« 映画「おくりびと」を見て | トップページ | 団塊!今こそ「社会見学」 »

2008年10月 5日 (日)

「荒城の月」の研究?

いつもの「NHKラジオ深夜便 こころの時代」で、「イチョウの古木に教えられて 声楽家・芸術プロデューサー 大野一道」(08/10/2放送)を聞いた。話の中で「荒城の月」についての解説があり、なるほど・・・と聞いた。

「「荒城の月」は瀧廉太郎が21歳の時に作った歌。作ったのは単旋律(無伴奏の歌曲)のみ。つまりその頃は、作曲技法を持ち合わせていなかった。西洋的に見ると、または作曲技法的に見ると、内容的には稚拙・・・。つまり、ヒゲの無い音符が単調に並んでいるので、出した音で何かを表現しようとしても出来ない。逆に日本の建物で言うと、桂離宮のように無駄なものをそぎ落としている。だから、瀧廉太郎が西洋的な手法を知らなかったがために、日本的に出来上がった曲であると言える。従って「荒城の月」が単純であるという事は、具体的に音に感情をのせることは難しいが、音の奥に感情を込めるという意味では適した歌である。・・・」

先日、クロスロード・ツインズ・ハーモニーが歌った「荒城の月」を聞いた、単調な歌を色々と変化させて苦労して(?)歌っていた。印象に残ったので少し聞いてみよう。

<クロスロード・ツインズ・ハーモニーの「荒城の月」>

「荒城の月」
  作詞:土井晩翠
  作曲:瀧廉太郎

1)春高楼の 花の宴 巡る盃 かげさして
 千代の松が枝 わけ出でし 昔の光 いまいづこ

2)秋陣営の 霜の色 鳴きゆく雁の 数見せて
 植うる剣に 照りそいし 昔の光 いまいづこ

3)いま荒城の 夜半の月 変わらぬ光 誰がためぞ
 垣に残るは ただ葛 松に歌うは ただ嵐

4)天上影は 替わらねど 栄枯は移る 世の姿
 写さんとてか 今もなお 嗚呼荒城の 夜半の月

ところで、米良美一の「母の唄~日本歌曲集~」というアルバムの解説に、このような記述がある。

「発表時の表題は「荒城月」で、瀧はメロディーしか作っておらず、現在演奏されている伴奏譜は山田耕筰の手になるものだ。その時、原曲の1小節を2小節に分け、8分音符を4分音符に置きかえ、4/4拍子の曲に編曲している。そして6ハナノ“エ”ン・・・の<エ>の音が“嬰へ”だったのを#を削る改正もした。(=原曲より半音下げている)米良美一は、原曲通り“嬰へ”で唄っている。」

この歌唱は珍しいので、少し聞いてみよう。(なお、米良美一はカウンターテナーのれっきとした「男性」なのでお間違えの無きよう・・・)

<米良美一「荒城の月」>

一方、この詩は情景だけが詠われており、そこには人の意思は何も書かれていない。
子供の頃、「めぐるサ」「かずき影さして」と歌い、「かずき」って何だろうと思ったものだ。(当然その後、「巡る杯」と納得したのは言うまでもないが・・・)

しかし“研究”してみると、
1番は「めぐる」「“さ”かずきかげさして」
2番は「鳴きゆく」「雁(かり)の数見せて」
3番は「変わらぬ」「光誰(た)がためぞ」
4番は「栄枯(えいこ)は」「移る世の姿」

よって、やはり1番は「めぐる“さ”」「かずき影さして」が正しい・・・と、ツイ思ってしまう・・。よね? やっぱ、思わない??(詩を解さない自分だけか・・・トホホ・・)

話は変わるが、前に「上海交響楽団の「荒城の月」」という記事を書いた(ここ)。何とかC Image01781 Dを手に入れたいと書いたが、先日、ふと夜中に目が覚めたとき、“虫の知らせ”でネットで「上海交響楽団」と検索したら、何とamazonでこのCDが売り出されているではないか。もちろん中古だが・・・。直ぐに注文して手に入れたのがこのCD。まあ「荒城の月」以外はそれほどフィットしなかったが、この1曲のためにCDを買う価値はあった。改めて(良い音で)聞いてみよう。

<黄佩勤:指揮/上海交響楽団の「荒城の月」~市原宏祐:編曲>(CDはこれ

実は、なぜ自分がこの編曲に拘るのかというと、ベートーヴェンの「月光の曲」の旋律を“引用”しているので、自分にはついフィットしてしまうのである。

話は飛ぶが、昔独身の頃、新しく開発したシステムのPR実験のために、九州の顧客をセールスカーで回ったことがある。その時に、瀧廉太郎が曲を構想したとされる大分県竹田市の岡城址に寄った事がある。フトそのときの事を思い出した。
そのうち、別府の温泉めぐりとともに、もう一度岡城址で「荒城の月」を“味わう”のも一興かもね・・・。

(関係記事)
上海交響楽団の「荒城の月」


« 映画「おくりびと」を見て | トップページ | 団塊!今こそ「社会見学」 »

コメント

取り上げていただきましてうれしいです日本歌曲は米良さんの真髄です。

投稿: おばけ | 2008年10月 6日 (月) 22:14

今、メルボルンの夜10時に上海交響楽団の「荒城の月」をうっとり、そして大満足で聞きました。初めて知りました。小鳩くるみ、ひばり、岸恵子他、それから「笛吹童子等3曲」また「コロブチカ」も。私は45年生、還暦からも早や3年の組。どうしてエムズさんを見つけたか分からないのですが、大発見。今後も楽しく読んだり聞いたりさせていただきます。最高です。感謝。

投稿: 知佐子 | 2008年10月18日 (土) 20:18

知佐子 さん

コメントありがとうございまあす。
オーストラリアですか?・・なるほど。インターネットですものね。
メルボルンは春ですか?
我々も04年8月にケアンズとゴールドコーストに行ったことがありますが、オーストラリアは、とにかく広いのでビックリしました。

投稿: エムズの片割れ | 2008年10月18日 (土) 22:01

こんにちは。
「荒城の月」、歌詞、メロディともにいい名曲ですね。

投稿: kemukemu | 2008年11月30日 (日) 19:17

kemukemu さん

瀧廉太郎も、もう少し生きていてくれたら、日本の音楽界が変わっていたかも・・・?
天才は若死にする?

投稿: エムズの片割れ | 2008年11月30日 (日) 21:18

とっても、興味深いブログを見つけて興奮しています。

私は還暦を過ぎた女性です。
ここを知るきっかけになったのは、「荒城の月」です。
実は、私がファンのソプラニスタ岡本知高さんがコンサートで「荒城の月」を歌われるのですが、それがとても好きなのです。偶然新聞で「荒城の月」の記事が目にとまり、読むと♯が取られたことを知り、そして、唯一米良さんが原曲で歌っておられることがわかり、なんとか聞くことができないものかとネットで検索して貴ブログにたどり着きました。拝見しますと、岡本さんの姉弟子にあたる土居裕子さんの歌まで聞くことができて本当に感謝しております。ありがとうございました。アクセスカウンターもすごい数ですね。時々拝見させていただきます。

もし・もしお願いできれば岡本知高もクラシックの仲間へ入れていただけたら嬉しいです。カッチーニのアヴェ・マリアも歌っておられます。もし、よかったらCDを差し上げたいのですが・・。

初めてにして、ぶしつけなコメントで申し訳ありません。メールを頂けたら嬉しく存じます。

投稿: ジュン | 2010年4月19日 (月) 22:31

ジュン さん

コメントありがとうございます。自分の持っている岡本知高さんの歌は、TVから録った「津軽のふるさと」1曲だけです。
ところで、土居裕子さんは岡本さんの姉弟子なんですか・・・。色々なところでつながっていますね。
しかしカウンターテナーとは言わずにソプラニスタと言うんですね。しかしなぜ皆さん、体が大きいのでしょう?

投稿: エムズの片割れ | 2010年4月19日 (月) 22:50

エムズ片割れ様

コメントの移動ありがとうございます。
「津軽のふるさと」・・、感動です。
NHKですよね。私、岡本さんが歌う「津軽のふるさと」も大大好きなのです。
いろいろ書くと長くなってしまいますので、止めますが、最近あることがきっかけで「津軽のふるさと」が入ったビデオをくださった方があり、それをはじめて視聴して感動していました。

土居さんは岡本さんが音大受験のためにレッスンを受けた神崎先生のお弟子さんだったのです。そして、岡本さんがその神崎先生のレッスンを受けているときにひょっこり、土居さんが先生のお宅を訪ねられて、岡本さんは握手をしてもらい、その日のレッスンは感激のあまりそこで終わったそうです。

投稿: ジュン | 2010年4月20日 (火) 16:49

初めまして、hikomaと申します。
米良さんの、そして岡本さんの歌声にすっかり虜になっております。

「荒城の月」、岡本さんが直立不動の姿勢で
歌われる時、私も思わず居住まいを正し、敬虔な気持ちで聞かせていただいています。

大好きな曲の一つですが、今又、米良さんの
「荒城の月」を聞くと、同じ曲でも歌い手さんによって、これほどまでに違うイメージに
なるのかと、わかっていることではありましたが、改めて驚きました。

嫋嫋とした哀切な歌声、米良さんの心髄!
凛とした岡本さんの「荒城の月」とは異なる
米良さんの荒城の月、聴きながら涙が出てしまいました。

米良さんの歌は、情感にもろに訴えかけてくるような気がします。

心が平静ではいられなくなる、かき乱される、そんな作用が米良さんの歌にはあるのです。

禁じられた怪しい媚薬のような危険な香り、
それが米良さんの歌の魅力!

CDも持っていますが、こちらのサイトから
「荒城の月」、繰り返し聴かせていただきました。
有り難うございます。

投稿: hikoma | 2010年4月22日 (木) 07:18

hikomaさん

コメントありがとうございます。
シンプルな「荒城の月」は、それだけ難しくもあり、歌手によって実力が現れやすい曲なのかも知れませんね。

投稿: エムズの片割れ | 2010年4月24日 (土) 23:10

いつも興味あるお話と美しい音楽を楽しませていただいております。今日は「上海交響楽団」の荒城の月を何度も楽しみました。
米良美一さんの、「花の宴」の“え”を高く歌う原曲どおりの歌い方は立川澄人も歌っています。you-tubeにあります。
また、めぐる盃の切り方について私見を述べますと、当時は七五調が一般的で「めぐる盃」「影さして」と切るのが普通だったのではと思うのですがいかがでしょうか。

投稿: 周坊 | 2010年7月10日 (土) 23:10

追伸
七・五調などとずいぶん的はずれなことを言ってしまったようです。
エムズの片割れさんは、読むときの切り方ではなく歌うときの切り方に疑問を呈していらっしゃるのだと気づきました。
あのフレーズは、ファ・ファ・シ・ドと4っつ上がってきてレ・ド・シーと下がります。つまり4っつ上がるのに、言葉的にはめ・ぐ・るの3っつで切ることに違和感を感じていらっしゃるのだと気づきました。
それだと私も確かに同じように感じます。
同じ音階のフレーズが4番までに12ヶ所あり、ここと同じパターンは3番の「松に歌うは・・」ですがここほど違和感を覚えないのは何故なのでしょうか。

【エムズの片割れより】
いつもコメントをありがとうございます。
この部分は、「****」「+++・・・」と聞こえてしまい、子どもの頃、「めぐるさ」って何だろう?ナンテ馬鹿なことを考えていたもの・・・
ところで、上海交響楽団の「荒城の月」はなかなか面白いでしょう?自分がはまった原因は、ベートーヴェンの「月光」の旋律が出てくるからかな?と思ったりしています。

投稿: 周坊 | 2010年7月11日 (日) 13:13

今度私の所属するシルバー合唱団で「荒城の月」を歌うことになりました。そこで私の提案で米良美一さんや立川澄人さんが歌っている原曲の旋律(1番”え”の#)で歌うことにしましたが、山田耕筰氏がなぜ#を取り払ったのかその経緯が分かっていません(勿論作曲家の死後ですから本人の了解を取っているわけはないでしょう)。原曲の方が格調が高く優雅な旋律だと思いますが、それをわざわざ変えた理由は何なのかぜひ知りたいと思っています。

【エムズの片割れより】
どなたか、山田耕筰の経緯をご存じありませんか・・?
ところで、一般と原曲の#の音程ですが、今の旋律が頭にこびりついているので、#を戻して歌うのはなかなか難しいですよね。

投稿: 紫雲 | 2011年2月 5日 (土) 17:31

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/179901/42691381

この記事へのトラックバック一覧です: 「荒城の月」の研究?:

« 映画「おくりびと」を見て | トップページ | 団塊!今こそ「社会見学」 »