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2010年3月 9日 (火)

「ヤマハ音楽教室」の思い出

いやはや大雪だ。BSアンテナにも雪が積もって、アンテナレベルが下がってしまった。明日の朝が思いやられるな・・・。そんな話とは関係ない話・・・。

先日の日経新聞に「ヤマハ音楽教室 生徒、大人が22%に急伸」との囲み記事があった。それによると、ヤマハ音楽教室の生徒数は約50万人、そのうち大人は約10万人・・・。
曰く・・・

ヤマハ音楽教室 生徒、大人が22%に急伸
ヤマハの音楽教室に異変が起きている。生徒数を大人と子どもに分けると、1994年度末からの15年で子どもが26%減ったのに対し大人は2.5倍に膨らんだ。全体に占める大人の比率は2009年度末で22%の見通し。15年前の8%から急伸する。団塊世代が定年を迎え、時間とお金に余裕ができたのを機に楽器を手にする人も増えている。・・・」
(2010/3/7付け日経新聞p7より)

こんな記事を読んで、フト懐かしくなった。というのは、自分もかつてヤマハの音楽教室に通ったことがあったので・・・。会社に入って2年目の春、昭和46年の6月、一緒の寮の同期生から、「エレクトーンを習いに行かないか」と誘われた。結局、4人で立川駅前のエレクトーン教室に通った。もちろんヤマハの目的はエレクトーンを買わせるため。でも皆寮住まいで買える筈もなく・・・。
先生は若い美人さん。もちろん年上だが、子どもっぽい人で、「指使いはこうする・・・」と、指に触れる。我々は紅顔の23歳・・。皆んな胸がドキドキ・・・・
言いだしっぺの友人は、“その手の事”に感度が高く、「左手薬指に指輪があったぞ」とか「教室が終わったあと、外で先生を男性が待っていた・・」とか言う。自分は“奥手”なもので、左薬指の意味も分からず、「ヘエー・・。それが??」と言うだけ。
Image04281 昔のエレクトーンのテキストを本箱から探したら、1年少し通ったらしく、昭和47年8月まで、月謝のカードに印があった。「これ以上は自分でエレクトーンを買って、家で練習しないとダメ」というところまで来て、結局止めてしまった。左の写真は、その時の教則本に載っていたエレクトーンの写真だが、懐かしい。当時の音楽教室のパンフを見ると、東京では7教室。銀座、有楽町、渋谷、池袋、吉祥寺、立川、千住。それに千葉、横浜、戸塚、水戸、高崎が載っている。関東で12教室しかなかったらしい。今では各駅ごとにあるらしいが、まさに出だしの頃だったのだろう。(写真はクリックで拡大)

その後、もう10数年前になるだろうか、家電量販店でCASIOのシンセサイザー・キーボードを安く売っているのを見つけ、買ってみた。ピアノの音を出して、昔1曲だけ我流で練習した「月光」を弾くのが目的だった。・・・が、ピアノよりも鍵盤が少なく、弾けないため、直ぐに止めてしまった。その後は、ロフトに置きっぱなし・・・・。もう、電源を入れても音が出ないだろう・・・・。これほどの無駄遣いはないな・・・。

団塊の世代の大量リタイア時代を迎え、昔の趣味に戻る人が多いらしい。
自分も“サンデー毎日”を間近に控え(?)、何となくこんな記事が気になるこの頃である。


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