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2009年8月11日 (火)

「いちばん美しい花火」

先日の日経新聞のコラム「プロムナード」に、「いちばん美しい花火」という何ともファンタスティックな記事が載っていた。読んでいて何とも心地よい・・・。曰く・・・

いちばん美しい花火  道尾 秀介
この季節になると全国で花火大会が開催されるけれど、純粋に花火を観賞するためにあのイベントへ出かけていく人はあまりいない。お祭り気分を味わうためだったり、女の子を誘う口実だったり、屋外で生ビールを飲むためだったりする。
・・・・・・・
が、たった一度だけ、僕は花火の美しさそのものに見入ったことがある。小学校低学年の頃だった。
そのとき僕は時間を止める能力を持っていた。特別な道具を使わずとも、僕が「止まれ」と念じたらその瞬間に世界は停止した。町ゆく人も車も飛行機も、その場で写真のように固まった。まあ小学校低学年の男の子が見る夢なんてそんなものだ。
夢の中で自分の能力に気づいた僕は、悪事を働こうと目論んだ。もしそれが小学校高学年だったら、まず間違いなく銀行へ行って金を盗んだり、好きな女の子のところへ行ってイヤラシイことをしたり、町のあちこちでイヤラシイことをしていたのだろうが、まだ汚れない小学校低学年だった僕は、スーパーへ行って花火を盗んだ。一度でいいから、一人でぜんぶやってみたかったのだ。
マネキンのような人々のそばをすり抜け、びくびくしながら花火とライターを手に入れた僕は、近所の公園へと走った。まだ日が高かったので「夜になれ」と念じたら、夜になった。夢の中というのは全く素晴らしい。あたりが真っ暗になったところで、僕はパックの中から線香花火を取り出して、火をつけようとした。が、時間が止まっているせいか、火がつかない。仕方なく、僕は時間の流れを元に戻すことにした。「動け」と念じた瞬間、世界はふたたび動き出した。
夜の公園で、僕が何本目かの線香花火に火をつけていると、どこかで母親の声がした。万引きおよび夜遊びが発覚することを恐れた僕は、とっさにまた「止まれ」と念じた。
いまでも忘れない、あの美しい花火を見たのは、そのときのことだ。
線香花火は僕の手元で、繊細な飴細工のように停止していた。光の線が枝分れし、それがまた無数に枝分れして、全体として綺麗な球形をかたちづくっていた。呆然としながら、僕は花火に触れてみた。熱くはなく、どちらかというと冷たい感じだった。細かな火の鞠の端を、掌でちょっと押してみると、線香花火はぱりぱりと硝子が割れるような音をさせながら崩れていった。息をするのも忘れるほどの美しさだった。
きらめきながら崩れていくその火に見入っているうち、何故だか僕は急に、家に帰りたくなった。しかしこんな時間に帰ったらきっと叱られる。どこで何をしていたのだと怒られる。――哀しくて寂しくて、鼻の奥にちりちりと甘い痛みが走った。涙が滲んだ目の中で、線香花火は二重になって、いっそう輝いた。
夢は本当の花火みたいに、そこで唐突に終わり、つづきはいまだに見ることができない。(作家)」(2009/8/7 日経新聞夕刊p7より)

ここで言う「夢」とは、寝ているときに見た“夢”なのだろうが、空想の“夢”のように何ともファンタスティックな“お話”である。

ウチでは、休日の朝起きたとき、または散歩のときに何となくしゃべりだすと「あなた、それまた夢の話でしょう・・・。聞いても仕方がない!」と一喝されるのだが、このように文字にすると、誰からも止められないため、“話”はゴールまでたどり着ける・・・。

前にTVで、ピストルの弾が胸に当たる直前で時間を止め、死ぬ前にしたい事をする・・というドラマを見た事がある。まあそれと同じだが、もし自分が一度だけ時間を止める事が出来るとしたら、いつ止めたいと思うだろう・・・。
交通事故の直前?いや、時間を止めるだけで事態は変わらないため、交通事故を止める訳には行かないな・・・。ある瞬間を、永く留めて置きたい場合・・・。本当にそんな瞬間があるのだろうか?
でも、このコラムで言っている「花火」は、実にそんな瞬間なのかもしれない・・・。(大きな声では言えないが、ウチのカミさんは“試験の時、隣の人の答案を見ちゃう”んだって!)

花火といえば、前に土浦の花火大会に行って、真下で見る花火に感激の涙を流した事があった(ここ)。言葉を失うくらい、真下で見る花火は美しい・・・。その一瞬を止めて存分に眺められたら・・・・・。筆者が言っていることは確かに分かる・・・。
写真もその一瞬を止めるテクニックではある。しかしその切り取るエリア、深さ(明るさのダイナミックレンジ)、音の何を取ってナマには到底足元にも及ばない。

話は飛ぶが、小学校低学年のとき、夏休みにお袋の姉がいた焼津に行った。そこで花火大会に連れて行ってもらった事があった。そこで、頭の上で炸裂する花火に驚いて、やはり小学校低学年の兄が行方不明になった。皆が探す中、兄はひとりで家に帰ってきた。花火の会場から家まで、どの位離れていたかは知らないが、人間も犬と同じで、“帰巣本能”があるのかね、とオトナが話していたことを思い出した。
子供の頃は、一瞬一瞬の時間が凝縮されていて長い。時間の密度が濃い。色々なエピソードも、大人になってからのエピソードに比べてかなり良く覚えている。
還暦を機に、心をリセットして子供に還り、凝縮した時間を過ごせるようになれると良いな・・・と“夢見る”この頃ではある。


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