
・それに引き替え、水戸局(加波山)は千葉の2倍の距離があるが、電波は届く。700mの山にアンテナが設置されているためだろう。
・L-02Tのマルチパスメーター(目盛は0~140&∞)で見ると、東京タワーは無音で30。音が大きくなると針は下方向(逆向き)に振れる。浦和局は、無音で5~10位。音が大きくなると30位まで振れる。水戸局は0~5位。でもジュルジュルノイズは、東京に比べて浦和は少し減る程度。それに引き替え、水戸局は皆無。やはり音で判断するのが正確。(でもいつもピアノを放送しているとは限らないが・・)

もう少し電波が強ければ・・・・。60dBあると理想なのだが・・・
10素子のアンテナを建てて2~3dBかせぐか?ケーブルを7Cの低損失に替えてどの位アップするか?
そろそろこの泥沼から抜けたいのだが、ノイズ量を量る習慣はしばらく続きそう。

(2010/09/27追加)~NHK FMのマルチパス歪みのサンプル追加
このサンプルを聞くと、自分がこだわっている理由が分かる??
<東京タワーの電波~マルチパスノイズひどい

<NHK水戸局~歪み無し

<期待を裏切ったNHK浦和の電波~マルチパス歪み

<やっぱりNHK水戸が良い・・・>

(関連記事)
FM放送のマルチパス対策奮闘記

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2010年9月22日 (水)

「柔軟な心に知恵は宿る」

雑誌「大法輪」の「心があったまる仏教」にこんな記事が・・・。

「人生にはときどき「動けなくなる」ということがあります。
「あまりの感動に動けなくなる」はまだよいとして、行き詰まったり追い詰められたりして動けなくなるのは困りものです。
そんなときは、ただ困り果てていないで、「待てよ」と思って辺りを見回し、一息つくことが大事と思われます。

柔軟な心に知恵は宿る
ネパールで学んだことを紹介しましょう。
チャリコットという山村で学校建設の仕事をしていたのですが、滞在日数に限度があり明日は日本に帰ろうとしたとき、私たちのミニバスは動けなくなりました。おんぼろの大型バスが故障して狭い道路をふさいでいたからです。左は深い谷、右は側溝、そして民家の屋根が道路へ突き出しています。
聞くと、大型バスが動くまで一週間はかかるだろうとのこと。私たちはその日のうちにカトマンズのホテルに戻っていなければ明日帰国できず、困り果てていました。
村の長(おさ)が来て言います。
「家を壊してバイパスを作りましょう。車を通してから家を修復すればよいのです」
一行は驚きました。困らなくても方法はあるよ、と教えてくれていたかです。
仕事はすぐに始められました。つるはし一本のほかはすべて手作業です。民家の石垣も、屋根も、近くの土手を支える石垣もどんどん崩され、側溝に放り込まれました。土手の上には子どもたちがずらりと並んで、ひざをかかえて楽しげに作業を見下ろしています。集った見物人はざっと150人。しかし、20人余りの手伝い人の力で、わずか1時間足らずでバイパスは出来上がりました。
大型バスと民家の間を、ミニバスは左右数ミリずつの間隔のなかを見事に通り抜けることができたのです。
「ゼーイ、ゼーイ、ネパール」と歓声があがりました。「どうだ、見たか。ネパール人はなかなかやるだろう。バンザイ、ネパール!」という意味なのです。
このときの支払いはわずかに五千円。これは民家の修復費で、バイパスを作った手間代は要らないとのことでした。
おかげで私たちはその日のうちに空港のホテルに戻ることができたのです。
“ロキシー”という地酒を飲みながら、一行はホテルの一室で語り合ったのです。
――困り果てると見えなくなる。柔軟な心に知恵は宿る。方法というものはあるものだ。先進国って何だろう。どうにもならない、と考えるより、どうにかなる、と考えよう――などなど、一つ一つにうなずき、反省し合ったのであります。」(雑誌「大法輪」2010年10月号P27より)

なるほど・・。それは分かるが、今の日本人に対して、今建っている家を壊して車を通す・・・、という発想は無い。無理だ。まさに日本では、「家は不動産」なのである。動かない物なのだ。しかしネパールでは違う。家は「動産」なのであろう。確かにモンゴルの移動式のゲルの家は動産だ。

何でもそうだが、「一歩引いて考えてみる」とは良く言われる。それは客観的に見ること。でも現実は意外と難しい。当事者であればあるほど、狭い範囲の中をぐるぐる回ってそこから脱出できない。別の言い方では、ロジカルに考えることなのだが・・・・。

今日聞いたNHKラジオ深夜便「明日へのことば」(2010/09/21放送)。ピアニストの舘野泉氏の言葉が印象に残った。舘野泉氏は北欧で活躍していたが、2002年の65歳の時にコンサートの最中、脳溢血で倒れ、右半身の麻痺でピアノが弾けなくなった。それからは、何とか動かない右手を動くようにしてまた舞台に登るという事だけを考えていた。発病から1年半位したころ、アメリカに4年間ヴァイオリンの留学していた息子が帰ってきて、土産に左手の楽譜を買ってきた。それはイギリスの作曲家が、戦争で右手を失ったピアニストの友人のために作曲した曲だった。息子がピアノの上に置いていったその楽譜を見て「あっ」と叫んだ。考えが180度変わってしまった。これでやれば良いのだ。やるのは音楽。音楽をやるのは1本の手でも2本の手でも3本の手でも良い。2本の手にこだわる事はないことに気が付いた。それから、左手1本の演奏会が始まった、という。

これも「発想の転換」・・・・。
仏教でも“こだわるな”と教えている。それが如何に難しいことか・・・・

誰でもトシを取ると、それまでに経験しなかった体の不自由さなどに直面することがある。体だけでなく、生活全てで「こんなはずでは・・・」とも・・・。
そんなとき、その現実とどう折り合いを付けるか・・・。

そういえば、自分も10年ほど前、対人関係のストレスで(?)突発性難聴を発症し、右耳が壊れた。オーディオ好きの自分は大ショック!! でも今でもちゃんとオーディオをしている左耳を中心に・・・。別に開き直ったワケでもないけど・・・。

今後の人生で、何か大きな変化点が現れた時、それにどう対処していくのか、また、どう対処して行けるのか、正直自分はまったく自信がない。その時にはたぶんこの「柔軟な心」が助けてくれるのだろう。では、その柔軟な心には、どうしたら辿り着けるのだろう?それは柔軟な心になっていないと辿り着けないような気がする。ではどうしたら柔軟な心になれるなれるのだろう・・・???
ン? 発振状態・・・。まあそう言うことだ・・・・

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2010年9月21日 (火)

「働きやすい会社2010」ランキング

昨日の日経新聞と今日(2010/09/21)の日経産業新聞に、「働きやすい会社2010 ランキング」という記事が載っていた。昨年に続いて見てみよう。(昨年の「働きやすい会社2009」はここ

このランキングは、「・・企業の人事・労務制度の充実度を点数化し、ビジネスパースンが重視する度合いに応じて傾斜配分してランキングを作成した。」とある。
調査の方法は「今回が8回目。企業に対する調査は1568社を対象に6月18日~7月末にかけ実施し、478社の有効回答を得た。ビジネスパーソンは従業員1000人以上の企業に勤める人が対象で、7月中旬にネット経由で調査をした。日経リサーチアクセスパネルの9600人に聞き2343人が回答した。うち女性は582人。・・・・」

評価項目は、以下の4つ。(各項目のベスト3)
1)「社員の意欲を向上させる制度」①ソニー(229.26) ②パナソニック(217.04) ③富士通(214.66)
2)「人材の採用・育成と評価」①ダイキン工業(108.91) ②パナソニック(107.61) ③凸版印刷(105.75)
3)「働く側に配慮した職場づくり」①東芝(224.67) ②ソニー(221.39) ③シャープ(218.99)
4)「子育てに配慮した職場づくり」①東芝(173.89) ②日立製作所(167.15) ③パナソニック(169.35)

結果、4項目の合計による総合順位は、

    <「働きやすい会社2010」ランキング>
           ~日経産業新聞(2010/09/21より)
    順位(昨年) 社名       得点
    ①(13) ソニー         712.58
    ②(18) 東芝          703.89
    ③( 1) パナソニック      702.19
    ④( 4) 日立製作所      693.01
    ⑤( 2) 凸版印刷        679.27
    ⑥(12) 富士通         672.93
    ⑦(10) ダイキン工業      659.69
    ⑧(15) 日本IBM        654.94
    ⑨(25) 富士フイルム      652.79
    ⑩( 6) パナソニック電工   650.68

以下、⑪(7)大和証券Gr ⑫(26)シャープ ⑬(27)大日本印刷 ⑭(14)損害保険ジャパン ⑮(28)日産 ⑯(16)三菱電機 ⑰(20)積水化学工業 ⑱(21)コニカミノルタHD ⑲(17)帝人 ⑳(3)東京海上日動火災保険

なおビジネスパースンに「働きやすい会社」の条件を聞いたところ、
①(1)「年次休暇の取りやすさ」    48.5%
②(3)「実労働時間の適正さ」     35.6%
③(4)「社員の定着率」         33.1%
④(2)「人事考課の結果伝達の有無」 32.0%
⑤(7)「従業員教育・研修の充実」   31.2%

などなど・・・

さてこのデータをどう読むかだが、昨年同様順位が乱高下している。毎年同じ事を書いているが、順位がそう簡単に変わるとは思えないのだが・・・
もしこのランキングを自分の会社選択の一助にしようとする場合、注意しないといけないことは、その企業がこのランキングの対象企業に入っているかどうか・・・
入っていれば、このランキングも意味があるかも知れない。しかし対象企業に入っていない場合は、点数は分からない。よって意外と点が良いかも・・・??

でもまあ、これはミーハー的な視点。実際にはその企業に勤めている人からの話が一番信用できるかも・・・。でも他社との比較は難しい。他の会社が自社に比較してどうか・・・は、なかなか分からない・・・

201009211 201009212 201009213

当サイトの中では、このシリーズは結構アクセスが多いので、上記写真のPDFを(ここ)に置きます。“研究”してみて下さい。

(関連記事)
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日経による「企業ランキング」~働きやすい会社2010
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2010年9月20日 (月)

NHK「“生命”の未来を変えた男~山中伸弥・iPS細胞革命~」を観た

先日放送されたNHKスペシャル「“生命”の未来を変えた男~山中伸弥・iPS細胞革命~」(2010年9月18日/再放送は10/3(日) 前10:00~)(これ)を観た。番組で紹介されていたALS(筋萎縮性側索硬化症)などの難病の患者さんにとっては、これ以上の朗報はない。
しかし、その最先端技術とは別に、何とも考えさせられる事が多い番組だった。キーワードは「パンドラの箱」そして、人間と動物を掛け合わせた「キメラ」・・・・。
この番組は、iPS細胞の使い方によっては、人類の歴史を変え得る恐ろしい可能性をも予見し、警鐘を鳴らしていた。

京大の山中教授らが世界で初めて作製した万能細胞「iPS細胞」という名は知っていた。それによって臓器や組織を再生する「再生医療」が進む、という話も聞いていた。しかしこの番組を見るまで、それらの言葉が、自分にとっていかに上っ滑りした言葉だったかが分かった。つまり今までは、その内容など全く分かっていなかったのだ。それをこの番組は教えてくれた。しかし自分はこの番組を見て、難病治療の明るい未来よりも、むしろ何か“恐ろしい”ものを感じた・・・

生命誕生から40億年。人間の細胞は60兆個の細胞から出来ているという。それも初めはたった一つの受精卵。それが、体の色々な部分に合わせて、他の遺伝子情報を隠してその細胞になっていく。しかし山中教授らは、皮膚の細胞から受精卵のような、何にでも進化出来る最初の細胞に遺伝子情報をリセットさせる事に成功したのだという。受精卵に戻すということは、立花隆さんに言わせると「タイムマシン」・・・。
この技術を使うと、皮膚の細胞から心臓の鼓動する細胞をも作る事ができ、薬の治験などに使えるという。よって薬の開発が進む。また肝臓などの臓器細胞が出来れば、痛んだ肝臓を治す事も出来る。元は自分の細胞・・・。まさにオーダーメードの医療、という事になる。
反面、倫理的な問題も数多く出てくる。同性の夫婦が、お互いの遺伝子を持った子供を作る事も出来、また人間と他の動物を掛け合わせた「キメラ」を作る事も可能だという。
まさに「パンドラの箱」(ここ)を開けてしまった。

もう一例紹介されていたのが、豚の体内で人間の臓器を作るという技術。臓器は人間の細胞でも、血管は豚とかで、まだまだ先の技術だという。豚の体内で作られた臓器を人間の体内に入れる・・・・。キメラ???

自分が見て印象に残ったので、後でこの番組を見せたカミさんは、動物が人間のためにいいように利用されている、と言うが、それはモルモットを代表に、たくさんの生命が人間のために実験材料化している事は言うまでもない。しかし、今度ばかりは人間に移植する臓器が作られるのだ・・・。

生命を操るのは倫理的な問題があり、学会や政府がこのような研究に、色々な制限を付けるだろう。しかし問題は、果てしない人間の欲望。カミさんが言うように、カネがある人は、死んだ娘のコピーを作ろうとするだろう。制度として幾ら“文章”を作っても、それを守るのは人間の理性であり、倫理観。よって、カネでそれを逸脱する学者が出るかも知れない。

番組の中で、松本零士さんが“悪魔の星”のことを言っていた。iPS細胞を正しく使えなかったため、キメラだらけで元に戻れなくなった生命体だらけの星・・・
そうならないために、新しい技術を人類がこれからどうコントロールしていくのか・・。
“核”は世界中で監視している。コントロールしている。しかし“核”と違って生命科学は、国の利害があまり絡まない。よって、国のコントロールは難しい。
しかしそれを乗り越えなければ、せっかくの新技術が他の理論で葬り去られる危機も・・・。それでは難病患者さんたちの希望も失われてしまう。
当の山中教授も、iPS細胞が人類にとって無限の可能性を持つだけに、倫理についても良く認識され、考えておられる。
いち早くノーベル賞の候補とも言われている、世界が注目する山中教授。この分野で世界で一番影響力のある人として、技術革新と共に、人類の倫理面でのリーダーシップをも期待したいところだ。

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2010年9月19日 (日)

映画「悪人」を観る

今日、話題の映画「悪人」(これ)を観てきた。なるほど・・・。話題になるだけの事はある・・・か・・。
Image04951 まずビックリしたのは、8月31日の新聞広告。両面見開きの全面広告。聞くと、「日本を代表する10人の映画監督が映画化を熱望し、20社以上に亘る映画化権争奪戦となった」という・・。ミーハーの自分からすると、これは観る価値がありそうだ・・。(写真はクリックで拡大)

主人公の土木作業員、佐賀のごく狭い範囲での生活しか知らない販売員の女性、そして福岡の裕福な大学生と福岡の保険会社に勤めるOL。彼らをつなぐのは、出会い系サイト。皆“出会い系サイト”はそれなりのものと思いつつ、それ以上を期待する。そして、遊び、捨てられ、傷ついていく・・・。
そんな“現代的な”寂しい毎日。でも彼らは積極的に「出会い」を求め、「本気で誰かに出会いたかった・・・」という。しかし主人公が出会ったのは、時既に遅し・・

そして、(自動車事故ではないが)“出会い頭”の殺人。誰にでもこんな事はありそうだ、と思う殺人の動機。しかし、世間は面白おかしくワイドショーのネタに・・。普通の家が、その渦の中心に巻き込まれていく。そしてやりきれない逃避行。捕まるのは分かっている。しかし少しでも一緒にいる時間が欲しい・・・
そして結末・・・・。この映画のコンセプトは「誰が本当の“悪人”なのか?」

この映画のキーワードは・・・・
「あんた、大切な人はおるね?
その人の幸せな様子を思うだけで、
自分までうれしくなってくるような人は。
今の世の中、大切な人もおらん人間が多すぎる。
自分には失うものがないち思い込んで、
それで強くなった気になっとう。
だけんやろ、自分が余裕のある人間て思いくさって、
失ったり、欲しがったりする人間を、
馬鹿にした目で眺めとう。
そうじゃないとよ。
それじゃ人間は駄目とよ。」

しかしここで描かれているのは、寂しい世界だ・・・。若い人たちの“出会い”を渇望する姿も寂しければ、すべてのきっかけを作ることになる“大学生”の生き方も寂しい。加害者宅を取り囲んで無神経に取材するマスコミも寂しければ、被害者や加害者の家族が、自分たちの生活に被害が及ぶと、同情どころか自分たちの生活だけを守ろうとする姿も寂しい・・・。
そんなやりきれなさと共にストーリーは進んで行く。

ふと、前に観た韓国映画「母なる証明」(これ)を思い出した。映画の“重たさ”に・・・・・。もちろん内容はまったく違うのだが・・・・

人間、誰でも表裏はある。しかし被害者のOLを代表に、それらの生き方が、何か刹那的で寂しい。もちろん親は、そんな生活ぶりを知るよしもない。しかし現実は・・・・

この映画が、現代社会の真実の姿をどこまで正確に表現しているかは、特に我々シルバー族には皆目見当も付かない・・・。こうあって欲しくない、と祈ることだけは確かだ。
でも全ての原点は、若い人たちの“健全な出会い”のチャンスが無いということ・・・。

だから何度も当サイトでは言っているのだ!! もう日本では廃(すた)れてしまった「お見合い制度」をぜひ復活させるべきだ、と・・・!!この映画でも言っている「大切な人」を得るために・・・。そうでなければ、あまりに人生は寂しい・・・
ん?・・・ちゃう??

しかし今日は、日本の映画も充分に頑張っている、という事が分かった。

(関連“してないけど”記事)
中島みゆきの「うらみ・ます」~非常に怖い歌・・・

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2010年9月18日 (土)

FM放送のマルチパス対策奮闘記

自分にとって、NHK FMは、色々なジャンルの日本の歌を放送するので、貴重な音源ソースである。その貴重な音源が、ピアノの音となると背後に「グジュグジュ」「ジュルジュル」というノイズが入り、せっかくの音楽を台無しにしてしまう。
原因はマルチパスというビルなどで反射した電波が一緒に受信される事による歪みなのだが、これが難物。
我が家は東京タワーからの電波にマルチパスが多く、今日はその対策奮闘のメモである。(使用チューナーは、メーカーホーバーホール済みのケンウッドL-02T)

当方は八王子なのだが、今日、今までの東京タワーに向けた5素子とは別に、NHK浦和局(85.1MHz)に向けて8素子のFMアンテナを追加した。結果、今までの浦和局の42dBの電界強度が専用アンテナにより52dBが得られた。マルチパスメーターの振れも、0~140目盛りで、30位振れていたのが、10位の振れに減った。(変調度によって変動するので読むのが難しいが)
問題のピアノを聞いてみた。確かに少しはマシだが、グジュグジュノイズは完全には無くなっていない。でもこれが限度・・・。

マルチパスノイズについて、色々と分かった事をメモしておく。
・マルチパスノイズはピアノの音が一番良く分かる。グジュグジュしていたら、それ。
・原因は、ビルや山などからの遅れた反射波。これが一緒に入ってくると、位相の関係で音がひずむ。
・受信する場所によって、状況は変わるが、一軒家の場合は場所を選ぶ事が出来ないため、アンテナでの対策となる。
・マルチパスを測る機械は、もうアンテナ屋では持っていない。2003年に来て貰ったアンテナ屋は測定器でマルチパスを調べてくれたが、今のアンテナ屋は電界強度計でレベルを測るだけ。
・チューナーにマルチパスの端子がついているものがあり、オシロでX-Yモードで小さい波形になるようにアンテナの向きを調整するのだが、今回やってみた結果、どの局も同じような波形で、アンテナの向きなどでは変化が無く、オシロでは追い込めなかった。
・マルチパス対策をしたチューナーは無い。いや、今月初めて出た。アキュフェーズからT-1100という35万円の製品。
・最近手に入れたケンウッドのL-02Tという、昔30万円もしたあまりにも有名なFMチューナーには、アンテナ信号レベルをdBf単位で直接目視出来る。併せて、マルチパスメーターで、マルチパスの量が一目瞭然。それにより局による電波の状況の良否が分かった。我が家では、東京タワーからの電波は全滅。浦和など埼玉の放送は良好。それで今回浦和を受信。
・そして結果は、マルチパスメーターの振れはなくても歪み感はある。53dBと、電波が弱いせいかも知れない。
・よって、少しでも電界強度を取りたい訳だが、我が家の場合、アンテナからチューナーまで同軸を直結した。ブースターを入れても確かにレベルは上がるが、それ以上に歪みが多くなり(マルチパスメーター)ダメ。具体的には、今TV用に使っているブースターを入れたら、20dBほどレベルは上がったが、マルチパスメーターのレベルも大きく上がってしまってNG。これは、ブースターを入れると、純S/N比的には増幅器のノイズ分が増えるため、かえって状態が悪くなる。納得・・・。(ブースターで物事が解決するのであれば、これほど簡単な事は無いが、それは原理的にあり得ない)
・直結で問題になるのが、ケーブルの質とコネクタ。当然ケーブルは低損失で、最短距離が望ましい。ケーブルの途中接続もロスが多くなるのでダメ。あくまで直結。そしてビックリしたのが、チューナーに接続する部分のコネクタ。今まではプラスチック製の90度方向に出る物を使用していたが、昨日、マジメなコネクタを買ってきた。同軸の心線を直接コネクタの心として使うF型コネクタ。(例:サン電子GR5-2P)これだとオープンな部分が無いので、原理的に捕まえた電波を逃がさない。これに替えたら、驚くほど状態が良くなった。メーターではわずかの差だが、昨夜のNHK浦和は、東京タワーに向けた5素子で、ギリギリの状態で受信していた為か、音の改善度は抜群。よってコネクタも重要。電界強度がギリギリの場合は、とにかくアンテナの信号を何とか“減らさない”ようにするしかない。
・それにしてもマルチパスの状況は刻々と変化する。確かに反射による影響なので、電波の伝搬状況が刻々変化するのは分かる。

昨日の会社の帰り道、高級オーディオショップに寄って話をしてきた。
「アキュフェーズから“マルチパスを低減する「マルチパス・リダクション」”搭載の「DDS FM STEREO TUNER  T-1100」(これ)が今月(2010年9月)から発売されるという。定価は346,500円だが幾ら?」
「82掛け」
「マルチパス・リダクションの性能は?」
「今まで受信出来なかった近くのコミュニティ放送局が受信出来たので、効果はある」
「音は?」
「L-02Tを持っているのなら、そっちのが上だと思う。そもそも原理が違う。T-1100は波形をデジタル化して色々やっているので音が変わる。良くも悪くもアキュフェーズの音」
「NHK FMもIPによるサイマル放送が始まるとそっちの方がS/Nが良くて、全て解決?」
「ネットによるサイマル放送は、MP3でいうと128bpsの音、15KHzできちっと切れている。それにサーバーの影響で時々放送が途切れる」

最終的にマルチパス対策チューナーはこれしかないので、検討対象の一つかとも思ったが、それはないな・・・

さっき、無音状態(音楽の始まる直前の数秒)のノイズレベルを測ってみた。(「MP3Gain」で音量を分析しながら、チューナーから出力される放送全体のレベルを基準の89dBに合わせておいて、「mp3DirectCut」で音楽が始まる直前=アナウンサーのスイッチが切れてから音楽が始まるまでの瞬間の数秒間だけのMP3ファイルを作り、「MP3Gain」で分析して89dBへの増幅度=ノイズレベルを見る)
もっともこれは、ほんの一つのサンプルで、刻一刻変わってはいるが・・・
NHK FM東京(アンテナ入力58dB) -58.7dB
NHK FM浦和(アンテナ入力53dB) -55.7dB
(自分が録音に使っているオリンパスのVJ-10の無音入力でのノイズレベルは-64.2dBなので、実に良いバランス・・)

まあ贅沢レベルの話ではあるが、「残留ノイズを気にして電波状況の良い東京タワーを取るか、マルチパスを優先して、多少のノイズは諦めて浦和にするか・・・」。ハムレット・・?
ま、当分は浦和局を受信するけど・・。

しかし電波状態が良いところに住んでいる方は羨ましい・・。ケンウッドのカタログからすると、規格での最高のS/Nを得るには60dBの入力が必要。でも我が家ではそれは無理・・・。しかしこんな受信環境でも、ニュースをじっくり聞くと、ニュース原稿をめくる音が、こんなにもウルサイとは知らなかった。それに体を動かす音もする。アナウンサーは、こんな音は聞こえないだろう、と紙をあちこち動かしているのだろうが、へへへみんな聞こえているのさ・・・・
(例)

今回の“趣味のチューナー問題”だが、そろそろ卒業だな・・・。なぜって、電波の状態が全てなので、もう打つ手がないから・・・。

(関係記事)
FM放送のマルチパス対策奮闘記~その後
FMチューナーL-02Tの修理~ケンウッド白山の抜群のサービス
AM放送を高音質で聞く~パイオニアのチューナー「F-C3」
我が最大の贅沢~30万円のFMチューナー(L-02T)を手に入れた
Yahooオークションに凝った~FMチューナの更新

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2010年9月16日 (木)

「円高をどうみるか」

今朝の新聞トップは、昨日の“やっとおみこしを上げた”政府・日銀の2兆円の為替介入の記事だった。
当サイトお気に入りの日経新聞「大機小機」。先日、ちょうど同じようなテーマの記事があった。1週間前の記事で時期を逸しているかも知れないが、ボツにするには惜しいので・・・。曰く・・・

円高をどうみるか
円ドル相場が1ドル=79円台を付けた1995年以来の円高水準となっている。これをどのようにみればよいのだろうか。
2つの見方がある。1つはあまりにも円高が急速であり、立ち直りかけている輸出を抑え、景況を失速させかねない、政府・日銀は早く対応策を講ずるべきだ、というものだ。これが大勢であろう。
もうひとつ有力な見解がある。日本の輸出の国際競争力を見るのに適しているといわれる実質実効為替レートでみると、水準は95年当時を大幅に下回っており、大騒ぎすべきではないという考え方である。理屈でいえば、輸出対象国の通貨に対する円の実質可価値を表した実質実効為替レートで判断すべきであろう。ただ次の点を考慮すべきではないか。
第1は、実効為替レートは輸出対象国の通貨と円との交換レートを基準にしているが、日本の輸出の半分はドル建てで行われていることである。たとえばアジア地域向け輸出の49.9%(今年上半期)は米ドル建てである。したがって米ドルに対しての円高というのはやはり日本の輸出に影響してくるのではないだろうか。
これと関連して第2の点は、日本経済の貿易依存度が大きく高まっていることである。95年当時は日本の貿易依存度は20%台だったが、リーマン・ショック前には30%を超えた。円高が輸出減少につながると、影響は大きいと覚悟すべきであろう。
それでは今後をどうみるか。15年前の円高は、円・ドルベースでみても実質実効為替レートでみても大幅な円高だった。これはただちに経常収支黒字の縮小につながった。その結果、円相場はその後、急速に円安の方向に修正されていった。
今後をみるポイントは、貯蓄・投資バランスである。今年度、財政赤字は急速に膨らむ。一方で家計の貯蓄率は国内総生産(GDP)ベースでみると、90年代半ばから急速に低下し、今や5%を大きく割って米国とあまり変わらない水準にまで下がっている。
一方で企業部門の貯蓄が増加し、日本経済全体としては貯蓄超過であり、したがって経常収支黒字を維持しているというのが現状である。
こうみると現在の円レートは微妙なバランスのうえにある。中期でみると、今は円高の最終段階にあるようにも思えるのだが。(一直)」(2010/09/08付「日経新聞~大機小機」より)

退職金の残りを投信に預けているシルバー族にとって、毎月来る「差損▲**万円」という▲印は、心の安定に良くない。
その点、円安への誘導は、(まだ投信を取り崩す段階には至っていないものの)精神的には▲が減る事になるので、良いこと。

一般の家庭では円高の恩恵はなかなか受けない。一番目に見える恩恵である海外旅行も、我が家では、最近急に熱が冷めてしまった。
トシと共に段々面倒になる。その点、国内旅行は気楽だがシーズンは混む。そして高い。
宿も高いし、交通費も高い。でもこれからは、トシと共に?国内のひなびた温泉が良くなって来るのかも・・・・。

それにしても、総裁選で勝った直後の介入は、実にタイミングが良かった。いよいよ“エンジンがかかったぞ!”と言わんばかり??それとも“小沢さんと遊んでいるヒマなど無いぞ!”と言わんばかり??
そう、早急にエンジンを全開して貰わねば・・・
2週間の“それ何だったの?”が終わった。この2週間を取り戻すべく、円高を早急に何とかして欲しい・・・。
我が家に直接的な影響は、そうは無いものの、我が精神的安定のために・・
まあ、子ども手当などに、からっきし縁のない我が家では、政府に期待する事ナンテそんなものさ・・・

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2010年9月15日 (水)

今朝は涼しかった~衣替えのタイミング

とにかく今年の夏は暑い。自室の室内・外温度計(2階ベランダの軒下)では、9月4日に最高P10709081 40.6度を記録したっけ。(写真はクリックで拡大)
その反動か、今朝は涼しかった。朝起きて、温度計で外の気温を見ると17.9℃。窓から入ってくる風は少し寒い位・・・。昨日も、夕立があったせいか、やっと“涼しい”という言葉が出るようになってきた。
さて、会社への服装・・・。いつもの半袖では寒いかな?とTVをつけると、天気予報のアナウンサーが「今日は半袖では寒いでしょう」ナンテ言っている。
昨日までの“ランニングに半袖ワイシャツ”では寒いだろうから、今日は“半袖下着に長袖ワイシャツ”かな、と「判断」。
しかし外の空気はやはり冷たい。ええいッ。スーツの上着を着ていこう!と「判断」。

日本人は付和雷同型の民族。現実の温度とは無関係に、つい“他の人”を気にしてしまう。バスに乗る。スーツの上着を着ている人は?・・・・と、1人居た。電車のホーム。上着を着ている人は?・・・・と、数人居た。電車に乗る。ええっと。上着を着ている人は?・・・っと・・・。
全体で見ると、1割もいなかった。5%位かな? 女性も同じ。ほとんどの人が、昨日と同じようなスタイル。まくり上げた長袖の人が、寒そうに袖を下ろしている。でも昨日からの流れで、半袖の服装がほとんど・・・。

現役の頃、定年間際に工場から東京の本社に転勤になったことがあった。工場では、夏にスーツの上着・・・ナンテ全く縁がなかった。しかし“大都会”は違う。暑い夏の盛りだというのに、皆スーツの上着を着ている。確かに客に訪問するときの正装かも知れない。それに昔の新幹線など、冷房が効き過ぎて寒い場所も多かった。それにしても、田舎者の自分はこの非効率さにウンザリ・・。その後、2005年に政府主導のクールビズが始まり、サラリーマンの夏のノースーツ姿は当たり前になった。(でも今年の政府要人をみると、ネクタイ姿が多いようだが・・・)

そう。服装など、仕事上の都合を除けば自由なのだ。特に今の自分は“自由”なのだ。それなのに、何で周りを気にする??・・冬も春もそうだ。そろそろコートを着るか?そろそろコートを脱ぐか?絶えず周りを気にしてしまう、小心者の自分ではある・・。
(前に、ウチのカミさんがこんなことを言っていた。高校の時に衣替えをすっかり忘れていて、真っ白いシャツ姿の生徒の中で、ただ一人黒い冬服・・・。目立ったけどしょうがない。唯我独尊?のカミさんの爪の垢でも煎じて飲もうか??)

でも、それでもやはり今日は、上着は要らなかった・・・。会社を出る時はやせ我慢して上着を着て出たが、歩いていると汗だく。さすがに電車の中で脱いでしまった。新聞によると、これから猛暑はもう無いという。
やっと秋の到来だ~~・・・。(直ぐに“寒い”と文句を言うけど・・・)

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2010年9月14日 (火)

レイモン・ルフェーブルの「哀愁のアダージョ」と「月光のソナタ」

「イージーリスニング」という言葉は、もう死語なのだろうか・・・。
昨日書いた(ここ)FMチューナー(L-02T)が先週末の9月9日夜から稼働し始めた。その夜に、NHKラジオ深夜便で放送されたのが、02時台の「ロマンチックコンサート リラックス・サウンズ~レイモン・ルフェーブル集」だった。
メーカーのオーバーホールを経て、最高級のFMチューナーL-02Tがどんな音に生まれ変わったのか・・・。10日の朝、携帯プレヤーに前夜の録音をコピーして通勤途上で聞いた。なるほど・・・。ストリングスが美しい。マルチパスノイズもほとんど聞こえない・・・。

そんな訳で、レイモン・ルフェーブルを久しぶりに聞いた。レイモン・ルフェーブル・グランド・オーケストラといえば、昔のイージーリスニングの代表。自分は「哀愁のアダージョ」が好きだった。

<レイモン・ルフェーブルの「哀愁のアダージョ」>

この音源は、先のNHKラジオ深夜便ではなく、昔買ったEP盤の音である。このドーナツ盤を買ったのが1973年11月。この盤は1969年の発売という。そのシングル盤の解説にこうある。(写真はクリックで拡大)
Image05201 「哀愁のアダージョ
北欧の晩秋を思わせるマイナーのメロディーが印象的です。映画“夫婦”のサウンドトラックにも使われた“涙のカノン”を歌ったポップ・トップスの歌でヒットした曲です。オリジナル・タイトルを“アダージョ・カルディナル”というクラシックの曲のポピュラー化で、ルフェーブルはクラシカルのメロディー・ラインをヴァイオリンとセロのアンサンブルでかなで、スロー・ロックのビートを強調して現代風な味つけをしていますが、何かそこはかとないものを感じさせる物悲しい雰囲気がただよっています。」

前に「パーシー・フェイスの「シンシアのワルツ」」という記事をかいた。(ここ
この当時、イージーリスニングの曲を色々と聞いた。カラベリ、パーシー・フェイス、フランク・プゥルセル、ポール・モーリア、リチャード・クレイダーマン、そしてレイモン・ルフェーブル・・・。
これらの演奏はみなストリングスが美しく、オーディオの世界ではよく似合った。しかしこれらの楽団も皆トシを取って、ほとんどの方が亡くなってしまっている。レイモン・ルフェーブルも2008年に亡くなったという。一番活躍されていたのが1970年代なので、これも仕方がない・・・・。

先日、フトしたことから同じレイモン・ルフェーブルの「月光のソナタ」を聞いた。この曲も、「月光」好きな自分には、おおいにフィット。

<レイモン・ルフェーブルの「月光のソナタ」>

どれも、もう過去の音楽かも知れないが、何とも懐かしい雰囲気の音楽ではある。

(関連記事)
パーシー・フェイスの「シンシアのワルツ」

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2010年9月13日 (月)

FMチューナーL-02Tの修理~ケンウッド白山の抜群のサービス

先に「我が最大の贅沢~30万円のFMチューナー(L-02T)を手に入れた」(ここ)という記事を書いた。
ところが、何と2~3日してその録音を聞いてビックリ。Lチャンネルの音が割れている。なぬ~~!!
このチューナーはFIXの音声出力とVARIABLEの出力の二つがあるのだが、VARIABLEの左チャンが割れている。それで仕方が無く、またもや先のKT-1100Dに引き続き、ケンウッド・サービスに修理&オーバーホールに出す事にした。(実はこれはL-02Tの“SOS”と、自分は受け取った。今まで散々働いてきたのだから、少しは休ませろよ・・・!)
今日はそのL-02T修理の顛末記である。(本当は自分用のメモだが・・・)

8月1日に横浜・白山のケンウッド・サービス 横浜サービスセンターにL-02Tを発送。音の割れの修理と同時に、前のKT-1100Dのオーバーホールの時と同じく、「消耗部品の電解コンの交換や廃止の可能性のあるICなどの交換、その他出来るだけ新品時の性能に近くなるように」オーバーホールを頼んだ。時間と金に糸目は付けない・・・。
数日後に電話したら「セットを見たが、状態は悪くない。現象(音の割れ)が出ない。夏休みがあるので少し時間が掛かる。部品は電解コンやICなど出来る限り交換する」とのこと。
音が割れるという現象が出ないということなので、確認のため、我が家に残っていた音が割れている状態の録音を、CDに焼いて送る事にした。
8月10日、ケンウッドから電話があり、「CDを聞いたが、何かバイアスが掛かっているような音に聞こえる・・。回路的には限定されたところ。基板のスルーホールの接触不良かも知れない。その辺りの部品を変えたいが、部品が無い」とのこと。
そして、8月31日にケンウッドから掛かってきた電話で「Lチャンネルの歪みの現象が出た。色々やってみたが直らない。ICの内部の故障かも知れないが、交換部品が無い。常時出ている訳ではないので、だましだまし使うしかない。しかし色々やったので、修理前に比べると音がだいぶんクリアになった」とのこと。
フト思い立ち、次の日に「こちらでも部品を探してみるので、ICの型番を教えて欲しい」と電話し、手に入らないICは「MB84066B」と「TC4007UBP」だという事が分かった。
「MB84066B」は、たまたまヤフオクに出ていたのを落札して手に入れ、「TC4007UBP」は東京の部品屋に在庫があった。それでケンウッドに直送してもらった。

そんな事で、待望の最高級FMチューナーL-02Tが、やっと“長期人間ドック”から戻ったのが先週末の9月9日。IC交換は自分が後から送った4個を含めて12個。電解コンの交換が14個。一応メーカーの太鼓判を押してもらって戻ってきたチューナーの音は安心して聞ける。
・・・と、何かノイズが増えた感じ・・・。音の世界は微妙である。ウーン、これは“プロ”に確かめなくては・・・。

早速、9月11日に修理前・後の両方の音をCDに入れてケンウッドに送った。そして今朝、電話でその試聴をケンウッドに頼んだ。そして返事が直ぐに来た。
「さっきCDが届いたので聞いてみた。確かに違いはあるようだが、感度とノイズとのバランス。その妥協点を探しながら調整している。よってこれがギリギリ。これ以上やると、ノイズが増えたり音が歪んだりするだろう」とのこと。なるほど・・・・
つまり通信機としての感度と、オーディオ機器としての音質=ノイズレベルとのトレードオフ。そのバランスが非常に難しいという。しかしこのセットの状態は合格点に近く、他に修理に来るL-02Tでも、状態が悪くて性能的にギブアップの物もある、とのこと。なるほど・・・。まあ今論じているノイズレベルは、60~70dBの話。まあ贅沢な論議だ・・・

さて残るは宿敵「マルチパス」。これは、L-02Tのマルチパスのメーターで一目瞭然。
Img_25511 実はL-02Tの取説に、「マルチパスは、オシロのX-Yモードで見ながら調整するのが正確」とあったので、会社から携帯型デジタルオシロを借りてきて波形を見たが、マルチパスのある信号(局)も無い信号も同じように見える。これではダメ・・。チューナーのマルチパスメーターの方が良く分かる。(写真はクリックで拡大)
このメーターで分かったことは、自分の家(八王子の北東部)では、東京タワーからの放送は全滅。メーターの振れはゼロが良いのだが、東京タワーの局はすべて1/4位振れてしImg_25561 まう。東京タワーから自宅までの間に、何があるのか。どこからの反射波が来るのか・・・
しかしラッキーなことに、NHK浦和局はマルチパスのメーターがあまり振れないことが分かった。しかし、この局は如何せんレベルが弱い・・。でもこれが結論らしい。
よって結論として、来週末(9月18日)に、アナログテレビは卒業してVHFのアンテナを外し、その場所に浦和に向けた8素子のFMアンテナを建てる。L-02Tには2つのアンテナ入力があるので、従来の東京タワー向けの5素子FMアンテナと、新設の浦和に向けたアンテナとを使い分けよう。地図で計算したら両者は38°向きが違う。まあ、マルチパスの多い強力な東京タワーを採るか、マルチパスは無いが弱い浦和の電波を拾うか、だな・・・・・。現在、東京が59db位だが、浦和がどの位の電界強度が得られるか・・・。勝負である・・・

来週のFMアンテナ建てで今回のドタバタ(FM放送を良い音で聞くプロジェクト?)も終わりだが、それにしてもケンウッドのサービス体制は素晴らしい。先のシンセサイザーFM/AMチューナーKT-1100Dの時も同じだったが、30年も経った製品を、未だにキチンとメンテナンスしてくれる。しかも、その都度、電話で状況を連絡してくれる親切さ・・・。
前に日立のサービスに感激した事があったが(ここ)、ケンウッドの自社製品に対するこの対応(愛情)は素晴らしい。普通は、納入後7~8年で「保守期間が終わりました」と冷たくするのが普通のメーカーの“逃げ”なのだが、30年以上経っても、出来るだけの事をしてくれる。

これほど安心して使えるメーカーの製品は、世の中広しといえどもそうはない。しかし、そのケンウッドの業績不振が言われ始めてから、だいぶん経つ。
思い出すと、学生時代、当時のトリオは自分が就職先の候補にした一つだった。そんなユニークな技術集団のケンウッド。確かにオーディオの大きな流れは絶えたが、昔オーディオに凝った自分のようなシルバー族は、まだまだ元気。いや、これからが元気・・。つまり昔のオーディオファンが数十年経って、またトリオ/ケンウッドに回帰しているのだ。大量生産とは少し違うが、これらシルバー族を相手に、何か新製品を出してくれる企画はもう今のケンウッドには無いのであろうか? 昔のトリオ/ケンウッド製品に、世の中の評価はまだまだ高い。(オークションでこのL-02Tなどは、皆で奪い合い・・・)
昔からのトリオファンとして、まさに顧客志向の鏡である“サービス体制抜群”のケンウッドの再起を祈るオールドファンではある。

*この1ヶ月半、恋人(L-02T)が居なかったので(ヨメには来たが、実家(サービス)に帰っていた)、遠い恋人について色々と“研究”してしまった。参考にその資料を下記に・・・・

(1)雑誌「ラジオ技術」1982年1月号の記事のPDFは(ここ)~10MB
・「新製品スクランブルレポート No.46“ケンウッド L-02T” 黒川晃」
・「ケンウッドFMチューナL-02Tに採用した“ノンスペクトラムIFシステム”“ノンステップ・サンプリング・ホールドMPX”の特徴 沼田幸雄 (トリオ)」
(2) L-02Tの回路図付サービスマニュアル(英文~海外モデル)のPDFは(ここ)~17MB

(2013/08/15追)~選局用インジケータランプの交換
・選局時にガサゴソという音が出るのに気が付いた。(ここ)によると、原因はバリコン軸の接触不良。紹介されていたコンタクトグリス(サンハヤトのGS-10)を手に入れて塗ると解決した。
・ヤレヤレとセットを元に戻すと、選局のランプが消えている。とうとう寿命か?それともグリースを塗る作業の振動で切れた? 同じランプは手に入らないだろうと、LEDにすることにした。しかし手持ちのLEDでは輝度が足らない・・・。20mA流して、赤色LEDを4つシリーズにしても暗い。仕方がないので、元々付いていたムギ球の同等品をヤフオクで探した。ランプの電源電圧はAC12V。すると、自動車用の14V、4mm、80mAという麦球が、@35円で出品されていたので、これを落札。同じく12V、3mm、69mAという品もあったが、寿命の点で、14V用を使うことにした。
・交換方法は簡単。前面パネルの、下3本、上2本のビスを外し、1.5mmの六角レンチでチューニング用ダイアルを外すと、前面パネルが外せる。下のボリューム用のコネクタに注意。
・ランプが付いている指針の基板を外し、リード線を新しいランプにハンダ付け。ランプのフィラメントがホルダーの中央に来るように注意。光はホルダーの中央部の穴から下方向に行く設計。
・少し暗めだが、選局には充分。LEDの場合は、出来るだけ高輝度のものをホルダーの穴から下方向に取り付けると良いかも。電源がAC12Vなので、LEDに保護用のダイオードを逆方向に取り付け、シリーズに2200Ω位の抵抗を取り付ける(ここ)。

(関連記事)
KENWOODのFMチューナー「L-02T」のカタログ・接続図・文献 

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2010年9月12日 (日)

「日本脱出考」

当サイトお気に入りの日経新聞のコラム「大機小機」。
毎朝、通勤電車の中で新聞を読み、気になった記事を電車の中でビリビリと破いてカバンの中へ入れる。「なるほど。これはblogネタになる・・・」と。しかし、その破いた新聞記事がカバンの中から出てくるのは、だいぶん時間が経ってから・・・。よってblogネタとして時機を逸する事が多い。しかし、ボツにするには惜しい記事がある。
以上“言い訳”だが、そんなワケで、古い新聞記事から・・・

先日の「日本脱出考」という記事が面白い・・・。曰く・・・

日本脱出考
果たしてどこまで我慢できるだろうか、日本企業がこの国にいることに。現在そして将来を考えると、このまま日本に本社を置いて活動していくべきなのだろうか。もちろん安易に逃げ出そうとしているのではない。
経営者の多くが生まれ育った日本が好きだという「感情」を持っているうちは努力と我慢もできようが、「勘定」のうえでは間尺に合わなくなってきているように感じる。資本主義における企業は利潤を上げ規模を拡大していくことで持続可能となる宿命を負う。その条件が失われては企業が立地することは不可能だ。
例えば人材の面で、かつて日本の生産には、勤勉な労働者の確保という意味で利があっただろう。しかしグローバルな企業活動を志向すれば、今や日本(とりわけ製造業にとって)はおよそ高コストの国になってしまった。ホワイトカラー主体の産業では言葉の壁もあって人材配置には限界があり、海外現地での外国人採用を増やさざるを得ない。
一方、市場としての日本をみると少子高齢化と人口減少が進展していくだけに、国内のみの事業展開では明るい未来は描きがたい。外国に生産拠点があり働く人も外国人、出荷先も海外現地であるならば、日本に本社を置いて高い法人税を納める理由は何だろうか。大株主になった外国人から疑問が出てくるだろう。
海外進出による産業の空洞化も懸念されるが、企業は生き残るためにときに厳しい選択を迫られる。日本の魅力を考えてみても、対外直接投資の例では海外から資金がなかなか呼び込めないのが現状だ。税制をはじめ国内外の企業が日本で積極的な事業展開ができる社会インフラの整備に国を挙げて取り組むべきである。
しかし、昨今の急激な円高への対応の遅さやバラマキ優先の経済政策に見られるように、現政権に対する経済界の失望感は計り知れない。政治主導を進めるはずの政治家は優秀な人物のはずだが、金融をはじめ経済とりわけ市場についての感覚が鈍く、危機感が薄く映る。政権の中核に、弁護士など人権活動にはかかわっても経営者として実務に携わった経験者が少ないことも無関係ではないだろう。
新しいフロンティアを求める企業、若者が次々と国を去り、稼ぐ人が誰もいなくなるような国になってはならない。(枯山水)」(2010/09/03付「日経新聞~大機小機」p17より)

実に分かり易い論調である。日本の企業ではあるが、将来に魅力のない日本など相手にしてはいられない・・か。そりゃそうだ・・・

先日、ニュースで「日本とインドの経済連携協定(EPA)交渉が大筋で合意した」(ここ)と報じられていた。(EPA=2国間で関税などを撤廃し、自由貿易を行うこと)
同じく先日のNHKの番組でも、韓国のEPAによる関税撤廃による競争力強化の脅威が紹介されていた。
インドで圧倒的なシェアを誇る自動車のスズキ。その鈴木社長のこんな報道もある。
「政府・日銀に対しては対策を「ひたすらお願いする立場」としながらも、代表選で政策の空白状態を生み出している与党について「(経済や為替への)対策を打たないと日本は沈没してしまう。(代表選という)争いごとをする前に、沈没しないようにしていただきたい」と、痛烈に皮肉った。」(ここ

国民と無関係なところで繰り広げられている首相選挙。「雇用。雇用。雇用」と叫んでいるImage05181 が、相変わらずその具体策は見えない。
今朝の朝日新聞の「日本の指導者交代にめまい」という記事の首相交代の表が面白い。これでは世界からバカにされるわけだ・・(写真はクリックで拡大)
国民が白けている向こう側で行われている政治。国内企業が日本に見切りを付けるのも仕方がないかも・・・

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2010年9月11日 (土)

田中一村の絵~NHK「日曜美術館~奄美の陰影」

今日はNHKの番組の宣伝である。
日曜日の朝は、よく9時からのNHK「日曜美術館」を見ながら朝食を採る。先週の番組の予告で、明日の日曜日(9月12日AM9~)は「田中一村 奄美の陰影」(ここ)だと言っていた。

エッ?どこかで田中一村の展覧会をやっているの?・・と調べてみると、千葉市美術館で「開館15周年記念 特別展 田中一村 新たなる全貌(会期 2010年8月21日(土)~9月26日(日))」(ここ)なるものが開催中であるという。

Image05161田中一村を知ったのは1985年頃の同じNHK「日曜美術館~黒潮の画譜」。この画家は、この番組が発掘して世に知らしめたと言っても過言ではない。当時カミさんがこの画家に興味を持ち、自分も誘われて展覧会に行った。画集も買ってきた。カミさんは、49歳で奄美大島に居を移し、69歳でまさに孤独死した、その孤高の姿に共感を持ったという。その作品がこれら・・・(写真はクリックで拡大)

Image05081 Image05091 Image05101 Image05121 Image05131 Image05141 Image05111 Image05151

絵画はやはりホンモノを見なければ・・ということで、カミさんに「千葉まで見に行くか・・」とは言ってはみたものの、やはり遠いから止めよう、という話に・・・・
そう言えば、前に田中一村の展覧会に行った事があるよね、という話になった。確かに思い出すと、どこかのデパートで開催された展覧会に行った・・。
まさにその時は「田中一村ブーム」だった・・・。それから25年・・・。

自分は絵の世界は、全くの門外漢。カミさんもマンガは上手いが、ホンモノの絵画はあまり見に行かない。その中で、我が家に珍しく、“展覧会に行こうか”と思わせた数少ない画家が田中一村なのである。
とりあえずは、明日(9月12日)放送のNHK「日曜美術館」をじっくり見る事にしよう。(再放送は2010/09/19の20:00~)

(2010/09/12追)
NHK「日曜美術館~田中一村 奄美の陰影」を見た。予想通りの秀作。25年前の時より、より深く取材されており、奄美での生活ぶりが良く分かった。(と言っても前の作品は覚えていないが・・・)
東山魁夷などの同級生が中央画壇で審査員にまで上り詰める一方、自分は落選続きで中央画壇で認められない。そして中央画壇と決別した失意の奄美行き・・・。
そして奄美の療養施設に身を寄せ、機関誌の表紙を書いたり、写真が撮れない島の住民のために、肖像画を描いたり・・・。
現地の、一村が歩いたであろう現場を含めて、興味深い取材が続く・・・
今回の「日曜美術館」は、25年前の作品に続き、世に残る名作品として残るのではないか。
それにしても、千葉まで見に行こうかな・・・。それとも11月からの「田中一村記念美術館」での巡回展覧会(ここ)を、(前からカミさんが行きたがっている)沖縄・奄美に行く言い訳にしようかな・・・

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2010年9月 9日 (木)

都市対抗野球で“すべり込み”代表の東芝が優勝

一昨日、夕食を食べながらテレビを付けたら都市対抗野球の決勝戦をやっていた。そして、東芝が3年ぶり7回目の優勝を果たした。(ここ
フト、東芝は神奈川予選で負けて関東代表に回り、やっとの事で東京ドームに来たはず・・・、と調べたら、案の定、こんな記事が見つかった。

社会人野球都市対抗、東芝が関東代表にすべり込み
2010年7月7日
 社会人野球の第81回都市対抗大会関東代表決定戦が7日、東京・大田スタジアムで行われ、神奈川2位の東芝が2年連続32度目の本大会出場を決めた。
 二つの出場枠をかけ、東芝と鷺宮製作所(東京都4位)、JFE東日本(南関東4位)の3チームがリーグ戦を行った。
 東芝は第1試合で鷺宮製作所に4―3で逆転勝ち。第2試合はJFEに0―6で敗れたが、第3試合で鷺宮製作所がJFEに敗れたため、2位が決まった。
 神奈川からは東芝のほか、三菱重工横浜(神奈川1位)が本大会(8月27日から12日間、東京ドーム)に出場する。」
「3チームとも1勝1敗なら得失点率差で鷺宮に及ばない可能性もあった東芝が、JFEの連勝でドーム代表権をつかみ取った。固唾(かたず)をのんで第3試合を見守る東芝選手に交じり、スタンドには松下安男・三菱重工横浜監督の姿も。三菱は得失点率差になった今春のスポニチ大会で1点に泣いたばかり。「(本大会では)2チームで決勝を戦うぐらいの結果を出し、神奈川の強さを再認識させたい」と、苦境をしのいだ東芝にエールを送っていた。」

神奈川予選で敗退し、関東大会でも負けて“他力本願”で出場切符を得た東芝。それが本戦になると、あれよあれよと優勝してしまった・・。これはどう捉えたら良いのだろう・・・
しかし東芝の藤田投手はすごかった。JR九州の打線を2塁を踏ませずに完封。あの投球を見ると、優勝しても当然・・・とも思えるのだが・・。
自分はプロ野球とは縁がない。なぜか茶の間で野球観戦が出来ない。(カミさんが怖いので・・・)それで見なくなった。でも都市対抗は別。なぜか昔から興味がある・・・。後楽園にも応援で何度か行った。

しかし今回の、“下馬評では苦戦”の東芝の優勝は、自分に色々と考えさせる材料を与えてくれた。
チームだけでなく個人でも「いざ鎌倉」は良くある。その時に、自分の実力を出させるのは何の力か・・・。本番に弱い人、強い人・・色々居る。その場面は学校の入試だったり、入社試験だったり、はてまたお見合いの席だったり・・・。その結果は良く人生の歯車を狂わせる。本番が弱いのも実力のうち・・・、かも知れない。良く運を呼び寄せるのも実力のうち、とも言うので・・・。

最近で思い出すのは、今年2月のバンクーバー五輪での韓国キム・ヨナ選手のフィギュアスケートでの演技。優勝して当たり前、という韓国の国民をあげた熱狂的な応援にもひるまず、キチンと歴代最高得点で優勝してのけた精神力には、超人的な姿を見たもの。

高校野球などでは、甲子園で戦うにつれてドンドン強くなって優勝する、なんていう話も聞いた事がある。今回の東芝もそのたぐいかも知れない。

今朝の日経新聞によると、「・・・佐々木社長は「一体感が東芝の強さ。1つの方向に向けて力を集結できれば、どんな厳しい局面も乗り切れる」と胸を張る。決勝戦に約3万人の社員が駆けつけ、応援席をチームカラーの赤に染めた。都市対抗は劣勢という下馬評を覆したが、勝因は「自らの力量を把握し、対戦相手に勝つための準備を怠らなかった点にある」と分析。・・・・」(2010/09/09付「日経新聞」p9より)。
これは社長の公式発言だが、実際は「勢い」なのだろうと思う。

さて、自分の人生での「いざ鎌倉」はどう乗り越えたのか。また、何勝何敗だったのだろう・・。
振り返ってみると、自分の場合は概してうまく行ったような気もするが・・・・。
受験は?勝?敗(←内緒)。入社試験は1勝0敗(←1社しか受けていないので)。お見合いは1勝?敗(←1回しか結婚していないので・・)。そして土地の抽選は、2勝*敗?(これも結果としてうまく行った)。再就職は・・・??
と考えてくると、そうそう悪い成績では無かったような気がする。
さて、これから現れるであろう「いざ鎌倉」は何だろう。あとは家族の健康問題かも知れないな・・・。

話は戻るが、予選で負けが込んだ東芝の優勝は、“運”か“実力”か・・・・。同じく、我々の人生の「いざ鎌倉」の勝率は、はたして“運”か“実力”か・・・
東芝の藤田投手の活躍をみると、解答は「その時の実力」のような気がする。あの神がかった投球は、その時の実力。でもその実力が毎回出るかというと、そううまくは行かないもの・・・。
米大リーグで松坂投手も松井選手も苦しんでいる。
“その時の実力”をどう連続して出せるか。それが「運」をねじ伏せ、「実力」だと言わしめる。それは何だろう・・・。「努力」か? いや、やはりそれは“運”だな・・・。
ン??(同じ所をクルクル回り出したぞ・・)

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2010年9月 8日 (水)

プロによるアナログレコードのCD化

前に「スクラッチノイズの低減」という記事を書いた。(ここ
その時に書いたのが、「レーザーターンテーブル」を使用してのアナログレコードのCD化。それをプロ(ここ)の会社に頼んだのだが、それが出来上がってCDが今日届いた。

音源は、自分が長い間CDを探し求めていたモラヴェッツの演奏によるベートーヴェンの「月光」(ここ)。
世界的にCD化されているかどうか今もって分からない。(スプラフォン盤など、一応コニサー録音と明記したCDはあるのだが、自分は納得していない。それは1楽章の最後のフェルマータの長さが違うので・・・) それで先に手に入れた米コニサーレーベルのLPレコード(これ)を、プロの手で最良の状態でのCD化を頼んだもの。その音がこれ・・・

<モラヴェッツの「月光」#1~プロによるLPからの復刻>

やっと手に入れたLP(ここ)は米国製であるが、かなり聞き込んでいたLPらしく、盤が傷んでいて再生するとスクラッチノイズが多かった。
今回、“プロ”に期待したことは、すり減ったレコード溝のLPでも、表面に近いすり減っていない部分を再生するという「レーザーターンテーブル」の性能に期待する事と、プロとしてのノイズ低減技術。

我が家のプレヤーで録音した音源と聞き比べてみよう。これはDENONのDL-103というMCカートリッジを使用している。

<モラヴェッツの「月光」#1~DENONのDL103>

この差をどう評価するか・・・。相当マジメに聞かないとその差は分からないかも知れない。自分も最初に聞いた時は、とにかくノイズが多く、「??」と思った。しかしこのベースにあるノイズは、盤そのものにあり、仕方がない・・・。そして自分の録音と比較して分かったことは、高域の揺れが無くなっている。つまりスクラッチノイズによる高域の揺れが無いのである。
この音源をWindows Media Playerで、「視覚エフェクト」「バーとウェーブ」「海の霧」で見ると、周波数毎のレベルが分かる。それを見ると一目瞭然。
なるほど・・・。さすがプロ・・・、なのだが、自分の期待値には遠い・・・。なぜなら自分の期待値は“CD並のノイズが一切ないもの”に生まれ変わってくること・・・。まあ原理的にあり得ない“夢”だけど・・・
でもこれで自分の“モラヴェッツの「月光」”へのこだわりは、この辺りで終わりとしよう。

まあ、どの家庭にも、写真で“思い出の一枚”があるように、“思い出の音”もあるだろう。子どもの誕生の時の声、結婚式の録音、その他ビデオカメラが登場する前のカセットに録音された音や、今回のように、CDでは手に入らない(?)大切な音源など、音をデジタル化して悪化を食い止めたい音の一つや二つはある。
それを、このようなプロに頼んで最良の状態でCD化しておくのも、また意味があるのかな・・、とも思う。もちろん音にこだわらない人にとっては、先の音の差のように、こんな僅差では意味がないと思う人も多いだろう。でも趣味の世界は“無意味に”広いのである・・・

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2010年9月 7日 (火)

昭和41年の出来事(19歳)~西郷輝彦の「星のフラメンコ」

自分が生まれてから順に、その年の出来事を辿るシリーズの20回目。自分が18歳から19歳、つまり高校3年生から大学1年生になった昭和41年(1966年)の出来事を調べてみる。

この年は、自分の受験の年。よって色々と思い出深い年である。受験以外では・・・・
まず飛行機事故の多かった年。2月4日に全日空機が東京湾に墜落し、133人全員が死亡。3月4日にはカナダ太平洋航空機が羽田で着陸に失敗し爆発炎上。64人死亡。何と翌日の3月5日には英国海外航空機(BOAC)が富士山上空で空中分解し、124人全員が死亡。そして11月13日には全日空機が松山沖で墜落し、50人全員が死亡。
当時国立Ⅰ期校は3月3~4日が試験日だった。自分も試験が終わって家に帰ってきたら、飛行機事故だとテレビニュースで大騒ぎをしていたのを、今でも覚えている。

この年に日本も人口が1億人を突破し、発展の一途・・。成田空港の建設を決定。銀座にソニービルがオープン。
本のベストセラーは「氷点」。少年マガジンで「巨人の星」の連載スタート。自分が愛読したFMfanが発刊し、週刊プレイボーイなどもこの年の発刊だそうだ。

この年のヒット曲としては、「星影のワルツ」(千昌夫)、「いい湯だな」(デューク・エイセス)、「骨まで愛して」(城卓也)、「柳ヶ瀬ブルース」(美川憲一)、「恍惚のブルース」(青江三奈)、「お嫁においで」(加山雄三)、「星のフラメンコ」(西郷輝彦)、「バラが咲いた」(マイク真木)、「悲しい酒」(美空ひばり)、「絶唱」(舟木一夫)(これ)、「夢は夜ひらく」(園まり)、「二人の銀座」(山内賢・和泉雅子)、「霧氷」(橋幸夫)(これ)、「霧の摩周湖」(布施100907hoshinofuramenko 明)(これ)、「若者たち」(ザ・ブロードサイド・フォー)(これ)、「今日の日はさようなら」(森山良子)などなど・・。幾らでも曲名が出てくる。
今日は色々あるヒット曲のうち、西郷輝彦の「星のフラメンコ」を聞いてみよう。(写真はクリックで拡大)

<西郷輝彦の「星のフラメンコ」>

「星のフラメンコ」
  作詞・作曲:浜口庫之助

好きなんだけど 離れてるのさ
遠くで星を みるように
好きなんだけど だまってるのさ
大事な宝 かくすように
君は僕の心の星 君は僕の宝
こわしたくない なくしたくない だから
好きなんだけど 離れてるのさ
好きなんだけど だまってるのさ

とどかぬ星を 恋した僕の
心をうたう 星のフラメンコ
輝け星よ 君の夜空で
歌えよ涙 僕の心で
君は僕の心の星 君は僕の宝
こわしたくない なくしたくない だから
歌うよせめて 心の歌を
ひびけ夜空に 星のフラメンコ
星のフラメンコ

大学に入ったこの年は、まさに自分が家から巣立った(?)年。ひとり4畳半の下宿に引っImage05071 越した時に持って行った物は、布団包みひとつと、衣類の入った行李(こうり)一つ、そして趣味で中学時代に作った手作りの真空管式のアンプとプラスチック製のプレヤーひとつ。部屋の中には、下宿の近くの店で買った机と組み立て式の本棚一つ。これが自分の新生活のスタートでの全財産。(それが今では・・・)

考えてみるとこの年は4畳半に一人暮らしだったのでテレビが無く、歌謡曲を聞く機会もなかなか無かった。次の年にテレビのある家に下宿したので、この年発売の歌は(次の年に)良く聞く事になった。つまり自分の“流行歌元年”なのだが、実は当時知っていたのは「霧氷」ぐらい。「霧氷」は同じ下宿の人が、洗濯をしながら歌っていたので覚えている・・・。そしてこの年はFM放送を聞き出した元年である。
FM放送は、下宿の一室で、キットのFMチューナ(トリオのFX-46K)を買ってきて組み立て(ここ)、初めてFM放送を聞いた。そしてFMfanという雑誌を片手にクラシックを良く聞いた。歌謡曲に目覚めるのは、次の年、テレビを見出してからである。

今は時間が“すり抜ける”ように猛烈なスピードで流れていくが、学生時代は時間が長かった。色々な事件があり、それらを未だに覚えている。甘酸っぱい事件が多いが、その話はまたにしよう。

●メモ:カウント~120万

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2010年9月 6日 (月)

トウモロコシを電子レンジで茹でる方法

昨日は、「男子厨房に入らず」的な記事を書いた(ここ)。
その直後、カミさんの「おトウさん、トウモロコシやって~~!」という声・・・。そうだ、自分が台所に立つ事はゼロではないのだ、と気が付いた。
そこで当blog初出場! 今日は料理(?)の記事であ~る。(当然、「料理」のカテゴリは無い・・)

自分がカミさんから振られる“料理”は二つある。一つは、餃子を焼くこと。いつの頃からか、これだけは自分の出番となっている。ラーメン屋で餃子を焼いているところを見ていて、それをマネして、「カリカリに焼く事は“原理的に”・・」とカミさんを“指導”しているウチに、「自分でやったら!」と、我が輩の分担となってしまった。何の事はない、手作りの餃子をごま油をひいたフライパンに並べ、少し焦げ目を付けてからお湯をドバッと入れて、蓋をして強火で水分を蒸発させる。最後に少しごま油を加えてカリカリに焼くだけ。これが自分の特技・・?? 出所はラーメン屋なんだけど・・・

そして二つ目が、トウモロコシの電子レンジで「茹でる」方法。いつだったか、カミさんがトウモロコシをラップでくるんでチンする方法があると聞いてきた。それまでは大きな鍋にトウモロコシを入れて、“何時間”も煮る。それでもまだ固い!と文句を言っていた。
なるほど・・・。“原理的”にラップでくるんでチンすれば茹でる事と同じ・・・と、やってみた。そうしたらウマイ具合に出来た。それ以来、何となく自分の仕事になってしまった。
エッヘン!今日はそれを紹介しよう。(写真はクリックで拡大)

P10709121 P10709141 P10709161 P10709171 P10709181

先ず、トウモロコシをラップで包む。これはトウモロコシの両端にラップが余るように、斜めにラップを使う。くるんだら、片方を閉じ、もう片方から水を入れる。ジャブジャブになる位、充分に。そしてもう片方を閉じて、なるべく水が流れ出ないように皿の上に置き、チンするだけ。何の事はない、ラップの中でトウモロコシは水に浸っているので、チンで結果として水が沸騰し、茹でる事になる。チンの時間は、500Wで8分から10分程度か?
大切な事は、電子レンジの言う事にめげないで、放っておくこと。チンは生意気にも、「もう出来たよ!」とピーピ-アラームを発する。それにめげてはいけない。ピーピ-鳴ろうが、10分位はそのまま放っておく。それが結果として茹でる時間を長くすることになる。チンから出してトウモロコシに触れない位に“チンチン”でないといけない。
チンの時間はいい加減で良いが、1本だと7分位でもOK。2本だと10分でも足りないかも? まあこの辺はご自由に・・・・。でも鍋に入れて茹でるのに比べると、実に簡単・・・

ヘヘヘ・・・。とうとう“料理”についても書いてしまった。
何でもそうだが、自分はどうも話を“原理的に”考えてしまう。そして「原理的には・・・」と話し出すと、「自分でやったら・・」とカミさんから振られてしまう・・。これはいかんな・・・

昔作ったタダ一度のカレーライス。“原理的に”設計図(レシピ)通りに作れば美味いはず!・・・と、書いてある通りに、1グラムの誤差もなく、1分の誤差もなく料理したのだが、なぜマズイ・・・??
自分はそもそも、設計図通りに作っても動かないような物はキライなのである。機械はカンでは絶対に動かない。理論通りに、動くべくして動くのだ。
そうなんだ! 自分が料理が嫌いなわけが分かった。料理は、理屈通りには行かない。それでキライなのだ・・・・!! なるほど・・・。我ながら納得!!

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2010年9月 5日 (日)

「男性が退職後に楽しみたい習い事」ベスト10

先日の朝日新聞に「男性が退職後に楽しみたい習い事」という記事があった。当サイトのコンセプト(=“サンデー毎日”になったらどうしよう?)にピッタリの記事。曰く・・・(写真はクリックで拡大)

男性が退職後に楽しみたい習い事
日本人男性の平均寿命は79.59歳。日本人女性の86.44歳にはかなわないが、また過去最高を更新した。
睡眠や食事などの生活時間を除いた自由時間を1日12時間として計算すると、60歳で退職した男性には約8万6千時間もの膨大な時間がある。これは、1日8時間、週5日、38年間働いた場合の約7万9千時間よりも長い。
「人生とは、死ぬまでの壮大なヒマつぶし。どうせ同じ暇つぶしなら、豊かにつぶしたい」。b10面「悩みのるつぼ」でおなじみの上野千鶴子・東大大学院教授は、リタリア男性の生活を考察した著書「おひとりさま道」に書いている。
実益を重要視 友人づくりも
Image05021 今回のランキングで1番人気は菜園作り。東京近郊の6カ所で菜園実習講座を開設する「田舎の学校」でも、年配の「生徒」と講師役の農家が談笑しながら汗を流す風景が、すっかり定着した。田中直枝代表は「野菜多収穫できるほか、畑に入るだけで癒しになり、田舎暮らしを考える人の準備にもなるなど、実益が大きいところが人気の理由でしょうか」と話す。
アンケートでは「安全な野菜を食べたい」「家計の節約になる」といった回答もあった。
2位は料理教室。「これまで食事を作っていただいたので、少しでもお返しを」(千葉、63歳)など、家族を喜ばせたいという人が多かった。

一方で、「家族に先立たれても生きていける」(福岡、58歳)という声も。家庭菜園で採れた材料を、自ら料理して食べる――。そんな自立を目指す姿が見えてくる。
1991年に男性対象の料理講座を始めたデータホーム(本部・東京)では、当初350人だった参加者が、全国18教室で約6500人にまで増えた。60~70代が約6割を占める。仕事が一段落したのを機に通い始める人が多いという。「包丁をまったく持ったことのない人もいるので、しっかり握って洗い場に持っていくところから始めます」と企画広報担当の下渚さん。
習い事は友人づくりの場でもある。教室が終わると、男性同士で連れ立ってお茶を飲みに行くことも珍しくない。「習い事を通じて友人を多く持つことは大事」(広島、42歳)と考える人は多いようだ。
今回、通信講座の大手業者も取材したが、「団塊世代の大量退職を狙ってたくさん講座を用意したんですが、不人気に終わりまして」。一人で知識や技術を磨くだけではなく、同じ趣味を持つ人との交流を求めている人が多いのかもしれない。
アンケート結果で気になったのは、「定年後に楽しみたい趣味は無い」との回答が全回答者の約7%あったことだ。何人かに理由を聞いたところ、「現役引退までに何かを身につけ、その継続であるべきだ」(岐阜、43歳)との答えが目立った。退職してから始めるよりも、余裕を持って少しずつ準備をすることが大切だろう。
ただし、「どうしてもお金の心配が」(兵庫、55歳)ついて回る。」
(調査の方法 朝日新聞の無料会員サービス「アスパラクラブ」のウェブサイトで、8月上旬にアンケートを実施(回答1264人)。55の選択肢の中から三つまで選んでもらった。)(2010/09/04付「朝日新聞」b2より)

<「男性が退職後に楽しみたい習い事」ランキング>
①菜園         213票
②料理         183票
③楽器         175票
④外国語        174票
⑤登山・トレッキング 152票
⑥写真         136票
⑦そば打ち       123票
⑧絵画・イラスト    102票
⑨囲碁          97票
⑩盆栽・園芸      83票
⑪釣り
⑫ゴルフ
⑬陶芸
⑭パソコン・プログラミング
⑮ピアノ
⑯うどんづくり
⑰書道
⑱筋力トレーニング・ボディービル
⑲テニス

⑳カラオケ・歌唱
⑳乗馬
⑳投資

これらを“自分の好み”で考察してみると・・・、
①菜園?虫がいるのでイヤ。 ②料理?“台所に立った事は、わが人生でかつて一度きり”が自慢!?(← 一度だけ、カミさんにおだてられてカレーを作ったが不味かった・・)~「カミさんが先に死んだら殉死する(=餓死する)」と宣言中なので・・・ ③楽器? ん~。音楽は好きだが、結局才能が無いからな・・・ ④外国語? 未だに語学の試験の夢を見るくらい苦手・・。でも“生涯のやり残し”ではある・・・ ⑤登山? 別世界・・ ⑥写真? これもかつて挫折 ⑦そば打ち? カミさんが“理想”だと、はやしたてるが・・・。無い! ⑧絵画? 別世界・・ ⑨囲碁? 昔、“老後困るぞ”と兄貴に勧められたが、結局ルールも覚えられなかった・・・ ⑩盆栽? 別世界・・・

こう考えてくると、リタイア後に自分がどうやって“壮大なヒマ”をつぶすか、途方に暮れる・・・。ウーーーン・・・・
とりあえずは、今拾って貰っている会社に勤める事と、このblogで時間をつぶすことで、“結論先送り”だな・・・。まあ本件は、当サイトの最重要テーマなので、そう簡単に結論は出っこない。もし出たら、このblogもめでたく“卒業”となるし・・・
ハハハ・・と笑ってごまかす、“今日この頃”なのであ~る。

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2010年9月 3日 (金)

田中奈保美:著「枯れるように死にたい―「老衰死」ができないわけ」を読む

本の薦めは、ある意味“思想の押し付け”になるので、当サイトでも避けている。・・・が、それでも薦めたくなる本が、今日読み終えた田中奈保美著「枯れるように死にたい―「老衰死」ができないわけ」である。(今朝は、この本の終盤を読んでいて、二つも駅を乗り過ごしてしまった・・・・)
この本は、特養などで老衰によって死に逝く人たちの現状を、夫である特養の医師の目も合わせてレポートし、否が応でも医療によって管につながれ、苦しみに翻弄されている老人たちの哀しい実体に迫る。そして今後我々が、どう死と向かい合うのかについて、色々と考えさせてくれる良い本だと思う。

この本は、先に書いた「“看取り”と向き合う~石飛幸三医師の話」(ここ)という記事で、“風雅”さんから紹介頂いたもの(ここ)。
本の題を見るや、カミさんが読みたいと言うので、Amazonに早速注文。この8月20日発行で、まだ発行から2週間。
Image05001 本が着くや、カミさんが直ぐに読んでしまい、ぜひ自分にも読めという。それで通勤の途中で読んだ。なるほど・・・。(写真はクリックで拡大)
だいたい自分は本に付箋などは付けないのだが、読み始めてまもなく付箋を付け出した。つまり、気になった文言に付箋を付けてみたのだが、読み終えてそれを数えてみたら、何と27カ所・・・。つまりそれほどに「なるほど・・」が多かった本なのである。

気になった文言をメモしてみると・・・・
「病院死が約8割という今日、病院死をあたりまえと思っている私たちは、こうして施設のベッドでなすすべもなく死にゆく人を見守り続けるのに慣れていない。なにかせずにはいられなくなる。・・・・でも、見ていられないからといって、こちら側の都合を押しつけでいいものか。」(p61)
「娘は、「母親も亡くなり、たったひとりの親なのでできるかぎり長生きをさせたい。手を縛ってもかまわないから生かしておいてあげたい」と希望したという。」(p68)に
「・・・・「たったひとりの親だから。たとえ縛ってでも生かしておきたい」と言うけれど、だれのために生かしておきたいと考えているのだろう。父親のため?それとも娘である自分のため?」(p79)
「医師に対して、死にそうな人にできるかぎりのことをしてくれと頼むというのは、人工呼吸器をつけたり、心臓マッサージをしたり、人工栄養を与えるなど延命のための特別の医療をしてほしいと要求することを意味する」(p74)
「生命のレベルが落ちて死への旅立ちをしようとしている親を、無条件に医療を施して延命するのは本人にとって幸せなのだろうか。」(p75)
「“お母さんが食べられなくなっているのに、どうして病院に連れて行かないの”・・・いっしょに暮らしてきた家族と遠くに住む親戚の見解の相違。」(p86)
「寿命が尽きようとしていた高齢者が、ひとたび病院に送られるとどうなるか。ただちに「病気」が見つけ出されて、病人として治療され、「自然」には死ねなくなってしまうのが現状だ。」(p88)
「施設の利用者の食事風景を見ていると、食欲はつくづく生きる意欲のバロメーターだと思う。」(p91)
「医学教育で死は敗北以外のなにものでもない、とたたき込まれているこの若い医師に・・・」(p114)
「加療中の患者が病院を出るにあたっては、あくまでも他の医療機関に引き継ぎをすることにこだわる。もうひとつは、考え方の違うほかの親戚がいた場合を想定して。訴えられる可能性も念頭に入れ・・・その結果、
(エムズ注:医師である息子の、母親の退院の希望に対して、病院の)医師は「佐藤順」という個人の医師に紹介状を書くという形で妥協した。」(p125)
「医療技術の力で死を先のばしにできるようになった今、死は自然が決めることではなく、人間の判断が深くかかわるものになっている。」(p126)
「一般病院では指示を出している内科医の多くは、胃ろうを置いた高齢者のその後のたどる道を知らない。知る機会がまずない。それが問題なんだ」(p131)
「本人が生きているのに、(胃ろうを)はずせば殺人行為ですよ。」(p135)
「・・・胃ろうは延命ではなく救命であり、生命維持に不可欠。 なるほど、そういう考えもあるのか・・・」(p151)
「延命処置をしないで、『枯れて』亡くなっていった人の最期がいかにきれいかを初めて知りました。」(p154)
「フランスでは「人は食べられなくなったら、そこからは医師の手を離れ、牧師の出番となる」といういい方があるほどだ。」(p158)
「・・「生きていてくれるだけでいい」というヨウコさんの思いに応え、精一杯生き続けて娘を励まし、娘の人生を支える応援団長であり続けた。このことにおいても母親の延命された時間は十分に意味のあるものだったと、私には思えてならない。」(p172)
「高齢者のターミナルケアについての意識調査で、・・・90%以上が自分は延命処置を希望しないと答えている。・・・。しかし、「無駄な延命を望まない」と考えていても、本人の意思を表明するものがなければ、思いどおりにはいかない。・・・そんとき、意思表明を書いたもの、つまり「リビングウィル」があれば、日本では法的効力はないものの、大変有効になる。」(p198)
「患者の家族の立場で考えると、不必要な治療をいかにやめてもらうか、これも難しい問題だ。」(p217)
「何かをする医療よりも、何もしない医療のほうがはるかにむつかしい。」(p231)
「・・確かに人間、嚥下ができなくなったら、いっさいの医療をやっても意味がないことが、今は理解できる。」(233)
「フランスの医師が、「老人医療の基本は、自分が自力で食事を嚥下できなくなったら医師の仕事はその時点で終わり、あとは牧師の仕事です」と語った・・」(p233)
「・・死についても、家族や親しい友人ともっと語り合ってもいいのではないか。」(p238)

このように、食べられなくなった老人たちが、家族と、そして病院とどう関わりながら死んでいっているのかを、色々な例を挙げてその実体をレポートしている。そこには、胃ろうをしてでも、ただ生かし続けることだけに懸命な病院や医師の姿勢や、幾ら本人や家族が自然死を望んでも、それが許されない日本の現状がある。
我々の親が、そして我々自身がそうなったとき、どうすべきかについて、元気な今だからこそ、考えておくテーマなのかも知れないと、強く思った。

これからこの本がどれだけ読まれるかは知らないが、たぶん長く残るエポック的な本になると思う。

(付録)
この本にも載っていた日本尊厳死協会の尊厳死の宣言書(ここ)を改めて見た。この本によると、法的効果は別として、自筆のこのような書類があると、イザと言うときに、自然死について医師も聞く耳を持ってくれるらしい・・・。
自分も直ぐにこれを印刷して、署名しておいた。自分と同じく「とりあえず」という方は(ここ)をクリックして印刷して署名しておいたらどうだろう・・・

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2010年9月 2日 (木)

初代若乃花が亡くなった・・・

昨日のテレビニュースや今朝の新聞で、「元横綱初代若乃花の花田勝治氏が死去」と報じられていた。曰く・・・

「横綱栃錦とともに「栃若時代」を築き、昭和30年代の大相撲の黄金期を演出した元横綱初代若乃花の花田勝治(はなだ・かつじ)氏が1日午後5時25分、腎細胞がんのため東京都内の病院で死去した。82歳だった。
100902wakanohana  1928年、青森県中津軽郡(現弘前市)生まれ。リンゴ園の長男として生まれたが、34年の室戸台風で作物が全滅し、北海道室蘭に移住。少年時代から港湾での荷役など重労働で一家を支えた。初土俵は46年11月。強じんな下半身とひざのバネはこうした肉体労働で鍛え上げられたもので「異能力士」として出世街道を走った。
 58年1月場所後に45代横綱に昇進。昇進時は105キロの小兵だったが、スピードとテクニックを盛り込んだ近代相撲でファンを魅了。呼び戻しなど豪快な技が得意で、“土俵の鬼”とも呼ばれた。優勝は通算10回。
 62年に引退後、二子山部屋を創設。苦労の末、故郷青森出身の2代目若乃花、隆の里の2横綱のほか2大関を誕生させるなど、部屋のある東京・杉並区阿佐谷に一大勢力を築き上げた。88年、元横綱栃錦の春日野親方の後を受けて日本相撲協会理事長に就任、92年まで務めた。」(2010/09/02付「日経新聞」より)

そして、こんな記事も・・・
「・・・横綱を目前に長男をちゃんこ鍋によるやけどで亡くしている。「よく気がおかしくならなかった」と後に述懐するほどの苦しみを味わった。
2横綱2大関を育て、わが世の春を謳歌した名伯楽は、栃若時代の一翼を担ったその功績で、春日野親方から理事長のバトンを受けた。自分が育てた2代目若乃花と隆の里の両横綱を従えての還暦の土俵入りという、感無量のハレの日もあった。
少年時代から次々と襲う荒波に立ち向かい、ついには角界の頂点に立ったわけだが、そのすさまじいドラマはやむことがなかった。伯父として、花田家の長として有頂天だった、「三代目若乃花」と「貴乃花」の兄弟横綱人気の時代から、一気に人生の奈落をのぞく。
2005年5月、「昭和の名大関」「角界のプリンス」といわれた弟貴ノ花が55歳の若さで人生を終えた。その後「若貴」も仲たがいのような形で別々の道を歩む。花田家の血族が空中分解したのである。
悲劇のどん底からはい上がっては、新たな悲劇に遭遇する。「人生辛抱だ」を地でいく人生だった。晩年も心穏やかな日々は少なかったのではないか。」(2010/09/02付「日経新聞」p37より)

前に書いた「昭和32年の出来事」(ここ)という記事で、“日活映画「若ノ花物語・土俵の鬼」”に触れた。小学校3~4年生の時に見たこの映画の印象は、子供心に強烈だった。そしてその映画を見て以来、若ノ花が大好きになり、ラジオで相撲中継を聞いたものだ。ただただ、“若ノ花頑張れ!”・・・と。
死んだ親父が好敵手の栃錦のファンだった。理由は知らない。(だいたい親父とは何でも合わないのだ・・・)

子どもの頃のどん底の生活から、自分の努力と体だけで頂点に達し、そして奈落の底も見た若乃花の壮絶な人生・・・。もし長男がちゃんこ鍋の事故で亡くなっていなかったら、花田家も別の形になっていたかも・・・
運動神経は“血”だな・・・と、世間を唸らせた花田家・・・。

北朝鮮の総書記の後継も世界の注目の的。
その点、フツーのサラリーマンは、後継も何も無く、どんなに気楽なことか・・・。頂点も知らない代わりに、たぶん奈落も知らないまま終われそう???
最近、日々の平凡を、寝る前に??に感謝しようと思ったものの、まだ一度も実行していないフツーのサラリーマンではある。

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