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2008年10月30日 (木)

「仏教者の様々な臨終」

ブッダの最期の言葉が「修行僧たちよ、怠ることなく修行を完成しなさい」、だったことは有名だが、雑誌「大法輪 11月号~特集:死とどう向き合うか」(これ)で、日本の宗派の開祖たちの臨終の言葉を読んだ。

「仏教者の様々な臨終」(「大法輪」2008年11月号P87~91)
   (作家)瓜生 中(うりゅう なか)

<空海の臨終~永く山に帰らん>
・・・承和(じょうわ)元年(834年)の5月、空海は弟子たちに「生期(しょうき)、今いくばくもならず。汝ら、よく住して仏法を慎み守れ。吾は永く山に帰らん」と遺言したという。・・・そして翌年の2月ごろには高野山に登り、3月21日の夜半、62年の生涯を閉じた。臨終に際しては、釈迦と同じように右脇腹を下にして横たわり、最期のときに「滅!」と唱えたと伝えられている。「滅」という最期の言葉は、世俗の生との決別を意味していたのではないか。それは新たな生への餞(はなむけ)だったようにも思える。

<法然の臨終~弥陀の本願>
建暦(けんりゃく)2年(1212年)、浄土宗の開祖、法然は京都の禅房で80年の生涯を閉じた。・・・・法然の臨終のときには「住生伝」に見えるような、聖人の臨終に際して紫雲がたなびくとか、光明が射すというような奇跡は何ひとつ起こらなかった。最期の時を迎えた法然は念仏を唱え、弟子達が3尺の阿弥陀仏を枕辺にまつろうとすると「この仏のほかに仏まします」といい、仏像の指に結びつけた五色の紐を持たせようとすると、これも拒否したという。阿弥陀如来の本願を確信していた法然にとって、仏像も五色の紐も不要だった。臨終に際しては必ず阿弥陀如来がやって来て極楽浄土に連れて行ってくれる。だから、世間一般に行われているような臨終行事は全く必要ないと考えていた。淡々と阿弥陀如来の迎えを待てば十分だったのである。このような臨終に際しての法然の態度は、真の信仰を獲得した人だけが取りうるものだったに違いない。・・・

<親鸞の臨終~遺骸は魚に与えよ>
浄土真宗の基礎を築いた親鸞は、弘長2年(1262年)11月28日、90歳の天寿を全うした。「本願寺聖人伝絵」には臨終のときの様子を次のように伝えている。・・・
釈迦と同じように頭を北にし、顔は西に向けてひたすら念仏を唱えながらの大往生だった。臨終の床は末娘の覚信尼をはじめ、関東や越後から駆けつけた門弟たちに囲まれていたという。親鸞は生前、死後のことについて「某(それがし)、閉眼せば、加茂川にいれて、魚にあたうべし」(「改邪抄」)と言っていたと伝えられている。これは争議などに煩わされることなく、一心に弥陀の本願を信ぜよという親鸞の遺誡(ゆいかい)であった。釈迦が入滅に際して、出家の弟子たちが葬儀に関わることなく、修行に励めと言ったことと共通するものであった。

<一遍の臨終~南無阿弥陀仏になりはてぬ>
時宗の祖、一遍は南無阿弥陀仏の念仏による衆生の救済に務め、一所不住(いっしょふjちゅうう)の遊行(ゆぎょう)生活をしたことで知られている。・・・病床の一遍は参集する信者とともに念仏をとなえ、正応2年(1289年)8月23日の朝、ついに51歳の生涯を閉じた。眠るが如き大往生だったという。臨終に先立つ8月10日、「一代の聖教(しょうぎょう)みなつきて南無阿弥陀仏となりはてぬ」と言いながら、わずかな経典や所持品を焼き捨てたという。ただ、南無阿弥陀仏だけが残った。「捨て聖」の真骨頂を発揮した瞬間だった。
・・・・


以上、名僧の死様を見てきた。そこに共通してみられるのは、死の恐怖を微塵も感じさせず、淡々と死を受容する態度だ。これはここで取り上げた以外の名僧にも共通して見られる。そして、このような態度を取ることができる原動力は、真摯な信仰心に裏付けられた強い信念であるということができよう。
極度に流動化した現代社会において、「何か」に対する絶対的な信頼に基づく信念こそ、最大の喪失物といえるのではないだろうか。しかし世界には絶対的な信頼を置き得る「何か」が必ずあるはずだ。その「何か」に出会った人だけが、死の恐怖を克服することができるのではないだろうか。そうありたいものである。」

またまた長くなってしまった。
聖人の臨終の場面は、それぞれ宗派にとっては非常に重要な事であるため、後世に詳しく語り継がれて来たのだろうが、それぞれの教えと通じていて、なかなか興味深い。
しかし、この論の筆者である瓜生氏の言う「何か」とは何だろう? “「何か」に対する絶対的な信頼”とは、自分にとっては何を意味するものだろう?
少なくともそれは、最近暴落している「株」でも、沸騰している「円高」でもない事だけは確かだ。 まあ自分にとってそれが何かは、大体想像できる・・。別にそれは信仰に限ったものでもなかろう。信仰に足る「何か」なのだ。
まあ、まだ時間があるので、死ぬまでにその「何か」が何であるかを、しっかりと見極める事にしようか・・・・。


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