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2010年6月30日 (水)

ウィーン・フィルの女性コンサートマスター談

先日の日経新聞に「ウィーン・フィルに新風~女性初のコンサートマスター就任」という記事があった。曰く・・・

ウィーン・フィルに新風~女性初のコンサートマスター就任
      アルベナ・ダナイローヴァ
・・・私は2008年5月、ウィーン国立歌劇場管弦楽団のオーディションに合格し、当初からコンサートマスターとして入団した。コンサートマスターとは、オーケストラ全体を統率する役目の第1バイオリン首席奏者のことだ。試用期間を経て、今年3月に正式に就任した。女性はコンサートミストレスと呼ばれる。
歌劇場の専属オーケストラであるウィーン国立歌劇場管弦楽団と、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との関係はやや複雑だ。歌劇場管弦楽団の精鋭部隊がウィーン・フィルという図式なのだ。日本ではニューイヤーコンサートでウィンナワルツを弾く姿が有名だろう。だが、ウィーン・フィルの奏者は日常的には歌劇場管弦楽団の構成メンバーとしてオペラを演奏しているのである。
一般に、歌劇場管弦楽団に在籍して2年以上の奏者がウィーン・フィルに入る。新参者の私も来年ようやくウィーン・フィルハーモニー協会に入会する。でもコンサートマスターとして歌劇場管弦楽団に採用された私は、既にウィーン・フィルのコンサートマスターも何度も務めた。昨年9月の日本公演にも同行した。長く男性ばかりたったウィーン・フィルで私は史上初の女性コンサートマスターといわれている。
伝統と格式、独自の響きを持つウィーン・フィルには同じ教師の下で学んだ奏者が多い。だが私には全く知人がいなかった。純粋に、世界一のオーケストラで仕事がしたくて入団した。女性が長くいなかった団体ゆえの面倒や困難はあろうが、失敗しても価値ある挑戦だと思った。
・・・・・・
ウィーン・フィルに女性が入り始めたのは2000年ごろからだ。今はバイオリン、ハープ、ビオラ、チェロのパートに合わせて7人いる。私たち女性がオーケストラの伝統を変えてしまうのだろうか。それは分からないが、私が入る前後で団員がかなり入れ替わった。変化が起きるとすれば、様々な要素が絡み合ってのことだろう。
長く男性ばかりだったため、劇場にきちんとした女性奏者用の楽屋がない。そんなささいな不自由はあるけれど、今の待遇には満足している。・・・(ウィーン国立歌劇場管弦楽団コンサートミストレス)」(2010/06/22付「日経新聞」p40より)

この「事件」については、当blogでも何度か書いた。2007年正月に「ウィーン・フィルに女性が居た」(ここ)とビックリし、ちょうど1年前の2009年5月には、朝日新聞の記事を見て「ウィーン・フィルのコンサートマスターに女性?」(ここ)という記事を書いた。

そういった経緯で、もう驚くには値しない話題なのだが、こうして本人の手記を新聞で読んでいると、改めてビックリする・・・。つまり自分にとっては何とも受け入れ難い“大事件”なのである。

調べてみるとウィーン・フィルの女性団員は、1997年のハープ奏者採用が最初らしい。(上の記事では2000年頃と言っている) もう10年以上も前のことだ。でも自分の頭の中は、相変わらず女性団員を受け入れていない・・・。未だに“ウィーン・フィルは男性だけ・・・”という思い込みにすがっている・・・
既に女性コンサートマスターが演奏しているのに・・・・

別に女性差別のツモリは無いのだが、自分にとってこれはあまり好ましい話ではない。せめてウィーン・フィルとベルリン・フィルだけは、コンマスに男性が座って欲しいもの。それなのに35歳の美人女性か・・・・。しかも、もう7人もウィーン・フィルに女性が居るという・・・。自分はもう時代に付いて行けないな・・・。
でも・・・・・。
そもそも伝統というのは、民主主義とか人権とかは関係ない。今回の“事件”も、その内、そうなった経緯をもう少し詳しく調べてみよう。1997年~2000年当時の、女性が入団するに至った背景が良く分からない・・・

最近、昔好きでなかったカラヤン/ベルリン・フィルのCDを良く買う。最近のピリオド楽器の演奏(作曲された当時の楽器での演奏スタイル)などよりも、よっぽど安心して聞いていられるので・・・。
しかしこのウィーン・フィルの変化についての自分の違和感を見ても、つくづく自分は変化を好まない保守的な人間だと思う。
(この新聞記事のオリジナルのPDFは(ここ))

(関連記事)
ウィーン・フィルのコンサートマスターに女性?


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コメント

エムズの片割れ様へ
エムズ様は変化を好まない保守的な人と仰っていますが、音楽については、若い頃捨てたり、忘れたりしたものを、拾い直して新しい光を当てているのではないかと思います。
私も最近カラヤンさん(少し前に亡くなった黒田恭一氏が使っていた)を聞いて懐かしんでおります。

【エムズの片割れより】
“ケア”をありがとうございます。なかなか“前向き”な捉え方で、救われます??
仕事一辺倒の時代が過ぎ去ると、望郷??そこにまさかカラヤンが居たとは・・・。
昨日も、懐かしいロストロポーヴィチと共演したドボルザークのチェロ協奏曲のCDを買い、数十年ぶりに聞きました。

投稿: wolfy | 2010年7月 1日 (木) 13:33

エムズの片割れ様へ
私事ですが、昔仕事に悩んでいた時分、
ちょうど東京に出張した日有楽町の駅を
降りると、カラヤンさんの死を悼む
エロイカの葬送が流れてきました。
これを聞いて踏ん切りがつきました。

【エムズの片割れより】
良く聞いた大学生の頃、(昭和45年前)何でもカラヤンの時代で、反感を持ちました。でも今聞くと、オーソドックスですね。
そう言えば昔、エロイカを知った高校生の頃、自分の葬式にはこの葬送行進曲を流そうか・・・ナンテ夢見たのですが、最近は直葬に興味を持っています。時代のせいか、自分が変わったせいか・・・

投稿: wolfy | 2010年7月 4日 (日) 15:19

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