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2009年6月17日 (水)

山根基世アナの「父の人生」(&広瀬修子アナのナレーション)

昨夜の日経夕刊のコラム「あすへの話題」は、元NHKアナウンサー山根基世さんの「父の人生」だった。山根アナは広瀬修子アナとともに、ナレーションで自分が好きなアナウンサーである。その山根さんが父を語る・・・・

父の人生
駅前のケーキ屋さんで買い物をしていると、幼い兄弟が母親と話している。「父の日、パパに何をあげようか」。聞いたとたん、ああ私には父はもういないと、2年前に亡くなった父の不在が生々しく胸に迫ってきた。あの幼い兄弟と同じ年頃の私は、父におんぶしてもらうのが大好きで、父が帰宅するといつも「おんぶおんぶ」とせがんだものだ。朝、父の眼鏡を隠して出勤させまいとしたり、とんでもない悪ガキだったのに、一度も父から叱られたことはなかったなあと、幼い日が一気に蘇った。
山口県庁に勤める公務員だった父は、定年まで勤め上げ、外郭団体で第2の定年を迎えた後は、まったくの「火宅の人」ならぬ「家宅の人」になった。仕事をすることもなく、ボランティアをすることもなく、飲みに出かけることもなく、ひたすら家にいた。本を読んだりラジオを聞いたりはするが、これと言って特別な趣味があるわけでもなかった。私たちが母と二人で旅行に行くよう手配すれば、一緒に行って「ええ旅じゃった」と喜んでくれたが、自分からどこかに行こうとはしなかった。25年そのように暮らして、90歳になった年のお盆の中日、夜床につきそのまま眠るように逝ったのだった。最期まで自分の足で歩き、おいしく食事を頂き、私たち姉妹のことを気にかけていたという。
「お父さん、幸せだったの?」と父の人生をふり返る。仕事や生きがい、趣味や友人がなければ、長い老後は生きられないと、団塊世代の私たちには、老い支度に焦る気持ちもある。しかしそんなものはなくても、人はちゃんと生きていけると、無為にみえる父の人生が教えてくれるような気もするのだ。」(2009/6/16日経夕刊より)

当blogのサブタイトルは「とうとう還暦になっちゃったオジサンのエッセイ」としている。何を隠そう、まさに還暦になって「老後をどうしよう・・・」の焦りがテーマである。その“悩み”に、このコラムは一刀両断で「解」を投げ掛けてくれたようだ。「そんなものはなくても、人はちゃんと生きていける」・・・・と。
この“解”を自分はどう捉えよう・・・・

その山根さんは、退職アナウンサーらによる有限責任事業組合(LLP)「ことばの杜(もり)」(ここ)を2007年7月に発足させたという。設立主旨を山根さんは・・・
「・・・「ことばの杜」は話し言葉講座などの教育貢献、日本文学の朗読アーカイブ作製を基本事業とし、さらに番組供給などNHK内外から広く仕事を受ける。 「団塊の世代の生き方として、生きがいや張りあいを求めながら、ただのボランティアでなく、自分の専門性に対してそれなりのペイがある仕組みにしていきたい」と山根さんは話している。・・・」ここから)

メンバーは、山根基世、広瀬修子、宮本隆治、松平定知と元NHKアナの大御所ぞろい・・・。
話は飛ぶが、“広瀬修子アナ”と聞いてフトこのナレーションを思い出した。それは、NHKハイビジョン特集「いのちで読む“般若心経”生命科学者・柳澤桂子の世界」という番組のナレーションである。これは、柳澤桂子さんが「生きて死ぬ智慧」で般若心経を訳したものを、広瀬修子アナが朗読したもので、自分が一番好きなナレーションだ。2年前にも書いたが(ここ)、他サイトのWindows Media Player用のファイルを(ここ)にリンクしたので、ぜひ一度聞いて欲しい・・。

ともあれ、現場にこだわっているという山根さん。志を同じにするこのそうそうたるメンバーと共に、今後も民放含めて色々な番組で、その味わい深いナレーションを期待したいものである。

(関連記事)~広瀬修子アナの珠玉のナレーション・・
「般若心経」と「穏やかな心」
「生きて死ぬ智慧」のDVD BOOKが出ていた 

山根基世・元NHKアナが作家・雫石とみさんを語る 


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