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2010年5月の27件の記事

2010年5月31日 (月)

2015年に、八王子にイオンモールが出来るぞ・・・

今日は実にローカルな話で申し訳ない・・・(でも我が家では“大事件”なのだ・・・)
1年半ほど前に、「八王子にイオンモールが出来る!?(ここ)」という記事を書いた。その後の状況を注視していたが、2010年5月20日付の「建設通信新聞」(ここ)に“業務代行者に鹿島/八王子インター北区画整理”という記事があった(ここ)。曰く・・・(写真はクリックで拡大)

業務代行者に鹿島/八王子インター北区画整理
 東京都八王子市にある中央自動車道(中央道)八王子インターチェンジ(IC)北側にイオンを核とした複合拠点エリアを形成する八王子インター北土地区画整理事業で、組合設立準備会が業務代行者に鹿島を選定したことが分かった。現在、区画整理の実施に向け、測量調査と事業計画の作成作業を進めている。具体的なスケジュールは未定だが、順調に進めば2015年にも大型専門店やショッピングモールなどで構成する複合施設がオープンする見通し。

100531ion  計画地は、中央道八王子IC北側にあり敷地東側が国道16号、北側が都道169号(新滝山街道)に接する約15haの敷地。町会長や地権者らで構成する「八王子インター北地区周辺まちづくり合同会社」が東京都から敷地の大部分を取得し、周辺の地権者らと「八王子インター北土地区画整理組合設立準備会」を設立。区画整理事業で都市基盤を整備した上で、事業協力者のイオンリテールと共同開発する。

 同準備会が昨年12月に八王子市に提出した施設計画提案書によると、西側の約10haを複合施設などを建設する複合拠点エリア、東側約5haを宅地や公園・緑地の整備ゾーンに設定。このうち、複合拠点エリアを「広域集客機能」「生活利便機能」「産業拠点機能」「コミュニティ機能」の4ゾーンに分け、整備イメージを例示している。

 「広域集客機能ゾーン」は、広域型、行楽型、目的性の高いサービス・商業施設を導入する地区として、超大型専門店や広域集客型専門店などを想定。「生活利便機能ゾーン」には、サービス・商業施設の集積に向け、カルチャースクールや屋内型複合エンターテインメント施設などを導入する。「産業拠点機能ゾーン」は都市市場型産業を中心に企業向けの施設を導入する地区とし、産学公連携共同利用施設や展示工場などを例示した。「コミュニティ機能ゾーン」はコミュニティープロムナードや広場などの整備を提案している。」(2010/05/20付「建設通信新聞」より)

しばらく情報が無かったが、“5年後”とはいえ、話が消えていないのでホッとしたり・・・。
考えてみると、我が家の休日の行き先は、ほとんどがモール。本屋に行って、外食して、スーパーに行って・・・・。それらが段々と当たり前になり、自宅から10K以上もある距離も、最近はあまり気にしなくなってきた。でも近いに越したことはない。

数年前、社業で、地下鉄東西線の駅の近くにあった顧客に良く通った。近くに昼食の施設がなく、仕方が無いので近くの大病院のレストランで食べたもの。その後、隣の敷地にショッピングモールが出来るというウワサを聞いた。それを楽しみにしていたら、その客と縁が切れてしまった。
いつだったか、そのショッピングセンターが大々的に開業したことを知った。でもその駅と縁が切れてしまったので、行った事は無い・・・。

夢の(?)八王子のショッピングモール・・・。今度は地元だから縁が切れることはない。でも、前に書いた時は「あと4年後・・・」。今回が「あと5年後・・」。次に同じような記事を書く時に、「あと6年後・・・」とならない事だけを祈る・・・。こんな事では、いつ出来るか分からなくなるので・・・
前にも書いたが、「もう幾~つ寝ると~開店日~」と歌いながらじっと待つしかないが、一日も早く開店して欲しいな~・・・。

(関係記事)
八王子にイオンモールが出来る!?(2008/12/23)

(2011/02/23追)一方、こんなニュースも・・・
セブン&アイ、そごう八王子店閉鎖 来期メド
セブン&アイ・ホールディングスは22日、2012年2月期中をめどに、百貨店のそごう八王子店(東京都八王子市)を閉鎖する方針を固めた。同店は都心部の百貨店との競争などで足元の売上高も5%前後のマイナスが続くなど客離れが目立っていた。今後は西武池袋本店(東京・豊島)など、都心の主力店に経営資源を集中して百貨店事業の生き残りをはかる。
23日にも発表する。セブン&アイ傘下のそごう・西武が運営するそごう八王子店は1983年の開業で売り場面積約3万平方メートル。前期の売上高は233億円とそごう・西武としては27店中8番目の規模となる。JR八王子駅に隣接した立地を生かして地元の主婦らを主な顧客にしてきた。しかし近年は衣料品専門店との競争激化や東京・新宿など都心部の百貨店に客を奪われて赤字が続いていた。
08年には大型改装を実施したが業績は回復せず、立て直しが難しいと判断した。セブン&アイグループの百貨店閉鎖としては昨年末に営業を終えた西武有楽町店(東京・千代田)以来になる。
衣料品や宝飾品など高額品を中心とする百貨店業界は08年秋のリーマン・ショック以降、激しい販売不振に直面。最近は都心店などで持ち直しの兆しもあるが、成長は期待できない。10年はここ10年で最多となる11店が全国で閉店した。今年に入ってからもJ・フロントリテイリングが傘下の博多大丸長崎店(長崎市)の閉鎖を1月末に発表しており、今後も淘汰が進みそうだ。」
2011/02/23付「日経新聞」朝刊より)

JR貨物、八王子駅前に大型商業施設 13年建設
日本貨物鉄道(JR貨物)はJR八王子駅(東京都八王子市)の駅前に大型商業施設を建設する。同駅に隣接する施設跡地を活用、商業ビルを 2013年に建設してテナントに貸し出す。今年3月に建設会社などから提案を集め、ビルの高さや用途など設計の詳細を決める。鉄道貨物事業は景気に左右される面があるため、遊休地の有効活用を進め安定した賃料収入の確保をめざす。
八王子駅南口から徒歩1分の敷地面積約3700平方メートルの土地に商業ビルを建設する。昨年3月末までは鉄道貨物をけん引するディーゼル機関車が待機する「機関区」などとして活用していた。」
(2011/02/28付「日経新聞」p9より)

(関連記事)
八王子・イオンモールがいよいよ着工~16年度オープン (2013/04/24)
八王子にイオンモールが出来る!?(2008/12/23) 

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2010年5月30日 (日)

“日清「ラーメンの極み」醤油ラーメン”がうまい!?

今日はインスタントラーメンの話・・・。
トシと共に、インスタントラーメンを食べる機会がめっきり少なくなった。たまにスーパーで買っても、ふと気が付くと賞味期限切れ・・・。
100530ramenn そんな中で、先日、“これはウマイ!”というラーメンに巡り会った!?「日清「ラーメンの極み」醤油ラーメン」というもの。128円なので、さして高級品というわけでもない。
同じシリーズで塩ラーメンもあった。二つ食べてみたが、自分はやはり醤油の方が好きだな・・。(写真はクリックで拡大)
このラーメン、日清のサイトを見ても載っていない。それもそのはず・・。イトーヨーカドー、ヨークベニマル、ヨークマート、シェルガーデンの限定商品だという。

ところで、カップヌードルの新製品は、まずコンビニに出るそうだ。そこで売れ行きの様子を見る・・。ウチのカミさんは良くコンビニで新製品を買う。しかし“鳴り物入りの新製品”を食べても、ウマイと思ったことはほとんど無い。でも今回は、少なくてもblogのネタに使おうと自分に思わせただけ、自分にはフィットしたということ・・。

あまり食べる機会が無くなったとは言え、ラーメンには昔の色々な思い出がある。子どもの時は、チキンラーメンをドンブリに入れ、お湯を注いで、お皿で蓋をして出来上がるのを待ったもの・・・。その後、鍋で煮る袋型になった。受験勉強時代(昭和40年頃)、夜食にラーメンをよく食べた。そして同じく焼きそばも・・・。「ホンコン焼きそば」「鉄板焼きそば」・・・
大学1年の時、友人と夕食に行った帰りに寄った店で、「これが意外とウマイよ」と教えても100530charumera らったラーメンがある。「チャルメラ」である。新発売の特価なので安かった。20円だったか30円だったか・・・。それは1966年(昭和41年)の秋頃だったと思う。しかし下宿に帰って困った。鍋もコンロも何も無い。あるのは金属製の電気ポットだけ。仕方が無く、電気ポットにお湯を沸かして、その中にラーメンを入れて煮た。何とか食えたものの、汁をすすろうと思って、金属のポットの縁が唇にあたり、ヤケドをした・・・。大学1年時の下宿の家財道具は、机と本箱と布団だけ・・・。そんなスタ-トだった。

我が人生で一番たくさん食べた「チャルメラ」。それが意外と長生きだ。今でもスーパーで売っている。たまに買おうとすると、5個パック・・・。いつもカミさんの「買っても良いけど、自分で責任を取って全部食べて!」という声に“めげて”、いつも見るだけ・・・。「まだ売っているな~」で終わる。

昨夜、たまたま近所のイトーヨーカドーに行ったので、このラーメンを探してみた。あった。でも醤油味は2つだけ。よって買い占めた。塩味はたくさん残っていた。やはり醤油味の方がいいよね・・・・

マ、毎日が日曜日になったら、好むと好まざるとに拘わらず、インスタントラーメンが(カミさん不在時の)昼の主食になるような気がするので、あんまり心配(?)はしていないけど・・・

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2010年5月29日 (土)

30年前の城山三郎の講演会から~「父親の役割」

先日のNHKラジオ深夜便「深夜便アーカイブス「“文化講演会”から“生き残りの条件”」作家…城山三郎(昭和56年10月11日放送)を聞いた。(2010年5月9日放送)
その中で、“生き残れない子供”を育ててしまう親や、父親と子供の関係についてこんな事を言っていた・・・。

「かもめのジョナサン」を書いたリチャード・バックが、「子どもはいますか?」と聞かれて、「イエス、アンド、ノー」と答えたという。別れた妻との間に小さい子どもがいるのでYES。しかし小さくて、親であるリチャード・バックがどのような生き方をしているのか、どこに人生の意義を見出して生きているのか、まで理解出来ない。自分も、息子が大きくなって、どこに人生の意義を見出して行くかは分からない。そういう時には、二人とも他人だ。親子ではない。息子が大きくなって、親父は自分とは違って、作家としてああいう気ままな生活をしているが、あそこに人生の意義を見出して生きているのだ。リチャード・バックの方は、息子も例えばサラリーマンになって、彼は人生の価値をあそこに見出して生きている。そのようなことをお互いに分かり合えるようになったとき、初めて親子になれる。「イエス、アンド、イエス」になれる。つまり親子は初めからNOの関係にある。違う世界にある。違う世界があるということを理解し合って初めて本当の親子になれる。・・・・
「キタキツネ物語」は色々教えている・・・。親の世界と子供の世界は違う。・・・子供はあるところまで行ったら、親と別れなくてはいけない。・・人生はそういうもの・・・。
・・・親なるが故に見えない死角がたくさんある。母親は近すぎて見えないことがたくさんある。それに気が付かない・・。それを父親が支える・・・

父親の役割。父親とは、母親とは違う役割があるはず。・・父親はごく普通に父親であればよい。母親の代わりをしたり、母親から言われた通りのことをするのでなく、自然に生きればよい。
作家・村上龍の父親は、九州で校長までやった教育者。しかし村上は学生時代、事件ばかり起こして、親の顔に泥を塗って東京に逃げた。父親はその息子に、毎週ハガキを出し続けた。内容は他愛もない近況を書いたもの。村上は一度も返事を書かなかった。でも父親は毎週ハガキを出し続けた。7年間で2000通。これが父親・・・。これが母親の場合は、3通書いても5通書いても返事が来ないと「何しているの」と電話をしたり・・・。そんな事を期待しないで、オレはとにかく書くんだ・・・。それが父親だと思う。・・・そのお父さんも、“父親は精神的に(違う世界に住んでいるということを)理解し合えない。その間は親子ではない”、と書いている。・・・
父親は、父親を自然に生きればよい。(母親のように子供一辺倒でない)虫眼鏡を掛けない人間として・・。それを、父親を母親の代理人というか、第二の母親にしてしまった事に間違いがある。だからこのような環境で育った子どもは生きられない。人間に対する耐性がない。・・・
就職するということは、人間関係を選べないという事。そのような選べない人間関係に耐える人間を作らないといけない。・・・それを忘れてただ教育・教育とやってもしょうがない。」(昭和56年10月11日放送、城山三郎の文化講演会より)

<城山三郎の「文化講演会」(昭和56年9月17日)より>

この講演会は30年前である。しかしこの話を今聞いても違和感がない。それほど、この問題は根源的なのかも・・
しかしこの話で、一刀両断に「父親と子供とは他人」と言われてみると、むしろスッキリする。自分と、とうに亡くなった親父との関係を考えると、実に腑に落ちる。自分の場合は、男3人の真ん中。長男は家の頭領として尊重され、末っ子は問答無用に可愛がられる。そして真ん中だけが取り残される・・・。まあ良くある話・・・。だから、というワケでもあるまいが、自分の場合も親父との距離は相当なもの・・・。
親父の死の床で、初めて親父の手に触れた・・・。それが親父に触れた初体験・・・・

結局、親父と自分の場合、城山三郎がいう「理解し合えた」かどうかは分からない。しかし、お互いサラリーマンだったので、会話は皆無だったものの、息子のサラリーマン生活について、何某かは理解したと思う。

それと母親と父親の役割について、母親の近視眼的なところをカバーするのが父親の役割・・・というような事を言っていた。ウチでも良くある。何か問題が起きてカミさんと話をする時、「あなたはいつも評論家のようなことばかり言う。いったいどっちの味方なの?!」。この城山三郎の話を聞いて、自分が正しかった事が分かった!?(←カミさんには言わないけど・・・)

そう言えば、さっきあるTV番組の事でカミさんが言っていた。親と子ども・・・。憎んでいるのはまだ良い。お互いに相手の存在があるから・・。一番の悲劇は、無視すること・・・・。

自分の場合、“この世”では、親父と話すことはなかった。だからあの世に行った時、対等な人間として何か話が出来れば面白いかも・・・。でも緊張するな・・・。今から・・???
(何?自分と息子との関係??←お互い、まだ“この世の現役”。今のところ、まだまだ他人だな・・・。まあ同じように“あの世で”・・・??)

*なお、この講演会の放送(40分間)を聞いてみたい方は、(ここ)のZIPファイルをクリックして10分待つ・・

(関連記事)
城山三郎の「そうか、もう君はいないのか」を読んで

●メモ:カウント~100万(スタートしてちょうど4年目で大台達成・・)

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2010年5月28日 (金)

昭和39年の出来事(17歳)~青山和子の「愛と死をみつめて」

自分が生まれてから順に、その年の出来事を辿るシリーズの18回目。自分が16歳から17歳、つまり高校1年生から2年生になった昭和39年(1964年)の出来事を調べてみる。

この年は、東京オリンピックと「愛と死をみつめて」の年? 東京オリンピックについては、前に書いた(ここ)。

この年の出来事を調べてみると、大きな出来事が多かった。まず4月8日から「ミロのビーS39 ナス展」が開かれた。もちろん自分は見に行っていないが、記憶にある。6月16日午後1時1分、新潟大地震。(自分は茨城だったが)高校2年の昼休み直後の教室・・・。その時の大きな揺れを今でも覚えている。9月30日には義宮が結婚され、「常陸宮」となる。そして10月1日に、オリンピック開催を控えて、東海道新幹線が開通した。夢の超特急の実現である。続く10月10日~10月24日に「東京オリンピック」が開かれた。戦後日本を脱する大きなイベント。そして12月から朝日新聞に三浦綾子の「氷点」が連載された(1964年12月1日~1965年11月14日)。2年後の1966年にはテレビドラマ化され、大きな話題となった(ここ)。(写真はクリックで拡大)

この年に流行った歌謡曲は、「ああ上野駅」(井沢八郎)、「ウナ・セラ・ディ東京」(ザ・ピーナッツ)、「幸せなら手をたたこう」(坂本九)、「愛と死をみつめて」(青山和子)、「夜明けのうた」(岸洋子)、「アンコ椿は恋の花」(都はるみ)、「学生時代」(ベギー葉山)、「柔」(美空ひばり)・・・と、まさに百花繚乱。今でも聴かれている曲が多い。
100528aitoshi 今日はその中から昭和39年7月発売で、この年のレコード大賞を受賞した青山和子の「愛と死をみつめて」を聞いてみよう。言うまでもなく、「愛と死をみつめて」(河野実・大島みち子著)とは、顔の軟骨肉腫に冒され1963年8月に他界した女子大生・大島みち子と、その恋人との間に交わされた書簡集で、この年のベストセラーである。

<青山和子の「愛と死をみつめて」>

「愛と死をみつめて」
  作詞:大矢弘子
  作曲:土田啓四郎
  
まこ
甘えてばかりで ごめんネ
みこはとってもしあわせなの
はかないいのちと しった日に
意地悪いって 泣いたとき
涙をふいて くれた まこ

まこ
わがままいって ごめんネ
みこはほんとにうれしかったの
たとえその瞳は 見えずとも
ふたりでゆめみた 信濃路を
せおって歩くと いった まこ

まこ
げんきになれずに ごめんネ
みこはもっと生きたかったの
たとえこの身は 召されても
二人の愛は 永遠に咲く
みこのいのちを いきて まこ

高校2年のこの年の自分は、まさに受験勉強だけ・・・・。全国の生徒たちは、それぞれオリンピックの見学に行った(はず・・)。少なくても一生に一度の(?)経験のため・・・。しかし受験校の自分の高校は、もちろん行くはずもなく、体育の時間のテレビ観戦だけ。でも体育館にポツンと置かれたテレビを見に行く人は少なく、皆教室で自習していたように思う。
いちばん思い出が多い時期、大いなる“青春”が何も無いまま過ぎて行く・・・・(思い出す光景は、ただ図書館での勉強・・・。遠くに座っている数少ない女子高生も“勉強中”・・・・←ああ、つまんない)

(関連記事)
東京オリンピックの思い出
小説「氷点」が出来るまで~三浦光世氏の話

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2010年5月26日 (水)

NHKの土曜ドラマ「チェイス」が面白かった

久しぶりに見応えのあるテレビドラマを見た。NHKの土曜ドラマ「チェイス~国税査察官~」だ。(ここ
年度が変わって4月になると、各局で新ドラマがスタートする。でも、その中から自分にフィットするのを選ぶのは結構大変・・・。HDDレコーダーの容量が沢山あれば、片っ端から録画しておいて、ヒマな時にチョコッとみて、自分に合うのを探せば良いが、そんな面倒な事も出来ず・・・・・。
この「チェイス」というドラマも、自分から進んで見たわけではない。そもそも自分は(前から何度も書いているように)“ミーハー”なので、誰かが良いというと、または世間で評判になると、「どれ・・」と見るクセがある。まあ、自分で探すよりも効率的ではあるのだが、付和雷同型・・・

1回目の放送の数日後、朝日新聞のテレビ欄にこのドラマを“激賞”している記事が載った。それで自分も見る気になった・・。でももう始まっている・・・。と、2回目が放送される日の夕方(2010/04/24)、何と1回目の再放送があり、運良く見ることが出来た。それで全回通して見ることが出来た、というワケ。

100526nhkdrama_2 テーマは、脱税。5800億円の遺産の相続税2900億円を27億円に節税するスキーム・・・。「スキーム」という言葉は、ビジネスの世界では小会社の再編などで良く使われる言葉だが、“脱税のスキーム”が、このドラマの中心をなす。
舞台が(キューバの隣の)バージン諸島に飛んだりして、なかなか世界的なスケール・・・・
そして、“真の勝者は誰か・・・”。最終回に全ての解がある・・・

まあ最終回にしても、必要以上に殴り合い、鼻血の顔で語り合ったり、そのすぐ後のシーンでは、その鼻血がほとんど消えて急に治っていたり、はたまたトイレに入ったら、突然そこに**が現れたり、加えて、短刀が腹に刺さったまま長い間車に乗ったり・・と、“何かヘン・・”という場面も特に最終回に沢山あったが、まあそれはご愛敬ということで・・・

もちろんネタバレの事は書けないので、内容についてはこんな所か・・・

ところで、何で今更こんな記事を書く?? 実は、NHK総合で“一挙再放送”があるから・・・
6/1の深夜と6/2の深夜に再放送があるという。(6/2 AM0:15~ 、6/3 AM1:30~ 、詳細は(ここ))
あまり自分が「ウ~ン」と騒ぐもので、カミさんもこの再放送を見るという。よって我が家でも予約をしておこう。
何のことはない。今日は、NHKのドラマの宣伝記事であった。もちろんこのドラマがフィットするかどうかは、個人の問題。当サイトは責任を持たない。
でもドラマが終わった途端に、「一挙集中再放送・・」というのは、NHKではあまり例が無いのではないか? それだけ反響が大きかったのかもね・・・

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2010年5月25日 (火)

翻訳ソフトの実力

昨日書いた(ここ)米国のサイト。英語がスラスラと読めたらな・・と思いながら、写真を“眺めた”が、ふと翻訳ソフトがあることに気が付いた。
昔買った東芝のパソコンQosmio(コスミオ)に、翻訳ソフトが付いていて、海外のサイトは翻訳のボタンを押すと、一応日本語に訳してくれた。でも、やはり機械訳・・・・、その意味を掴むのは至難の業だった。でもそれからずいぶん日が経った。機械翻訳の世界も、随分と進化しただろうと思い、翻訳のソフトを買う気になった。
これには伏線がある。先日、実はATOKの最新版を買った。パソコンの出始めの頃、世は「一太郎」と「1-2-3」の時代。日本語はATOKだった。その時に身に付いたキー配置(変換キー)は体に染み付いており、簡単には変わらない。先日、新聞で日本語変換ソフトの記事を読みながら、ふと、いつも使う日本語ソフトに少しは金をかけると便利になるかな?と思ってATOK2010を買った。それがまあまあフィットしたので、翻訳ソフトも・・・。

価格コムで見ると、値頃感のある売れ筋は、同じジャストシステムの「翻訳ブレイン 実用翻訳2」。2千円台では不安だし、1万円を超えるのは手が出ない。この6~7千円は手頃・・・。

それで訳したものと、Netで訳したものを比較してみた。サイトは昨日の「米ルイジアナ州沖の原油流出事故」の記事。
http://www.boston.com/bigpicture/2010/05/disaster_unfolds_slowly_in_the.html

(原語)
「Disaster unfolds slowly in the Gulf of Mexico
In the three weeks since the April 20th explosion and sinking of the Deepwater Horizon oil rig in the Gulf of Mexico, and the start of the subsequent massive (and ongoing) oil leak, many attempts have been made to contain and control the scale of the environmental disaster. Oil dispersants are being sprayed, containment booms erected, protective barriers built, controlled burns undertaken, and devices are being lowered to the sea floor to try and cap the leaks, with little success to date. While tracking the volume of the continued flow of oil is difficult, an estimated 5,000 barrels of oil (possibly much more) continues to pour into the gulf every day. While visible damage to shorelines has been minimal to date as the oil has spread slowly, the scene remains, in the words of President Obama, a "potentially unprecedented environmental disaster." 」

(翻訳ソフト「翻訳ブレイン 実用翻訳2」による訳)
「災難は、メキシコ湾でゆっくり展開します
メキシコ湾の深海の地平線石油採掘装置と以降の大きい(そして、進行中の)油の始まりの4月20日の爆発と沈没が漏れる時から、3週で、多くの試みは環境災害の目盛りを含んで、支配させられました。 油分散させるものはスプレーされています ― 封じ込めが築かれて大声で言う ― デートするほとんど成功ででなく、造られる保護バリア、保証される制御された火傷と装置はリークをおおうようにするために海の底まで降ろされています。 油の継続した流れ量を追うことが難しい間、約5,000バレルの油(おそらく非常により多くの)は毎日湾に押し寄せ続けます。 油がゆっくり広がって海岸線への見える損害が現在まで最小限の間、オバマ大統領(「潜在的に先例のない環境災害」)の語では、場面は残ります。」

(yahooサイトでの訳)http://honyaku.yahoo.co.jp/
「災難は、メキシコ湾でゆっくり展開します
4月20日の爆発とメキシコ湾のDeepwater Horizon石油採掘装置と以降の大きい(そして、進行中の)油の始まりの沈没が漏れる時から、3週で、多くの試みは環境災害の目盛りを含んで、支配させられました。油分散させるものはスプレーされています ― 封じ込めが立てられて大声で言う ― デートするほとんど成功ででなく、造られる保護バリア、保証される制御された火傷と装置はリークをおおうようにするために海の底まで降ろされています。油の継続した流れ量を追うことが難しい間、約5,000バレルの油(おそらく非常により多くの)は毎日湾に押し寄せ続けます。油がゆっくり広がって海岸線への見える損害が現在まで最小限の間、小浜大統領(「潜在的に先例のない環境災害」)の語では、場面は残ります。」

(Googleによる訳)
「災害はゆっくりとメキシコ湾の展開
数週間で3年4月20日、爆発の湾ホライゾン石油リグでディープウォーターとシンクのメキシコ、(大規模なとの開始は、後続の継続的な)油漏れ、多くのスケールを持っての試みがされて制御を含むとに加え環境災害。 油処理剤は、行われていますされて散布、封じ込めブームが建立された、保護障壁が建てられ、制御やけどのデバイスは、これまで成功しているされて下げ、海の床としようとするとキャップ、少しでリークします。 油の継続的な流れのボリュームをを追跡中)詳細は推定5000バレルで、難しいの油(おそらく多くの日すべての湾注ぐ継続に挿入します。 徐々に日付最小限に抑えられ広がっている油のようにいるが目に見える海岸線に損傷を与えるシーンは、災害のままの環境性前例のない"内の単語のオバマ大統領。"」

これによって分かったことは、
1)今回買った「翻訳ブレイン 実用翻訳2」による訳は、yahooサイトの訳と実に良く似ている。同じエンジン使用?
2)Googleの訳は、まったく意味が取れない。
3)もちろん、yahooも有料翻訳ソフトも、意味が取れない。

よって結論は、
*今回買った数千円の翻訳ソフト(翻訳ブレイン 実用翻訳2)は、yahooの訳と同じ。でも“相当な日本人向け”の訳であり、まだ日本人歴60年余の若輩者の自分には、到底理解不能の日本語である。少なくても90年位日本人をやらないと理解出来ない??

数万円のソフトでは違うのかも知れないが、まあ今回は失敗、失敗・・・。でもIEのアイコンに「翻訳」が追加されたため、同じ画面上で英語のサイトが日本語のサイトになるのは嬉しい。でもそれを読み取るには、英語力以上の日本語力が必要・・・・・。

今朝の電車の中、隣に座ったランドセルの小学生が、何と英語の教科書を開いて勉強していた。そおっと覗くと、数字が並んでおり、時刻の英語での言い方が書いてあった。
今はこんな時代・・・・。でもこれら小学生の何割が、将来不自由なく英会話が出来るようになるのか・・・
昔、出張で初めて米国に行った時、つくずく「英会話さえ出来れば、(人生において)住む世界が圧倒的に広がるのに・・・」と思ったもの。
でも結果として、(現在のところ!←負け惜しみ)我が家は、誰も英語では話さない・・・・。
“これは我が家の文化だな・・・”と開き直ってはみるものの、何とも寂しい話だ・・・

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2010年5月24日 (月)

Net上にある素晴らしい写真~「アイスランド火山の噴火」等

Netの“すごさ”にはいつも舌を巻くが、先日、とある人から、転送また転送・・・のメールを受け取った。メールの中にはこんな言葉が・・・。「カナダ在住の友人から届いたメールですが、素晴らしい写真なので転送します。ご参考まで」・・・。
そして、もとのメールには「アイスランド火山の噴火の模様のドラマが素晴らしい写真として出ています。是非、ご覧下さい。」とあった。
そのアドレスを叩いてみてビックリ。こんな素晴らしい写真が、Net上にたくさん載っている・・・(写真はクリックで拡大)

「アイスランド火山の噴火の写真」
http://www.boston.com/bigpicture/2010/04/more_from_eyjafjallajokull.html

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このサイトのあっちこっちにアクセスしてみると、このアイスランド火山の噴火以外にも、米ルイジアナ州沖で起きた油井からの原油流出事故の写真など生々しい写真がいっぱい・・。

「米ルイジアナ州沖の原油流出事故の写真」
http://www.boston.com/bigpicture/2010/05/disaster_unfolds_slowly_in_the.html

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それに、スペースシャトルの写真もリアル・・・・。
http://www.boston.com/bigpicture/2010/04/journeys_to_the_international.html

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そしてバンコクの惨状も・・・・・
http://www.boston.com/bigpicture/2010/05/crackdown_in_bangkok.html

ひょんな事で知ったサイトだが、どんな説明文も、一枚の写真にはかなわない。まさに「百聞は一見に如かず」である。
Net上には、これら素晴らしい情報(写真)があふれている。しかしそれを利用(見ることが)出来るかどうかは、外国のサイトを自在に検索できるか、という“受けての能力”の問題がある。このサイトのように、誰かに教えてもらう場合は楽だが、自分から見付けるのは結構大変なもの・・・。
振り返って、自分は利用出来ているか・・・? まったく出来ていない・・・
(別に日常生活に支障ないからいいけど・・・。←これ負け惜しみ・・)

ちなみに、このサイトには、月毎のページがあり、それぞれに素晴らし写真が載っている。こんなサイトは世界中を探せばたくさんあるだろうに、自分は全く知らない・・。せっかくNetで世界中につながっているというのに・・・・。「宝の持ち腐れ」とは、こんな事を言うのかも知れないな・・・・。

(参考)
http://www.boston.com/bigpicture/2010/02/
http://www.boston.com/bigpicture/2010/03/
http://www.boston.com/bigpicture/2010/04/
http://www.boston.com/bigpicture/2010/05/

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2010年5月23日 (日)

森田童子の「蒼き夜は」

最近、森田童子の歌を良く聞く・・。前にも書いたが(ここ)、森田童子という女性歌手は何とも不思議な歌手・・・・。優しい声だが、テーマは何とも暗い・・・
森田童子の代表曲はもちろん「ぼくたちの失敗」だが、こんな歌も自分には響く・・

<森田童子の「蒼き夜は」>

「蒼き夜は」
  作詞・作曲:森田童子

春は まぼろし
ふたりは 悲しい夢の中
君と いっそこのまま
だめになって しまおうか
もどろうか
もどろうか
それとも もう少し
このまま 君と眠ろうか

春は まぼろし
やさしいばかりの今夜の気持
君は ぼくのひざまくら
眠れそうかい
眠れそうかい
眠れそうかい
それとも このまま
君と死んでしまおうか

春は まぼろし
淋しいだけの ふたりなら
何にも 云わずに
せめて 君と軽やかに
踊ろうヨ
踊ろうヨ
それとも このまま
君と落ちてしまおうか
君と落ちてしまおうか

めったに表面に出ない彼女の名前だが、先日の朝日新聞「うたの旅人」に取り上げられていた。テレビドラマ「高校教師」(TBS)の主題歌になった代表曲「ぼくたちの失敗」の話が中心だったが、久しぶりに森田童子の実像に触れた。少し長いが、彼女についてこう書かれていた・・・。

うたの旅人~森田童子「ぼくたちの失敗」
・・・・
「森田童子」は偽名である。
しかし、本名はいまだに明らかにされていない。人前では黒いサングラスを絶対にはずさなかったので、素顔をさらしてこともなかった。
当時、新しいアルバムが発表されるたびに彼女にインタビューしていた音楽ジャーナリストの富沢一誠さん(59)によると、デビューするまでの遍歴が、固有名詞を交えて事細かに語られることはなかった。
「52年、東京に生まれる。学園闘争の渦中にあった高校時代、ラジオの深夜放送でサイモン&ガーファンクルを聴いていた。70年に高校を中退、暇にまかせてふらふらと旅にでる。72年夏、友人の死を知らせるはがきが届いたのをきっかけに、めまぐるしく疾風のように通り過ぎていった青春を振り返って歌い始めた」
これが、公表された実人生のほぼすべてだ。ただ、富沢さんの記憶から離れないのは、「ありのままの青春」を歌ってはいないのだと、次のように打ち明けられたことだった。
「私の歌は『思い込み』なんだよね。友だちとこんな風に別れたなあ、というのではなく、こんなふうに別れられたらなあという願望。その願望を歌って、それを青春として『思い込む』んだよね・・・・」
森田さんが発表したアルバムのプロデュースを手がけた松村慶子さん(現・ライブハウス「RUIDO」会長)は、デビューする約1年前、知人の紹介で自作曲のデモテープを持参してきた彼女は、人前で歌うつもりは、まるきりなかったという。
「本人は髪型をポニーテールにして、どこにでもいる少女のような印象でした。でも作品には、聴いているとイメージの扉を開かれて慰撫されるような唯一無二のフィーリングがあったので、絶対に何かある、これは行ける!と直感しました。ただし、その独特の世界は本人が歌わないと響いてこないので、あんたが歌ったほうがいいと説得したんです」
サングラスは心ならずも、みずから表現者となるための武装だった。「私に対しても、ほとんど私語を発しない。浄化された世界を表現した作品に自分の生活感をにじませないために、余計なことは聞いてもらいたくないと思っていたようです」

ライブハウスの旗手とうたわれるようになったデビュー3年目の77年6月、豊島公会堂(東京都豊島区)での東京初のコンサート「童子像」は、ついに定員約800人の会場から約300人もの観客があふれ出してしまった。地下の歌姫として大学生を中心にカリスマ的な人気を博したが、高橋さんは「童子さんには意地でも地上に這いあがるまいという強固な意志があった」という。
引退を宣言することなく、音楽活動を休止したのは83年末だった。
デビュー当時の所属レコード会社の宣伝プロデューサーだった市川義夫さんは、「80年代になると、もう自分の居場所はないと思ったのか、新曲を作らなくなった。その意味では、溶けていくように消えていなくなったというのでしょう」と心残りをあらわにするのだった。
「ぼくたちの失敗」が、テレビドラマ「高校教師」の主題歌になってヒットしても、再び歌おうとはしなかった。彼女の消息を知る人を介して、その真意を問う対話がしたいと打診してもらった。だが、とても親しかった人との唐突な死別とみずからの病で「手紙すら書けないほど憔悴している」という返答があった。
危ういバランスでつなぎとめられている世界が、まだそこにあった。」(2010/05/22付「朝日新聞」e1ページより)
(オリジナルの記事(朝日新聞「うたの旅人」)のPDFは(ここ))

話を歌に戻す。こんな歌を聴いていると、若者が寂しい暗い都会の部屋の中で、うごめい100523moritadouji ている姿が目に浮かぶ。他の歌には“クスリ”にふける姿も・・・・
1970年代のこんな時代の、このような世代、このような人たちを我々は何と呼んでいたっけ? “アングラ??”、いや違う・・・・。そんな言葉さえ、忘れてしまった。(写真はクリックで拡大)
でもあの時代、このような人たちは確かにいた。
あれから40年・・・。
シルバー族が、そんな昔の歌を今頃また聴いている・・。今、流行している歌はフィットしないが、昔の歌はなぜか心に沁みる・・・
自分は、こんな生活を懐かしがっているわけでは決してない。でも、こんな歌は懐かしい。
森田童子も1952年生まれというからもう58歳。我々とほぼ同世代。相変わらず、どこかで主婦業をしているらしい。

同じ世代の人間は、何年経っても同じ世代の歌に共感を覚える。これはもはや「文化」の問題。今の若者も、自分たちが今歌っている歌を、数十年後になつかしくまた聴くのだろう。そこに、世代間の文化の交流は少ない。

(関連記事)
森田童子の「逆光線」・・・自死遺族の会

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2010年5月22日 (土)

「絵画展 口と足で表現する世界の芸術家たち」を観る

急にカミさんが絵画展に行こうと言う。2010年5月20日の朝日新聞に載っていた「絵画展 口と足で表現する世界の芸術家たち」だという。記事を見ると、20日から23日まで、小平Image04571 市の三菱電機ビルテクノサービス教育センターで開かれているという。
場所は?と地図で見ると、行くのが大変。西武新宿線の花小金井駅から徒歩15分という。これは大変。車で行こうかと、電話で問い合わせたら、駐車場はあるという。それで車で行った。20K、50分も掛かってしまった。
住宅街に、大きな建物。着くと若い案内の人が駐車場を教えてくれる。スタッフの挨拶が清々しい。場所は三菱電機ビルテクノの体育館。広いフロアいっぱいに作品が展示されている。受付の人に聞いたら、作品を大写しにしなければ撮影OKとのこと。(写真はクリックで拡大)

よく分からないままに作品を観て行った。どの作品も普通の絵画と変わらない。つまり、通常の絵と違和感がない。でも一つだけ違うのは、どの作品にも、描いている時の画家の写真とプロフィールが書かれている。どの人も口に筆をくわえたり、足の筆で描いたり・・・・。でもどの作品も健常者の作品と変わらない。そこがスゴイこと・・・・
しかし、四肢が動かなくなった原因が、今までは交通事故か病気や先天的なものが大半だろうと思っていたが、何と水泳の高飛込の事故での損傷が多い・・。この人も、この人も・・・。

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実演のため、車椅子に座った画家も来ていた。しかし、とにかく作品の隣に掲示されてい100522urata る、描いている写真が圧巻。一番ショッキングだったのが、(ここ)の作品。プロフィールには「先天性脳性小児マヒのため、両腕と体幹機能がマヒしている。・・・」とある。動く足だけで描く。でもだいたい絵が見えないではないか・・・・。
しかし出来上がった作品は素晴らしいもの・・・。体の不自由さゆえ、自己の表現に制限を加えられている現実・・・。しかしこれらの障がい者は、絵画を通して自己表現できる喜びを噛みしめているのかも知れない。(こちとら、四肢が自由に動いてもこんな作品は到底書けないけど・・・)

帰りがけに、売っていたパンフレットを買った。300円とは安い・・・。それを読んで、“1991年に三菱電機ビルテクノ(株)が、この教育センターに学ぶ若者たちの寮の壁を飾るために、これら障害者の作品100点を買い、展覧会という形で開放した”のだと知る(下記の写真)。それに、新聞の記事にもあるように、92年から「世界障害者絵画展」という名で毎年全国各地で開いてきたものだという。よって今年は19回目。

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しかし我々には、その開催は分からない。今回は新聞を見て初めて知ったのだが・・・。(せっかく開催するのなら、どうしたら世にその開催を知らしめるのかも課題)

帰り道、駐車場に向かってぶらぶらと歩いていくと、正面玄関の所に若い案内の人。構内を覗くと、人がぞろぞろ歩いている。聞くと、このセンターの中央の通りは、通り抜けのために一般にP10702971 開放されているという。それで、散歩がてら我々も構内を歩いてみることにした。
左手の建屋と右手の野球グランド。木立とベンチ・・・・
奥の方に従業員の寮がある。その前に若い人たちが集まって雑談をしている。その脇を通った時、ビックリ・・・。皆が“こんにちわ”と挨拶するのだ・・・。
この奥のビルは何だろう?と見ていると、通り掛かった若い女性が近寄ってきて、「何か?」という。そして、構内の説明をしてくれた。

自分もシルバー族になり、最近はめったに他の会社の構内には入らない。考えてみると、三菱電機系の会社の構内に入ったのは、今日が初めてかもしれない。
それにしても、展覧会場の案内の人を含め、ここの若い人の自然な「ありがとうございました」と「こんにちわ」にはビックリ・・・。もちろん駐車場の案内の人も然り・・・
これは、サービス会社ならではの“教育の賜”かも知れない。しかし、展覧会以上に清々しい印象を持って帰ったのは事実。
でも駅から遠いな・・・。会社の施設を使った方が、確かに経費は掛からないが、顧客志向ではない。相当に“来る”意志がなければ人は来ないだろう。タクシーで来た人も見たという。
多分、駅前のデパートなどで開けば、見物客は大幅に増えるだろう。しかし、それとこれとは、そもそも“開催のコンセプト”が違うのだろう。
今日は、ひょんなことで少し遠出をしてしまったが、改めて三菱電機ビルテクノのサイト(ここ)を見ながら、企業の社会貢献の姿を垣間見たような気がした。

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2010年5月21日 (金)

同時通訳の舞台裏とイタリア人的人生の楽しみ方~通訳・田丸公美子氏の話

当サイトは、自分が(勝手に)“ヘエー”と思ったことを書く、というのがコンセプト。
100521kumiko_tamaru 先日聞いたNHKラジオ深夜便「人生“わたし”流「パーネ・アモーレ 楽しきイタリア語」通訳・翻訳家・・田丸公美子」(2010/5/8~9放送)が実に面白かった。今まで聞いたラジオ深夜便の番組の中でも1~2を争う・・・・・。
これは文字ではなかなか表現出来ない。ホンモノを聞かなければ・・・

<同時通訳の舞台裏とイタリア人的人生の楽しみ方~田丸公美子>

前半は、同時通訳についての話。
・同時通訳は普通の翻訳の30倍のスピードで脳が動く。心拍数も160。脳で消費されるブドウ糖を補うため、チョコレートを食べながら通訳する。でも20分間が限度。
・ムリをして限度を超えると、パチンと(頭の)ブレーカーが飛ぶ。すると言葉が出なくなる。日本語すら出なくなる。脳がオーバーヒートした状態。
・トシと共にフロッピーの応答時間が落ちてきて、昔30倍あったのが今は12倍位になってしまった。
・でも言葉は民族のメンタリティーがあるので面白い。例えば日本語には罵詈雑言の言葉は少ないが、イタリア語は沢山のバリエーションがある。それを言ってしまうとスッキリする。日本人は言葉がないので、心の中でいつまでもウジウジしている。

後半は、イタリア人的人生の楽しみ方について。
・イタリア人は死ぬまでオスとメス。人生、愛し愛されなければ生きている甲斐はない。
・これは仏教のような輪廻転生がないので、今を楽しまなくてどうする、というキリスト教的考え方。1回しか生きられない。
・女を見たら口説くのが礼儀。セクハラは、しないのがセクハラ。人をほめて幸せにするのがイタリアの男性の特徴。
・アルス・アマトリアという紀元前の世界最古のナンパ本がある。・・・
・世界で、「あなたにとってやましいと思うことは何か?」と調べた。ほとんどの国では、「妻や愛する人を裏切ること」だったが、イタリアでは8位。1位は食べ過ぎること。2位はマンマ・・・。
・日本語でほめられないのは、日本語に最上級と感嘆文が無いのが原因。それと名で呼ぶ習慣がない。(名字はともかく)名は日本人にとって神聖。
・日本の通訳の世界も、85%は英語。しかし少数語も文化を伝えるために残したい。

とにかく、このお話は面白かった。
●この番組のオリジナルをお聞きになる方は、前半のZIPファイルは(ここ)(40分間)に、後半は(ここ)(32分間)に置くので、それぞれクリックして10分待つ・・・。ダウンロードが終わると、たぶん窓が開くのでそのファイルをダブルクリックすると聞ける。

日本人の海外旅行で、イタリアは非常に人気がある。一度だけ海外旅行に行くのならイタリアに・・・・とは良く言われること。
我が家も、イタリアは何度か考えたが、とうとう行く機会は無いまま終わりそう・・・
しかし、クソ真面目の日本人とイタリア人の気質の違いは、若しかすると天気から来ているのかも知れない・・
やはり明るい地中海の太陽が輝くイタリアでは、このように根っから明るい民族になるのかも知れない。もっとも同じギリシャは最近暗いけど・・・
(でもこんな話を聞いても、あまりイタリアを羨ましいとは思わないな・・・。これは、自分が完全な“オジさん”になってしまった証拠かもね・・・・)

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2010年5月20日 (木)

「福祉・負担のあり方 選択の時」

昨日に続く話である。同じく先日の朝日新聞に「鳩山さんは頼りないが、もう民主を切り捨ては・・・」という記事があり、その中の「福祉・負担のあり方、選択の時」という部分に興味を持った。曰く・・・(写真はクリックで拡大)

福祉・負担のあり方、選択の時
暮らしをとりまく現状は厳しい。25年後に「3人に1人が65歳以上」となる超高齢化社会に向Image04481 かい、社会保障費は膨れていく。国債や借入金などを合わせた「国の借金」も増え続けている。人手、サービス、お金・・・。どう乗り切り、どんな社会を作るのか。
朝日新聞の2~3月の郵送世論調査では、80%が「政治は社会の将来像や道すじを示していない」と考えているという結果だった。さらに、望む社会の姿を尋ねると、「高福祉・高負担」寄りが6割超、一方の「低福祉・低負担」寄りは約3割だった。
Image04482 千葉大の広井良典教授(社会保障論)はいう。「公的な保障を充実させる『公助』重視の高福祉・高負担で乗り切るのか。自己責任の考えで、『自助』を重視した低福祉・低負担で臨むのか。選択すべき時が来ており、有権者は自分なりの答えを出そうとしている。なのに、政治は選択肢を示せないままだ。・・・・・」(2010/05/18付「朝日新聞」p3より)

これらグラフが面白い。今更ながら・・・のデータではあるが、GDPについて、1995年は日本5兆ドルに対して米国7兆ドル。2010年は日本5兆ドルに対して米国15兆ドル。かの英国でさえ(失礼)増加しているのに、このグラフを見る限り、日本だけが停滞・・・。
日本の財政が、税収に比べて国債残高がとてつもない規模なのは、良く言われている通り。出生率については、ここ数年持ち直したようにも見えるが、相変わらず先進国で最低線。人口構造の変化は、高齢化にまっしぐら。そしてただ一つ、生活保護世帯だけは増加の一途。

それを受けて、世論調査では、「高福祉・高負担」希望が65%、「低福祉・低負担」希望が29%だという。
これは何を意味しているのか・・・。もはや日本人は、自己責任の「自活」を放棄し、「他力本願」に走っているのか??

広辞苑によると「他力本願」とは「①阿弥陀仏の本願。また、衆生がそれに頼って成仏を願うこと。②転じて、もっぱら他人の力をあてにすること。」とある。
よって、皆で阿弥陀仏にすがろうか・・・・。でも待てよ?「衆生がそれに頼って成仏を願うこと。」は、“日本が成仏すること”を皆で願う????
何かヘンだな・・・。先日のギリシャではないが、日本が成仏してしまっては、年金も出なくなるし、困るな・・・

おっと、話がそれた。先の朝日新聞の世論調査では「高福祉・高負担」希望が増えているというが、若い人は「低福祉・低負担」を希望するのでは?自分たちが多数の老人を支えるのは無理だと言って・・・
でも、このような議論がいま起きること自体、遅きに失しているようにも思える。
しかし、政治は“選挙”のみをターゲットに、世論に対して“いい顔”に終始する。

話は飛ぶが、今朝の新聞に、「日本の競争力 急落27位」という記事があった。
「スイスの有力ビジネススクールのIMD(経営開発国際研究所)が19日発表した「2010年世界競争力年鑑」で、日本の総合順位は58カ国・地域で27位、前年の17位から急低下した。・・・IMDは主要国・地域の「経済状況」「政府の効率性」「ビジネスの効率性」「社会基盤」の4分野で、約300項目の統計や独自調査の結果を分析し順位を発表している。・・・日本は調査を始めた1989年から93年まで首位だった。・・・IMDは放漫財政を改めない国の筆頭に日本を挙げた。」(2010/05/20付「日経新聞」p3より)

<2010年の競争力順位>
①(③)シンガポール
②(②)香港
③(①)米国
④(④)スイス
⑤(⑦)オーストラリア
⑥(⑥)スウェーデン
⑦(⑧)カナダ
⑧(23)台湾
⑨(⑪)ノルウェー
⑩(⑱)マレーシア
・・・
⑯(⑬)ドイツ
⑱(⑳)中国
22(21)英国
23(27)韓国
24(28)フランス
27(17)日本

当サイトでも、各種ランキングを載せているが(ここ)、日本の地位は、どのランキングを見ても見劣りするばかり・・・・。何とも情けない・・・・。そして今頃「高福祉・高負担?」・・・の議論か・・・・
何? 自分はどちらがいいかって?? 当然「高福祉・高負担」さ・・・。
自分たち世代は、これから収入が少ないだけ負担には限界がある。よって負担無しに「高福祉」・・。いいじゃないか・・・(トホホ・・)

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2010年5月19日 (水)

「都心のホームレス 3割超知的障害か~医師ら調査」

先日の朝日新聞に「都心のホームレス 3割超知的障害か~医師ら調査」という少しショッキングな記事があった。曰く・・・

都心のホームレス 3割超知的障害か~医師ら調査
東京都心のホームレスの3割以上は知的機能に障害があるとみられていることが16日、精神科医や臨床心理士らで作る研究チームの調査でわかった。精神疾患4割以上にあった。知的機能を含むホームレスのメンタル面に関する専門家による初の実体調査という。ホームレス施策に障害者支援の視点も必要だと同チームは指摘する。
池袋駅周辺で路上生活を送る人たちを支援する研究チーム「ぼとむあっぷ」が、昨年末に調べた。本人の同意が得られた167人を対象に面接調査や簡易知能検査をした。平均55歳で全員男性。最終学歴は小学校が2%、中学校が56%だった。
その結果、軽度の知的障害がある人が28%、中度の障害の人が6%だった。知的障害が軽い人の精神年齢は9~12歳程度で、ものごとを抽象的に考えるのが難しい。中度では6~9歳程度で、周囲の助けがないと生活が難しい。
精神科医の診断で19%にアルコール依存症、15%にうつ病が認められるなど、41%の人に精神疾患があった。
チーム代表の精神科医・森川すいめいさんによると、周囲に障害が理解されず、人間関係をうまく結べないことで職を失うなどの「生きづらさ」が、路上生活につながった可能性があるという。知的障害により生活保護の手続きを自発的に取ることができなかったり、精神疾患により気力が下がったりして、路上生活から抜け出せない現状がある。森川さんは「障害に応じた支援策が必要」と指摘する。(岡崎明子)」(2010/05/17付「朝日新聞」p34より)

この記事を読んで、前に石井筆子の映画「筆子 その愛」を見に行った時、この映画を作った山田火砂子監督(78)が挨拶で言っていた言葉を思い出した。(ここ
「このトシになると娘を引き取っても、とても世話ができない。だから絶対に障害者の施設は必要だ。親が生きているときは何が何でも世話をするが、親が死んだ後は、子供は誰を頼ったら良いのか? 今、刑務所に入っている人のうち、23%が知的障害を持っている人。このカネ・カネの世の中に、障害者が一人で生きて行く方法は無い。・・・・」

その時は、刑務所に入っている人の23%が知的障害を持っているという話にビックリしたものだが、この新聞記事はあの監督の話と内容は同じだ。
特に、「親が生きているときは何が何でも世話をするが、親が死んだ後は、子供は誰を頼ったら良いのか?」という言葉は重い・・・・。
頼れる人が居なくなった障害者は、社会に受け入れられなくなって、無銭飲食で(衣食住のある)刑務所に入ったり、またはホームレスになったり・・・・。まさにこの新聞記事通りか・・・。何とも、“世界に冠たる経済大国ニッポン”が泣く・・・・・

話は飛ぶが、先日、NHKラジオ深夜便で「絶望からよみがえるこころ~NPO法人JEN事務局長 木山啓子」(2010/05/11放送)を聞いた。その中で、木山さんが難民で貧困にあえぐ国から日本に帰ってみると、衣食住に不自由のない日本人が、何でこんなに不機嫌なのだろう、と感じるという。電車の中で、ちょっとよろけてぶつかっただけで怒られたり・・・。結局、こんな些細なことでも怒れるほど、日本人は豊かなのかも、と言っていた。

そう・・・、我々は、自分たちに与えられているこの環境が“当たり前”だと思って生活している。それに、今の日本では“食べることに困る”という感覚がない。でも、ちょっと外を見れば、年老いた知的障害者がホームレスをしている・・・。日々の食うことに困っている・・・。
日本の社会全体がこれら障害者に対して、もう少し温かい目を向ける事は不可能なのだろうか? そんな人たちに対して、我々はもっと何かする事は無いのであろうか・・・
何とも自省させられるショッキングなレポートではある。

(関連記事)
石井筆子の映画「筆子 その愛」を見て

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2010年5月18日 (火)

岡本裕著「9割の病気は自分で治せる」を読む

カミさんが買った、岡本裕著「9割の病気は自分で治せる~あなたも私もおいしい患者?」を読んだ。
Image04501 最近、ハウツーものはほとんど読まない。この本もつまらないだろうと、ページをめくるだけで終わるつもりが、つい全部読んでしまった。なぜ? 文字が大きいのが気に入った・・・??(笑)(写真はクリックで拡大)

気になった所をメモしてみると・・・
創られていく『おいしい患者』
・・・日本糖尿病学会は1999年5月、血糖値が126mg/dl以上を糖尿病とするといきなり決めました。1999年4月末までは140mg/dlまではまったくの正常範囲であったにもかかわらず、一夜にして数百万人の人が糖尿病という肩書きをもらうことになりました。
さらに、高血圧の基準値(正常範囲)も2000年に160/95mmHgから140/90 mmHgに引き下げられました。これだけで、一挙に高血圧の患者さんが3000万人増えました。今までに2000万人いましたので、合計5000万人になったわけです。日本は高血圧症患者さんだらけの国になったのです。それだけにとどまらず、2004年には若者~中年は130/85 mmHg までが正常範囲とまたまた引き下げられ、どんどん高血圧の患者さんが増えているのです。・・・」(pP38より)
「・・・上の血圧値が180 mmHgくらいまでは、脳卒中になる可能性が高くなるという明確な根拠もありません。・・・」(p59より)
「・・・日本動脈硬化学会は、治療が必要なコレステロールの値を220mg/dl以上としています。・・・大阪府成人病センターが大阪府八尾市の1万人を対象に11年間行った住民調査でも、男女とも240~280mg/dlの方がもっとも長生きしています。・・・」(p74より)

健康とは、病気とは
・・・WHO(世界保健機関)の定義では、「健康とは、完全な肉体的、精神的および社会的福祉の状態であり、単に疾病または病弱の存在しないことではない」となっています。
・・・健康な状態をひらたい言葉で具体的に述べてみれば、「朝の目覚めがよく、体に痛みや違和感もなく、食事をおいしく摂ることができ、排泄もスムーズで、仕事や勉学への意欲があって、不自由なく活動ができ、人に思いやりを持つことができ、そして夜には穏やかに眠りにつける」ということになると思います。・・」(p123より)

体を蝕む、長期の服用
・・・我慢のできない苦痛なく、ましては命にかかわる危険もない状況下で、果たして自己治癒力を損なうおそれのある薬をのむ意味はどこにあるのでしょうか。意味があるとすれば、製薬会社の財布が肥えるくらいのことではないでしょうか。
カナダのトロント大の研究者が米医師会雑誌(1998年年10月)に発表したあるデータに、多くの医者が驚愕を覚えました。1994年に米国で出された処方箋の数はおよそ30億件。そのうち副作用で入院となったのが200万人、その中で10万人が副作用で死亡しているのです。そして副作用のために余計にかかった医療費が日本円で8.4億円というとんでもない数字も明らかになっています。しかも10万人という値は、死因の順位で言えば、心臓病、がん、脳卒中に次いで、なんと第4位という数字なのですね。・・・」(p158より)

“嫌”な気持ちを大事にしよう
・・・ストレス負荷の度合いは、意外と自分ではわかりにくいものです。・・・・そこで、まずはストレスセンサーである“嫌”という正直な感覚を大切にしましょう。仕事や人間関係をはじめ、生き方そのものに対しても、自分は不当に我慢していないかと、折に触れ自問してみることが不可欠です。その自問の答えを真摯に受け止め、嫌な度合いをできるだけ少なくしていく工夫が、自己治癒力を高める有用な手立てとなります。・・・・
非常にシンプルですが、「自分のやりたいことをやる」「嫌なことはできるだけならないように工夫する」「あまり我慢はしない」、これが意外にも自己治癒力を高める強力な手段だということを、数多くのがん患者さんやがんサバイバーの方たちから教わりました。・・・・
衰えを感じる年になってからの我慢、忍耐、根性、がんばり、競争などはすべて身体には悪く作用します。また、義理、約束、責任感、義務なども同じく、自己治癒力を低下させます。・・・」(p173より)

“いい加減”は体にいい!?
・・・自己治癒力を高める、もう一つの大切な感覚が“いい加減さ”です。・・・
要は40歳を過ぎたら、若いころのように嫌なことを我慢してがんばらないことです。そして何事もいい加減さを覚え、あまり厳格さや完璧さを徹底して追求しないことです。義理も少しは欠いたほうがよさそうです。いい人になってはいけませんし、周りがあなたをどう思っているかも気にしない方がよさそうです。そして自分を優先し、できるかぎり自分の好きなことをやる工夫をすることです。・・・」(p177より)

少々引用が長くなった。それだけ、読み甲斐があった???
この本に書かれていることは、この手の本にありがちな、意表を突く指摘が多い。でも、“然り”と思うものだからツイ読み進んでしまう。
この本のコンセプトは、「医者や製薬会社の都合によって“おいしい患者”が作られている」という指摘。だからこれに乗らずに自分で判断せよ、という事か・・・・

ウチでも同じような事件があった。カミさんがあるクリニックで、あまり関係ないのに「血圧を測りましょう」と言われ、少し高かったとたんに「高血圧なので薬を・・」と言われた。カミさんは絶対に薬は飲まない・・・と、にんじんリンゴジュースを飲みながら、下がって行く血圧データのグラフを作り、クリニックの医者に見せて脱帽させた。
よって、ウチは医師の言葉を“有り難がらない”方なのかも知れない。つまり医師の言うことだからといって、盲信しない・・・。
確かに医院は、経営のために薬を黙って飲み続けてくれる“おいしい患者”が必要なのは分かる。しかし、だからと言って、自分がその片棒を担ぐ気にはなれない・・・

しかし弱ったな・・・・。(気が弱いので)がん宣告反対派の自分は、病名が分からなければ、医者と対峙することが出来ないではないか・・・(自己矛盾に苦しむエムズくんではある・・・)

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2010年5月17日 (月)

関口泰子の「アメージング・グレース」

先日、3年ぶり(?)に若い女性からメールを頂いた。3年ほど前だったか、喜多郎の「1000年女王」のCDの記事(これ)について問い合わせのメールをもらった。まだ結婚前の若い女性だった。関口泰子さん(仮名)という。

たまたまその時に、彼女が非常に歌が上手な事を知った。その時に送ってもらった「アメージング・グレース(Amazing Grace)」のア・カペラの音源をもとに書いたのが「プロ歌手とアマ歌手との境目(& Amazing Grace)」という記事(ここ)。
その後、彼女は結婚されたという。そして3年ぶりのメールは、自分の結婚披露宴のバックミュージック用に、今度は伴奏付で録音したという「アメージング・グレース」の音源を送ってくれたもの。非常に素晴らしい声、そして素晴らしい録音なので聞いてみよう。

<関口泰子の「アメージング・グレース」>

「Amazing Grace」
    (驚くべき恵み/素晴らしい恩寵)

Amazing grace how sweet the sound
That saved a wretch like me.
I once was lost but now am found,
Was blind but now I see.

アメイジング・グレース その素晴らしき響き
私の様な者にまで 救いの手を差し伸べる
罪深きさまよい子だった私は 今はおそばに
盲いていた目は 今や見える様に

'Twas grace that taught my heart to fear,
And grace my fears relieved,
How precious did that grace appear,
The hour I first believed.

大いなる愛が 畏れ敬う事を悟し
また無益な恐れから解き放ってくれた
信じる事を始めたその瞬間に
尊い愛は私を包み込んでくれた

彼女は、癒しの音楽が目標という。聞いていて、自然に涙がこぼれるような、気持ちが浄化されるような、賛美歌のように心に沁み入ってくるような音楽・・・。
この歌声、聞く人の心に届いただろうか・・・・

話は変わるが、世に不眠症の方は非常に多い。自分が毎日夜中に録音しておいて、通勤の時に聞いている「NHKラジオ深夜便」も、ナマで聞いている人が益々多くなっていると聞く。それだけ、眠れずに夜中にラジオを聞いている人が多いということ。
自分も、トシと共に、段々と睡眠の質が悪くなっていることに気付く。でも自分など良い方で、ウチのカミさんは昔からの不眠症。よって、不眠対策にかけるエネルギーは大変なモノ。寝具はもちろんのこと、照明の色や寝る前の各種行事、寝室に流れるアロマの香り、寝る時に流すせせらぎの音や音楽などなど・・・、どれだけ試したことだろう。
100517kuma 最近、カミさんは「おやすみ前のリラクゼーションミュージック~眠りにつくまでのやすらぎタイム~」というCDが気に入ったという。CDの中身よりもこのジャケットが・・・。この白熊の寝ている姿に、非常な安堵感を覚えるという。そしてこのジャケットを見ながら寝るのだという。(写真はクリックで拡大)

この関口泰子さんの歌。今後も癒し系の歌を録音していくだろう。そして、もしかするとそれらを集めて、同じようなリラクゼーションミュージックのCDとして発売されるかも??
(もし、関口泰子さんの歌のリリースを希望される方は、当サイトまで問い合わせを! 紹介しますよ~(笑))

久しぶりに若い女性からメールをもらって、“気をよくした”オジさんなのである。

(関連記事)
プロ歌手とアマ歌手との境目(& Amazing Grace)

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2010年5月16日 (日)

我が家の浴室でのゲジゲジ対戦記

誰でも嫌いなもの、苦手なものの一つやふたつはある。自分の場合、虫が苦手。特にゲジゲジは大嫌い・・・。それが先日、我が家の浴室に出現したのである・・。それはそれは恐ろしい事件だった。
先日、いつものように風呂に入って、顔を洗ってタオルで顔を拭っていたら、何か黒いものが目の前を上から下に動いた・・。と、ひざに何とゲジゲジの影・・・。幾らメガネを外していても、それは分かった。「ギャー!!!!」という声と共に浴室から飛び出したのは言うまでもない。「ゲジゲジだ~~~~~~~~~」

いつもはカミさんの影に隠れて退治されるのを待つのだが、この日はカミさんの体調が悪く、ハエたたきを持って来て、カミさんがサッサと居なくなった・・・。(このヤロー!)
・・・ったく!仕方なく、メガネをかけてゲジゲジをエイッとばかり粉砕した。我ながら良くやった。良く逃げなかった。エライ!!(カミさんはこの時に逃げたので、2~3日、口をきいてやらなかった!! ったく、弱いものイジメ(←これ自分のこと)しやがって・・)

さて、再発防止だ。どこに居たのだ?タオルに付いていた?・・・とすると洗濯して干した時か? しかし、自分が遭遇したのは初めてだが、カミさんに言わせると、前にも何度かあったらしい・・・。他のムシも・・・。とするとゲジゲジは、タオルに付いていたのではなくて、浴室に入ってきた? どこからだ? 排水口か? 窓の隙間か? それとも換気扇の口か?・・・(写真はクリックで拡大)
P10702501 ・・・ふと、排水口を外してみた。すると、何と風が出てくる・・・・! 換気扇を回したたら、ガンガン風が出てくる!下水管に逆流防止のトラップは無いのか??
原因はこれだ。配管に水を貯めて、臭気やムシの入り込むのを阻止するトラップが無いらしい・・・。
Clip_image003 いや、この浴室の外した青いふたがトラップそのものだ。構造的に確かに臭気、ムシ止め装置だ。溜まった水で止めている。しかし、この水が枯れたらどうなる? ここに溜まった水は、何日くらいストッパーの役を果たす??
水が乾燥して無くなったら、それこそムシの出入り自由だ。ここを止めなければいけない。この出口を網でふさいで、水が涸れてもムシが入って来られなくしたら良いのだ。

P10702481 今日、ひいきにしているジョイフル本田・瑞穂店(ここ)に行く。何か無いかな・・。もしちょうど良いものが無かったら、網を買おう・・・。と何とお似合いの「ゴミこし」が売っていた。ステンレス製300円、銅製400円。大きさもちょうど良い。これだ!

P10702551 それを付けたのが、この写真。配管の外形寸法が50mm、このふたが54mm。ちょうど良い。上から青いふたをかぶせてもOK。

勝った!!ゲジゲジに勝った!“原理的に”これでムシは入って来ない。ザマー見ろ。あの悪夢の日から、風呂に入る度に、ゲジゲジが居ないかキョロキョロ見回してから風呂場に入るクセが付いたが、もうこれで安心。

何・・? 網の目よりも小さなムシは入ってくる? 自分だって、1mm以下のゲジゲジは怖くないのだ・・・
でも、今まで流れていた髪の毛などはこれに引っかかって、掃除は度々必要になるな・・・。でも、ゲジゲジの恐怖から解放されると思うと、心が明るくなる今日の風呂であった。(オソマツさまでした・・・)

(2012/08/15追)
上の対策はダメだった。結論は「浴槽の排水溝から上がってくる」が正解らしい。
一度は、換気扇のすき間から入ってくるのかと、外側を金網で塞いでみたがダメ。
それで、浴槽の水を流した後に、開けっ放しにしている排水溝から入ってくるのかと思い、現在は(排水した後に蓋をするのは忘れてしまうので)張ってある水をそのままにしておいて、新たに風呂に入る時に古い水を抜くようにしている。つまり浴槽の排水溝を常に閉じておいた。そのような習慣にしたら、まったく虫が出なくなって半年以上。我が家では、色々試したが、これが原因と断定。たぶん原因はこれだよ!

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2010年5月15日 (土)

半藤一利氏の講演会「憲法の二〇〇日」を聞く

昨日の朝日新聞朝刊に、三鷹市公会堂で5月15日に「第31回憲法を記念する市民のつどImage04461 い」が開かれ(これ)、半藤一利さんによる講演会「憲法の二〇〇日」があることを知った。無料で午後1時から先着順800名。カミさんが行こうと言うので、急遽行くことになった。(写真はクリックで拡大)

自分は良く知っている半藤さんだが、「昭和史」を読んで、カミさんもファンになったみたい・・。自分もホンモノの半藤さんを見るのは初めて。
1時少し前に三鷹市公会堂に着く。入り口では、「憲法手帳」という冊子をくれた。一緒にメモ用紙も・・・。
P10702461 中に入ると、客席は半分も埋まっていない。参加者は若い人はほぼ皆無。初老というより、老人がほとんど。しかも8割位は男性。テーマが憲法ということで、やはり女性は苦手?
主催者側の挨拶に続いて、中学生による憲法前文の朗読、そして半藤さんの講演があった。主催者の挨拶の中で、映画「ハート・ロッカー」に感動した、という話を聞き、そう言えばこの映画は見たいと思ったっけ、と思い出した。
それに、女性三鷹市長の挨拶の上手なこと・・・。さすがプロ・・・。舞台には手話が付き、舞台の上手には、OHPによる要約筆記が行われていた。これは初めて見た。サングラスを掛けた二人が、光っているOHPの画面に直接話している内容を筆記していく。これは大変な作業だ。話を聞きながら、リアルタイムで要約を書いていくのだ。耳の聞こえない人に対するサービスがここまで来たのか、と感心・・・・。
そして半藤さんの登場。半藤さんももう80歳だという。最近白内障の手術を受け、まだメガネを掛けられないとか・・・。でも相変わらず矍鑠(かくしゃく)とした話しぶりだった。

P10702402 始まるとあっちこっちからカメラのフラッシュ。自分もそうっとシャッターを切ってみたが、背景が暗いので良く撮れなかった。
話を聞きながらメモを取る。入り口でもらったメモ用紙が大活躍。
気になった所をメモすると・・・・

・ポツダム宣言の第6条。国民をだまして世界を征服しようとした奴らは許さない、という条項。これが天皇も含むとすると、大変な事なので、ポツダム宣言を飲むかどうかは直ぐには結論が出なかった。それで原爆も落ちたし、ソ連にも侵略された・・・。というのはウソで、昭和20年7月24日にトルーマンは、8月3日以降なら原爆を使っても良いとサインしている。7月26日のポツダム宣言の前だ。日本のあちこちで模擬原爆を使って落とす練習もしている。ソ連の侵攻も、2月のヤルタ会談で、ドイツが降伏した3ヶ月後に日本に侵攻することは既に決まっていた。
・近衛さんは、皇居の中で自分の出身である京大の面々で憲法改定の活動をスタート。一方、幣原内閣では、松本委員長で東大の面々による「憲法問題調査委員会」をスタート。一番大事な時に、日本は派閥争いをしていた。
・憲法はアメリカから押しつけられたもの、と言われているが、それは間違いで、新しい議員、新しい内閣のもとで50日間にわたって充分に議論を尽くしたもの。
・この憲法は、8月24日の衆議院にかけられ429票中反対はわずか8票。そのうち共催党が5票。共産党の反対の理由は「民族の独立を危なくするので第9条は反対である」。ずいぶん変わりましたよね・・(笑)

これらの話は、半藤氏の著書「昭和史 戦後篇」(これ)に詳しい。
ともあれ、80歳にしてはお元気な半藤さんだった。今後もお元気で、我々に色々と教えて欲しいものである。
しかし今日の観客層を見て、サンデー毎日になった後は、自分もこのような講演会を探して歩くのかな・・・、と改めて認識した。
しかしこのような講演会を催す三鷹市という所は、やはり知的水準が高い文化都市なのだな、と帰りながらカミさんと話した。
(バスの中で、外に見えるマンション群を見ながら、カミさんが何度「ここで良い~」と言ったか・・。つまり自分が死んだ後は、この辺にマンションを買うそうだ・・・。← テメー・・・)

(関連記事)
半藤一利著「昭和史 戦後篇」を読んだ
半藤一利の「昭和史」を(今頃)読んだ

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2010年5月14日 (金)

フルトヴェングラーの「運命」:独グラモフォンの疑似ステレオ盤

鈍感な自分も、たまにピンと来る時がある。前から手に入れたいと思っていたフルトヴェングラーの「運命」の、1947年5月27日録音の独グラモフォン(DG)の疑似ステImg_24111 レオ盤。これが手に入ったのだ・・・。
この)サイトで知った疑似ステレオ盤のLP番号。先日、ふとGoogleで「SLGM-1439」を検索したら、何と引っ掛かった。通販に出ている。1968年発売のこのLPがどんな品質かは分からないが、1470円で送料が630円、計2100円で送ってくれるという。即注文。そのLPが今日着いた。その音がこれだ・・。(写真はクリックで拡大)

<フルトヴェングラー/ベルリン・フィルの「運命」>
 (1947年 5月27日録音 DGの疑似ステレオ盤)

Image04431 フルトヴェングラーの演奏の疑似ステレオ化は、EMIの十八番かと思っていたが、ドイツ・グラモフォン(DG)でもやっていた。それを初めて聞いた。LPのジャケットも堂々と「ステレオ」と表示されている。この音、EMI盤に比べてどうだろう・・・・

第一印象は、やはりアナログレコードだ・・・・。スクラッチノイズが多い。もう42年も前のLP。それが見つかって、今ここにあること自体が奇跡なのかも知れない。しかもこの音はこのレコードしか聴けない。それだけに有り難い音なのだが、やはり針の雑音が気になる・・・・

Image04432 世の人は、ピュアなオリジナルのモノで聞くのが正しい、と言うだろう。しかし、誰が何と言おうと、自分はステレオ音源の方が聞きやすい。
1947年のこの演奏も、あと2週間で63歳の誕生日を迎える(おっと自分が生まれた年だ・・)。この有名な演奏も、このDGの疑似ステレオのCDは発売されていない。つまり、このLPのCD化はされていないようだ。この音源は、それだけマイナーな存在なのだろうか・・? でも良いのだ。この音像の方が自分にはフィットする。(ただノイズが・・・)

前のコニサー録音の「月光」のLPの時もそうだったが(ここ)、貴重なLPが手に入ったとたんに、音質が・・・と文句を言う。いやはや自分は人間が出来ていない・・・
もしステレオ好きの自分の感覚に賛同頂ける方は、一緒に全曲を聴きましょう。(ここ)に全曲(1~4楽章)のZIPを置くので、クリックして10分間待つ・・・。
スクラッチノイズはあるけど、モノラルよりもいいよね!・・・(←悲しく自分に言い聞かせるエムズくんである)

(2010/07/24追)
上の記事は、廉価版のプレヤーを使用したときだった。テクニクスのホンモノのプレヤーと、DENNONのDL-103というMCカートリッジで再生してみたら、スクラッチノイズが低減した。改めて良い音でアップし直した。

(関連記事)
フルトヴェングラーの「運命」~擬似ステレオの音 
フルトヴェングラーの「運命」~1947年5月25日と27日の演奏の違い
フルトヴェングラーの「運命」:独グラモフォンの疑似ステレオ盤

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2010年5月13日 (木)

「徳之島と日本の未来」

当サイトが愛読している日経新聞のコラム「大機小機」。今朝の話題は「徳之島と日本の未来」。曰く・・・・

徳之島と日本の未来
今話題の鹿児島県徳之島は、これからの日本の経済社会を考えるうえでのヒントに満ちた島である。
まず、徳之島の姿は人口減少、高齢化社会日本の未来を映し出している。徳之島を構成する徳之島、天城、伊仙各町を合計した人口は約2万6千人(2009年10月現在)であり、ここ15年間で約25%も減少している。
国立社会保障・人口問題研究所の推計(06年、出生・死亡とも中位)では、日本の総人口は05年から40年の35年間で約25%減少すると見込まれている。徳之島は、日本がこれからの35年間で目にすることになる人口減少を、これまでの15年間で経験したことになる。
徳之島では高齢化も進んでおり、3町合わせた老年人口比率は30.6%である。前述の人口推計によると、日本の老年人口比率は25年に30.5%になる。徳之島は15年後の日本の高齢社会の姿を先取りしているのである。
一方で、徳之島は子育てという点では、超先進地域である。市町村別の合計特殊出生率のランキングをみると(03年~07年)、トップが伊仙町、第2位が天城町、第3位が徳之島町であり、徳之島の3町がトップスリーを独占している。伊仙町の出生率(2.42%)は、最下位の東京都目黒区(0.74%)の3倍以上である。日本の出生率が徳之島並に上昇すれば、日本の少子化問題は解決する。
日本では一般に離島地域での出生率は高い。前述の出生率のランキングでも、上位30市町村のうち実に25自治体が離島に位置している(沖縄本島を含む)。
離島の出生率が高いのは、人間こそが最も大切な資源だという意識が特に強く、地域全体で子供を大切にする仕組みが整っているからであろう。例えば、徳之島が属する奄美群島では「子供は宝」という考え方が根強く、理想的な子供の数を4人以上とする住民が多いという。
現代の都市部において離島並みの地域支援を期待するのは難しい。しかし、日本全体が離島のように「人間が最重要の資源」という意識を持ち、社会全体で子育てを支援する体制を整えていくことは可能なのではないか。
徳之島の姿は、人口減少・高齢化という日本の将来の姿を先行的に示すとともに、日本が今後取り組むべき少子化対策のお手本となっているのである。(隅田川)」(2010年5月13日付「日経新聞」「大機小機」より)

当サイトは、前から日本の少子化について関心があり、何度か記事を書いた。(ここ)や(ここ
今日の新聞記事を読みながら、自分の意識は別のところに飛んで行った・・。つまり「日本全体が離島のように「人間が最重要の資源」という意識を持ち、・・・」という件(くだり)、Google Earthの逆で、日本から宇宙に向かって目をスッと引いてみよう・・。すると・・・
世界規模で日本を見ると、つまり地球儀的に日本を見ると、まさに日本は世界の“離島”なのが分かる。
6つの大きな大陸に比べて、ちっぽけな“日本離島”は、まさに資源があるわけでもなく、「人間が最重要の資源」であることは、先の記事の内容と全く同じだ・・・。しかし少子高齢化に突き進む日本・・・・

小学校の時に「加工貿易」という言葉を教わった。日本は資源に乏しいので、原材料を輸入して、人がそれを加工して製品に仕上げ、輸出する。まさに“人が資源”というスタンスは昔から日本立国の要だったはず・・・。でも・・・・

今朝の日経新聞のコラム「春秋」に、こんな文があった。
「・・・英国では連立そのものが戦後初めてという。前回は第2次世界大戦中にチャーチルが率いた挙国一致内閣と聞いても知る人は少ないだろう。ならば、近年さまざまな連立を体験してきた日本に一日の長がありそうなものだ。往時のお返しに格好いいところを見せてあげたい、とは思うけれど、それどころじゃない。」(2010年5月13日付「日経新聞」「春秋」より)
そう、「それどころじゃない」のだ。右往左往の日本の政治は、それどころでは・・・
ばらまき“子ども手当”以外では、目立った少子化対策が見えない「それどころじゃない」政府。この困った状況は、いったいいつまで続くのだろう・・・・。そして少子化傾向に歯止めが掛かるのは、いつになるのだろう・・・。

(関連記事)
「結婚推進こそ少子化対策の要」・・・か?
日本人口減少の恐怖~90年後、今の5~7割減?

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2010年5月12日 (水)

「日日是好日」

雑誌「大法輪」の今月号の巻頭は、「日日是好日」・・。曰く・・・

日日是好日(にちにちこれこうにち)
   佐々木容道(臨済宗天龍寺派管長)
『日日是好日』は、中国唐代の禅僧・雲門文偃禅師(うんもんぶんえん)の言葉です。
この一句は、達道の人である雲門禅師の日常底の境涯を示すものであり、楽しみあり苦しみありの人生の日々を、かけがえのない大切な一日として、深い自覚の上に、あるがままに受けとめ、外のことに惑わされることなく、ものと一つになって主体的に生きる心境です。
順境・逆境を無心に正受し、菩提心をもって人々に接し、穏やかな心で歩んでいく心境を示していると思います。」(「大法輪」2010年6月号p21より)

「日日是好日」はどう読むのか?「にちにちこれこうにち」が正しい。
意味は?・・・ 広辞苑には「[碧巌録]毎日毎日が平和なよい日であること。」とある。

P10702001 我が家の和室の床の間に、「日々是好日」の掛け物がある。ちょうど1年前に中国・西安の青龍寺で買った般若心経の掛け軸のとなりに鎮座している。この「日々是好日」の掛け物は、10年以上前に、箱根で買ったもの。現役時代、家族でよく会社の保養所に行った。箱根・強羅駅前にも立派な保養所があり、何度か行った。夜、散歩すると、ある店でカミさんが「日々是好日」のP10701931 掛け物を見付けた。その時は、高価なので躊躇した。しかし家に帰ってから「あれを買っておけば良かった・・・」と後悔。その後、同じ保養所に行った時、同じ店にまだあった。それで今度は躊躇無く買ってきた・・・というわけ。(写真はクリックで拡大)

そんな訳でしばらくは玄関に飾っていたものだが、実はこれを我が家では「ひびこれこうじつ」と勝手に読んでいた。意味は文字を読めば分かるので、出典も調べもせず、勝手に・・・。
そして数年前、やっとその本性(読み方)が分かったというわけ・・
「日日是好日・・・」、何と平和な言葉ではないか・・・。

同じ「大法輪」にこんな詩が載っていた。

おそろしいこと
   群馬県草津中学校3年 森田佳代子
困難にぶつかることよりも
人にうらぎられることよりも
つらいことよりも
悲しいことよりも
苦しいことよりも
もっとおそろしいのは
あきらめてしまうこと――
そこですべてが終わってしまうから・・・・」
(雑誌「大法輪」2010年6月号p30より)

「日日是好日」という記事を読んだ直後に、後のページに出て来るこの詩・・。何かドキッとする。
「日日是好日」という文字を眺め、“穏やかがいいな・・・”と思っていると「あきらめるな!」と叱咤激励(?)されてしまう。心の平和は「あきらめ」から来るような気がしていたのに・・・

仏教では執着を捨てよ、と教える。こだわるな、と教える。般若心経でも、何もかも捨てた無の境地を教える・・・

この詩を紹介している群馬・曹洞宗長徳寺住職 酒井大岳氏は、この詩について「すごい、と思い、心を打たれました。何事も途中であきらめてしまったら、そこですべてが終わってしまいます。中学3年生でこういうことが言える。そのことにも深い感動を覚えました。」と記している。

自分の捉え方は少し違う・・・。若い時はまさにその通り。しかし自分のような還暦を過ぎたトシになってくると、頑張ることよりも心の平安に重きを置くようになるもの。だからカミさんが良く言う「深いあきらめ」も必要ではないか?
雑誌をめくりながら、ゆらゆらと心が揺れる(?)この頃である。

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2010年5月11日 (火)

「運動にがん予防効果」

先日の日経新聞の「ほどほど健康術」というコラムに、「運動にがん予防効果」という記事があった。運動をするとがんが出来にくくなる?? 曰く・・・

運動にがん予防効果
鉄道員を対象に健康調査を実施したところ、きつい肉体労働に従事している人ほど健康で長生きしていることが分かったという。ただし科学的な調査法がなかった昔、米国での話だ。
この調査が一つのきっかけになり、運動の効果を本格的に調べる取り組みが始まった。研究スタイルも確立された。
米国では、25万人を5年間追跡し、運動とがん死亡との関係を調べる大規模調査が実施されている。
まず日ごろの運動量について、「まったくしない」から「週に5回以上する」まで5段階で答えてもらった。「20分以上続け、かつ脈拍数や呼吸数が上がった場合」を運動1回分とした。
5年後、健康状態を調べたところ、運動回数がもっとも多い人たちは、まったくしなかった人たちに比べて、がんで死亡した割合が17%も低くなっていた。
日本にも同様の調査がある。運動やスポーツだけでなく、「座っている時間」や「歩いている時間」なども調べ、毎日の運動量を検査した。8年後、がんで死亡した割合を調べたところ、「もっとも運動量の多い人たち」は「もっとも少ない人たち」に比べ、男性で20%、女性で31%も少なかった。
運動をとがんとの関係を調べた研究は多い。データをまとめると、日ごろの運動不足を解消するだけで、がんを9%くらい予防できる計算になる。
がんの種類を分析した研究によれば、運動をほとんどしていない人は、胃がんや大腸がん、肺がん、乳がん、子宮がんなどになりやすいようだ。
なぜ運動をすると、がん予防できるのかも分かってきた。たとえば運動によって「インスリン」というホルモンの分泌量が下がり、血液中の濃度がほどほどになる。インスリンは、血糖をコントロールする物質として知られているが、細胞を分裂させる作用もある。このホルモンが過剰に働くと、がん化を促進してしまうようだ。
「P53」という特殊な物質が運動で活性化されることも分かった。この物質は、発がんを抑えるとして注目されている。ほかにも理由がありそうだが、まだ研究が進んでいない。
私自身、習慣的にジョギングをしてきたが、こうした研究データを知り、運動の時間をいっそう大切にするようになった。(新潟大学教授 岡田正彦)」(2010年5月9日付「日経新聞」p10より」

我々の世代も、いわゆるシルバー族に近くなってきたせいか、昔の仲間とたまに会うと、必ず健康の話になる。「自分はこんな運動をしている」と自慢する。ある友人は、毎朝4時に起きてジョギングをしているという。しかも土日に関係なく・・・。そのジョギングで13キロもやせた・・・。
まあここまで来ると、もはや「ビョーキ」だが(失礼)、現役リタイアで話題が少なくなってきたせいか、もっぱら健康・・・。確かに寝たきりになってしまうのも困るが、あまり健康、健康と囚われるのもどんなものか・・・。

かくいう自分も、実は先日から「万歩計」なるものの値を興味深く見つめている一人だ。昔、「Km」単位の万歩計を買って、散歩の時に測ってみた事がある。結果、休日の犬を連れた散歩もせいぜい3~4キロがいいところ・・・。
たまたま先日、前にもらった“歩数カウント”の万歩計をケースから出して身に付けてみた。それから、どうも「1万歩」という値が気になる・・・。Km単位の万歩計に比べ、一歩一歩がカウントされるので面白い。それで、毎日の通勤や休日の散歩等で、何歩くらい歩いているのか、ちょっと調べてみる気になった。それで家を出る時にズボンのポケットに入れている。
この万歩計は過去7日間のデータを保存している。それによると、今日5/11(火):6594歩、5/10(月):6508歩、5/9(日):2782歩、5/8(土):5941歩、5/7(金):10307歩、5/6(木):7213歩、5/5(水)休日:2646歩、5/4(火)休日:6197歩、というデータ。(←これ自分用のメモ)

これによって、毎日の通勤生活では、特に意識しなくても6~7000歩位は歩いている事が分かった。どうも世間では、日に1万歩は歩かないといけないらしい。でも自分は、日常生活で7000歩くらい歩いているのは予想以上で、自分にしてみると驚異・・・。
一度だけ1万歩を超えた日があるが、これは朝、人身事故で電車が乱れたので、一駅電車に乗らないで歩いたから・・・。そしてたまたまその日の昼食時、会食のために今度は登り方向の駅へ一往復したため・・。この日は特別だ。
しかし・・・・。なるほど・・・、あれだけ歩いてやっと1万歩か・・・。
これは自分にしてみると、大変なこと・・・・・。毎日は出来ないな・・・

「一日1万歩」歩けというのが世のノルマとしても、自分だって毎日6~7000歩位は歩いているぞ・・・・。だから良いのだ・・・(←これ、今日の記事の趣旨!)
上記の新聞記事に、“運動にがん予防効果”があるという・・・。でもたかだか徒歩でも(失礼!)これほど大変なのだ・・・。よって自分は、“がん予防”のためだけに運動をする事は無いと思う・・。(だけど、6~7000歩位は歩いているから、イイのさ・・・←これ言い訳・・)
目の前に突きつけられなければ動こうとしない“自分に甘い”エムズ君ではある・・・。

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2010年5月 9日 (日)

手仕事屋きち兵衛の「小さな酒場(みせ)」

今日は、手仕事屋きち兵衛さんの「小さな酒場(みせ)」という歌を紹介しよう。この歌は、「素描画」というアルバムに入っている。しかしホテル玉之湯さんでも品切れということで(ここ)、もう手に入らないだろう。

<手仕事屋きち兵衛の「小さな酒場(みせ)」>

  「小さな酒場(みせ)」
     作詞・作曲:手仕事屋きち兵衛

  酔いにまかせて眠りたくて グラスをかたむける
  都会の隅の小さな酒場(みせ)は 無口なままがいい
  夜に抱かれて酒におぼれて あの日の夢に落ちてゆく
  ゆらゆらとゆらめいた明かりの中に 失くした面影探してる

  きれいな夢を 見たいのなら 夜にかくれたまま
  過去(むかし)のことも昼間(ひる)の素顔も知らない方がいい
  それが都会の恋のルールとほおづえついて呟いた
  あのひとの横顔にからんでのぼるタバコの煙りを見つめてた

  今晩(きょう)もこうして同じ場所で 同じ椅子に座る
  グラスも酒もあの晩(ひ)のように同じ顔をしてる

  うつろいやすい都会の中でこの酒場(みせ)だけは変わらずに
  ほの暗い絵の中に落ちてくようでくすんだ壁にもたれてる

  うつろいやすい都会の中でこの酒場(みせ)だけは変わらずに
  ほの暗い絵の中に落ちてくようでくすんだ壁にもたれてる

きち兵衛さんにしては、珍しく何となく気だるい雰囲気の歌。でも世のサラリーマンには何となく分かる・・・
自分は、会社が終わるとさっさと家に直行する毎日だったので、この雰囲気は分からない。でも誰かに連れられて、その人のなじみの小さな店に行った時のことを思い出すと、何となく分かる・・・。例え30分でも、ホッと落ち着く場所というものは貴重な存在・・・。

話が変わるが、昨日、昔頼まれ仲人をした元の部下のI君から転居のハガキが届いた。結婚はもう10年上前の事だが、先日、と言っても3月だったか・・、珍しく転勤するという報告の電話をもらった。I君はもともと都会育ちだったせいか、長野の新天地への転勤で困惑している様子が読み取れた。聞くと、会社の新規事業の拡大のため、現地の工場にエンジニアが集結する事になったとか・・。サラリ-マンではよくある話だ。
そんな事を頭に、奥さんの「単身赴任だった夫と合流し、再び家族そろった生活が始まった・・」という可愛い報告の文字を眺めていると、地方都市での新生活の様子が見て取れる。
まさに「人間万事塞翁が馬」・・・。自分の経験から言って、人間的な幅を付けるためにも、変化は望ましい。でも人間はなかなか自分からは変化を望まないもの。理由は簡単だ。慣れるのが大変なので・・・・。今までの環境の方がラクだから・・・・

I君も東京に自分だけの「小さな酒場」があったのかも知れない。でももうそこには行けない。しかし、「小さな酒場」は、そこだけか??否、どこにでも作れる。それは当人の意識の問題だから・・・。

この歌を、何となく「これから地方の工場に転勤していくI君」が歌っている、と思いながら聞くと、なかなか面白い・・・。
数年後、「あの時は“都落ち”のように感じました・・・」と笑い飛ばすI君の姿が今から頭に浮かぶが、ぜひ会社の期待に応えて欲しいもの・・・。

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2010年5月 8日 (土)

「おひとりさまの葬儀・お墓」

何度か当サイトに書いているが、自分は結婚推進派である。その理由は、結婚によって真の人生が経験出来ると思うから・・・。でも所詮人間はひとりで死んで行く存在。結局は一人なのだが、それを否が応でも現実問題として認識させられるのが、自分が死ぬ時の葬儀・お墓の問題。
世にいわゆる「おひとりさま」は多い。今は夫婦が健在でも、一緒に死ぬ事はあり得ないので、結局はおひとりさま・・・。
その“おひとりさま”の葬儀・お墓問題を取り上げた記事があった。雑誌「大法輪」の2010年5月号の記事である。曰く・・・・

おひとりさまの葬儀・お墓
    第一生命経済研究所 小谷みどり
・・・一人暮らし高齢者が65歳以上人口に占める割合は、男性が9.7%、女性が19.0%で、高齢男性の約10人に1人、高齢女性の約5人に1人が一人暮らしをしていることになる。・・・・
子供がいても、頼れない、頼りたくないと考える人は増えているが、生涯未婚のおひとりさまには、そもそも自分の死後を託する家族はいない。葬儀の担い手になるべき人が身近にいないという問題に直面しているのだ。・・・・
一方、子どもはいるが、子どもと離れて暮らすおひとりさまについては、葬儀をどこでするのかという問題がある。参列者のことを考えれば、親が住んでいた地域で葬儀をするのがいいが、子どもは近隣住民と面識がない場合が少なくないので、勝手が分からない。とはいえ、子どもの居住地で葬儀を出すと、親を知っている近隣住民がほとんどいない。その結果、どちらの地域でするにせよ、身内を中心としたこぢんまりした葬儀になることが少なくないのだ。

次に、お墓の問題を考えてみたい。日本のお墓は「○○家の墓」が一般的だが、こうした「○○家の墓」は、子々孫々での継承を前提としている。民法897条では、系譜、祭具及びお墓を継承する人(これを祭祀継承者という)を慣習に従って定めるとしているが、必ずしも苗字が一緒であったり、親族関係があったりする必要はない。事実婚であっても継承できるうえ、祭祀財産は相続財産ではないので、継承者は相続人である必要もない。
しかし実際には、「長男がお墓を守る」という旧来の価値観が、私たちの中に根強く存在していることも確かだ。たとえば、「娘しかいないので、将来は無縁墓になる」と誤解している人が少なくないのも、こうした意識があるからだろう。
さて、生涯未婚のおひとりさま(及びおひとりさま予備軍である子どものいない夫婦)の場合、死後、お墓を継承する子供がいないので、お墓が無縁化する可能性が極めて高い。一方、子供がいる死別・離別のおひとりさまの場合、継承者はいても、子供や子孫が離れた地域にあるお墓をいつまできちんと維持していけるのか、確証はない。「離れて暮らす子供たちにお墓で負担をかけたくない」と考える高齢者も少なくない。
これはおひとりさまに限った問題ではなく、人口の地域間流動が激しくなり、「生まれ育った土地で結婚し、一生を終える」という人生モデルが主流ではなくなった昨今、特に過疎化が進む地域では、お参りのない荒れた墓の増加が大きな問題となっている。
核家族化が進み、一緒に生活したことのない祖父母の墓を、血縁というつながりだけで、どこまで子孫が守り続けていけるのかという問題もあるし、長男長女の結婚により、複数のお墓を抱える家庭も今後、増加する。

こうしたことから、血縁を超えた人たちで入る「合葬墓」や、継承を前提としない「永代供養墓」への社会的関心が、おひとりさまを中心に高まっている。
寺院が運営するこうしたお墓のなかには、本人の生前申し込みを前提とし、合同供養や勉強会、サークルなどを通じて、同じ墓に入る人たちでの仲間作りを支援するところもある。最近では、自治体でも、市民であれば入る権利のある合葬式の納骨堂を建てる動きが加速している。
また、戦争によって婚期を逸した独身女性たちのグループ「女の碑の会」の納骨堂「志縁廟」(京都)、女性ひとりの老後を応援するNPO法人「SSSネットワーク」の共同墓(東京)のように、おひとりさま仲間で死後も一緒に、というコンセプトで建てられる共同墓もある。
・・・これらはすべて、死から死後までの一連の作業を誰に託するのかという問題につながる。・・・
政府は平成19年に「高齢者等が一人でも安心して暮らせるコミュニティづくり推進会議」を開催した。その報告書では、単身高齢者や高齢夫婦世帯の急増で、孤立生活はもはや特別な生活形態ではないと指摘し、人の尊厳を傷つけるような悲惨な「孤立死」が発生しないようにする必要があると提言している。・・・・
元気なときには自立した生き方を貫いてきた人が、介護や死など人の手を借りなければならない場面がやってきたとき、家族以外の誰がサポートするのか。少子化、核家族化に加え、ライフスタイルの多様化が進展する我が国では、決しておひとりさまだけの問題ではないことを私たちは思い知る必要がある。」(「大法輪」2010年5月号p122より)

前にNHKテレビで「無縁社会~“無縁死”3万2千人の衝撃~」(これ)という番組があった。孤立死を取り上げたショッキングな内容だった。しかし、決してこれらが我々と無関係ではないという現実を、我々に突きつけた優れた番組だった。
否応なしに近づいてくるそれらの“現実”。「まだまだ先の話さ・・」とうそぶいているものの、そのうちに必ず限界が来る。何かをキッカケとして、このような“臭い物”にも目を向ける事が必要なようだ。

5月の連休に、カミさんの母方の故郷に墓参りに行ってきた(ここ)。新潟のとある集落。先祖代々の墓はあったが、その子孫が移り住んだ関東からはあまりに遠く、簡単に墓参りなど望むべくもない。
この雑誌の記事を思い出して、「○○家代々」という概念が崩れている現代社会で、故郷のお墓をどう捉えるべきか、考えてしまった。

何?我が家・・・?
“臭い物にはふた”がスタンスの我が家でも、このテーマだけは良く話題になる。まあ家族内で日常の会話が多ければ、イザと言う時の準備は日常の会話を通して段々と出来上がってくるもの・・・。我が家でも、そうなったらこうなるだろう・・・、が何となく分かるから、もう少し先延ばしをしても良かろう・・・

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2010年5月 7日 (金)

「もういちど読む 山川 日本史」(日本史の教科書)をやっと読んだ

前に「“世界史の教科書を読んだ”と書けない事情・・・」(ここ)という記事を書いた。そして、次にオトナ用の「もういちど読む 山川 日本史」と、同じく「世界史」の教科書を買った。その記事を書いたのが昨年の11月(ここ)。それから「日本史」を読み始めて、先日やっと最後までたどり着いた。読み終わるまでに、何と4ヶ月も掛かってしまった・・。

前に買った高校生用のホンモノの教科書「詳説 日本史(世界史)」(これ)は、あまりにルビが多いために読みにくく、単なる読み物として通読するのはツラかった。今度の一般者用の教科書・・。本屋では売れに売れているらしい。でもカバンに入れて通勤時間に読むにはやはりツライ・・・。何がツライか? 読んでいて、あまり“先に進もう・・”という意欲が沸いてこない。この先どうなるのか・・というドキドキ感がない・・・。
それで仕方なく、ベッドに入ってから寝るまでの間に、少しずつ読む事にした。それでこんなに時間がかかったのだ。

やはり教科書だけあって、この本は日本の歴史を“淡々と”述べている。読者を面白がらせようという“野心”は何も無い。だからサッパリしている。だからあまり先に進まない・・。論調は一貫している。「つうじて」という表現がどうも気になった。「通(とお)して」でも「通(つう)じて」でもない。「つうじて」なのだ。
内容で、一番興味を持って読んだのが太平洋戦争でのジャーナリズムについての記述。
「また、きびしい言論統制のもとで、ジャーナリズムもすべて戦時色にぬりつぶされ、・・・」「・・戦局の悪化にもかかわらず、政府・軍部は国民に真相を知らせず、ジャーナリズムはしきりに“鬼畜米英撃滅”をさけんで“必勝の信念”を説いたが、国民の戦意はしだいにおとろえていった。」(p311より)

ともあれ、高校時代に歴史嫌いだった自分は、やはり死ぬまでに一度は勉強せねば・・・と思い込んで読んだ。もちろん半藤一利さんの本を読むのも同じ理由だ。この勢いで(??)、明日からは「世界史」の教科書を読むぞ!!

話が変わるが、たまたま今日、兄貴から連絡あり、会社近くの駅で待ち合わせて昼食をおごらせた。そこで話題になったのが、兄弟間のライバル意識・・。自分は未だに兄貴に対してライバル意識が強いという。確かに心当たりはある。なぜか?中学時代はともかく、高校時代、大学、その後・・・と、どうも“負けた”ようで(ここ)、虚勢を張っている?

兄貴が言うには、結論として「勉強が出来なかったのは勉強をしていないだけ」という。「東大に入るヤツは、家が裕福とか環境が恵まれているとか良く言われているが、本当は本人が勉強しているだけ」ともいう。よって、それらのライバル意識は、自分が自分の弱みを隠すために、自分に言い訳をして勝手に“ライバル”と意識しているだけ・・・。
だからそれを脱するには、自身の弱みを今からでも克服するしかない。自分の弱点を死ぬまで弱点として置いておくのか、それとも今からでも克服するのか・・・

具体的に考えると、自分の場合は上記に述べた「歴史」と「語学力」、つまり「英語」だな・・・。
当blogにも我が天敵「英語」については何度か書いた。書く事によって、自分に「どうする?」と強いるため・・・。でも未だに英語の再勉強はスタートしていない。なぜか・・? 自分に甘いから・・・!!

自分は、カミさんが茶の間で中国語を勉強している時、「家で“勉強”しているナンテ信じられん・・」なんていう捨てゼリフを吐いていた。まあそんなスタンスではダメ、ということ・・・。

だから、今から英語を勉強するぞ・・・・!!
(たぶん今回もやらないと思うけど・・・→同じ事を20回位書いて、10年以内にスタートする事を目標にしようか・・・。英語をマスターして、最後の海外旅行のハワイに行くぞ!   ← やはりどこまでも自分に甘い“エムズ君”ではある・・・)

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2010年5月 6日 (木)

新潟・弥彦神社に行った

5月連休に新潟に墓参り旅行をした。弥彦温泉に泊まり、5月1日に弥彦神社・弥彦山に行った。
神社で買ったパンフレットによると、弥彦神社は昔から“おやひこさま”として親しまれているという。御祭神は天照大御神の御曾孫の「天香山命(アメノカゴヤマノミコト)」という。大正5年造営の社殿は大きく立派。敷地は4万坪という。弥彦温泉に向かって立つ鳥居は真っ赤。お参りの時、手を4回叩くとカミさんに教えられた。でも見ていると2拍手している人が多い。後で調べてみると、4拍手は古式で、弥彦神社の他、出雲大社や伊勢神宮、宇佐神宮でも行われているという。(写真はクリックで拡大)

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ふと横道にそれると「重文・十柱神社」があった。十柱といっても社殿は7つ・・。敷地内には鹿苑もあり、子どもがエサをあげていた。市内には高さ30mの大鳥居。前に行った熊野の大斎原(おおゆのはら)の大鳥居が高さ34mというので、それには及ばないが、偉容を誇る。駐車場近くの桜はまだ咲いていた。

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次に弥彦山のロープウェイに乗ろうと、車で山麓駅を探すが道がない。どうも駐車場はないようだ。もう一度境内に・・・。すると山麓駅までのシャトルバスがある。境内の一番奥に乗り場があり、そことの間をピストン輸送している。5分間のロープウェイで638mの弥彦山頂へ。展望台から見る。佐渡島が見えるらしいが、今日はよく見えなかった。しかし上天気で景色も素晴らしい。

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そしてまた五ヶ浜の明楽寺へ。五ヶ浜の海岸に寄ると、浜辺に船、青い海・・・。昭和の初P10701761 期、この浜でカミさんの先祖は漁をしていたのだろう・・・。
今回の墓参り旅行。どれだけの供養になったかは分からないが、お祖母ちゃんを思い出しただけでも供養になろう。

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2010年5月 5日 (水)

童謡「砂山」~新潟・護国神社の「砂山の碑」

五月連休に新潟に旅したが、その時に新潟市内にある護国寺に寄った。ナビで近くまでP10609901_2 行ったが、駐車場が分からず、神社の周りをぐるぐる回ってしまった。
境内は、護国というだけあって、至る所に戦死者の慰霊塔が建っている。戊辰戦争から太平洋戦争までの新潟県関係の戦死者を祀っているという。
広い境内、そして松の林は、海からの風を受けて、皆陸に向かって傾いている。
しかし神社内は閑散・・。(写真はクリックで拡大)

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境内に北原白秋の碑があると聞き、行ってみた。白秋の碑には「砂山」の詩が掘られていた。そして隣の解説文にはこうある・・・
P10609801 「・・・この「砂山」は、白秋が創作童謡に力を入れていた頃、新潟の砂浜をうたったもので、白秋の代表的な童謡となっています。
大正11年に新潟市での童謡音楽会に招待された白秋は、子どもたちの歓迎を受けたのち夕刻、寄居浜に足をのばしたと言います。
暮れかかる日本海、砂浜、松林という新潟海岸の情景は、九州に生まれ育った白秋に大きな感銘を与え、小田原に帰ったのちこれを詩にして新潟の子どもたちに贈ったものが「砂山」の詩であると言われています。中山晋平と山田耕筰が、この詩にそれぞれ曲をつけ、今では誰もが知っている童謡となっています・・・・」

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<伊藤京子の「砂山」~山田耕筰:作曲>

<タンポポ児童合唱団の「砂山」~中山晋平:作曲>

「砂山」
  作詞:北原白秋
  作曲:山田耕筰/中山晋平

海は荒海 向うは佐渡よ
すずめ啼け啼け もう日はくれた
みんな呼べ呼べ お星さま出たぞ

暮れりや砂山 汐鳴りばかり
すずめちりぢり また風荒れる
みんなちりぢり もう誰も見えぬ

かえろかえろよ 茱萸(ぐみ)原わけて
すずめさよなら さよなら あした
海よさよなら さよなら あした

ふと「予科練鎮魂之碑」というのに気が付いた。実はこの歌は子供の時から縁がある。高校が霞ヶ浦の近くにあったので、高校の時に「今日も飛ぶ飛ぶ 霞ヶ浦にゃ・・」と応援歌の代わりによく歌ったもの。でも内容は・・・・。歌詞は書かないが、ついでに・・・

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<霧島昇・波平暁男の「若鷲の歌」>

この日(2010年4月30日)の行程は、新潟駅-イタリア軒「花嫁人形の碑(ここ)」-護国神社「砂山の碑」-新潟ふるさと村-明楽寺-弥彦温泉(お宿だいろく)であった。「新潟ふるさと村」という道の駅は規模が大きく、ビックリ。ついでに写真を幾つか・・・

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2010年5月 4日 (火)

ノートパソコンをHDDからSSDに変えた

我がパソコンの愛機(dynabook Satellite K11:PSK111JCWNREKW )のドライブを、40GBのHDD(ハードディスク)から最新の64GBのSSD(Solid State Drive:フラッシュメモリドライブ)の交換した。今日はその交換顛末記である。(本記事は自分の備忘録を兼ねる)(写真はクリックで拡大)

パソコンで一番怖いハードディスクの故障。メカ部品だけにいつ壊れてもおかしくない。だから皆必死にバックアップを取る。その究極の解決策が、フラッシュメモリを使ったドライブ。東芝などは大量にフラッシュメモリを使うSSD事業に力を入れている。
新聞で「HDD→SSD 7倍速くなる!」という雑誌の広告を見かけた。何とも気になる。自分のように、キータッチでの腱鞘炎を経験し、「パソコンは東芝dynabook Satellite K11/K16シリーズしかダメ」(ここ)(ここ)という思い込みの人間は、このパソコンを如何に快適に使うかが興味の的で、新製品には興味がない。(Satellite K11/K16のキーボードは、強く押しても下にたわみ、それで指への負担がないことが多分自分の指にフィットする原因)
先日の新潟旅行の時、新幹線の中で再びその広告を読み、新潟駅の本屋でつい買ってしまった。「日経PC21」の6月号である。その記事の内容を抜粋すると・・・
1)パソコンのドライブには、2004年頃から普及した「シリアルATA」と、それ以前のパソコンに付いている「ウルトラATA」という2種類のタイプがあり、互換性はない。
2)どちらのタイプもSSD化することは可能。
3)起動時間で比較すると、「シリアルATA」は106秒→28秒に、「ウルトラATA」では68秒→26秒に高速化される。
4)原理は簡単で、新しく買ったドライブに、現在のCドライブをそのままコピーし、クローンを作る。
5)クローンを作るソフトは、I.OデータやバッファローのSSDには付属している。(バッファローのSSDにはUSBコネクターがあり、パソコンと直接つないで転送出来る。I.Oデータは、一旦USB外付けHDDなどにデータを移転し、そこから復元する方式)
5)パソコンにクローンの新ドライブを取り付け(交換す)る。

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これなら出来そう・・・と、旅行から帰って直ぐに自分のパソコンのドライブのタイプを調べたら、2006年製だったので、「シリアルATA」だった。さてどの製品に交換するか・・・。今のHDDは40GBなので容量は64GBにする。機種は、値段と最新型、ということでバッファローの「SHD-N64SU2」とした。バッファローの「対応製品検索」での、当パソコンとの相性判定は「△:本製品の装着は販売店の取り付けサービスを利用」とのこと。そんなに交換作業が大変なのか・・?と、HDDをPCから外してみた。コネクタが本体にとりついていないぶらぶらタイプなので、この判定になったのか? 取り付けは全く問題ない。
さて、どの通販屋に手配しよう・・・。連休中に交換してしまいので、多少高かったが在庫があるAmazon(17800円)に手配。Amazonは注文した次の日に着くので便利。それが昨夕着いた。そして作業・・・

取説通りにSSDをつなぐとパソコンが認識した。そして付属CDをセットして再起動。しかし取説通りの「Acronis True Image(完全版)」という画面が出て来ない。CDから立ち上がるはずなのに、通常の立ち上がりをしていつもの画面が出てしまう。仕方なく付属CD内蔵の「Acronis True Image HD」をインストールするしか無いのか・・。ふとバッファローのサポートセンターに聞いてみる事にして電話。そしたら「直接アクロニクスに聞いてくれ。大事なデータのバックアップなので、慎重に・・・。それ以上は答えられない。ただ、(完全版)というのは「True Image HD」のこと。前には簡略版の「True Image LE」があった」と、何も答えてくれず、アクロニクスは平日昼間しか対応していないので、独力でトライするしかない事が分かった。

付属のCDの「Acronis True Image HDのインストール」をたたくと「プロダクトインストールキーの入手」というアイコンが出てくる。マニュアルに「Acronis True Image HDのご利用について」というのがあり、そこにキーの入手手順が書いてあった。出てきたアクロニクスのページに、マニュアルにあった「Stub Key」 を入力すると先に進み、メールアドレスとパスワードを入力する。するとメールが送られてきて、アカウントを確定し、プロダクトインストールキーが発行される。申請して直ぐにメールが来ると思ったら、とんでもない。1時間くらい経ってから来た。幾ら待ってもメールが届かないので、何か違っているかと、再度登録してしまった。二度目の回答メールが着いたのは3時間以上経ってから・・・。
でも何とかキーを入手し、インストールは出来た。

CDに入っているマニュアルの「第10章新しいディスクへのシステムの転送」を見ながら進める。「自動モード」で進めると簡単に転送が始まった。「34GB→54GB」という表示が出て、転送に約1時間かかった。
サーテ、とパソコンの電源とバッテリーを外し、ハードディスクを交換する。転送も完璧に終わったので動くはず・・・。でも電源を入れても、「dynabook」のロゴが出た後は、プロンプトがピカピカするだけで始まらない・・・。
SSDの取説を読むと「正常に移行出来ない場合はハードディスクのエラーチャックを行う」とある。それでダメならリカバリーやOSの再インストールしかないという冷たい言葉。
仕方なく「マイコンピュータ→Cドライブを右クリック→プロパティ→ツール→エラーチャック」。そこの「不良セクタを・・回復する」にチェックを入れると直ぐに動くが、「ファイルシステムエラーを自動的に修復する」は再起動でチェックが始まる。どうせやるなら、とこれらを全部やる。
それからもう一度、転送をやり直す。それが終わったのが昨夜12時前。半分位、「多分ダメだろう。ダメならせっかく買ったSSDだが、オークションででも売ってしまおうか・・」と思いつつSSDをパソコンにつなぐ・・・。
その自分の本心をこのSSDは察したらしく、今度は動き出した。前のHDDと同じように、「何か変わったことありますか?」みたいな顔をして・・・

速度を測ってみた。電源投入時の立ち上がり時間は、いつ立ち上がったか良く分からないので、IEでGoogleのサイトが表示されるまでを測った。すると130秒→72秒、同じく休止モードからの立ち上がりは、55秒→27秒。確かに半分位にはなったが雑誌ほどではない。これはCPUの性能の影響なのだろう。しかし色々なアプリの応答は早い・・・。

ちなみに2004年前の「ウルトラATA」の旧機器では、下記とのこと。

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改めて今日の作業を振り返ると、今回は2つの事件があった。1)CDから直接立ち上がらず、一旦ソフトをインストールしたこと。2)ハードディスクのエラーチャックをしないと動かなかったこと。
整理すると、手順は下記・・・
1)まずパソコンのハードディスクのエラーチャック(最初からやっておく方がよい)
2)付属CDの「Acronis True Image HDのご利用について」「True Image HDのマニュアル」を読む。
3)アクロニクスからインストールキーを入手。
4)「Acronis True Image HD」のインストール(キーがないとインストール出来ない)。
5)「自動モード」で転送(1時間)
6)パソコンのHDDとの交換。

今この記事も、SSD動作で書いている。たしかに操作でシャキシャキ感はある。反応が早い。SSDはメカが無いので安心。だたフラッシュメモリにも寿命はある。
最近のHDDの容量に比べて64GBは少ないが、自分の使い方は、写真や音楽のデータは別のUSB HDDに入れており、パソコン本体には入れていない。よって64GBあれば充分。

今回の教訓:もしちゃんと動かない時は「今度動かなかったら棄てるぞ」とSSDに念力(脅迫?)を送ること。するとSSDはハッと気が付いて動き出す・・・・。

<SSD事後談>(2010/05/12追加)
結局、SSDはパソコンから外してしまった。経緯はこうだ・・・
使い出して確かにシャキシャキ動くのは良いのだが、時たまパソコンが“考える”ことに気が付いた。これはもしかすると「プチフリ(動作が一時的(プチ)に止まる(フリーズ)という問題)」かも知れない・・・、と思った。Netで見ると、以前の機種にはメーカーから対策ソフトが提供されている様子。ふと付属のCDに高速化ソフトが入っているのに気が付いた。それを入れるとプチフリを避けられるか?
・・・と思ったのが運の尽き・・・。「ターボPC」と「ターボコピー」という付属のソフトをインストールした。途端に、パソコンの機嫌が悪くなった。電源を入れてからの立ち上がり時間が、以前のHHDの130秒から、今回のSSDが70秒に短くなったはずが、高速化ソフトを入れたら、何と4分近く掛かる・・・。これにはビックリ。慌てて今インストールした高速ソフトを削除したが同じ。「システムの復元」で元に戻しても同じ。いやはや参った・・・。仕方なく、今度は、元のHDDから再度SSDにデータをコピーしてクローンを作り直そうとしたが、今度はクローンを作るソフトがうまく動かず、再転送も出来ない・・・・。ここに至って、やはり素人では無理・・と諦めた。
何と言っても、付属のソフトをインストールしただけなのに、こんなに不安定になるとは・・・到底安心して付き合えない・・・。かくして今回のSSD騒動は終わりを迎えたのであ~る。

●メモ:カウント~95万

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2010年5月 2日 (日)

お祖母ちゃんのお墓で、お祖母ちゃんへの手紙を焼いた

4月30日と5月1日の2日で、新潟に旅行してきた。目的はカミさんのおばあちゃんの墓参り。カミさんの母方の故郷は新潟県五ヶ浜。家はもう無い。もちろん知り合いもいない。しかし先祖代々のお墓だけはある。(写真はクリックで拡大)
P10700361 そのうち一度行ってみたいね、という話だけはあったが、行く機会がなかった。それがひょんな事で、5月連休にどこにも行かないのも寂しい、という話になり、行ってみることになった。新幹線で新潟まで行き、そこからレP10701711 ンタカー。場所は最近新潟市に合併された五ヶ浜という海岸沿いの小さな集落。新潟市内から車で小一時間。海岸線にある尾根の裏側に数十の集落が広がる。そこにお寺がひとつ。浄土真宗の明楽寺という。

カーナビがお寺まで連れて行ってくれる。しかし新潟は道路が整備されている。田んぼの真ん中を農道が走る。制限速度が50Kの(高速)農道だ。また市内は有料道路と見まがうばかりの“ハイウェイ”・・・。
五ヶ浜に着く。集落に歩いている人はいない。案の定、お寺の住職も住んでいないらしい。シーンとした境内。墓地にタヌキが歩いているのにはビックP10700241 リ。お寺に銅像を見つける。これはお祖母ちゃんの父親、つまりカミさんの曾おじいちゃんの銅像だという。昭和の初期、漁師だった曾お祖父ちゃんは徳のあった人で、それで銅像が建てられたという。しかし今は、台座の銘板も外れ、名前を示すものは何も無かった。
それからお祖母ちゃんのお墓を探すのが一苦労。ほとんどの墓が、同じ名字なのだ。それほど大きな墓地ではないので、順番に見ていったら、やっとカミさんが見つけた。銅像の曾お祖父ちゃんの名前を見つけたのだ。予想に反してお祖母ちゃんの名前は無かった。「**家先祖代々」という墓だった。“昭和15年10月**建之”とある。
P10700291 お墓は荒れ放題。カミさんは20年前にお袋さんと一緒に、まだ小さかった子供を連れて一度来たことがある。子孫は全て関東にいるため、たぶん墓参りに来ることはないのだろう。だからもしかするとその時以来の20年ぶりの墓参りかも知れない・・・。
今日は、途中で店が見つからなかったため、お線香もお花も用意していない。明日出直すことにして帰りかけたとき“村人発見”。「この辺でお花屋さんはありますか?」。あるわけがない。だいたい店が一軒もないのだから・・・。
状況は分かった。明日、掃除道具を一式持って来よう・・・。

次の日、掃除道具を持って来た。昨日と同じか、タヌキが今日はお寺の庭を堂々と歩いてP10701651 いた。お墓の掃除。落ち葉を掃き、墓石の苔を落とす。何とかキレイになったので、(浄土真宗だけど)般若心経を二人で唱える。そしてカミさんが持って来た「お祖母ちゃんへの手紙」を焼いた。
新潟に行く話になったとき、自分が「せっかく行くのだからお祖母ちゃんへP10701581 の手紙を書いてお墓で焼いたら?」と言ったら、カミさんがその案に乗った。お祖母ちゃんが亡くなったのは、子供が3~5歳の頃だったろうか。もう30年近くも前のことだ。
焼く前に“お祖母ちゃんへの手紙”を読ませてもらった。カミさんは、亡くなってから30年間の出来事を報告していた。その後の両親のこと、子供が育ったこと、そして自分が小さかった頃、お祖母ちゃんに可愛がってもらったことのお礼・・・。
カミさんは、小さい時に、誰からもあまり可愛がってもらった記憶がないという。しかし、子供の時にお祖母ちゃんと一緒に撮った写真を見た友人から、「こんなにキレイな服を着て写真館で撮るのは、可愛がっていた証拠」と言われ、それで自分がお祖母ちゃんに可愛がられていたのだと、今更ながら気が付いたのだという。しかし、まるでそこにいるかのように、お祖母ちゃんに語りかける手紙。まさに我々が生きてきたこの30年間の報告だ。
それらの出来事を一緒に思い出し、読んでいてなぜか涙を誘う・・・・

たぶんもう二度と来られないだろう新潟のお墓。何かの歌で、“お墓には誰もいない”と歌われていたっけ。でも、昔の人を偲ぶ場所はお墓しかない・・。
お祖母ちゃんが、この手紙を読んで喜んでくれたかどうかは分からない。でもカミさんは念願が叶ったという。
まさに命連綿・・・。時は流れていく・・・。過去の人間を忘れ去りながら・・・・。
しかし、死んでから数十年後、一人でも一瞬でも良い、自分を思い出してくれる人がいるかどうかは、生前の行いによる。お祖母ちゃんは、唯一カミさんを可愛がってくれた存在だったという。だから何時までもその心に生き続ける・・・。

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