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2008年9月 8日 (月)

メイ子の顔・・・人間と犬との信頼関係

我が家でも犬を飼っている。犬種はヨークシャテリアで、名を「メイリー(美麗=中国語で美しいという意)」という(愛称=メイ子)。もう6歳になるので、人(犬)生の半分を過ぎたことになる。母親は亡くなったが、父親は実家の(ここ)に居る。
最近、ウチのカミさんが「メイ子は幸せだろうか?」「メイ子は笑っているか?」と聞く。自分は理科系のためか「犬は、顔の筋肉の出来が人間とは違うので、“原理的に”笑わないだろう・・」と、にべも無い。(人間は顔の表情筋が約80個あり表情豊かだが、犬などは表情筋がそれほど多く無いという。(ここ)しかもウチの犬はヨーキーなので、毛むくじゃらで、例え笑っていても分からない・・)

P10302541 また、カミさんは「犬にはなりたくない。趣味が無くて、毎日することが無いのはイヤだ・・」とも言う。しかし、これだけは間違いだ。ウチのメイ子の趣味はれっきとした「テレビ鑑賞」なのである。犬の鳴き声や、動物がTVに出てくると、尻尾を振って「ワンワン・・」。それは、それは、けたたましい。(↑これが証拠)

本件とはあまり関係無いが、先日、(いつもの)NHKラジオ深夜便アーカイブス「人生読本~顔」作家…中里恒子(08/8/24放送~昭和51年2月3日の再放送)を聞いた。そこで、“犬の顔”について心に残った話があったので書いてみる。(中里恒子氏=第8回(1938年)女性初の芥川賞受賞者)

「・・・・昔、外国の物語を聞いて忘れられない話がある。筋を言えば・・・・
夫を亡くした未亡人が一匹の犬を飼っていたが、何年か経つうちに蓄えも段々無くなって、犬さえも養うのが困難になってきた。未亡人も病気がちになり、結局は親戚のやっかいにならなければならなくなった。先ず考えたのが犬をどうしようか・・。人にもらってもらうだけの立派な犬でもないし、連れても行けず、残してもいけない。捨て犬を入れる穴があるが、そこに入れると集まった犬に殺されるかも知れないと聞いて、そこに入れるのは止め、近くの山のふもとに、何のためか大きな穴があるのを知って、そこに犬を捨てに行く決心をした。散々迷ったが、自分はこれから人の世話になって暮らすのだから、犬はこの穴の中で死ぬのが一番良いと決心して、最後にたくさんご馳走を食べさせて目をつぶって犬を穴の中に放って、逃げ帰ってきた。翌日、たまりかねてそっと穴を見に行くと、犬はもちろん生きて空を見上げている。婦人がその犬の目を見たときに、何か訴えられているようなたまらない気がして、慌てて帰って来た。それから4~5日してまた見に行った。食べ物は無くなっていたが、犬はまだ生きていた。それで婦人は犬が上を見ているのを、犬の方は見ないようにして、無我夢中で食べ物を穴に放り込んで、また家に逃げ帰った。そんな風にしてとうとう3週間たった。いよいよその婦人が旅に出なければならない時になり、そっと犬にお別れに行った。もう死んでしまっただろう。どっちみち生きているはずはない。そう思ってそっと穴のそばに寄ると、犬はまだ生きていた。そして上を見て鳴いた。婦人は穴のふちに座って、一生懸命犬の名を呼んだ。夢中で呼んで、走って人を呼んで、人の助けを借りてハシゴを穴に下ろし、やっと犬を救い出した。・・・
こんな物語だが、人間通しの愛よりも切実なものを感じた。今考えてみると、犬を捨てたのが愛か、痩せ細って骨と皮ばかりになって生きていた犬を救ったのが愛か、私はどちらとも言えないが、その婦人にとってはその両方ともが愛だっただろうと思う。
犬が3週間も生きていたのは、飼い主を信頼して、いつかは助けに来てくれるという望みを犬がずっと持っていたからだと思います。もし飼い主に対する信頼が無かったら犬は生きられなかったかも知れない。犬が出来るのはただじっと見るだけ。飼い主はその顔を見ただけで犬の何から何までも分かり、犬も飼い主の顔を見ただけで自分の全てを訴えたという了解が、両方に出来ただろうという気がします。」

“顔がすべてを語る”とは良く言う。でも、犬も顔ですべてを語るのか??
前にも書いたが、ウチはヨーキーのために顔が“毛むくじゃら”であり、風呂に入れたときなど、そのキツネのような(素顔の)スタイルにビックリすることがある(メイ子 ゴメンよ!)。しかし、その毛むくじゃらの顔の毛を剥いだとしても、メイ子が笑っているかどうかは、はなはだ疑問だ。
食事の時などは、メイ子と目と目を合わせることは良くある。でも何を考えているか、皆目分からない。でも、犬が日本語を喋れないことは、“お互いの平和のため”には良いことだ。(カミさんは、「もし喋ったら(=たぶん文句を言われるだろうから)、とても育てられないだろう」と言う・・・)

上の中里さんの話を聞いて、しげしげとメイ子の顔を見つめる今日この頃ではある・・・。
「メイ子 お前も信頼して生きて待っているか? それともさっさと見切りをつけてどこかに逃げるか?・・・・」


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コメント

勝手な解釈ですが、犬は笑うと思います。
また、眉をひそめるような表情、突然嫌なことに遭遇したときなどガッビ~ン!と言うような表情を見たりします。

投稿: 福田 | 2008年9月13日 (土) 22:21

福田 さん

へエー、そうですか・・・。
ウチのメイ子も、今度じっくりと観察してみます。笑え!笑え!と言いながら・・?

投稿: エムズの片割れ | 2008年9月14日 (日) 14:12

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