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2009年7月23日 (木)

自己責任の限界・・・

昨日のテレビニュースは、皆既日食で大騒ぎ。特にさんざん報道されていた悪石島ツアーが、悪天候で日食見物どころではなかったと、土砂降りの情景が映されていた。悪天候は、上海も同じだったらしい。
Netでは、その後遺症か「家族5人で215万円も払ったのに日食が見られなかった」という返金を求める記事が載ったり・・・・。近ツーでは34万円のツアーもあったらしい。
それに引き換え、飛行機や船から見るツアーは案の定バッチリ見られたという。

さて、天気のような「どうしようもない」ものをどう受け止めるかだが、今回の騒動(?)を通して、その受け止め方や、「見られない」というリスクに対して人間の心がどう動くか、色々な例を見たような気がした。
普通、もし日食を100%の確率で見たいなら、費用はかかっても“雲の上を飛ぶ飛行機”になるだろう。ゆっくりと“かなりの確率”で見たければ、“雲を避けて航行が可能な船”、という手段もある。しかし、悪石島のような“島”の場合は、(北京オリンピックのように国が雨を“退治”する場合は別にして)偶然を期待するわけなので見られないケースも多い。でも、いったん空振りに終わると「仕方がない」と納得できないのが人間だ。

先日、NHKスペシャルで、マネー資本主義シリーズを放送していた。リスク分析による金融工学・・・・。リスクを予め分析し、圧縮し、リスクを少なくした “上澄み”を商品としてばら撒くという・・・・。しかしリスクはゼロにはならず結局事件化する・・・・。そして住宅を奪われた人は、何とか他のせいにしようとする・・・。

人間は、自分にとって都合の悪いことに対して“見ないフリ”をするのは普通のこと。例えばタバコを吸っている人が、タバコの箱に書いてある「吸いすぎると死ぬぞ」という文言をどれだけ意識しているか・・・。そして、肺がんになった人が、「自分はタバコを散々吸っていたので仕方がない」と思う人がどれだけいるか・・・。
ビジネスも、自分の健康も、はてまた交通事故も、意外と意識していればリスクは回避できるもの。よって起きる事象はほとんどが自分の為せる業(わざ)・・・。

でも、自分の身に何が起こっても「自分の責任」と思えるようになるには、相当な修行が必要だ。よって自分自身を考えても、自己責任と受け止められるとは到底思えない。つまり“悟り”が追い付いていない・・・。
実は我が家では(←自分のことだが)、「あんたのせい」という言葉が簡単に出る。カミさんが「何でも私のせいにする!」と怒るが、「それじゃメイ子(愛犬)のせいか? そんな訳ないだろう・・」と反論する自分なので、まあ悪石島の返金問題にコメントする資格は自分には無いな・・・、と思うこの頃である。(もっとも、そんな金があったら自分だったら海外旅行で豪遊するかな? いやいや、たぶん貯金しちゃうだろう・・??)


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コメント

日本人の寿命が延びたのは、肉を食べるようになったからだと聞いています。食べすぎは良くないでしょうが、何でもホドホドに食べるのが身体に良いのではないでしょうか。片割れさんが、ベジタリアンになって早死したら、責任は誰が取りますか。
亡くなってから責任を取れとは言えませんし、お化けになって「責任を取れ~」と出てきますか? 隠れてでも肉を食べなかった貴方が悪いと言われる可能性もあります。自己責任ですよね。

投稿: 白萩 | 2009年7月23日 (木) 23:34

言葉じりを捉えるようで申し訳ないのですが、タバコを吸っていて肺がんになった人は、大部分が「しかたない」と思うのではないでしょうか。タバコの箱に「死ぬぞ」と書いているのかどうかは別にして、これだけ悪影響が喧伝されているのに、誰のせいだというのでしょうか。
それでも他人のせいにして文句をつける人を「クレーマー」といって今社会問題になっていると聞きました。

投稿: 周坊 | 2009年7月24日 (金) 21:41

白萩さん、周坊さん

障害者自立支援法で、自己責任という言葉は元々金融の世界から出てきた言葉で、それが“障害も自己責任”という風になってきている。という指摘がありました。
確かに株などの相場での自己責任という言葉はピンと来ますが、それ以外は必ず他の(自己責任以外の)要因もあります。
改めて見ると、「自己責任」という言葉は冷たい言葉で、あまり好きではありません。

投稿: エムズの片割れ | 2009年7月24日 (金) 22:11

自分で自己責任を書きながら笑い話にしようと思ったのですが、これは笑い話になりませんでしたね。我が家の次男も自閉という障害を持っていますが、自立支援法が成立してから、通所施設がすっかり変わってしまい、和やかな雰囲気が無くなってしまいました。すべてお金に換算されてしまうのです。嫌な法律だと言うことを身をもって感じています。印鑑を押す書類ばかりが増えて、給食のお茶、健康診断、キャンプなどすべて無くなってしまいました。支払いは容赦なく取り立てられます。自己責任を国民に押し付けた政府になってから、人間性を失っていく社会になってしまったと感じているのは私だけでしょうか。

投稿: 白萩 | 2009年7月24日 (金) 22:58

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