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2010年9月 7日 (火)

昭和41年の出来事(19歳)~西郷輝彦の「星のフラメンコ」

自分が生まれてから順に、その年の出来事を辿るシリーズの20回目。自分が18歳から19歳、つまり高校3年生から大学1年生になった昭和41年(1966年)の出来事を調べてみる。

この年は、自分の受験の年。よって色々と思い出深い年である。受験以外では・・・・
まず飛行機事故の多かった年。2月4日に全日空機が東京湾に墜落し、133人全員が死亡。3月4日にはカナダ太平洋航空機が羽田で着陸に失敗し爆発炎上。64人死亡。何と翌日の3月5日には英国海外航空機(BOAC)が富士山上空で空中分解し、124人全員が死亡。そして11月13日には全日空機が松山沖で墜落し、50人全員が死亡。
当時国立Ⅰ期校は3月3~4日が試験日だった。自分も試験が終わって家に帰ってきたら、飛行機事故だとテレビニュースで大騒ぎをしていたのを、今でも覚えている。

この年に日本も人口が1億人を突破し、発展の一途・・。成田空港の建設を決定。銀座にソニービルがオープン。
本のベストセラーは「氷点」。少年マガジンで「巨人の星」の連載スタート。自分が愛読したFMfanが発刊し、週刊プレイボーイなどもこの年の発刊だそうだ。

この年のヒット曲としては、「星影のワルツ」(千昌夫)、「いい湯だな」(デューク・エイセス)、「骨まで愛して」(城卓也)、「柳ヶ瀬ブルース」(美川憲一)、「恍惚のブルース」(青江三奈)、「お嫁においで」(加山雄三)、「星のフラメンコ」(西郷輝彦)、「バラが咲いた」(マイク真木)、「悲しい酒」(美空ひばり)、「絶唱」(舟木一夫)(これ)、「夢は夜ひらく」(園まり)、「二人の銀座」(山内賢・和泉雅子)、「霧氷」(橋幸夫)(これ)、「霧の摩周湖」(布施100907hoshinofuramenko 明)(これ)、「若者たち」(ザ・ブロードサイド・フォー)(これ)、「今日の日はさようなら」(森山良子)などなど・・。幾らでも曲名が出てくる。
今日は色々あるヒット曲のうち、西郷輝彦の「星のフラメンコ」を聞いてみよう。(写真はクリックで拡大)

<西郷輝彦の「星のフラメンコ」>

「星のフラメンコ」
  作詞・作曲:浜口庫之助

好きなんだけど 離れてるのさ
遠くで星を みるように
好きなんだけど だまってるのさ
大事な宝 かくすように
君は僕の心の星 君は僕の宝
こわしたくない なくしたくない だから
好きなんだけど 離れてるのさ
好きなんだけど だまってるのさ

とどかぬ星を 恋した僕の
心をうたう 星のフラメンコ
輝け星よ 君の夜空で
歌えよ涙 僕の心で
君は僕の心の星 君は僕の宝
こわしたくない なくしたくない だから
歌うよせめて 心の歌を
ひびけ夜空に 星のフラメンコ
星のフラメンコ

大学に入ったこの年は、まさに自分が家から巣立った(?)年。ひとり4畳半の下宿に引っImage05071 越した時に持って行った物は、布団包みひとつと、衣類の入った行李(こうり)一つ、そして趣味で中学時代に作った手作りの真空管式のアンプとプラスチック製のプレヤーひとつ。部屋の中には、下宿の近くの店で買った机と組み立て式の本棚一つ。これが自分の新生活のスタートでの全財産。(それが今では・・・)

考えてみるとこの年は4畳半に一人暮らしだったのでテレビが無く、歌謡曲を聞く機会もなかなか無かった。次の年にテレビのある家に下宿したので、この年発売の歌は(次の年に)良く聞く事になった。つまり自分の“流行歌元年”なのだが、実は当時知っていたのは「霧氷」ぐらい。「霧氷」は同じ下宿の人が、洗濯をしながら歌っていたので覚えている・・・。そしてこの年はFM放送を聞き出した元年である。
FM放送は、下宿の一室で、キットのFMチューナ(トリオのFX-46K)を買ってきて組み立て(ここ)、初めてFM放送を聞いた。そしてFMfanという雑誌を片手にクラシックを良く聞いた。歌謡曲に目覚めるのは、次の年、テレビを見出してからである。

今は時間が“すり抜ける”ように猛烈なスピードで流れていくが、学生時代は時間が長かった。色々な事件があり、それらを未だに覚えている。甘酸っぱい事件が多いが、その話はまたにしよう。

●メモ:カウント~120万

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コメント

エムズの片割れ様へ
4畳半の下宿には、どかっとカラヤンさん?の写真、となりには小さなトスカニーニ先生?のお写真ですか?
学生の頃、友の下宿に泊まりに行った時のことを思い出します。

【エムズの片割れより】
そうです。カラヤンの下の小さいのはフルヴェン、右はカラヤンの指揮、左の大きいのはワルターですね。それにプレヤーの左のレコードは、ワルターの「巨人」のジャケットが写っていますね。昭和41年夏の全財産の写真です。

投稿: wolfy | 2010年9月 8日 (水) 18:28

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