« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »

2009年10月の26件の記事

2009年10月30日 (金)

2009年の男女平等度指数 ベスト10

先日の日経新聞に「09年の男女平等度指数」なるものが載っていた。「ベスト10」好きの当サイトゆえ、見てみようか・・・
曰く・・・

09年の男女平等度指数 日本上昇・・・でも75位
世界経済フォーラム(WEF)は27日、世界134カ国の男女平等度を指数化した2009年の「ジェンダー・ギャップ指数」を発表した。総合ランキングはアイスランドが前年より3つ順位を上げて首位に立った。2位はフィンランド、3位はノルウェーで、北欧諸国が引き続き上位を占めた。日本は前年の98位から75位に上昇した。
 アイスランドは教育面での男女差別が皆無で、高等教育は女性が逆に優位にあるという。女性閣僚が多く、政治参加も各国に比べて進んでいると評価された。
 日本は政府や企業で女性幹部が増えたほか、「サービス業などで専門家や技術者が活躍し始めた」(WEF)。ただ政治参加の遅れや男女の賃金格差が響き、全調査対象国の中では依然として下位にある。WEFは世界各国の政治指導者や企業経営者が集まるダボス会議の主催団体。(ジュネーブ=藤田剛)」(2009/10/28付け日経新聞より)

なおこの指数は(1)経済への参画・機会、(2)教育機会、(3)健康や寿命、(4)政治への関与・権限、という4大分野について、134カ国・地域の男女格差を分析しているという。

<男女平等度の順位(カッコ内は昨年順位)>
①(4)アイスランド
②(2)フィンランド
③(1)ノルウェー
④(3)スウェーデン
⑤(5)ニュージーランド
⑥(22)南アフリカ
⑦(7)デンマーク
⑧(8)アイルランド
⑨(6)フィリピン
⑩(16)レソト
⑮英国
31)米国
51)ロシア
60)中国
75)日本
114)インド
115)韓国
134)イエメン

常識的に連想してみると、このランキングは結構違和感がある。まず「レソト」って何だ?調べてみると、レソトとは南アフリカの中にポツンとある人口200万人の内陸国。1966年に英国から独立したという。いやはや聞いたことの無い国が何と多いことか・・・(自分が地理を勉強した40~50年前は、どの国でもだいたい何処にあるか分かったのだが、その後の独立国は知らないな・・・)
それにビックリは南アフリカ。つい15年前までアパルトヘイトの国だったのに・・・。
中国が日本より男女平等なのは分かる気がする。インドが下の方なのも・・・。でも韓国がワースト20に入るとは、少し意外。日本を席巻している先進工業国なのに・・・
いやはや「思い込み」というのは困ったものだ。

091030tokoya 話はとんでもない所に飛ぶが、先日会社の近くの床屋に行った。1300円のつもりで「カットだけ」と刈ってもらったのだが・・・(写真はクリックで拡大)

「2300円です」
「エッ?外に1300円と書いてあったけど?」
(慣れた様子で・・)「アレは2です」
「エッ?2300円と書いてあったの?」・・・・

この看板、自分はてっきり「1300円」と思い込んだのだが、「2300円」と読むのだそうだ・・・
いつも行く駅前の「カットだけ」が1000円なので、てっきり1300円と思い込んだ自分がアホ?
癪に障るので次に日に写真を撮ってしまった。カミさんに見せると「まあ2と読めなくもないね・・・」

我々のフィーリングと、データによる解析とは、とかく別の答えが出るもの。でも、もし家庭毎の男女平等度をはかったら、“我が家”は韓国並みの下位の順位になるだろう。世のリタイア・サラリーマンの家庭と同じく、女性が絶対権力を握っている男女不平等のために・・・。 トホホ・・

| コメント (1)

2009年10月29日 (木)

半藤一利著「昭和史 戦後篇」を読んだ

半藤一利著「昭和史 戦後篇 1945-1989」(これ)がとうとう終ってしまった。大事に大事に、ゆっくりと“精読”していたが、とうとう終ってしまった。

前に「昭和史(1926~1945))を読んだ事は書いた(ここ)。それで続きの「戦後篇」を読んだのだが、期待通りだった。しかし、“さて読み終わった。何か書くぞ!”と意気込んでみたものの、あまり書く事が頭に浮かばない。何故だろう?と考えてみると、まさに予想通りなのである。意外さが無い。半藤節にも慣れているし、時代そのものが、まさに自分の生きてきた時代と完全に重なるので、“復習”であって、あまり“ヘエー”と思うところが無い。だから読み終わった感想が言葉としてあまり出てこない・・・。でもまあ、少し書いてみよう。

何が良かったって? (本論ではないが)まず本の大きさが手に実にフィット。単行本ではなく、最近出版された「平凡社ライブラリー」の「昭和史」は、カバーを取って持ち運ぶとき、実に手触りが良い。だから撫で回して、もうボロボロ・・・

印象に残った言葉を思い出してみると・・・
「歴史に“もしも”はないが、・・・・」という言葉が時々出てくるが、この“もしも・・・だったら・・。残念!”が面白い。P420の「もしも石橋内閣がもう少し続いていれば・・・」とか・・・。そしたら、後の岸安保問題も少しは変わった??

こんな言葉もある。
「思うに、戦後日本の内閣というのは、それぞれ自分が首相になったかぎりは「これは必ずやってみせる」という大きな命題を抱えてそれを成し遂げる。そういうかたちで継承されてきました。それはまた内閣として立派なことだと思います。たとえば、吉田茂さんは(再軍備をしない、というのももちろん大きな仕事でしたが)講和条約を結び、鳩山さんはソ連との国交を回復しました。石橋湛山さんはこれからという時に病に倒れたので残念でしたが、次の岸さんは、猛反対のなか、日米が比較的平等な立場にたつ安保条約への改定を成し遂げました。池田さんは高度経済成長の実現です。ですから、総理大臣が自分の大仕事としてこれをやる、という意味で佐藤さんも「沖縄問題を解決する」と宣言したのだと思います。実際に佐藤さんは積極的にいろいろ外交問題に取り組み、それなりの成果を上げました。すると人気がでそうなもんですよね。ところはさっぱり。・・・」(p500より)

最近、目まぐるしく変わった内閣。幾多の年を経て誰かが振り返った時、「**内閣って何したんだっけ?」「エッ?そんな内閣あったっけ?」とならぬように、総花的な現内閣の鳩山さんにも、後世に内閣の名が残る活躍を期待したいところだが・・・

さーて、では続いて「幕末史」(これ)を読もうか・・。“反薩長”の視点だそうだ。まえがきに「・・・「西郷は毛沢東と同じ」「龍馬には独創的なものはない」という私の見解がいずれ出てきましょうが、どうぞびっくりせずに聴いていただけたらと思います。」とある。
これを見ただけで、西郷・龍馬信奉者は読むのを止めるだろうが、自分はいたって“無党派”なので読むぞ!(←つまりミーハーで、何も考えていない・・・という意)

(関連記事)
半藤一利の「昭和史」を(今頃)読んだ
「太平洋戦争はなぜ起きた?」という問いに対する半藤一利氏の答
太平洋戦争を考える(5)~御前会議とは何か?

| コメント (2)

2009年10月28日 (水)

体操・池田敬子さんとチャスラフスカさん・・

だいぶん前の放送だが、NHKラジオ深夜便「こころの時代『我が体操人生に悔いなし』女子体操コーチ 池田敬子」(2009/10/12放送)を聞き、胸に残った。
まず池田さんの“若さ”。話を聞いていると50代位に聞こえたが、76歳だという。経歴からいってそりゃそうだが、その声のみずみずしさ・・・。やはり体操選手は違う・・・?
まあそれはどうでも良いのだが、チャスラフスカさんと交流の話が印象に残った。

チャスラフスカさんは、池田さんとは1964年の東京オリンピックで競った仲だが、メキシコオリンピック(1968年)後、祖国チェコの政治情勢(チェコの民主化運動「プラハの春」の支持)のため、当局から睨まれ、長い間、食うや食わずの生活を余儀なくされたという。池田さんはそれを耳にして何とか支援できないかと、ジュニア体操大会のゲストとして日本に呼んだという。
当時の外相は宮澤さん(1975~6年頃?)。チェコ当局がチャスラフスカさんの出国を許可しないので、同じ広島県人なのを頼りに宮澤さんにお願いし、外相自ら動いてくれたため、チェコ当局も夫・子供を国に残すことを条件に、単身での日本行きをOKしたという。しかし来日したときの服装が、裾は擦り切れていて、とても人前には出せない。それで体操協会と相談して直ぐに服と靴とバックを買ったという。
チャスラフスカさんは自分の置かれた状況について、「一緒に体操をしていた仲間が、道で会っても声一つ掛けてくれなくなった。それが悔しい」と言っていたとか・・・。政治的に睨まれた人との付き合いは、どの国でも難しいと見える。しかも彼女の体操での業績は国によって抹殺されたため、その後に生まれた息子は、母親が昔優秀な体操選手だった事は知らなかったとか。
しかし、同じ体操選手として、日本で人気があることを頼りに池田さんがこのようなバックアップをしていたとは・・・・。何か、こんな話を聞くとホットする・・・。
(Wikipediaによると、チャスラフスカさんの「その後」について次のように書かれている
「1989年11月、ビロード革命によって共産党体制が崩壊すると、チャスラフスカはハベル大統領のアドバイザー及びチェコ・日本協会の名誉総裁に就任した。大統領府を辞した後には、チェコオリンピック委員会の総裁も務めている。
公的にはチャスラフスカの名誉は回復されたが、私生活においては不幸が続いた。正常化体制の時代に離婚したオドロジルが、次男とのトラブルの末に死亡するという事件も起こっており、長らくうつ病の治療のために入院中と伝えられていた。」)

(2016/12/30追)~上の音源を追加する
<NHKこころの時代『我が体操人生に悔いなし』池田敬子より>

話は飛ぶが、池田さんは1966年(昭和41年)世界体操ドルトムント大会を最後に現役を引退するが、それは、その時の競争相手が17歳だったこと。それに比べて日本ではジュニアが育っていないことを痛感し、その後はジュニアの育成に奔走することになる。
その話の中で、「器械体操はどうしてあんなに危ないことをさせるのか?」に対する答えが面白かった。曰く・・
「器械体操には子供が生きて行く上で、とても大切なものが含まれている。例えば、つまずいたら手を出す動作をするが、跳び箱は、走っていって踏み足板を両足で踏むと同時に前の跳び箱に、“危ない”と手を出す。これがクセになると転んだときにいつの間にか手が出る。
それに、マット運動ででんぐり返しをした時に、頭を打たないように丸くなるが、子供は丸くなれない。腹筋がないから膝を抱えることができない。背筋が強いので、小さい子に逆上がりをさせると、反ってしまう。小さくなれない。
川に落ちて溺れたとき、“これに掴まれ”と棒にしがみ付く動作。これは鉄棒にある。
このようにイザという時に応用できる動作が、器械体操には色々ある。だから危なくないように管理をしてやらせる」

と言っていた。

なるほど・・・、まあ言い訳のように聞こえなくも無いが、それなりの理屈はあるものだ。
しかし、先に亡くなった古橋広之進氏もそうだが、スポーツ選手の活躍は、現役を引退しても永い。(逆に円谷選手のようなケースもあるが(ここ)・・・)
池田さんの老いを感じさせない活躍と同時に、チャスラフスカさんのように、体制と戦って業績を抹殺される人もいる。(中国など、オリンピックで金メダルを取ると、一生生活に困らない・・・というウワサも聞くが・・・)

まあ運動に縁の無い自分は、このようなスポーツマンシップの話には全く縁が無いが、このようなハツラツとした人生の話を聞くと、何かまぶしく感じる。さてさて少しは自分も何かをする気になった?? いや、全然・・・!

(関連記事)
東京五輪・女子体操・金~チャスラフスカさんの生涯 

| コメント (2)

2009年10月27日 (火)

浴室の“タイルのリフォーム工事”顛末記

今住んでいる家は、建ててからちょうど21年になる。リフォームといったら、昨年外装工事(外壁の塗り替え)をやっただけ。壁紙さえ21年間貼り替えていない。理由は、犬が騒ぐから・・・!?(この記事は自分の備忘録である)

それが、数年前から、少しずつ浴室のタイルが一部はがれてきた。壁が縮んだらしく(?)、浴室のタイルが道路側と東側の2方向で大きく膨れ上がって、最近は今にも剥がれて落ちてきそう・・・。でもタイル君は頑張っていた。でもタイルの目地だけでやっとつながっている状態で・・・
いつも風呂に入ると、それはもうスリル満点・・・。「今だけは落ちてくるなよ!」と、タイルを睨みながら入浴する習慣が身に付いた。とは言っても、そろそろ睨みの限界か・・と、修理することにして、家を建てた住宅メーカのサービスに見積を頼んだ。
早速来た住宅会社の営業は、70万円近い見積を提示して「タイルが剥がれるところははがして、剥がしたタイルの部分は下地で埋め、今のタイルと同じ高さにする。そして、タイルが剥がれない所はそのままにして、今のタイルの上に新しいタイルを張る。よって、タイルの厚さ分だけ浴室は狭くなる。その前提での見積・・」との事。
何かヘン・・・と思って、口コミで近所のカミさんの友人から、個人経営の大工さんを紹介してもらった。「大工さんは家に入り込むので、チョコッとした工事は一業者に決めて、すべてここに頼んでいる」とのこと。そこで、その大工さんに電話をしたら、「見積だけするので、メーカと自分とで、安い方を選んだら・・?」と言う。そしてタイル屋さんと一緒に下見をして持ってきた見積が、何と住宅メーカの1/3以下・・・。これには参った。しかも今のタイルは全て撤去するという。しかし、下地がもしダメになっていたら、下地からやり直すので金も時間ももっと掛かる・・とのこと。まあそれは仕方が無い。
もちろん、こちらに頼むことにした。そして10/14に工事スタート。3人掛かりで2日間かってタイルを全部剥がし、下地をキレイに整えた。幸いにも下地はしっかりしていたので、そのままで大丈夫とのこと。剥がしてみると、前のタイルは、3×3の9枚か4×4の16枚かは知らぬが、それらが1セットになっている組みタイルをばんばん貼ったようで、接着剤の量が少なくて剥がれたものらしい。逆にタイル通しが初めからくっついている構造なので、一部が剥がれても落ちなかったとのこと。しかし、今回はタイルを一枚一枚個別に貼るので、頑丈だという。

091027furo 確かに職人気質のタイル屋さんはキチッと工事をしてくれた。だから時間も掛かった。旧タイルの撤去に2日、タイル貼りに5日半、目地に1日半。そして水道取り付け等に半日。延べ12日間、10/24までの大工事になってしまった。
でも一番心配した犬の反応も、庭で人が動き回るのと違い、家の中の作業で、姿が見えなかったのが幸いしてか、静かだったとの事、一安心。

しかし今回の経験を通し、街中の大工さん・職人さんと、大住宅メーカ・サービス部門の対応の違いにビックリ。そこには「顧客志向」が本当にあるのかと疑問に思った。確かに住宅メーカの方が安心なのかも知れないが、3倍以上の価格差が出るとは・・・。しかも工事方法が納得できなかった。建てた家自体はしっかりしていたので好印象だったが、今回サービス部門の対応が残念。昔は立派な住宅会社だったのに・・・

しかしこのようなチョコッと修理は、やはり口コミが一番。しかもネットのような見えない情報ではなく、顔が見える近所からの口コミが一番・・・。
我が“家”も二十歳を迎えて成人式。そろそろガタが来る年代。自分も年金生活が近い世代ゆえ、なるべく倹約して家を維持するため、口コミに頼らねば・・・。(←これはカミさんの役目だけど・・)

整形手術をして(!)生まれ変わった我が家の浴室。でもカミさんは「本当はユニットバスに変えた方が、足元が冷たくなくて良かった・・・」といまだにブツブツ・・・。タマにしか帰らない約1名の風呂好き息子を除くと、我が家は皆風呂好きではないのに・・・、困ったものだ。

| コメント (4)

2009年10月26日 (月)

日本人口減少の恐怖~90年後、今の5~7割減?

少子高齢化が進む日本の90年後の人口減少の姿・・・。「百聞は一見に如かず」とは言うものの、そのシミュレーションのグラフを見て恐怖を覚えた・・??

先日の朝日新聞の「@(あっと)データ」というコラムに「90年後 日本人口3割以下も」という記事があり、そこに描かれた減少曲線が何とも恐ろしい・・・・。曰く・・(写真はクリックで拡大)
90年後 日本人口3割以下も
Image03801 少子化や人口減少が叫ばれる日本だが、人口は実際にピークを越えたのだろうか。総務省の月ごとの人口推計によると、04年12月の1億2784万人がこれまでの最高値。その後、わずかな増減を繰り返しながら横ばいを保っていたが、08年ごろからついにガクンと右肩が下がりはじめた。
国立社会保障・人口問題研究所の将来推計では、今後100年以上日本の人口は減少の一途をたどる。少子化対策で出生率を引き上げたとしても、すでに分厚くなった高齢者層が続々と寿命を迎えるため、どうしても死亡数が出生数を上回ってしまうのだ。2100年の推計人口は最小で3663万人。今の3割以下、明治10年代の水準だ。
今、私たちはとてつもなく大きな歴史的転換点を迎えている。そう言っても言い過ぎではない。(安田朋起)」(2009年10月24日「朝日新聞」から)

このグラフを良く見てみよう。90年後というと、今オギャーと生まれた赤ん坊が死ぬ頃で、決して遠い将来ではない。その90年後、日本の人口は、良くて半減、悪くすると7割も減少するという。これは、自宅の横に並んでいる家々で言うと、最悪10軒のうち7軒が空き家、という事だ。
自分だけ鈍感なのかも知れないが、「少子高齢化」とか「子供手当て」とか、色々な言葉は飛び交う。しかしそれが背景としてどの程度の“恐ろしさ”を秘めているか、意外とピンと来ていない。しかしこのように、具体的にグラフの曲線で示されると、ようやくピンと来る。そして、もしこれが本当なら・・、とゾッとする。
なぜか・・? それは過疎化に悩む地方の農村を思い浮かべれば直ぐに分かる。でも農村だとあまりピンと来ない。核戦争を扱った映画では、良くゴーストタウン化したニューヨークの姿が映し出される。人がたくさん居るはずのニューヨーク、そこに人が居ないと何かヘン・・・。それは現在の地方都市も同じかも・・・。昔は人で溢れていた商店街に、何でこんなに人がいなくなった???・・・
そんな状態が日本中で直ぐに来るという。まさにSF映画の世界だ。これらの状況をマジメに考えると、色々なことが思い浮かぶ・・・。先ず箱物行政は禁止だな・・。人が激減するのに箱、設備は不要だ。幾ら立派な美術館を作っても、行く人が居ないのだから作っても無駄・・・。道路やダムなどの設備も不要だな。人が居なくなるのに誰が通るのだ・・・。水も要らなくなる・・・
なーんて、乱暴に想像すると、もう本当にSF映画の世界。無責任な言葉が次々と浮かぶ・・・

まあ逆に、広々した土地に、人口減がもたらしたきれいな空気・・・、と想像すると楽しいかな・・? いや、人口増に悩んでいる中国やインドから「そんなに人が居なくて困っているなら、土地を貸してくれ」と申し込みがあるかも知れないし、大量移民の話を申し込まれるかも・・・。おおコワッ・・・・

まあ個人的には、自分たちはどうせとっくに死んでしまうし、ウチの息子どもを考えても、子孫など全く関係ないのでどうでも良いのだが・・・
まあ万が一つ“孫”でも出来たら、それはもう孫の将来を心配して我々の顔色が激変する可能性は否定しないが、まあ当面関係のない我が家である。
それにしても、このグラフは怖いね~・・・。孫のいる人は大変ですね~(←まるで他人事!)

最後に、少~しマジメに考えると・・・
昔、ソフトウェア技術者の大量育成の時代、「このままの状態が続くと**年後には日本国民が全部ソフトエンジニアになってしまう・・」なんていう話があった。でももちろんそんな事にはならなかったが、まあ推計というものはそんなものだ。
カミさんに言わせると「全ては自然の摂理。恐竜が居なくなったのも自然の摂理。だから日本の人口が半減してもそれは自然の摂理なので、そうガタガタ言う事ではない・・」
まあ確かにそんな視点もあるな・・・。
でも「人口半減の可能性」という指摘もある、という事は認識して、皆で出来る事を地道にするしか方法はない。

| コメント (1)

2009年10月25日 (日)

映画「ヴィヨンの妻」を観て

今日カミさんと、映画「ヴィヨンの妻」 ここ)を観に行った。自分の評を一口で言うと、この映画は「松たか子の、松たか子による、松たか子のための映画」・・かな? でも描かれている「夫婦愛」は崇高にすら感じられて、良かった。もちろん、松たか子さんの和服が似合う、凛とした美しさも・・・

Image03791 最近、映画に行っていなかった。何か気ぜわしく、カミさんを誘っても“ヤッ・・”。昨日、気が付くと、せっかく2名分の観賞券がタダになるまで貯まったポイントが、半年を経過して失効してしまった・・・。(無念!)
まあそれはそれとして、松たか子主演の映画ということで、「ヴィヨンの妻」は観ようか・・、という話になっていたのだが、やっと今日見に行ってきた。封切り後2週間経っているので、さすがに場内は閑散。結果、自分の評は“○”、カミさんは“△”だという。評が分かれた・・・。

封切りの時の、この映画の新聞の評は必ずしも良く無かったと記憶している。5段階で3だったか・・・。でも自分にはフィットした。
昭和20年頃を舞台に、太宰治とおぼしき大谷(浅野忠信)をとりまく人間像。その中心に妻・佐知(松たか子)がいる。後に弁護士になった勉強中の辻(堤真一)のためにマフラーを万引きし、それを大谷が交番から救ったことで知り合い、夫婦となった二人。その関係をどう理解するのか・・・。
酒に溺れ、次々と女を作り、小説で稼いだ金を遣い果たして自殺にあこがれる大谷。2歳の子供と共に、じっと家で待つ妻。この関係をどう考えるのか・・?
大谷は、どこを彷徨ってもやはり家に帰って来る。心中しても、さめれば帰る所は妻の所しかない。大谷は妻に言い寄る男を信用できず、嫉妬で男の後を付けたりする。妻を試したりする。その嫉妬の一方で、自分は好き勝手放題・・。妻はそれを責めないで耐える。
しかし最後に言う。「夫に心中された女房は一体どうすれば良いの?」「勝手なようだが、今は責めないでくれないか・・」

この映画を観てカミさんは「何を訴えているのは分からない」と言うが、自分はこのまったり感がこの映画の妙だと感じる・・・。そしてこの映画を観ながら、「人」という字を思い出した。「ノ」と「\」がお互いに支え合って「人」という字を作る。
民法770条には、「配偶者に不貞な行為があったとき」「離婚の訴えを提起することができる」とある。でも、この夫婦にとって、この条項がどれほど意味のないものか・・・。それをこの映画は語っているように思った。つまり、夫婦とは一時の不倫や、まして他の女との心中すら、リセットできる力を持っているものか? この夫婦の場合は是。
世の男女関係は、好きとか嫌いとかで、すぐに一緒になったり別れたり。それはもう、いとも簡単・・・。
でも何があっても深い底で切れないで結ばれている関係。そんな夫婦愛を描いた映画だと捉えた。
確かに決して面白い映画ではない。若い人が喜んで見るような映画とも思わない。しかしある程度年輪を重ねた人には、味わい深く受け入れられる映画だと思った。

映画館を出た後、カミさんは「ドジっちゃった(つまり×)」と言ったが、何の何の・・・、自分は「○」である。単に「松たか子」で見に行った映画だが、とんだ拾い物(失礼!)であった。

(付録)実は自分は、「ヴィヨンの妻」を読んだかどうか定かではない。もちろんスト-リーも記憶になかった。それで早速“復習”のため、オリジナルを読もうと、モールの映画館の前の本屋に寄ったのだが、同じことを考えた人が多いらしく、本屋の検索機を検索すると在庫があるはずなのに、棚に無い。仕方が無いので、どこか別の本屋で買って読もう・・・。映画の公式サイトによると、太宰治の他の作品のエッセンスもスジとして入っているらしいが・・・

| コメント (2)

2009年10月24日 (土)

五十肩~最後の(?)鍼治療

3月ごろから発症した自分の右腕の「五十肩」。5月23日から始めた鍼治療(これ)だが、今まで19回通ったが、今日で(勝手に)終わりとした。
自分の通った医院は中国人の女医さんの(主に漢方の)クリニックで、そこに毎週(土)に同じ中国人の若い鍼の女医さんが通ってくる。そこに9月中旬までの16回は、毎週通った。その後は隔週。
状況としては、最初は何も変わらなかった。そして、6回目の6月下旬になって、やっと貼り薬を止められた。それまでは肩が凝って、貼り薬が欠かせなかったのだ。そして7回目の7月初旬、ズボンの左後のポケットからハンカチを取れるようになった。
そして11回目の8月1日頃に急速に良くなって、力が入るようになってきた。そして9月初旬にはぐんぐん良くなった。発症してからちょうど半年か・・・。なるほど・・・。
そして9月中旬から勝手に隔週にした。それで“そろそろ良いか・・”と勝手に「今日でオワリ」と決めた。別にもう治療の必要が無いから止めるわけではない。まあこんなものか・・で、止めた。
今の状況は、右手を後に回すと、ベルトの少し上まで上がるが、それが限度。左手は背中の貝殻骨の上まで行くので、左右で状況は全く違う。でも生活に支障はないし、まあ時間が経つと治るというので、あとは自然治癒に任そうかと・・・

しかし、つくづく“治療の効果”というものは量れない。この「五十肩」は多くの友人が罹っており、ある友人は何もしなかったが、治るのに3年掛かったとか。だいたい半年、と言うのが五十肩の相場だと認識していたが、これは長い。まったく医者に行かなかったせいかも知れないが、分からない。
鍼治療の場合、鍼を打ったから直ぐに楽になる、というものではない。頭痛の薬を飲むと頭痛が止まる、というような“目に見える効果”が、ハリの場合は分からないのである。自分の場合は、「誰かに自分の五十肩を見守ってもらう方が安心」という気もあって通った。「原因不明」と言われる五十肩だが、鍼屋さんは「そんな事はない。原因は分かっている」と断言していたので、それに安心した、とも言える。
しかし五十肩の病状は、鍼屋さん(ハリの女医さん)に聞いても、「人によって千差万別」「3ヶ月位で治る例もあれば、何年も掛かる場合も・・」・・・。つまり、生き死にに関わらない単なる“生活不都合病”なので、治療の要否は自分で判断するしかない・・・。
でも今回の治療で、ハリの現状を知った。鍼治療を受けている人は、ほとんどが女性。この医院で、男性には結局巡り会わなかった。聞くと「男性は少し良くなると、直ぐに止めてしまう」とのこと。それに比べて女性(おばあさん)パワーはスゴイ。実にマジメに通ってくる。隣のベッドから聞こえてくる話は、自分とそう変わらない。つまり効果が目に見えない・・・。それでも女性はキチンと通う。

その鍼屋さんが一貫して言っていた事は「冷やすな。夏でもホカロンで肩を暖めろ」。つまり“血流”なのだそうだ。あまり研究していないが、ハリも神経を刺激して血流を良くするらしい。逆にビールやコーヒーは利尿作用から体を冷やすのでダメとか・・・。他でも体を冷やすものはダメ。
確かに、最近急速に気温が下がっているせいか、寝る時に布団から肩が出ていて冷やすと、肩の調子が悪い。それで前に買っておいた、肩を覆う寝具を使うことにした。これを付けて寝ると、少し寝にくいが肩は冷えないのでOK。

まあ完治までにはまだまだ時間が掛かるだろう。でも五十肩は必ず治る、というので気長に・・・
でも今回の経験を通じて、今後色々な病気になったとき、どう治療を受けるかは、まさに自分で決めるしかないな、と思った。病気の状態は人によって千差万別。薬・治療の効き方も千差万別。でも“自分の”体。納得できる治療を受けられれば、その結果がどうあれ、自分自身で諦めも付くというもの・・・
“ところで今回の鍼治療の感想は?”⇒“ふうむ・・・良く分からない・・・・”←これが結論。
まだまだ続く“我が五十肩”ではあるが、今回の右肩だけで、左肩はカンベンして欲しいな・・・

(関連記事)
今回の「五十肩」は手ごわい・・・
五十肩~初めての鍼(はり)治療

| コメント (0)

2009年10月23日 (金)

世界の都市総合力ランキング・ベスト10(東京4位)

今朝(2009/10/23)の新聞各紙に「世界都市ランキング」の記事があった。(写真はクリックで拡大)
091023sekaitoshi 「森記念財団・都市戦略研究所(所長:竹中平蔵慶大教授)は22日、世界主要35都市ランキングを発表した。発表によると1位はニューヨーク、2位はロンドン、3位はパリ、そして4位に東京が選出された。
同調査は、「経済」「研究・開発」「交流・文化」「空間・アクセス」の5つの分野でランク付けされている。世界では、ビジネスや暮らしやすさなどでは都市ランキングが出ているが、文化・居住環境・経済など総計5分野もの環境を評価した総合ランキングは今回が初めてであるという。
東京は、「研究・開発」で1位、経済で3位だったが、「空間・アクセス」では23位という結果になった。通学・通勤の効率さや緑地面積などの評価が低かった。東京の課題は、居住環境や交通アクセス、観光面という結果になったという。
所長の竹中氏は、「毎年この調査を続け、このランキングが世界の指数になってほしい」と話している。今回の都市ランキング調査結果により、東京の課題とみられる交通アクセス、緑地面積などの点でさらなる改善がなされることが期待される。」(
出典ここ

<世界の都市総合ランキング・ベスト10>~出典は(ここ
①ニューヨーク(米)     330.4
②ロンドン(英)        322.3
③パリ(仏)           317.8
④東京             305.6
⑤シンガポール(シンガポール) 274.4
⑥ベルリン(独)       259.3
⑦ウィーン(オーストリア) 255.1
⑧アムステルダム(蘭)  250.5
⑨チューリッヒ(スイス)   242.5
⑩香港(中国)       242.5
25)大阪            215.1
30)福岡            196.5

<経済>①ニューヨーク ②東京 ③ロンドン ④香港 ⑤シンガポール
<研究・開発>①ニューヨーク ②東京 ③ロンドン ④ソウル ⑤ロサンゼルス
<文化・交流>①ロンドン ②ニューヨーク ③パリ ④ベルリン ⑤シンガポール ⑥東京
<住居>①パリ ②ベルリン ③バンクーバー ④チューリッヒ ⑤トロント ⑲東京
<環境>①ジュネーヴ ②チューリッヒ ③ウィーン ④東京 ⑤ベルリン
<交通・アクセス>①パリ ②ロンドン ③アムステルダム ④ニューヨーク ⑤フランクフルト ⑪東京

<経営者>①ロンドン ②ニューヨーク ③シンガポール ④香港 ⑤上海 ⑦東京
<研究者>①ニューヨーク ②ロンドン ③東京 ④パリ ⑤ソウル
<アーティスト>①ニューヨーク ②パリ ③ベルリン ④ロンドン ⑤東京
<観光客>①ニューヨーク ②ロンドン ③パリ ④ベルリン ⑤上海 ⑦東京
<生活者>①ニューヨーク ②パリ ③ベルリン ④東京 ⑤ロンドン

今回、対象の35都市に、日本からは東京の他に、大阪、福岡がノミネートされたが、上記の通り大阪は25位、福岡は30位だったと言う。
サーテ、これをどう見るか・・・
世界でも、ニューヨーク、ロンドン、パリ、東京の4大都市は、他を圧倒している。そして、
「東京は「経済(2位)」、「環境(4位)」にランクされている。経済と環境が双方とも5位以内にランクされる都市は他になく、東京は世界に比類ない経済と環境の双方を両立する唯一の都市であることが明らかとなった」
「アジアには「経済」分野に強みを持つ都市が多い一方で、欧州には「文化・交流」、「居住」、「環境」分野で上位にランクされている都市が多い。」

と読むのだそうだ。
091023toshi そして、このツリーが面白い。35都市で、似通った都市を整理している。それによると、大阪はバンクーバーに似ており、福岡にも近く、チューリッヒやジュネーヴとも似ている都市だそうだ。

NHK「世界ふれあい街歩き」(これ)、次から次に世界を歩くので、録画が溜まる一方で迷惑な番組なのだが、こんな都市の状況を頭に入れて眺めるのも、また面白いかも・・・
でもウチの来年の海外旅行はやはり中国なのさ・・・。(カミさんが中国語の勉強を止めれば、またハワイに行けるのだが・・・・)

| コメント (0)

2009年10月22日 (木)

昭和33年の出来事(11歳)~マヒナスターズの「泣かないで」

自分が生まれてから順に、その年の出来事を辿るシリーズの12回目。自分が10歳から11歳、つまり小学校4年生から5年生になる昭和33年(1958年)の出来事を調べてみる。

S33 この年のキーワードは、フラフープ(10/18)、スーパーカブ、東京タワー(12/23)、関門トンネル開通(3/9)、長嶋巨人に入団(2/16)、皇太子婚約(11/27)・・・だという。(写真はクリックで拡大)
この年はロカビリー旋風。平尾昌晃や山下敬二郎らが日劇に立っていた。そして公団住宅の入居が始まり、家賃は2LDKで3500円~4800円。申し込み資格は月収2万5千円以上。当時の上級公務員の初任給が9200円の時代。「ダンチ族」という言葉を命名した「週間朝日」(S33.7.20号)によると、この時代、電気洗濯機が2軒に1台、電気冷蔵庫が7軒に1台、電気釜は3軒に1台だという。
8月に初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が発売され、熱湯をかけて2分で食べられるというので爆発的に売れた。(←でも一袋35円は高いな・・。今の初任給を20万円とすると、物価は20倍? すると700円位の感覚か?・・・・)
10月には「フラフープ」が発売。「ウェストが細くなり、お年寄りなら曲がった腰が伸びます」が宣伝文句だったが腸ねん転を起こすとかで、直ぐに廃れた。そしてこの頃なくなって行ったものは何か?ちゃぶ台、たらい、火鉢、アンカ、柱時計、蚊帳、蠅たたき、家の外のゴミ箱、縁側・・・(参考資料~半藤「昭和史 戦後篇」p475より)
歌では、「嵐を呼ぶ男(石原裕次郎)」「星は何でも知っている(平尾昌章)」「おーい中村君(若原一郎)」「からたち日記(島倉千代子)」や「母さんの歌」もこの年に発表されたらしい。(ここ

今日は、和田弘とマヒナスターズの「泣かないで」を聞いてみよう。この歌は、マヒナの実質のデビュー曲だという。小学生ではあったが、通学の時に口ずさんだ記憶がある。何かしみじみとして、日本人受けする曲だ。(しかしこの頃の録音は、モノといえどもなかなか良い。録音技術の発展があったようだ)
 
<マヒナスターズの「泣かないで」>

「泣かないで」
  作詩:井田誠一
  作曲:吉田 正

1)さよならと さよならと
 街の灯りがひとつずつ
 消えて行く消えて行く消えて行く
 その手を早く離しておくれ
 涙を早く拭いとくれ
 明日の晩も会えるじゃないか

2)さよならと さよならと
 むせび泣くよなクラクション
 すきなのさすきなのさすきなのさ
 忘れるものか二人の誓い
 車を早くひろおうよ
 明日の晩も会えるじゃないか

3)さよならとさよならと
 霧が流れるビルの影
 泣かないで泣かないで泣かないで
 我がまま云わず帰っておくれ
 今夜はこれでさようなら
 明日の晩も会えるじゃないか

この年の3月、自分の人生の転機(?)、埼玉から茨城へ引越しをした。それまで単身赴任だった父親が、会社の社宅が出来たというので、引っ越すことになった。そして学校も、4月から小学校5年のクラスに転入した。子供にとって、転校は大きな事件。茨城は言葉のなまりがあり、学校でよく「茨城出身ではないでしょう」と言われたもの。最初に仲良くなったのが、一緒に転入した男子で、一人ぼっちでなかったのは幸いだった。休みの日によく田舎の方へ自転車で行ったもの。そういえば、この社宅が街から少し離れていたので、自転車を買ってもらった。しかも小高い丘の上に家があったため、オヤジから「坂を下りるときは自転車から降りて歩くこと」が自転車を買う条件だった。そして、すぐ近くに中学校があり、その運動場でお袋の自転車の練習をしたことを思い出す。お袋も若い頃に自転車に乗っていたらしく、直ぐに乗れるようになった。
この頃は写真が珍しかったが、担任が男の先生で、写真が好きだったらしく、5年生のときの学芸会の写真がたくさん残っている。今考えると貴重な写真だ。
それと思い出すのが「表彰」。この小学校の校長が「誰でも何か褒める事があるはず」との考えで、誰でも何かの理由で表彰された。順番に全校生徒の前で「表彰」されるので、嬉しかった。その話が先にお袋の耳に届き、学校から帰ると「学校で表彰されたんだって?」と言われ、得意になったものだ。この校長の「子供を褒めて育てる」という方針は、今でも正しいと思っている。

最後にこの歌のステレオ再録盤を聞いてみよう・・・

<マヒナスターズの「泣かないで」~ステレオ盤

←BACK               NEXT→

| コメント (3)

2009年10月21日 (水)

インドのカースト制度~最下層で相次ぐ改宗

先日の朝日新聞に「さらばヒンドゥー教 インド最下層で相次ぐ改宗~差別放置に嫌気」という記事があり、何か心にズシンと残った。曰く・・・

「インドで多数派を占めるヒンドゥー教を捨て、他の宗教に改宗する動きが静かに広がっている。ほとんどは、ヒンドゥー教のカースト制度の中で「不可蝕民」として虐げられてきた最底辺の人たち。ヒンドゥー教が長年、差別的な構造を放置してきたつけとも言える。

・・・集団改宗を率いるのはインド国籍を得た日本人僧侶でインド仏教界の最高指導者の一人、佐々木秀嶺師(74)だ。・・・(改宗式に来た人は)「村では私たちは井戸を使わせてもらえない。ヒンドゥー寺院へ行くことも、近づくことも許されない。ヒンドゥー教徒でいてもいいことは何もなかった」と話す。
考えた末での決断だった。仏教徒になってもすぐ差別がなくなるとは思えない。最上位カーストのバラモンから嫌がらせを受けるかもしれない。それでも「仏教徒になってよかった。犬の暮らしにおさらばし、これからはライオンだ。バラモンに仕返しした気分だ。」
「・・・仏教への改宗に対し、ヒンドゥー主義者は「仏教はヒンドゥー教の一部だ」との論理で表向き静観の構えだが、反発は渦巻いている。仏教徒の人権擁護組織「全インド法兵軍」によると、仏教寺院が破壊されたり、村人が仏事の最中に襲われたりする例は年間100件を超す。・・・・法兵軍の幹部は「仏教をヒンドゥー教の一部だと主張することで、改宗後も差別構造を温存しようとしている」と非難する。・・・」(2009/10/16朝日新聞より)

雑誌「大法輪」11月号の特集「知っておきたい世界の宗教」(ここ)に「カースト制度の功罪は?」という項があり、こう述べられている。

カースト制度の功罪は?
百害あって一利くらいはあるかもしれないという比率。悪法も法なり、とはいえ一分の利を見つける方が難しい。
カーストはインドではジャーティ(生まれ)と呼ばれる。宗教上の浄・不浄の観念に基づいて貴賎上下の関係や職種を世襲的に定められた身分制度で、三千種に及ぶほど細分されている。カーストの異なる者とは結婚できないし、食事も共にできない。人権無視の差別制度。生まれながらに職種が決まっており選択の余地はほとんどない。一生失業することがないのが一分の利なのかもしれないが、一生低い賃金に甘んじなければならない。
現代インドでは憲法上はこのような因習は禁じられているはずだが、実際には今なお厳然と残っている。」(「大法輪」2009年11月号p98より)

平和ボケしている日本人からすると、このような話はまるで他人事だが、これが世界の現実・・・。テレビでインドの雑踏を見ると確かにこのような雰囲気はある。
同じ朝日新聞によると、2001年度国勢調査では、インドの仏教徒は0.9%、キリスト教徒は2.3%しかいない。これは「調査員が「仏教はヒンドゥー教の一派」「改宗したキリスト教徒でも親族や祖先はヒンドゥー教」との論理で、ヒンドゥー教徒として報告した例がわかっている。」という。
そして「不可蝕民は人口の約16%にあたる1億6600万人。8400万人の指定部族と合わせると。「改宗予備軍」ともいえる最底辺層は全人口の約25%に達する。・・・カースト差別を根絶しようという具体的な動きは、見えない。」という。

この世界の事はあまり知らなかった・・。Netで少し覗いただけで(ここ)、最下層の人は人口のかなりの割合を占めており、それらの人たちが上の階層の人たちを支えるのがインド社会の仕組みだという。
これらの事を論じる資格は自分にはない。良く知らないからだ。3000年とも言われるカースト制度の歴史。そう簡単に論じられる世界では無さそう・・・。

韓国歴史ドラマでも、身分制度の束縛はドラマのベースにある。当時は、奴隷などは当たり前だったのだろう。
でもこれを機に、少し本を買ってインドの歴史について勉強してみようかと思った。「アンベードカルの生涯」などなど・・・

| コメント (0)

2009年10月20日 (火)

韓ドラ「風の国」が終り「ホジュン」の再放送が始まる

このところ、韓国ドラマを見るのに忙しくて本当に迷惑な話である。でも、先週やっと韓国ドラマ「風の国」が終わった。ヤレヤレである・・
このドラマは「チュモン(ここ)」の孫の話。この番組は楽しみにしていたが(ここ)、終わって見るとどうだろう・・・。

一言でいうと、あまり「残るドラマ」ではないな、と感じた。やはり「チュモン」の存在が大きかった。それに題が「風の国」というのも、あまりに一般的で何を指しているのか分からない・・。それにチャンバラ場面が多く、段々と飽きてきた・・。どうもこのトシになると、チャンバラよりも落ち着いたドラマの方が良くなるようだ。
でも“韓ドラは実に礼儀正しい”と思う。「風の国」の主人公の「ムヒュル」に人が会いに来た時など、色々な出会いの場面では、必ず双方頭を下げて挨拶する。そして、ムヒュル王が部下に命令を下すときも「・・して下さい」。また敵と戦う場面でもムヒュル王は「攻撃せよ!」と叫ぶ。実に丁寧だ・・・。日本だったら「やっちまえ~」かな?
それに韓ドラはどれもそうだが、俳優の吐く息がいつも白い・・・。つまり韓国は本当に寒い国らしい・・・。

話は飛ぶが、あの「ホジュン~宮廷医官への道~」がこの10/28からBS11でまた再放送されるという(ここ)。全く韓ドラに無縁だったウチのカミさんが、意外や「チャングムの誓い」に凝って(ここ)、その勢いもあり、自分の勧めもあって、今度の「ホジュン」の再放送は見るという。医者の話なので、ツボや漢方の話も参考にするとか・・・。それでガイドブックまで買ってしまった・・・。確かに「ホジュン」は良かった・・・。
何が良いかって? 何よりも「ホジュン」は見ていて、たまにホッとする事が出来る。つまり、「チャングム」も今BS2で放送中の「イ・サン」も、韓国歴史ドラマの根底にあるのは「イジワル」「いじめ」・・。よって、このトシになるとそれがツライ・・。カミさんが、見ていて楽しくなるドラマしか見ない、というもの良く分かる。「ホジュン」も長丁場だが、イジメの中にも、主人公の面目躍如の場面が周期的に現れる。だから見ていて「ヤッター」と思う。そしてホッとする・・・。
それに比べて、今見ているNHK BS2の「イ・サン(これ)」は見ているのが段々辛くなってきた。いじめられっ放しで、見ていて段々と不愉快になるので・・・。最初は、これは面白い・・と思った「イ・サン」だが、もう止めようかな・・・。(←これひとり言・・)
ともあれ、こんなことが我が家の大事件なのだから何と底が浅いことか・・・
(そう、この記事は、もしヒマな人で、韓国ドラマを見た事が無いと言う人は、「BS11」で10月28日AM10:00から(月)~(金)で連続放送される「ホジュン」を見てみたら?という勧めなのだ・・・⇒詳細はここ

(関連記事)
韓国ドラマ「ホジュン」が面白い・・
韓国TVドラマ「ホジュン」が終ってしまった

| コメント (1)

2009年10月19日 (月)

テレビ東京の「空から日本を見てみよう」が楽しい・・

先日、テレビ東京の「空から日本を見てみようスペシャル」(2009/10/15放送)を見た。実に自分の好みとマッチしていて、今後が楽しみ・・・・
番組のHPにはこうある。(ここ
091019 「日本をはるか上空から映し出し、ぷかぷか雲にのった気分で日本中を見てまわれる、新感覚の街発掘バラエティーがついにスタート!・・・雄大な景色とともに、知られざる街の歴史や穴場スポット、見たことのない日本の姿を紹介します。」(毎(木)午後7:58~)
Netで見ると、昨年に何度か特別番組で放送されたらしい。今回始まったのは、そのレギュラー化のようだ。

この番組は、天気の良い空から眼下を俯瞰する。まさに鳥になった感覚。何のことは無い。単なる空撮の画面を流すだけなのだが、これが意外と面白い。美しい・・・。こんな画面を見ていると、日本は確かに清潔でキレイな国だと、良く分かる。
先日の番組は東京湾一周だったが、まさにハイビジョンならでは精細な画面・・・。まさにハイビジョンの特性をフルに発揮している。地上の設備名の名札が、流れる風景と同時に動いていく・・・。画像のこんなテクニックは、この時代、た易いのだろう。
それに飛んでいる地域が良く認識できるので、「ああamazonの倉庫はこんな所にあるのか・・」とか「あの公園に今度行ってみようかな・・」なんて思ったり・・・

そして、空撮しながら、目に止まるポイントを追っていく。そして突然地上に降りる。そしてそのポイント物件の中に入って見学・・・。今までのこれと似た番組に、この企画は無い。ビール工場に入って作業工程を見学したり、理化学研究所の大規模磁石を見学したり・・・。普通ではとても入れないところに入って行く・・・・

自分はNHKの「世界ふれあい街歩き」という番組が好きだが、この番組はあくまで地上を巡る。この番組は空撮がメインだ。空撮といえば、NHKで「ヨーロッパ空撮紀行」という番組もあった。これも見たが、ただゆらゆらしているだけでポイントが無かった。地上に降りる事がなかった。よって、BGMのような番組だった。その点、この「空から日本を見てみよう」は地上に降りて色々な体験(?)が出来るので楽しい。

今まで自分は、バラエティー番組はほとんど見なかったのだが、この番組にははまりそうだ。これから日本中、色々なところに行って欲しい。(その前に、放送済みのスペシャル番組の再放送も期待したいな・・・)
そして、有名な場所を訪問した後は、単なる地方都市にも行って欲しいな・・・。(テレビ東京の“TXNネットワーク”局だけでも良いので・・・) 地方都市でも、何かあるはず。そして、その地方の“何か”を発掘して欲しい。オラがムラの自慢も、空から見るとまた違う。

世界中のパイロットは、東京の夜景が世界一美しいと言う。そんな風景がこれから居ながらにして見られるのだ・・・。
こんな番組を見て、実際に国内旅行をした気分になるのも一興。日本は美しい場所がたくさんある。実はそれらには、ほとんど行った事が無い・・・。TVの前に座って国内旅行をするぞ!

| コメント (1)

2009年10月18日 (日)

建築家・安藤忠雄氏が紹介する「サムエル・ウルマンの詩『青春』」 

NHK TV「こころの時代~心のつながる空間”を求めて 建築家・安藤忠雄」(2009/10/11放送)の録画をうつらうつら見ていたら、ハッとする言葉・・・

『青春』 
   サムエル・ウルマン
青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたを言う。薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな肢体ではなく、たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

青春とは怯懦(きょうだ)を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある。年を重ねただけでは人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。

歳月は皮膚にしわを増やすが、情熱を失えば心はしぼむ。苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い、精神は芥になる。六十歳であろうと、十六歳であろうと人の胸には、驚異に魅かれる心、おさな児のような未知への深求心、人生への興味の歓喜がある。君にも吾にも見えざる駅逓(えきてい)が心にある。人から神から美・希望・喜悦・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲嘆の氷にとざされるとき、二十歳であろうと人は老いる。頭を高く上げ希望の波をとらえる限り、八十歳であろうと人は青春にして已む。 (作山宗久:訳)

*「怯懦(きょうだ)」=臆病で意志の弱いこと。
*「芥(あくた)」=ごみ。ちり。くず。
*「駅逓(えきてい)」=宿駅から宿駅へ次々に荷物などを送ること。
*サムエル・ウルマン(Samuel Ullman,1840~1924年)=アメリカ合衆国の実業家(詩人、教育者)

この番組では、安藤さんは前半の部分を紹介していた。調べてみると、この詩はサントリーの佐治敬三さんから、一緒に仕事をした時に教えられたのだそうだ。
この詩については(ここ)に詳しい。非常に有名な詩らしいので、ここではこれ以上は述べない。

安藤さんは、この番組で色々と面白い発言をされていたので、メモしてみた。
「中学2年生の時に、家を平屋から2階建てに改築した時、一心不乱に昼飯も食わずに働く大工さんの姿を見て、これには何かあると感じた。それが建築家になりたいと思った最初。何かあると・・・」
「外国で講演会をした後のパーティーで、よく日本の評価を聞く。前は“経済大国”だったが最近は“長寿”。なぜ日本はそんなに長生きで元気で女性はきれいなのかと。男性はダメ。売り上げと利益ばっかりで生きてきて、40、50になると疲れてくる。女性は40位になって子供が大きくなると、歌舞伎に行こうかとか絵を習おうかとか、人間関係が出来てくるから楽しい。この好奇心が女性のエネルギーの源。だから日本の女性の評価は圧倒的に高い。若くてきれいで元気。・・であつかましい。・・・長生きをするためには、好奇心を持ち続けなければいけない。そのためには40歳位からしっかりと好奇心を持って生きなければいけない。」
「・・・この机は安い工事用の足場板で作った。だから表面がザラザラしている。今はつるつるピカピカの時代。心に残る人間でピカッとしてツルっとした人が残りますか?少しザラザラしているな、あの人間は・・・と、ザラザラしていることが大事。このザラザラ、ごつごつ感が心に伝わってくる。これが宗教建築のあり方」
「(上の詩の紹介)・・・老いないために20、30、40代の時に勉強しろ。歩け。歩いて物を見る、歩いて物を聞く、歩いて人に会う。そして自分ひとりで生きていないという事をしっかりとやれ・・・」
「青春の実現という事は自分が目標を持つこと・・」
「生きるという事は面白い、という事を伝えたい」

68歳の安藤さん。まだまだ現役。この「年を重ねただけでは人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。」という言葉。これは多くの経営者の糧となったという。我々のような“そろそろリタイア組”にとっては励みになる言葉だ。
この話をカミさんにしてみた。すると意外な反応・・・
「ギラギラした老人はどんなものか?金にギラギラ?欲にギラギラ?オンナにギラギラ?・・」
「女性は確かに好奇心旺盛。しかしそれらが行き着くところに欲が出てくるのではないか。絵を描いても展覧会で賞を取るとか・・。決して安穏な老後ではない。それが良いか?」
「詰まるところ“足るを知る”事が出来るか・・。どこかで折り合いを付けて満足することが出来るか・・」

ナルホドね・・・・。どんな言葉、どのようなスタンスにも、見方によっては色々あると言うことだ。しかし「人生、目標を持って生き生きと・・・」というスタンスに反対する人は居まい。
前に手仕事屋きち兵衛さんのコンサートで(ここ)、「品位のある老人を目指そう」といった話をされていた。そう、人それぞれ色々な人生があり、何を目指そうとも勝手だが、やはり“品の良い老人・・”というものが目指す先にあるような気がするが、どうだろう・・・。

(関連記事)
「吾唯(われただ)足るを知る」
「足るを知ること」~無理だ・・・

| コメント (4)

2009年10月17日 (土)

五輪招致活動と障害児の教育行政

今朝の新聞を読んでいたカミさんが「これをblogで取り上げたら?」という。朝日新聞の「声」への投稿記事である。曰く・・・

障害児の将来砕く教育行政
  無職 女性(東京都足立区 40)
脳性まひを持つ12歳の長男の車いすを押しながら、商店街にはためく「オリンピックを東京に」の文字を見る度に切ない気持ちになった。
4年前に夫が3人の幼子を残して病死。私も持病があり、働くことは難しい。そこで救いなのは息子の通う特別支援学校の敷地内にある寄宿舎だ。通学が困難な障害児が放課後から翌朝の登校まで過ごす。単なるケアではなく仲間や先生との丁寧なかかわりの中で得がたい社会性を身につけることができるのだ。
しかし、都教委は現在9カ所ある寄宿舎を13年には5カ所に減らそうとしている。親子で存続を求める署名や請願をしてきたが、都議会文教委員会でも請願は不採択になった。財政再建の犠牲になったのではないかと思っている。
五輪招致に敗れ、石原都知事はその費用150億円について「財政再建の余剰分であり、東京の財政は痛くもかゆくもない」。5年後の息子たちとの暮らしが見えない。」(2009/10/17朝日新聞p16「声」欄より)

同じ朝日新聞の「オピニオン 異議あり~記者の視点」で、五輪招致についてこんな意見が載っていた。
五輪招致 国内啓発はもうやめたら?
   平井 隆介(スポーツグループ)
・・・・東京の支持率が低迷した大きな理由は、150億円もの巨額な招致活動費だったように思う。うち95億円は国内の機運盛り上げや普及活動のための「ムーブメント推進経費」だった。詳細な使途は都が今後自ら検証する予定だが、大半はアスリート(競技者)を呼んだイベントを開いたり、のぼり旗をつくって招致ムードを盛り上げたりするのに使われたという。
・・・広島・長崎でも東京でも、国内向けの啓発事業はやめたらどうか。招致活動費を減らし、無駄をなくすことにもつながる。
もしそれでも国内支持が広がらないなら、競技場ではなくテレビで見られれば満足というのが今の日本人の考え方なのだろう。だとしたら、そういう国の都市が無理して五輪を呼ぶ必要はない。」(2009/10/17朝日新聞p17より)

この平井氏の結論は実にもっともだと思う。都が大金を使ってムードを盛り上げ、それでも招致しなければいけないものだったのかどうか・・・。都の検証は、身内なのであまり期待はできないが、一歩踏み込んで検証して欲しいもの。これは都議会の民主党がどう目を光らせることが出来るか・・かな?

しかし、先の投書の指摘は深刻だ。“石原都知事がやりたいこと”と都民がやって欲しいこと、との乖離・・・。鳩山政権はモノより人に金を遣うと言っている。これはこれで期待したい。しかし一方で、今回の都の五輪招致活動を見るに、都も国会と同じような大改革が必要なのかも?
半藤さんは、太平洋戦争突入は国民が熱狂したのも一因、と指摘している。つまり国民も悪いのだ。同様に都知事も都議会も都民が選んだ結果。よって都民にも責任はある。
Wikipediaに07年4月の都知事選での石原さんの選挙公約が載っていた。そこに「2016年に東京オリンピックを招致」とあり、それで「投票の過半数にあたる281万票を得て、東京都知事に三選」・・・。ウーン・・・。自分も都民・・・

| コメント (1)

2009年10月16日 (金)

日経新聞のコラム「そもそも論」

今朝は、初めて通勤電車で乗り越してしまった。ああ次の駅だな・・とは思ったのだが、半藤一利著「昭和史 戦後篇」を読んでいたら、ツイ頭がそっちに行ってしまって・・。フト顔を上げると、降りるべき駅のホームが目の前から遠ざかって行った。
この本は、“もったいないので”ゆっくりと精読しているところである。

所で、今朝の(当blogの好きな)日経新聞のコラム「大機小機」はテーマが「補正削除 3つのそもそも論」だった。夜のニュースでも、今年度補正予算の2割、2兆9千億円を執行停止にすると言っていた。これについて、「大機小機」の冷めた指摘が面白い・・・。曰く・・・

補正削除 3つのそもそも論
物事の原点に立ち戻って議論することを「そもそも論」という。そういう議論は「そもそも」という言葉で始まる場合が多いからだ。現在進められている補正予算の削減について、このそもそも論を適用してみると、次のような3つの疑問がわいてくる。
第1は、そもそも補正予算を削減するのは適切かという疑問だ。今回の補正予算は景気対策の一環として決定されたものだ。景気対策であれば、多少無駄であっても歳出を増やした方が良いという考え方もあり得る。少なくとも、景気対策のための予算を削減するのだから、「削減しても景気や雇用への悪影響はない」という点を明確にしたうえで削減すべきではないか。
第2は、そもそも補正予算で削減した分が本予算の財源になるのかという疑問だ。民主党のマニフェスト(政権公約)を実現するためには、2010年度本予算で7.1兆円の財源が必要という。鳩山新政権は、補正予算で削減した分をこの財源に使うと言っている。しかし今年度限りの措置としての補正予算は、赤字国債を増発し一定の歳出を行うものだ。その補正予算が削減されれば、削減分は国庫に返納され、その分だけ赤字国債の発行が減る。補正予算の削減分を自動的に来年度本予算で使っていいというルールは存在しないのである。
しかもこの手は11年度には使えないから、11年度予算では今度こそ、本予算から財源を見つけなければならない。つまり、補正予算の削減分をマニフェストの実現に使うのは、財源探しの一部を先送りし、その分を赤字国債で賄うのと同じことなのである。
第3は、そもそも財政再建はどうなるのかという疑問だ。新政権が熱心に歳出を削減しても、その削減分は新政策の財源に使われる。この結果、自民党時代の歳出規模はそのまま維持される。
自民党時代の財政は、破綻コースを歩んでいたのだから、新政権はそのコースをそのまま歩むことになる。しかも、名目成長率の低下によって税収は大きく落ち込む。そうなると新政権下の財政事情は、自民党時代よりもさらに悪化する。この財政赤字から中長期的にいかに脱却するかについてのシナリオは全く示されていない。
こうして考えてみると、補正予算を削減し新政策の財源にする方法は、そもそも最初から大きな問題があったことになる。(隅田川)」(日経新聞2009/10/16 p19より)

読んでいて、実に歯切れが良くてスカッとしている。別に自民党にへつらっているわけではない。淡々と理を唱えている。だから説得力があるように見える。

もっともこの議論は総選挙の前から良く言われていた議論で、目新しいものではない。今回は、選挙の結果として政権が代わるのではなく、政権を取ることが目的の選挙だった。だから民主党は「政権を取る」ための“てんこ盛り”のマニフェストになり、いざ政権を取るとその実現に汲々とする・・・。まあ予想通りだけど・・・

話は変わるが、いつも、このコラムはどんな人が書いているのだろう・・・、と思う。実に理路整然としており、文字に無駄がない。このような文章が書ける人は、相当に頭が良い人なのだろう。
関係ない話だが、いつかこんな文章が書きたいな・・・と思う“エムズ”ではある。まあ今日は、補正予算の使い方の議論ではなくて、「文章力に感心した」ということで・・・・

| コメント (0)

2009年10月15日 (木)

中村元の「般若心経」(1/7)

中村元先生の「般若心経の講義」を、7回に分けて聴いてみる。
前に「般若心経」を考えてみた(ここ)。それに続いて、中村元先生の講義で「観音経(ここ)」「阿弥陀経(ここ)」を聴いた。しかし「観音経」や「阿弥陀経」と比較してみても、やはり「般若心経」は難しい・・・。頭の中を言葉だけがぐるぐる回り、やはり分からない・・。それでもう一度チャレンジ・・・というワケ。
この連続記事は、1985年4月から9月まで、NHKラジオ第二放送で行われた全26回の連続講義「こころをよむ/仏典」 (CDはこれ)の「第12回 空の思想-般若心経・金剛般若経」の部分を、『中村先生の声』と『読み下し文』、そして『中村先生の説明』を、この放送を活字化した、前田専学先生監修の「仏典をよむ3 大乗の教え(上)」(これ)を元に味わっていく。

中村先生の講義は、「空」についての解説からスタートする。

<こころをよむ/仏典「般若心経」~その1>

Image03691 「今回は、「空」の思想について申しあげます。空の思想=「空観」とは、あらゆる事物が空であり、それぞれのものは固定的な実体をもっていないと見なす思想です。空の思想を説いた経典としては、特に般若経典が有名です。般若経典を集成したのが『大般若経』ですが、これは有名な唐の高僧、玄奘三蔵の訳で六百巻あります。これは途方もない数でして、わが国でもたとえば、こんな話があります。南北朝時代、大塔宮護良(おおとうのみやもりよし)親王が敵に攻められて、必死に隠れ場を探したとき、『大般若経』六百巻の経箱があった、それでその中に身を隠して命を全うしたというのですね。それほど分厚いものです。
しかし、それを簡単にしますと、『般若心経』一巻の中にそのエッセンスが盛られているといわれます。短くもあり、また重要だということで、『般若心経』は日本の仏教ではもっとも多く読誦されているものです。また『金剛般若経』は、空の思想にもとづいて、われわれの心構えを説いているということでよく知られております。ここでは『般若心経』および『金剛般若経』について味わっていくことにいたしましょう。

ありとあらゆるものが空である
「空」について、少し敷衍(ふえん)いたしましょう。「空」という字のもとの言葉はシューニヤと申しまして、これは「膨れ上がっている」「中がうつろである」「中身が欠けている」といった意味です。そういう状況のことを、「空」と称しているのです。このシューニヤは、インドの数学では非常に重要な観念で、ゼロのことです。ゼロの観念は、世界の諸民族のうちでインド人が最初に考えついたことで、それが西洋にも伝えられ、ひいてはわが国にも渡ってきました。みなさんご承知の「0」の記号は、もとはサンスクリットのゼロをあらわす記号から由来するもので、非常によく似ております。
さて、ブッダが亡くなったのち、仏教が発展していくなかで、色々な学派が出ました。もっとも有力なのは「説一切有部(せついっわいうぶ)」と呼ばれるもので、これはいわゆる小乗仏教の代表的な学派であると見なされていますが。この学派では、「一切のものが有る」と説くのです。つまり、何らかのあり方というものが固定していると説く。それに対し、それは皮相な見解であるということを大乗仏教の方では説きまして、とくに般若経典のなかでは、ふつうは否定的にひびく「空」ということばをくりかえし説いているのです。
われわれは見るもの、経験するものが固定的な実態を持っている、そう考えがちです。けれども、固定的な実体をもった永久不変のものというのは、形あるものとしては存在しませんね。たとえ百年二百年続いたとしても、千年一万年となれば、また消え失せます。だから、われわれは固定的なものという観念を懐いてはならない。ありとあらゆるものが空である。種々の事物というものは他のものに条件づけられて成立していて、そのかぎりにおいて存在しているものである。固定的・実体的な本性をもっていない。本体を持たなければ、空であるといわねばならない。そう見なすのが空の思想なのです。
すでに原始仏教において、「世間は空である」と説かれていましたが、般若経典ではそれを受けてさらに発展させ、それを大乗仏教の基本的な教えとしたのです。
では、すべてが空であるならば実践が成立しえなくなるではないか、と思われるけれども、般若経典は逆だというのです。もしも、われわれの煩悩とか悩みとかいうものが、固定した永久不変のものであるならば、煩悩がなくなることはありえない。けれど、われわれの執著(しゅうじゃく)でも煩悩でも悩みでも、その本体は空である。だからこそ修行によって、それをなくすることができるのだ、という。こういう理を体得することが無上のさとり(無上正等覚=むじょうしょうとうがく)、つまり自分で、気がつくことなのですね。それ以外に無上のさとりというものはありえない
。」(中村元「仏典をよむ3 大乗の教え(上)」より)

この「空」が分からなければ「般若心経」は理解できない、という。「空」については、自分は前に「世の中にある物は全て分子の集まり。だから数万年経てば、皆バラバラ・・」と捉えた。よってその分子で出来た頭脳が考える「煩悩」「悩み」も所詮“空”である!?・・・ここまでは良い。しかし、だからと言って、我々が抱えている悩みがどうだというのか・・・。ここで挫折する。中村先生の言葉を借りると「だからこそ修行によって、それをなくすることができるのだ、という。こういう理を体得することが無上のさとり、つまり自分で、気がつくことなのですね。」という。
ウーン・・・。やはりピンと来ない。やはり言葉だけが一人歩きしている・・・・。
何十回も繰り返して納得しようとしてきたが、相変わらずダメ・・・。もう一度中村先生の言葉を辿りながら、勉強することにしようか・・・・。(自分はやはり哲学者にはなれないようだ・・・)

(関連記事)
<「般若心経」勝手帖>

←BACK                    NEXT→

| コメント (0)

2009年10月14日 (水)

日本女声合唱団と米良美一の「霧と話した」

いやはや朝晩寒くなってきた。今朝の通勤電車は、乗ったらポッと暖かい。暖房が入っていた。今年初めての暖房である。そういえば今朝は当地八王子で12℃・・・。急速に冬に向かっている。それにしても秋や春はどうして短いのか・・?まあ正弦波を連想すると、原理的に春と秋が短いのが分かるような気もするが・・・
ふと「霧と話した」という歌を思い出した。自分の門外漢ではなるが、「霧」は季語で言うと秋だという。まあ良かろう・・・
この歌は、日本女声合唱団の曲が一番好きだ。実に叙情豊かに歌っている。女声ならでは・・、である。

<日本女声合唱団の「霧と話した」>

「霧と話した」
  作詞:鎌田忠良
  作曲:中田喜直

わたしの頬は ぬれやすい
わたしの頬が さむいとき
あの日あなたが かいたのは
なんの文字だか しらないが
そこはいまでも いたむまま

そこはいまでも いたむまま
霧でぬれた ちいさい頬
そこはすこし つめたいが
ふたりはいつも 霧のなか
霧と一緒に 恋をした

霧と一緒に 恋をした
みえないあなたに だかれてた
だけどそれらが かわいたとき
あなたは あなたなんかじゃない
わたしはやっぱり 泣きました

特に合唱曲は、歌詞は気にしないのだが、この歌詞は何ともロマンチックである。(もちろん我々オジサンには関係ないけど・・)

CDの解説にこうある。「中田喜直の代表歌曲の一つで、1960年(昭和35年)関種子リサイタルで初演された。失われた恋の想いが抒情的に詠まれており、ややポピュラー歌曲的な感じがする。中田のことをよく<第二の山田耕筰と評されるが、それは①メロディの美しさ、②日本語のアクセントに忠実、③ピアノ伴奏の和音の使い方への行き届いた神経、の3点が共通しているからであろう。この曲も、ハーモニーが色彩に富んでいていささかも野暮ったさがない。」(米良美一「母の唄」解説より)

有名な歌だけに、自分もこの曲の音源はたくさん持っている。岡田晴美、波多野睦美、米良美一、足立さつき、紙谷加寿子、そして鮫島有美子。独唱ではやはり鮫島有美子が良いのではあるが、もうひとつカウンターテナーの米良美一を聞いてみよう。「わたしはやっぱり 泣きました」のところが、他の女声よりも気になる・・・・。あるいは、“女声”以上に女性的に歌っているのかも・・・(まさかこの声を聞いて女性だと間違う人はいないよね)

<米良美一の「霧と話した」>

しかし他のジャンルの音楽と違って、歌曲は何で“正座をして”聴く雰囲気なのだろう・・。歌詞は普通の歌謡曲と同じようなことを歌っているのに・・。その“固さ”があまり一般的になれない原因だな・・・。
でもこんな曲を聞いて「別世界に入り込む」のも、オジさんのストレス解消法かもね・・。

| コメント (6)

2009年10月12日 (月)

元土浦一高校長 横田尚義氏の回想記「生きた証し」

「恩師」を広辞苑で引くと「教えを受けた先生。師に対する敬称。」とある。よって横田先生は自分にとって恩師。しかし個人的な付き合いも無く、何かを話した記憶も無い。その横田先生が、最近急に身近になった??
Image03711 数ヶ月前、社業で知り合った高校の後輩から、横田尚義先生の回顧録「生きた証し」という本があるという話を聞いた。ヨット部の関係で、横田先生と長くお付き合いがあったらしい。
横田先生は自分が昭和38年に土浦一高に入学(18回生)した時の1年の時の担任。そして自分と入れ替わりに、昭和38年3月に卒業(15回生)した兄貴の3年の時の担任でもあった。つまり兄貴と自分が続けて2年間担任だったという縁・・。兄貴に回顧録の話をすると、ぜひ読んでみたいと言う。それでその本を借りる事にした。
パラパラとめくると、やけに軍隊の事が詳しい。特に興味も無いので、自分たちの事を書いた高校の時の部分だけを読んでから兄貴に回した。そうしたら兄貴は一日二日で読んでしまい、横田先生の事が良く分かったと言う。自分が江田島の海軍兵学校のところなどは読んでいないと言うと、そこをこそ読むべきという。そして、やっと先週末にその本を兄貴から返してもらったので、この連休に自分も一気に全部読み直した、というわけ。
Netで見ると故人の個人情報の取り扱いはあまりうるさく無いらしいので、横田先生の略歴を記す。

横田尚義 昭和2年(1927年)7月17日生れ(2008年9月没)
 昭和20年 3月 茨城県立土浦中学校卒業
 昭和20年10月 終戦により海軍兵学校閉校、二号生徒差免(第76期生)
 昭和23年 3月 東京高等師範学校理二卒業
 昭和23年 3月 茨城県立石岡高等女学校教諭
 昭和25年 4月 茨城県立土浦第一高等学校教諭
 昭和51年 4月 茨城県立土浦第一高等学校教頭
 昭和56年 4月 茨城県立筑波高等学校校長
 昭和57年 4月 茨城県立竹園高等学校校長
 昭和61年 4月 茨城県立土浦第一高等学校校長
 昭和63年 4月 東洋大学附属牛久高等学校校長
 平成 6年 3月 定年退職
 平成10年 4月 叙勲 勲四等瑞宝章 受章
 平成20年 9月 没

回想記「生きた証し」の「あとがき」にこうある。
「平成6年4月に46年間の教職勤務から離れて、はや4年余が経過している。退職後数か月の間は、勤務上の拘束からの開放感はあっても、身辺整理や家事整理などに追われて多忙な生活が続いた。しかしながら、夏も過ぎる頃には、段々と余暇をもて余し退屈になってきた。・・・・・思い切って、退屈まぎれにではあるが自分の一生を「生きた証し」として書いてみようと決心した。・・」

平成7年に起稿し、筑波書林からの発行が平成11年1月25日とあるので、4年越しの大作である。その内容は、日経新聞の「私の履歴書」に優るとも劣らない格調高い文章で読み応えがある。横田先生は物理・化学の先生。それなのにここまで格調高い文章が書けるとは、いかに頭が良いかの証拠??しかも読めない難しい漢字が多い。「愈々(いよいよ)」等々・・・(写真はクリックで拡大)

Image03721 Image03731 Image03741

自分の履歴を書く場合、“それぞれの時期の書く量”が自分にとっての人生の重要度を示すバロメータ。その視点で見ると、横田先生の場合、第1部 揺籃期 27頁、第2部 土浦中学 25頁、第3部 海軍兵学校 62頁、第4部 高等師範学校 26頁、第5部 高校教諭 63頁、第6部 管理職 82頁という配分。ここで目を引くのが海軍兵学校時代の項目のページ数の多さ。たった6ヶ月の期間だが、横田先生にとって如何に人生で重要な時期だったかが分かる。
もちろん自分は横田先生が江田島出身だったとは知らなかった。(もっとも江田島のことはほとんど知らないのだが・・・・)そして旧軍人だった事を知ってあまり良い印象は無かった。でも当時の軍国教育の中、「祖国のために身命を捧げようという崇高な気持ちとともに、何れ、徴兵により出征し二等兵として虐められるよりは、将校として活躍したいと思うのも自然のなりゆきであった。・・・」(p51)という記述を読むと、なるほど・・と納得する。しかも、自分が在校していたときに居られた体育の矢口四郎先生も同じ海兵出身だったんだね・・・、と兄貴とも話した。

この本を読んで、ヘエーと感じた事をメモしてみると、土浦中学の時は、出島から14キロの道のりを、悪路自転車通学をしていたとか。海軍兵学校時代、広島の原爆を江田島から目撃、そして終戦後、復員の時に広島駅で原爆投下後15日目の惨状を目撃したとか。そして20歳で高校教師に。土浦一高に赴任したのが22歳の時。自分の担任だった昭和38年は、35歳だった。今思い出すと、横田先生は落ち着いた紳士、超ベテランの先生だった。後に水戸一高の校長になった数学のT先生のように(ほとんどの先生が卒業した兄貴の先生と同じだったので)「**(←これ自分の名前)の兄貴はもっと出来たぞ」というイヤミを言うことも無く・・・。逆に事件が無かっただけ印象が薄いが・・・。そしてこの本を読んで、自分たちの年度の時に、学力別クラス分けについて生徒から批判が出て、それを元に昭和45年度から廃止されたという事を初めて知った・・・。
Image03761 そして52歳の時に車の免許を取ったとか。そして土浦一高のヨット部の顧問は創部以来。兄貴が言うには「横田先生がヨット部をやっていた事は知っていたが、休日に指導していたとは知らなかった」・・・。そして超優秀な息子さん二人・・・
かくして横田先生は土浦一高に、教諭として26年、教頭として5年、後に校長として2年の計33年間勤められたとか。

この本は非売品であり、何の縁で筑波書林で作られたかは知らない。たぶん教え子の縁なのだろう。そしてヨット部の同窓会か何かで配られたものらしい。
しかし、この様な充実した人生が送れた横田先生は素晴らしい。とうてい我々一般ピープルは足元にも及ばない。しかもこの様な一冊の本にして、まさに「生きた証し」としておられる。
兄貴に言ってみた。「これを真似して自分でも回顧録を書いてみたら?」。そしたら「とてもとても・・・」。
横田先生のちょうど20年後を走っている自分。もちろんこんな立派な充実した人生を送れてはいない。もちろん、もう取り返しも出来ない。でも“書くに値する”人生を送れた人は幸せだ。でも書かなければその事が残らないことも事実。そして、書いてもそれが読まれなければ簡単に消えて行く。その点、この回顧録はスタンスが実に素直で自慢臭さが無い。それに、兵学校時代の事は、読んでいて海軍兵学校の生活が実にリアルに分かり、読み物としても面白い。
この本から醸しだされる気品とエネルギーは、まさに横田先生の人柄から出たもの。結果として化学で大学に合格した(?)(=入試で化学は良く出来た・・)自分は、横田先生の“忘れ去られた門下生?”として、陰ながら感謝。(当時はそうは思わなかったが、「一高の先生方は優秀な人が多かったのだ・・」と、今更ながら兄貴と一緒に納得・・・)
ついでに日経新聞は、あまり有名でなくても(失礼!)このような見本となる人生もあるのだから、こんな一私人も日経のコラム「私の履歴書」に取り上げてみたらどうだろう・・・。それに値する人生だったことは、この本を読むと良く分かる。

最後に、あんまり関係無いけど、伊藤久男の「海ゆかば」を聞きながら、横田先生のご冥福を祈る。(別に戦死したわけではないが、回顧録を読んでフト思い出した歌・・・)

<伊藤久男の「海ゆかば」>

「海ゆかば」
  作詞:大伴家持
  作曲:信時潔

海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね)
山行かば 草生(くさむ)す屍
大君の 辺(へ)にこそ死なめ
かへりみはせじ

(関連記事)
42年後の母校(土浦)を訪問
高校卒業42年目のクラス会で「元気」を貰った

| コメント (3)

2009年10月10日 (土)

ダーク・ダックスの「旅立った人」

自分が昔から大事にしている歌がある。ダーク・ダックスの「旅立った人」という歌だ。ダーク・ダックスとしては珍しいギターの伴奏・・。
しかし調べてみると、この歌はどうも“謎の歌”らしい。1969年発売の、ダーク・ダックス結成15周年記念アルバムのLPにあった歌だが、Netで検索しても引っかからない。JASRACのデータベースにもない。森山良子が歌った同じ歌には「旅立つ彼(ひと)」という題がついている。どうもこれが正式な名前らしい。歌詞も森山良子のCDとは微妙に違う・・

<ダーク・ダックスの「旅立った人」>

    「旅立った人(旅立つ彼)」
      作詞・作曲:佐々木 勉

    悲しいときに うたえる歌が 私は今ほしいの
    旅立つ人の 後姿が 涙にかすんで見える
    今日まで好きと言えずに
    過ごしてしまったことが 悲しいの

    別れの夜が こんなにつらいものとは 知らなかったの
    いつでもそばにいてくれたから 気がつかなかった私
    どうしてもっと素直に
    優しい人の言葉を 聞けなかったの

    あやまりたいの 今日までのこと 許してもらえるかしら
    遠くに光る 小さな星に そっと祈りたい気持
    許してほしい も一度 ふたりの愛の歌を うたいたい
    許してほしい も一度 ふたりの愛の歌を うたいたい

このLPの解説にこうある。「ダーク・ダックス」という名前が出来た由来である。
「1952年の夏、4人の真黒に日焼けした青年が、真昼間だというのに、6畳一間のゴロゴロとタムロしていた。この4人のコーラス・グループに、ステキな名前をつけようという訳である。もっとも、それが目的で集まったのではなく、誰ひとり金が無いので、ひとりでにゾーさんの家に転げ込んだのである。それまで名ナシのゴンベエだったので、他人からはただ「あいつら」と単純な3人称で呼ばれていたのに、そろそろ嫌気がさしはじめたのと、せめて名前だけでもスマートにして、4人の自前の容姿風采のイメージチェンジを図ろうというものだ。議論百出の末、・・・どうやら候補名がひとつあがった。・・・その名は「ダーク」ダックスク]黒く日焼けしたところから出た「DARK」、声が悪いというケンジョウのビトクから発した「DUCKS」。これを訳せば「よごれたあひる」である。決まってしまうと、これがいいと使い出したのは良いが、あちこちで大変な不評判。覚え難いので「ダークダーク」とか「ダックダック」とかいわれて、4人共大クサリ。所が先年アメリカでも、大変良い名前だとほめられた位だから、名前というものは不思議なものである。・・・」

この詩は、ほのかで何かくすぐったい。誰もが心当たりがあるのでは?と思う事を、さりげなく歌っている。どこでも近くに居る人は意外と意識の外。でもいざ居なくなってしまうと、ポッカリと空白があいてしまう・・・。よくあること。

話は飛ぶが、昨夜からTVでは米オバマ大統領のノーベル平和賞の受賞の話題で大騒ぎ。宮崎県の東国原知事の「えっ、オバマさんですか? プラハで演説しただけじゃないですか」というコメントがある一方で、核廃絶という言葉を発する事だけでもどれだけ大変なことか・・・。それを前進させるための大変な応援だ、という評価もある。
今朝の朝日新聞の社説には、「・・・粘り強い交渉で中東和平合意や、北朝鮮の核危機の回避をもたらしたカーター元大統領に、平和賞が贈られたのは02年だった。地球温暖化問題で国際世論を盛り上げたアル・ゴア元米副大統領には07年に授与した。いずれにも、当時のブッシュ政権への批判がこもっていた。・・・・」(2009/10/10朝日新聞)と書かれていた。
つまりブッシュ大統領が“旅立った”ときには、誰も“悲しくなかった”ということ。10年後、“旅立った”オバマ大統領にこの歌を捧げる人がいれば、この平和賞の祈りが届いたという事だが、さーて・・(今日のオチは実に苦しい・・←筆者談)

| コメント (5)

2009年10月 9日 (金)

世界の「国民生活の豊かさ指数」ベスト10

またまた新聞記事で恐縮だが、先日の日経新聞に「国民生活の豊かさ指数」の記事があった。曰く・・・

「国民生活の豊かさ指数 日本、10位に後退 07年時点、国連報告 首位はノルウェー
国連開発計画(UNDP)は(2009年10月)5日、2009年版「人間開発報告書」を発表した。平均寿命や1人当たり国民総生産(GDP)、識字率などから算出する国民生活の豊かさを示す指数でノルウェーが首位となった。日本はGDP成長率が欧州勢より見劣りしたことなどが響き、前回(07~08年版)発表よりランクを2つ落とし10位となった。・・・

<世界の「国民生活の豊かさ指数」ランキング>(詳細はここ

①ノルウェー
②オーストラリア
③アイスランド
④カナダ
⑤アイルランド
⑥オランダ
⑦スウェーデン
⑧フランス
⑨スイス
⑩日本
・・・
⑬米国
・・・
18)イタリア
21)英国
22)ドイツ
23)シンガポール
24)香港
26)韓国
87)タイ
92)中国
134)インド
・・
181)アフガニスタン
182)ニジェール(最下位)」
(2009/10/6 日経新聞p8より)

この指数は、具体的には以下の指標で評価しているという。
「人間開発指数(HDI)
1)長寿で健康な生活(出生時平均余命で測定)
2)知識(成人識字率と初等、中等、高等教育の総就学率で測定)
3)人間らしい生活(1人当たりのGDP を米ドル建て購買力平価で測定)
 この3つのデータを1 ~ 0の間の数字に指数化して、それを単純平均したものが、その国の人間開発指数である。数字が1に近いほど、人間開発の達成度が高い。」(
ここより)

前に、貧しくても国民が幸せだと思っている国であるブータンのことを書いた(ここ)。周囲と比較しなければ、充分に国民が幸せだと思っている国は多い。逆に、何でもそうだが周囲の国と比較すると不満が高じて幸せだとは思わなくなる。これは、多分に認識の問題。
それと、物質的豊かさと同時に精神的豊かさの問題もある・・。
このデータは、客観的にある定義から算出されたものなので。まあそれはそれとして信憑性があるのだろうが、当人たちの意識の評価が入っていない。人間の豊かさとは「長寿で、知識があって、お金があること」と西洋的な考え方で一方的に定義している。

何が豊かさで、何が幸せか・・・?
最近は、「日々何も無いことが一番幸せ・・」と思う。・・・という事は、今日も幸せ?? ・・今日も何の変化も無いので・・・(←まあ思った方が勝ちさ!)

(付録)
まったく関連の無い話だが、当blogのサブタイトルを今日から「とうとう還暦になっちゃったオジサンのエッセイ」から「とうに還暦を過ぎちゃったオジサンのエッセイ」に変更した。なぜ今日か?それはヒ・ミ・ツ・・・

| コメント (0)

2009年10月 8日 (木)

JR東の“お役所体質”~台風での運休に思う・・・

今朝は、台風18号が愛知県に上陸して長野から東北に向かった。本土上陸は2年ぶりだとか・・。その影響で朝のJRが大混乱。
朝のニュースによると「JR東日本や東海などによりますと、在来線の一部の特急列車が始発から運休しています。その他、都心では京葉線が本数を半分ほどに、東海道線・中央線・埼京線なども本数を減らし、通常の5割程度の本数での運転となっています。」
JR東日本のHP。「中央本線の高尾~塩尻駅間は、台風の影響で午前中の全列車運休となります。(10月8日4時51分 配信)」~何と台風が来る大分前に“決定”!
そして極め付きが「JR東日本によると、午前8時現在、風速が規定値を超えたなどの理由で、山手線で内回り、外回りともに運転を見合わせた。」

今朝乗った通勤電車。まだ風も強くなく、雨もほとんど降っていないのに、中央線の快速電車は始発から大幅に間引き運転。そのため、電車はどれもすし詰め状態。久しぶりに身動きの取れない状態を体験。降りるのも人を掻き分けて、それはそれは大変・・・・。せっかく治りかけた五十肩をまた痛めてしまった・・。
フト疑問に思った。まだ何の影響も無いのに、なぜ電車の本数を大幅に減らす?まだ影響が無いのに、早々と運休を決めたのはなぜ?
やっといつもの駅で降りて、改札口の駅員に聞いてみた。「まだ影響が無いのに何で本数を減らすの?」 駅員曰く、「これから台風が来るのが確実なので、電車がじゅつ繋ぎになるのを避けるために本数を減らしている」。
Netで見ると、JR広報の公式見解は「また台風の接近や大雪など、あらかじめダイヤの乱れが予測できる場合は、駅と駅の間で電車が立ち往生するリスクを避けるため、先駆けて運転本数を減らしたりもします。」というものらしい。
乗り継ぎの京王線は普段と全く同じ。まあ当然だが・・・。降りた京王線の駅で聞いてみた。「JRは本数を減らしているが、京王線もするの?」「その予定はありません」「何でJRだけ減らしているのだろう?」「JRさんの事は分かりません」。そりゃそうだ・・・

会社に着いて、Netで各社の運行状況を見てみたら、西武、東武、京成、相武、京王・・・軒並み平常運行。一方、JRの関東の運行状況を見て目を疑った。9時現在、関東地方のJRは全面マヒ状態。つまり関東地方のJRの9割近くが「台風の影響で、上下線で運転を見合わせています・・・」。外を見ても、それほど風は強くないのに・・・。しかも地方だけでなく、山手線、京浜東北線、中央快速線、総武線まで全部ストップ。

これは何だろう?JRは自社のルールで自動的に運行停止。しかし隣の私鉄は動いており、私鉄に振替輸送・・? 何かヘン・・!
家に帰ると夜のNHKニュースでこの事を取り上げていた。京浜東北線とパラに走っている京急に客が振替で殺到し、ホームに人があふれて電車から降りられなくなった為、1時間半止まったという。京急の利用者にとってはエライ迷惑・・。
NHKニュースによると、並行する私鉄が運行しているのにJRが止まった原因は、JRが、たくさん設置してある風速計が25m以上を記録したため、規則によって止めたとか・・・。前に起こした脱線事故の教訓だって・・・

これらの一連の動きを見ると、JRと私鉄との「意識の差」を感じないわけにはいかない。私鉄の運行状況を見ると、“何とか運行したい”という意識を感じる。東京メトロも「また今後、地上区間で強風が発生した場合は、・・・」であり運転が前提。JRのように「台風が来る“らしい”のでヤ~メタ」という姿勢はない。つまり、「何とか平常運行を・・」という私鉄と、「予想されるので運休・・」というJRのあっさりした姿勢の大きな違い・・・。結果、JRの利用者は殺人的な混雑や、全面運休で移動の手段を奪われたり・・・。

一般市民としては、同じような路線では、JRも私鉄も同時に止まるのであれば、仕方が無いか・・、とも思えるが、JRだけが止まるのは何とも解せない。
JRは民営化されて随分良くなったとも言わていれる。しかし今朝の「顧客」のことを考えているとは到底思えない“四角四面の姿(全体の状況を考慮せずに、自社の規程を最後まで守り通した姿勢)”に、JRの意識は“まだまだお役所的”だな、と感じた。顧客に最大限迷惑をかけないように努力する「顧客志向」の意識が、今後より強化される事を期待したいが・・・。

(2009/10/9追)
今朝の朝日新聞に、昨日のJR東の大規模運休についての記事があった。05年12月の突風による事故により、運休する風速の規程を従来から5m下げたのだという。
「JRばかり運休 なぜ?
台風18号が本州を縦断した8日、首都圏では通勤ラッシュ時に晴れ間が見えていたのに鉄道のダイヤは終日乱れた。JR東日本の大半の路線が運休し、乗り入れている私鉄や地下鉄まで影響を受けたからだ。JRだけが動かなくなった背景には、鉄道事故で運転規制を強化した経緯がある。
東京都と神奈川県を結ぶ京急電鉄は午前9時半から約1時間半、運転を見合わせた。だが、同社は「運休したJRからの振り替え輸送客で混雑したことが原因。社内で規定する運転規制の風速には達していなかった」と説明する。
並行するJRの東海道線は午前6時54分、神奈川県の二宮―国府津間が運休。運休区間は広がり続け、全線復旧まで約5時間を要した。
JR東は現在、風速が毎秒20メートルを超えると徐行運転し、同25メートル超で運休する規定だ。05年12月に羽越線(山形県)で突風を受けた特急電車が脱線・横転して乗客5人が死亡。06年1月に従来の規制値を同5メートルずつ厳しくした。また、昨年度末現在で在来線の風速計を羽越線事故時の3倍に当たる674基設置した。担当者は「風速計が増えるほど、運休したり復旧が遅れたりする面はある」と認める。
この結果、首都圏の在来線だけでも過去最大規模の約2600本が運休、約296万人に影響する事態になった。
今回の影響について、JR東は「お客さまに迷惑をかけたのは申し訳ないが、安全を優先させた結果だ」と説明している。(小林誠一) 」(2009/10/9付朝日新聞p39(ここ)より)

規程はJRも私鉄も同じ25mらしい。しかしJRだけが止まったのは、風速計の数の違い?それとも風速計のデータの扱い(一つでもオーバーしたら止める?)の違い?
現場の状況がどうであれ、隣の私鉄が動いていようが、自社の「規程」を守ることが最優先・・。法治国家なので、そりゃそうだ。しかし、ビル風のように風速計の設置場所によっては異常値を示す場合もある。そして、それらの状況を加味して判断を下すのは人間。その人間が“規程”を根拠に、そして“安全”を金科玉条に簡単に運転を止めるのであれば、判断する人間は不要になってしまう。機械的でない、もう少し現場の現況を加味した人間的な判断(規程はそうだが、途中で様子を見ながら運転再開)は出来なかったのだろうか、と疑問が残った。


2009年10月 7日 (水)

“紙おむつ”大人用が乳児用を逆転・・

昨日の日経新聞に、中高年の消費動向についてショッキング(?)なデータが載っていた。曰く・・・(写真はクリックで拡大)

生活関連消費 中高年が主役 シェアで過半・逆転
中高年向けの商品やサービスが、国内市場の過半数を占める例が相次いでいる。2009年度には、眼鏡の小売最大手、三城HDで売上高に占める老眼鏡の割合が50%を超え、紙おむつ市場は大人用が子供用を逆転する見通し。海外旅行客では40代以上、スポーツクラブ大手の会員は50代以上がいずれもほぼ半数を占める。内需が縮む中で、中高年市場をどう攻めるかが、企業の成長のカギとなりそうだ。

091007img 08年の国内小売市場が4200億円強と過去10年で2割強縮んだ眼鏡。三城HDの眼鏡の国内売上高のうち、09年4~8月(推定170億円)は老眼鏡の割合が49%。10年3月期(約400億円の見込み)は5割を超す見通しだ。・・・業界調べによると、国内全体の販売個数ベースでは07年に45歳以上が45歳未満を逆転している。・・・
紙おむつは08年度の大人用市場が1500億円で乳幼児用に並んだ。ここ5年で見ると乳幼児用は1割縮む一方、大人用が4割拡大。・・・・
海外旅行者を見ると、40歳以上の割合は08年度で54.5%と、1998年から約9ポイント高まった。・・・
シニアの関心が高い健康関連分野。4160億円市場(08年度)のスポーツクラブを見ると、セントラルスポーツでは会員の50代以上の比率が09年3月期で44%と10年前の2倍に。・・・
不振の携帯電話で異例のロングセラーになっているのが、機能を絞ったNTTドコモの「らくらくホン」。99年の初代機種の発売から今春までの販売は1500万台を突破した。
電子レンジで温める包装米飯が、子供の独立などで炊飯量の減った50代以上に人気。
セブンイレブンへの来店客は40歳台以上が1993年の21%から2008年度には43%に上昇。
東京ディズニーリゾートの入場者のうち40歳以上の割合は03年度の15.2%から08年度に17.9%に。・・・・
(データ)
*日本の人口は今年9月時点で約1億2754万人。うち7162万人を占める40歳以上は05年に比べて約250万人増えた。
*世帯主が60歳を超す家の消費は09年時点ですでに全体の40%。シニア市場を00年と比べると、25年には1.3倍に拡大する。・・・
*内閣府の世論調査によると、20歳代は44%の人が「物質的な面で生活を豊かにしたい」とするが、60歳代になると66%が「物質的には満たされたので、これからは心の豊かさやゆとりのある生活を送りたい」と回答。「モノで豊かになりたい」は25%にとどまる。・・
」(2009/10/6 日経新聞p3より)

いやはや大変なシニアパワーである。でも、「まあそうだろうな・・」とも思う。何せ少子高齢化の時代なので・・・

前にも書いたが(ここ)NHKの番組「世界ふれあい街歩き」を良く見る。世界のどこででも、毎回必ず登場するのが街角で同じ世代とたむろしているシニア世代。そして一様に言う。「若いときに良く働いたので、今は時間つぶしをしているのさ。どこかに行く金も無いし・・・」

その点、日本人は恵まれていると思う。今の時代、倒産やリストラは日常茶飯事だが、我々還暦過ぎ世代の時代は景気が良かったせいか、そんな事はほとんど考えないままに過ごして来た。今考えると、およそ奇跡!?
そしてリタイア後も、多くの人は、たぶん金の心配はそう無いだろう。そして、老人パワーは「食うこと」よりも「生き甲斐」探しに走る。よって、そこに新たなビジネスが生まれて行くのだろう。そう、若い人はビジネスで、どんどんシニアから金をふんだくると良い。シニアは生き甲斐のためならふんだんに金を遣うだろう。そうすると、双方がハッピーになるのだ・・・

当blogのコンセプト⇒(いつもの通りタコツボだが・・)リタイア後、サーテ自分は何で時間を潰そう・・
でも若い人が、商売でも良いので、老人用の“時間つぶしのメニュー”を提供してくれると嬉しいな・・
ナーンテ、またバカな事を夢見る(?)自分ではある・・。(カミさんにバレたら、「どう時間を潰すかは自分で考えなさい・・」と言われるのは必定だが・・・)

| コメント (0)

2009年10月 6日 (火)

川田正子の「里の秋」

秋である。中秋の名月も過ぎ、急に寒くなってきた。日の出も遅くなり、日の入りも日に日に早くなっている。ウチの“メイ子”(愛犬)も早くもペット用ホットカーペットを出してもらって、一日中そこに居座っているとか・・。(おっと、今日帰ったらコタツが出ている! 幾らなんでも早いだろう・・・。メイ子の悪口を言っていられないな・・)
何か秋の歌は・・・と、ふと「里の秋」を思い出した。Wikipediaを見ると「昭和20年12月24日、ラジオ番組「外地引揚同胞激励の午后」の中で、引揚援護局のあいさつの後、川田正子の新曲として全国に向けて放送された。放送直後から多くの反響があり、翌年に始まったラジオ番組「復員だより」の曲として使われた。1番ではふるさとの秋を母親と過ごす様子、2番では夜空の下で遠くにいる父親を思う様子、3番では父親の無事の帰りを願う母子の思いを表現している。」とある。
歌詞オンチの自分は、このような有名な童謡でもあまり歌詞を気にした事は無かったが、そう言われて歌詞を読むと、その風景が目に浮かぶ・・・

<川田正子の「里の秋」>

「里の秋」
  作詞:斎藤信夫
  作曲:海沼 実

1)静かな静かな 里の秋
 お背戸に木の実の 落ちる夜は
 ああ 母さんとただ二人
 栗の実煮てます いろりばた

2)明るい明るい 星の空
 鳴き鳴き夜鴨の 渡る夜は
 ああ 父さんのあの笑顔
 栗の実食べては 思い出す

3)さよなら さよなら 椰子の島
 お舟にゆられて 帰られる
 ああ 父さんよ 御無事でと
 今夜も 母さんと 祈ります

なお、昭和16年12月に作られたこの歌のオリジナルの「星月夜」は、まさに開戦の直後だったせいか、外地に出征した父親を偲ぶ歌であり、3番4番は下記の通りだった。

3)きれいなきれいな 椰子の島
 しっかり護って 下さいと
 ああ 父さんの ご武運を
 今夜も一人で 祈ります

4)大きく大きく なったなら
 兵隊さんだよ うれしいな
 ねえ母さんよ 僕だって

 必ずお国を 護ります

それを、作曲者の海沼実から電報で呼び出された作詞者の斎藤信夫が、「NHKで放送するために復員兵を迎える歌詞にして欲しい」との依頼で、放送の当日、急遽3番の歌詞を新たに作り、4番を削除し、題も海沼実からの提案で「里の秋」と変えて放送されたのだという。確かに3番は、1,2番に比べて何か雰囲気が違うな・・・

話は変わるが、前にも書いたが(ここ)、今、半藤一利氏の語り下ろしによる「昭和史」に凝っている。本は戦後の憲法改正まで読み進んだが、時代背景はまさにこの歌の通りだ。
昭和21年に始まった天皇の地方巡幸。「お父さんは元気かな?」「お父さんは戦死しました」「アッ、ソウ」・・・。これが普通の家庭の姿だったのだろう。

話はまた飛ぶが、先日書いた臨済宗神宮寺住職の高橋卓志さんの新聞記事(ここ)。ジャンさんからのコメントで、先日「ラジオ深夜便」で高橋卓志さんが出演していた事を知り、その録音を聞き直した。そこで高橋さんがこんな話をしていた。若い時、僧侶になることに対して非常に好い加減だった。その自分がハッと目覚めたのは、西部ニューギニアのビアク島に慰霊のために行ったときだった。千人が火だるまになって焼け死んだ洞窟の中、妖気が漂い足元に遺骨がごろごろしている所でお経を読んだが、その時、一緒に行った戦没者の未亡人がのた打ち回って号泣しているのを見たとき、今までの自分は何だ、と思ったとか・・。その戦争未亡人は、わずか3ヶ月の新婚生活。お腹の中に残された遺児と一緒に33年間苦労をしてきたが、その愛する夫が死んだ場所で何を感じたか・・・。
そんなことをフト思い出しながら聞くと、今まで何の事も無かった童謡が、何という迫力で迫ってくることか・・・・

幸いなことに、自分の親戚では戦死者は居ない。叔父が招集されたが、直ぐに終戦になって戦地に行く事は無かったと聞く。だから自分にとっても“戦死”という言葉は遠い存在だった。
しかし先の、たった3ヶ月の新婚生活で残された遺族を思うと、この歌のように祈ったとしても、希望がかなって夫が復員してくるか、または洞窟の中で焼け死んだか、あまりの差に比べようがない。
今読んでいる半藤さんの本とあいまって、何故かこの歌の歌詞が心に沁みる秋である。

| コメント (2)

2009年10月 4日 (日)

宗教法人の公益性

今朝の朝日新聞「オピニオン 耕論」に「宗教法人の優遇措置は必要か」というテーマで色々な意見が載っていた。曰く・・

不正の温床になりかねない
   全国霊感商法対策弁護士連絡会事務局長 山口 広さん
一般の商店がツボを千円で売ると税金がかかるのに、宗教法人が「霊的に効能があるツボだ」と称して数百万円で売れば、宗教活動として非課税になる。葬儀費用やペット供養料についても、心ある寺が料金を明示し明朗会計で行えば、収益事業と見なされ課税対象になりかねないのに、「お志で」と料金を明示せず不明朗会計でやれば、宗教活動として非課税となる。どこかおかしい。
宗教活動を非課税にするのは、それが不特定かつ多数の利益につながるという公益性を認めてのことだ。確かに、信仰を通して人心の安定に寄与し、寺社の境内地や鎮守の森が環境保全に役立つこともあろう。しかし、死者供養や檀家など特定の信者のケアだけで、公益性を主張するのは疑問がある。
・・・・
オウム真理教事件以降、宗教法人の新規認証は難しくなっているようだが、いったん認証されれば、「信仰の自由」への配慮から取り消しはできない。だから、代表者の死亡などで活動実態のない「休眠宗教法人」が転売され、所得隠しなどに悪用されている。・・・
米国でも、宗教法人に対する優遇措置がある。だが、・・・税務当局が営利目的かどうかなどを個別に審査して、税の優遇が受けられるかどうかが決まる。日本のように一度法人格を取れば自動的に優遇されるのとは異なる。日本でも、税務当局が大局的にチェックする体制を整えるべきだ。
・・・・
ただ、すべて原則課税ではなく、非課税の面があっていい。宗教法人は公益性を果たす意味で、寺社や教会で広く一般向けの相談活動をやってはどうか。全国に十数万の寺社や教会があり、その一部でも相談会を定期的に開けば、社会のオアシスになる。一般の人々の宗教に対する理解や認識も深まるだろう。」(2009/10/4朝日新聞「耕論」より)

情報を開示し説明尽くせ
   臨済宗神宮寺住職 高橋卓志さん
宗教家が自分のDNA情報を記録したとする電子チップ入りの「ご神体」を1体100万円で販売し、所得隠しで摘発されるなど、宗教法人がその公益性から認められている優遇措置を悪用する例が後を絶ちません。
伝統仏教のお坊さんは「あんな胡散(うさん)臭い連中と私たちは違う」と言うでしょう。でも、お札や塔婆でお布施を頂くのとどう違うのでしょうか。彼らに違いを証明することは難しいと僕は思います。・・・・人々は「胡散臭い連中」も伝統仏教も「どっちもどっち」と思っている。
・・・・
お寺が公益性を持つ法人であり、正しく活動をしていることを証明する方法は結局、情報開示と説明責任に尽きます。
・・・
宗教法人の公益性は社会の様々な「苦」、人々の生老病死と向き合い、寄り添い、緩和しようとすることで認められる。しかし、大半の寺院は世襲と家業化が進み、檀家制度というシステムに安住し、社会の苦とは向き合えていない。葬儀でも通り一遍のお経をあげるだけで、納棺にすら立ち会わないお坊さんも多い。寺の門も夜は締め切っているところが大半でしょう。門を24時間開いていると「死にたい」とか「末期がんを宣告された」とか、世の様々な苦しみが飛び込んできます。それを受け止め、ともに歩む寺になることが必要だと思うのです。
かつて寺院は地域の教育の場であり、お坊さんは地域の治水や土木工事にもかかわり、まさに地域社会の公益を担っていたのです。今はどうでしょうか。
・・・・
寺から飛び出し、世の中の苦と向き合う。そこからしか寺院の公益性は回復できないと思うのです。」(2009/10/4朝日新聞「耕論」より)

同じ今朝の朝日新聞に、慈善事業の顔をしながら、ホームレスを捕まえて生活保護を受けさせ、支給される生活保護費を不法に天引きして儲ける“商売”が盛んだという記事が載っていた。
この公益法人の悪用の話とは違うが、国の“国民に対しての保護”の制度を悪用している点では何か共通点を感じる。これらの警鐘は、「本来の目的」が弱まっている事の指摘ではないか?
前にも書いたが(ここ)、お坊さんの現代社会での地位(収入等=曹洞宗の場合、45%の寺の年収は300万円以下とか・・)からすると、なかなか「本来の活動」の実行がツライ事もあるらしい。
でも都会では、檀家制度はすでに崩壊している。若い人は自分がどこの檀家なのか興味は無い。よって、世代が変わるに従って、この檀家制度は縮小して行く気がする。その環境の中で、せっかくの心の拠り所を活かす方法は無いものだろうか・・・。

犬と散歩していて、近くの小さなお寺に寄ったとしても、“誰でも受け入れてくれる・・”という雰囲気はない。内陣の扉は固く閉ざされ、内の様子は窺い知れない、または(光って見えない)ガラスの戸の向こうに内陣が少し見えるだけ・・。それを、周囲を気にしながら覗くのがせいぜい・・・。向こうの方の存在だ。
先の指摘通り、すでにお寺の住職という“職業”は、一般の人が就く職業と同じレベルになっているような気がする。そこでもっと現代人に役に立つ“宗教法人の公益性”を発揮させるためには、本山が(日本人に多い)自称「無宗教」と言う人々の興味を招く努力が、今以上に要るのではないか?普通は宗教を必要としてない人々も、死に直面した時は必ず駆け込む場所を探すはず。それらに対して、せっかくのお寺は拠り所にならないのか??
キリスト教系の大学や病院・ホスピスは数多くある。しかし仏教系の大学はあっても、仏教系の病院・ホスピスは聞いた事が無い。なぜだろう?
益々、人々の心のケアが必要になってくる現代の競争社会。全国にあるお寺が、その駆け込み寺に変貌してくれる事を望みたいところだが、どうだろう・・・・

(関連記事)
「お葬式は なぜ高い?」

●メモ:カウント~60万

| コメント (4)

2009年10月 3日 (土)

2016年東京オリンピック招致の落選~行進曲「旧友」

今日は十五夜である。さっき、犬の散歩に出たら、雲の切れ目から満月がばっちり見えた。おかげで首が痛くなったが・・・・

昨夜から、コペンハーゲンで開かれた2016年のオリンピック開催都市を決めるIOC総会の話でテレビは大騒ぎ・・・。自分も昨夜、ふと1時頃に目覚めた時に、ついTVを点けたらもう東京の落選が決まっていた。
結局はブラジルのリオデジャネイロに決まったが、「南米初の五輪」を謳われると他の国はこれに勝る開催意義を唱える事が難しかったようだ。まあ妥当な選択だ。
しかし各国のトップの招致合戦には首をかしげた。鳩山首相も1泊3日という強行軍で急遽現地に飛んだし、米オバマ大統領も総会の開始1時間前に現地入り。そして結果が出る前に帰国・・・・。
オバマ大統領の威信は傷付いたらしいが、でも確かに、日頃の努力とは別に、人気者が現地入りをしてPRしたらそれで決まる・・という事態は、IOCにとっても受け入れ難かったのだろう。
日本は、都知事の先行で動いただけの、誰もが認める盛り上がりの無さ・・。散歩で通る近くの下水処理場の門にあったオリンピック招致を盛り上げる垂れ幕にも、何か違和感を感じたもの。その、誰もが感じた都知事先行の“違和感”のもと、仮に東京が当選しても、TV画面から流れたリオの国民の大喝采の場面が、果たして日本であったかというと、まあ大喝采するのは都の職員だけでは?? その意味では落選して良かった。
しかし、まったく別の見方をすると、せっかくのオリンピック景気が消えた、と落胆する人も居るかもね・・・

話は変わるがもう10月だ。運動会の季節。最近は春の開催も多いと聞くが、気分的にはやはり運動会は秋の風物詩。ゴザを敷いた家族席で、出始めたミカンと栗を食べながら・・という風景が直ぐに思い浮かぶ。そういえば、小学校の時だったか中学の時だったか、タイケの行進曲「旧友」に歌詞を付けて運動会で歌った事を思い出した。黒板に歌詞が書かれ、それを皆で旧友の旋律で歌った。歌詞はもう覚えていないが、「・・・オリンピックの輪のように・・」という歌詞をフト思い出した。だから東京オリンピックが決まった1959年(昭和34年)以後に、ムードを盛り上げるために作られた歌詞かも知れない。

今夜の十五夜とはあまり関係ないが、まあ行進曲の「旧友」でも聞きながら、オリンピックの招致失敗を残念がる(?)事にしようか・・・。なお演奏は、プロ中のプロの吹奏楽団である。

<タイケ:行進曲「旧友」~フィリップ・ジョーンズ・アンサンブル>

(関連記事)
今夜は十五夜・・・童謡「十五夜お月さん」

| コメント (1)

2009年10月 2日 (金)

CO2の各国排出量グラフ~分かり易すさとは・・

今朝の日経新聞のトップに「CO2削減 新日鉄、中国に先進技術 排出枠取得めざす」Image03671 いう記事があり、そこに「主要国のCO2排出量」のグラフがあった。そうだ。こんなグラフが一番分かり易いのだ・・・。(グラフはクリックで拡大)
実は、自分は特に「CO2削減」に人一倍の興味を持っている訳ではない。まあ人並みには認識しておこう・・という程度。

しかし、CO2削減の話はややこしい。各国が自分の都合の良い指標を出して話をするため、ワケが分からない。
同じ今朝の日経新聞の「ゼミナール CO2削減社会」というコラムに、それに関して、少し分かり易い(?)記事があった。曰く・・

「・・鳩山首相は気象変動サミットで、日本の2020年の温暖化ガス削減の中期目標として1990年比25%削減を表明した。・・・麻生前首相は05年比15%減を「真水」で達成するとした。これは90年比にすると約8%減にすぎない。民主党中心の新政権はこれを増やすのは間違いないだろう。仮に国内で90年比15%減を達成し。残り10%を海外クレジットの利用と考える。07年実績は90年比9%増なので、目標達成には国内外で34%分の削減が必要となり、国内削減は24%分となる。・・・これまでの05年比15%減の計画に比べ、国内削減分は約2倍に膨らむ。・・・・」(2009/10/2 日経新聞P25より)

これを読んで、先日の鳩山宣言がどの程度のインパクトなのか、分かる??
どうも、鳩山首相は「今までの計画の2倍頑張ります」と宣言したと言うことらしい。
それに対して鉄鋼業界は、この鳩山発言に反対しており「08~12年の平均で90年比9%削減」という自主目標を掲げているとか。この数字は、麻生発言より上だ。しかし20年間で9%削減という事は、その10年後の2020年では、せいぜい14%削減が良いところ??25%には程遠い・・

でも今日の日経のグラフを見ると、各国で都合の良い年をベースにするのが良く分かる。特に中国など、ここ数年で倍増しているので、それ以前をベースに考えたのでは「削減」という言葉が使えなくなるのだろう・・・。

商売の世界でもビジネスの世界でも、ユーザに「分かり易さ」を提供するのは当然のこと。しかしあえて「分かりにくさ」を徹底しているのが携帯電話の料金体系。いつだったか、ソフトバンクが「料金体系の分かり易さ」を謳ったことがあったが、自分の入っているDOCOMOは相変わらず全く分からない。送られてくる料金内訳を見ても分からない。コールセンターに聞いても良く分からない・・・・。

まあ携帯電話の不毛の議論は諦めるとして、一般論で言うと、自分にとって都合の良い事は一生懸命分かり易く説明して相手の理解を得ようとするし、都合の悪い事は分かりにくい説明をして、“説明したという事実”だけを作って誤魔化そうとする・・。まあそれはそんなものだ。

先のCO2削減の議論は、このトレンドのグラフを皆で見て「**年に**トンまで削減する」と絶対値で言えば分かり易いが、まあこの議論も“都合が悪い(=できれば誤魔化したい)”議論なので、永遠にこんな分かりにくい議論が続くのだろう。

近い将来の年金(だけによる)生活・・・。有限のインプット(年金)に対して如何に“自分の取り分”を増やすかだが、カミさんにどう分かりにくく説明して“ぶん取る”かが勝負だ・・・・
だから新政権にも、今まで通りの分かり“にくい”年金・雇用保険などの制度が続くことを祈ろうか!!?

| コメント (1)

« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »