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2009年8月14日 (金)

「老い方の探求」

たまに企業年金の事務局から送られてくる「年金時代」という冊子。2009年夏号の「折々の随想」というコラムに「老い方の探求」という記事があった。曰く・・・

老い方の探求 ノンフィクション作家 沖藤典子
ある日、隣の庭に車を突っ込んでしまう。それを知った息子は、母親から運転免許証を取り上げる、ここから始まるのが“ドライビング・ミス・デイジー”というアメリカ映画です。親孝行な息子は、その代わりに、運転手つきの高級車をプレゼントします。しかし彼女は怒髪天を衝く思い。彼は免許証を取り上げて誇りを奪い、彼女の嫌う人種の運転手をつけたのですから。
絶対に車に乗りません。徒歩で買い物に行く彼女の後を、高級車がソロリソロリとついていく次第。
しかし彼女は少しずつ自分の老いを自覚し始め、人種偏見の誤りを認めていきます。最後の場面は老人ホームにいる彼女を運転手が見舞いに行き、ダンスを踊るというもの。高齢期の運転問題を主軸において、人間の誇りや愛について考えさせられるものでした。
過日、ある市へ講演に行ったところ、県内に住む70代後半の方が来て、「車への依存度が高くなるにつれて、運転が危なくなるんです。自主返上も考えますが、交通の便が悪いし・・・」
高齢ドライバーによる事故は、事故全体が減少している中で増加に歯止めがかからないとか。高齢者は交通弱者から、加害者になりつつあります。各自治体はさまざまな工夫で自主返上を呼びかけており、「返上して良かった、別の世界が開けた」などの声も紹介されていますが、中には「立派だ、さすがといわれたけど、がっくり老け込んだ」という喪失感に悩む人、閉じこもってしまう人などもいるようです。その地域の交通事情にもよりますが。
今年の6月から75歳以上の人の運転免許更新時に、認知証の検査が導入されます。高速道路逆走事件など、交通予防策は喫緊の課題でした。私もいつ運転免許を返上しようかはやばやと悩んでいたので、引導を渡されれば踏ん切りがつくかと思っています。
でも、喪失感もあるのではないか、デイジーさんの心境が分かるような気もします。肉体的死の前に社会的死があるのかなどと、いじけてしまったりして。素直なオジジ・オババなんかおもしろくないよと抵抗しつつも、新しい誇りを獲得していく老い方の探求が必要だと、フンドシを締め直す思いです
。」(「年金時代」2009年夏号より)

フーン・・なるほど・・・・
“老い”を自分でどう認めるか・・・。時々、山を登る人が、若いときと同じだと思って無理をして遭難する・・・という話題を聞く。これも自己の老いを認識していなかったためだろうか・・・?
我々一般人にとって、“老い”の最初の現象として出て来るのが“運転”かもしれない。イザというときの反射(ブレーキの遅れ)、見ているようで注意散漫な状態(よそ見・不注意)、等々・・・。しかも運転は他人を傷付ける可能性があるのでやっかいだ。
自分は、休日というと“運転の練習”と称してスーパーへの買い物の時に運転をさせられるが、最近カミさんに「大丈夫?」「前と少し違う・・・」「右に寄っていない?」等々色々と言われる事が多くなった。もちろん自分では何の自覚も無い。でもこれも徐々に「寄る年波には勝てぬ」なのかも・・・

話は飛ぶが、今日会社の帰りに聞いたNHKラジオ深夜便の「ミッドナイトトーク」の田部井淳子さんの話(8月5日放送)。かのベテラン登山家の田部井さんも60歳を越えて体力の衰えを感じており、①決して無理をしない、②ここまでなら大丈夫と自分の体を知っておく、という事が大事だと言っていた。(自分は田部井さんの話が好きだ。今なら(ここ)で聞ける・・)

カミさんと数万回繰り返されてきた会話・・・。「二人とも運転はヘタなのだから、車が必要無い都心のマンションに移ろう」「や~だ」・・・・
後悔しないためには(事故を起こさないためには)、“自分の衰え”を充分に自覚し、「運転は充分に慎重に・・」を肝に銘じると共に、いつか来るであろう運転をしなくなった時の“喪失感”に対する備えも必要かもね・・・・。(でもまだ、最低10年は現役を貫くぞ~)


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コメント

私は運転免許を持っておりませんので、夫に運転を任せているのですが、年齢が進むに従って危ないと思う事が増えてきています。
耳の聞こえが悪くなるに従って、一回で入っていた車置き場に、2,3回切り替えをしないと真っ直ぐに入らなくなりました。
今日は車のライトが付いたまま3時間止めてありました。近所の医院の美人看護師さんが知らせにきてくれました。車線変更をいきなりして、後続の車にピッと鳴らされます。信号が変わったのに気が付かない事があります。暴走族の様に走り回っていた人がぼんやり運転になってきています。毎日、かなり仕事で走っているのにです。耳はかなり重要なような気がします。60代後半の夫を持っている友人たちが皆、同じ事を言います。平行感覚と関係があるのでしょうか。エムズ様はいかがでしょうか。

投稿: 白萩 | 2009年8月15日 (土) 20:37

白萩さん

“ドキッ”とするコメントありがとうございます。どれももこれも心当たりがあります。
カミさんから「危ない」と言われるのも仕方が無いかも・・・。これはまさに自戒の記事でありま~す。

投稿: エムズの片割れ | 2009年8月15日 (土) 22:31

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