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2008年7月18日 (金)

平岩弓枝氏の「私の履歴書」~“捨てる”ということ

今月の日経朝刊に連載されている「私の履歴書」は、平岩弓枝氏である。自分はこの人の作品を読んだことが無いが、今年の元旦のNHKラジオ深夜便で平岩弓枝さんの番組を聞いたことがあり(「小説の世界に魅せられて半世紀 作家 平岩弓枝(08/1/1放送)」)、平岩さんが神主さんの娘であるとかの背景を知っていた為、このコラムを読んでいても話がよく分かる。
今日(08/7/18)のテーマは「『生きたせりふ』に開眼~放送枠、無駄をそぐ助けに」である。これを読んでいて、前にも書いたが(ここ)“捨てる”事の重要さ、難しさについて、改めて考えてしまった。曰く・・・

「・・・テレビドラマの仕事は楽しかった。気の合う人々と一緒に一つのことを創り上げて行く面白さは格別のものがある。勿論きびしい問題もあった。小説は或る程度のびのびと自由に書けるが、テレビドラマには時間の制限がある。1時間ドラマ、30分ドラマ、15分ドラマ、民放であればしれからコマーシャルの時間をさっぴかなければならない。時間よりはみ出したドラマは容赦なくどこかを切って編集しなければ通用しない。
まだ、テレビドラマが万事手作りであった頃だが、それでも書いたものが切られるのは嬉しくなかった。映像になってから切られるのは尚更である。名優といわれる人人が実にいい芝居をし、いい具合にせりふを喋っている。それをばっさりやられるのは俳優さんにすまない気がした。次第に自分は自分の脚本の段階で無駄なせりふを自ら切り落とすようになった。
それなら最初から無駄なせりふを書かなければよいとわかっているがつい熱中して書いていると熱くなっている分だけ冗漫なせりふになる。その中(うち)に気がついた。本当に生きたせりふには無駄が全くないのだということである。恩師のおかげで私は牛の歩みながらまた一つ勉強をした。」

このことは、我々の日常の生活すべてで言える。冗長な生活ほど希薄。逆に、凝縮した生活は充実・・・・。(でも疲れるけど・・)

話は変わるが、最近「捨てて」楽になったという、実にバカバカしいことがあった。自分は好きなTV番組をいつもDVDレコーダに録画しておいて、後から見ることにしているが、このところ1テラバイトのハードディスクが満杯になり、「早く見なければ・・」と、何か追われているような状態になっていた。実にアホらしいことである。(だいたいNHKの「世界ふれあい街歩き」の再放送が多過ぎる・・・!??)
それでフト、「見なければ・・・」と思っていた番組を、「本当にそうか?」と思い直して、まとめて消してしまった。まずNHKの「太王四神記」だ。自分はミーハーなので、世間で流行しているドラマは、まあ見ておくか・・という事になる。それで24巻までBShiで録画してあったが、しばらく見たがどうも自分にフィットしていなかったので一挙に消した。他にもドラマなどを消した・・・。そしたら、DVDレコーダの空きが大きく出来た。そして、バカバカしいほどに「こころが軽く」なった。なんともアホらしい・・・・

家財道具も、人との縁も、何もかもそうだが、我々は色々なものを背中に背負いながら生きている。でも、捨てられないと思い込んでいるものも、その気になれば簡単に捨てられるものがどれほど多いか・・・。
そう思うと勇気が出てきたぞ!よし、何でも捨ててしまえ! (おっとっと。お金だけは別だよね・・・。ついでに、家族も捨てられないよね~・・・・。~ナーンテ、これは建前だけど・・・)

(関連記事)
「捨てる」ということの難しさ


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