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2009年2月 4日 (水)

グレープの「雪の朝」

2月に入ったが東京では“雪らしい雪”はまだ降っていない。本格的に雪が降ったら雪の歌でも・・・と思っていたが、降りそうも無いので・・・・
雪の歌というと、アダモの「雪が降る」や「雪の降る街を」を連想するが、自分の若い頃を思い出すと、グレープの「雪の朝」だ。
この頃のことは意外と覚えている。立川のレコード屋でこのEPを買ったっけ・・。デビュー間もない頃である。

<グレープ「雪の朝」>

「雪の朝」
 作詩/作曲:さだまさし

表は雪が降ってる 一面の薄化粧
君はまだ眠ったままで 夢でもみてるのかしら
あたりに人影は無く 街もまだ目覚める前
僕は横になったままで 煙草に火をつける
窓の外には遠く 水鳥が飛び交い
雲は低く流れて 雪は降り続く
表通りを荷馬車が通り過ぎて行く

僕が少しまどろむと もう君は起きていて
ねえみてごらん雪だわと 君は幸せな人だ
曇りかけた ガラスを 君はその手で拭い
まるで子供みたいに 目を輝かせた
またいつもの生活が 始まるだけの朝なのに

Image02301 この歌は、グレープのデビュー曲で1973年10月25日の発売という。周知のようにグレープは1976年春に解散したが、その後のさだまさしの活躍は言うまでも無い。(写真はクリックで拡大)

本人はこの曲について、「想い出のデビュー曲。前評判の割には長崎地方以外ではヒットしませんでした。地味な曲ですものねぇ。現実味が薄い、なんてよく云われますが、それもそのはず、これはいわば幻想曲で、フランソワーズ・サガンの色に魅かれて作ったのです。」とコメントしている。
ん?・・ “フランソワーズ・サガンの色”・・・・??
これはもう退散・・。自分の理解を超えた世界なので・・・。

しかし、何とも不思議な雰囲気の詩だ。後年の“哲学者さだまさし”の片鱗が出ているのだろうが、どうも“論点”がはっきりしない。単なる写実絵なのだろうか・・・

(雪国の人には失礼だが)雪が降ると電車が止まる。よって“このまま春になればいいな~”ナンテ思いつつ聞く「雪の朝」ではある。


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コメント

長崎出身のカッチェテひろちゃんと申します。

1月30日付け、朝日新聞で案山子の話題があり、懐かしくなって色々見ていたらここへたどり着きました。

もう、ビックリ!
長崎以外の人で、「雪の朝」を買っていた人が、いたとは!
友人は、グレープデビューコンサートの呼び込みをしました。
私も、東京行きを応援した覚えがあります。
DJをやっていた頃、さださんに直撃取材したことも。

故郷長崎を離れた年数の方が、長崎で暮らした年月を超えました。
また、寄らせて下さいね。
PS.
雪の朝の反対の面は、蝉時雨でしたね。
あ、
虹何とか?って何か題名は変えてたような気が、、、。
雪の B面が、もろ夏ってのが、敗因だったような。

投稿: カッチェテひろちゃん | 2010年1月30日 (土) 10:11

カッチェテひろちゃん さん

コメントありがとうございます。
「雪の朝」は“全日本的な”歌で、決して長崎が独占するようなローカルな歌ではありません・・・よね。
しかし、さださんとは永いお付き合いのようで・・・。
見掛けによらず哲学者ですよね。さださんは・・

投稿: エムズの片割れ | 2010年1月30日 (土) 23:06

私も買いました。
グレープは大好きでした。
袴姿でバイオリンを奏でる、さだまさしの姿がとても初々しく好感を持ちました。
グレープ時代の歌は本当に良かった。繊細で美しい日本語が優しいメロディーにのって心に沁みてきました。
さだまさしはこういう人物なんだと勝手に決めていました。
グレープの唱う歌は今でも大切にしています。

独立後はいろいろご苦労もあったようですが、彼の博学と洞察力、なによりそれを表現できる表現者としてますます才能を開花させていきましたね。

それから・・・彼の体重が増すにつれ、だんだん共感できなくなってきました。彼の哲学的表現についていけなくなったのか…心に沁みてこないのです。
今では「秋桜」以外には殆ど聞きません。「償い」さえ胸を打たないのです。

非凡と凡人の差だけだろうか?

【エムズの片割れより】
自分も、若い時の作品ばかり聞いている歌手が多いです。小椋佳を筆頭に、布施明や分野は違いますが喜多郎も・・・。
グレープも、当時、純粋で良かったですよね。

投稿: みのる | 2014年9月 3日 (水) 09:13

写実ではないと思いますよ。
雪の朝の詩にとらえどころがないのは、さだまさしがコメントしているように「幻想曲」(ファンタジー)だからではないでしょうか。

“フランソワーズ・サガンの色”…これはちょっとまいった…分かる訳がないですね。サガンの研究者がここを覗いてくれることを期待しましょう。
強いて…。彼女の純粋な色…純白が金とドラッグと性によって染色されていく色でしょうか?・・・想像しても始まりませんが。

まさに理解を超えたコメントです。いつの頃のコメントなんだろう。

投稿: みのる | 2014年9月 4日 (木) 00:01

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