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2008年8月30日 (土)

平安時代の老人の生活と長寿の秘訣

NHKラジオ深夜便(08/8/21)で、「歴史に親しむ『平安時代の老いに学ぶ』埼玉学園大学教授…服藤早苗(H20.2.21放送)」を聞いて、平安時代の生活を垣間見ることが出来た。

今年は、「源氏物語千年紀」。つまり源氏物語が出来て、ちょうど千年になるというので、色々な催しが行われている。今日は、平安時代の貴族で右大臣にまでなった藤原実資(さねすけ)の「小右記(しょうゆうき)」を中心に、平安時代の生活・女性史を研究されている埼玉学園大学教授の服藤早苗氏のお話であった。以下要約すると・・・

・平安時代の平均寿命はたぶん20歳くらい。でもそれは乳児死亡率が高いせいで、20歳位まで生きた人は結構長生きしており、60歳以上の人が4~5%位いた。
・実資の孫の女性は、1134年に99歳で亡くなったという記録がある。菅原のてんが(のりまさ)は、91歳まで生きて典薬(てんやく)の守(=現役)のまま死んだ。道長(62歳)の娘の中宮彰子(しょうし)は87歳、その他色々と記録がある。
・平安時代は、40歳くらいから「老人」という認識。40歳を過ぎたら、チョットだけ病を得て、あまり患わないで死ぬ(極楽浄土)のが理想だった。
・平安時代の貴族社会では、定年は無く、70歳を越えたら「退職届を出しても良い」事になっていたが、禄が半分になってしまうため、この規定は奈良時代には守られていたが、平安時代には死ぬまでその官職のままの人が多かった。
・すると「老害」になるが、実資の場合は、60歳を超えると馬に乗れなくなり、天皇の行幸に随行できなくなる弊害が出た。しかし、実資が持っていた知識に、天皇はじめ皆が頼っていた。当時の会議は夜行われた。夕方4時位から始まり、朝の5時位まで。冬の寒い中での会議でも、85歳の実資が良い発言をした、という記録がある。そして87歳で退官し、亡くなった。
・実資が書いた日記「小右記」は10冊位の膨大なのもであり、実資は日常の健康管理について、当時は日宋貿易が盛んであったため医学書や薬を取り寄せ、酒もほどほどに、食事も何を食べるか等、自分の日記をめくっては、過去の事例を紐解いていた。
・実資は、痴呆の症状も無いまま亡くなったが、人によっては年とともに間違いが多くなって顰蹙を買った人もいたようだ。
・結論として、長く健康で生きるために、大塚病院の後藤先生が次の五つのことを言っているが、これらは平安時代からのメッセ-ジとぴったり合う。
①カロリーの摂取を半分に抑えること。
②1日1万歩以上歩くこと。
③1日2リットル以上の水分を摂ること。
④社交性を養い常に人と交わり、他人の眼を意識すること。
⑤いつまでも若々しく生きていたいと強く祈念すること。
藤原実資はこれを実践していた。これが平安からの我々へのメッセージだ。

なかなか耳の痛い指摘かも・・・・。
でも、特に女性は、言われなくても④と⑤は皆さん意識しておられる。
もしかすると、それが女性の平均寿命が長い理由かも?

しかしやはり、「何かの現役」の継続が「ピンピンコロリ」の原点のような気がする。

<付録>~この記事とは関係ないけど・・
P10301981 このところ、豪雨続き。夕方、犬を連れて近くの多摩川に散歩に行ったら、案の定ごうごうと音を立てて流れていた。魚道を木々が塞ぎ、大きな木が丸ごと流されていた。この写真から音が聞こえるでしょう?


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