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2009年6月27日 (土)

手仕事屋きち兵衛さんのコンサートに行く~唱歌「故郷」

「みらい人(ここ)」さんの企画による手仕事屋きち兵衛さんのコンサートが昨夜(2009/6/26)、多摩(あきる野市)で開かれ、カミさんと一緒に聴きに行ってきた。初めてのきち兵衛さんナマ演奏とトーク・・・。なるほど・・・・(後の2枚の写真はみらい人さん撮影)

P10505341 場所はベーカリーカフェと謳っている通り、自家製パン売り場の隣の喫茶ルーム。かなり広い。席は満席・・。ステージにスポットライトがあたり、みらい人さんの紹介に続いてきち兵衛さんが登場・・・・。休憩なしの1時間半の予定が、たっぷりと2時間のコンサートになった。“あの声”と、柔らかいギターの音色・・・。(写真はクリックで拡大)

090626tesigotoya1 良く知っている曲ばかりを歌ってくれる・・・。やはりCDとは違う・・・。“人間”が伝わってくる。そしてトークを聞きながら思った。この人は真の「哲学者」だな~。
きち兵衛さんに限らず、中島みゆきも小椋佳も、そしてさだまさしも、シンガーソングライターは、皆、何らかの哲学者だ。つまり、五木寛之が良く言う(与えられた曲を歌いこなす)いわゆる“歌い手さん”とは違い、自分の生き方や哲学を歌(音楽)にして表現している。
090626tesigotoya きち兵衛さんもまったくその通り。トークもさすが・・・・。話の内容が自分の人生哲学に根差しているため、聞いていて説得力がある。と同時に、話は冗談っぽいが、人としての信念が伝わってくる。曰く・・・
「子供たちから“勉強はなぜするのか?”と問われたら、いつも2つのことを言っている。一つ目は頭の中に自分の図書館を作ること。二つ目は幸福になるために保険を掛けること。普通保険は悪いことが起きた時のために掛けるが、勉強は良いことが起きる時のために掛ける。せっかくのチャンスを確実に幸福の方向に持って行くために・・・」
「女性はなぜ長生きする? それは子育てをするので、それに費やす7~8年間を、神さまが(亭主が死んだ後に?)ちゃんとプラスしてくれている・・・・」

前にニッポン放送「テレホン人生相談」にも出ていたというが、それも納得が出来る。エッセイ集「一匹ぽっちのコオロギ(ここ)」を読んでも分かるが、今回の曲間の「講演(=トーク)」だけでも聞いた価値があった。「福祉」の字に秘めた意味・・・。トシを取ったら「品」を身に付けたい・・という話など、どれも個性的で含蓄のある話であった。

その手仕事屋きち兵衛さんが「第二の国歌にしたい」と主張されていると言う唱歌「故郷」。この歌詞の解説も新鮮だった。
「兎追いし」とは、山の上から下に向かって兎を追うこと。「恙(つつが)なしや」とは、ツツガムシ病に罹っていなくて・・、「友がき」とは友が垣根のように結ばれている・・・、とか・・。
いつも必ずコンサートできち兵衛さんが歌う「故郷」を聴いてみよう。

<手仕事屋きち兵衛の「故郷」>

「故郷」
  作詞:高野辰之
  作曲:岡野貞一

兎追いし かの山
小鮒釣りし かの川
夢は今もめぐりて
忘れがたき ふるさと

如何にいます 父母
恙(つつが)無しや友垣
雨に風につけても
思い出ずる ふるさと

志を 果たして
いつの日にか 帰らん
山は青き ふるさと
水は清き ふるさと
忘れがたき ふるさと

(2009/10/24追加)
今朝の朝日新聞e1ページ「うたの旅人」に「これが日本の原風景だ」として唱歌「故郷」についての記事があった。曰く・・・
090629furusato 「・・・「故郷」に歌われた風景は。同じ長野県の永江村(現・中野市)だという。作詞した国文学者の高野辰之(1876~1947)が幼いころを過ごした土地だ。だから歌詞に山や川はあっても、海は出てこない。・・・長野駅でJR飯山線に乗りかえ、・・・替佐(かえさ)駅に着くと、「故郷」の旋律がホームを包んだ。車で15分ほど走った山中に、高野の生家がある。そこから5分歩くと「ふるさと橋」という橋に出る。北を見ると大平山(おおひらやま)と大持山(だいもちやま)がそびえる。「これが『かの山』です」と、高野辰之記念館の高野源・元館長(76)は断言した。
<兎追ひし>と歌詞にあるのは、この地方で大正時代まで2月下旬に行われた行事「兎追い」のことだ、と高野元館長。山のふもとに子どもが一列に並び、大声を上げて雪の山を登る。驚いて駆け上がるウサギを、待ち伏せていた猟師が撃つ。校庭で「ウサギ鍋」にして食べる。肉が手に入らない時代に。大切なたんぱく源となった。
橋のそばの真宝寺(しんほうじ)のわきに小川が流れる。斑川(はんがわ)だ。「これが『かの川』です」と高野元館長。幅3mほどの清流で、千曲川に注ぐ。・・・」(2009/10/24付「朝日新聞」より)

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コメント

私は、以前から日本の国歌は「故郷」が一番相応しいと考えていましたので、手仕事屋きち兵衛さんが同じような意見をお持ちと知って大変心強い思いです。若い人がこの歌を国歌として歌えば、自分の故郷に対する愛着、いわゆる、「ふるさと愛」が自然に芽生えるのではないか、との期待を持っています。

投稿: 三田村嘉夫 | 2009年6月28日 (日) 21:14

 私も、あきる野へ。今回もまた、とてもさわやかな気持ちで帰途に着いた。その晩は、気持ちが高揚してなかなか眠れなかった。

 きち兵衛さんは、何といろいろなことを深く考えている人なのだろう。(自分もきち兵衛さんと同じくらい人生を生きてきているのに、そんなに深く物事を考えたことがどれだけあっただろうか。)教えられることが多い。

 コンサートでは、聴衆の層を見て話題を変えて、いつも違う話をなさる。人々の気持ちをぐっと惹き込むように、冗談や笑いを取りながら・・・。しかしながら、彼の人生経験に根ざしたお話を、きち兵衛さん独特の話術で・・・、あの柔らかな耳障りのよい癒される声で、聴く者の心の中に染み込んで来る。
 (きち兵衛さんのコンサートを聞きに全国から松本の“ホテル玉の湯”に通うリピーターが多いというのも頷ける。)
 約2時間のコンサート。「いつの日にかあなたと」で始まり17曲の歌を歌われた。その合間のトークのなんと内容の豊富だったことか、その上、含蓄のある内容。
 「いつの日にかあなたと」は、ご自身の恋愛観を歌った曲。人はどんなときに恋に堕ちるか?それは相手の中に自分が帰るふるさとを見つけたとき、そして、相手の中にふるさとを作ってあげたいと思ったとき・・・と。きち兵衛さんの歌にはふるさとテーマにした曲が多い。それぞれの歌を聞くと、ふるさとに対する彼に考え方の素晴らしさが分かる。
 リクエストの曲のほか、季節に合わせて「雨」「梅雨明け」も歌われた。(「梅雨明け」は初めて聞く曲だった。)
 なぜ、勉強をするのか?勉強をしなければならないのか?きち兵衛さんも若い頃、親や師に問うても、誰もその答えを教えてくれなかった。ぼくはこう思うと!2つのことを。
① 頭の中に立派な図書館を作ること。作っておけば既成の答えでなく、自分で考えた答えが出てくる。
② 幸福になるための保険。チャンスが来たときすべての準備が整っている、これが勉強することで・・、一番大切なこと。
また、「青春」という語に込められた意味も。そして「青春への手紙」「風景」も歌われた。(「青春への手紙」も大好きな曲です。歌詞の中で年代にあわせて?“あれから19年”が“29年”と。)
 
 主催者の「みらい人」さんには、こういう方の生き方を応援しなければとみらい人(田中)さんの主旨に賛同して今回来たのだと。
 きち兵衛さん自身も障害者と何年か(職業訓練校)関わってきた。その点からも、障害者にもいろんな性格の人がいるが・・・、そこで分かったこと、腕をよくするより性質をよくすることだったら出来るじゃないか。親切を受けやすい障害者に何とかなってもらおうということを言ったらよく分かってもらえた。これは、健常者でも同じこと。
また、「優秀」という言葉にこめられた意味。
「福祉」いう言葉から、福の字の意味、祉の字の意味。そして福祉の本来の意味も。
福祉に携わる人は奥様が一番大変なのだと、田中さんの奥さんのために「涙嫌い」(来生たかお)の歌を歌って贈られた。そして地域の皆さんも奥さんを支えてくださいと。何ときめ細かな配慮か、人間性が垣間見える。
 そして「わすれ雪」をじっくりと歌われてお開きとなった。

 もちろん、途中で「故郷」含め3曲をきち兵衛さんと共にみんなで大合唱した。きち兵衛さんの歌を聞いていて歌うと、不思議と皆さんがきち兵衛さんのように歌おうとなさる。皆さんの合唱がとても美しかった。

* 「故郷」の“つつがなし”を広辞苑で見るより、「恙」を漢字源で見ると、「無恙」とは、つつが虫にやられないの意から、無事に日を過ごすこと。「楚辞」(楚の屈原《紀元前343-前277》の作品)から始まって、漢・六朝から、相手の安否を尋ねる手紙の常用語となる、と。きち兵衛さん、やっぱりスゴイ!(ちなみに、聖徳太子が「隋」に贈った親書にも「無恙」は出てくる。)

「みらい人」さん、本当によいときを作ってくださってありがとうございました。お店もスタッフの応対もとっても素敵でした。

エムズの片割れさん、コメント長くなってすみません。

投稿: ジャン | 2009年6月29日 (月) 13:49

「エムズの片割れ」さん、「ジャン」さん、わざわざ遠くからお越しいただきありがとうございました。おかげさまで、今までのコンサートにもまして、とても心に残るものになりました。お開き後も、多くのお客様からいろんな感動を伝えていただきました。主催者として、お客様の涙や笑いやすがすがしい想いをしていただけたことが何よりの喜びです。
叶うなら、1-2年後にまた知恵を絞って企画したいと願っています。
今回の機会をいただけたこと、ご協力していただいたこと、心から感謝いたします。

投稿: みらい人 | 2009年6月29日 (月) 17:44

みらい人 さん

次の機会を楽しみにしています。出来るだけ多くの人に耳に届くように・・・

投稿: エムズの片割れ | 2009年7月 4日 (土) 21:43

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