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2010年2月 3日 (水)

「妻見送った医師の苦悩」~前国立がんセンター総長 垣添忠生氏

いやいや参った。天皇と同じ時刻に同じ病気になっちゃった!?
今朝の新聞に、天皇が「2日未明になって腹痛を訴えられ、侍医が診察した結果、急性腸炎のような症状と脱水症状がみられたという。」とあった。自分も、2日の午前1時頃に目覚めて、明け方4時過ぎまで10回以上の水様便と嘔吐で散々。
カミさんの口コミ情報によると「腹風邪」と言うらしい。Netで見ると、風邪症状がないので「ノロウィルス」かも・・・

先日の朝日新聞に「妻見送った医師の苦悩」という記事があった。曰く・・・(写真はクリックで拡大)
妻見送った医師の苦悩 国立がんセンター・垣添名誉総長が著書
第一線のがん専門医が、最愛の妻を看取った。過去に何人もの患者を見送り、家族を失う悲しみは理解していたつもりだったが、そのつらさは想像を超えていた――。独り残された男性が「死ねないから生きている」どん底の日々から、生きる力を取り戻すまでの2年間を、国立がんセンター名誉総長の垣添忠生さん(68)が本につづった。(岡崎明子)

Image02911 2人が結婚したのは40年前。当時、研修医だった垣添さんが、患者として出会った昭子さんの賢明さにひかれ、12歳年上で既婚者の昭子さんと駆け落ちした。昭子さんは元々体が弱く、垣添さんは自然に家事を手伝ってきた。2人に子どもはおらず、休みにはカヌーや山登りを楽しみながら、いつも一緒に行動してきた。
昭子さんの肺に6ミリほどの小細胞がんが見つかったのは4年前。昭子さんはそれまでも、肺の腺がんや甲状腺がんを患ったが、治してきた。垣添さんは、今回のがんも治すつもりで最新治療を施した。だが、がんは転移。垣添さんが総長を定年退職し、ようやく夫婦2人でゆっくり過ごそうと考えていた矢先だった。
1年以上にわたる闘病の末、国立がんセンター中央病院に入院した昭子さんの願いは「家で死にたい」だった。07年末、最後の外泊の4日目となる大みそかの夜に。78歳の生涯を閉じた。明子さんの望みで、亡くなったことは誰にも知らせず、正月三が日はひつぎの中の顔を眺めて過ごした。葬儀は弟夫婦と3人で執り行った。
遺影の前でひとり酒
正月休みが明けても、親しい人以外に妻の死は知らせず、日中は従来通り公務をこなした。だが夜、誰もいない自宅に帰ると、遺影を前に酒を飲む日々が続いた。
「いつも2人で生きてきた。片割れを失い、何のために生きているのかと考える日々でした」。悲しみは深く、底無しに思えた。食欲を失い、睡眠剤で眠った。遺族の深い悲しみ(グリーフ)をいやすケアの存在も知っていたが、受けようという気にならなかった。
しかし、3カ月が過ぎたころから、心境に少しずつ変化が出てきた。「いつまでも悲しんでいては、妻も悲しいのではないか」。酒浸りの日々を見直そうと、日曜日には1週間分のサケやらたらこを焼き、お茶漬けにして食べるようにした。毎晩腹筋や背筋で体を鍛え、新たに居合も始めた。
ただ、悲しみは消えることは無いという。「今でも毎日、何百回も妻のことを思い出します」。山登りの中にウサギや鳥に励まされると、「妻が見守ってくれる」と感じるという。「単なる自然現象だと分かっています。ても非科学的だけど、そういうこともあると思うんです」
悲しみケア研究へ
がんで亡くなる人は、年間34万人に上る。自身の体験を通じて、悲嘆にくれる患者に医療者がどのように接していくべきか、グリーフケアの研究を始めることにした。
「最愛の人を亡くし途方にくれている人、私の苦しかった思いや生きていく上での工夫が、少しでも手助けになればと思います」。著書「妻を看取る日」は新潮社から出版。1365円。」(2010/1/31朝日新聞p24より)

何とも言葉がない。当事者以外ではうかがい知れない世界・・・。でもこれは、誰にも平等に訪れる事ではある・・・。
しかし28歳の医師が、40歳の既婚女性と駆け落ちとは、今ではあまり聞かない凄まじさ。でもそれが負の経歴とならず、国立がんセンター総長まで登りつめられる世界もまた評価に値する。(なお、垣添さんは日経新聞の夕刊に「人間発見 がんとの長い闘い」という連載を始めているが、会った時は、昭子さんは既に離婚前提で別居中だったという)
自分はこの本は読まない。気の弱い自分は、考えるだけで鬱になってしまう。そういえば、同じ日の日経新聞に「医師の目~がん医療、欠かせぬ心のケア」という記事があった。曰く・・・

医師の目~がん医療、欠かせぬ心のケア 埼玉医科大教授 大西秀樹氏
・・・・・
がんになると、それまでの日常は一変し、治療中心の生活が始まる。また、治療選択の問題、仕事の問題、家庭の問題などが生じ、患者は多くのストレスを抱えながら治療を受けている。がんは身体ばかりでなく、心にも負の影響を及ぶ病気なのである。
では、治療中のがん患者が100人いると、何人に精神科の診断がつくかご存知だろうか?答えは50人。治療中のがん患者の2人に1人だと報告されている。また、診断がつかない患者でも精神的に苦しんでいることが多い。
多くのがん患者が精神的に苦悩している。患者の苦痛は治療意欲低下など、がん治療自体に悪影響を及ぼすこともある。これらの苦悩は精神的治療で改善することも知られている。つまり、がん医療における精神的治療は、より良い医療を提供するため欠くことができないのである。」(2010/1/31日経新聞p25より)

垣添さんの話にはコメントなど出来ないが、大西さんの話で、がん患者の半分が精神科の世話になるという事実・・・。自分はほぼ全員、と思っていた。がんを宣告されて、精神的に平穏で居られるわけが無い、と思うのだが・・・。
自分はがんの告知には大反対。今は、いとも簡単に告知するという。がんが治る状況ならまだ良い。それが「治らない」と告知する意味は何か?医師からの「死への準備をするように」とのアドバイス?気の弱い自分は要らないな・・・。
“治らないがんは告知しない”という病院はどこかに無いものだろうか・・・

おっと話がそれた。前に“城山三郎の「そうか、もう君はいないのか」を読んで”という記事を書いたのを思い出した(ここ)。人生でかけがえのないもの。それはまさに財産でも社会的地位でもなく、家族の存在なのかも知れない。
それなのに、先日放送されたショッキングなレポート、「NHKスペシャル「無縁社会~“無縁死”3万2千人の衝撃~」(再放送2010年2月6日BS2 pm1:30)で言っていたように、今は「20年後(2030年)、推定では女性の4人に1人、男性の3人に1人が生涯未婚になるとみられています」という社会・・・。かけがえの無い人を失う悲しみの代わりに、“孤独の悲しみ”・・・
結婚しない(出来ない)現代の多くの若者たち・・・。
仏教でいう「四苦八苦」(ここ)の中に「愛別離苦(あいべつりく)~愛するものと分かれる苦しみ」はある。でも「“孤独”の苦」というのは、そもそも無いのである・・・・・

(関連記事)
NHKラジオ深夜便 「最愛の妻の死を乗り越えて」~国立がんセンター名誉総長 垣添忠生氏の話(2012/02/16)


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