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2009年2月12日 (木)

難病からの生還~ミュージシャン渡辺知子さん

雑誌「至知」3月号に、「私たちは奇跡的な命を生きている~ミュージシャン 渡辺知子」という記事があった。「難病である紫斑病、クモ膜下出血という二度にわたる命の危機から奇跡的に生還し、精神的、肉体的ハンディのある若者たちとともにコンサート活動を繰り広げる渡辺知子さん・・・」。曰く・・・

「私が(小学校5年の時に)かかったのは、血小板減少性、血管性、アレルギー性、腹性、と複合の紫斑病で、他にも起立性循環調節障害症など複雑で家族には「20歳までの命でしょう」と知らされたそうです。・・・・・
時間がないんだったら大好きな音楽に打ち込みたいと思いました。夢中でエレクトーンの練習をしている時だけは病気の痛みや学校に行けない寂しさを忘れることができましたね。・・・そして中学3年の時に全国大会出場を決めました。・・・・日本で開かれた世界大会でグランプリを受賞してしまったんです。しかも、高校1年生という世界最年少で、です。・・・・・
(病状は)高校を出ても一進一退でしたね。そんな時、私の病気を人一倍心配してくれ、音楽活動を応援してくれていた大好きな祖母ががんになり、あと1年の命だと宣告されたんです。自分がもう長くないことに気づいていたのでしょうね。見舞いに行くたびに「私が死ぬ時は知子の病気ぜーんぶ、あの世に持っていくからね」と口にするようになりました。
祖母の容体は日に日に悪くなり、息を引取ったのですが、ふと気がつくと、信じられないことが起きていたんです。毎日手足をこっそり見ては、きょうはどのくらい出血しているかと気にしていた紫斑が綺麗に消えているじゃないですか。病院の先生も、「これは奇跡だ」って驚いていました。あぁ、祖母が約束どおり私の病気を持っていってくれたんだと思うと、涙が止まりませんでしたね。・・・・
・・・・・・・・・・
ところが、33歳の時・・・・クモ膜下出血でした。・・・意識を失って救急車で病院に運び込まれた時、心臓と呼吸が止まり、瞳孔も半分以上開いていて生存率はたったの1%だったそうです。・・・
周りに「社会復帰は難しい」と言われ、夢も希望も消えて気持ちは荒れに荒れていました。・・・・
ある日、病院のリハビリ室にいた一人のお爺ちゃんがニコニコしながら寄ってきて、九州弁丸出しで「あんさん、最近よう見るばってん、どこが悪いん?」と話しかけてきたんです。「クモ膜下出血」。ふてくされていた私は無愛想にそう返事をしました。そうしたら「わしは脳内出血たい。見たところまったく同じやな。歩けもせんし、握れもせん。喋りもなかなかでけんばいね」と、いとも嬉しそうに言うんですよ。
そして続けて私にこう聞くんです。「あんさん、夢なかろ?」と。「私にあるわけなかろうが」。「そげなことやけん、つまらんたい。医者の薬よりも夢のほうが効くんばい。わしはこう見えるばってん、大きな夢があるたい。あんた、わしの夢、聞きとうなかね。わしの夢はな、聞いて驚くな。わしの夢はな、もう一度この足で立って歩いてな、孫の手を引いて散歩をすることばい」。・・・・この一言は私にとって、目から鱗が、それこそ音を立てて落ちるくらい本当に衝撃的でした。・・・・
お爺さんは「ほら、皆あんたの夢待っとるばい。大きな声で言うてみい」と言いました。私は目の前のポールを握って立ち上がり、満身の力を込めて叫びました。「私の夢は人の手を借りず、自分の力でトイレに行くことです」と。・・・・・
やがて私は「自分でトイレに行く」という夢を達成しました。トイレで一人喜びの涙を流しながら、またとてつもない夢を私は描きました。それが「もう一度必ずステージに立つ」だったんです。
体験として感じるんですが、この「必ず・・・・する」という“言い切る”パワーはとてつもなく大きいんですね。・・・・・」

先の「あの世に病気を持って行ってくれる」という話は、前にもどこかで聞いた事がある。渡辺さんは、お祖母さんにとても愛されていたのだろう。実にスピリチュアルな話だが、自分は信じる・・・。
もう一つの「必ず・・・・する」という話は、目標があれば、そしてその目標に向かって努力すれば、半身不随でも演奏家として復活することも出来るという、素晴らしい体験談だ。
そういえば昨日のテレビで、今年のパリダカ(ダカールラリー2009)に、11年前のバイク事故で脊椎損傷となりバイクレースから4輪に転向して出場を果たした青木拓磨ドライバーの事を紹介していた。これも“執念”なのだろう。
逆境の時に、人間の真の姿が現れる・・・。その時、自分は・・??(怖~い・・・・!)


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