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2009年10月 6日 (火)

川田正子の「里の秋」

秋である。中秋の名月も過ぎ、急に寒くなってきた。日の出も遅くなり、日の入りも日に日に早くなっている。ウチの“メイ子”(愛犬)も早くもペット用ホットカーペットを出してもらって、一日中そこに居座っているとか・・。(おっと、今日帰ったらコタツが出ている! 幾らなんでも早いだろう・・・。メイ子の悪口を言っていられないな・・)
何か秋の歌は・・・と、ふと「里の秋」を思い出した。Wikipediaを見ると「昭和20年12月24日、ラジオ番組「外地引揚同胞激励の午后」の中で、引揚援護局のあいさつの後、川田正子の新曲として全国に向けて放送された。放送直後から多くの反響があり、翌年に始まったラジオ番組「復員だより」の曲として使われた。1番ではふるさとの秋を母親と過ごす様子、2番では夜空の下で遠くにいる父親を思う様子、3番では父親の無事の帰りを願う母子の思いを表現している。」とある。
歌詞オンチの自分は、このような有名な童謡でもあまり歌詞を気にした事は無かったが、そう言われて歌詞を読むと、その風景が目に浮かぶ・・・

<川田正子の「里の秋」>

「里の秋」
  作詞:斎藤信夫
  作曲:海沼 実

1)静かな静かな 里の秋
 お背戸に木の実の 落ちる夜は
 ああ 母さんとただ二人
 栗の実煮てます いろりばた

2)明るい明るい 星の空
 鳴き鳴き夜鴨の 渡る夜は
 ああ 父さんのあの笑顔
 栗の実食べては 思い出す

3)さよなら さよなら 椰子の島
 お舟にゆられて 帰られる
 ああ 父さんよ 御無事でと
 今夜も 母さんと 祈ります

なお、昭和16年12月に作られたこの歌のオリジナルの「星月夜」は、まさに開戦の直後だったせいか、外地に出征した父親を偲ぶ歌であり、3番4番は下記の通りだった。

3)きれいなきれいな 椰子の島
 しっかり護って 下さいと
 ああ 父さんの ご武運を
 今夜も一人で 祈ります

4)大きく大きく なったなら
 兵隊さんだよ うれしいな
 ねえ母さんよ 僕だって

 必ずお国を 護ります

それを、作曲者の海沼実から電報で呼び出された作詞者の斎藤信夫が、「NHKで放送するために復員兵を迎える歌詞にして欲しい」との依頼で、放送の当日、急遽3番の歌詞を新たに作り、4番を削除し、題も海沼実からの提案で「里の秋」と変えて放送されたのだという。確かに3番は、1,2番に比べて何か雰囲気が違うな・・・

話は変わるが、前にも書いたが(ここ)、今、半藤一利氏の語り下ろしによる「昭和史」に凝っている。本は戦後の憲法改正まで読み進んだが、時代背景はまさにこの歌の通りだ。
昭和21年に始まった天皇の地方巡幸。「お父さんは元気かな?」「お父さんは戦死しました」「アッ、ソウ」・・・。これが普通の家庭の姿だったのだろう。

話はまた飛ぶが、先日書いた臨済宗神宮寺住職の高橋卓志さんの新聞記事(ここ)。ジャンさんからのコメントで、先日「ラジオ深夜便」で高橋卓志さんが出演していた事を知り、その録音を聞き直した。そこで高橋さんがこんな話をしていた。若い時、僧侶になることに対して非常に好い加減だった。その自分がハッと目覚めたのは、西部ニューギニアのビアク島に慰霊のために行ったときだった。千人が火だるまになって焼け死んだ洞窟の中、妖気が漂い足元に遺骨がごろごろしている所でお経を読んだが、その時、一緒に行った戦没者の未亡人がのた打ち回って号泣しているのを見たとき、今までの自分は何だ、と思ったとか・・。その戦争未亡人は、わずか3ヶ月の新婚生活。お腹の中に残された遺児と一緒に33年間苦労をしてきたが、その愛する夫が死んだ場所で何を感じたか・・・。
そんなことをフト思い出しながら聞くと、今まで何の事も無かった童謡が、何という迫力で迫ってくることか・・・・

幸いなことに、自分の親戚では戦死者は居ない。叔父が招集されたが、直ぐに終戦になって戦地に行く事は無かったと聞く。だから自分にとっても“戦死”という言葉は遠い存在だった。
しかし先の、たった3ヶ月の新婚生活で残された遺族を思うと、この歌のように祈ったとしても、希望がかなって夫が復員してくるか、または洞窟の中で焼け死んだか、あまりの差に比べようがない。
今読んでいる半藤さんの本とあいまって、何故かこの歌の歌詞が心に沁みる秋である。


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コメント

エムズの片割れ様
初めてお便りいたします 私はここ四年間で通産約三年の入退院生活にピリオドを打ち回復途上の団塊の世代です 闘病中はテレビ、新聞、音楽までも忌嫌い家族(老妻と二人暮し)にも迷惑を掛けていましたが、漸く苦しみからも脱却できパソコンを開ける元気が出てきました。そのやさき当サイトに辿り着きました。ここ半月前からいろんな曲を聴いております。罹病まえによく好んで歌った童謡、唱歌、ナツメロ等を感動感激でまぶたから熱い物を感じつつ聴いております。特にこの里の秋は幼年期からの愛唱歌で、懐かしく嬉しいかぎりです。川田姉妹、安田姉妹、古賀さと子、伴久美子、皆懐かしい歌手たちの昔の声で聴くことが出来幸せに思う毎日です ありがとうございます。

投稿: 海幸彦 | 2009年11月17日 (火) 23:03

海幸彦さん

コメントありがとうございます。
闘病中だったとか・・。でも復帰できて何よりです。
人生の「生老病死」の4つの苦のうち、還暦を過ぎると、フト「老病死」とまだ3つも残っていることに気が付きます。そしてそれらは自分の意思とは無関係に近付いてきます。
そして今、どんどん老が迫ってきています。ガタガタしないでそれらを受け入れるためにはどう生きるのか、なかなか解のない自問自答を繰り返している自分です。
なお当サイトの音楽は、音質にかなりこだわっていますので、ぜひ大型ステレオやイヤホンで聞いてみて下さい。

投稿: エムズの片割れ | 2009年11月18日 (水) 21:28

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