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2008年12月30日 (火)

仏教界の戦争協力

(連休になって、録り溜めた前の番組を見ている)
ETV特集「戦争は罪悪である~ある仏教者の名誉回復~」(2008年10月12日NHK教育で放送)を見た。NHKの番組HP(ここ)には、こうある。
「日中戦争がはじまった1937(昭和12)年7月、大多数の宗教者が戦争に協力していく中で「戦争は罪悪。この戦争は侵略である」と説き、検挙された僧侶がいた(当時71歳)。真宗大谷派の高僧・竹中彰元。警察の追及にも信念を曲げず、本山からも布教使資格のはく奪処分を受けて、1945年にこの世を去った。・・・地元の人々や多くの宗教者たちの熱心な運動により、去年10月、本山はついに彰元の名誉回復に踏み切る決定を行う。彰元が検挙されて、実に70年ぶりのことだった。・・・本来「殺生」を禁じた仏教界はなぜ戦争に協力したのか。・・・これまであまり取り上げられなかった「宗教者の戦争責任」について考える番組としたい。」

本来「殺生」を禁じていた仏教界が、なぜ戦争に協力したのか・・・。この番組に沿ってメモしてみると・・・

・1937年4月27日、禁固4ヶ月執行猶予3年の判決を受け、真宗大谷派は規律を定めた達令に基づき、僧侶の位を最下位に落とす停班という処分を下した。その背景は・・・
・1904年の日露戦争勃発と共に宗教界は戦争協力体制に入っていった。当時、京都府が記録した「仏教各宗時局に対する行動」という文書によると、各宗派が競って協力体制を敷き、従軍布教使を派遣、軍隊を訪問し、兵士の士気を鼓舞していたと記されている。
・若い頃、布教使として国策を説いたという僧侶は「国難突破とか挺身殉国とか、戦争協力の為に、特にそのような事に力を入れて説いてくれとのことで、それが優先された。国家と本願寺は敏感に連動していた。国家がこういう方針だというと、直ぐに協力しましょう・・・と。」という。
・もともと仏教には不殺生という戒律があり、殺してはならないという戒律を大切にしてきた。その仏教界がなぜ戦争を肯定したのか? 明治時代に発行された真宗大谷派の機関紙「開導新聞」に“一殺多生”という言葉が登場する。多くを生かすために少しを殺す事はやむを得ない。それが仏の教えであり、愛国者の義務だという。
・戦争協力を研究してきた西祐寺の廣瀬住職は言う。「親鸞聖人が一切触れていない言葉を明治16~17年頃から持ち出して、日本の国の富国強兵の国策に協力するための言葉として使い始めた。これが出発点。日本が正義であって日本に反対する国は賊であるという考えに立つ。これは仏教には無い考え方。それを無理に結び付けるために“一殺多生”という言葉が頻繁に使われるようになってきた。」
・そうした教団の方針に異を唱える僧侶もいた。日露戦争に反対した高木顕明もその一人。しかし後に逮捕投獄され、真宗大谷派からも追放された。
・それから満州に武装移民を送り込んだ際、仏教各派はこうした動きに連動して中国大陸に進出、布教活動を進めた。真宗大谷派は1935年10月、武装移民が最初に入植した弥栄村にいち早く布教所を開設。表に掲げられた「日語学校」という表札。日本語を現地の住民に広めて行く事も布教活動の一環だった。
・宗教界も日本軍の占領を円滑に進めるための宣撫(せんぶ)工作の一端を担っていた。鉄砲を打った後、占領地の人たちの心をつかむ事が非常に大切。それに役に立ちそうな能力を持った人たちが宗教教団であり、教師であった。占領地の人たちの心をつかめれば、物資も手に入るし、ゲリラも無くなる。
・1937年、日中戦争が拡大するなか、政府は「国民精神総動員」として宗教界にも戦争への協力を更に求めていく。
・真宗大谷派は国家の方針に敏感に反応する。「国民精神総動員と仏教」という当時の講演の録音によると「・・国民たるもの滅私奉公の誠をいたして国民精神総動員の一員として責務を遂行することは当然であるのであります。今日の非常時に際し国民精神総動員は大和民族の精神的自覚を一層強化せんとする国策であります。・・・」
・そして、真宗大谷派が全国の寺・門徒に配った戦時布教のテキスト「萬歳の交響楽」には「・・・太平が続くと人間が利己的になる。この利己心を打破するには戦争は最もよい導きである。・・・」との言葉まである。
・太平洋戦争が始まり、1942年に本山から出された「戦時 住職手帖」(住職の心得)によると「国民の士気を鼓舞する精神的原動力となるのが住職の役割である。」
・戦後、真宗大谷派は二度と戦争への協力を行わないと表明する。しかし長い間、自らの責任を問う事は無かった。大きな転機が訪れたのは1987年、日中戦争勃発から50年後の事。全世界の戦争の犠牲者を対象とした「全戦没者追弔法会」を開催。自らの責任を告白した。そして、1995年には「不戦決議」を採択。戦争に協力した宗門の罪を懺悔し不戦の誓いを表明した。そして次の年に高木顕明名誉回復。そして、忘れ去られてきた竹中彰元師が2007年にやっと名誉回復された。

この番組で、自分の“不殺生の仏教界”は戦争に対してどう対応したか?の問いに対する一つの答えが得られた。
しかし未だ分からない。なぜ仏教界が国策に付和雷同せざるを得なかったのか?仏教の「不殺生戒」に基づき、この番組の二人の他にも戦争協力に疑問を持った僧侶がたくさんいたはず。それらの声がどのようにして抹殺されたのか? 国民の戦争への熱狂に、僧侶達も単に追従して行っただけなのか・・・・?
そのうちにまた本を探してみる事にしよう。


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