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2010年4月の26件の記事

2010年4月30日 (金)

前島密とビル・ゲイツの“職業観”

先日の日経新聞のコラム「大機小機」に、「前島密とビル・ゲイツ」という記事があった。曰く・・・

前島密とビル・ゲイツ
近代郵便の父と呼ばれる前島密は1871年の郵便制度発足にあたり、全国の民間資産家に頭を下げて郵便局を開いた。明治はまだ4年で政府に資金は乏しく、各地の名士や地主に土地、建物を提供してもらう以外に郵便網を始められなかったからである。
英国などを視察し国力を高めるには民間の力が不可欠と痛感した前島は、現在の日本通運や日本郵船の前身となる会社の設立にも尽力する。社会に便利を作り、人々の生活を向上させることを職業意識とする官僚・政治家だった。
か烈な競争社会に身を置きながら同様の職業観を持っていたのが、米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏だ。
10年前、ゲイツ氏がマイクロソフト最高経営責任者の職を後進に譲り会長に退いたころこんな話を聞いた。「会社は何のために存在するのか。利益拡大や株価上昇による富の創造だけなのか。私は最終的には人々の生活水準を改善することだと信じている」
後日、こんな話もしていた。「資本主義の素晴らしいところは競争を通じて常にみんなが新しいもの、社会にとってより良い製品を作ろうとしていることだ。自分の会社でいえば、技術革新を怠らず、マイクロソフトにしか解決できないものがあると人々から言われる会社であり続けたい」
同社は利益追求の一方で発展途上国の貧困層支援にパソコン無償提供などの社会活動を続けている。経営の一線から退いたゲイツ氏は個人の慈善団体を介し途上国の食糧難などに私財を拠出する。最近話題になった数千億円を投じての東芝との次世代原発共同開発も、温暖化防止の新技術による社会貢献への意欲と読み解くことができる。
明治から1世紀以上の時を経て、世界に事業基盤を広げた日本企業の経営者にも社会貢献を伴わぬ利益追求はないとの考えが徐々に浸透してきた。日本の産業界には環境技術をはじめ世界を良い方向に変えていく力が十分にある。
翻って政府はどうか。先進国で最悪の公的債務を抱え、本当は投資余力がないのに赤字国債を増やしたり国民の郵便貯金まで使ってまで大盤振る舞いの政策を展開しようとしたりする鳩山政権の姿は奇異に映る。前島のようにカネがないならないなりに、民間の力をフルに使って新しい社会を創造しようとする機運がなぜ政官界に出てこないのか。日本の政治はどこまで退化したのだろう。(三角)」(2010/04/28付「日経新聞」p19より)

鳩山政権の功績は、“国民の目を、かつて無いほど政治に向かわせたこと”、と誰かが言っていた。なるほど。確かに国民の目は政治に向かっている。でもそれは心配だから・・・
自分は、鳩山政権にはもう一つの成果があると思う。それは国民に「**兆円」という数字の感覚を植え付けたことだ。今まで「**兆円」という数字はあまりに大きく、我々にピンと来なかった。しかし赤字国債が何兆円とか、子ども手当が何兆円とか言っているうちに、我々にも何兆円という金がピンと来るようになってきた。これは功績だ。

本題に戻ろう。ここで論じられている「職業観」。確かに経営にとっての理想ではあるが、赤字会社の場合はそれどころではない。しかしリーマン・ショックを引き起こした米金融機関を筆頭に、節操のないカネ亡者が幾多いることも事実。

今、レンタルでDVDを借りて韓国ドラマの「サンド(商道)」を見ている。全50話のうち、40話まで行った。ここでも主人公の大商団のボスが、カネ亡者の同業者を尻目に、飢饉の民を救い、税で朝廷を助けている。まさにこれも「職業観」だ。
先日のTVニュースで、苦戦中の大手デパートにユニクロが出店していると言っていた。言うまでもなくユニクロは、障害者雇用に最も理解がある会社。こんな所にもユニクロの社長の「職業観」が見られる。

世に見習うべき経営者は多い。決してビル・ゲイツだけではない。日本株式会社の経営も、後世語り継がれるリーダーシップでお願いしたい所だが、さーて・・・

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2010年4月29日 (木)

「日本人の幸福感6.5点、欧州の平均下回る」

先日の新聞各紙に、初の幸福感調査の結果が載っていた。曰く・・・

日本人の幸福感6.5点、欧州の平均下回る
 日本人が日々の生活でどれぐらい幸せを感じているかを点数で表してもらったところ、10点満点中、平均は6.5点だったと内閣府が27日発表した。
20100429koufuku  2009年度の国民生活選好度調査で示されたもので、欧州を中心とする28か国で実施された同様の調査では最高だったデンマークの8.4点には遠く及ばず、英国7.4点、ドイツ7.2点、フランス7.1点と主要国に劣る結果となった。平均も6.9点と日本を上回り、内閣府は「欧州に比べ、日本の幸福感が低い」と分析している。
 政府は国内総生産(GDP)などの経済指標だけでは測れない「幸福度」を示す指標づくりを進めており、この調査のため3月中旬、4000人を対象に行われた。
 「とても幸せ」を10点、「とても不幸」を0点とし、「どの程度幸せか」を11段階で聞いたところ、平均は、男性が6.2点、女性は6.7点と女性の方が幸福感がやや高かった。
 幸福感に影響する要素(複数回答)としては、「健康状況」を挙げた人が69.7%と最多で、「家族関係」の66.4%、「家計の状況」の65.4%と続いた。
 国民の幸福感を高めるため政府が目指すべき主な目標(複数回答)は、「公平で安心できる年金制度の構築」が最も高い69.2%、「安心して子どもを産み育てることのできる社会の実現」が64.9%、「雇用や居住の安定を確保」が48.1%と続いた。「年金制度の構築」に関する満足度については、5点満点で聞いた満足度が2.01点と、全21項目の中で最低となり、国民が将来の年金受給に不安を抱いていることが改めて示された。・・・・」(2010年4月28日付「読売新聞」より)

内閣府の分析概要は、(詳細はここ
1)国民の幸福感の現状
・10 段階評価で、平均値は「6.5」。日本では、「5」を選択する者が多いほか、デンマークや英国と比較して、低い点数をつける者が多かった。(図表1)
・男女別には、女性のほうが幸福感が高い。特に10 点中7 点以上の幸福感があると答えた者が男性48%に対して、女性は59% (図表2)
・年齢別には、30 歳代の幸福感が最も高く、特に10 点中7 点以上の幸福感があると答えた者の割合は30 歳代をピーク(61%)に、年齢階層があがるにつれ低下(70 歳代は44%) (図表3)
(写真はクリックで拡大)

20100429koufuku1 20100429koufuku2 20100429koufuku3

20100429koufuku4 2)幸福感とその判断
・幸福感に影響する要素は、①健康、②家族関係、③家計状況 が3大要素(図表4)

しかしこの手の定性的な調査は難しい。何を基準に考えるかが分からない。だから「普通」だと感じる人は、つい中間の「5」を付けてしまう。その反動で「4」「6」が少ない。それに対して「幸福」だと感じる人は、「7」か「8」を付ける。でも「9」や「10」を付ける勇気はない。・・・といった所か・・・
それにしてもデンマークなど北欧はすごい。堂々と「8」以上を付けている。自分たちは、世界的に見て「幸福だ」と実感しているのだろう。それは「6」以下が極端に少ない事でも分かる。これは驚異。普通に考えると「北欧に生まれたい・・」と思う??

男女差も面白い。「7」点以上は、男性5割に対して女性は6割。日常を見ていると、これも分かる。ウチではカミさんが、毎日の「予定」を埋めるのに携帯メールで忙しい。それに引き替え、男は(稼ぐために)自動的に(自分の意志とは無関係に)予定が決まってしまい、自由度はほとんどない。もちろん休日も・・だ。

ふと、先日現役時代の古いファイルを整理していて見付けた、昔のメールのことを思い出した。13年前、自分が現役だった時、ある部下からもらったメールである。面白かったのでコピーを持っていた。長くなって恐縮だが、下記に転載してみる。
=========
送信日時  97-03-22 13:18
宛先・・・・
表題    土曜、日曜は本当は会社はお休み
 3月も残すところ1週間強になりました。3月60日、90日になる可能性大ですが、やっぱり3月過ぎれば少しほっとすることと思います。もう少しですので、がんばりましょう。
 さて、久々にコーヒーブレイクのメールを送ります。

 最近ウチの4歳の息子が、よくこう言います。
「お父さん、明日はお休み?」
「土曜日は会社お休みだけど忙しいから休めないよ。」
「じゃ、その次の日は?」
「日曜日も会社は休みだけど、出張だよ。」
「どうしてお休みなのに会社行くの?」
「忙しいから仕方ないんだよ。」
 近所のご主人は休みの日は必ず家にいる人が多いためか、子供にはどうしても理解できないらしく、
「会社の先生に言ったほうがいいよ。」
と言う。(幼稚園と同じように会社に先生がいると思っている。)
 私が、
「そうだねー。先生に言ってみようか?」
と言うと
「会社の先生の名前ははなんて言うの?」
と聞かれたので、思わず、
「うーん、(エムズ)先生かな。」
と言ってしまった。
 幼稚園の先生が松本先生なので、名前がよく似てると思ったのか
「大きい声で先生に言ったほうがいいよ。」
と言うので、
「じゃ、言っとくよ。」
ということになった。まさか本当に大きい声では言えないので、メールで言わさせて頂きます。
『土曜、日曜は本当は会社は休みだー。』

 大変失礼致しました。

 この前家を出る時、子供に「また、遊びにきてね。」と言われてしまい、ちょっとショックなゆとりのないサラリーマンからでした。
                      以 上
=========
これを見ても「男性は幸福ではない」・・・?

年齢別では、30代をピークにトシと共に幸福感が落ちて行くのはなぜだろう?自分の人生の限界が見えてしまうため??
要素別では、①健康 ②家族関係 ③家計 は良く分かる。特にトシと共に健康状態は幸福感の源だろう。

何??・・自分の「幸福感」??・・・当然「10」点さ・・・・(トホホ・・)

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2010年4月28日 (水)

「旅のネット予約 お得とは限らず」

今朝の日経新聞に「旅のネット予約 お得とは限らず~プランの半数、店舗が安く」という記事があり、なるほど・・と納得。曰く・・・

旅のネット予約 お得とは限らず
旅行の予約はインターネットが安いというイメージが強い。だが日本経済新聞社が国内と海外について独自に調べたところ、プランの半数は旅行会社の店舗の方がネットより安かった。それぞれ一長一短があり、国内で鉄道などを使って移動するなら旅行会社、海外の安いホテルを探すならネットというように使い分けるのがよさそうだ。・・・」(2010/04/28付「日経新聞」p35より)(
詳細PDFはここ

自分の“思い込み”によると、海外旅行では、「JTBは高級コース」「HISは若者向けの格安100428ryokou コース」・・・。しかし、この例によると、「パリ8日間」ではHISの38万円に対してJTBが49万円なので差が大きいが、「ハワイ6日間」ではHISの25.6万円に対してJTBが23万円でJTBの方が安い。しかもネットの22.2万円に対して8千円しか違わない。現地の日本語デスクの利用や、JTB専用無料バスなどを含めると、JTBが安いようだ。(写真はクリックで拡大)
それにHISの安さの秘密が、「店員が安い宿泊施設をネット検索で探し出し格安航空券と組み合わせた。その結果、ネットより大幅に安い価格となった。」なのだとか・・・
旅行会社のパックは、ホテルの大口契約など、旅行会社ならではの“安心の契約”により安いのかと思っていたが、格安ホテルを見付ける手法は我々とあまり変わらないようだ。結局、旅行会社も現地ホテルの状況が良く分からないままに(?)(←自社での全ての現地確認は無理だとして)パックに組み込む事になるので、ユーザーが現地に行ってみて初めて色々な問題が分かったりして、キケンがあるかも知れない。

一方、国内旅行では「大阪3日間(USJオフィシャルホテル)」ではJTBが73,200円と、ネットの87,300円よりも大幅に安い。「ネットの弱みは新幹線の乗車券や指定券を安く買えないことだ」そうだ。福岡への1泊出張は、HISが19,800円と、ネットの29,900円に比べて大幅に安い。これは「出資先の航空会社であるスカイマークを使っている影響が大きい」そうだ。

前にハワイに行った時、ヒルトンホテルで賃貸ルームの契約を勧めていた人が「JTBなどは実際のホテル代に比べて大幅な値段で売っている」と言っていた。それを聞いた時、英語がペラペラなら、自分で現地のホテルを予約して安く旅行出来るのに・・と思ったものだ。しかし、飛行機代を含んだ全体で捉えてみると、そうそう一筋縄では行かないようだ。

海外旅行では特に「値段相応」と良く言う。前にJTBで中国に行った時、現地旅行会社の添乗員が、ある観光地でばったりと同じ会社の添乗員に会って「ヨー!」と挨拶をしていた。その同僚も別のパーティーを引き連れていたが、その時こちらの添乗員が「あのパーティーは安いから案内人も新人。巡る場所も違う」と言っていた。まさに“値段によって質が違う”事を知った。

まあ金欠病の若者なら、時間を掛けて検索し、安いコースを探すことも意味がある。しかし、我々シルバー族は、やはり大手流行会社の方が安心出来るようだ。
ただ一点、「お土産屋」に連れて行かれる“重大欠点”を除けば・・・・

ふとこんな事を思い付いた。JTBも「お土産屋に連れて行かないコース(~ただし値段は10%アップ)」を作らないかな? 少しばかり値段が高くなっても、観光時間の無駄や、店員に対する気苦労、お土産屋に滞在する時間をホテルで休める、等々を考えると、そんなコースがあっても売れるはずだが・・・
(付録:最悪は2002年の夏にJTBで行った台湾。お目当ての故宮博物館があまりの駆け足観光で、あっと言う間に終わってしまったが、その後に連れて行かれた土産物屋で、何と故宮博物館以上の時間をただただ皆で黙って座っていた。添乗員曰く、「**時までは動けない」。これだけは大手旅行会社の最大の欠点だ)

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2010年4月27日 (火)

毎朝通勤電車で会うAさん・・・

“毎朝通勤電車で会うAさん・・・”と言っても、“ほのかな片想い”の話ではない。“痛勤”電車の席取りゲームの話である。
自分の乗る駅は、始発が多い駅の次の駅。だから朝早ければ座れる。でも次の3つ目の駅だと、その可能性はほとんんどない。自分は、毎朝座るために30分早く電車に乗っている。特に冬の寒い時は、座るとシートがポカポカと暖かく、何とも心地よい。

そんな座った自分の席の前にAさんが立つようになったのはいつ頃だったろう・・・・。
ふと、毎朝隣の駅から乗るカバンを右肩からかけた人が、目の前に立つ事に気がついた。目印は左腰に下がった黒いカバン・・・。Aさんの狙いは当然、途中で降りる自分の席に座る事。終点まで1時間の道のりだが、自分が降りる駅はちょうど中間の駅。だから、もしAさんが終点まで行くとすると、自分と交代して残りの30分は座れるわけだ。
前に席を立って降りる時に、一度だけチラッと顔を見たら、30台だろうか、まだ若いサラリ-マン風の人だった。
それに気がついてから、何かプレッシャーを感じるようになった・・・。
隣の駅で、自分を待っている(探している?)人がいると意識すると、そうそう座る場所を変えられない。電車を一本遅らせるのも気が引ける・・・。
そして、Aさんが前に立つとホッとしさえする・・。逆に、目の前に立たないと心配してしまう・・。
今朝もそうだ。Aさんが乗ってこない・・・。風邪でも引いたかな・・・・?

考えてみると、ヘンな話だ。顔もろくに知らず、もちろん名前など知るよしもない。知っているのは黒いカバンだけ・・。でもお互い意識しあっている。ヘンな関係だ。

ふと思う。もしこれが若い女性だったら、どんなにか朝の通勤が楽し(?)かろうに・・・
でも現実はそう甘くない。何だか、高校生の頃の淡き片想いを思い出すな・・・。でも相手が違う・・。
誰か~~。このAさん、何とか若い女性に取り替えてくれないかな~・・・。
“厳しい現実”の話である。

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2010年4月26日 (月)

中村元の「般若心経」(7/7)

中村元先生の「般若心経の講義」を、7回に分けて聴いてみる。
この連続記事は、1985年4月から9月まで、NHKラジオ第二放送で行われた全26回の連続講義「こころをよむ/仏典」 (CDはこれ)の「第12回 空の思想-般若心経・金剛般若経」の部分を、『中村先生の声』と『読み下し文』、そして『中村先生の説明』を、この放送を活字化した、前田専学先生監修の「仏典をよむ3 大乗の教え(上)」(これ)を元に味わっていく。

「なお、ここで改めてサンスクリット原文から現代語訳したものを掲げておきましょう。
<中村元訳「般若心経」>

全知者である覚った人に礼したてまつる。
求道者にして聖なる観音は、深遠な智慧の完成を実践していたときに、存在するものには五つの構成要素があると見極めた。しかも、かれは、これらの構成要素が、その本性からいうと、実体のないものであると見抜いたのであった。
シャーリストラよ、この世においては、物質的現象には実体がないのであり、実体がないからこそ、物質的現象で(あり得るので)ある。実体がないといっても、それは物質的現象を離れてはいない。また、物質的現象は、実体がないことを離れて物質的現象であるのではない。
(このようにして、)およそ物質的現象というものは、すべて、実体がないことである。およそ実体がないということは、物質的現象なのである。これと同じように、感覚も、表象も、意志も、知識も、すべて実体がないのである。
シャーリプトラよ。この世においては、すべての存在するものには実体がないという特性がある。生じたということもなく、滅したということもなく、汚れたものでもなく、汚れを離れたものでもなく、減るということもなく、増すということもない。
それゆえに、シャーリプトラよ。実体がないという立場においては、物質的現象もなく、感覚もなく、表象もなく、意志もなく、知識もない。眼もなく、耳もなく、鼻もなく、舌もなく、身体もなく、心もなく、形もなく、声もなく、香りもなく、味もなく、触れられる対象もなく、心の対象もない。目の領域から意識の領域に至るまでことごとくないのである。
(さとりもなければ、)迷いもなく、(さとりがなくなることもなければ、)迷いがなくなることも無い。こうして、ついに、老いも死もなく、老いと死がなくなることもないというに至るのである。苦しみも、苦しみの原因も、苦しみを制することも、苦しみを制する道もない。知ることもなく、得るところもない。それ故に、得るということがないから、諸の求道者の智慧の完成に安んじて、人は、心を覆われることなく住している。心を覆うものがないから、恐れがなく、顛倒した心を遠く離れて、永遠の平安に入っているのである。
過去・現在・未来の三世にいます目ざめた人々は、すべて、智慧の完成に安んじて、この上ない正しい目ざめを覚り得られた。
それゆえに人は知るべきである。智慧の完成の大いなる真言、大いなるさとりの真言、無比の真言は、すべての苦しみを鎮めるものであり、偽りがないから真実であると。その真言は、智慧の完成において次のように説かれた。
ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー
(往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸あれ。)
ここに、智慧の完成の心が終わった。」(前田専学監修「仏典をよむ3 大乗の教え(上)」より)

Image04353 ここに絵文字による「般若心経」を挙げておく。(写真はクリックで拡大)
これを読んでいると、何か涙が出てくる。その時代、文字を読めない人が、この絵を頼りに心経を唱え、暗唱していたのだろう。
それほどに般若心経には“力”があるらしい。

お経には、色々な付き合い方があるという。読む、唱える、見る、書く、等々。だから例え文字が読めない人でも、単に唱えるだけで御利益があるという。(具体的な御利益って何だか分からないが・・・・)

我々リタイア(間近かの)サラリーマンにとってみると、現役時代のような肩を怒らせての生き方は必要無い。これから必要なのは、平和なこころ、安穏なこころ・・。
それを我々の心から引き出すのに、これらのお経は役に立つように思う。何度も書くが、般若心経は難しい。でも良いのだ。単に唱えるだけでこころの平和が保たれるなら、上の絵文字のように、素直に唱えるだけで良いではないか・・。難しく一文字一文字を解釈しないで、その通りを黙って受け止める事も許されるような気がする。
幸いに暗唱は出来るので、これから何度口にするか分からない。まあそのうち、何かが分かって来るかも知れないので、黙ってそのまま受け入れることにしよう・・・。

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(関連記事)
「般若心経」勝手帖-03 全文

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2010年4月25日 (日)

ガンの9大原因~米国700万人の分析結果

先週の金曜日、会社で定期健康診断があった。今までサボっていた胃のレントゲン検診だけでなく、今回は初めて胸のレントゲンもパスしてしまった。
「自分はミーハーである」と何度も書いてきた。今回のパスも、先日書いた「胃がん・肺がん検診~有効性示すデータ、日本だけ」(ここ)という新聞記事がキッカケであることは確か。自分は(カミさんが言うように)すぐにブレるのであ~る・・・。

今朝の日経新聞のコラム「ほどほど健康術」のテーマは「がんの9大原因を知る」。よくあるテーマだ。でも米国700万人のデータだ、と聞くとツイ気にしてしまう・・。それによると、・・・・
<がんの9大原因>
①たばこ ②野菜や果物の摂取不足 ③塩分の取り過ぎ ④ウイルス ⑤運動不足 ⑥肥満 ⑦アルコール ⑧空気汚染 ⑨レントゲン検査や薬剤の副作用

がんの9大原因を知る
「うちはがんの家系だから」「わが家は大丈夫」などと勝手に決めつけている人が多い。がんは、本当に遺伝するのだろうか。
最近、がんの原因に関するエビデンス(科学的根拠)が集積されつつある。米国には、がんで死亡した700万人ものデータを集め、原因を分析したという研究がある。それによると、原因のほとんどは生活習慣と環境にあるようだ。
最新の研究データから、がんの原因ワース9をまとめておこう。
第1位はたばこ。すべてのがん死亡の21%が喫煙の煙による。自分が吸っていなくてもがんになる。両親が喫煙する家庭で25年以上過ごした子供は将来、肺がんになる割合が2倍だ。
野菜や果物の摂取不足が第2位。抗酸化物という、がんを予防する成分がポイントだ。抗酸化物の摂取が足りなくなると、がんは21%ほど増える。
第3位は塩分の取り過ぎ。日本など東アジア諸国が問題で、胃がんの重大な原因となっている。塩分摂取を減らすだけで、胃がんは撲滅できる可能性もある。日本人に限っていえば、がんの死亡の14%ぐらいが、これによると推定される。
ウイルスと運動不足が4位、5位と続く。がんウイルスの代表は肝臓がんと子宮頸がん。がん全体の約1割を占める。運動不足というと意外な気もするが、大腸ガン、乳がん、子宮がん、肺がんなどが増えるエビデンスがある。全がん死亡の約9%は運動不足による。
第6位は肥満。運動不足と裏腹のようだが、独立したがんの原因で、がん死亡の3%を占めている。
第7位はアルコール。ほどほどのお酒は百薬の長だが、飲み過ぎは、きわめてハイリスクだ。口腔がん、咽頭がん、食道がん、乳がんの原因となり、がん死亡全体の2%を占める。
空気汚染が第8位。空中にただよう煙やほこり、スプレー噴霧などが、すべて肺がんの原因になる。
最後に医療行為として行われるレントゲン検査や薬剤の副作用だ。昔から語られてきたことだが、予想外に影響が大きいようだ。
遺伝することが証明されているがんは全体の5%に満たない。がんになるかどうかはライフスタイルで決まる。早期発見より予防を真剣に考えるべきだ。(新潟大学教授 岡田正彦)」(2010/04/25付「日経新聞」p10より)

しかし、今日は天気が良かった。少し風があったが、真っ青な晴天。よって今日の散歩は「お寺、アイスクリーム屋コース」に・・・(途中のサーティワンでシャーベットを買って食べながら歩く)
途中で、ジョギングしている人に会うことが多い。散歩やジョギング。皆健康を考えてのこと。カミさんに言わせると、これはもはや「健康教」という宗教だそうだ。死んでも健康になりたいという宗教??
確かに、今日の新聞記事にも、5位に「運動不足」がある。なるほど・・。でもこの順位を信じれば、まずタバコを止めて、野菜をたくさん食い、塩分控えめで、ウイルスに注意した後に、出てくる順番のようだ。
しかし、とうとうレントゲン検査や薬害が、がんのワースト9位に出てくる時代になった。メンタル的な訓練をしてでも、薬に安易に頼ることは避けるべきらしい。

会社で、「何でレントゲンを受けないの?」「病気が見つかると怖いので・・」
これは半分本当だが、会社で「レントゲンも無害ではない」とは言えなかった自分ではある。

(関連記事)
胃がん・肺がん検診~有効性示すデータ、日本だけ

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2010年4月24日 (土)

「“らくらく”DVDレコーダー」は出来ないか?

どうも機械モノの話になると、ツイ入れ込んでしまう。
先日、“機械オンチ”さんがDVDレコーダーを買う話になり、色々と手伝ってしまった。今日はその騒動記・・・・。

ハードディスク(HDD)を内蔵したDVDレコーダーのことを、正式には何と呼ぶのだろう・・。東芝のカタログには「ハイビジョンレコーダ-」とある。まあHDD内蔵のDVDレコーダーだ。
機械オンチ屋さん向けに、一番簡単に取り付けられて操作も易しい、価格も安いレコーダーを、先ず探す・・。いつものように価格comで探すと、2010年1月発売の東芝のVARDIA(ヴァルディア)が安い。この世界で東芝は一番歴史が古いメーカー。それが320Gで34,000円位、1TBが何と送料込みで39,000円。その安さにビックリ。大は小を兼ねる・・・でHDDが1TBある東芝のVARDIA RD-E1005Kにした。夜、大阪の店に注文。次の日に銀行振り込みして翌朝には到着。大阪→東京でも、丸一日で家に着くスピードはたいしたもの・・・。
これを自分が取り付けて、使う分にはいとも簡単だが、機械オンチさんに、自宅に持って帰って、一人で取り付けさせ、操作させることは、とてつもない難問。
まず、分厚い取説を開こうとしない。最初から見る気がないのだ・・。
教える手順は、まずアンテナ線や、ビデオケーブルの接続から・・。アンテナ入力はここから来て、これに入って、ここから出て、テレビに入って・・・と力説しても、ポカ~ン・・・。ダメだ、これは・・・。
理屈ではなく、“現象として”このケーブルはここにつないで・・・。
自分で作業の手順のメモを書かせ、自分でつなぐ“実習”をさせ、つなげたところをデジカメで撮って・・・・。とりあえず“分かった”と言うので接続は終わり、次に操作実習。

初期設定は、出てくる画面通りに進める。これはまあ素人でも出来るが、出てきた画面が粗い・・・。表示させると480i。これでは画面が悪いはず。取説の目次を見ても、解像度を上げる(設定する)項目がない。しょうがないので、取説のPDFファイルをダウンロードしておいたので、それで「1080」で検索すると、やっとリモコンの隠し扉の中にある「解像度切換」で解像度を480-720-1080が切り替えられることが分かった。
次に、チャンネルのスキップの話。チャンネルの自動設定だと、見ないチャンネルが多い。特に有料CS放送や有料BS、そして県域地上波などは見ない。それに番組表も、全局が並ぶので、見にくいことおびただしい。
これもPDFの取説で「スキップ」という言葉で検索して、設定方法を見つけた。それが結構大変な作業。特にCSは局数が多い。全部をスキップ。それ以外も、頑張って普通見ない局をスキップ。そしたら、番組表もスキップした局が出なくなったので、見易くなった。

東芝のこの機器の場合、リモコンが二つ付いている。フルリモコンとシンプルリモコン。この使い勝手はどうか・・。短時間使っただけだが、その効能が分からない。ただ、どちらにも「スタートメニュー」なるボタンがあり、それで色々な操作を誘導している。何とかこれを頼りに操作していくしかない。

何とか“機械オンチ”さんがこの機械を家に持って帰って、自分で設定し始めたが、直ぐに電話のベルが鳴る。何と、せっかく書いた手順のメモを読まない。「テレビが写らなくなった」(←当たり前だ。テレビの電源ケーブルまで抜くやつがあるか!~ガマンガマン・・)「電源は入ったが、電波が来ていないと表示・・」(←当たり前だ。アンテナケーブルをつないでいない!~ガマンガマン)

何とか、長電話で設定が終わった。その教訓・・。機械オンチさんは、取説はおろか、自分で書いたメモすら見ない。幾らカンで生きていても、カンの接続で動くほど、機械は甘くはない。

ほんの1日の“体験”だったが、機械の設置・設定が機械オンチさんには大変な作業だと言うことが分かった。
だから、幾ら通販が流行しても、街の電気屋さんが無くなることはあるまい。手取り足取り設定してくれる存在は必須。しかし現実に通販は流行っている。よって今後メーカーは、(自分が設定することが前提の)通販を意識して、“どんな素人でも設定出来る”製品を供給してくれるとありがたい。
そうでないと、通販で買うと安いと聞いて、機械だけ手に入れたが動かない・・・。それでコールセンターに長電話。でも電話で指導出来る事には限度がある。それでユーザーは“製品が悪い”と言い・・

携帯電話に“らくらくホン”なるものがあり、結構売れているそうだ。同じように「誰でも簡単に設置が出来、だれでも簡単に操作出来ます」というキャッチフレーズのDVDレコーダーは出来ないものか?
解像度の設定や、不要チャンネルのスキップなど、誰でも思いつく項目を対話式ででも・・・
それに、この手の機械は、あまりにも機能が多すぎ。世に多い機械オンチが必要としているのは、録画・再生・DVDの再生位。それらの機能に限定した、80歳のばあちゃんでも設定出来るようなコンセプトの製品は出来ないものだろうか。それとも、世の電気屋さんの生活のために、“プロに任せなさい”がコンセプトなのか??
まあ録画機能に限って言うと、録画機能付きのテレビを買えば、簡単が操作なので良いが、テレビを買った後から録画を考える場合も多い。
メーカーは「ユーザーは一切の文字(取説)は読まない」という前提の元、画面に全てをかけて(写る画面は読む)、おばあちゃんでも設定・操作が出来る製品を作ってほしいもの。
まあ一日の体験だったが、今日は疲れました・・・・。

(付録)~どんな物が欲しい?こんなスッペクは如何?
<“エムズの片割れ”仕様の“らくらくDVDレコーダー”>
(記録メディア)
HDD:320M(程度)、DVD(CPRMのデジタル録画のみ)、VHS(付けた方が面白い?)
(録画方式)
TS、長時間モード(1種類)の2種類のみ
(再生可能メディア)
HDD、DVD(全種類を再生可)、CD(全種類を再生可)
(チューナ)
地上デジタル(2個)、BS(1個)~[CS、アナログ不要]
(出力端子)
HDMI、D4、アナログ映像・音声(各1系統)~[S映像、iLink、光は不要]
(入力端子)
なし。[ネットワーク、光は不要]
(機能)
録画・再生のみ。[編集機能不要]

(初期設定)~従来のものに加えて
接続テレビに合わせた自動解像度設定、チャンネルスキップ設定(対話方式で)
(リモコン)
BS・地上デジタルのダイレクト選局ボタン、DVD/CD操作ボタン(30秒スキップ&10秒バックボタン付き)、1.5倍再生機能付き、「お助けボタン??」付き
(取扱説明書)
なし(極端だが、誰も読まない前提)
(その他)
録画時、シリーズ番組は、自動で個別フォルダ作成の機能付き(簡単に録画番組を探す為)

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2010年4月22日 (木)

西島三重子の「池上線」の駅は「池上駅」~話は事実

前に「チェウニと西島三重子の「池上線」」という記事を書いた(ここ)。この歌のモデルになっている池上線の駅の名が「旗の台駅」ではないかという情報を頂いた(ここ)。理由は、詩にあるフラワーショップが、現在はケンタッキーに変わっているという事。(写真はクリックで拡大)
100422ikegamisen2_2 乗りかかった船(?)なので、教えて頂いた交通新聞社発行の「鉄子の部屋」という雑誌を調べてみた。そうしたら、あった。作詞家の佐藤順英さんのインタビュー記事が載っていた。曰く・・・
「―― 舞台は池上駅だったんですね。歌に出てくるフルーツショップなども実際にあるんですか?
佐藤 今はもうなくなって、ケンタッキーフライドチキンに変わっています。
・・・・・
佐藤 ほんとにあったことだからね。・・・だって今どき、白いハンカチを握り締めたりしないでしょ?でもこれは実話。そんなにずーっと話すこともないので、黙って立ってるってのも実話。池上線は駅と駅の間隔が短いからいくつ駅を過ぎたか、すぐわかんなくなっちゃう。だから「ごめん」ってあやまったりしていた。
・・・・・・
佐藤 ・・・それもあって、「歌の舞台はどの駅ですか?」って聞かれても、今までは教えてあげなかったんです。心のなかにある駅です。なんて答えてね。」(交通新聞社発行「鉄子の部屋」p26より)
(詳細のPDFはここ
モデルになった駅は「旗の台駅」ではないか、とのことだが、この談話を読む限り、モデルは、どうも「池上駅」らしい。そしてここに描かれている情景は、作詞者の実体験だという事も分かった。

せっかくなので、改めて色々な「池上線」を聞いてみよう。
自分の好きなチェウニのシングル盤は(ここ)で聞いた。今日はアルバムバージョンを聞いてみよう。編曲はほとんど似ているものの、違う・・・。違いが分かるかな??

<チェウニの「池上線」アルバム盤>

「池上線」
  作詞:佐藤順英
  作曲:西島三重子

1)古い電車のドアのそば
 二人は黙って立っていた
 話す言葉を捜しながら
 すきま風に震えて
 いくつ駅を過ぎたのか
 忘れてあなたに聞いたのに
 じっと私を見つめながら
 ごめんねなんて言ったわ
 泣いてはダメだと胸にきかせて
 白いハンカチを握りしめたの
 池上線が走る町に
 あなたは二度と来ないのね
 池上線に揺られながら
 今日も帰る私なの

2)終電時刻を確かめて
 あなたは私と駅を出た
 角のフルーツショップだけが
 灯りともす夜更けに
 商店街を通り抜け
 踏切り渡ったときだわね
 待っていますとつぶやいたら
 突然抱いてくれたわ
 あとからあとから涙あふれて
 うしろ姿さえ見えなかったの
 池上線が走る町に
 あなたは二度と来ないのね
 池上線に揺られながら
 今日も帰る私なの

次にオリジナルの西島三重子である。1987年盤と1994年の録音とがある。(追:2009年盤と2015年盤もある)

<西島三重子の「池上線」~1987年盤>

<西島三重子の「池上線」~1994年盤>

<西島三重子の「池上線」~2009年盤>

「鉄子の部屋」の記事によると、「西島三重子を皮切りに森昌子、高山厳など十数人によって歌われ続け、80万枚を売り上げた」とある。そのうち、高山厳を聞いてみよう。

<高山厳の「池上線」>

自分が持っている音源の残るは、ザンというグループ。ついでに(失礼!)これも聞いてみよう。

<ザンの「池上線」>

森昌子も歌っている事を知った。YouTubeで聞いてみたが、音は悪いものの、森昌子には合っている歌のように思う。そのうち音源を手に入れよう。

ひょんな事で、「池上線(その2)」を書いてしまった。それだけ、自分の思い入れが大きい歌だということだ。

池上線の「池上駅」は行ったことがない。乗りかかった船で、この歌詞に添って、現状風景の写真でも紹介出来ればよいが、行く機会がない。まあそのうちね・・・
今日は、前の記事と合わせて、当サイト最高の6つの種類の音源を紹介してしまった。

(2010/07/01追加)
今日は会社の創立記念日で午後半ドンだったので、池上駅に“現場検証”に行ってきた。その写真がこれ・・・。
「古い電車のドアのそば・・・すきま風に震えて・・・」「あなたは私と駅を出た・・」「角のフルーツショップ・・・(今はケンタッキー)」「商店街を通り抜け・・・」「踏切り渡ったときだわね・・・」の現場!?~もちろん電車はすきま風など入らない・・・・(写真はクリックで拡大)

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(2012/04/19追)
鈴木さんから、「池上線」の記事が朝日新聞の「歌の旅人」に載っていた、と教えて頂いた(ここ)。調べると2008年4月19日付の記事らしい。しかし、今更新聞は手に入らない。でも幸いにもこの記事は単行本化されている。・・・という訳で、単行本でこの歌の背景を読んだ。
何と、上の写真の“踏切を渡った”住宅街に、作詞の佐藤さんが振られたという女性が今も住んでいるとのこと。そこを記者が取材している・・・。まあこんな事を書いている自分も“追っかけ”だが、記者に突然訪問された女性もさぞ迷惑だった!?
経緯は先の鈴木さんのコメントに詳しいので、書かないが、でもこんな歌で、今も生き続けている青春も、また楽しからずや・・・!?
朝日新聞の「歌の旅人」に載っていた「池上線」の記事のpdfはここ)。

(関連記事)
チェウニと西島三重子の「池上線」 
森昌子の「池上線」 

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2010年4月21日 (水)

昭和38年の出来事(16歳)~梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」

自分が生まれてから順に、その年の出来事を辿るシリーズの17回目。自分が15歳から16歳、つまり中学3年生から高校1年生になった昭和38年(1963年)の出来事を調べてみる。

この年は、自分も高校に進学し、早くも受験勉強がスタートした。入った高校は、いわゆる受験校だった。とどのつまり、放って置いては生徒が勉強しないので、学校側が生徒が勉強せざるを得ない仕組みを作ったのだろう。
S38 この年の出来事を調べてみると、3月31日に、いわゆる「吉展ちゃん誘拐事件」があった。そして11月22日にはケネディ大統領暗殺という大事件があった。このときの事は今でも覚えている。その日は、ある友人に誘われてある大学の見学に行った。その帰りに、駅前で号外を配って大騒ぎをしていた。ちょうどこの日、日米間テレビ宇宙中継実験があって、そこで初めて写った画面がケネディ大統領暗殺のニュースだった。(余談だが、この友人は、2年後にさっさと“一人だけ”この大学の医学部に入りやがった・・)(写真はクリックで拡大)

その他の明るい話題では、6月16日にソ連のボストーク6号で世界初の女性宇宙飛行士となったテレシコワが「私はカモメ」とコールサインを送った。また、12月8日にプロレスの力道山が暴力団に腹を刺されて亡くなった。

100421konnichiwaaka この年に流行った歌謡曲は、ヴァケーション(弘田三枝子)、東京五輪音頭(三波春夫)、見上げてごらん夜の星を(坂本九)、高校三年生(舟木一夫)、浪曲子守歌(一節太郎)などなど。
今日はその中で昭和38年11月発売の梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」を聞いてみよう。この年のレコード大賞を受賞した歌である。

<梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」>

  「こんにちは赤ちゃん」
    作詞:永六輔
    作詞:中村八大
  
  こんにちは赤ちゃん あなたの笑顔
  こんにちは赤ちゃん あなたの泣き声
  その小さな手 つぶらな瞳
  はじめまして わたしがママよ

  こんにちは赤ちゃん あなたの生命
  こんにちは赤ちゃん あなたの未来に
  この幸せが パパの希望(のぞみ)よ
  はじめまして わたしがママよ

  ふたりだけの 愛のしるし
  すこやかに美しく 育てといのる
  こんにちは赤ちゃん お願いがあるの
  こんにちは赤ちゃん ときどきはパパと
  ほらふたりだけの 静かな夜を
  つくってほしいの おやすみなさい
  おねがい赤ちゃん
  おやすみ赤ちゃん わたしがママよ

この歌詞を改めて読んでみると、何とも明るい歌詞だ。歌謡曲は暗いテーマが多いが、その中で、こんな明るい歌に、心が和む・・・。
まあ、ちまたではこんな明るい歌が流れていたようだが、受験生の我々はただ暗いだけ・・。一杯いっぱいの受験生生活の毎日で、この頃の良い思い出はほとんどない・・・。

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2010年4月19日 (月)

読む法話~「命」にまつわる言葉

雑誌「大法輪」2010年5月号に「葬儀・法事で聞きたい法話」という記事があり、なるほど・・と思った。そもそも法話とは、お寺でお坊さんのお話として“聞く”もの。それを“読む”のもどうかとは思うのだが・・・・・

いのちをことほぐ
   静岡県沼津・龍雲寺住職 村越英裕
わたしたちは自分一人で生まれてきたわけではありません。ご先祖さまのお陰です。ご先祖さまというのは遠い過去の亡くなった人々だけのことではありません。一番、身近なご先祖さまは両親です。二人です。その父と母にも父と母がいます。おじいちゃんとおばあちゃんです。合計で四人になります。さらに、さかのぼっていくととてつもない多い人々になります。このリレーがどこかで途切れていたら、今、私たちはここにこうしていません。
たとえばいのちのリレーのバトンを受け取ったとき、身体にいのちが宿ります。命が宿ると書くと「宿命」です。「宿命」ですので、両親は選べません。兄弟や祖父、親戚、生まれた家、ご先祖さま、そしていただいた身体も性別も選ぶことはできません。「宿命」は変えることができません。しかし、「ああ、この両親でよかったなあ」、「この家でよかったなあ」、「この子が授かってよかったなあ」と、ご先祖さまからうけついできたいのちに感謝することはできます。この感謝の心を持つと心が豊かになります。
さて、宿された命は生かされなければいけません。命を使うと書いて「使命」です。「使命」は「宿命」と違って、自在に変えることができます。人生は一回です。いのちも一つです。たった一人しかいない自分。生き生きとしたいのちとして使いたいものです。
いのちは運ぶこともできます。いのちを運ぶと書いて「運命」です。いのちを運ぶと出会いが生じます。「運命」の出会い、ご縁です。この無数の縁によって、私たちは生かされています。
やがて、いのちには終わりがきます。いのちが終わることは「命」に「終る」と書いて「終命」とはいいません。「寿命」といいます。なぜ、いのちに寿なのでしょうか。
寿命の「寿」は「ことほぐ」と読みます。「寿ぐ」とは「声を出して、ほめたたえること」です。命つきたときに、愛しい人からは、「会えてよかった。また、会いましょう」と大泣きしながら、叫んでもらえることです。大切な人からは、「元気でいてください。そのうちそちらへ往きます」と涙をこらえながら言ってもらえることです。集まった人たちみんなからは、「ありがとう」と声をだし、微笑んでもらえることです。
世の中に、なにかのいのちとして生まれることは難しいことです。まして、人のいのちとして生まれてくることは奇跡といえることです。この奇跡と奇跡との出会いが、今、ここにあります。だから、私たちは、雨が降っても風が吹いても、最後までいのちを生き抜かなければいけません。
寿命という文字の中には、生き抜いたいのちを一人でも多くの、慶んでもらう願いが込められています。
「ことほぐ」、このきれいな日本語を故人に送り、みなさんで受け継いでいって欲しいと願います。」
(「大法輪」2010年5月号p123より)

漢字は表意文字。だから言葉には色々な意味があふれている。この「命」に関する文字も、このように考えて行くと、先人の智慧があふれているようだ。
この話を聞きながら、思い出すのが手仕事屋きち兵衛さんの「命連綿(いのちれんめん)(ここ)という歌。まさにここで言っていると同じ事を歌っている。

自分の体験で、法話の内容を覚えているのは一度だけ。(ここ)めったに真の法話に接することはできない。しかし、ここに書いてあるような法話に接すると、何か心が和む・・・。
しかしお坊さんも大変だ。短い時間で、聴く人がなるほど・・と思えるような、いわゆるトークを要求される。しかも、同じ話をそう何度も使えるものでもない。それなりに自分の“思い”がないと続かない。
しかしこれは、決して坊さんだけの話ではない。我々シルバー族ともなると、人生のベテランとして、自分の経験から若い人に何か言いたくなるもの・・・。それを“自慢話ではない”若い人のタメになるような話をするには、それこそ「修行」が必要になる。
自分もそのうち、聞く人が辟易せずに聞けるような話をする事が、出来るのだろうか・・・・

(関連記事)
手仕事屋きち兵衛の「命連綿(いのちれんめん)」
通夜の法話の事

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2010年4月18日 (日)

小澤俊夫の語る昔ばなし「蟹の褌(ふんどし)」

NHKラジオ深夜便で、「昔話を話せますか~小澤昔ばなし研究所所長 小澤俊夫」(2010/04/12放送)を聞いた。そこで「蟹の褌(ふんどし)」という昔話を聞いた。
こんな話だ・・・

<小澤俊夫の語る「蟹の褌(ふんどし)」>

昔話は、文字で読むものではなく、声で伝承されていくものだという。でも、少しだけ物語の概略を記すと・・・
「山の息子が、浜の娘を嫁にもらった。あるとき、初めて浜の嫁の実家に行く事になった。100418kanino_fundoshi ヨメはマヌケな夫に「歓迎で蟹が出るだろう。その時は褌を外して食うのだぞ」と入れ知恵をした。浜の親父は、大歓迎して蟹を出した。出たぞ、と思って息子はそれっとばかりに自分の褌を外して蟹を食った。それを見た親父は「こんなバカ者に娘を預けるわけにいかない」と、息子だけ追い返した。それを聞いた仲間が、ヨメを取り返しに行こうと、土産のキジをもって出かけた。たくさんの土産をもらった嫁の親父は、お返しにやはり蟹を出した。仲間はヒソヒソ相談をして、それっとばかりに自分たちの褌を外して食った。ビックリした親父はこっそり事情を聞いた。すると仲間は答えた。「初めに言っておかなくて申し訳ねえ。蟹なんて一生に一度食えるかどうかのごちそうだ。だから蟹を食う時は自分の褌を外して食うのが礼儀だと教えられてきた」。それを聞いた親父は「それは悪かった。村のしきたりとは知らないで嫁を取り返してしまった。ぜひ連れて帰ってくれ」と言って無事に収まった。」

さっき、散歩の時にカミさんにこの話をしたら、まったく受けなかった。自分は「嫁さんが、マヌケな自分の夫をからかって褌を外せと言った」と説明したが、Netで見たら、そうではなかった・・・。
広辞苑に曰く、「かに‐の‐ふんどし【蟹の褌】(形からの俗称)カニの腹部の三角形の部100418kani 分。」。なーんだ、要はカニの腹の部分の、甲羅を外して食え、という単純な話だった。それを「蟹の褌」という俗称を知らない自分は、何とも誤解してこの話を聞いてしまった・・。(写真はクリックで拡大)
これでは自分もこのマヌケな息子と同じ・・・・・。ちなみにウチのカミさんも知らなかたので“発見”が遅れてしまった・・・。(まあ我が家の知的レベルなんてこんなもの・・・)

この話は、単なる「説明不足」の話だが、その解決方法はフィンガーボウルの話と似ている。文化の違いである。Wikipediaの「フィンガーボウル」の項目にこうある。「荒木貞夫が陸軍大将だった頃に主宰した帝国ホテルでの宴会の席上、客の一人がフィンガーボウルの使用法を知らず、中の水を飲んでしまった。すると荒木は、咄嗟に自分もフィンガーボウルの水を飲み、主宰者として「客に恥をかかせまい」と配慮したという逸話が残っている。また、イギリス国王だったエドワード8世が王太子だった頃に、アラブの首長達を招待して開いた晩餐会の席上においても、上記と全く同じエピソードが残っている。」

仲間意識や文化の違いを教えてくれたこのお話もそうだが、昔ばなしは現代の我々に、色々な示唆を与えてくれるものらしい・・・。
リタイアしたら、日本昔ばなしの研究・・なんていうのも楽しいかもね・・・

ちなみに、話をされていた小澤俊夫氏は、指揮者小澤征爾氏の兄上だという。

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2010年4月17日 (土)

「童謡」の向こうにある世界・・・「シャボン玉」と「七つの子」

NHKラジオ深夜便で、大林宣彦監督が、「童謡『シャボン玉』は、野口雨情が小さい時に亡くなった自分の娘を悼んで書いた。という話がある」と言っていた。その話を前提にこの歌を聞いてみると、この歌詞もなかなか奥深い・・・

<「タンポポ児童合唱団の「シャボン玉」>

「シャボン玉」
  作詞:野口雨情
  作曲:中山晋平

シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
こはれて消えた

シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
産まれてすぐに
こはれて消えた

風、風、吹くな
シャボン玉飛ばそ

ラジオでは、あくまでこの“お話”がホントウかどうかは分からないと言っていた。Wikipediaによると、確かに野口雨情の長女は生まれて7日目に亡くなったという。
西東社の「童謡・唱歌こころの歌」という本の「しゃぼん玉」の解説にも、「大正11年11月「金の塔」に掲載。演奏旅行中に亡くした娘の記憶が後年、詩になったと言われている。」とある。まあ作詞者がどのような心情で書いたかは分からないが、子を亡くした親は、同じような心情でこの歌を聴くのだろう。

家に帰ってカミさんにこの話をしたら、既に知っていた。残念・・。
他にこの手の話は?と聞くと、「七つの子」もそうだという。カラスは炭鉱労働者のことで、朝鮮から連れて来られた人たちが、故郷を思って歌ったもの・・・?
この解釈では、山とは朝鮮半島のことで、古巣とは故郷のことらしい。

こう思って聞くと、これまた歌詞が意味深である。

<安田章子の「七つの子」>

「七つの子」
  作詞:野口雨情
  作曲:本居長世

烏 なぜ啼くの 烏は山に
可愛い七つの 子があるからよ

可愛 可愛と 烏は啼くの
可愛 可愛と 啼くんだよ

山の古巣へ(に) 行つて見て御覧
丸い眼をした いい子だよ

P10303691 同じく、西東社の「童謡・唱歌こころの歌」の解説に「大正10年7月『金の船』に掲載。明治40年『朝花夜花(二)』という民謡詩集に掲載された「山がらす」を元歌にしている。作曲者が原詩の“古巣に”を“古巣へ”に代えた。」とある。

Netで調べてみると、炭鉱労働者の説は、永六輔氏が唱えたものらしい。
「2003年2月のNHK「人間講座」において語った、野口雨情の「七つの子」についての解説。『この歌の詞は、朝鮮の人々を内地に強制連行して炭坑で働かせたが、炭塵にまみれて真っ黒だったので、カラスと呼ばれていた。この人たちの「早く故郷へ帰りたい」という思いを童謡という形にして書いたものだ。この話は雨情の弟子筋から聞いた』と言うもの。」(ここより引用)

この話は、自分はどうもホントウとは思えない。でも童謡は歌詞が単純なだけに、その後ろの世界を色々と想像してしまうようだ。

ところで、カミさんが同じく言っていた「赤い靴」の女の子は、“アメリカに行っちゃった”ではなくて、行く前に“死んじゃった”という話だけはホントウらしい・・・。
Netで読むと、モデルの女の子は、結核のため、養育を託されていた宣教師が帰米の際に連れて帰ることが出来ず、9歳で亡くなったという。でも両親はそれを知らず、話を聞いた野口雨情もそれを知らないまま、この詩を書いたという・・・。

これらの有名な童謡の背景を調べてみるのも、色々と奥が深くて面白いかもね・・・

(関連記事)
野口雨情記念館に行った

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2010年4月16日 (金)

iPadの原価構成~日本製部品の影薄く

先日、米Appleが、米国で3日に発売したiPadの売れ行きが好調で(1週間で50万台以上を出荷)、予想を超える販売による品不足から、米国外での発売時期を当初の4月末から1カ月延期し5月末にすると発表し、その影響を伝えるニュースが連日新聞を賑わしている。

まあ我々シルバーおじさんには、iPadなど欲しくもなく、高機能にも興味は無いが、その作り方については、長年の習慣で興味がある。
前に「iPodのコスト構造~垂直統合と水平分業」(ここ)という記事を書いた。2年半前の「30Gの第五世代iPod」の原価についての話である。

それと同じような話だが、先日の日経新聞に「iPad部品~日本製影薄く 韓国勢が台頭~TDKの電池/東芝のメモリー」という記事があった。曰く・・・(写真はクリックで拡大)
Img41512565500011 「米アップルが米国で3日発売した新端末「iPad(アイパッド)」の売れ行きが好調だ。ゲームや音楽、電子書籍などが楽しめる多機能が人気で、世界では500万台以上の販売が期待される。その新端末に搭載された電子部品は大半が韓国や台湾製。国際競争力が高いとされてきた日本メーカーの部品はわずかしか採用されていないことが判明した。・・・
100416ipad2 米調査会社のアイサプライは、iPad(16ギガバイトモデル)」の部品の原価合計は250ドルと、小売価格(499ドル)の半分と分析する。「500ドルを切る価格設定には驚いたが、ごく普通の電子部品で固めており納得できる」。・・・」(
2010年4月9日付け日経新聞p3より)

しかしアップルはすごい会社。携帯型デジタル音楽プレヤーのiPodの累計2億台という数字もすごいが、それに続いての新端末が500万台・・。あまりピンと来ない。

斬新な発想により、新たな世界・ビジネスモデルを作る。しかしそれはソフトの世界であって、ハード部品は旧来の物を活用・・・・。それでいて、ユーザーからは熱狂的な支持を受ける。
なるほど・・・。これこそビジネスの手本だ。

自分など、パソコンはXPを堅持し(ここ)、携帯電話は持っているだけでほとんど使わない。利用するのはカミさんと買い物に行った時に、居場所を連絡するくらい・・・。それに携帯音楽プレヤーも、専用ソフトは面倒で使わず(ここ)・・・と、考えてみると「新しいこと」には、ほとんどチャレンジしていない。
これはイカンな・・・。頭がボケないように、流行に乗ってこれからはiPadで本を読むことにしようか・・・・(付け焼き刃だけど・・・)

(関連記事)
iPodのコスト構造~垂直統合と水平分業

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2010年4月15日 (木)

日経による「企業ランキング」~働きやすい会社2010

今朝の日経新聞に「業績・働きやすさ~企業ランキング」という記事があった。曰く・・・

「日本経済新聞社は日経リサーチ、日本経済新聞デジタルメディアと共同で、上場企業を 業績や社員の働きやすさ、社会性などの広い観点から評価する新システム「NICES(ナイセス)」を開発し、ランキングを作成した。・・・具体的には「投資家」「消費者・取引先」「従業員」「社会」の4つの指標を設定。・・・各指標の得点を合算し、総合ランキングとした。・・・」(2010/04/15付「日経新聞」p1より)

        <企業(NICSE総合)ランキング>
20104150①キリンHD           898
②ホンダ            895
②キャノン            895
④花王              886
⑤三菱UFJフィナンシャルGr 884
⑥KDDI              878
⑦三菱商事           877
⑧大阪ガス           868
⑨パナソニック電工      867
⑨日産自動車          867
⑨三井物産           867

(2010/04/15付「日経新聞」p1より)

なるほど、大会社がならんでいる。
でも我々一般ピープルからすると、「従業員」の項目が興味深い。決算などの指標から、投資家に対する情報はかなり開示されているが、これから会社を選ぼうとする若者にとっては、入社後の自分たちの置かれる状況こそが大問題。「従業員」の指標では・・・

<従業員指標での企業ランキング>
①ベネッセHD         250
②パナソニック        246
③東芝             245
③高島屋           245
⑤三越伊勢丹HD       244
⑥三洋電機          240
⑦キリンHD           239
⑧旭化成           237
⑧資生堂           237
⑩パナソニック電工     236
⑩東邦ガス          236
⑫サッポロHD         235
⑫花王             235
⑫大阪ガス          235
⑮キッコーマン        233
⑮クレディセゾン       233
⑰日産自動車         232
⑱昭和電工          231
⑲三菱UFJ Gr          229
⑳帝人              228
⑳昭和シェル石油      228

20104151 20104152_2 20104153

(詳細PDFはここ

まあ、自分で入りたいと思っても入れてくれるわけではないが、何か光った物がある人はどの会社でも活躍するだろう。
しかし昔に比べて、学生に対しても、社会に対しても、企業は何と顔色を窺う(?)ようになったことか・・・。
自分は、従業員をこき使って業績を上げる企業よりも、従業員にやさしい企業が好きだな・・。
でも、経営理念で「人を大切にします」と言っていた企業が、意外と人を大切にしなかった例もあるけど・・・・

(関連記事)
「働きやすい会社2010」ランキング
「働きやすい会社2009」ランキング
「働きやすい会社2008」ランキング

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2010年4月14日 (水)

あなたの「ライフワーク」は?

先日、兄貴と雑談をしているとき、「ライフワーク」という言葉が話題になった。
「あなたのライフワークは?」・・・・・

サラリーマンは、誰も還暦を過ぎると、段々と引退ムード・・・。幾ら大会社Grで子会社の社長を経験しても、62歳を過ぎると監査役なども外され、皆フリーとなる。そして同期の連中は、全員が「一般ピープル」になる。
そこで、肩書きが取れた後、何をする?? そこに出てくるのが「ライフワークはなに?」というテーマ。
いつものように広辞苑を引くと「ライフ‐ワーク【lifework】=一生をかけてする仕事や事業。畢生の仕事。」とある。(ひっ‐せい【畢生】=命の終るまでの間。一生涯。終生。「―の大作」
だから、「自分のライフサークは音楽を聞くこと」というのはヘン。ライフワークは趣味とは違う。何かを生み出していくこと。
もちろん「自分のライフワークはサラリーマン」というのも違う・・・。ここで言う「仕事」も、現役時代の「仕事」とは意味合いが違う・・・。

昔の現役時代、毎月末になると定年退職者の送別の儀式があり、昼休みに工場の正面玄関で、定年退職者がひと言ずつ挨拶をしてはタクシーで工場を後にしたもの・・。未だに覚えているある人の挨拶。自分は知らない人だったが「明日からは、剣道の先生一本。子供たちに剣道を教えていきます」と言っていた。これがライフワークかな??

しかし、世のリタイアサラリーマンで、「自分のライフワークはこれだ」とはっきり言える人はどれだけ居るのだろう。定年後はゴルフをするぞ、とか、旅行するぞとか言う人は多い。でも所詮どれも遊び。趣味や消費の域。どうも生産的ではない。
自分の場合も、会社という肩書きが取れたら何も無い人・・・。だから何かライフワークを・・と思うのだが・・。
今肩書きが取れた状態で、何か生産的なことが出来るか?と問われた時、どう答える?
我が家でカミさんにこき使われている現状の延長で考えると、「シルバー族相手の家電品の無料修理屋さん・・?」
うーん、確かに世の爺ちゃん・婆ちゃんには喜ばれるかも知れないが、体力的にそう持ちそうにないな・・・。それに「これがライフワーク?」とも思う。本当は「**の研究が自分のライフワークです」ナンテ言うのがピンと来る。でも何を研究する???

まあ焦ることもないか・・・。追々考えていこう。
そのうちに寿命になるさ・・・・・

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2010年4月13日 (火)

ネット通販でのエアコン取り付け記

今朝の日経新聞1面に、ネット通販の記事があった。それによると、「野村総合研究所によると、2009年度のネット通販の市場規模は6兆5700億円と、百貨店と肩を並べた。」(2010/04/13日経新聞p1より)とある。そして今年度はコンビニ市場に追い付く可能性もあるらしい・・・

当blogに何度か書いているが、我が家で何かを購入する時は、通販第一。家電品の購入は、ほぼ全てが通販だ。でも軒先に置いて行かれる通販では困るモノもある。さすがに冷蔵庫は量販店で買った。搬入と旧モデルの廃棄の都合から・・・。それと、エアコンのように工事が伴うモノも迷う・・・。
それで今日は、先日据え付けたエアコンの、ネット通販での購入&取り付けについての話。

先日、メーカーのカタログには載っていないシンプルエアコンを通販で安く手に入れ、8~10畳用エアコンを工事込み5万6千円で取り付けた。
ウチの1階に8畳の和室がある。20数年前、家を建てた時に、唯一の畳の部屋に座った感じが実に落ち着いていて良かった。それで、当時は会社から帰ってくると、新築祝いにもらったジジグソーパズルをやったもの・・・。
そのうち、この部屋で瞑想にでもふけようか・・・と思いつつ、あっという間に20年が経ってしまった。その間は、せっかくの8畳間なのに単なる納戸(物置)として使っていただけ・・・
それはそれで便利だったのだが、先日突然カミさんが、和室(否、納戸?物置?)を片付けけて自分で使うと言い出した。それで急遽必要になったのがエアコン・・・。

どうも自分は、機械モノを買う時はツイ熱中してしまう。機種選択から工事まで・・・・
この部屋のエアコンは、常時居る部屋ではないので、最もシンプルで良い。タイマーや高級な機能など、何も必要ない。単に冷暖房さえ出来れば・・・・
という前提の元、価格.comで8畳用(28タイプ)を検索すると、(ここ
*日立・白くまくん RAS-LJ28Y ¥41,000(送料込み)2009年 3月上旬発売
*三菱電機・霧ヶ峰 MSZ-SV289 ¥41,288(送料込み)2009年 2月9日発売
*パナソニック・CS-289TB ¥45,465(送料込み)2009年 1月発売

などがあった。
実は我が家は、三菱しか選べない特殊事情があり、MSZ-SV289を選ぶことにした。

一応、量販店の工事込みの値段を調べようと、ヨドバシに行って聞いてみた。すると「SV289というシリーズは聞いたことがない。メーカーのカタログにもない。どこで見ました?一般品ではなくてどこかの店のオリジナルでは?」という。「では、工事だけやってくれますが?」と聞くと、「高くなりますよ。1万8千円程度が基本料金で、現場によっては色々と掛かります」と、やりたくない感じ・・・
「三菱で一番安いのは?」「工事込み99,800円ですね」・・・。“こりゃダメだ”が結論。

通販で注文を入れると、早い・・・・。クレジット処理@41,288円で、その日に出荷、次の日にはもう家に着いた。サーテ工事・・。価格コムのエアコンの欄の右に、通販で買った人向けに、“工事だけ”の広告が載っていた。それをクリックしたら、全国で工事をやってくれるという。
4月末までのキャンペーンで1万4千円。これは安い・・と、申し込む。週末に工事を頼んだら、先日の土曜日に来てくれて、思い立ってから数日間で完了。
工事に来た業者は、地元の業者だった。1時間で工事は終わって、新設の穴開け工事込みで1万5千円。・・ということで、合計5万6千円で28タイプのエアコンが付いてしまった。ちなみに25タイプなら5万2千円弱で付く。

ところで製品だが、三菱電機のエアコンカタログに載っていないので、三菱のHPで確認すると、取説のPDFは引っかかるものの製品のページがない。どうもメーカーとしてはあまり表面に出したくない製品なのかな?それとも昨年のモデルなので無い?・・・でも日立とパナソニックの型名は、メーカーのサイトに堂々と載っている現役品・・・。三菱が載っていない理由が良く分からない・・・・

でも今回のことで、良く分かった。メーカーも量販店も、色々な機能をふんだんに付けて、高級品(=高価品)として売ろうとする。しかし自分の経験では、ガチャガチャ付いた機能の“効果”は良く分からない。ウチの居間にも、プラズマイオン・・・なんていう機能が付いているが、効果の程は良く分からない。
要は、エアコンは冷暖房が動けば良いのだ。効果が良く分からない機能に金を掛ける必要はない。

通販は店舗の維持費が掛からないだけ、原理的に安い。しかし運送屋が軒下まで運んでくるだけなので、年寄りには設置が面倒だ。またエアコンのように工事があると、手配が面倒だ。でも、そこを狙った店もある・・・。なるほど・・・。
あとは、それら“得体の知れない(?)”店を、我々ユーザが信じられるかどうか・・だ。しかし通販屋も、対応が悪いとそのウワサは直ぐにNetで広まってしまうので、倒産以外は、それほど心配しなくて良い。それに「代引き」扱いなら、現品が届かないと金を払わなくて済むので、幾ら倒産しても被害は避けられる。
今回のNet購入が、量販店に比べて安かったかどうかは、あまり調べていないので良く分からない。でも当人は満足・・・。
今後、益々Net通販は伸びて行くのだろう。

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2010年4月11日 (日)

三浦洸一の「青年の樹」

先日、「光市母子殺害事件」を扱った門田隆将著「なぜ君は絶望と闘えたのか」(ここ)を読んでいたら、しきりに“青年”という言葉が出てきた。被害者も加害者も“青年”だった・・・。
その“青年”という言葉を、自分は何となく“新鮮に”感じてしまった。自分は忘れていた・・・。「青年」という言葉を・・・・。

広辞苑を引くと、「【青年】=青春期の男女。多く、14、5歳から24、5歳の男子をいう。わかもの。」とある。
そんな話と全然関係ないのだが、ふと三浦洸一の「青年の樹」を思い出したので、今日はそれを聞いてみよう・・・。

<三浦洸一の「青年の樹」>

「青年の樹」
  作詞:石原慎太郎
  作曲:山本直純

雲が流れる 丘の上
花の乱れる 草むらに
ともに植える ひと本の
ひと本の
若き希望と 夢の苗
空に伸びろ 青年の樹よ

嵐すさぶ 日もあらむ
憂いに暗い 夜もなお
腕くみ合わせ 立ちゆかん
立ちゆかん
熱き心と 意気地持て
森に育て 青年の樹よ

多感の友よ 思わずや
祖国の姿 いまいかに
明日の夜明けを 告げるのも
告げるのも
我らをおきて 誰かある
国を興せ 青年の樹よ

Netからの情報によると、この歌は1961年(昭和36年)6月19日~1962年(昭和37年)12月100411seinennoki 24日までTBS系の「ナショナル劇場」で放送された石原慎太郎原作によるテレビドラマの主題歌だという。
もちろん自分はこのドラマは知らない。時期的には自分が中学の頃・・・。この頃、家にテレビがあったかどうか定かではないが、あったとしても夜8時台のチャンネル権があるはずもなく・・・・

この詩を読んでみると、「祖国の姿」とか「国を興せ」とか・・・、さすがに現代には少しマッチしなさそう・・・・
でも、「光市母子殺害事件」の本村洋氏は、まさに青年期の23歳で妻子を失い、そして国と戦った。未曾有の失意の中で、一青年が国家を相手に戦った。そして大きく成長した。
そう、青年は多いなる可能性を秘めている。それを活かすかどうかは本人次第だが・・・・。

でも今元気(?)なのは、平均年齢70歳の新党「たちあがれ日本」だけか?しかもその命名者が、77歳の石原慎太郎氏だという。石原慎太郎氏もこの「青年の樹」を書いたのは半世紀前なので、当時はまだ20代の“青年”だったわけだ。最近の石原氏の記事を読みながら、この歌詞を聞くと、何か不思議・・・

そう言えば、寅さんの映画で、渥美清が「オイッ!青年!」なんて言う場面があったっけ・・・。そんな寅さんも亡くなってしまった。昔の青年は、今は皆老人・・・(当たり前だけど・・・)
でも今日の夜のNHKニュースで、先月倒れた鎌倉・鶴岡八幡宮の大イチョウの根本から新たな芽が育ち始めた、と言っていた。まあ樹齢800年でもこれだけ頑張るので、70歳などまだまだ青年か??
・・とすると、当然我々“還暦チョイ過ぎ組”など、まだ“少年”かもね・・・。まだまだ引退には早い。

最後に、ステレオ再録盤も聞いてみよう・・・・

<三浦洸一の「青年の樹」(ステレオ再録盤)>

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2010年4月10日 (土)

中村元の「般若心経」(6/7)

中村元先生の「般若心経の講義」を、7回に分けて聴いてみる。
この連続記事は、1985年4月から9月まで、NHKラジオ第二放送で行われた全26回の連続講義「こころをよむ/仏典」 (CDはこれ)の「第12回 空の思想-般若心経・金剛般若経」の部分を、『中村先生の声』と『読み下し文』、そして『中村先生の説明』を、この放送を活字化した、前田専学先生監修の「仏典をよむ3 大乗の教え(上)」(これ)を元に味わっていく。

こーちーはんにゃーはーらーみーたー
故知般若波羅蜜多
ぜーだいじんしゅーぜーだいみょーしゅー
是大神呪是大明呪
ぜーむーじょーしゅーぜーむーとうどうしゅー
是無上呪是無等等呪
のーじょーいっさい くー  しん じつ ふーこー
能除一切苦真実不虚
こーせつはんにゃーはーらーみーたー
故説般若波羅蜜多
しゅうそくせつしゅーわつ
呪即説呪曰
ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてー
羯諦羯諦波羅羯諦
は    ら   そーぎゃーてーぼーじーそ    わ   かー
波羅僧羯諦菩提薩婆訶
はんにゃ-しんぎょう
般若心経

<こころをよむ/仏典「般若心経」~その5>

故に知るべし、般若波羅蜜多はこれ大神咒なり。これ大明咒なり。これ無上咒なり。これ無等等咒なり。よく一切の苦を除き、真実にして虚ならざるが故に。般若波羅蜜多の咒を説く。すなわち咒を説いて曰わく、
羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶

「こういうわけだから、このように知りなさい。「般若波羅蜜多はこれ大神咒なり。これ大明咒なり。これ無上咒なり。これ無等等咒なり」と。この般若波羅蜜多という真実の智慧は不思議な力がある、これは偉大な智慧のことばであるというわけです。サンスクリットの原語で見ますと、「咒」はマントラということばを使っております。これはもともと、ヴェーダの祭りのときに唱える文句を言ったのです。そのマントラということばをここへとりまして、ほんとうに力のあるのものは何か、それは般若のさとりであるという立場から、「大神咒」「大明咒」というぐあいに讃えているのであります。
それからこれはまた無上咒、すなわち無上のことばである。また、「無等等咒」であるといいます。この「無等等」ということばは仏典によく出てきます。よく行われている解釈は、「無等」とは「等しいものがない」「類がない」ということで、次の「等」は「平等」「円満」を意味するというものです。そして、「無上咒」のほうは本性を示し、智慧の智をあらわす、「無等等咒」のほうは仏性、仏となりうる可能性を示し、慈悲をあらわす、というふうに解釈されております。つまりは、般若波羅蜜多というものは不思議な力があるということを讃えているのです。だから、一切の苦しみを除き、真実にして、虚妄ではないというのです。
「羯諦」以下は、もとのサンスクリットの原音で申しますと、ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハーです。これはもちろん、訳すこともできます。最初のガテー ガテーは「往ける者よ、往ける者よ」という呼びかけ。パーラは彼岸のことですから、パーラガテーは「彼岸に往ける者よ」。パーラサンガテーは「彼岸に全く往ける者よ」。ボーディは「さとりよ」ということになります。最後のスヴァーハーということばはヴェーダの祭りでよく使うことばです。それがここに取り入れられたのですが、「幸あれ」「幸あれかし」と訳すことができるかと思います。
漢字に訳すとなかなか趣意がうまく伝わらない。むしろ、不思議な力を保つためには訳さないほうがいい。それで、このように音だけを写して、ここに記されたのでしょう。
この『般若心経』は「空」というものの究極の境地をじかにぶっつけに述べていて、空の境地を身につけたならば、不思議なすばらしい力があらわれるという趣意を伝えているのです。」(前田専学監修「仏典をよむ3 大乗の教え(上)」より)

いよいよフィニッシュである。音楽で言うと終結部。最後の呪文に向かって驀進して行く。詳細は、下記の関連記事の時に書いているので、ここでは詳しく書かない。

ちなみに、「真言」について考えてみる。広辞苑によると、
しん‐ごん【真言】=〔仏〕①真実の語。②(梵語 mantra の訳語)密教で、真理を表す秘密の言葉。呪。陀羅尼。

じゅ‐もん【呪文】=①密教・修験道・陰陽道などで唱える神秘的な文句。→呪。②呪術の最要部を成す唱文。一定の手続の下で唱えると、自然力あるいは神や人間の行動を積極的に統御し得ると考えられる文節・語句または無意味な綴字の連続など。

ところで、「言霊(ことだま)」という言葉がある。
大きな声では言えないが、実は自分の口のバルブは、どうもゆるんでいるようだ。口から出す言葉を、一旦心に止めて咀嚼してから発すれば良いのだが、どうもクセで、何も考えずに口からどんどん出てしまう。特にカミさんとの会話では・・・。
それでカミさんに良く言われる・・。「言葉には言霊という魂があるので、あまり乱暴な口をきくと、その通りになってしまうよ・・・・と」

こと‐だま【言霊】=言葉に宿っている不思議な霊威。古代、その力が働いて言葉通りの事象がもたらされると信じられた。

ちょっと例えは悪いが、「覆水盆に返らず」ということわざもある。
言葉の重みを少し考えなければいけないと思うこの頃・・。(でもさすがに会社では言葉を選んではいるが・・・・)

話は飛ぶが、ウチの近くのバス停まで歩いて1分かかる。朝夕の行き帰りに、毎日この般若心経を唱えながら歩くようになって、もう5年以上になる。この真言の持つ言霊が、自分に対してどのように作用しているかは分からないが、唱える毎に少しでもこの世界に近付ければ・・・と思うのだが・・・

(関連記事)
「般若心経」勝手帖-13 是大神呪
「般若心経」勝手帖-14 羯諦羯諦

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2010年4月 9日 (金)

舟木一夫の「絶唱」

同じことばかり書いて恐縮だが、歌を聞くとある情景が思い出される。舟木一夫の「絶唱」を聞くと、自分は学生時代に見た映画の看板を思い出す。
Zessyou 舟木一夫と和泉雅子の映画「絶唱」は、1966年(昭和41年)9月17日の公開だという。そう、自分が大学1年の時だ。季節は、初秋・・・。夏休みが終わって、前期試験が終わり、何か羽目を外したい時だ。その時に、同じ下宿の友人と、“映画に行こう”という話になり、この映画を見に行った。映画館まで歩いて行った。当時、たぶんオールナイトで上映していた・・・と思う。そして夜中、シーンとした道を歩いて下宿に帰った思い出がある。そんな「絶唱」を少し聞いてみよう。

<舟木一夫の「絶唱」>

「絶唱」
  作詞:西條八十
  作曲:市川昭介

愛おしい 山鳩は
山こえて どこの空
名さえはかない 淡雪の娘よ
なぜ死んだ ああ 小雪

結ばれて 引き裂かれ
七年を 西東
いのち短く 待つ日は永く
泣きぬれた ああ 小雪

山番の 山小舎に
春が来る 花が咲く
着せて空しい 花嫁衣装
とこしえの ああ 小雪

ムムム・・・
なぜ死んだ ああ 小雪

Netで見ると、「絶唱」は3回映画化されているという。小林旭と浅丘ルリ子による1958年版、この舟木一夫の1966年版、そして山口百恵と三浦友和による1975年版。
ラストシーンは、主人公が戦争から帰ってみると、恋人が結核でちょうど亡くなったところ。それでなきがらに花嫁衣裳を着せて結婚式・・・。何ともロマンチックだが、良く考えてみると・・・・

同じ舟木一夫の歌で、「夕笛」という歌がある。次の年、つまり昭和42年の発売。これも同じような雰囲気の歌。自分は舟木一夫の歌では、この2曲が好きで良く聞いたもの・・・
今でもこの歌を聴くと、映画の情景が目に浮かぶ。と同時に、学生の頃が思い出される。しかし、歌は懐かしくても、当時はあまり懐かしくない。あまり楽しくはなかった心が揺れ動いていた自分の学生時代ではあった・・・・。

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2010年4月 8日 (木)

「光市母子殺害事件」~門田隆将著「なぜ君は絶望と闘えたのか」を読んで

ひょんな事から、門田隆将著「なぜ君は絶望と闘えたのか」(これ)を知り、今日の帰りのバスの中で読み終えた。この感動は何だろう?犯人Fが死刑判決を受けたから?いや違う・・・。
Image04311 この本(=ドラマ)は、何を語っているのだろう。自分は「命の尊さ」を語っていると捉えた。(写真はクリックで拡大)

言うまでもなく、この事件は1999年4 月14日に山口県光市で発生した、当時18歳の少年が主婦(当時23歳)を殺害後姦淫、その娘(生後11カ月)の乳児も首を絞めて殺害したという、いわゆる「光市母子殺害事件」の、残された夫・本村洋氏(当時23歳)が司法へ戦いを挑み、司法を変えたドキュメントである。

前に、NHKで「2008年(平成20年)日本民間放送連盟賞」の、テレビ報道番組 最優秀を受賞した東海テレビの「光と影 ~光市母子殺害事件 弁護団の300日~」(これ)を見たが、その時に受けた印象と、この本から受けた印象はだいぶ違った。「光と影」は弁護団側、そしてこの本は被害者側からの取材なので、その違いもあるだろう。しかしそれらの印象の違いからも、自分は被害者側に軍配をあげる。

この事件は、あまりに有名なので詳細は書かないが、地裁での一審も、高裁での二審も、犯行時18歳30日だったことにより、少年法第51条1項の「罪を犯すとき十八歳に満たない者に対しては、死刑をもって処断すべきときは、無期懲役を科する。」の規定から、裁判官は死刑を回避し、無期懲役の判決。Fは、少年の無期は8年で出られるとうそぶく・・・。その後、上告を受けた最高裁が、3年間の沈黙の後、「広島高等裁判所に差し戻す」という判決を下した。
そして、差し戻し後の控訴審において、死刑廃止を唱える21人による手弁当の大弁護団は、一審二審では犯罪事実を認めていたにも拘わらず、「強姦目的ではなく、優しくしてもらいたいという甘えの気持ちで抱きついた」「(乳児を殺そうとしたのではなく)泣き止ますために首に蝶々結びしただけ」という荒唐無稽の姿勢に転じ、2008年4月22日の死刑判決に至ったもの。

被害者の夫である青年・本村洋氏が、一人の人間として成長しながら、司法というとてつもなく大きな権力に立ち向かって行く姿には、多くの国民も共感したもの。
それをこの本により時間軸でたどって行くと、いくつかのキーワードに行き着く。
この本で、いくつか心に残った箇所があったが、それらを抜き出してみると・・・

「僕は、ひどい男です。僕は自分自身を許せない。・・・僕は弥生を抱きしめることができなかった。死ぬその時まで、僕の名前を呼んだに違いない弥生を、僕は抱きしめることができなかったんですよ」(P8より)

「初公判が間近に迫ったある日、思い詰めた表情の本村が工場長の日高のもとにやって来た。「実は、辞めさせていただきたいと思いまして・・・」と辞表を差し出した。・・・・・日高は、少し間を置いてこう言った。
「君は、この職場にいる限り、私の部下だ。その間は、私は君を守ることができる。裁判は、いつかは終わる。一生かかるわけじゃない。その先をどうやって生きていくんだ。君が辞めた瞬間から、私は君を守れなくなる。新日鐵という会社には、君を置いておくだけのキャパシティはある。勤務地もいろいろある。亡くなった奥さんも、ご両親も、君が仕事をつづけながら裁判を見守っていくことを望んでおられるんじゃないのか」 
日高は、こうつけ加えた。
「この職場で働くのが嫌なのであれば、辞めてもいい。君は特別な経験をした。社会に対して訴えたいこともあるだろう。でも、君は社会人として発言していってくれ。労働も納税もしない人間が社会に訴えても、それはただの負け犬の遠吠えだ。君は、社会人たりなさい」・・・・・
日高が、預かっていた本村の辞表を「これ、もういいな」と言って、本村の目の前で破り捨てたのは、それから1年以上ものちのことである。(p93より)

「しかし、第1審で渡邉裁判長が出した判決は、個別の事情には何の関係もない、過去の判例に縛られた単なる「相場主義」に基づいたものだった。裁判官は被害者の味方ではない。むしろ敵だ。裁判の結果に加害者ではなく、被害者の側が泣く。それが日本の裁判だと、本村はこの時、思い知ったのである。」(p131より)

「記者会見場に姿を現した本村の怒りは凄まじかった。・・・「司法に絶望しました。控訴、上告は望みません。早く被告を社会に出して、私の手の届くところに置いて欲しい。私がこの手で殺します」 記者会見という公の場で「報復殺人の予告」とも言えるべき発言を行った。」(p132より)

「日弁連とそれを支持する大マスコミによって、エセ・ヒューマニズムがはびこり、いつの間にか、犯罪者に「理解」を示し、その心を慮ることが、人権を尊ぶこととされるようになっていたのである。」(p110より)

「日本の司法では、少年がどんなにひどい殺し方をしても、被害者が「二人」では死刑にならないという。どんな証拠を出しても、「相場主義」には勝てないのである。」(p170より)

「最高裁での上告審弁論に“死刑反対派”弁護士の安田弁護士と足立弁護士が欠席した。理由は研修用模擬裁判のリハーサルのため・・・・。濱田裁判長は、この5月一杯で最高裁判事の退任が決まっていた。弁論を6月まで延ばせば、この事案は濱田の後任が担当になる。濱田が退任すれば、新たな合議が始まる。弁護人の意図は透けて見えていた。」(p183より)

「だがその年の10月、全国から集まった21人の弁護士によって、控訴審弁護団が結成された。」(p192より)

「シナリオ通り、役者が舞台で演技をしているようにしか思えなかった。」(p198より)

「本村の意見陳述で、・・・・・私が君に言葉を掛けることは、これが最後だと思う。最後に、私が事件後に知った言葉を君に伝えます。中国、春秋戦国時代の老子の言葉です。“天網恢々、疎にして漏らさず”」(p218より)
(「天網恢恢(かいかい)疎(そ)にして漏らさず」=天の網は広大で目があらいようだが、悪人は漏らさずこれを捕える。悪い事をすれば必ず天罰が下る意。)

この本を読み終わって、最後に残った感触は「弁護士って何だ??」
100408bengodan 控訴審が始まるや、全国から手弁当で21人も集まった大弁護団。最高裁から、死刑回避のための反省という最後のチャンスを与えられながら、その機会を自ら失うべく事実をねじ曲げ、事実無根の言い訳に終始した(素人でも分かるバカバカしい)弁護方針・・・。結果、自ら死刑を招き入れた責任・・・
最高裁の口頭弁論のボイコットによる時間稼ぎ、という最高裁をも愚弄する前代未聞の手段を筆頭に、とにかく死刑回避が出来れば何をやっても良い、という弁護姿勢に、弁護士活動って何だ?と思った。
この本のエピローグで、F本人もこの弁護方針には不満だったと吐露しているのが哀しい・・・

先に書いた東海テレビの「光と影 ~光市母子殺害事件 弁護団の300日~」。一度見ただけで消してしまったが、機会があったらもう一度見てみたいもの。そしてこの弁護団の理屈をもう一度味わってみたいもの。
最初にも書いたが、この本は命の大切さを理解するのには格好の本だと思う。

(2010/04/10追)
ある弁護士さんからこんなコメントを頂いた。
「被告人の真の利益とは何か。被告人の意思に反しても被告人の真の利益を守ることが弁護士なのか・・・。それとも通らない主張でも被告人とともに被告人の主張をしてあげることか良いのか・・・。
弁護士は、検事でも裁判官でもない。絶対的真実を解明する立場にはない。あくまで、被告人の立場に立って被告人の利益を守ることにある・・・・。
「本当は殺人も強姦もしていない」と言った場合にはどうするか(今回事例)。「そうしたことを主張しても無駄だから、素直に認めなさい」ということは、弁護士にはできない。弁護人の弁護の放棄になる。被告人の人生なのだから、そして被告人のための弁護なのだから、被告人の主張に沿ってできる限りの法的主張をすることになる。今回の大弁護団も死刑の廃止を主張しているのではなく、本事件そのものの弁護をしている。弁護方針を決めたときには最高裁判所の判決が出ていなかったので、最高裁判所の判断が被告人には分からなかった。第1審、第2審と反省していなかったのに、最高裁の判決により死刑になることが予想された途端に、急に反省いたしましたというほうが良いと分かっていたとしても、人間は変われない。それが「人間の業」というものだと思う。」

確かにこの話も分かる。
最高裁の弁論決定によって、本人が死刑を予感し、「強姦するつもりはなかった」「(ふたりを)殺すつもりはなかった」(p182)という姿勢に転じたことが、弁護方針決定の始まりだった事も分かる。
しかし結果として、最高裁は「死刑の選択を回避するに足りる特に斟酌すべき事情があるかどうかにつき更に慎重な審理を尽くさせる」という反省のラストチャンスを与えてくれたにも拘わらず、被告“側”はそれを活かせなかった。弁護団がFに“真の反省をすれば、死刑を免れることが出来るかも知れない”と諭したのかどうか、それは分からない。
確かにFが辿る道は、これ(死刑)以外は無かったのかも知れない。しかし、大弁護団でも誰でも良い。もしFに諭す人がいて、Fが真の反省をしていたら、本村氏の3300日もまた別の意味を持ったのかも知れない。
この事件は我々に、まさに“人間の業”を考えさせたものであった。

(関連記事)
光市母子殺害事件、最高裁の上告棄却(死刑)判決に思う
光市母子殺害事件の死刑判決に思う

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2010年4月 7日 (水)

USBメモリーの選定~パスワードロックの使い易さ

パスワードロック付USBメモリーは、“グリーンハウスの製品が使い易い”というのが結論。

フラッシュメモリーの微細技術の開発、大容量化によってUSBメモリーが安くなっている。4Gもあるのに千円台・・・。しかし、大容量だけに落としたときの影響が大きい。もし業務上の情報が流出すると、新聞沙汰も覚悟??よって、パスワードロックをかけてセキュリティに気をつけることになる。(まあ業務上の情報を社外に持ち出すことはないが・・・)

ちょうど1年前、個人的に持ち歩くUSBメモリーとして、セキュリティ付の物に買い換えた。有楽町のビックカメラに行って手に取って選んだのが、バッファローのRUF2J2GSSV。選んだ理由は、それまでキャップ付のものを使っていて、キャップをなくさないように気をつけるのが面倒だった。よってキャップを紛失する心配がないスライドアップ式の物を選んだ。
ところが、1年も使っていると、スライドがロックしなくなってきた。つまりメモリーのUSBコネクタをスライドしてケースから出し、パソコンのUSBコネクタに刺そうとしても、ロックがかからなくなって、引っ込んでしまう。いちいちレバーを持って引っ込まないようにしてパソコンに刺す必要が出てきて参った。
考えてみると、パソコンのUSBコネクタに刺すときは、意外と力が要るもの。それを毎日のように使っていると、ロックが壊れるのは当然。そんなに頑丈に作られているとも思えない。
メーカーに問い合わせると、「修理に出してくれ」でオワリ。千円位の物で、修理に出す手間、費用を考えると、当然“買い換え”となる。
それに、バッファローのセキュリティ方式は、USBメモリー内のファイルをいちいち立ち上げてアプリを起動させないと、動き出さない。これが煩雑でイヤだった。それに、初期設定の時に、セキュリティのエリアと無セキュリティのエリアを設定するのだが、これも分からない。何で無セキュリティの部分を設定するのか・・・。それが使っていて分かった。いちいちアプリを起動させなければいけないのが面倒くさく、結局無セキュリティエリアで使うことが多くなったのだ。本当は、ユーザはメモリー全体をロックしたいのに・・・

そこで、1)スライド方式は原理的に壊れるので、普通の棒状のタイプ 2)セキュリティロックは、パソコンに刺しただけでパスワード画面を表示するもの という条件で探すことにした。
参考にしたのが、「セキュリティ機能付きUSBメモリーを機能と速度で徹底比較」(ここ)という記事。
この比較記事では「アイ・オー・データ機器のイージーディスクセキュアー2」を押している。しかしこの製品はどれも高価なのでNG。ハギワラシスコムの「パスワードロッカー」も高価なのでNG。バッファローは、先に書いたようにログオン画面が自動では起動しないため、NG。
そして残ったのが、グリーンハウスの「ピコドライブ ST」。(PicoDrive ST GH-UFD4GSTZ )これは安い。4Gで1300円(これ)。

これに決めて、吉祥寺のヨドバシカメラに行ったときに探してみた。そうしたら無い・・・。
店員に聞くと、グリーンハウスは扱っていないという。しかたなく、また通販で買った。

先の比較記事にあるように、セキュリティソフトはグリーンハウスのサイトからダウンロードする必要があるものの、最初だけなので苦にならない。値段が安いし、自分の使い勝手に合っているので、これで充分。
まずパソコンに差し込むと、直ぐにパスワード画面が開き、ロックを解除すると、普段と同じ使い勝手なので便利。エクスプローラなどでファイルの扱いは自由自在。
でも、パスワードを入れてから少しの間“考える”時間があるのと、解除された瞬間に出る“ジャン”という音が気にくわない。まるでパソコンでドジをやったときに出る音みたい・・・
まあそれ以外は必要にして充分。しかし、キャップを無くす人がやはり多いらしく、予備用のキャップが付録で付いているのはお愛想・・・・。

もちろん、USBメモリーは沢山のメーカーがある。価格コムのサイトだけで40社も並んでいる。その中から選ぶのは至難の業。結局は口コミになる。でも口コミほど確かなモノはない、と思うのだが・・・

●メモ:カウント~90万

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2010年4月 5日 (月)

胃がん・肺がん検診~有効性示すデータ、日本だけ

最近、健康についての話題が多く、少しは気にしているのだが・・・
先日の朝日新聞に「胃がん・肺がん検診、効果あるの?~有効性示すデータ、日本だけ」という記事があった。曰く・・・

胃がん・肺がん検診、効果あるの?~有効性示すデータ、日本だけ
胃がん、肺がんは日本人が最もなりやすいがんで、国も検診を勧めている。しかし国際的には、この二つのがん検診を実施している国はほとんどなく、検診の有効性を示すデータは、日本発のものしかない。
新潟大教授で予防医療学を教える岡田正彦さん(63)は過去に一度も、胃がんや肺がん検診に行ったことがない。・・・・国は、胃、肺、大腸、乳、子宮頸がんの五つの検診の指標を作り自治体に実施を求めている。大腸、乳、子宮頸がん検診は国際的にも有効性が確認され各国が導入している。しかし胃がんは韓国、肺がんはハンガリーぐらいだ。岡田さんの主張はこうだ。胃がんも肺がんも、国際的に「検診による死亡率減少」を示すデータがないのに、科学的根拠のレベルが低い日本の研究をもって、推奨するのはおかしいのではないか――。・・・」

研究手法には「ランダム化比較試験(RCT)」と「コホート(集団)研究」がある。
「国の検診指針は厚生労働省研究班がつくったが、有効性評価は主に、日本で行われた症例対照研究とコホート研究が根拠として用いられた。・・・
いずれも受診した人の方が受けなかった人に比べ、がんで死ぬリスクが30~60%程度低い、という結果だった。・・・
肺がん検診は米やチェコで行われたRCTで有効性が否定されたほか、世界の優れた研究を再検証する「コクラン共同計画」や米政府の予防医学作業部会も、このRCTに基づき有効性を示す根拠は不十分とした。日本肺癌学会の05年版指針も同じ内容だ。・・・・
胃がん検診も、米国立がん研究所が「米国では推奨しない」としている。・・・・
北海道大の浅香正博教授(消化器内科)らは、血液検査でピロリ菌感染や胃粘膜の状態を調べ、リスクが高い人のみ、X線ではなく内視鏡で検査する方法を提唱する。・・・
海外では最近、検診により不必要な精密検査が行われ心理的不安感が増すなど、「検診の不利益」が注目されている。放射線被曝の問題もある。・・・・」(
2010/4/1付「朝日新聞」p33より)(全文はここにPDF)

この話は前にもどこかで聞いたことがあるような気がするが、このように新聞記事ではっきりと読むと、ミーハーの自分は、にわかに自分の行動につなげたくなる・・・。
確かに会社の定期検診で胃がんが見つかり手術した人を何人も知っている。それに、肺がんが検診で見つかって亡くなった人も二人知っている。症状が出ないうちに、がんが見つかることがある事は事実。だから今まで、そんな話題を耳にしても、その有効性までは疑った事がなかった。しかし、幾ら日本や韓国が胃がんに罹りやすい民族だとしても、世界的に孤立している状態を耳にすると、何かイヤな感じ・・・・・。そして、またうがった見方をしたくなる。医者の商売??とか・・・

今でこそ、自分は人間ドックに行かなくなったが、10年前に行った時、受付で「バリウム検査はしますか?」と言われてビックリした事があった。特に胃の検診に行ったのに、やるかやらないかと聞かれる。その時に、聞く理由を尋ねると、「そう度々やる必要はない。被爆の問題もある」と言われた。なるほど、前から色々議論はあったようだ。

自分も会社の健診で胃の検査をサボりだしてからもう5年になる。有効性よりも、バリウムが嫌いなので受けていない。でも肺のレントゲンだけは直ぐに終わるので受けてきた。でも、これからサボろうかな・・・・。
結局、自分でその有効性を信じられれば受ければ良い。しかし疑問視するなら、自分で選択すればよい。実に簡単なこと。でも自分もトシと共に、決められたレールにただ乗ってきたスタンスが、少しずつ変化してきたように思う。

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2010年4月 4日 (日)

安保徹著「病気は自分で治す」を読んで

カミさんから勧められて、安保徹著「病気は自分で治す」を読んだ。この方は免疫学の先生だという。よって、その専門から現代の医療に対して警鐘を鳴らしておられる。

Image04291 安保先生の、一番分かり易いメッセージ「ガンを治すための4ヶ条」は、
1)生活のパターンを見直す。(ストレスを減らす)
2)ガンの恐怖から逃れる。
3)からだが消耗する3大療法(手術、抗がん剤、放射線治療)を受けない。
4)副交感神経を優位にして免疫力を高める。(p216より)

以下、この本から気になった文言を拾ってみると、・・・
「ストレスをまともに受けて破綻した場合が、交感神経緊張の病気群です。歯周病、胃炎、胃潰瘍、膵炎、・・・・・。一方、ストレスを避け。おだやかに生き過ぎることによって副交感神経優位になり、それが行き過ぎて、逆にストレスに過敏になり破綻してしまったのが、アレルギー疾患と女性優位傾向の強い膠原病です。リウマチやSLEもこの仲間です。・・・いずれにせよ。生き方の偏りが最終的にストレスを引き金として病気になるのです。ガンの場合も同様です。・・」(p111より)
「抗ガン剤は発ガン剤。・・・現在行われている対症療法に使われる薬のなかでも、抗ガン剤、ステロイド剤、消炎鎮痛剤、インターフェロンなどは、長期間続けると、症状をさらに悪化させる危険があります。・・・薬の害が10割なら、つまり、まったく効果がなくて害にしかならなければ、その薬を使う治療法が生き残ることはありません。・・・しかし、7~8割の人に害があっても、残りの2~3割の人が、害があったにもかかわらず生き延びたときが問題なのです。・・・特に、患者さんが若かったり太っていたりすると、まだまだ余力を残した状態で発ガンしているので、からだに悪い治療にも、これに打ち勝って生き延びられる場合があるのです。こうして、その治療は消えずに行われ続けるのです。・・・」(p131より)
「私は、ガンは無理な生き方による交感神経緊張の持続から引き起こされることを明らかにしました。・・つまり、からだをいたわる生活に切り替えればよいのです。・・一番の問題点は、病気を作ったのは自分であるという自覚が患者さん本人に少なく、「こわい病気は他人が治してくれるもの」という考えから抜け出せないことでしょう。・・・第二の問題点は、からだを消耗させる治療を受けてしまえば、それが病気を助長させてしまうという矛盾に気がつかないことです。・・・第三の問題点は、・・・抗ガン剤や放射線照射が。激しい低体温をつくって生体を破綻に導くということです。・・」(p135より)
「薬を飲み続ける人たちの思考パターンを考えてみましょう。
1)症状を、生き方の無理からくる警告と捉えずに、自分のからだが失敗を犯していると考える。
2)薬が対症療法と知らずに、根治のために処方されていると誤解している。
3)薬には副作用や害があり、病気をむしろ悪化させていることが多いのを知らない。
4)徐々に病気が悪くなっていても、薬のせいではなく、自分のからだのせいだとあきらめてしまう。」(p167より)
「・・・因果律という言葉も使われていました。この世には原因があり、それが必然の結果と結びついて進んでいる。物事は成るべくして成るのだというように考えることが、精神の安定に繋がるのでしょう。・・・」(p268より)

ここに書かれていることは、決して目新しいことではない。前に、同級生だった外科医から聞いていた話と同じだから・・・。今は連絡がつかなくなっていて残念だが、その友人が言っていた言葉は珠玉だ。少しだけ紹介しよう。
「・・体にメスを入れることは極力避ける。薬は長期に飲んではダメ。薬は対症療法。体質を変えて行かないといけない。・・ホルモン剤など絶対飲んではダメ。食事と運動。遺伝子組み替えは絶対に避ける。ハイテクなど要らない。副作用を出してはそれの薬を飲んでまた副作用。薬ばかり増える。西洋医学は行き詰まっている。新人の医師も、どの病気には何の薬と決まっているのでバカでも勤まる。今は医療は商売になっていて、訴訟防止に気が向いているだけ・・・」

我々シルバー世代になると、集まると話題は孫の話か病気の事。特に健康と病気の話になると場は必ず盛り上がる。まったく悲しい話だ・・・。

自分の場合、幸いにもまだ大病には罹っていないが、当然その時は来る。その時は、今の医療のレールにただ乗るだけではなく、“人間も動物”という原点から考えて行こう。
でも少なくてもガンになっても3大療法(手術、抗がん剤、放射線治療)は受けないつもり。その代わりに何をする?それは色々と考えるさ・・・

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2010年4月 3日 (土)

思い出のTV・ラジオ主題歌集(6)

我々還暦世代が子供の頃に聞いていたテレビ・ラジオ番組のテーマソングを集めた企画の第6回。今日もこんな曲を聞きながら、昔を懐かしむことにしよう。

(21)<「鉄腕アトム」(上高田少年合唱団)>

あまりにも有名なアニメの先駆け。Wikipediaによると、「フジテレビ系列にて、1963年1 月1日から1966年12月31日まで放送。全193話。日本で最初の連続テレビアニメと言われてきたが、正確にはそれ以前にインスタント・ヒストリー(3分番組で実質1分)が存在するため、現在では「日本で最初の1話30分の本格的連続テレビアニメ」と言われる事が多い。一部を除きモノクロ作品。」とある。
原作のマンガは「1952年(昭和27年)4月から1968年(昭和43年)にかけて、「少年」(光文社)に連載された」とあるから古い。半世紀以上も前に、原子力をエネルギーとするロボットという発想をするとは、大変なもの。その当時は大変な未来だった21世紀になってもう10年も経つが・・・。(この歌は小さかった長男が、たどたどしい赤ん坊言葉でいつも歌っていた歌で、この歌を聴くと当時の“悪夢”を思い出す・・・・。)

(22)<「鉄人28号」(デューク・エイセス)>

Wikipediaによると、「『鉄人28号 (テレビアニメ第1作)』は、横山光輝の漫画作品『鉄人28号』の最初のテレビアニメ化作品。1963 年10月20日~1966年5 月25日、フジテレビ系列で放送された。84話で終了し、3か月後に新作13話が放送され、全97話となった。モノクロ作品。」とある。
自分はこのアニメはあまり記憶がない。テーマソングも。しかし、オモチャでロボットが大好きだった。
漫画「鉄人28号」は、1956年(昭和31年)から月刊誌「少年」に連載されたとの事なので、まさに自分が小学校の3年生の頃。薄い金物を折り曲げたオモチャのロボット。それが欲しかった・・・。そして近くの大人に良く言った。「大きくなったらロケットかロボットを作るんだ・・・。どっちが良い?」すると、誰かが答えた。「ロボットよりロケットの方が難しいのでは?」
そんな人間型ロボットが既にホンダなどで作られている。結局自分は、大人になって、ロボットもロケットも作らなかったけど・・・

(23)<「オバケのQ太郎」(石川進)>

Wikipediaによると、「『鉄腕アトム』以来、それまで主流だったSFヒーローものが飽きられて視聴率が低下した中で、生活ギャグアニメ『オバケのQ太郎』は登場。TBS系「不二家の時間」枠で放送された。初回から視聴率30%以上の人気を得て、アニメ主題歌の「オバケのQ太郎」はミリオンセラーを記録し、1966年第8回日本レコード大賞童謡賞を受賞。」とある。
このテーマは有名だった。

(24)<「ウルトラマンの歌」(みすず児童合唱団、コーロ・ステルラ)>

Wikipediaによると、「『ウルトラマン』は、日本の円谷特技プロダクションが制作し、1966年(昭和41 年)7月17日から1967年(昭和42年)4月9日の間にTBS系で毎週日曜日19:00 - 19:30に全39話が放送された特撮テレビ番組。」とある。

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2010年4月 2日 (金)

年金機構からの「源泉徴収票の差し替え」郵便

平成21年分の確定申告の受付は、平成22年2月16日から3月15日までだった。それをとっくに過ぎた3月27日に、日本年金機構から「公的年金等の源泉徴収票の送付について」という手紙が届いた。見ると、源泉徴収票が2つ並んで印刷されており、ひとつは「無効分」とあり、もう一つには「訂正分」とある。
趣旨が分からない。何度読んでも、淡々と「年金記録の訂正等に伴い、過去分の年金支払い額等に変更が生じたため・・・」としか書いていない。年金記録の変更など、心当たりがない。銀行の通帳を調べてみると、「無効分」の金額は、昨年10月と今年の1月に振り込まれた金額と合っている。しかし、訂正分の数字はどこから持ってきたのか分からない。(写真はクリックで拡大)

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仕方なく、初めて「ねんきんダイヤル」に電話してみた。待たされるかと思ったが、コールセンターは直ぐに出た。一応は丁寧な対応だったが、調べると言って1時間後に掛かってきた電話の内容は、案の定プアーなもの。ポイントは2つあって、一つは1月に振り込んだ額を除くこと。もう一つは、10月に振り込んだ額の変更だという。これでは数字が分からないはずだ。しかも、「源泉徴収票は見込みで発行しているので、訂正は良くある」という。
コールセンターに「“前年分”の年金が1月に振り込まれた場合は、次年度の所得となるのでしょう?」と聞くと「良く分かりません」・・・。「既に確定申告書を出してしまったのですが」というと、「納税については良く分かりませんので、所轄税務署に問い合わせて下さい」だってさ・・・

しかし時間軸的にヘンだ。源泉徴収票が送られて来たのは、2月位だろう?その源泉徴収票が見込み?? 1月に振り込まれた金額が、2月の源泉徴収票に反映出来ない?・・・
しかし、“ねんきんダイヤル”が言っていた、「源泉徴収票は見込みで出すので、修正は良くあるんですよね」と言うのがホントウだとすると、年金機構がどの位の人の源泉徴収票を訂正するのか分からないが、その人たちは皆2回ずつ確定申告をしなければならない。それこそ税務署も含めて大変な労力のムダ。
待てよ? そもそも1月の振り込みがおかしいのか? 本来は、10月の次は12月では?・・・。摩訶不思議・・・・

社会保険庁はボロボロ・・という話は聞いていたが、今まで直接的には影響がなかった。しかし今回のことで、新組織「年金機構」になっても“相変わらずボロボロ”だということを知った。
自分のミスを、まるで他人事で単に事象のみを淡々と連絡するこの姿勢・・・。それによって国民の手間が、そして税務署の手間がどれほど増えて迷惑するかを、(コールセンターではないが)「良くあるんですよね~」で済ましている。電話口では謝っていたが、手紙には「お詫び」のひと言もない。
具体的には、確定申告について、「(払い過ぎの場合は、)・・・更正の請求を“行うことが出来ます”。」、不足の場合は「修正申告書の提出が“必要となります”。」だってさ・・・。
まるで他人事なのが気に食わない・・・・

ふとWikipediaで「日本年金機構」の項目を見たら、「お客様へのお約束10か条」というのがあって「6. お知らせ文書や、届出・申請書類は、できるだけわかりやすく、読みやすくします。」とあった。
携帯電話の請求書の明細もよく分からない代表だが、それと同じく到底「わかりやすく、読みやすい」とは言えない今回の手紙だった。

ひょんな事で、日本の官僚世界のいい加減さを“初体験”してしまった。つくづく息子が官僚でなくて良かった・・・。(←これ負け惜しみだけど・・・)

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2010年4月 1日 (木)

赤軍合唱団の「アムールのさざなみ」

今日は4月1日。新年度が始まった。
今週は本当に寒かったが、今日はやっと一服。桜もやっと満開だ。
下の写真は、昨日(3/31)の国立駅前大学通りの桜(1枚)と、今日の玉川上水の桜(2枚~携帯なので画質が悪い)である。(写真はクリックで拡大)

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先日、駅前の本屋に行ったらCDを売っていた。1枚500円という。何気なく見ていたら、赤軍合唱団のロシア民謡集がある。1枚欲しいと思っていた赤軍合唱団である。どうせ“まがい物”だろう、とは思ったものの、ステレオ録音でもあり昼食より安い500円という値段に、“ダメもと”でも買ってみる価値はあるかな・・と買ってしまった。

日本語のカバーを外すと、出てきたのはロシア語の文字も入ったCD。ロシアで作ったかどうかは分からない。再生してみると、どうしてどうして、ホンモノ。一通り聞いてみた中で気に入ったのが、この「アムールのさざなみ」。少し聴いてみよう。

<赤軍合唱団の「アムールのさざなみ」>

この歌を聴きながら、ふと大学時代のサークルの部室を思い出した。1年の時に入ったサークルの部屋にアコーデオンが置いてあった。楽器なら何でも触ってみたい自分なので、早速いたずら・・・。左手の和音のボタンを探し、ブンチャッチャ、ブンチャッチャとやって、「みよアムールに波白く シベリアの風たてば・・・・」と右手で旋律を・・・。
でもそこまでだった。“見よう見まね”ではなく(←見ていない・・)、誰からも教わらないで“勝手に弾こう”ったって、所詮ムリ・・・。結局、弾けないままで終わった。

ふと買ったCDで、とんだ昔のことを思い出してしまった。でも色々と楽器は好きだったものの、結局何もモノにならなかった自分の人生ではある。(小学校時代のハーモニカも(ここ)、大学時代のギターやピアノ(ここ)、そしてアコーデオンも・・・。ついでにエレクトーン(ここ)も全部ダメだった・・)

でもやっと春。暖かくなってくると、何故か心も軽くなってウキウキする。そんな時にこんな三拍子の歌を聴くと、なぜか踊りたくなる???(←オーバー)
春は、新しいことの始まり。
そう言えば、ちょうど10年前の今日、(行きたくなかったストレスの塊の)本社に飛ばされたっけ・・・・

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