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2009年3月18日 (水)

手仕事屋きち兵衛の「大きくなったら何になる!?」

今日は暑かった。午後、兄貴と一緒に、戸塚の介護付き有料老人ホームに居る叔父の見舞い(?)に行った。その電車の中で、手仕事屋きち兵衛さんの「一匹ぽっちのコオロギ」これ)というエッセー集を読み始めたら、こんなのがあった。

「大きくなったら何になる!?
Image02611 わたしの家には風呂がなかった。でも浅間温泉に住んでいたから、当然温泉に入っていた。ここでは“湯仲間”といって近所で風呂を持っていたので、毎月維持費を払い、そこに毎日のように入っていた。そんな訳で、銭湯とは言わないまでも、いろいろな人と一緒になった。
ある日、当時5歳になる息子と入っていると、70歳ぐらいのお爺さんと一緒になった。そのお爺さんとあれこれと世間話をしていた時のこと。息子が、
「ねえお爺さん、大きくなったら何になるの?」と聞いた。すると、お爺さんは、
「いやあ、よわったなあ・・・、もうホトケサマにしかなれねえかなあ、ハッハッハ」と頭を掻いた。
「ホトケサマなら、僕のお父さんに作ってもらえばいいよ」
「そうだな、心平君のお父さんは仏様も作っているもんなあ。そうしてもらおうか」と、お爺さんを子どものほほえましい会話があった。
その翌々日、わたしが一人で入っていると、そのお爺さんが入って来た。わたしは、このお爺さんが好きで、風呂に来る時は心密かに会えることを願っていたのだが、お爺さんは昼間に入っているらしく、いつもはなかなか会えず、こんな風にすぐにまた会えたことは初めてだった。
「やあきち兵衛さん。この間はまいったなあ」
「面白かったですね」
「いやあ、まいった、まいった」
「何が、です?」
「心平君に、大きくなったら何になるの? って聞かれたことさ。本当は、もういい加減に悟りを開きてえって言いたかったんだが、まさか5歳の子どもに言ったって、分かんねええしなあ・・・。子どもってのはいいなあ。楽しいねえ・・・」お爺さんは湯の中で目を閉じながら、ゆっくりと肩に首筋に湯をまわしながら静かに言った。そして気持ちよさそうに動かしていた手を止めると、
「でも、きち兵衛さんや、人間ってやつは、70になろうが80になろうが、いくつになっても、“大きくなったら何になる”ってのを忘れちゃあいけんなあ。子どもってえのはエライねえ」
と、自分に言い聞かせるように、そう言った。わたしは、この言葉にドキッとした。当時わたしは35歳だった。店をやり、木彫教室もいくつかやり、近くの高校の講師もやり、けっこう忙しく、自分はこれでもだいぶ大きくなったつもりでいた。しかし、この言葉を聞いてから、もし息子が、「お父さん大きくなったら何になるの?」と聞いてきたら、わたしはなんと答えたらいいのだろう、と考え込んでしまった。
幼かった頃には、よく大人から“大きくなったら何なる?”と何度も聞かれ、その度にいくつもの夢を口にしてきた気がする。その夢を実現したくて歩き始めたはずだった。それが、いつの間にか大人になり、親になり、人並みになれたと覚えた頃に、それはすっかり忘れてしまい、“大きくなったら何になる”なんて思いも寄らない息子からの質問に戸惑ってしまった。
考えてみれば、何歳になろうが最後まで、“大きくなったら何になる”を忘れないで夢を描きつづけ、そうして生きてゆくことが人生のロマンではないか。男でも女でもこのロマンを忘れない人ってステキだな・・・。それを35歳にしてもう一度考えてみた。すると、またいくつもの夢があらためてふくらんできた。その一つ目は、木彫家として、いい彫刻を一体でいいから残したい。二つ目は、若い頃から親しんできた音楽で一曲残したい。三つ目は、本を一冊残したい。四つ目は・・・、五つ目は・・・、と片手に余るほどの夢があることに、自分で驚いてしまった。
「ねえ、きち兵衛さん、大きくなったら何になるの?」と聞かれたら、何歳になっても夢を語ろう。それも一つだけでなく、いくつも語ろう。と、35歳の時にそう思った。
あれから随分と時が流れ、幸運なことにいくつかの夢が叶い、まだいくつもの夢を描いている。わたしは楽天家で能天気なのかも知れないが、健康以外の夢は必ず叶うと信じている。ただし、それには多少の努力もさることながら、なによりもその夢をお願いつづける維持力と持久力、つまり願い力が必要だと思う。そして、それは少なくとも十年はかかるものだと実感している。」(手仕事屋きち兵衛「一匹ぽっちのコオロギ」P20より)

(手仕事屋きち兵衛さんは、本業が木彫家で、それ以外にシンガーソングライターとエッセイストという3つの顔を持っているという。自分は初めてきち兵衛さんのエッセーを読んだが、何と爽やかなことか・・・・。その声、旋律と同じように、この文章は都会人ではとても書けない・・・・)

ところで、サラリーマンが定年になると、ある面“終了”となる・・・。その時、“大きくなったら何になる?”と聞かれたら、何と答える?・・・・

話は戻るが、戸塚で昼食のスシを食べながら、兄貴がこんな話をする。
「最近英語の勉強を始めた。俺が*大に落ちたのは、やはり英語が出来なかったから。だから当時は色々な科目をやらなければいけなかったが、今は自由なので、英語だけをやって、*大の入試問題が満点になるまで勉強する。だから沢山の受験参考書を買ってきた」
「社会人がTOEICをやるなら分かるが、何を今更受験英語など・・・」

思えば、自分など「英語は天敵!」 だから、たぶん死ぬときは「人生で英語だけはやり残した・・」と思うだろう。(実は既に、中国語をやっているカミさんからも英語をやれとけしかけられているが・・・・)

しかし、きち兵衛さんも言うように、常に「**になる」と思い続ける事は重要であろう。人生に“終わり”は無いのである。(途中、病気で打ち切られる(死ぬ)事はあるが・・・)
還暦を過ぎ、サラリーマンのリタイアを前に、特にそう思う・・・。
きち兵衛さんから元気をもらい、「我が人生で、思い残すことは無い」と言って死ぬため、“天敵の英語”を少しやるしかないか・・・、と思った。そして自分も、いつでも「大きくなったら**になる」と言える日常を送りたいものである。

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コメント

きち兵衛さんのエッセーはどれも爽やかで、
私など、どこかに置き忘れてしまっていた何かを「ふと」思い起こさせてくれます。

鎌田實医師が、「いちばん大切なものが なにかが わかる本です。ホッとして ホロッとして ジーンときます」と推薦文に寄せているのが、その通りだと思います。

どのエッセーでも、大人になってもいつまでもピュアーな心を持ち続けなきゃと思わせてくれるし、ウイットに富んでいるし・・・、とっても読後感のいいものばかりです。

きち兵衛さんは、年をとったら、「感じのいい爺さんになりたい」といってます。最近、本当にそうだなと思います。自分にも当てはめて・・・なれるかなー!ならなきゃなー! 

投稿: jジャン | 2009年3月21日 (土) 20:55

ジャンさん

本当にそうですね。いわゆる“スレていない”何かを感じます。
きち兵衛さんは、さとう宗幸さんと同じようなイメージを感じますが、地方都市にこだわるお二人に何か共通したものがあるのかも・・・
「地方の良さ」を感じるお二人です。

投稿: エムズの片割れ | 2009年3月22日 (日) 17:08

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