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2010年6月 3日 (木)

小林啓子とジョーン・バエズの「ドナ・ドナ」

先日の日経新聞「私の履歴書」(オービック社長・野田順弘氏)に、こんな話が載っていた。
「・・ある朝、目が覚めたら外が騒がしい。父親が知らない人と話している。それに、昨日父親がセリで売ったはずの仔牛がいる。知らない人が言った。「やっぱりそうか。居なくなって、行き先はここしかないと思って来てみたが、やはり帰っていた・・」。昨日売られた仔牛が、10キロ以上離れた先から、母親恋しさで、一晩かけて戻ってきたもの・・・・」(要旨)(2010/06/01日経新聞より)

会社から帰って「戻る習性は牛にもあるのか・・・」、とカミさんに話したら、「聞きたくない。そんな話は切なくて聞きたくない・・・」という。そして出てきた歌が「ドナ・ドナ」・・・・
「ある晴れた 昼さがり 市場へ つづく道・・・・」。まさにこの歌詞通りの話だ・・・

<小林啓子の「ドナ・ドナ」>

「ドナ・ドナ」
  訳詞:安井かずみ
  作曲:ショローム・セクンダ

ある晴れた 昼さがり 市場へ つづく道
荷馬車が ゴトゴト 子牛を 乗せてゆく
何も知らない 子牛さえ
売られてゆくのが わかるのだろうか
ドナ ドナ ドナ ドナ 悲しみをたたえ
ドナ ドナ ドナ ドナ はかない命

青い空 そよぐ風 明るく とびかう
つばめよ それをみて おまえは 何おもう
もしもつばさが あったならば
楽しい牧場に 帰れるものを
ドナ ドナ ドナ ドナ 悲しみをたたえ
ドナ ドナ ドナ ドナ はかない命

話は変わるが、先日NHKで「ヒューマンドキュメンタリー『私の“家族”』」(これ)(2010/05/07放送)という番組を見た。特別養子縁組で、3人の子どもを育てている夫婦とこれから迎える夫婦の、二つの家族を追っていた。特別養子縁組とは戸籍上、実子として記載される。よって、後がない。しかし、生後数ヶ月の赤ちゃんから3人を育てたこの夫婦は、小さい時から生みの親は別にいると教えてきた。そして12歳になった長女が、生みの親に会いたいと言いだし、斡旋をしてくれたNPOを通して、中学卒業前のバスケットの試合に見に来て欲しいと伝える。しかし生みの親からの回答は「事情のため来られない」・・。泣く長女。抱きしめる母親・・。そして卒業祝いにボールペンが・・・。
もう一組は、妻が子宮摘出により子どもが生めない。そして依頼したNPOから電話がかかってくる。用意するものは、ほ乳瓶とミルク・・・。「ほ乳瓶が要るとすると、赤ちゃんなのかな・・」とつぶやく若い母親。そして受け渡しの場。赤ちゃんを抱いて現れた若い母親は、どうしても赤ちゃんを渡せない・・・・
このNPOの例では、特別養子縁組をする相手には、一切の条件は出せない。そして面接では、「何があっても育てられますか?」という問い・・・・

永遠のテーマである「親と子の絆」・・・。実子の場合はただ受け入れるしかないが、それと同じように、ただ受け入れるしかない(実子として)養子を迎える夫婦の思いに、胸が潰れる・・・
生き物すべてに共通する命の連綿・・・。牛も人間も同じ・・・。何とも重たい話だ・・・
それなのに、九州では牛たちが、口蹄疫という病気のために次々に・・・

ところで、「ドナ・ドナ」の歌の背景については色々と論じられている。「“ドナドナ”はワルシャワ・ゲットーの詩人イツハク・カツェネルソンが作詞者で、彼の妻と二人の息子が1942年絶滅収容所に連れられた時の印象に基づいて書かれた歌である」(ここ)とか・・・

Wikipediaによると、この歌は「1938年に Dona Dona として作られたイディッシュ語の歌」で、「ジョーン・バエズが Donna Donna として1961年に発売し大ヒット」、「日本語版は、1965 年3月、ザ・ピーナッツがシングル「ドンナ・ドンナ」を発売した。」とある。
なるほど、「ドナ・ドナ」と「ドンナ・ドンナ」と2種類ある理由が分かった。
次に定番のジョーン・バエズの歌を聴いてみよう。

<ジョーン・バエズの「ドンナ・ドンナ」>

このジョーン・バエズの歌詞をNetで調べてみると(ここより借用)、

「Donna Donna」
On a wagon bound for market       
市場へ向かう 荷馬車の上に
There's a calf with a mournful eye.   
悲しい目をした 1匹の子牛
High above him there's a swallow     
高い空には ツバメが1羽
Winging swiftly through the sky.     
すいすいと 勢いよく 飛んでいる
(*)
How the winds are laughing       
どうして 風は あんなに笑うのか
They laugh with all their might      
力のかぎりに 笑っている
Laugh and laugh the whole day through 
一日中 笑いに笑って
And half the summer's night.     
夏の夜が更けるまで 笑いつづける
Dona, dona, dona...               
ドナ ドナ ドナ・・・

"Stop complaining," said the farmer,   
「愚痴は よしな」 と農夫が言う
"Who told you a calf to be?   
「だれがおまえに 子牛になれと言った?
Why don't you have wings to fly away 
翼を手に入れて逃げ出してみろや
Like the swallow so proud and free?"
誇り高く自由な あのツバメのように」
(*)くり返し

Calves are easily bound and slaughtered
 子牛らは やすやすと縛られ 殺される
Never knowing the reason why.       
そのわけも わからずに
But whoever treasures freedom,      
だが 自由を尊ぶ者たちは
Like the swallow will learn to fly.  
ツバメのように空を飛ぶことを学ぶのだ
(*)くり返し

最後に、日本初の「ドナ・ドナ」のレコード、サ・ピーナッツの「ドンナ・ドンナ」を聴いてみよう。

<ザ・ピーナッツの「ドンナ・ドンナ」>

============
(2012/07/03追加)
2012/06/30付「朝日新聞」「うたの旅人」に「ドナ・ドナ」についての記事があったので、参考に記しておく。
・・・・まずこの詞を読んで欲しい。

  荷車のうえに子牛が一頭
  縄に縛られて横たわっている
  空高く一羽の鳥が舞っている
  鳥は行ったり来たりして飛びまわっている
  ※ライ麦畑で風が笑う
  笑って笑って笑い続ける
  一日中 そして夜半まで
  ドナ・ドナ・ドナ・ドナ
  ドナ・ドナ・ドナ・ドナ※

  子牛がうめくと農夫が言う
  いったい誰が子牛であれとお前に命じたのか
  お前だって鳥であることができたろうに
  燕(つばめ)であることができたろうに
  ※~※繰り返し

  ひとびとは哀れな子牛を縛りあげ
  そして引きずっていって殺す
  翼を持つものなら空高く舞い上がり
  誰の奴隷にもなりはしない
  ※~※繰り返し

 原詩は、アーロン・ツァイトリンというユダヤ人の作だ。ポーランド・ワルシャワで作家活動をした詩人で、東欧系ユダヤ人が日常的に使っていたイディッシュ語で書いた。ただ、書いた場所はニューヨークで、1940年以前のことだ。
 前記は、大阪府立大学教授の細見和之さんによるその訳詞だ。広く知れ渡り、音楽の教科書に載っている日本語歌詞からは大きな隔たりがある。重く、深い。
 日本語版の「ドナードナ」はNHKの「みんなのうた」で66年に放送され、国内に広まったとされる。細見さんは言う。「メッセージ性は低くなり、『かわいそうな子牛さんの歌』になった。思想性が排除された結果、小学校の教科書に載るようになったのでしょう。
・・・・・
(作曲者の)セクンダは1894年、ウクライナで生まれた。ユダヤ人だ。「歌の天才」の呼び声が高く、1907年にニューヨークに渡り、名門ジュリアード音楽院の前身でクラシックを学んだ。そして、東欧系ユダヤ人の文化を受け継ぐイディッシュ劇場で作曲のキャリアを積んだ。
・・・・・
セクンダと同時代のユダヤ系音楽家に、後にアメリカ音楽の体現者と呼ばれるG・ガーシュウィンがいた。だが、セクンダは彼と隣あわせにいながら、ユダヤ移民の世界にこだわり「ドナ・ドナ」を誕生させた。40年公演のイディッシュ劇の挿入歌として。その劇の台本を担当したのが作詞者のツァイトリンだった。
 彼は前年に劇場支配人から招待され、ワルシャワから渡米していた。この旅は彼にとって人生最大の転機となった。渡米直後、ワルシャワのユダヤ人が、新たにできたゲットー(強制居住区域)に移住させられたのだ。そして、42年には、ワルシャワ近郊にユダヤ人の絶滅収容所が作られ、ツァイトリンの父親は、ここに移送される途中に殺されてしまう。
 この死を詩に残した詩人がおり、一部の研究者らの間で「ドナ・ドナ」の作詞者だと考えられていた。イツハク・カツェネルソンだ。彼もまたアウシュビッツの強制収容所で殺されている。
「ドナ・ドナ」の原詞はそんなユダヤ人の苦難を連想させる。ただ、研究が進み、「虐殺」を直接的に歌ったものではない、とされている。詞に出てくる言葉を細見さんはこう「解釈」している。
 荷台=ユダヤ人が置かれた運命
 子牛=虐げられるユダヤ人
 自由の鳥=自由な異教徒
 農央=傍観者的な異教徒

そして、細見さんは「鳥の『自由』と子牛の『奴隷状態』が明白に人間同士の関係を示している。『ドナ・ドナ』が抑圧された人の悲しみを歌った歌であることは疑いない」と解説している。・・・・」
(2012/06/30付「朝日新聞」「うたの旅人」より)


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コメント

これまでに色々なアーティストで聞いたことがありますが、小林啓子さんは知りませんでした、改めて感動しました。
本家ジョーンバエズさんよりいいです。

【エムズの片割れより】
ウチのカミさんは、小林啓子の歌はフィットしなかったとか・・。人それぞれですね。

投稿: 謙太郎 | 2010年6月 5日 (土) 11:03

エムスの片割れ様
先ずは6月1日4歳の誕生日おめでとうございます。あるいはご苦労さんといったらよいのかわかりませが、4年続いたことはすばらしいことでしょう。さて本題に入りますがジョンバエズさんのドナドナドナはしびれますね?
昔自分の家にも農耕牛がいて買い手に(当時は牛を売る習慣があり)つれてゆかれる、子牛を見て母牛が目に涙をためてモー モーウオーと悲しげに泣いていたのを思い出しました。切ないものでした(自分の子供心にも)。少し暗くなりましたがゆるして下さい。  y、yより

【エムズの片割れから】
どんな生き物にも親と子の情は・・・。
何とも人間という動物はやっかいなモノです。九州の疫病も、心が痛みますね。

投稿: yuji yokozeki | 2010年6月 5日 (土) 11:24

ジョーン・バエズの LPを買って聴いたのを思いさしました。ワルシャワ・ゲットーの話とは思いませんでした。世の中には知らなかったことがおおいですね。

投稿: 中ノ島公会堂 | 2011年3月 6日 (日) 23:37

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