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2010年1月の28件の記事

2010年1月31日 (日)

韓国映画「母なる証明」を観た

カミさんのリクエストで、韓国映画「母なる証明」(これ)を観た。見終わったとき、何とも言葉が出なかった。軽々しく感想など言えない雰囲気・・・・

Image01971 物語は、韓国のある村の貧しい母と一人息子。その息子には知的障害がある。(ただし映画にも買ったパンフレットにも、「知的障害者」という言葉は出てこない) それだけに純粋無垢で、“小鹿のような目”と言われている。その息子がある晩、殺人事件の現場に居合わせたことから、逮捕される。物証は近くに落ちていたゴルフボールただ一つ。でも知的障害のため、警察官の敷いたレールにそのまま乗ってしまい、供述調書に拇印Image02772 を押してしまう。警察は“100%終わった”と・・・。しかし息子は殺人など出来る人間ではない・・・と、母親が真犯人を追って村の中を探って行く・・・・(写真はクリックで拡大)

これ以上は(ネタバレになるので)書かない。確かにこの映画はサスペンスドラマではあるが、“韓国の母”と称されるほどの大女優だというキム・ヘジャの存在感が大きい。
映画のキャッチフレーズは、「最も“謎”に満ちているのは、人間そのものである――。「この子を守るのは私しかいない・・・」 殺人事件の容疑者となった息子を救うため、真犯人を追っていく母親の姿を極限まで描き出す“ヒューマン・ミステリー”の最高傑作が誕生した!」
なるほど・・・。そしてポン・ジュノ監督からの言葉として、
「誰にでも「母親」がいます。そして誰もが、母とは何かについての確かな考えを持っています。母とは、私たちを最も大切にしてくれる人間であり、私たちに対して、最も優しい存在であると共に、愛情故の苛立ちも感じさせる存在なのです。息子を母の関係は、すべての人間関係の基本です。・・・・」と、パンフレットにあった。
そしてポン・ジュノ監督はこうも言う。「・・・脚本を読んだキム・ヘジャさんも、こうおっしゃっていたんです。「この映画の中の母親は、まるで動物の母親のようだ。向かってくる相手に対して牙をむき、威嚇して子どもを守ろうとしている」と。・・・・・」

なぜ母親がこれほどまでに息子をかばうのか。それは普通の社会生活を営めない、言われても反論できない知的障害者という弱い立場だから・・・・。だから小さいときから教え込んだ。「バカにされたら反撃」「一度殴られたら、二度お返しをしろ」。これがドラマの地下に深く流れる・・・・

その弱者ゆえ、警察に捕まっても、言われた通りの供述書が出来てしまう。警察の誘導尋問通りになってしまう・・・。
ふと、映画「筆子 その愛」の記事で書いた山田火砂子監督の話を思い出した。(ここ
「このトシになると娘を引き取っても、とても世話ができない。だから絶対に障害者の施設は必要だ。親が生きているときは何が何でも世話をするが、親が死んだ後は、子供は誰を頼ったら良いのか? 今、刑務所に入っている人のうち、23%が知的障害を持っている人。このカネ・カネの世の中に、障害者が一人で生きて行く方法は無い。だから仕方なく、無銭飲食をしたりして、刑務所に居場所を求める。高齢者も同じだ。それなのに、何だ!今の障害者自立支援法は!・・・・」

この映画は確かにサスペンスだが、一方では韓国の知的障害者の問題、そして犯罪で、いとも簡単に障害者が犯人扱いにされていく事を指弾しているようにも感じた。実は日本も全く同じではないか、と思うが・・・。
非常に奥が深い映画で、「韓国では、公開10日で200万人を超える今年最高の大ヒットスタートを記録!」というコピーも分かる。

このような映画なのに、館内はガラガラ・・・。世は未だに韓流ブームが続いている。それなのに、映画館はガラガラ・・・。これ、何かヘン・・・
先日観た3Dの「アバター」(ここ)のような映画の、ちょうど逆側にこのような映画がある。つまり、一度見て「ああ面白かった・・」で消えていく映画と違って、心の奥深く入り込む映画・・・。
もちろん人によって、“自分にとっての名画”は千差万別。問題は“自分の名画”をどう見付けるか・・だ。今回もカミさんの“勘”が当たった・・・。仕方が無い。今後もしばらく、カミさんの“勘”に頼って観る映画を選ぶことにしようか・・・。

(関連記事)
石井筆子の映画「筆子 その愛」を見て

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2010年1月29日 (金)

XPパソコン交換記~DELL価格の不思議・・・

我が家の居間にあるカミさん専用パソコンは、5年前に7万円で買ったDELLのDimension 3100Cという機種。これが壊れない・・・。ただの一度もトラブった事がなく、元気そのもの。タマに送られて来るDELLのカタログを見ても、最近のパソコンは安くて性能も良い。でもこの現役さんが元気なので、交換の必要も無いし・・・・
と話していたら、やっと(?)壊れた。DVDドライブが開かなくなった。モータは唸っているがトレイが出ない・・・。シメタ(?)。(幾らでも直せるのだが)これを機に、“予防保全のために”パソコンを更新することにした。別に新しい機能が欲しい訳ではない。突然壊れて、パソコンが使えなくなるのが困るのだ。5年も毎日使っていると、そろそろ突然壊れるのでは?、と心配になって・・・

予防保全が目的なので、OSは当然XP。自分で持っている色々なパッケージソフトを、新たなOS用のものに買い換える気はない。VISTAも7も、どんな機能がバージョンアップされているのかは知らないが、我が家にとっては使い慣れたXPで充分。会社でも相変わらずXPなので環境が変わる事が煩わしい事もある。
Netでみると、XPのパソコンを“現役で”売っているのは、DELL位しかないようだ。しかしDELLでも、個人だとXPへのダウングレードは高価だが、法人だと差額ゼロ(もちろんWindows 7へのアップグレード付)。
前のDELLも“Net通販の法人”の名目で買ったが、今回も当然法人。個人事業者として申し込めばOK。別のNetの記事で「見積書を登録しておくことが大事」、とあったので、早速DELLの法人サイトからXPモデルの価格調査・・・。
メモリをどうする? ドライブは? HDDの容量は? モニタは? と選んでいく。安く買う指標の“ディスカウント(割引額)”は「13,190円OFF」から「39,600円OFF」まで様々。混乱するので、出てきた額を皆「見積書作成」のアイコンをたたく。するとDELLからメールで内容が送られてくる。EXCELに整理して比較。ふと、自分がご愛用の価格コムに行ってみると、同じような仕様のXP対応モデルがある。そして「パッケージディスカウント(モニタ同時購入で)47,000円OFF」とあるので、割引額が最大のこの機種に決めてしまった。
今回こだわったのは、モニタの解像度(1920本)とメモリ(4G)。と言うのは、ウィルスバスターが2009に変わった時、CANONのスキャナーの動作が極端に遅くなり、トレンドマイクロと随分やりあった。結果、メモリの容量不足が遅くなった原因とか・・・。

結果として、概略スペック「インテル Core 2 Duo プロセッサー」「メモリ: 4GB(2GBx2)」「ハードディスク: 500GB」「OS: Windows XP Professional SP3(Windows 7 Professionalダウングレード)」「DVDスーパーマルチドライブ」「デル E2210H 21.5インチ ワイド TFT 液晶モニタ」「Dell AX210 ステレオスピーカ」で、74千円で注文。

数日後Netで、とあるサイトを見たら、もっと安そうなディスカウントが見つかった。Eメール顧客用のディスカウントだって・・。試しに「見積書」を作ったら「49,330円OFF」で71千円! 残念・・・(まあ欲をかくときりが無いが・・・)

結果として分かった安く買うポイントは、「パッケージディスカウント(モニタ同時購入で)」がキーらしい。DELLのサイトに入って行く“入り口”で、同じ製品(仕様)なのに、色々なディスカウントの額(値引額)がある。つまり同じ製品でも、キャンペーンの種類が同時に幾つも動いているという事。だから最大の割引のパッケージを見つけるのがポイント。1500台限定パッケージとか、Eメール読者限定とか・・・
それと「法人」もキー。価格コムから入って行くと自動的に「法人」向けのページに行く。たぶん我々“個人事業者”向けなのだろう。法人か個人かは、あくまで自己申告。

ネックは納期だ。DELLは全部注文生産なので納期がかかる。日本向けの製品は、中国・アモイ(台湾の対岸)で作り、船便で送ってくるとか(ここ)。しかしDELLから連絡されてくる納入予定日は正確。今回は発注から13日目に配達された。当初連絡が来た予定通り。DELLのサイトで、注文番号から生産や輸送中など、現在どの段階にあるかが分かるが、見ていてもあまり意味は無い。心配するだけ。よって配達予定日まで黙って待つしかない。
この2週間をどう見るかだ。今回のように、現役が動いている状態なら2週間位どうっていうことは無い。でもPCが壊れて動かなくなってからの2週間はツライ。

昨日配達されてきたので、2時間ほどで一通り設定した。なるほど・・・
画面を1920に設定すると、アイコンが小さいこと・・・。ホームページは両脇が切れるだけであまり意味は無いが、写真はさすがに解像度がハイビジョンと同じなのできれい。
HDDからデータを転送したが、これも早い。でも500Gなんて大容量過ぎて到底使いこなせないが・・・。まあ“同じ環境を”というコンセプトなので、あまり代わり映えはしないが、リフレッシュ。
残る問題は、今まで一度の文句も言わずに働いてきた現役のDELLにどう引退の引導を渡すのか・・・。DVDドライブという“軽症”で、引退を宣告するには勇気が要る。少しの成人病はあっても、入院するほどでもない。それなのに、「そろそろ発病“しそう”だから引退を・・・」、などと誰が言えようか・・・。
設定も一通り終わったので、明日“政権交代”を実行する! その時に、現役クンにどう言い渡すかは、今晩寝ないで考えよう。とにかく5年間、お疲れさま。

(追:2010/1/30)
結果としてモニターの選定は失敗。1920×1080を買ったが意味が無かった。理由は文字が小さくなるため。カミさんから、即「許さん。それでなくても老眼鏡で見にくいのに・・」と言われ、1280×720に変更。よって、普通の安いモニターで良かったのだ・・・。失敗失敗・・・

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2010年1月28日 (木)

「涅槃(ねはん)の考え方」

雑誌「大法輪」の今月号(2010年2月号)に、「涅槃の考え方」という記事があり、実に理解が難しい涅槃という言葉を自分なりに“研究”した。この「大法輪」の記事で、“涅槃とは・・”の部分を抜書きしてみると・・・

涅槃の考え方
   駒澤大学名誉教授 田上太秀

・・・釈尊は80歳の臨終直前に、最後の弟子スバッタに「私は29歳の時、善なるものを求めて出家した」と告げられているが、この善なるものとはまさしく人々にとって「究極の平安」となるものであったはずである。・・・
「究極の平安」とは、「涅槃(ねはん)」のことである。その究極の平安とはどんな状態、あるいはどんな心の心境なのだろうか。涅槃の原語は「ニルヴァーナ」といい、もとは動揺を静めるとか、静かに落ち着かせるという意味で使われていた。・・・
ニルヴァーナの語源は、「燃えていた炎が消え失せる」ということである。例えば心が一切の束縛から解放されることを「炎が消え失せる」と表現している例が、『テーラガーター』『テーリガーター』などの原始仏典では見られる。・・・・「寂滅(じゃくめつ)」「寂静(じぇくじょう)」と漢訳されている。これはニルヴァーナと同じ意味である。・・・現代では「平和」と表され、ニルヴァーナなシャーンティが身近なことばに感じられる。

釈尊は八正道が涅槃への無上の歩みだと説かれたが、これ以外に渇きに似た欲望、つまり眼耳鼻舌身の五感から生じるはげしい欲望を正しく制御することも、また、むさぼり、いかり、おごりなどの三つの煩悩を起こさないこともニルヴァーナであると説かれている。
・・・心安らかに死ぬにはどうすればいいかと、ある老人が釈尊に尋ねた。これに対して釈尊は、「・・・・・怠けず我が身と心を律し、妄執を捨てることである。そうすれば安らぎの境地を得ることができる」と説かれた。そこで老人はどうすればその妄執を離れられるかを問うと、「外界の甘美な事柄に対する欲望やむさぼりを捨てることである。それができたら安らぎの境地に達する」と釈尊は説かれた。
ここでいう安らぎの境地とは、涅槃の境地である。・・・・極端にいうと、一切の妄執を捨て去れば、いつでも涅槃の境地に達しているということに尽きるようである。・・・」(「大法輪」2010年2月号より)

人は誰でも、せめて死ぬ時は安らかに・・と願う。でもその安らかに・・という境地は非常に難しい。自分には“死を目の前にした時、安らかにいられる人”は、涅槃の境地に達した人のように思える。

先日、「“年をとったな”と思うのはどんなとき?」(これ)という記事で「“物欲の沸かなくなった時”というのを入れたら?」というコメントを頂いた。確かに、物欲は煩悩そのもの。それらが無くなった時に、初めて心に平穏が訪れる・・・。それはトシ??

ふと、昔親父が亡くなったとき、後で兄貴が「先日親父に会ったとき、“火が消えそう・・”という感じがした」と言っていたことを思い出した。人はその生を終える時、ロウソクの火が消えるように、そっとエネルギーが尽きるのか・・・

ともあれ、涅槃という概念は難しい。自分などそんな境地には程遠いが、トシとともに欲が無くなって、段々と無心になり、それが涅槃に通じるとすると、年を重ねるごとに涅槃に近付けるようで有り難い。
逆に、パソコンの設定に熱中しているような現状は、“涅槃など別世界”とも言える訳で、まあ自分にとっては永遠の課題・・・。
まだ還暦過ぎ・・・。今はそれで許すとするか・・・・

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2010年1月27日 (水)

「料理研究家おすすめの“鍋つゆ”」ベスト10

我輩は“ミーハー”である。・・という事は、前にも何度も書いた。自分は、何の誇りも無く、何でも世の流行に身を委ねる・・??(もっとも音楽と本は委ねないけど・・・・・)
「広辞苑」によると“ミーハー”とは「世の中の流行にかぶれやすいこと。また、そのような人。みいちゃんはあちゃん。」とある。どうも“ミーハー”という言葉は「公式な日本語」のようだ。

言うまでもなく、1~2月は1年で最も寒い季節。寒い時には鍋料理がうまい・・・。でもスーパーに行くと、数限りない種類のつゆを売っている(ようだ・・)。何を選ぶかは、カレーライスと同じく、その家庭毎の流儀(家風)があるもの。でもタマには冒険して、“流行の鍋料理”を試し、世の中の鍋の世界を俯瞰(?)してみるのもイイカもね・・・・

先日の日経新聞に「料理研究家おすすめの“鍋つゆ”」という記事があり、切り抜いて取って置いた。その記事によると・・・(写真はクリックで拡大)
調査の方法
小売店舗での売れ筋情報や業界への聞き取り調査から、主な鍋つゆメーカーとプライベImage04203 ートブランド商品を手掛ける大手スーパーの合計11社を対象に選定。各社に家族で食べるのに向く商品を推薦してもらい、合わせて20商品を用意。料理研究家が実際に試食して比べた。鍋に入れる具材は商品記載の材料例に従ったほか、雑炊やラーメンなど具材を食べ終わった後の「締め」についても記載通りにした。選者は次の通り。上原悠子、牛尾理恵、島本美由紀、小薇、滝村雅晴、田沼敦子、土屋敦、鳥越美希、町田えり子、安井レイコ」(
2010/1/23「日経新聞」s3ページより)

結果は・・・・
<料理研究家おすすめの“鍋つゆ”>
①「ヤマキ 地鶏だし塩ちゃんこ鍋つゆ」(235円)  567点
②「フジッコ 美人鍋つゆ」(293円)           467点
③「ハウス カレー鍋つゆ寄せ鍋風」(277円)     455点
④「ミツカン ごま豆乳鍋つゆ」(289円)        413点
⑤「モランボン 韓国コク仕込みキムチチゲ用スープマイルド中辛」(299円) 371点
⑥「ミツカン 〆まで美味しいとんこつしょうゆ鍋つゆ」(287円) 343点
⑦「エバラ 坦々ごま鍋の素」(310円)         196点
⑧「ヤマキ 韓福善(はんぼっそん)のキムチ鍋つゆ」(207円) 182点
⑨「イオン トップバリュ寄せ鍋用つゆ」(248円)   175点
⑩「キッコーマン よせ鍋つゆ鶏がら塩」(217円)  161点
⑩「モランボン 薬味白湯チゲの素」(297円)     161点

これを見ると、①がダントツ、②③④が後を追って、⑤⑥が食い下がり、⑦以降は脱落・・、という雰囲気だな・・・・。あくまで点数からの評価だが・・。

話は変わるが、自分が“定年リタイア恐怖症”なのは、意外と“料理恐怖症”と同義かもしれない。それほど料理はダメ・・・。特に片付けは大嫌い・・・。(先輩に聞くと、「料理は面白い」と言うのだが・・・・)
それなのに、何でこんな記事????
実はこの記事は、カミさんに「順番に試してみないか?」と言うため、備忘録用にアップして置くのさ・・・。
でも、世のミーハーは自分だけではないはず。もし気になったら、上の写真を印刷しておいて、自分の家に合うかどうか買って試してみるのも面白いかも・・??(もし不味くても当サイトでは責任は持ちません。~上の料理研究家にクレームを!・・。念のため)

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2010年1月26日 (火)

ダウン症の娘さんを書家に・・~金澤泰子さんの話

NHK教育テレビで「こころの時代~『光明を探して』」を見た。(これ)(2010/1/24放送)(再放送は来週2010/ 2/ 1(月)午後2時~NHK教育TV)
ダウン症の娘を授かり、絶望のどん底から、娘の金澤翔子さんを書家として開花させた軌跡を語っていた。下記はその語録の断片・・・・(写真はクリックで拡大)

「・翔子は私に喜んでもらいたくて書を書いている。どこに発表しようか・・・とかの邪念は無い。
Img_23941 ・翔子は知的障害を持っているので、現代社会の仕組み、技術のようなものは知らない。でもそれらを取り外してみると、人間は愛が残るのかな・・というように、翔子には愛が溢れている。
・私は50年以上書道をやっているが、それは書の神様が降りてきてくれないかと、それを願って書いている。それが翔子には、まだ弱冠20歳台なのに、たまに降りるんですよ。まるで俵屋宗達が降りてきたように・・
・24年前、ダウン症だと告知された時、あらゆる希望が無くなった。今でも悔やみが残るのは、初めて抱いた時に、ダウン症だと言われていたので「これからこの子をどうしよう」と泣きながら抱いたこと。子どもは初めて見る世界が母親の世界。翔子が初めて見た世界が「どうやって死のう・・・」という母親の姿だった。これはもう取り返しがつかない。翔子に申し訳ないと・・。
Img_23931_2 (ナレータ:泰子さんは、34歳の時に能の世界で知り合った裕さんと結婚。念願の子どもを授かったのは42歳の時でした。2320gで生まれた女の子はダウン症と診断された。しかし産後の気遣いから泰子さんには知らされなかった。)
・産後、主人が呼ばれて「敗血症で交換輸血が必要。もう一つダウン症がある。だから交換輸血をしてまで助けるのはどうだろう」と言われた。主人はクリスチャンなので、そんな事は受け入れられなくて、窓の所に行って「僕は神の挑戦を受けるよ」と言ったんだそうです。
・45日目に自分がその話を聞いたとき、背筋が凍るとはこういうことを言うのかと思うほど、力が抜けてベッドの側で崩れ落ちた。それまでに流産を3回もしていたので、期待していただけに衝撃は大きかった。
・それまで自分は順調に好きなことをやってきた文学少女だったので、「知的でないものは美しくない」とまで、ひどいことを言っていた。それまで、もし男の子だったら日本一の能楽師に、女の子だったら日本一の書家にしよう、という思いが強かっただけに非常な衝撃を受けた。
(ナレータ:当時の日記に「翔子の生命を救うべきなのかいまだに迷う。ミルクの量を少々減らしてしまったりして、その後すぐに後悔に悩む。翔子が大きくなるのが怖い。ゆりかごの中で殺してあげなければ・・・。私は悪い母親であろうか・・・」。泰子さんは娘と一緒に死のうとまで思い詰めて行きました。)
・夫にうまくコントロールされて決行出来なかった。子ども可愛さの意味が分かった。どんなことがあっても親に育てさせてしまう・・。特にダウン症の子どもは可愛い。それで死ねない、私はそんな事は出来ない、と分かった。
・それから地蔵巡りを始めた。ダウン症が治る奇跡を信じて、般若心経を唱えながら・・。そして自分を助けてくれる神を捏造していく。神を創らなければしのげないほど苦しい・・。今までの生き方に対する鉄槌が来ているのだと・・。涙は目から出るものではなく、体中から絞り出るもの。でも段々と奇跡を願わなくなって、これで良いと思うようになった。
・主人は誇りを持って育てた。ダウン症をものともせず、ひるんだ事はなかった。
(ナレータ:しかし翔子さん14歳のときに心臓発作に倒れ帰らぬ人となった。)
・翔子にとってお父様はすぐそこにいる。見えないけれどもいつもそこに居るから寂しくは無い。
・・・・・・」

このような話には、何とも言葉が浮かばない。“評論”する資格も無いし・・・・。
でも「ミルクを少しずつ減らして・・」という話には、その心情が良く分かり、誰もそうなるだろう、と思う・・・。

今は母娘の家族になってしまったが、父親の夢だった個展も開くことが出来、書道教室の毎日も充実しているという。
HP(ここ)を見ると既にかなりの実績を上げられている有名な方のようだ。

2年半ほど前に、「家庭での障害者の率」という記事を書いたが(ここ)、日本の6.5%の世帯に障害者がいるという。障害児はある確率で生まれる。それを社会全体で(せめて金銭的だけでも)支えるべき、という思いは今も変わらない。

もし自分たちだったら・・・とつい想像してしまうが、「僕は神の挑戦を受けるよ」という言葉は、“自分には到底言えない言葉”なのだけは確かだ。

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2010年1月25日 (月)

中村元の「般若心経」(4/7)

中村元先生の「般若心経の講義」を、7回に分けて聴いてみる。
この連続記事は、1985年4月から9月まで、NHKラジオ第二放送で行われた全26回の連続講義「こころをよむ/仏典」 (CDはこれ)の「第12回 空の思想-般若心経・金剛般若経」の部分を、『中村先生の声』と『読み下し文』、そして『中村先生の説明』を、この放送を活字化した、前田専学先生監修の「仏典をよむ3 大乗の教え(上)」(これ)を元に味わっていく。

むーむーみょーやくむーむーみょうじん
無無明亦無無明尽
ない しー むーろー しーやく むー ろー しー じん
乃至無老死亦無老死尽
むーくーしゅーめつどー
無苦集滅道
むーちーやく  むーとく いー むーしょーとっこー
無智亦無得以無所得故

<こころをよむ/仏典「般若心経」~その3>

無明(むみょう)もなく、また、無明の尽くることもなし。乃至、老も死もなく、また、老と死の尽くることもなし。苦(く)も集(しゅう)も滅(めつ)も道(どう)もなく、智もなく、また、得もなし。得る所なきを以ての故に。

さらに、我々の存在を振り返ってみますと、縁起説というもので説明されることがある。とくに十二の項目を立てますので、それを十二縁起と申しますが、その根本には無明(むみょう)、すなわち迷いがある。明らかならず、迷っている。そして、迷いにもとづいて我々は生存し、そして、老い、ついに死ぬわけであります。けれども、高い立場から見ると、それは一つの局面についてあるだけのことであって、全体としては無明ということもなく、また、無明が尽きてさとりを開くということもない。老い、死ぬということもないし、また老いや死がなくなることもない。
さらに、苦・集・滅・道もないという。仏教では「四諦(したい)」(四つの真理)といって、苦・集・滅・道を説きます。我々は今苦しんでいる、これが「苦」ですね。その苦しみの奥には苦しみのもとがある。これを「集」といいます。けれども、その苦しみをなくした境地がある。それが「滅」である。そこに行くための道があり、それが「道」であるという。この「四諦」を説くのですが、高い立場から見れば、何も分けて説く必要はない。さとる智慧というものもなければ、何かを得るということもないのだというのです。何も得るところがない。」(前田専学監修「仏典をよむ3 大乗の教え(上)」より)

十二縁起については、昔書いた(ここ)。「無明」から「老死」まで12ある。もう一度挙げてみると・・・
「無明(むみょう)=根元的無知」「行(ぎょう)=潜在的形成力」「識(しき)=認識作用」「名色(みょうしき)=名称と形態」「六入(ろくにゅう)=六つの領域」「触(そく)=接触」「受(じゅ)=感受」「渇愛(かつあい)=妄執」「取(しゅ)=執着」「有(う)=生存」「生(しょう)=生まれること」「老死(ろうし)=老い死ぬこと」
これについては論じない。つまりあれから3年になるが相変わらず分からない・・・

「四諦(したい)」についても昔書いた(ここ)。
「苦諦(くたい=苦という真理)」「集諦(じったい=苦の原因という真理)」「滅諦(めったい=苦の消滅という真理)」「道諦(どうたい=苦の消滅の道という真理)」

前に書いたものを今再読すると、良く書いてある。でも相変わらず自分は分かっていない・・。このあたりの概念が理解できないと、到底般若心経の真髄に触れることが出来ない。
心経は大般若経600巻の凝縮、というだけあって、その凝縮された世界はあまりに難解。
うーん。分かるまで何回でもチャレンジするしかないな・・・

でも「無明」という概念だけは少し分かってきた?「無知」・・・。
“心経では、「十二縁起」も「四諦」も、何もかも無いと言っているのだから、そんなこと論じなくても同じだ。だって無いんだから・・・”。こんな短絡的な発想を「無明」と言うのかもね・・・

(関連記事)
「般若心経」勝手帖-09 無明
「般若心経」勝手帖-10 無苦集滅道

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2010年1月24日 (日)

伊東ゆかりの「恋のしずく」

先日、ぼやっとテレビを点けたら「BSエンターテインメント 歌伝説 安井かずみの世界」という番組をやっていた。これは前に見たことがある。そこで、初々しい伊東ゆかりが「恋の4 しずく」を歌っていた。昭和43年の紅白歌合戦のVTR・・・。でもその画質の悪いこと・・・。もちろん白黒。画面がゆらゆら・・。昭和43年というと、もう立派にVTRが機能していた時代だと思うが・・・

この当時、自分はまさに平尾昌晃の歌を良く聞いていた。そして編曲は、かの森岡賢一郎(これ)。このコンビの歌は自分は大好きだった・・。森岡賢一郎はこの「恋のしずく」で第10回日本レコード大賞の編曲賞を受賞したという。

<伊東ゆかりの「恋のしずく」>

「恋のしずく」
  作詞:安井かずみ
  作曲:平尾昌晃
  編曲:森岡賢一郎

肩をぬらす 恋のしずく
濡れたままでいいの
このまま歩きたい
きっとからだの 中までしみるわ
そしてあなたの あなたの言葉を
忘れないように したいの

頬をぬらす 恋のしずく
あなたのせいなのよ
私のためにだけ
それは二人の 愛のしるしね
だからやさしい やさしい心を
じっとだきしめて いたいの

髪をぬらす 恋のしずく
やさしい手が 触れると
青空が見えるの
そうよあなたは 太陽なのね
だから私は 私はいつでも
あなたを愛して いたいの

改めて詩を読むと、なんともハッピーな歌詞。伊東ゆかりは自分と同じ年なのだが、当時20歳か・・・。今でも充分に若々しい彼女だが当時のVTRは何とも可愛い・・・
Wikipediaでみると、伊東ゆかりがシングルとして出した歌の何と多いことか。そして自分が知っている時代の何と狭いこと・・。シングル盤の発売の歴史をみても1965年から1989年まで20年以上出し続けている。しかし自分が知っている時期は、1967年から1970年の間のほんの2~3年だけ。

歌手もそれぞれ成長しながら、長い間活躍している。もちろん歌手としてだけでなく、俳優に脱皮したりして・・。でも聞く方は、ある一時期はレコードを買って良く聞いても、ぞっこん惚れ込んでその後の数十年も聞き続ける事はほとんど無い。つまり、歌手に惚れるというより、歌に惚れるのだろう。
作家もそうだ。一旦ある作家に惚れても、読む作家はどんどん移って行く。まあ人間、移り気なのは人間の本質なのだろう。歌の作曲家も歌手も作家もすべて・・・。(考えようによっては、これは自分がそれだけ成長したとも言える??)
でもクラシックの作曲家については、気が移ることがない。昔はベートーベンが好きだったが、今は嫌い・・・、という事は無い。これは作曲家が偉大過ぎるから??

話がそれたが、まさに自分の青春と重なるこれらの歌は、(何度も書くが)いつ聞いてもその頃の思い出がよみがえり、何とも懐かしい・・・・。

(関連記事)
編曲者「森岡賢一郎」

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2010年1月23日 (土)

映画「アバター」を見て

映画「アバター」(これ)を見てきた。3Dだということもあって、前から見に行きたいと思っていたが、カミさんがNG・・・。で見に行けなかった。(自分は一人で行く事はほとんど無いのWallpaper_01_800x600 で・・・)それが「母なる証明」を見る“交換条件(?)”で今日見に行ってきたというわけ・・。
でも3D上映は吹き替えと字幕が1日に各1回しか上映されていない・・。もうこの映画も終わり間近なのかも・・・。3Dでない普通版は何回も上映されている。むしろ、メガネの無い普通版の方が人気がある?

帰る時間が遅くなるので3D吹き替え版を見た。これは正解。いちいち字幕を見なくて済むので楽。場内は今までになく沢山の観客・・。感想は・・・?「長生きしていてよかった」は言い過ぎか??
とにかく良く出来ている。大変な手間ひまがかかっている・・。舞台は宇宙船と衛星パンドラ。その星にある鉱物が目的で、人間が侵略していく。もちろん空気の成分も違うので、人間はそのままでは窒息する。そこで、現地人と人間のDNAを組み合わせてアバターという肉体を作って操縦し、現地人を鉱物のある場所から追い出そうとするが、星を挙げて対抗し、人間(エイリアン)は追い出される・・・・・。

家に帰っってからこの映画の公式HPを見ると、(ここ)に撮影の裏舞台が紹介されていた。人間が全てを演技し、その動きのデータを利用してCG上のキャラクターを動かすのだそうだ。だから全てが自然・・・。それに、舞台が地球ではない別の惑星なので、全てが新たに作られた。住民もそうだし、木や花も全て地球上には無いものを作る。動物も見たことのないものを作る。それらのリアリティーのあること・・・。そして地球と違うのが、その星の全ての生き物が、地下の神経ネットワークで結ばれている。だからいつもは食うか食われるかの動物たちも、星の危機には一致団結する・・・。なるほど・・・

確かに原住民はアフリカ奥地の原住民のように、6本足の馬に乗り、そしてドラゴンに乗って空を飛ぶ。そのドラゴンとは、自分の尻尾とドラゴンのひげ(?)の先端を繋いで「絆」を結び、それで通信する・・・。
武器は弓矢しかないが、その威力は宇宙船のフロントガラスも砕く・・・

しかし舞台が別の星とはいえ、よくもまあこんなに沢山の奇想天外な動植物を考え出したもの・・・、とその想像力の努力に敬意を表したいが、それだけではなくこの映画制作に対する膨大なエネルギーに圧倒される。技術・資金・時間等々、あらゆるところが半端ではない。前に3D映画「センター・オブ・ジ・アース」を見たが(ここ)、その時に比べ、3Dの目新しさに逃げることなく、中身(ストーリー)の濃さが全く違う。確かに3Dの方が楽しいが、3Dの“珍しさ”に頼っていない。普通の画面で充分だ。
いやはや映画も物凄い進歩を遂げたもの・・・。とにかく手間隙かけた“とんでもない映画”・・というのが印象・・・・。

先日中国で、普通版の「アバター」上映の禁止が通達され、北京などではこの22日に公開を取りやめた、との報道があった。(ここ)や(ここ)これを新聞で知って、自分は“より見たくなった”事もある・・・。それで何で中国政府が圧力をかけたかも興味の的だった。
テーマの“侵略”がお気に召さないのか、国産映画の支援なのか分からないが、Google問題もそうだが、何か解せない・・・

ともあれ、映画一本で“技術の進歩は大変なものだ”と、改めて認識させられた。まあこれからも、出来るだけ長生きして(?)、その進歩を見届けようかな・・・。

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2010年1月22日 (金)

「パパラギ~はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集」

今月の日経新聞「私の履歴書」は細川護熙氏。先日のこの欄の一文が気になった。曰く・・・

「・・・第三次行革審でまず最初に議論になったのは、そもそも豊かさとは何かということだったが、ちょうどそのころに読んだ「パパラギ」という本にあった話が面白かった。20世紀の初め、ヨーロッパに招待されたサモアのある大酋長が島に帰って「ヨーロッパ文明とは何であったか」を島民に報告する。
酋長の考えでは物には二つあって、ヨーロッパ人の言う物とは自動車やテレビなど人間が作った物だが、もう一つ神が作りたもうた物というのがあって、それは美しい星空やきれいな砂浜、おいしい魚などだ。そういう物は我々の方がはるかに豊かで、自分たちの文明が物に関して貧しい文明だとは思っていない、と。・・・・」(
2010/1/14日経新聞「私の履歴書」より)

100122papalagi これは面白い・・・と、Netでみたら「パパラギ~はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集」これ)という本が今でも出ている。それでつい買ってしまって、今読んでいる。(amazonに注文すると、630円でも送料無料なので実に便利・・)
その中の「パパラギ(←白人のこと)にはひまがない」という節が面白い。曰く・・・・

パパラギにはひまがない
・・・・・
・・・彼は一日を切り刻む。切り刻まれた部分には、名前がついている。秒、分、時。秒は分よりも短く、分は時より短い。すべてが集まって時間になる。・・・・このことはとてもこんがらかっていて、私にはまったくわけがわからなかった。
・・・・・
この機械は、時間のひと区切りが回ってくると、外側の小さな指がそれを示す。同時に、大きな声で叫びだす。
・・・・・
時間のこの叫びが響きわたると、パパラギは嘆く。「ああ、何ということだ。もう1時間が過ぎてしまった」。そしてたいてい、大きな悩みでもあるかのように悲しそうな顔をする。ちょうどそのとき、また新しい1時間がはじまっているというのに。
・・・・・
これはある種の病気かもしれぬ、と私は言う。なぜかというとこうなのだ。かりに白人が、何かやりたいという欲望を持つとする。そのほうに心が動くだろう。たとえば、日光の中へ出て行くとか、川でカヌーに乗るとか、娘を愛するとか。しかしそのとき彼は、「いや、楽しんでなどいられない。おれにはひまがないのだ」という考えにとり憑かれる。だからたいてい欲望はしぼんでしまう。時間はそこにある。あってもまったく見ようとはしない。彼は自分の時間をうばう無数のものの名まえをあげ、楽しみも喜びも持てない仕事の前へ、ぶつくさ不平を言いながらしゃがんでしまう。だが、その仕事を強いたのは、ほかのだれでもない、彼自身なのである。
・・・・・
どのパパラギも、時間の恐怖にとり憑かれているので、男だけでなく女や子どもまで、自分がはじめて大いなる光を目にして以来今までに、幾たび日の出、月の出が流れ去ったかを、きわめて正確に知っている。そう、このことはとても大切な意味を持っており、決まった時間が流れるたびに花を飾り、盛大にごちそうをそろえてお祝いする。私はよく、何歳かとたずねられた。そのたびに私は笑って、知りません、と答えた。そんな私を、彼らは恥ずべきものだと考える。「自分の年ぐらいは知っていなくちゃいけない」と彼らはよく言った。私は黙り。そして考えた――知らないほうがずっといい。
何歳かということは、つまり、幾たび月を見たかということである。だが、この計算と穿さくにはたいへんな害がある。なぜなら、たいていの人間の一生に、幾たび月の数が数えられるかはわかっている。だからそうなると、だれでもきちんと計算を合わせてみて、もしもうたくさんの月が終わっていると、その人は言う。「じゃあ、私も間もなく死ぬに違いない」するともうどんな喜びも消え、彼は間もなく本当に死んでしまう。
・・・・・
時間というのは、ぬれた手の中の蛇のようなものだと思う。しっかりつかもうとすればするほど、すべり出てしまう。自分で、かえって遠ざけてしまう。・・・・パパラギは時間がどういうものかを知らず、理解もしていない。それゆえ彼らの野蛮な風習によって、時間を虐待している。
・・・・・
私たちの中に、時間がないというものがいたら、前にでるがよい。私たちはだれもが、たくさんの時間を持っている。だれも時間に不満はない。私たちは今持っている、今じゅうぶんに時間を持っている。これ以上に必要とはしていない。私たちは知っている。私たちの一生の終わりのときが来るまでには、まだまだじゅうぶんの時間があることを。そしてそのとき、たとえ私たちが月の出た数を知らなくても、大いなる心はその意思のまま、私たちを呼び寄せてくださることを。・・・・」
(「パパラギ」p74~82より)

この本は、外部に本として出版されることを予想して書かれてはいない。まえがきにこうある。「ツイアビは、現地語のまま眠っていたこの話を、ヨーロッパで発表したり、ましてや本にするつもりなどはまったくなかった。彼はただ、ポリネシアの自分の国の人びとのためにだけ、この話を考えた。私は彼の了承なしに、さらにはその意思にさからって、これをヨーロッパの読者に紹介したのである。・・・」とのこと。
それだけに、何のてらいもないこれらの指摘は、いわゆる“文明人”の我々の心に深く突き刺さる・・・。思いも寄らぬ視点から書かれたこれらの指摘。それはまさに「我々の文明こそが唯一正しいものだ」という我々の思い上がりを打ち砕く。
そう、今生きている“この世界が全て”ではないのだ・・・。当blogに何度か書いているブータンの人々の価値観。それと同じものがここにある。汚されていない素朴な人間の「しあわせ」がここにある・・・。

時間に追われることが当たり前の“現役”サラリーマン。Time is Money・・・。そしてそれから解き放たれたとき、逆に時間の扱い方が分からなくなって当惑し、たたずむ還暦過ぎの“リタイア”サラリーマン・・・。(←これ、自分の将来の姿・・?)
おっと、でも考えようによっては、我々は既にサモアの人々の世界に浸る資格があるのかも・・・。
でもその時、自分が果たして“大いなるもの”に身を任せ、時間を忘れ、「そのとき、たとえ私たちが月の出た数を知らなくても、大いなる心はその意思のまま、私たちを呼び寄せてくださることを」知ることができるだろうか・・・。
何ともこの本は、読む人によって、様ざまな感想を沸かせてくれる本ではある。

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2010年1月20日 (水)

“生きざま”の凝縮が“死にざま”に・・・?

NHKラジオ深夜便「こころの時代」で、「旅立つ人、看取る人 淀川キリスト教病院 名誉ホスピス長 柏木哲夫」(2010/1/18放送)を聞いた。なかなか奥の深い話で、ドキッとしながら聞いた。曰く・・・

「今は、2人に1人がガンに罹り、3人に1人がガンで死ぬ時代。
ホスピスは100%がガンの末期患者。患者には4つの痛みがある。「体の痛み」、不安や死への恐怖などの「心の痛み」、オーナー会社の社長は自分の会社がどうなるのか、などの「社会的な痛み」、スピリチュアルな、今までの人生は一体何だろう、とか、死んだらどうなる、などの「魂の痛み」。ホスピスはこのような全人的な痛みに対処する。
印象に残った「最期の言葉」の紹介。

1)72歳の肺ガン末期の主婦。診察に行くと「どうも明日か明後日のような気がする。私、先に行っていますから先生も来て下さいね」と言う。ドキッとする言葉だが、次に日に、付いている娘さんに小さい声だがはっきりと「行ってくるね」と言い、娘さんが「行ってらっしゃい」と言って亡くなった。これは二人が死んでも生きる永遠の命を信じていること、そして再会出来る確信が二人にはあった、という事だろう。

2)40歳の卵巣ガンの奥さん。ご主人は42歳、男の子が2人。ご主人は寡黙で悲しみを表に出されない方。でも仲の良さそうな夫婦。亡くなって「ご臨終です」と言ったら、うなずかれて、しばらく奥さんの顔を見ていて、突然大きな声で「バカヤロー」と言って、窓際に行ってこぶしで目をぬぐっていた。

3)最期の家族との和解は、非常に重要なテーマ。魂の痛みの例。52歳のエリートサラリーマン。上場企業の営業部長。19歳と17歳の2人の娘さんがいるが、見舞いに来ない。会社人間だった自分は娘さんとこんなに溝がある。こんな状態で娘が見舞いに来ないとは、自分は大変な人生の誤算をしていたぞ、と思い出した。仕事に価値観を持って生きて来たが、娘が見舞いに来ないという親子関係を築いてしまった。本当に申し訳ない・・と。それで、何とか謝ってから死にたいと・・・。
それで娘さんに「(自分は主治医だが)主治医に免じて見舞いに来てくれ」と手紙を書いた。幸いにも娘さんが来てくれて、父親が床に頭を擦り付けて「お父さんを許して欲しい」と・・。その真摯な謝りに娘さんが「お父さん、分かった。もういい」と言った。それから2回ほど近くのホテルのレストランで一緒に食事をしたとか・・・。1ヶ月後に亡くなった。

4)72歳の男性。最後の望みは、息子に謝らせてから死にたい。息子が20歳の頃、勘当してそれ以来会っていない。奥さんとは連絡を取っていたので、奥さんが息子さんに連絡を取ったが、息子さんは会いたく無い、と断った。

死に際して、家族との和解は大きなテーマ。人は生きてきたように死ぬ。その人の生きて来た“生き様”の凝縮が“死に様”に反映される。しっかりと生きて来た人は、しっかりと死んでいく。周りに感謝しながら生きて来た人は、感謝しながら亡くなっていく。周囲に不平を言いながら生きて来た人は、不平を言いながら死んでいく。
死を意識した時に、衣が剥げ落ちる。むき出しになった魂に平安があるのかどうか・・・

最後の言葉は、奥さんからご主人には「ご苦労さま」が多い。逆にご主人から奥さんへは「ありがとう」が多い。・・・・・」

人間の死亡率は100%。誰もいつか死ぬ。その瞬間の死に様は・・・。なかなかドキッとする話だった。でもこの話にも異論があるかも・・・。人間、100人居れば100通りの生き方があるように100通りの死に方もある・・。それは良いも悪いも無い。それに、赤裸々な死に方について、他人がとやかく言うべきことではない・・・という考えもある。
ホスピスはキリスト教系の病院が主だが、もしこれを仏教系の病院(もしあれば)が扱ったら、ケアはどうなるのだろう・・・。どんな死に方でも良いよ、と言うかも知れない。
何れ来るその時・・・。自分はその時どうなるか・・・。これは理屈の話ではないので、この話はここまで。

先日NHKで「二本の木」というドキュメンタリーを見た。これは「妻のがん発病から書き残した日記や膨大な写真、ビデオをもとに、夫もがんと闘いながらそのお互いの存在を確かめ合った夫婦の命と愛の記録を綴る静かなドキュメンタリー。」(2010/1/9放送 ここ
この番組の中で、奥さんが死に際し、苦しみから逃れるため、24時間睡眠を願うが、“主治医が許さない”という場面があった。そうしてようやく主治医が許した時、「誰かと会ってから始めますか?直ぐに始めますか?」と聞くと「直ぐに」と奥さんが答えて、睡眠薬の注入が始まった・・・・。

このことから、自分の死に際し、幾ら苦しくて自ら睡眠薬を頼んでも、“医師が許可しない”という現実を知った。番組の病院は聖路加国際病院であったが、どこも同じ?
この現実はショック・・・。皆が“ぽっくり寺”もうでをするのも頷ける・・・。

ふと、ぽっくり寺を検索してみると当地にもぽっくりさんがあった(ここ)。今度、お参りに行こうかな・・。まだ早い??
いずれにしても生き様・死に様は人生観、死生観、そして哲学の領域。何とも言葉無く、“うなって”聞いた番組ではあった。

*この番組をお聞きになる方は(ここ)をクリック。ZIPファイルのmp3で42分、40MB。

(関連記事)
ホスピスで聖書の言葉を伝えるチャプレン藤井理恵さんの話 

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2010年1月19日 (火)

ひろ さちや著「ポケット般若心経」

ひろ さちや著「ポケット般若心経」(これ)。この本の、あるページ・・・

不増不減
ある仏教学者が、隣家からの貰い火で家が全焼し、蔵書も研究論文も失いました。最初、彼は、それを被害者意識で、
――焼かれた――
と思い、相手への復讐ばかりを考えていました。
しかし、そのうちに、自分は仏教学者だから、相手を赦さなければならぬと考え、その火事は、自分で、
――焼いた――
と思おうとしました。でも、無理でした。
最終的に彼が達した結論は、あれは、
――焼けた――
のだといった考え方です。
「焼かれた」のでもなしに「焼いた」のでもない。ただ「焼けた」だけです。それが正しいものの見方だと分かったわけです。」(ひろ さちや著「ポケット般若心経」p42より)

この本は6年ほど前、友人から「般若心経」を教えてもらった時、勉強しようと2冊目に買った本。心経Image04191 の読経のCDが付いており、その中の「高野山金剛峰寺の修行僧76人」の読経は大好きで、当blogでも紹介した。(ここ
この本の「まえがき」に、ひろ さちや氏が「般若心経を思い切って現代語に訳してみました。意訳も意訳、まさに「超」訳です。あるいは自由訳というべきでしょうか。」と述べているように、中身はカラー写真とページ毎の逸話。到底般若心経の訳とは思えず、読み出して直ぐに放り投げた。ページのタイトル(心経の言葉)と載っている逸話がマッチしていなくて戸惑ったこともある。

いつだったか、カミさんがこの本を読んでみるというので貸した。そうしたらエラク気に入ったと言う。書いてある「お話」に含蓄があるという。
それで久しぶりに自分ももう一度読んでみた。それで分かった・・。この本は、心経の一言ひと言を訳したり解説している本ではなかった。般若心経全体を捉えて、心経が言っていることを色々なエピソードで伝えている。そんな本だった。
そんな気で何度か読み直してみると、なるほど、短い「お話」の中に、心経の真髄がちりばめられているようだ。それに、後半は普通の解説が付いているのでそれはそれで納得・・・。

「般若心経」は非常に難解・・・。前に柳澤桂子さんの「生きて死ぬ智慧」という“心訳”もあった(ここ ←WMVファイル)。これも難解な心経を何とか分かり易く・・という“智慧”だ。

でもこの本は、第一印象は悪かったが噛めば噛むほど味が出る(?)という、自分にとっては珍しい形の本となった。カミさんとの間を行ったり来たりで、この本もだいぶん擦り切れてきたが、我が家の大切な一冊である。近い内に、貸して欲しいと言っているという近所の家にも出張する予定とも聞く。この本にはもう少し頑張ってもらうことにしよう。

(関連記事)
「般若心経」と「穏やかな心」

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2010年1月18日 (月)

小椋佳の「ぼうやおねむり」

NHKラジオ深夜便「こころの時代」で、「大志よ!~阪神・淡路大震災の遺族 上仲まさみ」(2010/1/16放送)を聞いた。昨17日は阪神大震災の15年目・・・。「こころの時代」の題としてはたぶん最も短いであろう「大志」というのは、震災の時に1歳半で亡くした上仲まさみさんの息子さんの名前だという。15年経っても、母親の子供を亡くした記憶は尚鮮明・・・・
一番可愛い盛りだったであろう子どもを、震災とはいえ奪われた理不尽さに、親は未だに諦めきれていない・・・。ふとこんな歌を思い出した・・・。

小椋佳作詞・作曲の歌に、「ぼうやおねむり」という歌がある。1973年6月1日発売の「ほんの二つで死んでゆく」というLPに入っていた歌である。

<小椋佳の「ぼうやおねむり」>

「ぼうやおねむり」
  作詞/作曲:小椋佳

静かな夜空に星が見守る
しじまのどこかに唄がきこえる
あたたかなママのかいなに抱かれて
いこいの夢路へぼうやおねむり
あなたを初めて見た時の
パパの瞳のかがやき
うれしくてうれしくてママは泣いたわ

故郷へ帰る鳥が渡る
もうすぐどこかで春が生まれる
あたたかなママのかいなに抱かれて
いこいの夢路へぼうやおねむり
あなたをじっとみていると
天使のような気がする
しあわせでしあわせでまぶたが熱いわ

いこいの夢路へぼうやおねむり
いこいの夢路へぼうや一緒に

もちろんこの歌は、まさに生命誕生への賛歌である。何とも初々しい・・・。
一方この旋律・・・。自分は昔から大好きな録音だが、まさにこれから“あらゆる可能性を持つ”子供に対する賛歌にしては、その旋律が何故か悲しげ・・・。バイオリンによるオブリガードも何か悲しい・・・。これは何だろう・・?
この歌を、先の上仲さんの話を思い浮かべながら聞いていると、何かこの“ねむり”が別の意味を持ってくる。地震と同時に2階が落ちてきて、隣に寝ていた大志ちゃんの上に梁が・・・。自分も身動きが出来なくなったが、直感で大志ちゃんの命が切れた気がしたという。そして足で触っている大志ちゃんが段々と冷たくなって・・・

(気を取り直して・・・)
小椋佳はいったい何歳のときにこの歌を作ったのだろう・・・。小椋佳公式サイト「小椋佳倶楽部」によると(ここ)、長男が生まれたのが小椋25歳の1969年、次男が生まれたのが29歳の1973年だという。つまり、この歌はまさに生まれたばかりの自分の子供を見て作った歌かも・・・?

でも、この初々しい“新しい生命に始めて出会った感動”を歌ったこの歌詞も、幾ら天才・小椋佳でも、“おじいいちゃんの小椋佳”ではもう書けない歌詞かも・・・(誰でもそうだが、初めて子供を持った時は、自分たちの夢を無限の可能性を持つ子どもに託すもの。でも、子供が育ってしまった今では現実が見えてしまって・・・。小椋佳といえども書けない・・・・?)

個人的な話で恐縮だが、我が家でも上の息子が1歳半の時に急病に罹って緊急入院した事があった。このまま死んでしまったらどうしよう・・と体から力が抜けたもの。でも当時お腹にいた二番目の子どもの存在に、どれだけ勇気付けられたことか・・・・。

人にはそれぞれ“旬”がある。子育てには子育ての旬・・・。
少子高齢化が進む日本ではあるが、(少し悲しげだが)こんな赤ちゃんに対する賛歌を聴いて、震災など幾多の不幸を跳ね返して、元気な子どもが増えることを祈りたいものだ。

(関連記事)
手仕事屋きち兵衛の「命連綿(いのちれんめん)」
「ほんの二つで死んでゆく」(「小椋佳」との出会いと別れ

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2010年1月17日 (日)

SONYのウォークマン「NW-A847」を買ってみて・・

結論は、SONYのウォークマン「NW-A847」は“バッテリーの持ち”を除いて素晴らしいプレヤーだ。

毎日、通勤途上で「NHKラジオ深夜便」や音楽を聞いている携帯デジタルプレヤー。
Ihp140 約6年前に買ったのが、韓国のアイリバー(iRiver)のHDD携帯デジタルプレヤーH140(iHP-140)。この機種にぞっこん惚れ込み、(壊れた時の為に)製造中止直前に1台買い増し、現在2台を交代で使っている。なぜ惚れたかというと、先ずは40Gという容量。そしてMP3のダイレクト録音機能が付いていること、それに液晶リモコンが使い易いこと等・・。本体を鞄に入れておけば、コードはつながっているものの液晶リモコンでの使い勝手は良い。それにファイルの管理も、PCのエクスプローラでプレヤーを単なるHDDとして認識するため、ドラッグ&ドロップでMP3ファイルを自在に操作出来、ファイルの管理が実に簡単。バッテリーもだいたい週一回の充電で済む。
しかしこれも既に旧製品という事でサービスが終了になっているので、バッテリーの交換も出来ない。よって壊れたら他メーカに乗り換えるしかない。それでずっと何に替えようかと市場を見てきた。
当然一番目の候補はiPodなのだが、これが自分と相性が合わない。昔、息子も買ったし、カミさんも使っている。しかし専用の管理ソフトiTunesでファイルを管理する仕組みがわずらわしく、また勝手に同期するのも嫌いで、イヤだった。
息子がその後SONYの「NW-A919」というのを買った。これも気に食わない。SONYも同様に専用ソフトで管理するため、iPodと変わらない。それにファイルの転送に非常に時間が掛かる。それに容量も64Gが無かった・・・。

何とかフラッシュメモリータイプで大容量の新製品が出ないかと待っていたら、出た。それ100117sony が2009年11月に発売になったSONYのNW-A840シリーズ。機種としてはNW-A845(16G)、NW-A846(32G)、NW-A847(64G)の3つがあり、待望の64Gが出た。スペックを見て、これは買う価値があると思った。
先ず、1)専用のファイル管理ソフトを使わなくても、エクスプローラでファイルの転送が出来る。まさにプレヤーを普通のメディアとして認識できるので便利。2) デジタルノイズキャンセリング機能が付いている。自分は、今はノイズキャンセリングヘッドホン(MDR-NC32NX)を使っているが、それのデジタル版だという。3)そして何よりも小さい。軽い。ワンセグのような余計な機能が無い。・・・
よし、現役のアイリバーが壊れたらこれを買おう。・・・と思ったが、アイリバーがなかなか壊れない・・・・。そしてついに「ええい!買ってしまえ」と、いつものように“価格コム”から注文。64Gで32千円は安い・・・

使い出してまだ1週間だが、だいたい分かった。予想に反して素晴らしいと思ったのが「再生のスピードコントロール」機能。0.5倍から2倍まで、再生スピードを8段階に変えられる。興味は早聞きだが、さすが2倍モードは聞きづらいが、1.75倍モードが充分に聞き取れる。NHKラジオ深夜便が、何と2倍近い早聞きが出来るという事は画期的。通勤の同じ時間帯で2倍近い数の番組を聞けると言うことなので、時間の節約この上ない。しかもこんなにクリアに聞けるとは・・・・。まさに技術の成果。DVDレコーダーに同じような機能が付いている。日立の1.5倍モードよりも聞き易いくらい。Panaの1.3倍モードは1.75倍に比べて遅いので比較の対象にならず。まさにこの機能は、ラジオを後で聞くという自分の用途に、効率の点でぴったり。

エクスプローラでのファイルの転送時間が心配だったが、“早い”とPRしているだけあって従来のUSB-HDDへの転送と変わらず。使い勝手は期待通り(210Mのmp3ファイルの転送が54秒)。それに専用ソフトが無くてもキチンと「アルバム別」「アーティスト別」リストが出てくるのには“感激”した。
ノイズキャンセリング機能も、従来のアナログ式に比べて効果抜群。電車の中で、かなりの騒音が打ち消される。しかも車内放送はキチンと聞こえる・・・・(これは効果が無いという事だが・・・)

FMラジオやビデオ再生の機能も付いている。自分はビデオは使わないが、デモファイルを再生してみてその画面のきれいさに驚いた。サッカーのデモファイルが付いているが、それはそれはキレイ・・・。まあ自分は音専門なので関係ない。むしろ自分にとっては過剰品質・・・

逆に最大の欠点がバッテリーの容量。1日目、朝会社に着く頃にはもうバッテリーインジケータが一つ下がっている。2日目には半分以下に・・・
Netで書き込みを見ると、やはりバッテリーの持ちが少ないという声が多い。取扱説明書の「本機の設定と電池持続時間について」には、ノイズキャンセル機能で25%、スピードコントロールで65%、いたわり充電で10%それぞれ電池持続時間が短くなると書いてある。つまり仕様的には29時間だが、それらを累積して23.6%の7時間弱しか持たないことになる。つまり理論的に2日間でバッテリーは空、ということ・・・・
まあ画面の輝度も最大限下げ、表示時間も最小の15秒に設定したり、出来るだけ節約するものの、ノイズキャンセラーと早聞き機能は最大の利点なので外せない・・・。
それにバッテリーの寿命は仕様的に充電500回というから、2日に一回充電したとして1000日。まあ3年でバッテリーの交換という事になる。これが最大の欠点だが、早聞き(スピードコントロール)は回路が一生懸命動く・・という事は分かる。まあ“便利な機能はメシを食う”という事で、仕方が無いな・・・。
冷静に考えると、アウトプット(イヤホンへの音)は同じなのに、本体の大きさは段々と小さくなって行く。それに伴ってバッテリーの形状も小さくなり、従って容量も小さくなる・・・。だから使用時間が段々少なくなるのは道理かも・・・
もう一つ、足りない機能が「再生の予約」。今まで使っていた「アイリバー(iRiver)製」は、再生の最中に次の曲を選んでボタンを押しておくと、その曲が終わると自動的に予約されていた曲に飛ぶ。これは便利だった。SONYはその機能が無いので、聞いている曲が終わったタイミングに合わせて次の曲を選ばなければならない。これは非常に不便。IPodにもこの機能は無さそうだが、この機能は必須だろうと思う。

まあ自分流の使い方(ラジオを録音したMP3ファイルの再生と、MP3の音楽)からすると、ビデオも見ないので大きな表示も要らないし、リモコンがあるとより便利なものの、それ以外は文句なし。これほど買ってみて「良かった」と思った機械は久しぶり・・・

時代は確実に変わって行く。待てば待つほど自分にフィットする製品は出てくるものだ・・。
しかし今回のウォークマンNW-A840シリーズは、単にiPodの後追いをしているだけでなく、“iPod不満組み”のニーズを見事に捉えた製品企画だと思う。(←ナーンテ、これは自分の好みからだけの見解だが・・・)
まだ現役の2台のアイリバーには申し訳ないが、これからは「アナログ音声→mp3ファイル作成用」の役目を担ってもらうことにして、通勤用からはリタイアを願うことにしよう。お疲れさまでした・・・・

(2010/2/20追)
「シャッフル」の動作がおかしい。どうもこの様な動作らしい。(ここ)から引用。
「全曲を対象にシャッフルするのはメニュー画面の"全曲"から再生を始めた時だけでそれ以外の項目から曲を再生すると、そのアルバム内でのシャッフルをした後、次のアルバム内(アルバムの順番はシャッフルされない)でのシャッフル再生となります。 」
これはバグとしか思えない。今後のソフトのVerUPで修正されると信じたいが・・・

(2010/04/16追)
ネックストラップヘッドホン(MDR-NWN33S/W)がなかなか具合がよい。
自分のNW-A847の使い勝手で、処理に困るのがイヤホンケーブルの長さ。105cmもある。若者がズボンの後ろポケットにでも入れることを考慮すると、この程度の長さは必要なのかも知れない。大は小を兼ねる??しかし邪魔・・・。
今までは、市販のネックストラップを買って首からぶら下げ(落とすのが怖い為)、本体の近くでケーブルを束ねていたが、コートを脱ぐようになってから特に邪魔で困った。
ふと、ネックストラップヘッドホンが別売りしている事を知り、意を決して買った。とにかく高い。Net通販でも5千円もする。確かに(ノイズキャン用)マイク付イヤホンなので高いのかも・・
しかし使い出すと、何とも具合がよい。首から下げると実に良い所に本体があり、本体をYシャツのポケットに入れると、操作も便利。
NW-A847を買うまでは、同じSONYのアナログのノイズキャンセリングヘッドホン(MDR-NC32NX)を使っていたが、これに比べて改善されたイヤホンケーブルの処置に感心。使用しない時は、ネックストラップにイヤホンケーブルが埋め込まれる仕組み。SONYの謳い文句が「コードジッパーストラップ採用。使用しない時はヘッドホンコードが絡みません」。なるほど・・・。これは買った価値があった。リモコンが無いので、いちいち本体を取り出して操作するのが面倒だったが、まあ全体として使い方が落ち着いたな・・・(付属のイヤホンがもったいないので、ネックストラップヘッドホンを買う時、付属のイヤホンをSONYに持って行くと値段を割り引く・・・ナンテいうキャンペーンでもやらないかな・・・)

(2011/01/19追)~早送りの裏技?
早送りで大発見?
NW-A847の一番の弱点が、早送りが遅いこと。数十分の番組を聞いていて、うっかりボタンを押してしまって、最初に戻ると、聞いていた途中を探すのが大変。幾ら早送りボタンを押しても遅々として進まず。それが、「ポーズ」ボタンを押した状態で、早送りにするとカーソルが早く動くことが分かった。再生中に早送りすると、音を再生しながら早送りになるので、遅い。しかしポーズ状態で早送りをすると、再生しない分送りが早くなるようだ。この事は取説にも書いていない。裏技か?

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2010年1月16日 (土)

「年をとったな」と思うのはどんなとき?~電動ドラーバーを買った

だいぶ前の新聞だが「“年をとったな”と思うのはどんなとき?」という記事があった。それによると、・・・

<「年をとったな」と思うのはどんなとき?>
①人の名前が出てこない
②固有名詞が思い出せず「あれ」「あいつ」などと言う
③若い芸能人の名前が分からない
④徹夜ができなくなった
⑤階段の上り下りで息が切れる
⑥運動の筋肉痛が数日後に出る
⑦座る時に「どっこいしょ」と言う
⑧分厚いステーキに魅力を感じなくなった

(2010/1/9日経新聞より)

Image04121 この項目では、どうも自分は2勝6敗のようだ。2勝とは「⑥運動の筋肉痛・・・」と「⑧分厚いステーキ・・」の二つ。 ・・・と言っても、だいたい運動はしていないので筋肉痛などないし、ステーキも食う機会そのものがほとんど無いが、出されれば食うぞ・・・。
でもそれ以外は、どれも自分にも当てはまりそう・・・

実は最近、自分が一番「老い」を感じたのは、組み立て家具を買ったとき・・・。
先日、通販で背の低いテレビ台を買った。実に簡単な組み立てなのだが、ネジを幾つか回す作業で疲れ果てた・・・。今までこんな事は無かったのに・・・。
組み立て家具で一番苦労するのが木ネジ作業だが、これが最近思った以上にツライ作業になった。と言うことは・・・トシか~・・。トシとするとこれからの日曜大工はツライ作業・・・。 待てよ? 電動ドライバーなんていう物があったっけ・・。いったい幾らする物なのだろう・・、と調べてみたら、通販で何と5千円足らず・・・。ナーンダ。そんなものなら前に買っておくのだった。使う機会はそれほど無いが、一台あれば日曜大工をカミさんに頼まれても、コワくない・・

思うと直ぐに買いたくなるのが最近の自分の悪いクセ・・。通販で調べてみると、リョービの製品がメジャーらしい。種類は充電型とAC100V型とがある。ホームセンターで見てみるImg_23851 と、プロ用はやはり充電型。確かに充電型はどこでも使えるので便利だが、予め充電をしておかないといけない。家庭で使うとすると、思ったときに使えないと不便。よってAC100V型を選ぶ事にした。それに、やはり先端に付けるプラスドライバーやドリルの歯の先端工具も要る。すると、ドライバドリルキットというのがあり、ケース付きで一そろいパックになっている製品があった。リョービのFDD-1010KTという製品。通販で見ると送料込みで5千円から6千円程度。早速注文して送られてきたのがこれ・・・(写真はクリックで拡大)

差し当たって使うチャンスは無いのだが、まあ何があってももう怖くは無い・・・
でもパワーがあるだけに、ねじ山を壊さないように慎重に扱うテクニックは必要・・。まあそれは年の功で何とかなる。
せっかく買った電動ドラーバーの効果を見る為にも、何か組み立て家具を買ってこなければ・・・・。「オーイ・・・何か日曜大工すること無いか~~」

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2010年1月15日 (金)

葬式をしない「直葬(ちょくそう)」

昨日は、三途の川を渡る(?)歌を紹介した。それに続いて同じような話題で恐縮だが・・・
雑誌「大法輪」の今月号(2010年2月号これ)の「仏教の眼」というコラムに、「直葬」という記事があった。曰く・・・

直葬(ちょくそう)
  法華宗本門流129代管長 大塚日正
先日、知人がタクシーに乗った時、何故かお寺の話になったそうです。
運転手「お寺さんは大変ですね」
知人「どうしてですか?」
運転手「いやね、この間も無線で呼ばれて病院に行ったら、お客さんから『あの車に付くように』と言われましてね。霊柩車ではないんですがね。どうやら遺体を乗せている寝台車らしいんですよ。着いた所は火葬場。全くお寺は無関係で、葬儀屋さんと遺族だけで火葬にしちゃったんです。セレモニーホールでも、お寺抜きの葬儀が増えていますよ。こういうことは最近しょっちゅうあるんですよ」という話だったそうです。
この運転手さんの言うように「直葬」という、いわゆる寺院、僧侶の全く関与しない葬儀が、特に都会では増えています。理由は、寺との関係が希薄、経済的負担、簡素、効率重視、などがあると思いますが、何よりも人々が寺、僧侶を信頼しなくなっていることにあるのではないでしょうか。
ある寺の跡取りという学生が、「『葬式仏教』と悪口を言いながらも今はまだ人が死ねば寺や僧侶の世話にならなければならないと思っている人が多いが、その内『葬式に僧侶を呼ぶなんて止めよう』と言い出す人が増えてきて、近い将来僧侶に依る葬儀は減少するだろう」と述べたそうです。これは仏教界に対する、大いなる警鐘と受けとめ、真摯に反省しなければなりません。
この大学生の言うように、僧侶を必要とする葬儀はまだあります。しかし、必ずしも遺族と寺との信頼関係が成り立った上での葬儀とばかりは言えません。
近年、至る所に「セレモニーホール」が林立しています。「病院」から「葬儀社」、「葬儀社」から「セレモニーホール」。そこに僧侶が呼ばれ、形式的に通夜、葬儀が営まれる。そして「セレモニーホール」から「火葬場」。単に寺は全体の中で、一つの役割をこなすだけの葬儀。しかも、遺族に対して色々な葬儀のメニューを提示し、僧侶による葬儀はオプションの一つに過ぎず、音楽葬などと同列に扱う葬儀社も出てきています。
今や「僧侶派遣会社」なるものがあり、葬儀社に飛び込みで営業をするそうです。会社と契約している僧侶の中には、寺を持たない者も多く、葬儀があると電話一本で袈裟、衣等、一式詰まっている鞄を持ってセレモニーホールに直行。お経を読んで終わり。戒名は派遣会社が「コンピュータソフト」で、故人にそれなりのふさわしい戒名を検索し、リーズナブルな価格と共に遺族に提示する。寺院の維持や墓地の管理などという手間を一切必要としない、新しい型の僧侶が出現し始めたということです。
こうして派遣された、遺族と関りのない僧侶が、遺族の悲しみ、辛さを充分に理解し、心を込めた葬儀を営むことが果たして出来るのでしょうか。生の最後である死に際に関ることなく、死後の単なる形式化された葬儀を受け持つだけの役割でしかない、と言われても仕方がありません。
葬儀、回向のみに携わる葬式仏教と言われるのなら、せめて葬式仏教に徹すれば、また違った意味での評価を与えられると思います。僧侶たる者、心を込め、故人の安らかな永遠の眠りを祈ること。一方、遺族や会葬者の悲しみを和らげ、励まし、悲しみの中にも心穏やかに。故人とのお別れが出来るよう勤めること。遺族に「感動した!このような素晴らしい葬儀ならば、故人も心安らかに旅立っていっただろう。満足のいく葬儀を出せた!」と思ってもらい、また多くの参列者にも感動を与える葬儀であるならば、充分に意義があります。「葬式仏教」と言われても少しも恥じることがありません。否、僧侶が真剣に、心を込めての葬儀であるならば「葬式仏教」と批判されないはずです。僧侶としての信念、使命感、自覚を持つことにより、人々から信頼を得られるのではないでしょうか。」(「大法輪」2010年2月号p41より)

広辞苑には「直葬」という言葉は無い。「現代用語の基礎知識2007」には、「直葬」について、「葬式をしない葬儀の形態を言う。死亡後、斎場や遺体保管施設に24時間保管した後、いわゆる葬式をしないで直接火葬に処するもの。火葬炉の前で僧侶等により簡単に読経をあげてもらう等の宗教儀礼をあげてもらうことはある。2000年以降に都市部で急激に増加した形態で、東京では15~20%、全国平均でも5%程度あると推定される」と解説されているとか・・・。

自分も今まで数多くの葬儀に出席している。しかし今までで、心に留まった葬儀というのは非常に少ない。前に(ここ)に「通夜の法話の事」という題で書いたが、これは曹洞宗のお寺さんが執り行った同僚のお父さんの葬儀だった。故人のお寺への奉仕や、一緒に永平寺を訪れた思い出話などの話に、もちろん自分は故人を知らないものの、それらの話は印象に残った・・・。(逆に、このお坊さんの話に比べ、それを台無しにした無粋な葬儀屋の対応が残念だった・・・) それら以外の殆どの葬儀は、いつもの型通りの流れ作業・・・。

このコラムは、どちらかと言うと僧侶側に対する戒めを書いている。しかし、先の同僚の父上の葬儀もそうだが、全ては故人とお寺さんとの生前の関係にかかっている。突然葬儀に呼ばれた僧侶も、今まで何の付き合いも無い故人については、話のしようがない。遺族にとっても初対面の僧侶では、何とも話が続かない・・・。
たぶん地方のお寺は、昔からの檀家としての関係が深く、まさに本来の心のこもった葬儀になるのだろう。映画「阿弥陀堂だより」のテーマもそれだった。
しかし、今の都会の人は、何よりもお寺そのものとの縁が薄い。だから良くて“葬式仏教を仕方なく・・・・”。よって、近々「都会の葬式は直葬(ちょくそう)が増える」という推測は当たっていると思う。

自分の場合を思い出してみると、家族では10年以上前に亡くなった親父の葬儀が唯一だが、無宗教・簡素派を自認する兄貴と、「葬式は親父の生き様のバロメータ」とばかり、最後くらい盛大に・・・と主張した自分とがぶつかったっけ・・・。あの時は確かにそう思った。でも今はだいぶん考え方が変わってきたな・・

効率優先の現代社会・・。段々と、自分たち家族の葬儀に人を呼ぶことさえ、「迷惑を掛ける・・」と思って躊躇する人も多くなってくる。確かに今は、故人と直接付き合いがあった場合は別にして、故人よりも遺族との付き合いの関係で葬儀に出席することが如何に多いか・・・。
心の問題は置いてきぼりにされて、葬儀が単なるプロセスになっている。これは何とも寂しいが、まあ時代の流れから来る必然なのかも知れない。しかし現役の僧侶が、葬儀の場を“衆生との貴重な接点の機会”と捉え、現代人が一番葛藤しているはずの“心の問題”に対する小さな解の話でも出来れば、衆生は仏教に対して、見方を変えてくれるかも知れない。別に葬儀の場でPRを!と言うつもりも無いが、一般ピープルにとって、葬儀の場は僧侶と出会う貴重な場であることも確か・・・。
このコラムの指摘は、まさに目前に迫ってきている「お寺」「僧侶」と世の流れについて、見ないフリをして終わる問題ではないと、正面からとらえているように思った。

●メモ:カウント~75万

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2010年1月14日 (木)

浅川マキの「赤い橋」

何とも不思議な歌がある。浅川マキが歌う「赤い橋」という歌である。この歌は、昭和46年(1971年)4月5日に発売された「港の彼岸花」というシングルのB面だったらしい。
この歌詞を読むと、この「赤い橋」は三途の川を渡る橋のような気がする・・・。

<浅川マキの「赤い橋」>

「赤い橋」
  作詞:北山 修
  作曲:山本幸三郎

不思議な橋が この町にある
渡った人は 帰らない
昔、 むかしから 橋は変わらない
水は流れない いつの日も
不思議な橋が この町にある
渡った人は 帰らない

いろんな人が この町を出る
渡った人は 帰らない
赤く赤く 塗った
橋のたもとには
赤い赤い花が 咲いている
不思議な橋が この町にある
渡った人は 帰らない

不思議な橋が この町にある
渡った人は 帰らない
みんな何処かへ行った
橋を渡ってから
いつかきっと 私も渡るのさ
いろんな人が この橋を渡る
渡った人は 帰らない

Akaihashi この詩のモデルが興味深い。「この町」とは何処だろう・・・? この橋の向こうは何処だろう?まるでタイムトンネルにつながっているような気もするが・・・・
調べてみると、青森の恐山には三途の川を渡る「赤い橋」があるという。もちろん自分は行ったことがないが、「恐山の赤い橋」とは、聞くだけでも恐ろしい・・・。(写真はクリックで拡大)

Osorezan_2 フト、こんな歌詞を書く人は誰だろうと思って調べてみた。作詞の北山修さんとは、かの「ザ・フォーク・クルセダーズ」の元メンバーだという。今は九州大学大学院人間環境学研究院教授という要職にある精神科医。
Netでみると、北山修さんがセルフカバーしたCDも出ており、また「雨のしのび逢い」というテレビドラマの挿入歌としても使われたという。

中島みゆきの「うらみ・ます」(これ)も別の意味(失恋)で怖いが、この歌は「理由」「背景」が分からないだけに、もっと怖い・・・
つまり「分からない」ことが怖い原因・・・。北山修氏がこの歌の背景を教えてくれると、少しは怖くなくなるのだが・・・・

話は全く変わるが、今日会社の事務所に、昔子会社にいたOさんという人が来た。自分宛に訪ねて来たわけではないが、打合せがあるとの事で来社され、ついでに挨拶に来た。会議が終わった後、また顔を出したので雑談を始めたら、「私は**(←自分)さんに九州に行けといわれて行ったんです」という。そうだった。思い出した。「まだ九州に居るのか?」と聞くと、「そうなんです。もう9年になります。九州で嫁さんも貰って、マンションまで買ってしまいました。実は**さんに感謝しているのです」と言う。
「オレは君の人生を変えてしまったのか・・。塞翁が馬だね」と笑ったが、九州に全く縁のない人間が、社命でほんの1~2年の予定で行ったのが、親会社の九州支社の女性と縁が出来、まさに現地にはまって、「九州は良いですよ。物価は安いし女性はキレイだし・・」とのたまう。
そう言えば「博多美人」という言葉があったっけ・・・

これはこじつけだが、O君にとって、東京と博多の間に「赤い橋」があったのかも・・・
この町を東京、橋の向こうの町を博多と思ってこの歌を聞いてみた。そうしたら、あまり違和感はない(かな?)。
北山修氏も九州大学の教授。ウン。これはイケル・・・。「東京から(転勤で?)九州に行った人は戻らない」という風にこの歌を聞こう。そうしたら怖さも無くなるぞ・・・・。
(あえて「いつかきっと 私も渡るのさ」という歌詞には目をつぶって・・・)

(2017/05/08追)
作曲者の北山修の歌でも聞いてみよう。

<北山修の「赤い橋」>

(関連記事)
中島みゆきの「うらみ・ます」~非常に怖い歌・・・

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2010年1月13日 (水)

住友生命の20周年記念「創作四字熟語」

先日の新聞に「創作四字熟語この20年」という記事があった。なかなか面白い・・。曰く・・・

創作四字熟語この20年
住友生命保険は、毎年の世相を表す「創作四字熟語」の20周年を記念し、各年を最も象徴する最優秀作品を発表した。歌人の俵万智さんが、1990年から昨年までの優秀作品200篇から選んだ。
バブル崩壊後の経済の長期低迷期と重なるため、一貫して取り上げられてきたテーマは不景気や少子高齢化。俵さんは「現在の方がより深刻になっていると感じさせられる」と200編を振り返る。
低金利を嘆いた「利息三文」(二束三文)が優秀作品に選ばれた93年当時の長期金利は年2~3%台だった。しかし、成長期待の低下で今や1.3%台。「株式凍死」(株式投資)と言われた94年の日経平均株価は2万円だったが、今は約半額だ。」

<創作四字熟語の最優秀作品>~俵万智さん選
09年:「遠奔千走」(東奔西走)~1千円高速で渋滞
08年:「苦労長寿」(不老長寿)~後期高齢者医療制度に賛否
07年:「医師薄寂」(意志薄弱)~医師不足が問題化
06年:「住人怒色」(十人十色)~耐震偽造事件に怒り
05年:「無職無習」(無色無臭)~ニート増加が問題に
04年:「様様様様(よんさま)」(ヨン様)~ペ・ヨンジュに人気
03年:「八方取税」(発泡酒税)~あちこちから徴税しようと発泡酒増税
02年:「日本熱闘」(日本列島)~日韓共催サッカーW杯
01年:「万国胸痛」(万国共通)~米同時多発テロに胸を痛める世界
00年:「圏外孤独」(天涯孤独)~携帯電話が圏外になる孤独感
99年:「着歌繚乱」(百花繚乱)~携帯電話の着メロが乱れ飛ぶ
98年:「倒行巨費」(登校拒否)~長銀、日債銀破たんに巨額公的資金
97年:「靴下象様(かかぞうよう)」(隔靴掻痒:かっかそうよう)~ルーズソックス
96年:「高官無恥」(厚顔無恥)~前厚生次官汚職など官僚スキャンダル
95年:「震傷膨大」(針小棒大)~阪神大震災で心に傷
94年:「政転辟易」(晴天霹靂)~社会党の村山党首が首相に
93年:「扇扇狂狂」(戦々恐々)~お立ち台で扇子ギャルが踊り狂う
92年:「紫煙楚歌」(四面楚歌)~仏で禁煙法施行。日本でも禁煙ムード
91年:「台風逸果」(台風一過)~台風でリンゴなど果物落下被害
90年:「異旗統合」(意気投合)~東西ドイツ統合

(2010/1/10朝日新聞から)

これらを“味わって”読むと、つい最近のことだと思っていた事件が、意外と遠い昔のことだったり・・・
阪神大震災から20年・・とは、最近のテレビでよく言われているが、村山さんから16年、ベルリンの壁が壊されてからもう20年・・・。いやはや年が経つのは早いもの・・・・
しかし、米貿易センタービル崩壊から9年も経つというのに、先日の未遂事件のように、同じような危険性は消えていない。事件によってはまだまだ現在進行形だ・・・

ところで、当たり前に知っていて、それをネタに創作する「創作四字熟語」だが、そもそも元の四字熟語を知らないと、面白くも何とも無い・・・。
大きな声では言えないが、実は97年の「靴下象様」(隔靴掻痒)は、自分にとって全く面白くなかった・・・。つまり「隔靴掻痒」なんていう熟語があるとは知らなかったので、「靴下象様」なんて書かれてもウィットどころか「くつしたぞうさま?~なんだこりゃ?」ナンテ読む始末・・・。
「靴の上から足を掻く」という言葉は知っていても・・・! ウーン・・

癪に障ったので、自分と頭の程度が同じカミさんに「隔靴掻痒」って知っているか聞いてみた。そしたら「読みたくない」とヌカす。まあ我が家の頭の程度はこんなもの・・・

「靴の上から足を掻く」と言えば直ぐに分かるものを何もこんなに難しくしなくても・・。それが教養?違うよね・・・。
もう一度読もう!!
97年:「靴下象様(かかぞうよう)」(隔靴掻痒:かっかそうよう)~ルーズソックス

なるほど・・・。ククク・・・(←これ無理な笑い・・・トホホ)

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2010年1月12日 (火)

写真家 セバスチャン・サルガド

昨日に続いてテレビからの話題で恐縮だが、先日ふとテレビを点けたら、NHK“日曜美術館「極限に見た生命の美しさ~写真家セバスチャン・サルガド~」”これ)を放送していた。その迫力ある写真につい引き込まれ、見てしまった。白黒写真の向こうに、何という“真実”があることだろう・・・(2010年1月10日再放送/2010年1月17日午後8:00~再々放送(ここ))

Image04161 番組は写真展の一つひとつの写真の前で、セバスチャン・サルガド氏が写真の意味するところを解説をする。テーマは「人間の尊厳」。その凝縮した画面に思わずハッとする。左の写真が、サルガド氏の名を不動のものとした伝説の写真だという。エチオピア空軍機からの機関銃攻撃を避けるために夜通し歩き、朝やっとキャンプに到着したエチオピアの何千人もの難民たち。朝方やっと木陰に腰をおろしてホッとした瞬間。朝の日が差し込み、ほんの一瞬こんな風景が・・・・。そのたった30秒の間にシャッターを切ったという。(写真はクリックで拡大)

テレビで紹介された写真はどれも息を呑むものばかり。アフリカの動物を相手にする時は、相手の動物から撮影の許可を貰う・・・。難民の写真を撮るときは、難民と一緒に3週間もの間、生死を共にして歩く。それらの信頼関係が写真の向こうの眼光に生きている・・・。
Netでセバスチャン・サルガドの写真を検索したら、こんなのが見つかった。

Image04151 Image04171 1001122salgado 1001123salgado 1001126salgado 1001124salgado 1001125salgado 1001127salgado

写真家セバスチャン・サルガドについて、NHKの番組紹介ではこのように解説している。
「世界的報道写真家、セバスチャン・サルガド。アフリカのかんばつや飢餓、世界の労働者の実態、移民や難民などを地球規模の視点でとらえてきた。サルガドの作品は、悲惨な状況も神々しい絵画のような美しさで切り取る。「私は、どんな苛酷な状況の中でも、生きようとする人間の尊厳を撮っているのだ」と語るサルガド。被写体と一体となり、寄り添うようにカメラを向けるサルガドは、絶望の果てには必ず希望があることを伝えている。」(ここより)

少し一緒に見ていたカミさんが「展覧会に行こう。どこでやっているのか見ておいて」という。普通番組の最後には展覧会の案内が出るはず・・。でも、それを待っていたが出ない・・・。ヘンだと思ってNetで確認したら、展覧会は昨年の10月~12月に東京都写真美術館で開催されたもので(これ)、既に終わっていた。このNHKの番組も2009年11月29日に放送されたものの再放送だった。残念!

写真集は・・?、と探してみると、日本では未だ1種類も発売されていないようだ。でもamazonで"Sebastiao Salgado (Photofile)"という本があり、1000円ちょっとなのでツイ注文してしまった。(最近の自分は、ツイ注文してしまう例が多い・・・)

Image04181 それにしても、この番組を通しての写真のインパクトは非常に大きい。特にブラジルの金鉱の写真が印象に残った。巨大な金鉱の露天の採掘穴に、まさしく蟻のように群がる人間・また人間・・・。これも現実の姿・・と息を呑んだ。
来週の日曜日 (1月17日) の夜に再々放送があるので、この番組もDVDプレヤーのHDDに録画して残して置くことにしよう。

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2010年1月11日 (月)

BS11の「仏像大好。」が楽しみ・・

最近の薄型テレビには、ジャンル別検索という機能が付いている。先日試しに、(自分はドキュメンタリーが好きなので)「教養」番組で検索してみた。そこで見つけたのが、新番組のBS11の「仏像大好。」という番組(HPはここ~地方局でも放送中)。1月6日スタートで毎週水曜日21時00分~21時30分。録画を見たら何かに似ている。そう、NHKの「世界ふれあい街歩き」(ここ)と同じような趣向。でも訪問先はお寺の仏像・・・。

第一回目は奈良東大寺の大仏さまと金剛力士像。ナレーターは中島朋子さん。NHKの「世界ふれあい街歩き」にも出演されているが、自分が一番好きなナレーター。
NHKと同じようなスタイルで、まるでカメラが自分の目線になったような雰囲気で東大寺を巡る。みやげ物店までも覗く・・・

お寺をめぐる番組は過去にも多数あった。でも大体の番組が、誰か一人を訪問者に位置付け、その人の目線で解説する。その人の感性とマッチすれば良いのだが、自分には何か押し付けがましく感じられ、このような「カメラ」さんの目線、つまり出来るだけフリーの目線の方が聞いていて素直であり自分は好き。BS11の番組HPには下記のように紹介されている。

「平城京遷都1300周年に贈る、仏像情報番組!
女性を中心に人気沸騰の「仏像」がテーマの新番組!
話題の古都・奈良で美仏をめぐる癒しの時間
「仏像大好。」は、「平城京遷都1300年」を迎える奈良を舞台に、日本が誇る最高の美術「仏像」をアート&ポップにめぐる番組です。
20~30代の女性を中心に、多くの人が仏像に癒しをもとめています。
教科書に載っていた超有名仏像から、マニア垂涎の貴重仏像まで紹介。
古都の美しい風景と共に、楽しくナビゲートしていきます。
仏像ブームに沸く日本に贈る、至福の30分です。」(
ここより)

番組名から全国の仏像を巡るのかと思ったが、奈良に限定しているようだ。そうか、今年は平城遷都1300年か・・・。確かに新聞の記事を見ても、奈良では秘宝・秘仏の特別公開など大きなイベントが計画されているという。今年は奈良ブーム??

しかし番組のタイトル「仏像大好。」の「・・。」が気になる。「モーニング娘。」という歌手の「。」があるが、どうもこの「。」ひとつで「娘さん向け」のような気配・・・
このPR記事のように、今、若い女性が仏像に惹かれているというのは本当なのか?

先日NHKで、“世界遺産への招待状「中国 五台山 祈りの故郷」”という番組を見たが(2010年1月4日放送)、その中で若い修行僧のこんなシーンがあった。
「・・・果旭さんは9歳の時、父親を病気で失った。母親は直ぐに再婚し、家に一人置き去りにされた。一人ぼっちの少年に大人たちは冷たかった。働いて得たお金さえ巻き上げられることもあった。・・・『本当に苦しかった。世の中はとても汚く、私はそれを受け入れられませんでした。出家したのはそれが理由です。今の世の中は、自分の利益ばかりを求める大人たちであふれています。自分の欲を満足させるために手段を選ばずに何でもやる。そんな汚れた社会がいやなんです』・・・・」

同じ番組で「女子仏学院では、16歳から34歳までの若い尼僧650人が学んでいます。一度社会に出てから入ってくる人が8割を占め、学院は急拡大。社会の様々な問題で傷つき出家する人が増え続けているのです。」とある。(ここから)

中国と日本ではもちろん事情は違う。でも心の癒しを、仏教を求める人も多いらしい。

自分に代わってBS11が仏像めぐりをしてくれる・・。こんな番組を見ながら、ハッとするような仏さまに巡り会えるとラッキー?
いつまで続く番組か知らないが、奈良が終わったら京都、そして全国の仏さまを訪ねてくれるとありがたいけど・・・・

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2010年1月10日 (日)

「狭山湖」と「山口千手観音」に行く

我が家が(というよりカミさんが)最もお気に入りの「ジョイフル本田・瑞穂店(ここ)」。今日は道がそれほど混んでいなかったが、車で30分の距離にある超大型ホームセンター。その帰り道に、左に曲がると「狭山湖」という交差点があり、前から寄りたかった。今日は天気も良いし、それほど寒くないし・・ということで、行き当たりばったりだが行ってみることにして、ハンドルを左に切った。

だれも思い出の地というものはある。自分にとって埼玉県所沢市にある山口貯水池(狭山Image04131 湖)は小学校4年生のときに修学旅行で、近くにあったユネスコ村と一緒に訪れた思い出の地。左の写真はその時のもの。後の湖が狭山湖。昭和32年(1957年)のことである。この年を最後に自宅が埼玉から茨城に引っ越したことも、この湖の印象が強い原因・・。
その狭山湖に、大人になって行ったのは、たぶん今回が2回目。数十年ぶり。ナビを頼りに走って行くが、一向に展望台らしいところが分からない。適当に走り回った結果、第三駐車場というのを見つけ、とりあえず車を停めて犬を連れて歩き出したら、あった・・・・。広い公園と、堤防に続く道・・・・。その写真を下記に・・・(写真はクリックで拡大)

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この湖のシンボルが取水塔。これは小学校4年の時に見て、良く覚えている。前に大人になって来たときは、確か取水塔が2つあったような記憶があるが、今日は1つしか見えなかった。

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案内文を読むと、1995年の阪神・淡路大震災を教訓に1998年から2002年まで提体強化工事を行い、2002年11月に完成したのだという。だから昔の面影は取水塔しかなかった?

帰り道、何やらお寺がある・・。ちょっと寄ってみようか・・と、丁度駐車場が一台分空いていたので車を停めて入ってみた。目の前に真っ赤な近代的な五重塔。下を見下ろすと、かなり大きなお寺が見える。つい降りて行った。すると無数の水子地蔵・・・。規模が大きい・・・。通称「山口千手観音」、正式な寺の名は「真言宗豊山派 吾庵山 金乗寺 放光寺」というのだそうだ。

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かなりの人で混んでいた。境内に上がると“まに車”がある。初めて見た。せっかくだからと、カミさんと二人でまに車を回しながらお堂を一回り・・・。おっと、今写真をよく見たら「ブレイクベル(祈願用の鐘)」とある、てっきりまに車だと思ったが違うようだ・・・

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境内は至るところ、龍の像・・。カミさんが言う。「来年は辰年なので、このお寺は参拝者が多くなるね・・・」

かくして思いつきで湖とお寺に行ってしまった。行く気になれば(探せば?)、近くに色々な名所がある。いつもは、どうも東京の中でしか考えていないが、我が家のすぐそこは埼玉県・・・。それをも頭に入れれば、色々と名所は多いようだ。次回はちゃんと「山口千手観音」にお参りに来よう・・・
今日はひょんな事から10キロも歩いてしまった・・・。

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2010年1月 9日 (土)

幸田浩子の「アヴェ・マリア(カッチー二)」とアルビノーニの「アダージョ」

久しぶりにいわゆる「名唱」を見つけた。幸田浩子さんというソプラノ歌手の歌う「カッチーニのアヴェ・マリア」である。何はともあれ聴いてみよう。

<幸田浩子の「アヴェ・マリア(カッチー二)」>

100109koudahiroko カッチーニのアヴェ・マリアは、当サイトでも何度か取り上げた。しかしこの素晴らしい歌声が日本人とはビックリ・・・(失礼!)。調べてみると、この演奏は2009年2月18日に発売された「カリヨン~幸田浩子 愛と祈りを歌う」というCDに入っている曲(ここ)だと分かった。
いったい幸田浩子さんとは何者か(失礼!)・・・とNetで調べてみた。(ここ)に紹介されているプロフィールによると、1997年に「東京芸術大学を首席で卒業。同大学院、及び文化庁オペラ研修所修了後、ボローニャ、並びにウィーンに留学。数々の国際コンクールで受賞の後、ヨーロッパの主要歌劇場へ次々とデビュー。」とある。かなり有名な方のようだ。テレビ等への出演も多い。しかしCDのジャケットを見ても、やはり“美しい声は美しい方から生まれるな~~”、とツイ思ってしまう。(写真はクリックで拡大)

カッチーニのアヴェ・マリアは、(ここ)にも紹介したが、レスリー・ギャレット(sp)のような演奏が正統派だと思っていたが、この幸田浩子さんの演奏はそれとは大分趣が違う。
別のCDの紹介記事によると「新イタリア合奏団との競演」とあるので、編曲はこのCDの収録のために独自に行ったようだ。しかし、このコロラトゥーラソプラノの透き通った声が何とも心地よい。でも聞いていると何かに似ている・・・。フト思い出したのがアルビノーニのアダージョ・・。何か雰囲気が似ている。みんなイタリア・・。だから雰囲気が皆イタリア的で同じなのかも・・・・
(2016/12/24訂正)
★カッチーニのアヴェ・マリアの作曲者はヴァヴィロフ。(ここ

ついでにアルビノーニのアダージョも聴いてみよう。この曲も、自分が大好きな曲である。何とも気品にあふれ、しみじみとした曲ではないか・・・

<アルビノーニのアダージョ(パイヤール室内管弦楽団)>

CDの解説によると「『アルビノーニのアダージョ』として有名なこの曲は、イタリアの作曲家T.アルビノーニ(1671~1750)のトリオ・ソナタの一部として残された断片を、今世紀に入ってから音楽学者のジャゾットが復元し、弦楽合奏とオルガンのために編曲したものである。そして映画「審判」のテーマ曲として用いられたことを機に、この荘厳で美しい音楽は広く知られるまでにいたった。」とある。

夜更けにこのような高貴な音楽を聴くと、日頃のざわざわ感が吹き飛び、我々を静かな別世界に連れて行ってくれる。

(関連記事)
ヴァヴィロフ作曲・演奏による「カッチーニの“アヴェ・マリア”」
カッチーニの「アヴェ・マリア」色々

X'mas飾りとカッチーニの「アヴェ・マリア」

====(2010/09/23)=======
★尋ね人・・・!←分かった(2010/10/04)
これを歌っている歌手をご存じの方はコメント頂きたく。
(wolfyさんから問い合わせ頂いたのですが、分からないもので・・)
⇒ヘイリー・ウェステンラ(ニュージーランド出身)とのこと。

ヘイリー・ウェステンラの歌う「カッチーニのアヴェ・マリア」>

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2010年1月 8日 (金)

書家 武田双雲氏の筆・・・

元旦にふとテレビを点けたら、“元旦NHK「四季日本列島 新春スペシャル」”という番組をやっていて、書家 武田双雲氏が雪の風景を背景に、透明なガラスに「静」という文字を書いていた。
Takedasouun 武田双雲氏はNHKの大河ドラマ「天地人」の題字を書いた人だという。ふと気になってNetで調べてみた。(ここ)のサイトにあった・・・。心当たりのある(?)題字がたくさん・・・。みんなこの人の筆だった。氏は昭和50年生まれというから、まだ34歳・・。若い・・・・。(公式HPはここ)(写真はクリックで拡大)

Tenchijin Takumishouzou_2 Takumi Katennoshiro Yamazakura Photo_2   

これらの書を見ながら、つくづく筆(書)は芸術である・・と思う。世に字体は無数にある。パソコンの字体(フォント)だけ見ても幾らでもある。(←関係無いけど「筆まめ」の“CRC&G 流麗行書体”は美しい・・・)昔からの漢字でも、「楷書」「行書」「草書」「篆書」「隷書」等々。
しかし双雲氏の字体は、当然それらに該当しない独特のもの。でも、これらの文字を見ているだけで、どうして圧倒的なエネルギーを感じるのだろう。文字に命があることを初めて知った。

数年前に亡くなった叔母が書道をやっていた。子供を書道教室に通わせているうちに、自分が書の道にはまった・・という。何時だったか銀座でその書道グループの展示会があるという招待状が届き、行ったことがある。でもまったく分からなかった。だいたい何が書いてあるか分からない。良いか悪いかが分からない・・・。だいたい、文字は自分の意思を相手が伝えるもの。だから“読めてナンボ・・”の世界だと思うのだが、素人には読めなかった・・・。
そんなこともあってか、“書の道”は益々自分から縁遠くなった。

思い出してみると、自分の悪筆の歴史は筆舌に尽くし難い・・。小学校の頃、通信簿に「ノートの使い方が汚い」と書かれていたが、これは文字が汚いということ。学校で書道があったのは何年生までだったか・・・。小学校の5年生?6年生?
「筆を折る」という言葉があるが、自分はこの書道の最後の授業が終わるとき、“筆を折った!”。つまり「もう二度と筆で文字を書く事は無かろう」と・・・。(つまりそれ位に書道が嫌いだったわけ・・・)
自分の悪筆に伴う(悪い)逸話は幾らでもある。現役時代、課長だった頃、小さなメモ用紙に色々指示を書いては部下に紙つぶてのように渡した。パソコンでのメールが出来る前である。後で聞いたら「課長のこの文字は何と書いてあるのか・・・」と、逆さにしたり裏返したりして皆でワイワイやっていたという・・・。部下たちは、自分のメモの“解読”に大変な努力が要ったという話・・・。だからメールが出来て一番喜んだのが当時の部下・・・。「ああこれで**さんのワケの分からない文字を読まなくて済む・・・」

絶対に文字を書かない自分が、現在唯一肉筆で書くチャンスがある。それは年賀状。単に印刷だけでは面白くないだろうと、少しだけ文字を追加する。でも年に一回しか書かない文字。何とか読めるように書こうとはするものの・・・(南無阿弥陀仏・・)。いやはやパソコンになって良かった!良かった・・・・!

おっと、今日は書の話だった・・。上の写真でも分かるように、双雲氏の筆は、単に文字を崩したりして、格好だけを追った文字ではない。先に書いたように、世の書家の難しい(?)文字は、その世界では評価されていても、我々一般ピープルでは付いて行けない。先のように、何よりも読めない。でも双雲氏の文字は誰でも読める。そして、何という味わい・・・

Netで見ていたら「武田双雲の上機嫌カレンダー2010」というのを売っていることが分かった。実は自分は昨年、某メーカーGrを離れたので、初めて会社からカレンダーを持ち帰らなかった。よってこれからは、カレンダーは自分で買うもの。これはちょうど良い機会・・・とばかりに、amazonに注文してしまった。どの通販サイトも品切れ状態で、いつ入荷するか分からないが、まあ気長に待とうか・・・

小学校の頃に勝手に“筆を折った”自分だが、せめて見るだけでも・・と、双雲氏の筆を黙って見つめる自分ではある。

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2010年1月 7日 (木)

思い出のTV・ラジオ主題歌集(3)

我々還暦世代が子供の頃に聞いていたテレビ・ラジオ番組のテーマソングを集めた企画の第3回。今日もこんな曲を聞きながら、昔を懐かしむことにしよう・・・。
でも段々とテレビ時代になり、チャンネルの権限の無かった子供時代の自分には、なじみが少ない番組が多い。でも順番に聞いて行く事にしよう。

<「あんみつ姫」(中原美沙緒、ボニー・ジャックス)>

Wikipediaによると、「昭和33年(1958年)12月1日から昭和35年(1960年)10月28日まで、月曜日の19:00〜19:30に現在のTBSテレビで放送されたという。全100回。」

<「白馬童子」(高野政次、コロムビア児童合唱団)>

Wikipediaによると、「白馬童子(はくばどうじ)は、巌竜司原作による作品であり、これを元に制作されたテレビ時代劇作品。NET(現テレビ朝日)系で、昭和35年(1960年)1月5日から同年9月20日までの全38回放映された。」という。
自分は聞いた事が無い・・・

<「快傑ハリマオの歌」(三橋美智也、東京混声合唱団)>

Wikipediaによると、「快傑ハリマオ(かいけつハリマオ)は、昭和35年(1960年)4月5日から昭和36年(1961年)6月27日まで日本テレビ系ほかで放送されていた」という。
この歌は、単なるテーマソングの域を超えて、立派な楽曲だ。

<「お笑い三人組」(三遊亭小金馬、江戸家猫八、一龍斎貞鳳)>

Wikipediaによると、「『お笑い三人組』とは、昭和30年(1955年)11月から昭和35年(1960年)3月までNHKでラジオ放送され、昭和32年(1957年)から昭和41年(1966年)3月までテレビ放送された公開バラエティコメディ。落語家・三遊亭小金馬(後に4代目三遊亭金馬を襲名)、講談師・一龍齋貞鳳(のち国会議員を一期務める)、ものまね・江戸家猫八 (3代目)の3人に、楠トシエ、音羽美子、桜京美、武智豊子、渡辺篤がレギュラー出演した。」とある。

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2010年1月 6日 (水)

日本の「30年成長、20年衰退のあと」

昨日の日経新聞のコラム「大機小機」の記事「30年成長、20年衰退のあと」は、日本のこの50年間を俯瞰していて分かり易い。特に目新しい議論ではないのだが、2010年という新年を迎えて、この50年間を振り返っている。曰く・・

30年成長、20年衰退のあと
新しい年が始まった。2010年の日本。このまま緩慢な衰退を続けるか、再成長へカジを切るか。勝負どころだ。
戦後日本の高成長の号砲が鳴ったのは今から半世紀前の1960年にさかのぼる。55年の保守合同を経て岸信介内閣が6月に日米安保条約を改定。後継の池田勇人政権が暮れも押し迫った12月27日に「所得倍増計画」を閣議決定し、輸出立国への歩みを始めた。日本は軍事・外交面で米国の傘を借りながら経済発展に集中し、世界が驚くスピードで成長の会談を駆け上がった。
60年は産業面でもエポックの年だった。ローマ五輪に合わせカラーTVの本放送が始まり、ベンチャーの域を出なかったソニーが世界初のポータブルトランジスタTVを発売、その名を内外に知らしめた。世界では石油輸出国機構(OPEC)が新段階を迎えた。
この50年間を振り返ると、繊維、鉄鋼、電機、自動車といった基幹産業が2度の石油危機を乗り越えて競争力を向上、日経平均が史上最高値を付けた89年までの30年間が成長期。90年のバブル崩壊からの20年間が衰退期、と大くくりにとらえることができる。
自民党による長期政権がもたらした政治の安定、間接金融強化による金融システムの安定、さらに官主導の計画的な産業育成。過去20年でみれば、それまでの30年間の日本のメリットが、市場主義とグローバリゼーションをいう世界の大潮流のなかでデメリットに変わり、新たな国家ビジョンや成長メカニズムをつかみ切れなかったのがここまでといえるだろう。
衰退の20年間にあって何とか世界一の水準を保ってきたのが企業の技術力だ。最も長い景気循環に「コンドラチェフの波」がある。新しい技術の芽生え、発展、普及と成熟、陳腐化が経済衰退の大きなうねりをつくり、その周期を50年程度とする考え方である。
再成長の出発点を企業の競争力向上、なかでも基礎技術や産学連携を含む技術力に置く意味はそこにある。
日本の名目国内総生産(GDP)は20年近く500兆円程度で停滞している。日本にとっては民主新政権が参院選前の6月にまとめる新成長戦略の行動計画が、反転成長への大きなポイントになる。参院選の最大の争点は成長戦略。この未来をかけた計画作りに失敗すれば再び政権交代もあり得る、と新政権は覚悟して臨んでほしい。(三角)」(2010/1/5「日経新聞」p19より)

自分が社会人になったのが1970年。まさに高度成長にまっしぐらの時期だった。入社した当時は、毎年給料が数%ではなくて、数十%ずつ上がって行く時代だった。まさに国民が良く働き、仕事もあった。
それに引き換え、最近の日本は全てのスケールが小さくなった。かつての日本のリーダーは、戦後の吉田首相を筆頭に、先の池田首相の「所得倍増計画」や「コンピュータ付きブルドーザー」と言われた田中角栄首相まで、まあ色々あるにせよ存在感だけはあった。
それに引き換え、先の自民党の1年交替の首相たちも含めて、現在の日本の“指導者”には“指導力がない”と言われて久しい。企業のトップも同様で、大物が居ない。今の経済界に、昔の松下幸之助、本田宗一郎、井深大や盛田昭夫・・・などのように、後世に名前が残るような経済人が何人いるだろう・・

まあ我々サラリーマンも、リタイア寸前になると、自社(=自業界)の視点を離れて色々と客観的に世の中が見えてくる・・・。
逆に捉えると、今の世の中は、政権交代の実に変化が多い“面白い時代”なのかも知れない。まあ個人では8千万分の1票しか政治に参加できないので、世の動きをテレビドラマのようにでも捉え、“楽しむ”ことにでもしようか・・・

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2010年1月 5日 (火)

ニック・ニューサの「サチコ」

先日、江利チエミの「酒場にて」という歌を取り上げたが、同じような雰囲気の歌で、ニック・ニューサの「サチコ」という歌がある。
この歌を初めて聞いたとき、「さちこ」という曲名を頼りにレコード屋で聞いたら、ばんばひ100105sachiko ろふみの「SACHIKO」に行き当たった。でも違う・・・。やっと ニック・ニューサという歌手が歌ったカタカナの「サチコ」だと分かり、やっと音源を手に入れた。それからカーステレオで何度聞いたことか・・・。この歌は、1981年6月発売だという。
しかしNetで調べても、ニック・ニューサの素性については良く分からない。Wikipediaにも無い。でも「レコードジャケットのプロフィール欄を読みますと、博多のナイトレストラン「LALA」でレギュラーバンドとして活動していたそうです。名前のニック・ニューサは”New York City New York U.S.A.“の頭文字からとったものとか。」と書いたblogを見つけた(ここ)。

<ニック・ニューサの「サチコ」>

「サチコ」
  作詞/作曲:田中収

暗い酒場の 片隅で
俺はお前を 待っているのさ
サチコ サチコ お前の黒髪
俺はいまでも お前の名前を
呼んだぜ 呼んだぜ 冷たい風に

今日も一人で なか川ぞいを
歩く冷たい 俺のこの胸
サチコ サチコ お前の瞳が
俺はいまでも お前の名前を
呼んだぜ 呼んだぜ 冷たい風に

サチコ サチコ お前のすべてを
俺はいまでも お前のことを
好きだぜ 好きだぜ いつ いつまでも

この歌はメンバーの一人、田中収さんの作。博多に居られたというので博多に「なか川」があるか地図を見たら「那珂川」がある。なるほど、これがモデルか・・・(自分は「那珂川」と聞くと、水戸を流れる那珂川を思い出すのだ・・・)
歌詞を頼りに勝手に想像をめぐらす。酒場で待っていても、サチコさんは現れない。仕方なく那珂川ぞいを一人歩くと、冷たい風が身に凍みる・・・。という“逃げられた”サチコさんを未だに思う男でした・・・。でも「お前」と呼ぶところをみると、結構親しかったのかも・・・
でもまあ良くある話・・。テレビドラマでも、フジテレビの「風のガーデン」で、養蜂家の父を手伝う修が、一目惚れしたルイに一方的にスナックで待っていると言って、勝手に待ったがルイは来ない・・・。そして一人で酒を片手に待っている修・・・というシーンがあった。まあ“とっても”良くある話だ・・。

しかしこの歌は不思議な歌だ。バンドで歌っているので、ロックかとも思うが、演歌調でもある。まあ変形歌謡曲かな・・? でも何かしみじみしていて良いな~~。
(でも同じ博多にいるウチの息子が、こんな歌を聞きながら、一人寂しく酒を飲んでいないことは祈りたい・・。 でも待てよ? “呼び捨て”に出来る相手が居るだけよっぽどマシかもね・・・)

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2010年1月 4日 (月)

生活第一、輝け社員~後端企業の生きる道

先日の朝日新聞の1面に「企業 新たな自分探し」という記事があり、ちょっと気になった。曰く・・・

生活第一 輝け社員~後端企業の生きる道
・・・・・グローバル時代に高まる大企業と国家の緊張をよそに、地域社会との共存を目指す企業群もある。長野県の伊那谷。アカマツ林を残す約3万坪に伊那食品工業の本社や工場が広がる。朝7時40分、一日は会長以下社員総出の掃除から始まる。土地は地元の組合から管理を委託された。「伊那になら任せられる。使ってほしいとなった」と塚越寛会長。農家の冬場の副業だった「斜陽」の寒天製造にこだわり、社員約400人の1割は開発部門に配置、用途を健康食品や化粧品、医療に広げてきた。国内シェアは8割。創業以来、05年まで「48年間増収増益」。「社員の生活が大事」と工場は午後5時まで。株上場を勧められても断っている。株主が求めがちな短期の収益を意識すれば、人件費を削減したり、下請けに無理をさせたりすることになるからだ。「人件費を『コスト』と考えること自体がおかしな話。企業は、みんなが幸福になるための手段。大事なのは働く人が失業せず、生活が続けられるよう企業が永続すること。雇用をつくり、税金を払って社会に貢献しながら、木が年輪を重ねるように少しずつ無理なく成長すればいい」

岐阜県輪之内町。電気スイッチのボックスや電線の地中埋設管などでトップシェアを維持する未来工業の工場は年末から「17日間の正月休み」に入った。・・・・
「全員正社員」で日本一短い労働時間(1日7.25時間)、年休は140日前後、育児休暇は3年。これで創業以来赤字なし。「生き残るには、一人一人が製品や仕事の差別化で工夫するしかない。それには働く人がやる気を起こす会社にするのが一番、近道だった」と創業者の山田昭男相談役。・・・・・
設計開発をする加納一啓さん(31)は・・・・「大手に就職を考えたことがあったが、ここは全部、任されるからやりがいが違う。給料が倍になってもそれで幸福と思えるかどうか。今は満足している」
この「ローテク後端企業」(山田相談役)にトヨタ自動車と組み合わせた海外からの視察がひっきりなしだ。12月21日、昨年最後の視察は、韓国の大手電線メーカーの経営刷新チーム。「韓国企業もコストの安い中国と高い技術を持つ日米に挟まれ悩んでいる。日本にはこんな会社もあるんだとヒントを得られた気がする」。
グローバル競争に勝ち残る。そのうえで会社が社会や働く人と「幸福な関係」を作るにはどうすればいいのか。そして“日本流”とはトヨタやパナソニックなのか、伊那食品や未来工業なのか――。輸出企業の「無国籍化」が避けられないなら、「雇用や生活の基盤、自己実現の場」を実践する企業を社会にたくさん組み込むこと。それが本物の「豊かさ」を実感する成長戦略かもしれない。(編集委員・西井泰之)」(2010/1/3朝日新聞p2より)

当サイトでは、つい何度もブータンの話を出してしまう。ブータンの、貧しいながらも“国民が幸せだ”と思うお国柄が驚異だから・・・
日本国内で、このブータンと同じような考え方の企業があるという。社員の幸せを優先的に考え、それでいて決して競争に負けていない。この見事なからくりはどこから生まれてくるのか・・・。
それは、日本ならではの“ハイテク”でしか実現できないと思ったら大間違いだ・・・と、この例は示している。でも必須なのは、ボス(社長等)の熱い思いとリーダーシップ。それによって、社員は150%働く・・・。

今日から、また世の中が動き出した。目指すは利益・・・。企業は利益が出ないと何も出来なので「利益」「利益」・・と言う。これは仕方が無い。
一方、我が“日本株式会社”。新聞を読む限り、海外を含めて我が鳩山社長の評判は今ひとつ。それに、GNPで今年は中国に抜かれて世界第3位に転落するのは確実だという。まあGNPは置いたとしても、国民の「幸福度」が毎年改善されているかというと、年々国民の貧富の格差は開いており、幸福度が増しているとは言い難い。

まあ国政は鳩山さんに頑張ってもらうとして、先の例のように、給料が安くても社員が決してスピンアウト(転職)しない会社もある。
最近、「お金」以外の幸福度を増す手段について、つい考えてしまうシルバー世代のエムズくんではある。

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2010年1月 3日 (日)

中島健蔵の「読書の孤独」~高校の時の教科書より

高校の時の教科書の内容を、還暦を過ぎてもなお思い出すのは、珍しい事だろうと思う。実は、自分は唯一高校のときの国語の教科書を切り抜いて、取ってあったものがある。しかしその切抜きがどこにあるか分からなかったが、さっき、たまたま探しものをしていてそれを発見した。懐かしい文章である。曰く・・・(写真はクリックで拡大)

読書の孤独
    中島健蔵
「読み捨てる」ということばがある。本を読むには読むが、読んでしまえばそれまで、という読み方である。これは読み方というよりは、本の質にもよるだろう。しかし、読み捨てるわけにいかない本もある。
Image04081 ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』をわたしがはじめて読んだのは、中学の四年生の時だったと思う。病気になって寝ている時、頼んで買って来てもらった。たいした病気でもなかったとみえて、一気に読み上げてしまった。すっかり夢中になって、わくわくしながら、あの大きなものを読みつづけ、さて読み終わって、窓の外をながめると、世界が変わってしまったような気持になった。草木の色や空の青さまでが、今までとは違う意味を持ちだしたかのように、新鮮に見えたのであった。
それよりも前に、わたしは国木田独歩に驚かされていた。・・・・
・・・・
・・・自分自身の成長を知るためにも、読書ノートはよいものである。人間は案外、若い時の自分と縁が切れてしまうものである。しかし、ノートが残っていると、自分の成長の首尾一貫性を、ある程度まで保つことができる。人間は変わるものである。しかし、変り方にもいろいろある。変わるためには、それまでの自分を知っている必要がある。そのために、読書ノートは大いに役に立つ。初めは、いくらかてらいぎみなノートができるかもしれない。あとで読み返してみて、われながらいやだなと感じることによって進歩する。気がつかずにいると、いつまでもそのいやさから足を洗うことができない。あわてずに急ぐことである。時の流れは速い。あわててむやみに本を買い込んで、読みきれずに投げ捨ててしまうのはつまらない。どんなに無理をしても読み捨てることさえできないような、むちゃな本の選び方は、まったくのむだである。
食卓で、物を食べながら本を読むのは、きわめて悪い癖である。・・・・
・・・・
ところが、あいにく、本に夢中になっているときの人間は、家族も何も忘れてしまうほど孤独なのである。おしゃべりをしながら本など読めるものではない。何を聞かれても、せいぜい生返事をするぐらいのところで、しつこくじゃまをされれば、読んでいるほうでおこりだすであろう。・・・・・本が読みたい時には、どんなに親しい相手でもじゃまになる。・・・・
夕方、家へ帰って来て、ろくに話もしないでいきなり本を読み出す夫に対しては、新妻などは泣きたくなるであろう。読みふける人間は孤独である。そして、そのような孤独は、親しい相手までも孤独にする。幸いに相手も読書の癖を持っていたら、話は簡単である。同じへやの中で、まるでけんかでもしたかのように、夫婦も子どもも別々に本を読んでいる。こういう時には、案外、平和は破れないのである。・・・・」(「現代教養全集」第14巻(筑摩書房)より~昭和40年、高校の国語の教科書より)

これは昭和40年頃、高校2年か3年の時の現代国語の教科書にあった文章である。(スキャンしたオリジナルのPDFを(ここ)に置く)
当時、この文章はなぜか印象に残り、そのページだけ破いて取っておいたのだ。どこが印象に残ったかというと、それは2箇所ある。
「あとで読み返してみて、われながらいやだなと感じることによって進歩する。」
そして「同じへやの中で、まるでけんかでもしたかのように、夫婦も子どもも別々に本を読んでいる。こういう時には、案外、平和は破れないのである。」

時間が経って、前の自分がイヤになることは良くある。つまり自分の取った行動が、後になってイヤになることは良くある。その時、よくこの文章が自分の頭をよぎり、「これも自分が成長した証かも・・」ナンテ思ったことは一度や二度ではない。
それに家庭において、皆が黙っていても平和なことは重要だ。いちいち相手の様子を気にかけなければ平和が保たれない状態などは悲しい・・・。よって家族の皆が、それぞれに読書や他の事に夢中になってそれぞれの世界に浸っていても、皆がそれぞれの相手の立場を尊重している限り、その姿もまた良いものではないか・・・?

ふと現実に戻る。実際の我が家は・・??
まあ毎日、食後のカミさんの「解散!」という掛け声で、自分は2階の自室で自分の世界に・・・。これは大変に幸せなことである。(そのワリに我が家はぺチャぺチャが多いが・・・)
今年も、先の高校の教科書を思い出すが如く、このblogを通して自分の人生を振り返ることにしよう。

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2010年1月 1日 (金)

明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。本年も当blogをよろしくお願いします。

P10604681_3   

この写真は、今朝の我が家の居間の飾りです。ミニ屏風は、“クラフト☆ギャラリー M's(エP10604671 ムズ) (ここ)”こと、カミさんの手作りの作。(写真はクリックで拡大)
「一片春色 四方吉祥」とは、中国で新春を祝う「対聯(ドゥイ・リェン)」の一つで、「一方から春の気色、四方から良い兆し」といった意味とか。(詳細はここを参照)

元旦の楽しみは年賀状。段々と“予想外の人”からの賀状は無くなってくる。特に会社関係の儀礼的な賀状は、会社を離れると一区切りするもの。それでもなお続くのは、社業を超えた付き合いがあった印か?
我々還暦を過ぎた人間にも、メールでの年賀状に変える人も出てきて、今年は2人からメールでの賀状を貰った。でもさっき見たメールは、添付のJPGを開くと「**様」という所が別の人の名前・・・。まだまだ慣れていないのか、それとも相手が多過ぎて、添付ファイルの管理が追い付いていないのか・・・

まあ自分も型通りの年賀状しか出していないので、評論する資格も無いのだが、貰って楽しいのは、やはり写真付が一番。子供の育って行く過程が良く分かり、面白い。でもある意味、内部情報の公開なので、相手を選ばないといけないか?
それと、印刷はしてあるものの、1年間の生活ぶりをこと細かく報告されているのも、読んでいて楽しい。現役時代のある上司からの賀状は、リタイア直後は“ハロ-ワークに初めて行ってみたが、何の資格を持っていますか?という最初の質問でガックリ・・・”といった内容だったものだ、今は趣味の合唱に少年野球の指導、そして孫の遊び相手に・・と忙しい様子が書かれており、リタイア予備軍の自分もこんな生き方を見習わなければ・・・と思ったり・・。

「新年明けましておめでとうございます」と言うものの、実は何がおめでたいのか良く分からない。毎度書いているように、あまり事件が無い事が、そして、この1年が無事に過ぎて新しい年を迎えられた事がおめでたいのだろうが・・・・。

さて、外は上天気。タイから戻ってきたと年賀状をくれた中学時代の友に、返事の年賀状をポストに出しながら、犬の散歩にでも行くか・・・。そして夕方は、少しは正月気分を盛り上げるべく、高幡不動に行って来よう。

P10604611 (付録)
相変わらず、我が家の愛犬“メイ子”が、次男が帰ってきてからずっと“追っかけ”をやっている。次男のどこが良いのか分からないが、日頃のペットとしての礼儀を忘れて、本当の飼い主のことなど忘れての追っかけ・・・。この写真は、今朝寒いのに、寝坊で起きてこない次男を「まだですか~?」と階段の上で次男の部屋を見詰める姿・・・。まあいつもの事で慣れているけどさ・・・

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