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2009年10月 4日 (日)

宗教法人の公益性

今朝の朝日新聞「オピニオン 耕論」に「宗教法人の優遇措置は必要か」というテーマで色々な意見が載っていた。曰く・・

不正の温床になりかねない
   全国霊感商法対策弁護士連絡会事務局長 山口 広さん
一般の商店がツボを千円で売ると税金がかかるのに、宗教法人が「霊的に効能があるツボだ」と称して数百万円で売れば、宗教活動として非課税になる。葬儀費用やペット供養料についても、心ある寺が料金を明示し明朗会計で行えば、収益事業と見なされ課税対象になりかねないのに、「お志で」と料金を明示せず不明朗会計でやれば、宗教活動として非課税となる。どこかおかしい。
宗教活動を非課税にするのは、それが不特定かつ多数の利益につながるという公益性を認めてのことだ。確かに、信仰を通して人心の安定に寄与し、寺社の境内地や鎮守の森が環境保全に役立つこともあろう。しかし、死者供養や檀家など特定の信者のケアだけで、公益性を主張するのは疑問がある。
・・・・
オウム真理教事件以降、宗教法人の新規認証は難しくなっているようだが、いったん認証されれば、「信仰の自由」への配慮から取り消しはできない。だから、代表者の死亡などで活動実態のない「休眠宗教法人」が転売され、所得隠しなどに悪用されている。・・・
米国でも、宗教法人に対する優遇措置がある。だが、・・・税務当局が営利目的かどうかなどを個別に審査して、税の優遇が受けられるかどうかが決まる。日本のように一度法人格を取れば自動的に優遇されるのとは異なる。日本でも、税務当局が大局的にチェックする体制を整えるべきだ。
・・・・
ただ、すべて原則課税ではなく、非課税の面があっていい。宗教法人は公益性を果たす意味で、寺社や教会で広く一般向けの相談活動をやってはどうか。全国に十数万の寺社や教会があり、その一部でも相談会を定期的に開けば、社会のオアシスになる。一般の人々の宗教に対する理解や認識も深まるだろう。」(2009/10/4朝日新聞「耕論」より)

情報を開示し説明尽くせ
   臨済宗神宮寺住職 高橋卓志さん
宗教家が自分のDNA情報を記録したとする電子チップ入りの「ご神体」を1体100万円で販売し、所得隠しで摘発されるなど、宗教法人がその公益性から認められている優遇措置を悪用する例が後を絶ちません。
伝統仏教のお坊さんは「あんな胡散(うさん)臭い連中と私たちは違う」と言うでしょう。でも、お札や塔婆でお布施を頂くのとどう違うのでしょうか。彼らに違いを証明することは難しいと僕は思います。・・・・人々は「胡散臭い連中」も伝統仏教も「どっちもどっち」と思っている。
・・・・
お寺が公益性を持つ法人であり、正しく活動をしていることを証明する方法は結局、情報開示と説明責任に尽きます。
・・・
宗教法人の公益性は社会の様々な「苦」、人々の生老病死と向き合い、寄り添い、緩和しようとすることで認められる。しかし、大半の寺院は世襲と家業化が進み、檀家制度というシステムに安住し、社会の苦とは向き合えていない。葬儀でも通り一遍のお経をあげるだけで、納棺にすら立ち会わないお坊さんも多い。寺の門も夜は締め切っているところが大半でしょう。門を24時間開いていると「死にたい」とか「末期がんを宣告された」とか、世の様々な苦しみが飛び込んできます。それを受け止め、ともに歩む寺になることが必要だと思うのです。
かつて寺院は地域の教育の場であり、お坊さんは地域の治水や土木工事にもかかわり、まさに地域社会の公益を担っていたのです。今はどうでしょうか。
・・・・
寺から飛び出し、世の中の苦と向き合う。そこからしか寺院の公益性は回復できないと思うのです。」(2009/10/4朝日新聞「耕論」より)

同じ今朝の朝日新聞に、慈善事業の顔をしながら、ホームレスを捕まえて生活保護を受けさせ、支給される生活保護費を不法に天引きして儲ける“商売”が盛んだという記事が載っていた。
この公益法人の悪用の話とは違うが、国の“国民に対しての保護”の制度を悪用している点では何か共通点を感じる。これらの警鐘は、「本来の目的」が弱まっている事の指摘ではないか?
前にも書いたが(ここ)、お坊さんの現代社会での地位(収入等=曹洞宗の場合、45%の寺の年収は300万円以下とか・・)からすると、なかなか「本来の活動」の実行がツライ事もあるらしい。
でも都会では、檀家制度はすでに崩壊している。若い人は自分がどこの檀家なのか興味は無い。よって、世代が変わるに従って、この檀家制度は縮小して行く気がする。その環境の中で、せっかくの心の拠り所を活かす方法は無いものだろうか・・・。

犬と散歩していて、近くの小さなお寺に寄ったとしても、“誰でも受け入れてくれる・・”という雰囲気はない。内陣の扉は固く閉ざされ、内の様子は窺い知れない、または(光って見えない)ガラスの戸の向こうに内陣が少し見えるだけ・・。それを、周囲を気にしながら覗くのがせいぜい・・・。向こうの方の存在だ。
先の指摘通り、すでにお寺の住職という“職業”は、一般の人が就く職業と同じレベルになっているような気がする。そこでもっと現代人に役に立つ“宗教法人の公益性”を発揮させるためには、本山が(日本人に多い)自称「無宗教」と言う人々の興味を招く努力が、今以上に要るのではないか?普通は宗教を必要としてない人々も、死に直面した時は必ず駆け込む場所を探すはず。それらに対して、せっかくのお寺は拠り所にならないのか??
キリスト教系の大学や病院・ホスピスは数多くある。しかし仏教系の大学はあっても、仏教系の病院・ホスピスは聞いた事が無い。なぜだろう?
益々、人々の心のケアが必要になってくる現代の競争社会。全国にあるお寺が、その駆け込み寺に変貌してくれる事を望みたいところだが、どうだろう・・・・

(関連記事)
「お葬式は なぜ高い?」

●メモ:カウント~60万


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コメント

『宗教法人の公益性』この点については、最近とくに感じていたことです。現在の宗教法人についての敷居の高さ?も・・・。本来の宗教法人ってどういうことだろうとよく思うことがありました。

本題とずれるかも知れませんが・・・、
ここで読んでいて特に目が留まった、二番目に出てきた「情報を開示し説明尽くせ」の記事の臨済宗神宮寺住職 高橋卓志さん、この方のお名前には記憶があったからです。
私は、この4月に松本に行ったときこの神宮寺を尋ねました。この神宮寺と言う名刹を訪ねたかったことと、このお寺の本堂の襖絵を「原爆の絵」で有名な丸木位里さんご夫妻が描いている、それを見たかったためです。
行って見て、いい意味でいろいろととても驚かされたお寺でした。大きなホールもありました。とても素晴らしいお寺だと思います。「観光寺院ではありませんので」とお寺の方はおっしゃっていましたが、機会があたらお尋ねすることをお勧めします。
そして、この高橋卓志さんは「尋常浅間学校」なるものを企画して、校長が永六輔さんで毎回すぐれた有名な文化人を数人ずつ講師に招いて二年ほど前まで十年間に渡って100回の講座が行われていたようです。(これが開かれていた頃は、私はとても松本まで出かけることが出来ずいつも残念に思っていました。)閉校式の時のお知らせ記事を見つけました。http://www8.shinmai.co.jp/odekake/data/20070418_004508.php
この尋常浅間学校の錚々たる講師の中に、手仕事屋きち兵衛さんの名前も見えます。
ちなみに、きち兵衛さんの「色即是空」のCDの最初に般若心経が入っていますが、それが高橋卓志さんの声だと思います。
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/event/060505/060504houkoku.htm
このほかチェルノブイリを支援する活動もしているのですね。
お寺を見て、そして、いろいろな業績を見て、すばらしい活動をなさる和尚様もいらっしゃるものだと感心しました。
(「高橋卓志」で検索したら= 宗派に縛られず、NPOを軸に、寺をあらゆる地域活動、市民運動の拠点として開く、先駆的活動で知られる。チェルノブイリやエイズの問題、ホスピス、ターミナルケアなど。テーマは、「地域社会における寺院の役割 いのちのケア」。僧侶や寺院が現代の社会的課題に背を向け、仏教の衰退が言われる現状にあって、国際ボランティアも含めた多くの精力的活動を推進する活動的宗教者の原点は何か。そこに現代の仏教再生の鍵があるか。とある項に書かれていた。)
高橋卓志さんは9月28日にもラジオ深夜便「こころの時代」にも出ていらっしゃいました。

投稿: ジャン | 2009年10月 5日 (月) 02:47

宗教法人のあり方については議論が必要だと思いますね。ここではお寺が話題になっていますが、お寺よりも神社の方が庶民の心(公益性)から遠いところにあるような気がします。

投稿: 名無し | 2009年10月 5日 (月) 18:20

ジャンさん
気が付きませんでした。確かに手仕事屋きち兵衛さんの「色即是空」の般若心経の読経は高橋さんでした。しかも、「こころの時代」で8月と9月に放送していました。録音が残っていたのでもう一度聞いてみます。
こんなお坊さんも居られるのですね。

名無し さん
確かに神社は、庶民からは遠く、影が薄いですよね。話題にも上らない存在なのかも・・

投稿: エムズの片割れ | 2009年10月 5日 (月) 22:00

現在、高橋さんはチェルノブイリ関連の活動はされていないと思います。

投稿: 通りすがり | 2010年12月17日 (金) 08:05

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