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2009年6月の22件の記事

2009年6月29日 (月)

「感謝」ということ・・・・・

最近、“感謝”という言葉が頭に良く浮かぶ。「何に対して?」→「大いなるものに対して・・・!?」

昔、子供の頃、10年以上前に亡くなった親父から、「お前は感謝が足りない。感謝の念が無ければ人間は何が出来てもダメだ」と、それこそ何百回、何千回、何万回と言われ続けていた。しかしヘソが曲がっていた自分は、言われる度に反抗し、「感謝」とは逆の行動を取ったものだった。
しかしトシを取るというのは良いもので、段々と体の力が抜けて行く。“力み”が抜けて行く。そして自然体になり、“大いなるもの”への感謝の気持ちが出てくる。
大いなるものとは何か?それは人智が及ばないもの・・・。それは神さまかも知れないし、観音さまかも知れないし、または仏さまかも知れない。それらの“何か”に対して、最近、なぜか感謝したくなる・・・。

あまり細かくは書けないが、この6月末で自分のサラリーマン生活も2度目の大きな節目を迎える。これは明らかに“人の力”の支援の賜物。でも細かい点で、“何か”がサポートしてくれているような気がしてならない・・・・。だから何となく“大いなるもの”に感謝したくなるのである。
具体的には何かって?(ツマラナイ話だと思うだろうが)例えばパソコン。最近、体の応用が効かなくなったせいか、パソコンのキーボードと体との相性(腱鞘炎?)で、散々振り回された事があった。(ここ

それ以来、パソコンは会社で使い慣れた“dynabook Satellite K11/K16”シリーズでないとダメ、と思い込んでいる。これは理屈ではない・・・・。3年も前のXPマシンにこだわっている自分もヘンだが、これは実体験を積み重ねた結果なので仕方がない。でも、会社で愛用しているこのK16機と分かれる日(6月末)が近くなってきた。そして焦った・・。別れなければ・・・・。先日、フトNetで検索してみると、何と中古のK11が売りに出ている! そして手に入ったのだ。半年前の自宅用と今回の会社用の、2つのK11が手に入った・・・・。これは、自分としては“大いなるものの為せるワザ”と思わないワケにはいかないのである。(まあ細かくはK16とタッチが違う気がするが、気のせいだろう・・・)

昼休みの散歩で良く行った高野山東京別院。これも最後である。今日は天気も良かったので、弘法大師や観音さまに般若心経を唱えてきた。お世話になりました・・・、と。そして、朝食の常連だった新橋駅構内のパン屋や、行き帰りの駅のトイレにも・・・・。

こんなに素直になった自分・・。もし、あの世から現世を眺める事が出来たら、さぞ親父がビックリしている事だろう・・・。
でも腑に落ちないのが、カミさんがいつも「あなたは“性格が悪い”と言われていたでしょう!」と未だに言うこと・・・。「アア、昔から親父がいつも“お前は性格が悪い”言っていたよ・・」と応えるのだが、(もう半世紀以上も経っているのに、)親父の「お前は心掛けが悪い」「お前は感謝が足りない」という言葉が頭から離れないので、カミさんの言を否定できない。待てよ?これは今なら立派な「幼児虐待」ではないか?
でもまあ昔の事なので許してやるか・・・?
7月からの再スタートを前に、感謝を知り、少しだけ大人になった気分の自分ではある。(←カミさんは認めてないけど・・・)

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2009年6月28日 (日)

映画「学校Ⅲ」を観る~大企業の肩書きが取れたとき・・

DVDレコーダの整理をしていて、1ヶ月ほど前にNHKhiで放送された山田洋次の映画「学校Ⅲ」をつい観てしまった・・・。内容に何か共感したので・・・
この映画は1998年の映画なので、もう10年以上前の映画だ。しかし内容は現在置かれている状況と同じ・・・。

大竹しのぶ扮する小島紗和子は不況で中小企業の事務員を解雇されてしまう。息子は小児自閉症で、夫は10年前に過労死。一方、小林稔侍扮する大手証券会社の部長だった高野周吉も、50歳以上全員対象のリストラで辞職。そしてボイラー技師の資格取得のための職業訓練校で一緒になる・・・。その教室の仲間の友情と、それぞれ事情を持った高年齢者の再出発の姿を描いている映画。(ストーリーの詳細はここ

何とも身につまされた内容・・・・。大企業の部長だった高野は、自分の境遇を受け入れることが出来ず、知人を頼って就職活動をするが、誰も相手にしてくれない現状に絶望・・・。そしてやっと現状肯定(認識)が出来た時に、前向きに進む決心をして禁酒して勉強を始める・・・。
笑い話に、ハローワークで「あなたは何が出来ますか?」という質問に「私は部長が出来ます」という話がある。大企業であればあるほど、相手はその“肩書き”に対して付き合っている、という事実を忘れがち・・・。よって国会議員ではないが、“肩書きが取れたら(選挙で落ちたら)タダの人”なのである。その状況を理解できない「元大企業の戦士」を実にうまく描いていた。

世の中、“派遣切り”を代表に、失業者があふれている。特に高年齢者の就職は、論ずる前に年齢だけで失格、という状況は変っていない。
自分は昔から、「インプット(自分に掛かる給料などの費用)よりもアウトプット(会社にとっての儲け)が多ければ、その人の存在は“利用価値(=存在価値)”があるので、辞めさせられないはず」という“原理”を信じていたが、会社の方針(派遣切り等)や状況(倒産など)の下では無意味・・・。

サラリーマンは必ず「定年」という大転換を余儀なくされる。その時にどうするか・・・・。一番の問題は、自分が考えている自分の“利用価値”と、世間が自分を評価する“利用価値”とは大きな違いがあるという事。
そんな状況を、この映画では、昔の部下・知人・同窓生に就職の斡旋を頼んで冷たくあしらわれる小林稔侍の姿で描いており、他人事とは思えない哀しい感慨を覚えた。
肩書きで仕事をするのが当たり前の企業戦士。その肩書きが取れたときはどうするのか・・・? 本来の自分に戻って考えておく事は、遅過ぎることはあっても早過ぎることはない。まあ、そんなことを教えてくれた映画であった。
何か切ない、でも結局は、“現状を受け入れて頑張るしかない”という元気をくれる映画ではある。

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2009年6月27日 (土)

手仕事屋きち兵衛さんのコンサートに行く~唱歌「故郷」

「みらい人(ここ)」さんの企画による手仕事屋きち兵衛さんのコンサートが昨夜(2009/6/26)、多摩(あきる野市)で開かれ、カミさんと一緒に聴きに行ってきた。初めてのきち兵衛さんナマ演奏とトーク・・・。なるほど・・・・(後の2枚の写真はみらい人さん撮影)

P10505341 場所はベーカリーカフェと謳っている通り、自家製パン売り場の隣の喫茶ルーム。かなり広い。席は満席・・。ステージにスポットライトがあたり、みらい人さんの紹介に続いてきち兵衛さんが登場・・・・。休憩なしの1時間半の予定が、たっぷりと2時間のコンサートになった。“あの声”と、柔らかいギターの音色・・・。(写真はクリックで拡大)

090626tesigotoya1 良く知っている曲ばかりを歌ってくれる・・・。やはりCDとは違う・・・。“人間”が伝わってくる。そしてトークを聞きながら思った。この人は真の「哲学者」だな~。
きち兵衛さんに限らず、中島みゆきも小椋佳も、そしてさだまさしも、シンガーソングライターは、皆、何らかの哲学者だ。つまり、五木寛之が良く言う(与えられた曲を歌いこなす)いわゆる“歌い手さん”とは違い、自分の生き方や哲学を歌(音楽)にして表現している。
090626tesigotoya きち兵衛さんもまったくその通り。トークもさすが・・・・。話の内容が自分の人生哲学に根差しているため、聞いていて説得力がある。と同時に、話は冗談っぽいが、人としての信念が伝わってくる。曰く・・・
「子供たちから“勉強はなぜするのか?”と問われたら、いつも2つのことを言っている。一つ目は頭の中に自分の図書館を作ること。二つ目は幸福になるために保険を掛けること。普通保険は悪いことが起きた時のために掛けるが、勉強は良いことが起きる時のために掛ける。せっかくのチャンスを確実に幸福の方向に持って行くために・・・」
「女性はなぜ長生きする? それは子育てをするので、それに費やす7~8年間を、神さまが(亭主が死んだ後に?)ちゃんとプラスしてくれている・・・・」

前にニッポン放送「テレホン人生相談」にも出ていたというが、それも納得が出来る。エッセイ集「一匹ぽっちのコオロギ(ここ)」を読んでも分かるが、今回の曲間の「講演(=トーク)」だけでも聞いた価値があった。「福祉」の字に秘めた意味・・・。トシを取ったら「品」を身に付けたい・・という話など、どれも個性的で含蓄のある話であった。

その手仕事屋きち兵衛さんが「第二の国歌にしたい」と主張されていると言う唱歌「故郷」。この歌詞の解説も新鮮だった。
「兎追いし」とは、山の上から下に向かって兎を追うこと。「恙(つつが)なしや」とは、ツツガムシ病に罹っていなくて・・、「友がき」とは友が垣根のように結ばれている・・・、とか・・。
いつも必ずコンサートできち兵衛さんが歌う「故郷」を聴いてみよう。

<手仕事屋きち兵衛の「故郷」>

「故郷」
  作詞:高野辰之
  作曲:岡野貞一

兎追いし かの山
小鮒釣りし かの川
夢は今もめぐりて
忘れがたき ふるさと

如何にいます 父母
恙(つつが)無しや友垣
雨に風につけても
思い出ずる ふるさと

志を 果たして
いつの日にか 帰らん
山は青き ふるさと
水は清き ふるさと
忘れがたき ふるさと

(2009/10/24追加)
今朝の朝日新聞e1ページ「うたの旅人」に「これが日本の原風景だ」として唱歌「故郷」についての記事があった。曰く・・・
090629furusato 「・・・「故郷」に歌われた風景は。同じ長野県の永江村(現・中野市)だという。作詞した国文学者の高野辰之(1876~1947)が幼いころを過ごした土地だ。だから歌詞に山や川はあっても、海は出てこない。・・・長野駅でJR飯山線に乗りかえ、・・・替佐(かえさ)駅に着くと、「故郷」の旋律がホームを包んだ。車で15分ほど走った山中に、高野の生家がある。そこから5分歩くと「ふるさと橋」という橋に出る。北を見ると大平山(おおひらやま)と大持山(だいもちやま)がそびえる。「これが『かの山』です」と、高野辰之記念館の高野源・元館長(76)は断言した。
<兎追ひし>と歌詞にあるのは、この地方で大正時代まで2月下旬に行われた行事「兎追い」のことだ、と高野元館長。山のふもとに子どもが一列に並び、大声を上げて雪の山を登る。驚いて駆け上がるウサギを、待ち伏せていた猟師が撃つ。校庭で「ウサギ鍋」にして食べる。肉が手に入らない時代に。大切なたんぱく源となった。
橋のそばの真宝寺(しんほうじ)のわきに小川が流れる。斑川(はんがわ)だ。「これが『かの川』です」と高野元館長。幅3mほどの清流で、千曲川に注ぐ。・・・」(2009/10/24付「朝日新聞」より)

(関連記事)
手仕事屋きち兵衛の「ねがい星」~6/26多摩でコンサート!

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2009年6月25日 (木)

「ガンが無くなったら何歳まで生きる?」

雑誌「大法輪」の今月号(2009年7月号 ここ)は、仏教の歴史を特集しており、仏教の頭の整理に有用だったが、それとは別に、「医は仏道~ガンと寿命(浜松医大名誉教授 高田明和」という記事があった。そこに、“ガンや心臓病が無くなったら何歳まで生きられるか?”という問いがあった・・・・
答えは、ガンが無くなったら+3歳、心臓病が無くなったら+3.5歳、そしてガンと心臓病と糖尿病が全て無くなったら+15歳だという。曰く・・・

「・・・次ページの図(クリックで拡大)は、1990年台の米国の推計のデータです。当時米国の男性は50歳まImage02811 で生きれば、あと25年くらい生きるという状態でした。そこでガンが完全に治ると、50歳まで生きてきた人は平均して何歳まで生きるでしょうか。実は男性の場合には78歳で、女性では83歳まで生きるにすぎないのです。つまりガンが完全に治っても、80歳前後ではかならず他の病気で死ぬのです。
では、他の病気が治ったらどうだろうかと思われるかもしれません。他の病気とは糖尿病、心臓病(心筋梗塞)などです。ガンと心臓病がすべて治った時には、寿命は何歳になるでしょうか。男性の場合には83歳になります。さらにガン、心臓病、糖尿病のすべてが治っても、平均の寿命は91歳になるに過ぎません。
つまり、これらのような生活習慣病の代表のような病気がすべて治っても、人は男女ともに平均して100歳以上の寿命を保つことはできないのです。
要するに、これらの病気が治っても、人は何かの病気、事故で亡くなるのです。決して永遠に生きられるのではないのです。このことを理解することは、ガンの意味を知る上で非常に大事なのです。

私たちはいつか死を迎えます。皆それは知っているのです。ところが、「いつか」だと思っているので、気楽にしていられるのです。
ところがガンは「かならず死ぬ」ということを知らしめさせるので人は怖がるのです。本当はガンでなくてもかならず死ぬのに、その期限を示される、自覚させられるのが嫌なのです。
・・・・
つまり人はかならず死ぬのですが、その日を知らなければ、幸せに生きられるのです。そして普通は知らないで生きているのですが、ガンを告知されるというのは、このことを無理に意識させられると多くの人は思っているのです。それが私たちを恐れさせるのです。
・・・・
ガンについては、ガンで死ななくても人はいつかは死ぬということを知らされたに過ぎないのだと思い、真剣に生死の問題を考えて、意味のある人生を送るようにすることが大事なのです。
じつは、あらゆる宗教の存在意義は死をどのように見るかということです。とくに仏教ではそうです、道元禅師は「生を明らめ、死を明らめるは仏家の一大事の因縁なり」と言われ、これこそが仏の道を学ぶ上でもっとも大事なことだといわれています。ガンはこのことを考えるよい機会ではないでしょうか。」(「大法輪」09/7月号P210~212より)

この話は自分にとって、実に説得力のある視点だった。そう・・・、「人はかならず死ぬのですが、その日を知らなければ、幸せに生きられる」のだ。
この記事でも言っているが、確かにガンは普通の病気になり、昔のように“来年は必ず死ぬ”という病気ではなくなった。だから医師は告知をする・・・・?
でも気の弱い自分に告知は不要なのだ・・・。自分がガンっぽくなったら、“絶対に告知をしない医者”を探して、そこに行くことにしようかな・・・

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2009年6月24日 (水)

「お葬式は なぜ高い?」

先日録画してあったTV番組「ルビコンの決断:お葬式は なぜ高い?~格安でお坊さん派遣します~」を見た。(2009年6月11日テレビ東京~これ
この番組は「おぼうさんどっとこむ」の成り立ちの内容だったが、葬儀に関する色々と面白いデータが示されていたので、ついメモしてしまった。

「お布施(葬儀時の読経と戒名費)」の相場~平均55万円(番組では500万円のお布施を要求され、払えないので葬儀社の用意したテープの読経で葬儀をしたという例を挙げていたが・・・)

「葬儀の3大費用」~葬儀費 136万円、寺院(お布施)55万円、飲食接待費 40万円/計231万円(全国平均~日本消費者協会2007年版)

「戒名」の相場
 「□□信女(信士)」        10~20万円
 「△△□□大姉(居士)」     30~50万円
 「○○院△△□□大姉(居士)」 50万円~
  (戒名の金額は宗派等によって異なる)

「宗教に一世帯で1年間に幾ら使っている?」~日本人の宗教費(1世帯・年間)は総支出の1.6%(約5万円)~総務省全国家計調査(2008年版)
 ⇒キリスト教~年収の5%~10%を教会に寄付するのが普通
  イスラム教~所有する現金の2.5%(所有する現金や金銀・家畜などの一定割合を捧げる事が義務)

「お寺の数」~お寺は全国に約78,000寺あり、コンビニが約5万店舗、小中高校が約4万校に比べて多い。

「お寺の年収」~平均565万円(曹洞宗の場合)
曹洞宗は全国に約14,000寺あるが、その45%は年収300万円以下。よって、お寺が持っている土地を利用して、学校や幼稚園・駐車場などの別収入を得て何とかやっているのが現実。

このデータはなかなか興味深い・・・。確かに普通の感覚からすると葬儀費用は高い。しかし映画「おくりびと」のように、葬儀社の仕事は普通の人が簡単に出来る仕事でもないし、“待ち”の仕事でもある。お寺さんも、確かに専業では定収入はあまり望めない。だから“チャンス”で“稼ぐ?”しかないのかも・・・
とは言っても、現代は“市民感覚で捉える”しかない時代・・・。無宗教者(否、多神教者?)が多い今の日本人・・・。既成の仏教界は、現代的なこの“お坊さん派遣業”に対して、どう対応するのか?
それはお寺さんが本来の姿、つまり生きている人に、如何に生きるべきかを導く存在に立ち返り、現代人がそれに耳を傾けるような形が出来なければならないのでは??
自分も、色々と仏教の本は読んでいるものの、お寺さんと深い付き合いをしたいという気にはならない。これも我々一般市民にとって、お寺がまだまだ魅力的な、無くてはならない存在になっていない証拠なのかも・・・・

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2009年6月23日 (火)

裁判の傍聴記

先日、初めてホンモノの裁判を傍聴した。(参考:ここ
テレビ番組では良く見る裁判の風景。でもたぶんほとんどの人はホンモノの裁判を見たことは無いだろう。なぜって、裁判の当事者になって証言台に立つチャンス(?)はほとんど無いから・・・。
前から一度ホンモノを見たいと思っていた。それがひょんな事から実現した。場所は東京地裁。道路交通法違反事件。つまり“酒気帯び運転”である。

地下鉄霞ヶ関駅で降りて東京地裁へ。入り口で手荷物検査。空港の手荷物検査と同じ設備。カバンをトレーに乗せてX線検査。そして金属探知機のゲートをくぐる。検査の人との会話はひと言。「携帯電話は?」「カバンの中です」・・。財布も腕時計もベルトもそのままだったが、金属探知機は作動せず、そのままOK。空港と違って大分ゆるいらしい。まあ前はフリーだったというし、「録音機・カメラは持ち込めない」といっても、携帯電話を全て預かるわけにも行かないのだろう・・・。

5分前にそうっと傍聴人入り口から目指す法廷に入る。何やら弁護人と検察官が打合せをしている・・・。正面に裁判長席、その一段下に書記官、左手に検察官と事務官、右手に弁護人。傍聴席は20席で、被告人と証人のその妻がいた。本当の傍聴人は自分の他に1人。後で3人位入ってきた。
シーンとした法廷。空調機の風の音だけが聞こえる。定刻を2分位過ぎて裁判官が入ってきた。そして事務官の号令で起立・礼。裁判官の「お待たせしました。これから・・・の審理を始めます」でスタート。
被告人を証言台に立たせて、①「人定質問」~住所氏名等の確認。本籍も正しく言えないといけない。裁判官が親切に証人が言うべき段取りを細かく教えてくれるので、分かり易い。
②「検察官の起訴状朗読」~起訴事実を読み上げる。この事件は、1年前に酒気帯び運転で30万円の罰金を受けているのに、また同じ酒気帯びで捕まったため、今回は略式ではなく正式裁判になった、という。でも正直、検察官の棒読みにはビックリ。確かにつまらない事件かもしれないが、“告発するぞ”というの迫力が無く、あまりに淡々とした口調。副検事さんが慣れ過ぎでは・・・?
③「黙秘権の告知」~裁判官が、“言いたくなければ言わなくて良い。黙っていても良い。しかし言ったことは全て証拠となるので注意して発言するよう”告知する。実にはっきりした口調で言う。さすがプロ・・・。(裁判官は会議の司会役だな・・・)
④「被告人の罪状認否」~被告人が「検察官の言った通りだ」と答える。
⑤「弁護人の罪状認否」~弁護人も争わないと答える。
⑥「検察官の立証」~調書の要旨の朗読。これも迫力が今ひとつ・・・。アルコール量のデータや、警察での取調べの調書が証拠として出されているらしい・・・
⑦「弁護人の立証」~“情状証人の尋問”。傍聴席から被告の奥さんが呼ばれて証人台に。そして「ウソは言わない」旨の宣誓。そして弁護人の質問に答える形でのQ&A。これは事前に練習していたらしく、検察官・裁判官が聞きたいであろう質問も含めて整理して明確に質問し、答えていた。そして“被告人質問”。おなじ形で弁護人とのQ&A。これも練習通り? まあ事件が酒気帯び運転なので、争うよりも、刑務所に行かない為に、執行猶予が付くかが問題らしかった。
⑧「検察官の論告・求刑」~再犯の恐れがあるとして5ヶ月の求刑。
⑨「弁護人の弁論」~早口で、本人は反省しており、妻の証人通り普段は真面目な人間なので、寛大なる判決を・・・・と。これもその場で事務官が、弁護人からの書面を検察官・裁判官に配布しており、それを読むので、だらだら読むことは無く、早口で読んでいた。
⑩「結審」~最後に、裁判官がかなり具体的に被告人に対して諭していた。酒を飲んで運転する事の怖さ。それで刑が重くなっていること・・・・等々。犯した罪に対する被告人への言葉。これ程までに親身になって諭すとは、裁判官は大変だ・・・
そして次回に判決を言い渡すとして、次回の日時の確認をして終結。

全部で40分位・・・。これが裁判か・・と、初体験。たかが酒気帯び運転と言うなかれ。2回目はこうなる。そして、この裁判がうまく行かなければ実刑で刑務所行き・・・。まあ今回はたぶん執行猶予が付くだろうとのこと。でもその期間中に再再犯だと・・・、即刑務所だな・・・・

この5月21日から裁判員制度が始まった。我々も、いつその場に身を置くか分からない。今回は、別にそれを想定して行ったわけではないが、“社会勉強”として一生に一度くらい裁判所の雰囲気に触れることも悪くはないだろう・・・と思って行ったわけ。
本当に裁判はオープン。傍聴が趣味の人も居るらしい。確かに人生のヒダは分かる・・。
それと、少なくても自分は酒を飲んでの運転は絶対にしないと思う。このような場に出る位なら、何があっても飲んだら運転しない・・。まあ、そう思ったことも、今回傍聴の“成果”かも・・・・(追:地下の食堂は安いらしい。今回は見学だけだったが、次回は地下食堂で食べようかな・・・)

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2009年6月21日 (日)

中村元の「阿弥陀経」(8/10)

この連続記事は、1985年4月から9月まで、NHKラジオ第二放送で行われた全26回の連続講義「こころをよむ/仏典」 (CDはこれ)の「第19回 極楽国土を欣求する-阿弥陀経」の部分を、『中村先生の声』と『読み下し文』、そして『中村先生の説明』を、この放送を活字化した、前田専学先生監修の「仏典をよむ4 大乗の教え(下)」(これ)を元に味わっていくもので今日はその第8回目、この回からは、念仏による浄土往生が勧められる。

<こころをよむ/仏典「阿弥陀経」~その8

しゃりほつ しゅじょうもんしゃ おうとうほつがん がんしょうひこく しょいしゃが とくよにょぜ 
舎利弗 衆生聞者 応当発願 願生彼国 所以者何 得与如是
しょじょうぜんにん くえいッしょ しゃりほつ ふかいしょうぜんごん ふくとくいんねん 
諸上善人 倶会一処 舎利弗 不可以少善根 福徳因縁

とくしょうひこく しゃりほつ にゃくうぜんなんし ぜんにょにん もんせつあみだぶつ しょうじみょうごう 
得生彼国 舎利弗 若有善男子 善女人 聞説阿弥陀仏 執持名号
にゃくいちにち にゃくににち にゃくさんにち にゃくしにち にゃくごにち にゃくろくにち にゃくしちにち 
若一日 若二日 若三日 若四日 若五日 若六日 若七日
いっしんふらん ごにんりんみょうしゅうじ あみだぶつ よしょしょうじゅ げんざいごぜん 
一心不乱 其人臨命終時 阿弥陀仏 与諸聖衆 現在其前

ぜにんじゅうじ しんぷてんどう そくとくおうじょう あみだぶつ ごくらッこくど 
是人終時 心不顛倒 即得往生 阿弥陀仏 極楽国土

「念仏往生のすすめ」
次に念仏による。浄土往生をすすめます。
「舎利弗よ、衆生にして[極楽国土および阿弥陀仏の聖衆(しょうじゅ)のことを]聞かん者、まさに願(がん)を発(おこ)して、かの国に生まれんと願うべし。所以(ゆえ)はいかに。かくのごときのもろもろの上善人(じょうぜんにん)とともに、一処(いっしょ)に会うことをうればなり。舎利弗よ、少なる善根(ぜんごん)・福徳(ふくとく)の因縁を持って、かの国に生まるることをうべからず。
舎利弗よ、もし善男子・善女人(ぜんにょにん)ありて、阿弥陀仏[の名号]を説くことを聞き、名号を執持(しゅうじ)せんに、もしは1日、もしは2日、もしは3日、もしは4日、もしは5日、もしは6日、もしは7日[の間]、一心不乱ならば、その人命(いのち)終る時に臨んで、阿弥陀仏、もろもろの聖衆とともに、現じてその前に在(ましま)さん。この人[命]終る時、心、顛倒(てんどう)せず。[命終るや]すなわち阿弥陀仏の極楽国土に往生することをえん。」

この極楽国土およびそこにいる阿弥陀さまや聖衆(しょうじゅ)の方々のことを聞くならば、願いを発(おこ)してあの国に生まれようと願うべきである。なぜか。ああ、極楽国土に生まれたいなと思うと、こういうすぐれた方々と「一処」、同じところで会うことができるからである。これはまことにありがたいことであって、わずかの「善根(ぜんごん)・福徳」、つまり功徳を積んだからといって、なかなかすぐに生まれることはできないはずである。けれども、もし「善男子」または「善女人(ぜんにょにん)」、これは信仰を持っている人々のことですが、その人々が阿弥陀さまの「名号」、名前を聞いて、1日でも2日でも3日でも4日でも5日でも6日でも、あるいは7日でも一心不乱に心に思っているならば、その人の臨終のときに、阿弥陀さまはもろもろの「聖衆」、清らかな方々とともにその前においでくださる。この人は命の終るときには、心が「顛倒」することがない、つまり煩悩などのため、誤った見方をすることがない。純なる信仰を保って命が終わってから、阿弥陀さまの極楽国土に行って生まれることができるのである。

「阿弥陀経」を知ったならば、極楽往生を願うべき。なぜなら極楽で、善き人々と会うことになるから・・・。
倶会一処(くえいっしょ)=ともに一つ処(ところ)で出会うこと」という思想は浄土系の宗教意識を高める上で大きな力があった。真宗では、念仏の信仰に生きる人は、この世のいのちが終わるとただちに浄土に生まれるとする。
しかし、少しばかりの善行では浄土には行けない。それこそ「一心不乱」に阿弥陀仏の名号を心に思っているならば、その人が亡くなるときに阿弥陀仏が迎えに来てくれる。

「さらに、阿弥陀仏の名号をつねに執持(しゅうじ)している人は、お迎えが来るとき、つまり命の終わるとき「死にたくない」とか「死ぬのがいやだ」などといって、心が顛倒することがありません。何となれば、阿弥陀仏の極楽浄土に生まれることが確定しているからです。」(参考:「あなただけの阿弥陀経」)

まさに「あの世(極楽浄土)」で、先に逝った人たちに会えるという教えが説かれている。

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2009年6月20日 (土)

映画「永遠のこどもたち」を観る

新聞で読んで、前から観たいと思っていた映画「永遠のこどもたち」をDVDを借りて観た(これ)。子供たちが壁に埋められて・・というスジは覚えていたが、まさか本格的なホラー映画とは知らずに借りてしまった。だから最初を見た途端に後悔・・・・
だいたい自分は怖い映画は大嫌い。昔子供の頃、夏になるとお岩さんの「四谷怪談」をよく映画館でやっていた。でも決して見に行かなかった。だからホラーの怖い映画も大の苦手。それなのに借りてしまった・・・。途中3回も、もう止めようとDVDを外してケースに戻した。でも“有名”だから、意を決して最後まで観た。(←自分はやはりミーハーなのだ・・・)

090620eiennokodomotati 観終わってみると、確かにホラーではあるが、描かれていたのは母と子の絆・・・。出てくる“老婆”もまた母と子の愛が根底。
ストーリーは、孤児院で育った母親が、同じような障害者のための施設を開くため、その屋敷を買い取り住み始める。しかし養子の子供は命が限られている。それだけに霊に対しての感度が高く、見えない子供たちと友達になって行く。そして、施設のスタートの日に息子が消える・・・。それから息子を探す日々が始まって・・・・

最後に、前半の色々な伏線が明らかになるが、それにしても母は強い。父親は耐えられなくなり家を出て行くが、母親は子を探すために「怖くない」と宣言する。そして一人で息子を探す出す。
数々の賞を取った作品らしいが、なるほどと思う。映像の素晴らしさ、主役の素晴らしさ、そして脚本の素晴らしさ・・・・。

ホラー嫌いの自分は、この作品はホラー以外の手段では表現が出来なかったのか?などと意味の無い事をつい考えてしまう。でもやはり無理か・・・・
この作品は、「四谷怪談」のように怖さを売る映画ではない。霊というスピリチュアルな手段を使って、人生でやり残したことの清算、または(霊から)自分にだけ期待されていることの実現をしているのか・・・

ともあれ、“怖い映画だ”と、もう少し認識していたら観なかった映画だが、せっかくなのでスピリチュアル好きなカミさんに見せてから返すことにしよう。
ホラー以上に、“何かが残った”映画ではあったが、やはり一流映画は違う・・・、と思った。

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2009年6月19日 (金)

ザ・ベンチャーズの「パイプライン」

先日の朝日新聞の訃報欄に「ベンチャーズの創設メンバー、ボブ・ボーグルさん死去」とあった(ここ)。曰く・・・

「ボブ・ボーグルさん(米ロックバンド「ベンチャーズ」創設メンバー)ベンチャーズの公式サイトによると、14日死去、75歳。米紙(電子版)の報道によると非ホジキンリンパ腫を患っていたという。
 59年、リーダー格のドン・ウィルソンとともにベンチャーズを結成。初代のリードギタリストで、ノーキー・エドワーズが2代目のリードギタリストとして加入後はベーシストとして活躍した。日本にはエレキギターブームさなかの65年以降、04年夏まで毎年のように公演で訪れていた。」(2009/6/17朝日新聞より)

ザ・ベンチャーズは“懐かしいバンド”と言っては失礼だ。まだまだ現役のバンドだから・・・。
ベンチャーズは1959年結成。初来日は1964年だという。それ以来毎年のように来日し、その回数は50回を超えるという。初期の代表曲である「パイプラン」を聞いてみよう。(パイプラインとは、サーフィンをする時の、大きな波が作る“波の輪”のこと何だって!←知らなかった・・・)

<ザ・ベンチャーズの「パイプライン」>

090619pipeline この曲は、日本では1964年(昭和39年)に発売になったという。自分が高校2年の時だ。この時、4曲入りの17cmLP盤(写真)を買ってきて、そのステレオ感に酔ったもの・・・。調べてみたら、このLPは1965年発売(高校3年)という。この頃は、ステレオ盤の出始めの頃で珍しく、ベンチャーズのこのレコードは(ステレオ感を楽しむために)何度聴いたか分からない。

10数年前、中野サンプラザで、たまたま貰ったチケットでベンチャーズの公演を聴いたことがある。ロックバンドなどそれまで聴いたことが無かったので、会場でのその“大音響”にまずビックリ・・・。そして懐かしい曲の数々を、年を取ったお爺さんたちが、何のてらいも無く、大観衆を前に淡々と演奏していた事を思い出す。そしてその時に思った。既に「過去」だとばかり思っていたベンチャーズが、まだまだ現役なんだと・・・。

その時、4人のメンバーの一人が、その息子に代替わりしたことを紹介していた。逆に3人は昔のメンバーのままか・・と、その息の長さに驚いたもの。
Netで見ると、メンバーは少しずつ変わっているらしいが、その音は変わっていない。前に書いたが、全く同じ頃(1958年)に結成されたブラザーズ・フォーもオリジナルメンバーは一人だけになってしまったが、昔と同じスタイルで歌っている。(ここ

ちなみに、日本の4人のグループでは、現在3人で歌っているダークダックスは1951年結成、デューク・エイセスは1955年結成、ボニージャックスは1958年結成だという。(ピンク・フロイドやビートルズなども4人・・)

どのグループもトシを取った。しかし、メンバーを変えても“その音”を長く保ち続けているということは素晴らしいこと。
(400年続いているという養命酒ではないが)同じ品質を長く保ち続けるというのは大変なこと。まあ人間(声)が製品(=歌)の場合は、(生き物はいつか死ぬので)限度はあるが、ベンチャーズはインストルメンタルなのでその点は有利。そのベンチャーズも“日本だけで有名”というジンクスを乗り越えて、その音を続けて欲しいもの。
我々還暦組にとっては懐かしいテケテケではある。

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2009年6月17日 (水)

山根基世アナの「父の人生」(&広瀬修子アナのナレーション)

昨夜の日経夕刊のコラム「あすへの話題」は、元NHKアナウンサー山根基世さんの「父の人生」だった。山根アナは広瀬修子アナとともに、ナレーションで自分が好きなアナウンサーである。その山根さんが父を語る・・・・

父の人生
駅前のケーキ屋さんで買い物をしていると、幼い兄弟が母親と話している。「父の日、パパに何をあげようか」。聞いたとたん、ああ私には父はもういないと、2年前に亡くなった父の不在が生々しく胸に迫ってきた。あの幼い兄弟と同じ年頃の私は、父におんぶしてもらうのが大好きで、父が帰宅するといつも「おんぶおんぶ」とせがんだものだ。朝、父の眼鏡を隠して出勤させまいとしたり、とんでもない悪ガキだったのに、一度も父から叱られたことはなかったなあと、幼い日が一気に蘇った。
山口県庁に勤める公務員だった父は、定年まで勤め上げ、外郭団体で第2の定年を迎えた後は、まったくの「火宅の人」ならぬ「家宅の人」になった。仕事をすることもなく、ボランティアをすることもなく、飲みに出かけることもなく、ひたすら家にいた。本を読んだりラジオを聞いたりはするが、これと言って特別な趣味があるわけでもなかった。私たちが母と二人で旅行に行くよう手配すれば、一緒に行って「ええ旅じゃった」と喜んでくれたが、自分からどこかに行こうとはしなかった。25年そのように暮らして、90歳になった年のお盆の中日、夜床につきそのまま眠るように逝ったのだった。最期まで自分の足で歩き、おいしく食事を頂き、私たち姉妹のことを気にかけていたという。
「お父さん、幸せだったの?」と父の人生をふり返る。仕事や生きがい、趣味や友人がなければ、長い老後は生きられないと、団塊世代の私たちには、老い支度に焦る気持ちもある。しかしそんなものはなくても、人はちゃんと生きていけると、無為にみえる父の人生が教えてくれるような気もするのだ。」(2009/6/16日経夕刊より)

当blogのサブタイトルは「とうとう還暦になっちゃったオジサンのエッセイ」としている。何を隠そう、まさに還暦になって「老後をどうしよう・・・」の焦りがテーマである。その“悩み”に、このコラムは一刀両断で「解」を投げ掛けてくれたようだ。「そんなものはなくても、人はちゃんと生きていける」・・・・と。
この“解”を自分はどう捉えよう・・・・

その山根さんは、退職アナウンサーらによる有限責任事業組合(LLP)「ことばの杜(もり)」(ここ)を2007年7月に発足させたという。設立主旨を山根さんは・・・
「・・・「ことばの杜」は話し言葉講座などの教育貢献、日本文学の朗読アーカイブ作製を基本事業とし、さらに番組供給などNHK内外から広く仕事を受ける。 「団塊の世代の生き方として、生きがいや張りあいを求めながら、ただのボランティアでなく、自分の専門性に対してそれなりのペイがある仕組みにしていきたい」と山根さんは話している。・・・」ここから)

メンバーは、山根基世、広瀬修子、宮本隆治、松平定知と元NHKアナの大御所ぞろい・・・。
話は飛ぶが、“広瀬修子アナ”と聞いてフトこのナレーションを思い出した。それは、NHKハイビジョン特集「いのちで読む“般若心経”生命科学者・柳澤桂子の世界」という番組のナレーションである。これは、柳澤桂子さんが「生きて死ぬ智慧」で般若心経を訳したものを、広瀬修子アナが朗読したもので、自分が一番好きなナレーションだ。2年前にも書いたが(ここ)、他サイトのWindows Media Player用のファイルを(ここ)にリンクしたので、ぜひ一度聞いて欲しい・・。

ともあれ、現場にこだわっているという山根さん。志を同じにするこのそうそうたるメンバーと共に、今後も民放含めて色々な番組で、その味わい深いナレーションを期待したいものである。

(関連記事)~広瀬修子アナの珠玉のナレーション・・
「般若心経」と「穏やかな心」
「生きて死ぬ智慧」のDVD BOOKが出ていた 

山根基世・元NHKアナが作家・雫石とみさんを語る 

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2009年6月16日 (火)

クロスロード・レディース・アンサンブルの「青葉の笛」

当blogでは、還暦までに集めた自分の好きな歌を色々と振り返っているが、前にも書いたとおり、その歌詞を改めて(初めて?)“味わって”いる次第である。
今日は、古い歌だが「青葉の笛」。この歌は、明治39年(1906年)7月「尋常小学唱歌 第四学年 上」に「敦盛(あつもり)と忠度(ただのり)」という題で掲載され、昭和2年、田村虎蔵編「検定唱歌集」に掲載の時、小山浩平の発案で「青葉の笛」に改題したという。
この歌も色々な音源を持っているが、(小鳩くるみの歌も捨て難いものの)やはりクロスロード・レディース・アンサンブルの歌が一番好きだ。(しかし、このアンサンブルのCDは見つからないな・・・・・)

<クロスロード・レディース・アンサンブルの「青葉の笛」>

「青葉の笛(敦盛と忠度)」
  作詞:大和田建樹
  作曲:田村 虎蔵

一の谷の いくさ破れ
討たれし平家の 公達あわれ
あかつき寒き 須磨の嵐に
聞こえしはこれか 青葉の笛

更くる夜半に 門(かど)を敲(たた)き
わが師に託せし 言の葉(ことのは)あわれ
今わの際(きわ)まで 持ちし箙(えびら)に
残れるは「花や 今宵(こよい)」の歌

Aobanofue1 この「青葉の笛」は神戸の須磨寺に実在しているという(ここ)。それらの由来を勉強してしまった。(今までは漫然と聞いていた・・・)
Netの記事を参考にさせて頂くと、
1番は、平敦盛(清盛の弟経盛の末子・笛の名手)が主人公。寿永3年2月7日(1184年)一の谷の合戦で、源氏の武将熊谷直実は、海に逃れようとしていた敦盛を呼び返し、戦って組み敷き、首を取ろうとして顔を見ると自分の息子ぐらいの少年だったので、見逃そうとしたが、味方が近づいてきたのでやむなく首をはねた。その時に、若武者の腰の笛に気づいた。この笛が通称「青葉の笛」といい、神戸の須磨寺宝物館に展示されている。時に平敦盛は16歳。直実はその後戦の世に無常を感じ、出家。法然上人の誕生寺を建てるなど、敦盛の供養をしたという。

2番は、平忠度(清盛の弟=和歌の名手)が主人公。忠度は、都落ちの途中で京都に引き返し、師匠の藤原俊成(しゅんぜい=千戴和歌集の選者)を訪ね、自作の何首かを托して西国へ落ちていったという「平家物語」の「忠度都落ちの事」を題材にしているという。
「花や 今宵」の歌は、忠度は一ノ谷で討たれた時に、討った六野太忠純は大将軍を討ち取ったが名前がわからない。箙(えびら=矢入れ)に結びつけられていた文に、「行き暮れて木の下蔭を宿とせば 花や今宵の主ならまし」の和歌が書かれていたという、『平家物語』「忠度最期」の記事によるとか・・・

こう“勉強”してみると、一つの歌もなかなか意味深だ。それに、歴史上の色々な出来事を知らないと理解できない・・・。
でもこんな逸話も、ただ聞き流していた今までの自分では知り得なかった。これもフト立ち止まって眺めている“blogの功”ではあるまいか・・・。

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2009年6月15日 (月)

我が家に「中古本の図書館?」が出現・・・・

我が家に「中古本の図書館」が出現したぞ・・・・。
我々サラリーマンがリタイアすると行く場所がなくなり、また本を買う金も無くなるので、図書館が初老のオジサンの溜まり場になるというが、“たぶん自分もそうなるな・・”と思っていた。
フト思った。いつも兄貴が「持って行け!」と“押し付ける”(自分が読み終わった)本を、これから黙って貰おうかと・・・。それで宣言した。「これからはどんな本でも貰うぞ!図書館に行って本を借りるより、自分の手元にあって選ぶものひとつの方法だから・・・」
そうしたら、兄貴が早速自分の本を整理し出したらしく、何とダンボール10箱ほどが次々と送られてきた。
途中で「これは暴力である!」と言ったら、少しブレーキが掛かったものの、「古本屋に売っても1冊10円位なので持って行くだけ疲れる」とか、「もっと送っても良いか?」と言うので、「もう破れっかぶれだ。幾らでも送って来い。子供の部屋が空いているので、スペース的に問題は無い。捨てるのはこっちでやる」と言ったら、今までの数十年間にたまった本が送られてきた・・・・というワケ。

たまった段ボール箱を、先日の日曜日に、空いている子供部屋で整理を始めた。居間にあった(買い替えのため不要になった)本箱を子供部屋に持ち込み、そこに入れることにした。
P10504511 先ず、作家別に五十音順に分けた。メジャーで本の高さを大まかに測ってみると何と8m以上・・・。本箱に前後2列に並べないととても入らない事が分かった。(写真は、作家の五十音別に分け、半分を本箱に入れた後の積上げた状態~写真はクリックで拡大)
P10504541 次に文庫本。これも作家別に五十音順で・・・・。そして新書・・・・。そして本箱にとにかく押し込んだ後の「我が家の中古図書館」がこの写真・・。

P10504581 何? 蔵書はって? 単行本321冊、新書31冊、文庫本179冊、それに(将棋キチの)息子用の将棋の本が41冊。しめて572冊の“(暴力!)図書館”ではある。

確かに買おうと思っていたが躊躇していた本もある。でも全部読むと・・ナンテは考えていない。普通の本箱3つ分の“ミニ図書館”である。図書館の本を全部読もうナンテ考える人はいない。同じように、ここから気分によって選ぶことにするのだ・・・

カミさんが言う。本はなかなか人にあげられない。本は人それぞれの思想があるため、それを他人にあげようとすると、“そんな本を読んでいるのか・・・”と思われかねない。だから兄弟間以外ではなかなか許されないこと・・・、と。

話は飛ぶが、先日イオンモールに買い物に行ったついでに「本屋に寄ろう」と言ったら、カミさんが「もう本を買う必要はないでしょう?」と言いやがる。この反応は予想外・・・。確かに時間つぶしのための本は出来た・・。でも本屋ってそんなものではないでしょう・・・?
まあ600冊の本の重みに潰されないように、適当に処分も考えて行きましょう・・・・
(本来、なるべく“こんな本”に頼らないように(=他にすることがあるように)しないといけないのだが・・・)

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2009年6月14日 (日)

日野・高幡不動尊の“あじさい祭り”とフリーマーケット

今日はカミさんに付き合って、近くにある高幡不動に行った。カミさんの友人とその娘さんがフリーマーケットに出すというので・・・。でも自分の目的は“あじさいまつり”・・・。

P10504421 どうせ駐車場は混んでいて入れないだろうと、近くのコイン駐車場に車を置いて歩く。やはり人が多い。門の所にも、“6月1日から7月5日まであじさいまつり”とある。なるほど・・・。やはり初老の人が高級そうな一眼レフカメラを構えてアジサイを撮っている姿が多い。
カミさんがフリーマーケットを見ると言うので、一人お寺の奥まで散歩・・。奥の右手の庭から人が出てきたので、自分も庭の中に入ってみた。初めて見る庭・・・。なかなか渋い・・・・。まあ境内全体がアジサイで・・というわけには行かないが、ちょうど見ごろのアジサイではあった。(写真はクリックで拡大)

P10504451 P10504271 P10504091 P10504171 P10504101 P10504231

それに“お寺の中に神社”というのも面白い。まさに神仏習合である。

カミさんはアジサイそっちのけで、熱心にフリーマーケットを見ている。これだけは男には理解できない。手作りの何とか・・など良く分からん。

P10504261 P10503971 P10503981

でも、雨の合間の日曜日。天気も曇りでちょうど良い。まあこんな所でフト“日曜日らしさ”を楽しむのもタマには良いかもね。

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2009年6月13日 (土)

映画「空海」を観る

先日、レンタルDVDで、映画「空海」があるのを知り、借りて観てみた。この4月末に中国・西安の青龍寺を訪ねたこともあり(ここ)、真言宗の教祖が映画でどのように描かれているか・・・
090613kuukai 事前情報無しに、何とはなしに見始めたが、長い。2時間50分もあった。しかも、結構内容が真面目(失礼!)。ロケや配役も含めてかなりの規模。それに知らなかったことが色々あって、勉強になる。最澄が後継者としていた泰範が空海のもとに走ったとか、入滅は即身成仏だったとか・・・・。

観た後に復習・・・!?
Netでこの映画の成り立ちを読むと、構想に5年、製作に2年をかけ、1984年に製作された弘法大師の没後1150年の記念映画だとか・・・。そして制作費が12億円というから、25年前の日本映画としては相当な規模。(当時の映画のポスターを見ると見覚えがある。でも観なかったな・・・・)
P10500051 脚本が早坂暁。そして企画が「全真言宗青年連盟」とあるので、真言宗が本格的に取り組んだ作品らしい。
それだけに、歴史的事実・伝承が正確に表されており、なかなか見ごたえのある映画だった。(・・・ナンテ言っても、事後にWikipediaを読んだら、映画のストーリーとほとんど同じことが書いてあったので、分かったのだが・・・)

歴史の偉人を描くのはなかなか難しい。でもこの映画は、真言宗が組織を挙げてバックアップしただけあって“ホンモノだ・・”と思った。
視点を変えると、映画で“勉強”するのはなかなか便利だ。史実に基づく映画だと、物語の中で、自然とその歴史的背景が頭に入る。・・・と同時に、もう少し勉強してみようかという気になる。
今回も、空海の生涯を扱った小説も色々あるらしいので、一度読んでみようかと思った。

会社の昼休みに良く散歩で行く高野山東京別院(ここ)。ここのお寺の本尊は弘法大師である。まあそんな縁もあって、身近に感じながら(?)観た映画であった。

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2009年6月12日 (金)

映画「阿弥陀堂だより」のテーマ

毎週(金)の昼、NHKから「BSファン倶楽部“MYメルマガ”」が送られてくる。自分が読んで090612amidadou いる唯一のメルマガだ。今日の昼のメルマガに、映画「阿弥陀堂だより」(これ)がまた放送される、とあった。(6月17日(水)[BS2]後9:00-11:11「阿弥陀堂だより」~2002年)
この映画については、前にも書いた(ここ)。前の記事を読み返すと、ちょうど3年前の6月7日、つまり当blogを始めて1週間目であった。その時もBSでこの映画を放送していたらしい・・・。
実はこの映画のテーマが素晴らしく、自分が大切にしている一曲である。先ずは聞いてみよう。

<映画「阿弥陀堂だより」のタイトルバック>

加古隆のしっとりとした音楽は実にすばらしい。音楽と画面の自然との調和・・・・。そして映画全体に流れる優しさ・・・。そしてこのサントラの音楽も、この映画を超一流に引き上げた立役者の一人なのだろう・・・

最近、映画には一流と二流・三流とがあるように思う。もちろんこの「阿弥陀堂だより」は超一流の映画。それらは、いったい何が違うのだろう?
映画が趣味の人は、同じ映画を何度も見るという。でも自分は、映画は音楽と違ってストーリーがあるので、一度見ればオワリと思っていた。しかしこの「阿弥陀堂だより」を何度も見ていると、なるほど・・・、と思うようになってきた。つまり、“同じ映画を飽きずに何度も見る”ということが理解出来てきたように思う。(たぶんこの映画が、自分が一番繰り返して見た映画だ)

何度見ても飽きない映画、何度も見たいと思う映画、それが“自分にとっての名画”なのだろう。しかし、そんな映画を自分は幾つ持っているのだろう・・・?
これらの映画も、人それぞれの“人生の財産”になるのだと思う。

(関連記事)
映画「阿弥陀堂だより」から

●メモ:カウント~45万

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2009年6月11日 (木)

山一證券社員の“その後”~会社廃業に思う

NHKの「アレ今どうなった?『山一証券廃業』」 (2009/6/7深夜放送)を見た。
12年前の1997年11月24日、100年続いた山一證券は自主廃業を発表した。この番組では、廃業で路頭に迷った社員のうち3人の“その後”を追っていた。

1)当時37歳の男性は失業保険で食いつなぎ、外資系の損保会社に入ったが、証券会社同様のノルマ達成ありきの体質について行けずに退社。46歳で社会保険労務士の資格を得て、現在は年金や保険の相談にのる仕事に就いているという。

2)当時34歳の女性は、一般職で山一證券に入社したため、本流から外れた窓口業務だった。しかしその後入社した(山一の営業網を受け継いだ)メリルリンチに男女の違いは無く、実力だけが評価される世界。そこでの活躍で、報酬は(前年の業績を報酬に反映されるため)2倍以上になった。その後42歳で個人事務所を設立し、現在は株式投資のコンサルタントをしているという。その人は言う。「(山一の廃業は)ひと言で言うとチャンスだったな、と思っています。何かの終わりっていうのは次の何かの始まりなんだっていうことをすごく実感しました。」

3)ロンドンで廃業を知った31歳の男性は、この日を境に仕事とは何かを考え始めたという。そしてメリルリンチに入社したが、次々にヘッドハンティングされ、それに伴って収入は増えたが、何年か経ったとき椎間板ヘルニアを発症。それをキッカケに“何か始めるには今しかない”と思って、妻の反対を押し切ってイタリア料理店を開業。「山一がつぶれたせいで仕事って何かな、人生って何かなっていうのを考える時間が持てた」という。

普通のサラリーマンは、日常“自分の会社が潰れる”という事態をどの程度意識しているだろう。大会社の社員はほとんど意識していない。だから山一の時、世間はビックリした。

未だに思い出すのは、山一の野澤社長の、自主廃業を発表する記者会見だ。今や“伝説的記者会見”と評される会見だが、泣きながら発したその言葉の意味は重い・・・・。
「7500人の社員と家族のことを思えば、私は耐えられません。」「みんな私たち(経営陣)が悪いんであって、社員は悪くありませんから!  どうか1人でも多くの再就職先が見つかるように応援してやってください。優秀な社員がたくさんいます。お願いします。私達が悪いんです。・・・」
負債も社員も、何もかも放って夜逃げをする社長もいる中で、この会見は、何よりもトップのスタンスが「社員の目線」であるという事に救われる。

今朝(2009/6/11)の日経「大機小機」に「株主による企業統治を疑う」という記事があった。
「株主総会の季節が近づいてきた。・・・この季節になると、なぜ上場会社の株主にこれほどまでに大きな権限が与えられているのだろうか・・・」という疑問が投げ掛けられていた。そして「・・・特に日本では、会社と従業員は終身雇用という書かれざる契約をしている。取引先とも長期で継続的な取引の慣行がある。これらの利害関係集団にも企業統治の権限を与えても良い。・・・」とも・・。
しかし「会社は株主のもの」という議論の一方で、社長はトップとして絶対的な権限を持つ。そして言うまでも無く権限と責任とは表裏一体。・・・にも拘らず、権限だけ行使して責任を回避する経営幹部が如何に多いか・・・・

世は大不況の真っ只中。当然、会社が行き詰るケースもある。ただその時に、経営トップは、先の野澤社長のように、株主よりも“従業員の目線”で全てを捉え判断して欲しいものだ。つまり、“株主の最大利益”の視点でなく“社員の最大利益”の視点で・・・。
最近、良く“良い意味での話題”になる野澤社長の記者会見ではある。

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2009年6月10日 (水)

全盲のピアニスト辻井伸行さんを讃える「天声人語」

今日の「天声人語」は素晴らしい。
話題は、7日に米国のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した生まれつき全盲の辻井伸行さん。曰く・・・

「〈円周率10万けた暗唱〉などの報に触れるたび、人間の底知れぬ能力に圧倒される。今回も驚くばかりだが、審査員には音の差がしっかり届いたらしい。米国の高名なピアノコンクールで優勝した辻井伸行さん(20)だ。
快挙は〈全盲の日本人が優勝〉と伝えられた。ニュース価値はそこにあっても、競演の結果に「全盲の」は要らない。それは奏者の重い個性だけれど、審査上は有利でも不利でもない。勝者が「たまたま」見えない人だったのだ。
録音を何度も聴いて曲を覚えるという。耳で吸収した音は熟成され、天から降ると称される響きで指先に躍り出る。「目が見えた場合」と比べるすべはないが、音色だけ見えているかのような集中は、不利を有利に転じる鍛錬をしのばせる。
師は「驚き以上の感動を伝えるため、彼は勉強を重ねてきた」と言う。全盲ゆえの賛辞は、実力を曇らす「二つ目のハンディ」だったかもしれない。体ではなく、音の個性が正当に評価された喜びは大きい。
20年前、ご両親は「生まれてよかったと思ってくれようか」と悩んだ。やがて、母が台所で口ずさむ歌をおもちゃの鍵盤で再現し、同じ曲でも演奏家を聴き分けてみせた。その才をいち早く見抜いたのは親の愛だ。
かつて息子は「一度だけ目が開くならお母さんの顔が見たい」と口にしたそうだ。母は今、「私に生まれてきてくれてありがとう」と涙する。「できない」ではなく、「できる」ことを見つめ続けたご褒美。世界が「生まれてよかった」と祝す才能は、どれもそうして開花する。」(2009/6/10付け朝日新聞「天声人語」より)

こんな文章を書ける人はどんな人なのだろう? 話題のポイントを網羅し、最後の“「できない」ではなく、「できる」ことを見つめ続けたご褒美。世界が「生まれてよかった」と祝す才能は、どれもそうして開花する。”という文字でキメるわざ・・・・。

おっと、本題は“辻井伸行さん”だった・・・。盲目のピアニストとしては梯剛之さんが有名だが、難曲といわれる曲の楽譜の、ごちゃごちゃした音符を見ながら演奏するのも信じられないが、それを聞くだけで暗譜するというからすごい。手元にあるヴァイオリンと違って、ピアノの鍵盤は遠い・・・・。それをミスタッチ無しで演奏するとは・・・
偶然、先日やはり眼の不自由なヴァイオリニストの川畠成道さんについて書いた(ここ)。日本の眼の不自由な演奏家が、これほど世界的に活躍するとは・・・・。
これらの人は、むしろ見えないがために、内面で熟成された音が出せるのかも知れない・・・。

それにしても、ヴァン・クライバーンとは懐かしい。学生時代以来、キリル・コンドラシン指揮RCA交響楽団との競演による『チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番』を何回聞いただろう・・・。おかげで、自分が聞くチャイコフスキーの“標準”はこの演奏で決まってしまって、それ以来、他の演奏は違和感があるのである・・・。このレコードは1958年発売だという。もうあれから50年も経ってしまった。
しかしあの熱狂の後は、クライバーンの名はあまり耳にしなくなってしまった。でも今回は、TVにクライバーンの姿も映っていたな・・・・。

ともあれ、辻井伸行さんはまだ20歳。まだまだこれからだ。早速新聞にはCD、DVDの宣伝がここぞとばかりに載っているが、それらの熱狂に惑わされず、ぜひ素直に成長して行って欲しいもの。
繰り返すが、今日の天声人語の“「できない」ではなく、「できる」ことを見つめ続けたご褒美。”という言葉には参った・・・・。ご両親も同じく、凡人ではない。

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2009年6月 8日 (月)

小椋佳の「六月の雨」

6月になって、雨の日が多いような気がする。まあ梅雨も近いので仕方がないが・・・
「六月」と聞くとこの歌を思い出す。小椋佳の「六月の雨」である。

<小椋佳の「六月の雨」>

「六月の雨」
  作詞:小椋佳
  作曲:小椋佳

六月の雨には 六月の花咲く
花の姿は変わるけれど
変わらぬ心を誓いながら
いくつ春を数えても いくつ秋を数えても
二人でいたい

そよ風は見えない 幸せも見えない
愛の姿も見えないけれど
見えない何かを信じながら
いくつ春を数えても いくつ秋を数えても
二人でいたい

「六月の雨」は、まさに自分が小椋佳を知った1972年3月発売の「彷徨」というアルバムに収録されていたが、その前年1971年1月発売の最初のアルバム「青春~砂漠の少年~」にも収録されているので、まさに最初期の歌。
この頃の歌は、自分にとって“宝”だ。「しおさいの詩」「春の雨はやさしいはずなのに」「あの人がいってしまう」「少しは私に愛を下さい」「木戸をあけて」「あいつが死んだ」「うす紅色の」「ぼうやおねむり」「ほんの二つで死んでゆく」 ・・・どれも、何度聞いても聞き飽きない。

アルバム「遠ざかる風景」の解説に、
「ごく親しい友人の結婚式に招かれ、祝辞のかわりに唄うことにさせられました。その日のお祝いに、何か新しいものを創っていく約束でしたが、横着者の僕は結局、その当日まで何もしないで、いざ式に出向く日になって大弱り、あれこれ悩んでいるうちに、雨が降り始めて、その月が六月で、ふと「六月の雨には・・・」
もう、その友人が誰だったのかも忘れてしまった古い話です
。」 (09/6/14追記)
とある。なるほど・・・。(歌詞をあまり気にしない自分なので、数十年間聞いてきたこの歌の歌詞を、今頃になってゆっくりと“かみ締め”て、同じ歌を二度楽しんでいるこの妙技・・!)
ふと、この「遠ざかる風景」のCDが欲しくなった・・・。これは1976年10月7日にNHKホールで行われた初コンサートのライブだが、考えてみると、このコンサートのTV番組は録画してあっても、ステレオの音源は持っていなかった。それでまた、つい注文してしまった!・・・(この頃の歌が一番好きだ・・)

P10503631 「六月の花」と聞くとすぐにアジサイを思い浮かべる。(←そもそも知っている花の名が少ないのだが・・・)ウチの庭のアジサイも、今が満開・・・。(写真はクリックで拡大)
独身時代に散々聴いたこの歌だが、還暦の今になってじっくりとこの詩を読むと、何か“うら恥ずかしい”気分になるのは、まだまだ自分が“枯れていない”証拠かもね・・・

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2009年6月 7日 (日)

プラズマテレビ(TH-42PZR900)を買ってしまった・・・

PanaのプラズマTV(TH-42PZR900)を買ってしまった・・・・。
人生には何度か折り返し点があるものだが、先日の6/4(木)が自分にとってそのうちの一つのような気がした。(blogは公開日記だが、詳しいことはさすがに書けない・・・)

ちょうど7年前の2002年にも同じような事があった。その時、無性に何かケジメとして大きいこと(?)をしたくなり、ブラウン管のハイビジョンTVを買った。(←これが大きなこと??)
それで今回も薄型TVを買う気になった。(←全然理由になってないけど・・・)
自室のTVは東芝の32D3000。まだまだ健在である。よって薄型に買い換える必要は無いのであるが、最近のhiTVの画面を見るとツイ欲しくなって・・・・

買い換えるときは東芝の液晶TVと決めていた。理由はUSB HDDで録画が出来るから・・・。最近42Z8000というモデルに変り、2番組同時録画も出来るようになった。特に急がないので、価格comで値段の推移をみて来た。ところが、発売以来順調に下がっていた価格が、エコポイントスタートと同時に急に上がり、現在も高値で止まっている。
まあモノを良く見ておこうか・・と会社の帰りに有楽町のビックカメラに行って品定め。現物を見てビックリ。東芝の新型は画面が光沢仕上げであるため、反射で蛍光灯が映り込んで見難い事・・・。他社も良く見たが、どのメーカも映り込みが多い。
居間の東芝液晶37Z3500がほとんど映り込みが無いため、意外な最近の流行にビックリ。それに、やはり残像が気になる・・・・。特別な技術で残像を低減しているらしいが、やはり気になる。さすがにSONYの4倍速は残像が無い・・・。これでは本命はダメかも・・・と、各社のカタログを集めて、再検討することにした。

大きさは、居間の37型がやはり小さい気がしたので42型。大問題が液晶かプラズマか・・・。店頭で見ると、圧倒的に液晶が明るくきれいだ。白が真っ白で、プラズマは白がくすんで黄色のよう・・・。でも逆に液晶はまぶしいのかも・・・・。残像は原理的にプラズマが有利。しかし消費電力は液晶の2倍以上。
自分の使い方からすると、ほぼ100%HDDレコーダの再生。だから本当はチューナ無しのモニターが欲しいくらい。今の日立のレコーダ(DH1000D)を少し休ませる(容量も残り少ないので)とすると、やはりTVからの録画は必須。とすると、HDD内蔵型か東芝製の外部HDD録画型になる。残像を気にしてプラズマとすると、BCNランキングでは、何とPanaを抑えて日立製も売れているらしい。プラズマはPanaの独壇場かと思っていたが・・・
それで日立製を調べると、新型はハイビジョン画質を8倍圧縮をしてHDDに録画するモードが付いているという。これは面白い。どうせ一回見たら消すので・・・・。思ってもいなかった日立製も候補か・・・と、フト大事なことに気が付いた。iLINKはどうなっている??
昔買ったIOデータのHDD録画用Rec-POTにつなげるためには、iLINKは必須。何と、この機能で絞ると、日立もSONYも全滅。プラズマのHDD内臓では、PanaのTH-42PZR900しか製品がないことが分かった。

よって、今までの本命の東芝42D8000かPanaのTH-42PZR900のどちらか・・・、という事になった。値段では、現在は両者が同じ。よって1TBのHDDを買う分、東芝が不利。そして結論は、明るさ、消費電力の不利はあるが、残像のメリットを採用してPanaのプラズマに軍配を上げることにした。

しかし、もうこのTH-42PZR900は製造中止。でも新型(500G)が7月に出ても、しばらくは高値だろうから、まあ1TBのHDD内臓を評価してこれで良いことに・・・。
Netでの購入は早い。価格comの安い店に注文し、代引きだと直ぐに発送する。そして昨日着いた。重いのには往生したが、さすがにその画質は素晴らしい。店先では暗いと思ったが、自室では何の何の・・・。画面の映り込みも少しはあるが、まったく気にならない。(パソコンもそうだが、画面をツルツルにして蛍光灯などが映りこむようするメリットは何なのだろう・・・)
かくして、昨日夜から自室にもプラズマTVが鎮座したというわけ・・・

まだ一通りつないだだけだが、HDMIが日立のレコーダと繋ぐと、たまに「信号が無い」と表示するので、リモコンで入れ直したりする事があるとか、iLINKが2台しかつなげないとかコントロール出来ないとか、まあ色々あるが、まあこんなものだろう。
あとは、まだまだ現役のブラウン管TV(東芝32D3000)の処遇だ・・・。これからは見ないので、オークションにでも掛けるか・・・・? でもこのTV、棄てることがバレると、怒って火を噴くかも知れないので、そうっと処置を考えよう・・・(以上、備忘録でした)

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2009年6月 4日 (木)

89歳の新人作家・久木綾子著「見残しの塔」を読む

久木綾子著「見残しの塔―周防国五重塔縁起」 これ)を読んだ。
前にNHKラジオ深夜便で「瑠璃光寺五重塔に魅せられて 作家 久木綾子」(2009/4/26~27再放送)を聞き、自分が受けた“衝撃”をblogに書いた(ここ)。そして、この本を買ってみたが(ここ)、何とか読み終わった。今日はその読後感である・・・。

この小説は「歴史小説」であるという。
広辞苑にこうある。
【歴史小説】過去の時代を舞台にとり、もっぱらその時代の様相を描こうとする小説。島崎藤村の「夜明け前」など。単に過去の時代を背景にする時代小説などとは異なる。
【時代小説】古い時代の事件や人物に題材をとった通俗小説。

なるほど・・。自分が良く読んだ藤沢周平などは「時代小説」か・・。とすると、自分は「歴史小説」を殆ど読んでいない??・・と思ったら山岡荘八の「徳川家康」は歴史小説だという・・・。なるほど・・・

Image02761 この本には別刷の「登場人物関係系図」が添付されており、それを見ながら慎重に読んで行った。何だか、“大変な労作”だという先入観があるためか、一字一句の精読・・・。前半は登場人物の関係説明のような内容・・。登場人物の関係が複雑で、添付の系図が無いと付いて行けない。そして段々とストーリーが“動いて”いく。九州の日向と、若狭から出発した主人公が、山口の五重塔ですれ違う・・・・
読み飛ばすには内容が重い・・・。重厚な語り口。そして専門用語が多く、その時代の匂いがぷんぷんする。600年前の室町時代の交通事情や、距離感など、なかなか雰囲気がリアル・・・。
どの時代にも匠は居る。そして最後に、塔の部材に主人公の大工が墨字と花押を書く所でクライマックスを迎える。(大正5年の解体修理のときに、屋根を支える部材から名前がない墨字と花押が見つかり、現在それは国宝になっているとか)

この小説について、「面白かったか?」と問われると、普通の小説の面白さとは少し“次元が違う”小説のような気がした。つまり、大工・棟梁の世界、仏の世界、中世の「家」の世界、などが散りばめられている・・・。
難しい漢字・表現や、詳細に調査された地名・塔建設の工法など、幾らでも手を抜けるのを、“塔の建立”という小説の目標に向かってキチッと文字にした小説。それがこの小説の価値なのかも知れない。とにかく久しぶりに“正座をして”読んだ小説であった。

(関連記事)
89歳の新人作家~久木綾子さんの話
「六十の手習い」~“何か”残せるか?~久木綾子さんの話の続き

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2009年6月 3日 (水)

痴漢冤罪から身を守る「理論武装」

夜家に帰ると、珍しく週刊誌を買ったカミさんが“面白い!”と記事を示す・・・。(写真はクリックで拡大)
090603asahi それは、今発売中の週刊朝日の最新号(2009年6月12日号)(これ)の有罪率99.9% 司法の闇 法律家が指南! 痴漢冤罪から身を守る「理論武装」~「その場から立ち去ってかまいません」”という記事。(当blogは、電車内での痴漢冤罪について何かと話題にしている。なにせ「明日はわが身・・・」なので・・・!?)
曰く・・・

「痴漢だと起訴された防衛医科大教授に最高裁が4月、逆転無罪を言い渡した。だが、これは奇跡的な出来事だ。なにせ、日本の裁判の有罪率は99.9%。いったん起訴されてしまうと、被害者の供述しか証拠がなくても、冤罪を晴らすのは極めて難しい。では、痴漢に間違えられたら、どう振舞えばいいのか。法律家(元判事の井上薫弁護士)に聞いた。

①「痴漢!」と叫ばれても落ち着いて否認する
・・やっていないのであれば、落ち着いて堂々と「やっていない」と否認することが大切です。ここで、「話せば分かってもらえる」と、のこのこ女性と駅事務所に行ったりすると、そのまま痴漢にされる可能性が高いという。
②否認した後は、その場を立ち去ってかまわない
・・・名指しされたからといって、立ち去ってはいけないという法律はありません。だが、腕などをつかまれるとそうもいかない。・・・「私人による現行犯逮捕」になってしまう。・・・刑事訴訟法213条が「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる」と定義しているから。逮捕は身柄が拘束された状態を言う。・・・だから女性に腕をつかまれても、その手をふりほどき、その場を立ち去ってかまわない。
③立ち去れない状況になったら、逃げるのではないと説明する
・・・周囲の人が出てきたなかで無理に立ち去ろうとすると、殴り合いの騒動に発展する場合があります。この場合は、住所氏名を明かし、持っていれば名刺を渡して、逃げるのではないという姿を見せて立ち去るのが良いでしょう。・・・
④駅員に指示されても立ち去ってかまわない
・・後日、警察から呼び出しがあったら応じる。応じても現行犯ではないので逮捕されることはまずない。とにかく現行犯逮捕は避ける。現行犯でないならば、証拠がなければ逮捕は難しい。
⑤駅員に強制力はないので従わなくてもいい
駅員の仕事は早く警察官を呼んで引き渡すことです。・・もし無理やり連れていかれたり引き留められたりしたら、「暴行罪で訴える」と言っても良い。・・・
⑥警察官が任意同行を求めても、応じてはいけない
警察に行って説明をすれば疑いが晴れるだろう――。そう考えるのは大きな間違い。ろくに弁解も聞かれないうちに、いつの間にか起訴されてしまう。そのためには、警察官にパトカーに乗るよう促されても「行かない」「帰る」の一点張りで通すこと。それでも身柄を拘束しようとすれば「公務員職権濫用罪だ!」と言えばいい。ただ無理に帰ろうとして、立ち上がった拍子に警察官の体にぶつかったりすると、公務執行妨害罪で逮捕される恐れがあるので冷静に対応すること。・・・
何より、誠意を込めて話せばわかってもらえるという甘い考えは捨てましょう。」(「週刊朝日」2009/6/12号p104から)

これは実に“痛快な”方法である。日本は法治国家である・・・ナンテ言っても、法を知らないと不利になるばかり。だからこの弁護士さんは「法を知って冷静に対処を!」と言っているわけだ。
痴漢冤罪で一番怖いのが私人(女性)による現行犯逮捕。それを避けるには、名刺のような証拠を置いてでも、“その場”から離れる事だという。最悪、運転免許証を渡してでも、その場から立ち去れば、現行犯ではないので逮捕はされない。そうすれば、それ以上は話が進まない・・・、という事らしい。

先日書いた映画「ポチの告白」(ここ)でもあったように、警察などの公権は乱暴な一面も持ち合わせている。素人がそれに対抗するのは無理だ。よって痴漢冤罪の対応策は、「現行犯逮捕を避ける」の一つしか無いらしい。
なるほど、分かり易い・・・。(詳細を知りたい方は、駅の売店で「週間朝日」をどうぞ・・・)

それにしても元判事さんの「何より、誠意を込めて話せばわかってもらえるという甘い考えは捨てましょう」という言葉で記事が終っているのが、何とも面白かった。(・・・と同時に、ゾッとした)

(関連記事)
痴漢冤罪~最高裁の逆転無罪判決に思う
映画「それでもボクはやってない」を観て

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2009年6月 1日 (月)

中村元の「阿弥陀経」(7/10)

この連続記事は、1985年4月から9月まで、NHKラジオ第二放送で行われた全26回の連続講義「こころをよむ/仏典」 (CDはこれ)の「第19回 極楽国土を欣求する-阿弥陀経」の部分を、『中村先生の声』と『読み下し文』、そして『中村先生の説明』を、この放送を活字化した、前田専学先生監修の「仏典をよむ4 大乗の教え(下)」(これ)を元に味わっていくもので今日はその第7回目、(原典は前回の後に極楽世界の素晴らしさが引き続き語られるが、ここでは省略されており)今回は阿弥陀仏の名号の由来について説かれる。

<こころをよむ/仏典「阿弥陀経」~その7>

しゃりほつ  お にょ い うん が  ひぶつ が  こ  ごう あ み  だ   しゃりほつ ひぶつこうみょうむりょう
舎利弗 於汝意云何 彼仏何故 号阿弥陀 舎利弗 彼仏光明無量
しょうじっぽうこく む しょしょうげ ぜ こ  ごう い あ   み   だ  う   しゃりほつ ひぶつじゅみょう 
照十方国 無所障礙 是故号為阿弥陀 又舎利弗 彼仏寿命

ぎゅうごにんみん むりょうむへん あそう ぎ こう    こ  みょうあ み だ   しゃり ほつ あ  み だぶつ
及其人民 無量無辺 阿僧祗劫 故名阿弥陀 舎利弗 阿弥陀仏
じょうぶついらい おこんじっこう う  しゃ り ほつ ひぶつ う  むりょうむへん  しょうもんでし
成仏已来 於今十劫 又舎利弗 彼仏有無量無辺 声聞弟子
かいあ  ら  かん ひぜ さんしゅ  し しょのう ち  しょ ぼ さつしゅ やく ぶ  にょぜ  しゃりほつ 
皆阿羅漢 非是算数 之所能知 諸菩薩衆 亦復如是 舎利弗

ひぶっこく  ど じょうじゅにょぜ    く どくしょうごん
彼仏国土 成就如是 功徳荘厳

「阿弥陀の名号の由来」
こうした極楽世界のすばらしさが、もう少し語られたあと、ブッダはシャーリプトラ(舎利弗)に対し、阿弥陀仏について説きます。

「舎利弗よ、汝が意(こころ)においていかに。かの仏(ほとけ)、何がゆえに、阿弥陀と号す。舎利弗よ、かの仏、光明無量(こうみょうむりょう)にして、十万の国を照らすに、障礙(しょうげ)するところなし。このゆえに、号して阿弥陀をなす。また、舎利弗よ、かの仏の寿命およびその人民[の寿命]も、無量無辺、阿僧祗劫(あそうきこう)なり。かるがゆえに阿弥陀と名ずく。舎利弗よ、阿弥陀仏、仏となりてよりこのかた、いまに十劫(じっこう)なり。また、舎利弗よ、かの仏に無量無辺の声聞(しょうもん)の弟子あり。みな、阿羅漢にして、これ算術(さんじゅ)のよく知るところにあらず。もろもろの菩薩衆も、また、かくのごとし。舎利弗よ、かの仏国土には、かくのごとき功徳荘厳を成就せり。」

ブッダはシャーリプトラに、「お前はどう思うか、なぜこの仏さまは阿弥陀というのであるか」と問いかけ、そして説明します。かの仏さまの光明は無量であり、限られていない。十万の国を照らす。それに妨げがない。それからまた、極楽の仏さまの寿命、ならびにそこに住んでいる人の命も、無量無辺で、限られることがない。「阿僧祗(あそうぎ)」はアサンキューヤという音を写したもので、数えられないほど多いという意味、「劫」もまた非常に長い時期を申します。それで、阿弥陀と称されるのだ、というのですね。すでに述べたように、もとの言葉でアミタは「無量」という意味です。ですから、阿弥陀仏の名前、アミターバは「無量光」と訳され、アミターユスは「無量寿」と訳されるのです。音を漢字で写すと「阿弥陀」です。阿弥陀仏の仏となってからいままでに十劫を経ている。かの仏さまには、数えきれぬほど多ぜいの声聞(しょうもん)の弟子がある。「声聞」というのは仏さまの教えを聞いて忠実に実践する人たちです。彼らはみな阿羅漢である。修行を完成して尊敬さるべき人ですが、そうした弟子たちはとても数えきれない。菩薩方も同様に多くいる。極楽国土はこのようなすばらしい姿を具現している。

う  しゃ り ほつ ごくらく こく ど しゅじょうしょうじゃ かいぜあびばつち  ご  ちゅうた う
又舎利弗 極楽国土 衆生生者 皆是阿毘跋致 其中多有
いっしょうふしょ ご しゅじん た  ひ  ぜ さんじゅ しょのうち し   たんか  い  むりょうむへん 
一生補処 其数甚多 非是算数 所能知之 但可以無量無辺

あ そう ぎ こうせっ
阿僧祗劫説

「また、舎利弗よ、極楽国土には、衆生生まれ者、みなこれ阿毘跋致(あびばっち)なり。その中に多く、一生補処(いっしょうふしょう)[の菩薩]あり。その数、甚だ多し。これ算数のよくこれを知るところにあらず。ただ、無量無辺・阿僧祗劫(あそうぎこう)をもって説くべし。」

「阿毘跋致(あびばっち)」はアヴァイヴァルティカという音を写したのですが、不退転、退くことがないという意味です。「一生補処(いっしょうふしょう)」は菩薩の最高位。迷いの世界に縛りつけられているのは、この生が最後で、この一生がすぎれば、つぎには仏の位を補う人、釈迦如来の場所を補う人という意味です。その数が非常に多い。とても数えきれない。だから、「無量無辺」「阿僧祗劫」をもって説くべきである、というのです。

阿弥陀仏は、①無量光(むりょうこう=空間的無限定性)と、②無量寿(むりょうじゅ=時間的無限定性)の二つの側面をそなえておられる。
阿弥陀仏の「光明」は、①数量で計り知れず②十方の国々を照らし③礙(さまた)げられないので、阿弥陀(無量の意)という。
そして「光明」は単に単に下界や対象を照らすのではなく、迷い苦しむ私たちの心の中を照らす。そして阿弥陀仏は、私たちの迷いが続く限り永遠に救済し続ける仏なので、無量寿という性質(超時間性)を持っている。
そして数限りない阿羅漢や菩薩が、弟子として仏に従っている。
そして阿弥陀の極楽国土に生まれた衆生は、清らかな求道者(菩薩)で、さとりを求めるための厳しい修行に退く者は一人もいない(不退転)。(参考:「あなただけの阿弥陀経」)

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