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2008年7月 2日 (水)

智恵子抄の「ほんとの空」~言葉の背景

NHKラジオ深夜便で『「ほんとの空」を仰ぐ~高村智恵子没後70年』(08/6/28)を聞いた。
この番組の中で、あまりにも有名な「あどけない話」をいう詩の背景の話を聞き、どのような短い言葉も「背景=歴史」を持っていることを、改めて認識した。

「あどけない話」~「智恵子抄」から
      高村光太郎

智恵子は東京に空が無いといふ
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは
切っても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山の山の上に
毎日出ている青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。

この詩に対して、文京区に住み、83才になる文芸評論家 北川太一さんは、この番組でこのように解説している。(なお北川さんは、晩年の光太郎を訪ね、光太郎自身からさまざまな話を聞いて本を出版し後世に残す活動をしているという)

「あどけない話」という詩があるがあれを読んでいると、あの詩は牧歌的な良い詩だと言われているが、千恵子抄のなかで、あの詩ほど哀しい詩はない。あの詩を書いたその日に智恵子さんの生まれた家が競売にあっている。そのことを高村さんは知らない事は無い。
あんなに愛した安達太良山の上の空が、もう自分のものではなくなってしまった智恵子に対して、どう言って慰めて良いのか、どう智恵子を抱きかかえて良いのか分からないような高村さんの気持ちが、あの詩にはとっても良く表れていると思う。一番最後の「あどけない空の話である」という一行がすごく辛い響きを持っている。だからこの詩は牧歌的というよりも、智恵子の故郷喪失に対してどう智恵子を抱きしめていっらた良いのかという(高村さんの)気持ちがこもっている詩だと思う。(北川太一氏談)

智恵子の家が破産したこと、及びそれらが原因で智恵子の精神が不安定になった事は誰もが知っている。もちろんこの詩も良く知っている。
しかし、それだけの知識・背景でこの詩を読むとき(風景描写)と、まさに“この瞬間”に安達太良山が見える自分の生家が競売に掛けられている、という背景を知ってこの詩を読むとき(心の描写)では、感じ方がまるで違う。

この話で、表面に出てきた現象(言葉)から、その本質を読み取る事がいかに難しいことかを、今更ながら認識した。
これこそ「年の功」なのだろうが、還暦にもなって相変わらず自信の無い自分ではある。


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コメント

初めまして。toriaezuさんつながりで以前から拝見し、愉しませていただいております。
先日、ラジオ深夜便の玄侑宗久さんの講演を拝聴していた時にこの詩に出会いましたが、ここまで深いとは思っていませんでした。
記事にして頂き、ありがとうございます。一段とココロに染み入りました。

投稿: ロバ | 2008年7月 3日 (木) 22:08

ロバ さん

コメントありがとうございます。
二三日前の新聞に、NHKラジオ深夜便が高年齢層にかなり聞かれていると書いてありました。
講演なども盛んになっているようですね。まだ自分は聞きに行った事はありませんが、そのうち団塊の世代の溜り場になるのかも?
今後ともよろしくお願いします。

投稿: エムズの片割れ | 2008年7月 3日 (木) 22:30

こちらこそ未熟者で失礼な事も多いかと思いますが、宜しくお願い致します。

高年齢層以外の方にも是非!聴いて欲しい番組だと思います!

いつかきっと、深夜便の集いに私も行ってみたいと思っています。

PS:深夜便所属メンバー(??)の中ではヤングの部類の39歳です(笑)
・・とは云え、歳を重ねた方の中にいるのが何ともマァ、とてもココチいいのです(苦笑

投稿: ロバ | 2008年7月 5日 (土) 22:44

ロバさん

おっと、ロバさんは39歳ですか・・・。まだまだ人生これからですね・・・
トシを取ると、睡眠時間が少なくて済むのでラジオ深夜便を聞けるのでしょうが、自分は逆に毎日睡眠不足で困っています。

投稿: エムズの片割れ | 2008年7月 6日 (日) 19:48

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