« 全盲のピアニスト辻井伸行さんを讃える「天声人語」 | トップページ | 映画「阿弥陀堂だより」のテーマ »

2009年6月11日 (木)

山一證券社員の“その後”~会社廃業に思う

NHKの「アレ今どうなった?『山一証券廃業』」 (2009/6/7深夜放送)を見た。
12年前の1997年11月24日、100年続いた山一證券は自主廃業を発表した。この番組では、廃業で路頭に迷った社員のうち3人の“その後”を追っていた。

1)当時37歳の男性は失業保険で食いつなぎ、外資系の損保会社に入ったが、証券会社同様のノルマ達成ありきの体質について行けずに退社。46歳で社会保険労務士の資格を得て、現在は年金や保険の相談にのる仕事に就いているという。

2)当時34歳の女性は、一般職で山一證券に入社したため、本流から外れた窓口業務だった。しかしその後入社した(山一の営業網を受け継いだ)メリルリンチに男女の違いは無く、実力だけが評価される世界。そこでの活躍で、報酬は(前年の業績を報酬に反映されるため)2倍以上になった。その後42歳で個人事務所を設立し、現在は株式投資のコンサルタントをしているという。その人は言う。「(山一の廃業は)ひと言で言うとチャンスだったな、と思っています。何かの終わりっていうのは次の何かの始まりなんだっていうことをすごく実感しました。」

3)ロンドンで廃業を知った31歳の男性は、この日を境に仕事とは何かを考え始めたという。そしてメリルリンチに入社したが、次々にヘッドハンティングされ、それに伴って収入は増えたが、何年か経ったとき椎間板ヘルニアを発症。それをキッカケに“何か始めるには今しかない”と思って、妻の反対を押し切ってイタリア料理店を開業。「山一がつぶれたせいで仕事って何かな、人生って何かなっていうのを考える時間が持てた」という。

普通のサラリーマンは、日常“自分の会社が潰れる”という事態をどの程度意識しているだろう。大会社の社員はほとんど意識していない。だから山一の時、世間はビックリした。

未だに思い出すのは、山一の野澤社長の、自主廃業を発表する記者会見だ。今や“伝説的記者会見”と評される会見だが、泣きながら発したその言葉の意味は重い・・・・。
「7500人の社員と家族のことを思えば、私は耐えられません。」「みんな私たち(経営陣)が悪いんであって、社員は悪くありませんから!  どうか1人でも多くの再就職先が見つかるように応援してやってください。優秀な社員がたくさんいます。お願いします。私達が悪いんです。・・・」
負債も社員も、何もかも放って夜逃げをする社長もいる中で、この会見は、何よりもトップのスタンスが「社員の目線」であるという事に救われる。

今朝(2009/6/11)の日経「大機小機」に「株主による企業統治を疑う」という記事があった。
「株主総会の季節が近づいてきた。・・・この季節になると、なぜ上場会社の株主にこれほどまでに大きな権限が与えられているのだろうか・・・」という疑問が投げ掛けられていた。そして「・・・特に日本では、会社と従業員は終身雇用という書かれざる契約をしている。取引先とも長期で継続的な取引の慣行がある。これらの利害関係集団にも企業統治の権限を与えても良い。・・・」とも・・。
しかし「会社は株主のもの」という議論の一方で、社長はトップとして絶対的な権限を持つ。そして言うまでも無く権限と責任とは表裏一体。・・・にも拘らず、権限だけ行使して責任を回避する経営幹部が如何に多いか・・・・

世は大不況の真っ只中。当然、会社が行き詰るケースもある。ただその時に、経営トップは、先の野澤社長のように、株主よりも“従業員の目線”で全てを捉え判断して欲しいものだ。つまり、“株主の最大利益”の視点でなく“社員の最大利益”の視点で・・・。
最近、良く“良い意味での話題”になる野澤社長の記者会見ではある。


« 全盲のピアニスト辻井伸行さんを讃える「天声人語」 | トップページ | 映画「阿弥陀堂だより」のテーマ »

コメント

経済恐慌前夜の様相からGM破綻まで、企業の在り方・働くことの意味を誰もが考えた、世界同時不況は転換するのであろうか。わたしもこの1年余り、日本の文化を考えていました。立ち止まって考えることの大切さに、思いはせることができました。

投稿: 中川輝光 | 2009年6月12日 (金) 20:44

『社会福利労務士』という資格があるのでしょうか?

投稿: | 2009年6月12日 (金) 23:00

中川さん

何があっても会社を潰してはダメですね。最近特にそう思います。

=====
『社会福利労務士』⇒『社会保険労務士』の間違いでした。スミマセン・・・

投稿: エムズの片割れ | 2009年6月12日 (金) 23:47

会社はつぶれていませんが‥
54歳で解雇されますとねぇ、休まず一生懸命働いたつもりですが、車は売れないし仕方ないと分かっていても、なかなか仕事がないですねぇ、
ハローワークに紹介状をもらいに行っても、パソコン操作が必要ですよ、などと言われるるし、相手先に電話を掛けるのを聞いていても「54歳の女性なんですが(だめですよねぇ)」と言うような話し方で、滅入ってしまいます。
自分で問い合わせた方がいいかなと思うけど、ハローワークを介してでないと補助金が出ないらしい‥

投稿: 無印 | 2009年6月13日 (土) 21:33

無印さん

いやいや良く分かります。大きな声では言えませんが、男も還暦を過ぎた我々は「ハローワークに行っても何も無さそう・・」と、いつもそんな話をしています。
一般ピープルのサラリーマンは、野に下ると(肩書きが取れて世間に放り出されると)、何の力も無い事が身に滲みて実感させられます。そんでどうしよう・・・。やはり「縁」を頼るしかなさそう・・・

投稿: エムズの片割れ | 2009年6月13日 (土) 21:52

 初めまして。
偶然、訪れましたが、興味深い記事が多く、
あちらこちら、読みふけっていました。

 この記事では、心臓がビクンとなりました。

>ロンドンで廃業を知った31歳の男性

 当人かどうかはわかりません。
しかし、私の友人も当時、同年代でロンドンにいたはずです。

 というのは、その後、彼の行方がわからないのです。それどころか、10年ほど前に、偶然、山一にいた、というご夫妻と知り合いになり、私の友人の行方を尋ねました。

 すると、死亡したらしい、という答えがあったのです。他のツテでは、日本に帰ってきていた、という話もあり、いまだ不明です。

 彼も、若くして海外勤務をしていた程の能力の持ち主でしたから、廃業当時は、すぐに外資にハントされた、という話もあったので、もし、この話が彼で、今でもどこかで元気にやっていてくれるなら、嬉しいな、と思いました。

【エムズの片割れより】
コメントありがとうございます。サラリーマンに取って、特に大企業のサラリーマンは会社が全て。だから急に行く場所が無くなったら、想定外でパニック・・・。
今では想定内になったのかも知れませんが、当時は“大事件”でしたね。倒産は不幸以外の何ものでもありませんね。

投稿: elinor-marianne | 2011年1月22日 (土) 12:43

はじめまして

わーーー懐かしいなぁ・・
私は元山一證券のある支店に勤務していました
忘れもしない、2009年の11月
その年の第発会のとき、今年で山一も100年だね、100年目で潰れたら笑えないよね~って言ってたことが事実となって自分に返ってきました 
まさか・・・山一が破綻?!本当にショックでしたね~いつものように朝のNHKニュースで
山一證券自主廃業・・・え?!
あの時のショックは未だにわすれられません
でも、今でも心から大好きな山一證券です

【エムズの片割れより】
そうですか・・・。当事者でしたか・・・
今回の東電を初め、どんな会社でも、「潰れない」とは誰も言えませんね・・・。
でも“懐かしい”と言える現在の境遇、良かったですね。

投稿: | 2011年12月28日 (水) 02:42

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 全盲のピアニスト辻井伸行さんを讃える「天声人語」 | トップページ | 映画「阿弥陀堂だより」のテーマ »