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2009年12月30日 (水)

ベートーベン「第九」の“Freude(歓び)”と“Freiheit(自由)”

NHKラジオ深夜便「こころの時代」で、「音楽はこころのご飯です~教育音楽学会会長・岡本仁」(2009/12/21放送)を聞いた。その中でベートーベンの「第九」の話があり、初めて“Freude(歓び)”を“Freiheit(自由)”と歌ったものを聞いた。
この録音は、ちょうど20年前の1989年12月25日、ドイツの東西分離の象徴だったベルリンの壁の崩壊を記念して、レナード・バーンスタインの指揮で、ベルリンで第九の演奏会が開かれた時のもの。オーケストラは、バイエルン放送交響楽団を中心に、6つの楽団のメンバーによる特別編成のオーケストラだったという。この演奏会で、バーンスタインは第4楽章で“Freude(歓喜)”を“Freiheit(自由)”と歌わせた。
岡本さんの話は、この“Freude”をめぐる話だった。

<バーンスタインの「第九」と岡本仁さんの話>
    ~ベルリンの壁崩壊記念コンサートより

岡本さんの話をメモしてみると・・・
「シラーがこの詩を発表した当時は、フランス革命の真っ只中。自由・博愛・平等を声高にいう時代。でもあまり声高に言い過ぎると、当局に反動だと睨まれる。だからシラーは“Freiheit(自由)”と書いたものを、後で“Freude(歓喜)”に言い改めたに違いない、とロマン・ロランは書いている。つまりシラーの心の中にはフライハイトという言葉があって、フライハイトという気持ちをフロイデという言葉に置き換えている、という説がドイツにもある。
私がアシスタントをした大町陽一郎さんという指揮者も、“ここはフロイデでなくてフライハイトなんだよ。なぜならば、フロイデは一音節のドイツ語だから音が二つ付いているのはおかしい。ベートーベンはフライハイトと思いこんで作ったんだよ”とおっしゃっていた。
そのことが、何十年もずっと頭にあって、その後ドイツに行く度に色々な人に聞いてみた。(でもドイツでも両方の説がある・・・・)」

よって、バーンスタインのこの演奏は、単なる思い付きの変更ではないようだ。
思い出すと、この演奏会の話は前にも聞いた事があった。しかし実際の演奏会の模様は、YouTubeで今回初めて聞いた。
それと、毎年年末になると第九が盛んに演奏されるが、その歴史の話もされていた。「N饗の記録から調べてみると、昭和2年にN饗が初めて第九を演奏したが、12月に演奏したのは昭和35年(1960年)が最初。それから年末の演奏が多くなった」と、岡本さんは言っていた。

話は変わるが、最近また、昔聞いたLPが懐かしくなって、同じ演奏のCDを買い込んでいる。昨日もアンセルメの「第九」と、ミュンシュ/パリ管の「幻想交響曲」のCDを買ってしまった。もちろんアンセルメなどは廃盤になっており、中古で・・・。
Img_23841 エルネスト・アンセルメの「第九」は、自分が買った最初の記念すべき30cmLP。探してみたら、買ったのが昭和37年(1962年)10月2日とメモしてあるので、もう半世紀も前だ。中学3年のときだ。当時で1000円。一番安いLPだった。この当時は誰の演奏・・というよりも、安くなければ買えなかったのだ・・。でも自分の「第九」の歴史はこのアンセルメからスタートした事は事実・・・
しかし今回買ったCDを再生してみて驚いた。幾らデジタル処理をしたからといって、ここまでみずみずしい音が聞けるとは・・・・。少し聴いてみよう。

<アンセルメ/スイス・ロマンドの「第九」#4から>

さすがデッカの録音は違う・・・・、と唸った。この録音は1959年。考えてみると、彼のフルトヴェングラーの最後の録音が1954年。そのたった5年後なのに、このような素晴らしいステレオ録音が残っている。ワルターがコロンビア交響楽団でステレオ録音を開始したのが1957年というから、フルトヴェングラーがもう少し長生きしていれば・・・ナンテ夢想している年末ではある。


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コメント

先輩
私はアンセルメの運命から始まりました。

投稿: wolfy | 2009年12月30日 (水) 20:04

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