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2009年4月24日 (金)

「司法試験の合格者数を巡る論理」

先日の日経のコラム「大機小機」に、「司法試験の合格者数を巡る論理」という記事があった(2009/4/22)。なるほどと思える論理があったので転記してみる。

「司法試験の合格者を2010年までに年間三千人に増やす政府の計画について、日本弁護士連合会が二千人程度に抑えるよう政府や与野党に働きかけている。弁護士の「就職難」を懸念しているためだ。
苦労して司法試験に合格しても、安定した報酬を得られない仕事では困るというが、それは他の専門資格でも同じだ。そもそも司法試験というペーパーテストに受かっただけで役に立つ仕事ができるわけではない。ほかの職業では、長年にわたる実務経験を積んで初めて一人前になれる。
司法試験の合格者が増えると質が落ちるという。現に司法研修後の国家試験の不合格者が増えているようだ。しかし試験合格時のレベルが低くても、顧客から見た弁護士としての質が低いとは限らない。受験勉強に向く者だけが弁護士になるのではない。試験に弱くても、弱者のために働きたいと願う者も多い。何年浪人しても合格できずあきらめていた者でも三千人時代には合格でき、優秀な弁護士に育つ可能性がある。どの職業もすそ野が広がるほど優秀な人材が増えるはずである。
逆に、資格を持つ者の数を制限すれば、顧客から見て信頼できない質の低い弁護士でも食いっぱぐれはしない。・・・(略)
・・司法試験の合格者数は供給側の論理だけではなく、顧客の視点からも考えるべきである。」(2009/4/22 日経朝刊「大機小機」から)

物事を、“見る視点を変えると結論が変わる”という事は良くあることだが、この弁護数の議論も全く同じだ。
昭和の時代、長い間司法試験の合格者は500人程度だった。これは司法研修所の収容人数から来ているという公式の話(?)とは別に、合格者を絞る事で弁護士が自分達の地位(収入)を守る事が真の目的、と昔聞いた事がある。そして今3000人時代・・・。
誰が見ても、上から500人で切るのと3000人で切るのとでは、合格者の平均レベルが下がるのは明らか。しかし一方で、このコラムにもあるように、すそ野が広がる事で試験には弱いが世の中の役に立つ弁護士が増える可能性があることも確か。(もちろん6倍増えるとは限らないが・・・・)
この議論での一番の問題は、(このコラムでも指摘しているように)議論の視点が、顧客の視点ではなく「自分たち」であること。弁護士の数を増やすという議論が始まった頃、自分の身近にいる弁護士が「幾ら弁護士が増えても、(相手弁護士のレベルが低いと)かえって仕事(示談)がやり易くなるだけさ・・」とうそぶいていた。そんなベテラン弁護士(弁護士会)も、新人弁護士の急増に伴って、依頼件数が減ったり、現実に新人弁護士が就職難に陥っている状態を見て焦り出した、というのが現実の姿だろう。
その焦りの根幹には「司法試験に合格すれば高収入が約束される」という幻想が未だにあるように思う。
昔、石川達三の小説に「青春の蹉跌」というのがあった。司法試験に合格して(それを武器に)資産家の娘と結婚するため、妊娠した恋人を殺す、というストーリー。これも「司法試験に合格=将来が約束される」という構図があった。
こんな特権意識を粉砕するためにも、弁護士量産時代は大いに結構ではないか?

中学時代の(年賀状だけ)友人の一人に、高名な弁護士の奥さんがいる。息子は皆、弁護士の道に入れなかったが、末娘が新司法試験に合格して父親の事務所を継げる(?)ことになった、と年賀状にあった。これも良いことではないか?(小泉元首相ではないが、政治家は試験が無いまま親の後を継げるが(選挙も試験かな?)、医師・弁護士は資格取得が大変・・・)
また、国選弁護は普通の依頼事件に対して、報酬は1/10だという。当然現役弁護士はやりたがらず、まさにボランティアの領域だという。この国選弁護も、弁護士の絶対人数が増えれば目が行き届く。もちろん地方にも弁護士が溢れる? そして良い意味での競争が生まれて司法界も活性化する・・・。“顧客の視点”から見れば、弁護士量産時代は良いことばかりではないか?
でもそれには、現役弁護士が自分たちの特権意識・縄張り意識を薄めて行く必要が出てくるが、これは難題だ・・・。でも、もはや「弁護士」という肩書きだけで、「先生」「先生」と敬われる時代はもう終ったのではないか、または“もう終えたい”と思うがどうだろう?


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