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2008年7月14日 (月)

沖縄の害虫ミカンコミバエ根絶への道~小山重郎氏の話

NHKラジオ深夜便「こころの時代」で、「沖縄に”青切りミカン”が戻った日 元・沖縄県農業試験場室長 小山重郎」(2008/7/10~11)を聞いて、害虫根絶への苦労と、オスの悲哀?を感じた。この番組では、氏が行ったミカンコミバエ根絶とウリミバエ根絶のうち、主にミカンコミバエ根絶の話をされていたが、“百億匹単位?のハエをゼロにするという事が本当に出来るのだ・・・!”と絶句。曰く・・・(一部、沖縄県ミバエ対策事業所のHP(ここ)から引用)

子供の頃から昆虫少年だった小山重郎氏は、沖縄でミカンコミバエ根絶に挑む。沖縄は、1972年に本土復帰を果たしたものの、みかんなどの柑橘類や瓜類は、日本本土には居ないミカンコミバエやウリミバエによって汚染されていたため、「植物防疫法」という法律によって本土への出荷が禁じられ、沖縄にとって経済的に大きな問題だった。それを、1978年8月にミバエ研究室長として赴任した小山重郎氏がまとめ役となり(5年間の在任)、「雄除去法」によって最終的に1986年2月にミカンコミバエを,「不妊虫放飼法」によって最終的に1993年10月にウリミバエを、沖縄全域から根絶したという。一匹残らず・・・。

害虫を根絶させるためには、1)毒の餌で殺す「毒餌誘殺法(どくじゆうさつほう)」 2)オスだけ殺して交尾させない「オス駆除法」 3)放射線を当てた不妊虫を大量に放って野生虫間の交尾の機会を減らす「不妊虫放飼法」がある。

080714mikankobae ミカンコミバエはもともと台湾などから持ち込まれたもので、沖縄諸島には大正8年に侵入が確認され、沖縄の夏だと、卵から約1ヶ月間で成虫になって卵を生むようになり、1年間で約8世代を繰り返すという。
ミカンコミバエ根絶で使った「オス駆除法」では、科学的に合成させた(オス成虫を誘引する香料の一種である)メチルオイゲノールと殺虫剤を混ぜた誘殺テックス板などを島内に大量に蒔き、オスだけを殺してメスがオスと出会えなくして根絶したという。費用は年間3億円、5年間で15億円。
一方、ウリミバエ根絶に使った「不妊虫放飼法」の原理が面白い。オスは10回位交尾をするが、メスは1回の交尾で一生産卵するだけの精子を貰い、二度と交尾をしないという。これは自然の摂理で、オスは自分の子孫を残すために、一度交尾したメスには、他のオスとの交尾をさせないように、ある種の仕掛けをメスに施すのだという。不妊虫はヘリコプターで散布するが、1回のフライトで400万匹、20年間で530億匹を放ったという。
そして幾らゼロになっても、これらの駆除方法は永続的に続くという。いつまた進入してくるか分からないので、永久に続く事業なのだという。(これらの駆除方法については、沖縄県ミバエ対策事業所のHP(ここ)に詳しい)

そして、小山重郎氏がこれらの活動で、一番印象に残っているのが、沖縄から出荷が出来なかった法律が改定され、出荷が出来るようになったことだと言っていた。つまり、法が公聴会で1名の反対も無く改定されたときは、“とにかくホットした・・・”と。

この放送を聞いて二つのことを感じた。まず小山重郎氏が「自分達がやったのだ」という誇りを持たれていた事。人生で、現役が終わったとき「オレはこれをした」と言い切れる仕事をした人間が何人いるだろうか・・・・。(昔、現役時代に建設省のダム建設所に何度も行ったが、ダムはスタートから建設完了まで数十年も掛かるだけに、“ダムを作り上げるのは男一生の仕事”と現場の人が言っていた事を思い出した。・・・ところで「自分は何をした??」・・・とても言えることはナイな・・・・)

二つ目に、この番組を聞いてオスの悲哀?を感じた。どんな生き物も、最大のミッションである子孫を残すために、オスはメスの匂いを追う。それなのに、残酷な人間は「メチルオイゲノール」なる媚薬(フェロモン)を合成して、てっきりメスだと思って近寄ったオスを根こそぎ殺す。何という裏切り・・・
人間の世界でも、このテの話はおとぎ話でよくある。絶世の美女がふところの中で牙をむく話・・・・。(もうウチは関係無いけど・・・・)

でも結論として小山重郎氏は、リタイアして仙台で家庭菜園をしている現在の経験から、「害虫はどのような時に出てくるかと言うと、肥料のやりすぎ。農薬を使うと天敵が居なくなるので使わない(農薬に、アブラムシは強いが、天敵のてんとう虫は弱い)。そうして天敵を温存する。それから作物を適した季節に作る。トマトは夏に、大根は冬に作れば強い。そうすれば農薬を使わなくてすむ。最後に害虫との共存を考える。害虫の根絶は大変な努力が要り、害虫は絶対に負けない」という。

何に対してもそうだが「負けるが勝ち」が真実なのかも・・・。害虫根絶のために戦ってきた小山氏が、「害虫との共存」が結論とは・・・
なかなか、考えさせられる番組ではあった。


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