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2010年3月22日 (月)

手仕事屋きち兵衛の「色即是空」

さっき犬の散歩で、“大回り”に行ってきた。“大回り“とは、ウチからお寺の脇を通って多摩川に出て、下水処理場の建物の上を利用した公園でボール投げ・・・という3キロ強のコース。(そういえば前に書いたな・・と探してみると、3年前に「いつもの散歩道」という記事を書いていた(ここ)。)
道ばたにあった梅はすっかり花を落とし、代わりに桜のつぼみが膨らんで、開花寸前。来週の週末には満開だろう。

一回りして、墓地の側に帰ってくると、お線香の匂い・・・いつになく墓参の人影が多い。そうか、彼岸の中日なのだ・・・。
歩きながら、「そう言えば般若心経の歌がある」とカミさんに言ったら、聞いてみたいという。そんなことで、お彼岸にちなんで、手仕事屋きち兵衛さんの「色即是空」を聞いてみよう。

<手仕事屋きち兵衛の「色即是空」Live盤>

「色即是空」
  作詞:永六輔
  作曲:手仕事屋きち兵衛

草の色 花の色
あるがままに 生きているのに
あなたはいない もういない
いない いない いない

風の色 空の色
あるがままに そこにあるのに
あなたはいない もういない
いない いない いない

色即是空 空即是色
いるのに いない いないのに いる
あなたは私の中に
ふるさとに いる いる いる

山の色 海の色
あるがままに 生きているのに
あなたはいない もういない
でも いる いない いる いない
いる いない いる

この手仕事屋きち兵衛さんの「色即是空」という歌は、アルバム「色即是空」(これ)に入っている曲と、ライブ盤とがあるが、自分はどちらかというとこのライブ盤の方が好きだ。スタジオ盤に比べて、ギターの伴奏の旋律が好き・・・。

般若心経の「色即是空」は一番有名な部分だが、その概念は極めて難しい。当blogを書き始めて直ぐにこれについて書いた(ここ)。もう3年以上前だ。それから時間が経って、少しは分かってきたかというと、今でも自信がない。その概念を、この歌で永六輔さんが分かり易い言葉で表現している。
この「いる」「いない」の繰り返しに、何を感じるか・・・。
ウチのカミさんは「誰か亡くなった人が身近にいると、たまらない歌・・」という。

「色即是空 空即是色」について、中村元先生は「我々の物質面というものは実は空なのである。空というものは実は物質的なかたちとして展開するものである。」と解説している(ここ)。
この歌は、(日本で一番有名なお経である)「般若心経」を歌にした唯一の例ではないだろうか。こんな歌を聴きながら、お彼岸に御先祖の供養・・というのも良いのでは・・・?
最後にこの歌のスタジオ録音盤も聴いてみよう。

<手仕事屋きち兵衛の「色即是空」スタジオ録音盤>

(関連記事)
「般若心経」勝手帖-06 色不異空空不異色
中村元の「般若心経」(2/7)

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コメント

 エムズの片割れさんの文章を読んで、歌を聴いて・・・、ただ、ただ絶句! 感動して心が揺さぶられ、何も言えず、何か書こうにも書けないでおりました。

 ようやく、心を整理して・・・コメントを書いてみます。
 (このお彼岸、丁度、実父・義父の法事を前後に控えておりました。実父は、私が記憶にある頃から「般若心経」をあげるのが日課でした。そして、よく参禅していた人でした。それで、小さな子供の私に、「色即是空とは・・・」と話してくれました。無の世界、すべて無だよ・・、などといわれても当然分かるはずもありません。でも、小さい頃の記憶は今でも蘇ってきます。)
 
 永六輔さんは、亡くなった奥さまのためにこの詩を書かれたようです。永さんは、確かご実家がお寺さんだったと思います。だから・・・このような詩が書けたのか?と。
 
 きち兵衛さんご自身のギター伴奏のライブの方は、とても哀愁が漂う伴奏に思えます。スタジオ録音の方は、フルート?(管楽器)の音色が、遠く遥か彼方へ心を誘ってくれているように思えます。
 そして、この曲でのきち兵衛さんの歌い方は、穏やかで静かにしっとりと聴かせてくれています。きち兵衛さんも仏師だから・・、永さんのこの歌の心が通じるところがあるのでしょうね。きっと、ピュアな人でないと歌えない詩でしょう。(ピュアな心を持った人でないと仏像も彫れないのかもしれません。)

 歌詞の中で「いる いない・・・」を繰り返していますが、この詩が「いる・・・・」で終わっているところが、なんとも救われます。そして、その「いる・・・・」の余韻がその含みが、たまらなくいいようです。
 というのは、大切な方を亡くされた私の知り合いの方が、あるとき「この歌でとても救われた」と、仰るのです。それも全く別人で同じ境遇の方も、異口同音に仰いました。
 ちょっと前に『千の風になって』という歌がヒットしました。とてもいい歌だと思います。でも、その方たちは、「『千の風・・』を聞いてもシックリこなかったけど、やっぱり日本人ね、この『色即是空』を聴いたらシックリきたの。実を言うと、この歌で救われて、立ち直れたの。」と、同じように私に話してくれました。
 この歌『色即是空』を知って、改めて、仏教文化の長い歴史によって育まれたものが、私たち日本人の心の中にエキスとして受け継がれていることを感じた次第です。
 
 (書いていったら、こんなに長くなってしまいました。すみません。)

投稿: ジャン | 2010年3月25日 (木) 11:25

 この『色即是空』と、『命連綿』という歌 (以前掲載してくださった)は、一対として聴いてもらいたい歌だと、永六輔さんは思っているのではないでしょうか。

投稿: ジャン | 2010年3月25日 (木) 12:40

ジャンさん

この歌の背景に、永六輔の亡くなられた奥さんが居られたのですか・・・。
それで腑に落ちました。しかしそれを胸にこの歌を聴くと、泣けますね。
亡くなる一方で誕生がある・・命連綿・・・

投稿: エムズの片割れ | 2010年3月25日 (木) 21:56

永六輔さんがお亡くなりになったという。
あらためて、この歌を聞かせていただいた。
合掌。

投稿: ジャン | 2016年7月11日 (月) 23:36

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