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2009年3月16日 (月)

中村元の「阿弥陀経」(2/10)

この連続記事は、1985年4月から9月まで、NHKラジオ第二放送で行われた全26回の連続講義「こころをよむ/仏典」 (CDはこれ)の「第19回 極楽国土を欣求する-阿弥陀経」の部分を、『中村先生の声』と『読み下し文』、そして『中村先生の説明』を、この放送を活字化した、前田専学先生監修の「仏典をよむ4 大乗の教え(下)」(これ)を元に味わっていくもので今日はその第2回目、阿弥陀仏、阿弥陀経についての概説である。

<こころをよむ/仏典「阿弥陀経」~その2

「仏説阿弥陀経  姚秦三蔵法師鳩摩羅什奉詔訳

にょぜがもん  いちじぶつざい しゃえこく  ぎじゅ きッこ どくおん よだい びくしゅう
如是我聞 一時仏在 舎衛国 祇樹給孤独園 与大比丘衆
せんに ひゃくごじゅうにんく かいぜだいあ らかん しゅしょ ちしき ちょうろうしゃりほつ ま かもッけんれん 
千二百五十人倶 皆是大阿羅漢 衆所知識 長老舎利弗 摩訶目ケン連

ま か かしょう ま かか せんねん ま  か   く   ち   ら  り   は  た  しゅ りはんだ    か  なんだ あ  なんだ
摩訶迦葉 摩訶迦旃延 摩訶倶チ羅 離婆多 周利槃陀伽 難陀 阿難陀
ら  ご    ら きょう     ぼん は だい びん ず る は  ら   だ   か  る  だ  い   ま   か こうひんな  は   く   ら
羅ゴ羅 キョウ梵波提 賓頭盧頗羅堕 迦留陀夷 摩訶劫賓那 薄拘羅
あ   ぬ  る  だ にょ ぜ  とう しょだいで  し  びょう     しょ ぼ  さつ ま  かさつ もんじゅし  り  ほうおう じ  
阿ヌ楼駄 如是等 諸大弟子 ビョウ諸菩薩 摩訶薩 文殊師利法王子
あ   いッた  ぼ さつ けんだ か  だいぼさつ じょうしょうじんぼさつ よにょぜ とう しょだいぼ さつ 
阿逸多菩薩 乾陀訶提菩薩 常精進菩薩 与如是等 諸大菩薩
ぎゅうしゃくだいかんいんとう むりょうしょてん だいしゅく
及釈提桓因等     無量諸天  大衆倶

「仏の説きたまいし阿弥陀経 姚秦(ようしん)の三蔵法師(さんぞうほっし)、鳩摩羅什(くまらじゅう)詔(みことのり)を奉じて訳す
<序説>
かくのごとくわれ聞けり。一時(あるとき)、仏、舎衛国(しゃえこく)の祇樹給孤独園(ぎじゅぎつこどくおん)に在(い)まして、大比丘衆(だいびくしゅう)、千二百五十人とともなりき。みな、これ、大阿羅漢にして、衆に知識せられたり。[すなわち]長老舎利弗(しゃりほつ)、摩訶目ケン連(まかもっけんれん)、摩訶迦葉(まかかしょう)、摩訶迦旃延(まかかせんねん)、摩訶倶チ羅(まかくちら)、離婆多(りはた)、周利槃陀伽(しゅ りはんだか)、難陀(なんだ)、阿難陀(あなんだ)、羅ゴ羅(らごら)、キョウ梵波提(きょうぼんはだい)、賓頭盧頗羅堕(びんずるはらだ)、迦留陀夷(かるだい)、摩訶劫賓那(ま  かこうひんな)、薄拘羅(はつくら)、阿ヌ楼駄(あぬるだ)、かくのごときらのもろもろの大弟子、ならびにもろもろの菩薩摩訶薩(ぼさつまかさつ)、[すなわち]文殊師利法王子(もんじゅしりほうおうじ)、阿逸多菩薩(あいったぼさつ)、乾陀訶提菩薩(けんだかだいぼさつ)、常精進菩薩(じょうしょうじんぼさつ)、かくのごときらのもろもろの大菩薩、および釈提桓因(しゃくだいかんいん)らの無量の諸天(しょてん)・大衆とともなりき。」

「かくのごときわれ聞けり」、お経の最初に必ず出てくることばですね。「舎衛国(しゃえこく)」は当時の大国であったコーサラ国の首都、サーヴァッティー。「祇樹給孤独園(ぎじゅぎつこどくおん)」は、もとジェータ太子の園であった林で、スダッタという長者が買い求めてブッダに寄進したものです。このスダッタ長者は孤独なる人にいろいろな衣食を寄付し、人々を救うことに努めていましたから、「給孤独」ともいわれるのです。
そこにブッダが千二百五十人もの大ぜいの修行僧たちといっしょにおられた。「阿羅漢(あらかん)」はアルハットの音を写したもので、尊敬さるべき人、敬われるべき人ということです。「衆に知識せられたり」、多くの人々に認められておりました。「長老舎利弗」、ブッダ第一のお弟子とされるシャーリプトラですね。非常に知恵がすぐれているとされました。あとに続くお弟子は、もとはみなインドの名前を漢字で写したものです。順ぐりに申しますと、マハーマウドガリヤーヤナ、マハーカーシャパ、マハカーティヤーヤナ、マハーカウシティラ、レーヴァタ、シュッディパンタカ、ナンダ、アーナンダ、ラーフラ、ガヴァーンパティ、ピンドゥーラ・バーラドヴァージャ、カールダーイン、マハカッピナ、ヴァックラ、アニルッダとなります。このうちピンドゥーラ・バーラドヴァージャは「おびんつるさま」としてよくお寺でかわいい姿がみられます。それをなでると目などなでた箇所の病が治るという信仰ありますね。
さらにもろもろの菩薩・摩訶薩がいた。「菩薩」とはさとりをめざす人。「摩訶薩」とはマハーサットヴァの音を写したもので、偉大な人、立派な人を意味し、「大士(だいじ)」、つまり大きな士(さむらい)と訳すこともあります。まず「文殊師利法王子(もんじゅしりほうおうじ)」、もとのことばでマンジュシュリーで、子供の形でよく描かれています。それで、法王である仏の子であると象徴的にいわれるのです。「阿逸多(あいった)」はアジタ、弥勒菩薩のことです。「乾陀訶提(けんだかだい)」はガンダハスティン。そして、常精進菩薩(じょうしょうじんぼさつ)。続いて「釈提桓因(しゃくだいかんいん)」とありますが、これは帝釈天のことです。「釈」というのはシャクラの音を写したもので、これが名前です。「提桓因」というのはデーヴァーナーム・インドラという音を写したもので、神々の主という意味です。
このような無数に多くの「諸天・大衆」、つまり神々の仲間と人々とともにいらっしゃった、というのです。」

いつものように、舞台設定が説明される。場所は舎衛国(しゃえこく)の祇樹給孤独園(ぎじゅぎつこどくおん)。そこに居たのは1650人の修行僧たち。1650人は枕詞で多人数の例えで良く出てくる言葉。そして16人の大弟子の名、そして4人の大菩薩の名前が羅列される。
まあそこまで詳細に参加者の名前を挙げなくても良いだろう、と思うのだが、お経を聞いていると、まるで詩の朗読を聞いているように心地よい「韻」に聞こえる。(まあサンスクリットの原文でも「韻」があるのかどうかは分からないが・・・)
でもこれだけの阿羅漢や菩薩さまが一緒に聞いていた、ということは、極楽世界についてのブッダのお話が、如何に重要かを物語っているのかな・・・??

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コメント

 たいへん貴重なありがたいHPを初めて拝見させていただいて感謝しております。元先生の御解説、わかりやすく親切ですね。お経を暗唱できてて本当に良かった。できたら、まずは子供の時に赤毛のアンよろしく諳んじるのが大事で、次に機会を得たら内容を勉強すると非常に楽ですね。ありがとうございました。

【エムズの片割れより】
だいぶ前の記事へのコメント、ありがとうございます。最近は、とんと仏教の話もしなくなりました。
中村元先生ほどの大先生は、もう二度と現れないでしょうね。

投稿: ボニータ | 2016年12月16日 (金) 22:12

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