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2009年3月20日 (金)

サラリーマン社長の責任の取り方~最近の社長交代に思う

今朝の日経1面のコラム「春秋」は、社長交代についての記事だった。

「日経“春秋”
 トップ経営者の座にひとたび就くと、降りたくなくなる人が少なくない。業績が好調なら居心地がよいし、悪ければ挽回するまでとなる。東芝の西田厚聡社長は赤字決算を見込む中、4年で交代すると発表したので、普通は引責である。
しかし記者会見で「業績悪化には大いに責任を感じているが、それと交代とは関係ない」と西田さんは否定した。「もともと4年を一区切りと考えてきた」という。確かに前から「任期4年」を公言していた。1度尋ねてみたら、「全力投球しているので4年もやったら疲れ切るでしょう」との答えが返ってきた。
「社長になった時から後継者を考えて絞り込んできた」そうだ。社長の最も重要な仕事は後継者の育成だとよくいう。ところが逆をやる社長が意外に多い。「副社長キラー」の異名を取った老害経営者が実際にいた。元気がよくて主役を食うようなナンバー2を関連会社などに飛ばして、「オレを超えるヤツがいないから」と居座る。
 日立製作所は、グループ会社の会長をしている元副社長を呼び戻して新社長に就ける。3年で降板する現社長より7つも年上の69歳である。社長を7年も務めていた庄山悦彦会長は何をしてきたのだろうか。日立は今3月期に7000億円の最終赤字を見込む。社長人事は恐ろしい。」(日経2009/3/20より)

どのような組織でも同じだが、トップの経営(=力量)で全てが決まる。昨今の会社経営の悲惨な有様も、決して全てが世界不況のためではない。それを自分の経営責任を棚上げにして、100年に一度の大不況のためだ、と逃げている経営者の何と多いことか。つまり責任を取らない・・・。
神風を呼ぶのも「運」ではなく「実力」、と言われるように、組織が大きければ大きいほど結果責任を問われるのは当然。しかし昨今の会社のリストラ等の動きをみるに、一般の会社社長の「責任の取り方」について考えてしまう。
会社が逆境であればあるほど、社長を筆頭に「必死」にならなければならないが、社長自身が置かれた状況によって、社長の「必死さ」に違いが出るような気がする。つまり、オーナー社長で、会社が潰れれば、自分の財産も自分の家族の生活も、全てが失われる状況においては、まさに死ぬ覚悟で必死である。だから自殺者まで出る。しかし、いわゆるサラリーマン社長の場合は、その影響は限定的・・。つまり「社長を辞めれば」それでオワリ。その落差はあまりにも大きい。しかし、社員に与える影響はまったく同じ。社員が数人か数千人かの違いはあるが、社長の「経営」によって、それが悪ければ多くの社員をどん底に追い込むことに違いはない。

このところ、公的支援で破綻を回避した米AIGなどが支払った高額賞与に対して、オバマ大統領や世論が怒っているが、先ほどのニュースで、米下院が90%の税金をかける法案を可決したと報じていた。
責任と権限は表裏一体である。経営幹部は処遇(給料)もその責任に応じて優遇されている。しかし、責任を取るべき経営幹部が、逆に多額のボーナスを支給されたという米AIGの例は論外としても、世の多くの会社がいわゆる“サラリーマン社長”であり、権限を行使した挙句の責任を、単に「サヨナラ」だけで終わってしまう事に、多大な影響を受ける(生活を脅かされる)一般社員の目から見ると違和感があるのは自分だけだろうか?
株主は仕組みとして「株」という有限責任であるが、米AIGの話を持ち出すまでも無く、経営幹部の責任の取り方はあいまい。「信賞必罰」であるはずの「信賞」だけをお手盛りで行い、「必罰」からはサッサと逃げる。これら経営幹部に真の責任を取らせる方法はないものであろうか?
昔、近くのあるサラリーマン社長が、突然頭を丸刈りにして現れて皆がビックリした事があった。責任を取る意味で「頭を丸める」という言葉があるが、自分の行ったリストラに対し、本当に頭を丸めた社長・・・
でもこれ位しか社員に対して自分を表現する手段を持たないもの、現実のサラリーマン社長の哀しさかも・・・・

●メモ:カウント~35万


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